●
「はじめまして、それがし、螺旋忍軍、アダムス男爵と申すものです」
そう名乗り大仰に会釈する螺旋忍軍に、美貌のドラグナー、悪鬼村正は訝しげな目を向ける。
「御託はよい。早く本題に入りたまえ」
「左様で御座いますか。では、我々の共通の敵。ケルベロスについての話でございます」
アダムス男爵がチラリと悪鬼村正を伺うが、その端正な顔立ちに変化はない。
アダムス男爵は構わず話を進めていく。
「ご存知の通り、ケルベロスは地球侵攻にとっての邪魔者であります。そしてケルベロスの力は脅威です。これは偽らざる事実として我々は受け止めねばなりません」
ですが、とアダムス男爵がニタリと笑う。
「それは数の暴力による所が大きい。ケルベロス1体1体の戦力は我々に劣ります。ならばケルベロスが1体の時を狙い襲撃をかける。その結果、彼奴らを殺害及び捕縛する事が出来れば、地球での戦いを有利に進める事ができるのは自明の理というものでございます」
芝居がかった所作をとるアダムス男爵を村正は冷めた目で見る。
「実に下らん。如何にも小物が考えそうなつまらぬ作戦ではないか」
「まあまあ。ご返答はそれがしの話を最後まで聞いてからでも遅くは無いでしょう。悪鬼村正殿にご助力をお願いしたいのは、このケルベロスの殺害でございます」
アダムス男爵が差し出した写真。それを見た村正の顔に初めて感情が浮かぶ。
それは驚きであり、やがて狂おしいまでの歓喜と興奮へと変わっていった。
「これは……クハハハッ! 良かろう、その話受けようではないか」
「快いご返答、恐悦至極にございます」
我が意を得たりと頷くアダムス男爵に村正が問いかける。
「ところで貴殿は『運命』を信じるかな?」
「『運命』でございますか?」
「そうだ。これは『運命』なのだよ! あの美しさ、私の伴侶となるに相応しい!」
美しきドラグナーの双眸に狂気が浮かんだ。
●
その日、レイ・ヤン(余音繞梁・e02759)の表情は冴えなかった。
昨夜、両親を事故で亡くした時の夢を見た。つまり夢見が悪かったのだ。
レイがいるのはうち捨てられた工業団地の一角。都市計画の失敗から閉鎖した工場の立ち並ぶその場所は、ゴーストタウンと化し人の寄りつかない都市の中の空白地帯となっていた。
裏社会の人間であるレイにとってこのような場所は馴染みが深い。今回も信頼できる相手から取引場所に指定され、この場を訪れたのだった。
「……遅い」
レイの呟き。約束の時間から数十分が経過しているが取引相手の現れる気配がない。
レイの表情は苛立ちと不安を含んだ色だ。
昨夜の夢といい何か嫌な予感がした。
「何を苛立っている。お前にそんな顔は相応しく無い」
突然の声に驚くレイの周囲に濃い煙が立ち込める。
すると、まわりに控えていたレイの部下の黒服が糸の切れた人形のように地面に倒れた。
「邪魔者には眠ってもらった。迎えに来たぞ、我が伴侶よ」
「お前は!?」
煙の中から現れた村正を前にレイの金の瞳が大きく見開いた。
とっさにその場から逃げるレイを村正は執拗に追いかけていった。
やがてレイは周囲に人気の無い開けた場所に辿り着いた。場所を移した事で部下たちへの脅威が去った事にレイが安堵の表情を浮かべる。
「逃げられると思ったのか? この私から」
レイの表情に勘違いをした村正が嘲りの表情を浮かべ前方から現れた。
村正の黒い煙と化した左腕が空気中に広がり、それ自体が意思を持ったようにレイに向かって吹き込んでいく。
と、煙に晒されたレイの意識が急激に遠のく。
「お前を殺し、その美しき顔を、肢体を、腑を愛し尽くそう!」
狂気に満ちた村正の声が耳に入り、レイの視界が闇に覆われていった。
●
ヘリオライダーのセリカ・リュミエールからの緊急連絡。ヘリポートに集ったケルベロスたちを前にセリカが口を開いた。
「レイ・ヤンさんが、宿敵であるデウスエクスの襲撃を受けることが予知されました。急いで連絡を取ろうとしたのですが、連絡をつけることは出来ませんでした」
驚くケルベロスたちの前に上空からヘリオンが姿を現す。
「一刻の猶予もありません。レイさんが無事なうちに、現場に急行します」
「レイさんを襲撃したデウスエクスは悪鬼村正という名のドラグナーです」
ヘリオンで現場に向かう途上、セリカが足早に説明を行う。
「悪鬼村正は自分の気に入った相手を殺し、その死体を弄ぶ事に喜びを感じる、倒錯的な嗜好の持ち主です」
ネクロフィリア。村正の歪んだ嗜好の犠牲になった者も少なく無いとセリカは悲しみを滲ませる。
「悪鬼村正はレイさんを殺し、その死体を徹底的に弄ぶつもりのようです」
それは絶対に防がねばならない。
「悪鬼村正がレイさんを襲撃したのはゴーストタウンと化した工業団地で周囲に一般人は居ません。人払い等の対策は必要ないでしょう」
レイの救出と村正の撃破に全力を尽くして欲しいとセリカはいう。
「悪鬼村正は煙と化した左腕を用いて攻撃を仕掛けてきます。この煙を吸い込むと徐々に身体の自由を奪われて死に至ります」
他にも武器や魔法を使った攻撃も出来るのだが、後で綺麗な死体を弄べるように自分の気に入った者にはこの攻撃を好んで仕掛けてくるという。
「また、悪鬼村正はドラグナーですので竜に変身する事が可能です。しかし竜の姿で攻撃を行えばレイさんの肉体もただでは済まないので、自身が追い詰められるまで竜に変身する事はありません」
竜と化したドラグナーの力は脅威だ。村正が変身を躊躇している間に決着をつけるのが望ましいだろう。
「レイさんを無事救出し、敵にこのような襲撃計画が無駄である事を知らしめてあげてください。どうかお気をつけて」
参加者 | |
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月宮・朔耶(天狼の黒魔女・e00132) |
ヴォルフ・フェアレーター(闇狼・e00354) |
巫・縁(魂の亡失者・e01047) |
レイ・ヤン(余音繞梁・e02759) |
綾小路・鼓太郎(見習い神官・e03749) |
御門・愛華(落とし子・e03827) |
ククロイ・ファー(鋼鉄の襲撃者・e06955) |
関・白竜(やる気のないおせっかい・e23008) |
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急ぎ早の足音。それも複数人のものが無人の工業団地に響く。
月宮・朔耶(天狼の黒魔女・e00132)は義兄であるヴォルフ・フェアレーター(闇狼・e00354)、そして仲間たちと共に襲撃現場へと向かっていた。
「死体愛好家のドラグナー……猟奇殺人狂の義兄と良いコンビになりそうやねぇ?」
唐突に飛び出た朔耶の物騒な物言いに、仲間のギョッとした視線がヴォルフに向く。
「気色悪い事を考えるな。それより急ぐぞ」
ヴォルフは長い前髪から覗く瞳で義妹を一瞬睨みつけるが、すぐに前方へと向き直り先を急ぐ。「あぁ怖い、くわばらくわばら」と茶化すように肩をすくめた朔耶も義兄の背中を追って速度を上げていった。
ほどなく襲撃現場に着いたケルベロスたち。そこにはあたり一面を覆い尽くすように黒い煙が充満していた。
立ち込める瘴気。すぐに綾小路・鼓太郎(見習い神官・e03749)が動く。
「――外つ神屠る、吾等が力を寿ぎ給え」
まだ変声期前の鼓太郎の声が、優しく、しかし厳かな響きをもった祝詞を奏上すると、光の球が顕現。光は煙の中に吸い込まれるように入り込み、ひと際強く輝きを放ち、煙を一気に吹き飛ばす。
煙の晴れ渡った先に見える2つの人影。
1人は美貌のドラグナー、悪鬼村正。
もう1人は、地面に倒れ伏したレイ・ヤン(余音繞梁・e02759)であった。
祝詞による回復はレイに届いているが完全に立ち直るには至っていない。
「――ッ!」
来るはずの無い救援。想定外の事態に村正の思考が一瞬停止した。それを見るやその首筋目掛けヴォルフがナイフを投擲する。
敵の意識の合間を縫って放った早業だ。脳が危険を認識し回避の命令を出すよりナイフが首筋に到達する方が早い……人間相手なら。
村正は人間を遥かに超える神経伝達速度で身をよじり、狙いを外されたナイフは右肩へと突き刺さった。
服の上から血が赤く滲むのが見えるがダメージはそれほどでもなさそうだ。しかしヴォルフは落胆するどころか嬉しそうに口元を綻ばせる。
「ケルベロスか、何故?」
村正が肩のナイフを引き抜き、突然現れたケルベロスに目を向ける。
すると間髪を入れず、2匹の白い毛並みの短刀を咥えた犬――オルトロスが村正に飛びかかる。チッと小さく舌打ちをし、しがみつく2匹を強引に振りほどく。
そこにさらに黒い鎖が飛来。村正に二重三重に巻きつき、その身体を締め付ける。
「貴様、この程度で私をどうか出来るとでも?」
鎖を操る巫・縁(魂の亡失者・e01047)に村正が嘲るような視線を向ける。しかし縁はそれに答える事なく鎖をさらに強く締める。
1秒でも長く村正の注意をレイから逸らす事が自分たちの役目だ。その間に他の仲間たちが場を整えてくれる。仮面の奥の縁の瞳に迷いは無い。
「気に喰わんな」
縁の落ち着き払った様子に苛立った村正が両腕に力を込めると、絡み付いた鎖がミシミシと悲鳴を上げる。
と、村正の頭上に影が差す。頭上に現れたのは御門・愛華(落とし子・e03827)の肩から伸びる歪な影のような漆黒の巨大な左腕だった。鉤爪のような形状をしたそれが、まるで1つの生物であるかのように村正を飲み込む。
村正の姿が黒い影の中に消え、一瞬の静寂が訪れる。
「無駄だと言っているのだ!」
激昂と共に影の内部で村正の魔力が膨れ上がる。そして爆発。鎖と影をまとめて吹き飛ばす。
しかしケルベロスたちの攻撃の手は緩まない。怒る村正の眼前にククロイ・ファー(鋼鉄の襲撃者・e06955)のチェーンソー剣の刃が迫る。
「失礼するぜ! 色男!!」
その一撃を豪華な意匠の施された剣を抜き受け止める村正に、ククロイがグッと身体を寄せる。鍔迫り合う剣と剣を挟み、両者の視線が至近距離で交錯する。
「その強い信念は素直に尊敬するぜ」
ククロイの目が大きく開く。
「だがヤバ過ぎんだろッ! データアクセス『ドワーフ』!」
湧き上がる衝動のままに鍔迫り合った剣に力を込めると、そのパワーに押され村正の足元がフワリと地面から浮き上がる。
「吹っ飛べッ! 壊・震・撃イィィッッ!!」
村正ごと横薙ぎに剣を振り抜く。力強く吹き飛ばされた村正が周囲の工場の壁に衝突し、大きな穴を開けその建物の中に消えていった。
●
仲間が村正に攻撃を仕掛けたのと同時。白衣をひるがえし、倒れたレイの元にいち早く駆けつけた関・白竜(やる気のないおせっかい・e23008)がその上体を抱き起こす。
そして青い顔をしたレイの口元に耳を寄せ、ホッと安堵の息をつく。
「呼吸はしっかりしています、速やかに処置を行いましょう。お手伝い頂けますか? クリストファーさん」
白竜の言葉に同じくレイの側に寄り添い、彼の顔を心配そうに見つめていた恋人のクリストファーが頷く。
「僕に出来る事でしたら何だって」
生来戦いを好まないクリストファーであるが、今回ばかりは居ても立っても居られなくなり戦場にやって来た。大切な恋人を救いたい気持ちは誰よりも強い。
「皆さんが村正を引きつけている内に、急ぎましょう」
美琴が戦いを続ける仲間たちに目を向け、レイの治療を促す。彼女とレイには直接の面識は無い。それでも困っている人がいれば救いたいという想いでサポートに駆けつけのだ。
「では、始めましょう。私もこんな所で大事なお得意様を失うわけにはいきませんのでね」
レイを死なせはしない。白竜の眼鏡の奥に強い決意の光が灯った。
●
薄暗い工場の中。村正を追って踏み込んだケルベロスたち。
「全く、何がケルベロス抹殺計画だ」
マントに付いた埃を払いつつ、村正が奥から姿を現わす。
「残念じゃったね。そんなの俺たちにかかればお見通しじゃけ」
朔耶が意地の悪い笑みを浮かべる。
「当てにならん情報を摘ませおって。アダムス男爵め、この私に恥をかかせた落とし前は必ずつけさせよう」
「それは無理です。貴方はここで私たちが仕留めますから」
愛華の左眼の地獄の炎が揺らめき、薄暗い周囲を鈍く照り返す。
「囀るな、弱く醜い女よ。貴様ら如きどれだけ束になろうと我が愛は止められぬ」
「何が愛よ……他者を傷付け弄ぶ貴方たちを、わたしは絶対に許さない!」
目の前の村正、そして『あの男』の野望を絶対に食い止める。
愛華の決意に応えるように左腕が再び影を纏い、歪な形を取りながら敵に襲いかかる。
「弱き者など、弄ばれて当然の存在! それが確然、灼然、必然よッ!」
黒い煙と化した村正の左腕と愛華の左腕が激しくぶつかり合う。堰を切ったように仲間たちも一斉に攻撃を開始した。
●
――逃げなさい、早く。
それは過去の記憶だ。周囲に巻き上がる炎、弱々しく息をする母にしがみついた少年がかぶりを振って泣きじゃくる。
――行きなさい、あなたは強い子でしょ?
少年の頬に温かい雫がポタポタと垂れる。それは母から流れ落ちた血と涙であった。
――いい子ね。強く生きて、私たちの分まで。
母の笑顔と涙。少年は立ち上がり、母の指が示した先に向かって走り出す。
突然、背後から聞こえた小さな悲鳴。
振り返った少年の見たものは、母の死体とその側に立つ――。
「レイさん!」
目を覚ましたレイの視界に真っ先に飛び込んできたのは恋人の心配そうな顔だった。
「えっ、クリス?」
パチクリと瞬き。やがて頭が覚醒するにつれ、自分の置かれた状況が明瞭になってくる。上体を起こし周囲を見回すと鼓太郎と白竜の姿も目に入る。
「ヤンさん、無事で良かったです」
鼓太郎の笑顔。師団で何度か会話を交わしたあの時のままの笑顔にどこか安心する。
「レイ様、身体に痺れ等はありませんか?」
「多分問題無い。ありがとう白竜」
差し伸べられた手を取り立ち上がる。身体が多少怠いが、この疲労は回復出来ない類のものだろう。彼らの治療は十分に効果を発揮していた。
「色々と奮発したので治療代は少々高くつきましたが、今回はロハで構いませんよ」
白竜の物言いにレイが苦笑する。その時、大きな爆発音が近くの工場から聞こえた。
その場に居た全員がそちらに目を向ける。
爆発で壁に空いた大きな穴。そこから黒い煙が吹き出し、煙に押し出された愛華が空中に弾き出され、地面を転がる。
「愛華さん!」
鼓太郎が愛華に駆け寄り、ヒールを施す。
「大丈夫。それより気を付けてください、きます」
立ち上がった愛華の視線の先、煙の中から村正が姿を現わした。
「覚悟は良いか? 我が伴侶よ、その美しさ、私のモノとなれ」
村正の瞳がレイを射抜き、狂気を孕んだ殺意と情欲にレイの背筋が凍りつく。
「彼の伴侶は僕だ。貴様のような者には渡さない、絶対に」
村正の視線を遮るようにクリストファーがレイの前に立った。
「レイさん、奴の狙いは貴方です。逃げて下さい、早く」
「ここは我々が抑えます」
白竜もクリストファーに並び、レイを庇うように前に歩み出る。
「……逃げるなんて、出来ないよ」
レイが首を横に振る。
あの時の自分は弱かった。力だけでは無い、心が弱かったのだ。
だから記憶に蓋をした。真実から目を背けた。
でも今は違う。大切な人がいる。仲間がいる。
「私はどうしようも無い馬鹿だけどさ。クリスや皆に誇れるような私じゃないと」
ハッと振り向いたクリストファー。恋人の顔には快活な笑顔が浮かんでいた。
「この変態野郎。てめぇ、気持ちが悪いんだよ」
一歩歩み出て恋人の横に並んだレイが村正を睨む。
今度こそ大切な人を守る。だから必ず2人で帰るんだ。
「絶対に勝つよ、クリス」
迫りくる黒い煙に身構えたレイが小さく呟いた。
●
ヴォルフのナイフが村正の死角から迫る。その一撃をまるで予測済みといった感じで村正が受け止めた。
「義兄は変な所で生真面目よね。職人気質いうん?」
朔耶が杖の先に魔力を集中する。ヴォルフは事前の情報から敵の能力を予測し、己の素早さを生かすよう装備を調整していた。力量差の大きい相手と互角に立ち合う為だ。
「こう、遊びも混ぜないとな」
義兄と同じような攻め方をしていた朔耶が魔法の弾丸を放つ。村正の予測を外したそれは強かに敵の体を撃ち抜く。
ヴォルフの着眼点は悪くは無かった。攻撃に変化をもたらす事が出来ればさらに有効に働いた事だろう。
今度は村正の剣がヴォルフの体を深く貫く。ピーキーに偏った能力は諸刃の剣だ。足腰が崩れ落ちそうになるのを無理矢理堪える。
そこに鼓太郎のヒールが飛ぶ。
「白竜さんも回復をお願いします!」
それでも足りない治療は仲間に頼む。敵の1撃が強力なだけに、状況に合わせた鼓太郎の判断は仲間たちの生命線ともいえた。
「いくよ、ヒルコ。地獄の冷気をその身に刻め――『断罪の一撃(コキュートス)』」
愛華が左腕を一閃。村正に刻まれた鉤爪の跡が地獄の冷気に凍りつく。そこに縁と相棒のオルトロス、アマツが同時に攻め立てる。
すかさず左腕の黒煙を煙幕に距離をとろうと村正が動く。
「その煙ごと抉り取るッ!」
ククロイのドリルと化した腕がその煙を穿ち、村正に炸裂する。
強力なドラグナーを相手にケルベロスたちは互角の戦いを繰り広げていた。
●
何度目かになるレイへの執拗な攻撃。迫る煙をボクスドラゴンの太郎が庇う。
「太郎、ありがと」
得意そうに主人に顔を向けるタロウ。
対して村正の顔には苛立ちが色濃く現れていた。
レイや仲間たちへの攻撃を防ぐ壁役たち。冷静に己の役割を果たす縁や白竜、サーヴァント達に憎々しげな目を向ける。
「さあ、気合い入れて参りましょうか!」
そこに攻撃を受けた者を的確に癒す鼓太郎のはきはきとした声が。
全く思い通りにならない状況に村正がグヌゥと低い唸り声を上げる。
「折角の美貌がダイナシだぜ。変態ドラグナー様♪」
煽るように朔耶が村正を嘲笑う。敵の様子を逐一観察してきただけに、その心境を察し誘導する事は容易だった。
「黙れッ! メスガキ」
村正も散漫な攻撃ではケルベロスを突き崩すのは不可能である事を理解していた。
そして、逡巡するようにチラリとレイを見る。
「どうした、もう諦めるのか?」
縁の声。まるでこちらの意図を見透かしたようなセリフにギリっと歯ぎしりをする村正。
「お前さん、自分の信念を自分で曲げるつもりかよッ!」
煽るククロイの攻撃をかわし、怒りに任せて剣を振るう村正。
矜持が感情が、彼に然るべき手段をとらせる事を拒ませたのであった。
●
鼓太郎の手の符が気弾へと変化し次々と足の止まった村正に命中する。それまでの回復一辺倒からの変化。それは総攻撃の合図であった。
縁、ククロイ、白竜が同時に動く。
「一は花弁、百は華、散り逝く前に我が嵐で咲き乱れよ。『百華――龍嵐』!」
在るべき剣の無い巨大な鞘――斬機神刀『牙龍天誓』を振りかざし縁が吼える。
その上段の一撃を自らの剣で受け止めた村正の足元の地面が衝撃で粉砕。バランスを崩した村正に返しの一撃が直撃し、空中に吹き飛ぶ。
「痺れてもらうぜッ!」
ククロイの放った雷撃が空中の村正を捉える。
村正を追うように空中に跳んだ白竜の手には斬霊刀が。
「間合いに――入った! 『我流・抜刀二段ツバメ返し』」
鞘から抜いた刀を一閃、素早く返し二閃。
さらにもう一段の三閃、四閃。
その早業に村正の鮮血が空中に華を咲かせる。
ドサリと受け身も取れずに地面に倒れ伏す村正。その傷は予想以上に深い。
序盤からククロイと愛華を中心に全員で積み重ねてきたバットステータスによる影響も大きかった。
「まさかこの私がここまで追い詰められるとはな……考えを改めよう。貴様らは強い」
立ち上がった村正が、それまでとは違う穏やかな表情でケルベロスを見回す。
村正は理解した。彼らも傷は浅く無い、だが既に勝機は逸した。今から切り札を切った所で先に地に臥すのは自分の方なのは明らかだ。
「だが、私とて誇り高き竜に仕える者よ。タダでは死なぬッ!」
精悍な顔に浮かぶ決意。それを察したケルベロスたちが更に苛烈な攻撃を加える。
「止めてみせる!」
「させんよッ!」
猛攻を受け身体中から血を噴き出させながらも、村正が竜へと姿を変えていく。
「我が一撃、止められるものかッ! 死して添い遂げようぞ、レイィイイイ!」
狂気に満ちた叫び、それはやがて竜の咆哮へと変わり、巨大な質量を持った尾がレイの身体を飲み込む。
――ドォオン!
竜の尾が工場を叩きつける轟音と巻き上がる土煙。そして崩れ落ちる建物。
「レイさん……そんな、レイさぁあああん!」
クリストファーの叫びが空に響き渡った。
●
レイの全身を貫く衝撃。鈍い振動が身体から力を失わせていく。
周りが暗い。薄い靄がかかったように頭が働かない。
(「私、死ぬのかな?」)
恋人の悲しむ顔が浮かび、申し訳無さで一杯になる。
その時声が聞こえた、ような気がした。
――強く、生きなさい。
「――レイさぁあああん!」
大切な人の叫び。
その声に魂が奮い立ち、空っぽになった筈のレイの身体に再び力が湧き上がってくる。
竜と化した村正の顔に驚愕の表情が浮かぶ。
確実に仕留めたはずの相手が瓦礫の中から現れたからだ。
「私はお前なんかに負けない!」
翼を広げレイが竜に迫る。
「レイさん、今です!」
「行け、レイ。この闘いを終わらせるのはお前の役目だ!」
愛華の左腕と、縁の黒鎖が竜の巨体を絡め取る。
「私は生きる! 誰よりも強く、愛する人を守り抜く――いくぞ連撃! 『迦陵頻伽(カリョウビンガ)』」
レイの叫びが天に木霊し、竜が最期の咆哮をあげて崩れ落ちた。
●
空が青かった。
最後の力を出し尽くし地面に倒れ込んだレイ。
もうこれ以上は身体が動きそうに無かった。
「よう、自分の『運命』ってヤツを乗り越えた心境はどうだ、レイくん」
こちらを覗き込みニヤリと笑みを浮かべたククロイが竜の死体の方を指し示す。
「悪くは無いね」
恋人の声と足音が近づいてくるのが分かり、自然とレイの顔に安堵の笑みがこぼれる。
「絆の力……とでも言うのだろうか」
恋人に支えられ起き上がるレイを遠くから眺める縁。傍に寄り添う相棒のアマツの瞳に映る縁の姿はどこか羨ましそうに見えた。
「見た目だけで満足なら、人形をフルオーダーで作ればよろしい。解決ですな」
物言わぬ竜の死体を前に朔耶がうんうんと頷く。
その後ろを通り過ぎるヴォルフ。その目が竜に向く事はもう無い。
「義兄、もう帰るん? ほないこか」
そういって朔耶も竜に背中を向けて去っていくのであった。
「これは?」
恋人から渡された髪飾りにレイが首を傾げる。
「村正の死体の側に落ちていたものです……」
「……」
無言で髪飾りを見るレイ。
と、そこに白竜が。
「お付きの皆さんの容態をみてきましたよ。全員異常などはありません」
ひらひらと紙片を見せる。
「白竜もありがとう……って、何だよソレ!?」
それは治療費の請求書だった。しかもべらぼうに高い。
「お付きの皆さんの診療代です。レイ様の分はロハですがこちらは別ですよ」
白竜が人の悪い笑顔を浮かべていった。
「誰も犠牲になることも無く済んで良かったです」
鼓太郎が笑顔を浮かべると愛華が遠く空を見上げる。
「ええ……でも、まだ終わっては無いから」
(「アダムス男爵……あの男の元に辿り着くまでは」)
包帯の下の愛華の左眼がチリチリと疼いた。
作者:さわま |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2016年6月16日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 2/感動した 5/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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