宿縁邂逅~駒鳥と蛇骨卿

作者:真魚

●螺旋忍軍と死神
 昼なお薄暗い、無人の雑居ビル。普段は人の近寄らぬその廃墟に、入っていくのはシルクハットの男。
「お望みの情報をお持ちしました」
 入口をくぐり、一言。すると奥から、黒いスーツの男が現れた。
「ご苦労様です、アダムス男爵」
 男がうっすらと笑み浮かべれば、その身這う蛇のような深海魚がその頭をもたげる。向けられる視線を意に介さず、アダムス男爵と呼ばれた男は微笑みで答えた。
「いえいえ、互いの利益が一致しての事ですので」
「ほう……では礼はいらないと?」
 興味深げに、細められる瞳。それにうなずいた男爵は、持ってきた書類を男へ差し出す。
「はい、あなた様が標的を確実に始末していただければ、それが我が利益となるのです」
「ふふ、いいでしょう。互いに損のないように参りましょう」
 口元歪め、男は書類を受け取って。そのまま彼は、ゆっくりとビルを出て行った。
 情報を頼りに、向かう先は――。
 
●駒鳥と蛇骨卿
 同日夕刻、都内のとある街角で。学校帰りの翡翠寺・ロビン(駒鳥・e00814)は、小さく聞こえた鳴き声に足を止めた。
「ねこ……」
 きょろり。声の主を探して、翡翠色の瞳が街を見回す。やがて少女はその声が大通り脇の路地裏からのものと突き止めて、細道へと足を踏み入れた。
 果たして、そこには小さな猫が一匹。ニャアニャアと忙しなく鳴く姿はまだ幼くて、その前にしゃがみ込んだロビンは幼猫をそっと抱き上げた。
「おまえ、一匹でどうしたの。お母さん、は?」
 親猫とはぐれたのか、捨て猫なのか。懸命に鳴くその体を撫でてどうしたものかと思案する――その時、周囲の音がぱたりと止んだ。
「……?」
 大通りから聞こえていた、車の音も今はない。いつものこの時間、通りから車が消えることなどないのに。
 違和感に、ロビンが大通りを向き立ち上がる。するとその瞬間、風切り走った『何か』が、背後から少女の身体を絡め取った。
「……っ!?」
 咄嗟に解いた腕から、子猫が零れ落ちて逃げていく。突然の出来事に驚いたロビンが自身を縛るものを見れば、それは細長い骨。そう、まるで蛇の骨のような――。
「ごきげんよう、私の花嫁」
 背後からかかる声に、ロビンの背筋を寒気が走る。抗い振り向こうとすれば、それよりも強い力が彼女の身を引っ張った。声の主が操る蛇骨はロビンを独楽回しのように引き倒して、うつ伏せた少女の眼前に男物の靴が映る。
 しゃがむその身纏うのは、黒いスーツ。白手袋つけた手が少女の顎を引き上げれば、愉悦の瞳と視線が絡み合う。
「嗚呼、美しい。青き果実が熟した、今こそ収穫の時!」
「……あなた、は……」
 目を見張るロビンに構わず、男は再び蛇骨を揮う。それは少女の白い首に絡みつき、その生を刈り取るべく引き絞られていった。
 
●その収穫を止めるため
「集まったな。時間がないからしっかり聞いてくれ」
 いつも気楽な男が、珍しく張りつめた声で。開口一番告げた高比良・怜也(サキュバスのヘリオライダー・en0116)は、デウスエクスに動きがあったのだと続けた。
「翡翠寺・ロビンが、宿敵である死神の襲撃を受けることが予知されたんだ。急いで連絡を取ろうとしたんだが、だめだった。一刻の猶予もない、ロビンが無事なうちに、なんとか救援に向かってくれ」
 ロビンとデウスエクスは、とある街の路地裏で邂逅する。周辺はすでに宿敵が人払いをした後なので、避難誘導などの心配は必要ない。ケルベロス達がするべきは、死神に襲われているロビンを救出し、そしてそのまま敵を討つことだ。
「敵の名前は、蛇骨卿ナハシュ。紳士風の姿をした死神だ。手に蛇の骨のような武器を持っていて、これを鎖のように操り攻撃してくる。若い女性を狙いやすいみたいだが、それを妨害する相手にも容赦しない」
 青き果実が熟し、美しき女へとなる年頃。その魂を持ち去り死の花嫁として迎えるのが、彼の目的らしい。性格は狡猾で、無謀なことはしない。不利を悟れば逃げ出すことも考えられるから、対策はしっかりしてほしいと怜也が語る。
「幸いなことに、戦場は細い一本道だ。俺が上空までヘリオンで連れて行くから、お前達はナハシュとロビンを挟み込むように、道の左右にわかれて突入してくれ」
 道塞ぐように布陣すれば、後はそこから逃がさないように立ち回りつつ、攻撃を重ねればいい。敵は状態異常を使うし自己回復もできる、手強い相手となるだろうから油断しないようにと、早口に告げた怜也は赤髪をくしゃりかき上げた。
「この襲撃が阻止できなかったら、敵はさらに多くのケルベロスを狙うことを考えるかもしれない。今後の被害を拡大しないためにも、きっちりとナハシュを倒して、ケルベロスを襲撃しても無駄だってことを敵にわからせてやってくれ」
 ロビンを助けることも、ナハシュを取り逃がすことなく倒すのも、どちらも重要な任務。紡ぐ言葉に返るうなずき、真剣な眼差しのケルベロス達を見て――怜也は嬉しそうに笑みを浮かべた。
「さあ、ロビンを迎えに行こう。お前達なら、絶対勝てる!」
 力強い声と共に、ヘリオンの扉開く手。ケルベロス達を促したヘリオライダーは、駆けこむ彼らの背中を頼もしく見送ったのだった。


参加者
翡翠寺・ロビン(駒鳥・e00814)
藤守・千鶴夜(ラズワルド・e01173)
鎧塚・纏(センチメンタルスクラップ・e03001)
三刀谷・千尋(トリニティブレイド・e04259)
九条・櫻子(地球人の刀剣士・e05690)
矢武崎・莱恵(オラトリオの鎧装騎兵・e09230)
輝島・華(夢見花・e11960)

■リプレイ

●救済の光
 不気味に冷えた風が吹き込む路地裏。喧騒を失ったその場所で、翡翠寺・ロビン(駒鳥・e00814)は息を奪われ声上げることすらできずにいた。
 ――苦しい。
 口を開けても、首に絡みつく蛇骨のせいで酸素を肺に取り込めない。その状態の中でも、少女の瞳は目の前の男に釘付けになっていた。
 彼女の『主さま』を殺した仇敵。この男を討ちたくて、そのために研鑽を重ねてきた。それなのに、このまま何もできずに死ぬのか――ぎりぎりで繋ぎとめている意識すら絶望に飲まれかけようとした、その時。まだ日落ちぬ空より、幼い少女の声が降りかかった。
「思い通りにはさせないんだからね!」
 声追うように真っ直ぐに降下し、駆けた矢武崎・莱恵(オラトリオの鎧装騎兵・e09230)がロビンの首から蛇骨を引きはがす。けほ、と咳き込む少女を背に庇えば、彼女のボクスドラゴン、タマが属性の力で癒しを施していく。
「何……っ!?」
 突然の闖入者にナハシュが驚き声上げる間に、路地を黒き鎖が奔る。それは蛇骨卿の腕を絡め取り、ぎりぎりと締め上げていった。
「……まったくもって嘆かわしい。レディを傷付けるなんて紳士失格ですわね」
 紡ぐ言葉は上品に、けれど敵意を隠そうとせず。その声にロビンは顔上げて、乱れたままの息乗せ呟いた。
「……ちづ」
「御機嫌よう」
 藤守・千鶴夜(ラズワルド・e01173)が向ける微笑みは、いつもと変わらない。そんな友人の様子に落ち着きを取り戻すロビンの前に、鎧塚・纏(センチメンタルスクラップ・e03001)が立ちはだかり爆破スイッチを握りしめる。
「花にしろ、果実にしろ熟した物は愛でるものよ。刈り取ってしまうなんて無粋極まり無い事ね」
 曲がりなりにも紳士な死神なら、本当に死期が迫った時に迎えにくるくらいの甲斐性を見せてほしい。そう続けながら眼鏡の少女がスイッチを押すと、たちまち周囲に爆発が起きた。カラフルな風を背にして、前衛に立つ仲間達の戦闘力が上がっていく。
 続々と戦場へ現れるケルベロス達に、ナハシュは慌てて蛇骨を構え直す。視線走らせる男へ不意打ちと、剣振り上げ斬りかかったのは九条・櫻子(地球人の刀剣士・e05690)だ。
「あなたのお相手は私がして差し上げますわ! 古の龍の眠りを解き、その力を解放する。桜龍よ、我と共に全てを殲滅せよ」
 凛と響く声と共に、振り下ろすゾディアックソード。その刃に篭められたグラビティは桜纏う古龍を召還し、男の体を貫いた。舞い散る桜吹雪の中で小さくよろめく蛇骨卿を睨みながら、その向こうに見えるロビンへ輝島・華(夢見花・e11960)が声かける。
「ロビン姉様、大丈夫ですか? 今助けます、しっかりなさって!」
 紫の髪を風に躍らせ、少女が杖構えれば生み出されるのは癒しもたらす雷の壁。
 以前依頼を共に受け、お弁当を食べた仲。今よりまだ風が冷たい頃、初めて作ったお弁当を食べてくれたあの日を、華は忘れていない。綺麗で優しい、気になるお姉様。その命を刈り取らせはしないと、少女はまだ幼い青紫の瞳に決意をにじませていた。
 続けてロビンへ魔術の力で緊急手術施すのは、三刀谷・千尋(トリニティブレイド・e04259)。迷いなき手技の回復効果はとびきりで、傷深かった少女の体力が戻っていく。
「独り占めなんてつれないつれない。アタシもお相手しておくれよ色男サン?」
 透き通るような赤い瞳が印象的な風貌、笑み浮かべて紡がれた言葉は、まるで挑発するようで。ロビン守るように位置取った女性に、蛇骨卿は興味深げに瞳を細めた。
「ほう、これはこれは。貴女も、サルベージすればさぞかし美しい花嫁となるでしょうね」
 赤い瞳で舐めるように見つめ、くつくつと笑い零す。そんな男の様子を見たイルルヤンカシュ・ロンヴァルディア(白金の蛇・e24537)は、アームドフォートの主砲を向ける。
(「死神で変質者って最低だね!」)
 目の前の敵とロビンの因縁について、彼女は知らない。けれどここでしっかり叩き潰すべきということだけははっきりしているから、イルルヤンカシュは躊躇いなく一撃を発射した。
「誰がコマドリを殺すのかー。でも、それは今日でもないしお前でもない……助けとあらば只今参上! 撃ーっ!」
 気合十分な声と共に、奔る閃光がナハシュを包み込む。
 ――そんな彼女達は、絶望の淵に差し込んだ七つの光。
 華麗に舞い戦うケルベロス達を見て、ロビンの翡翠色の瞳から涙が零れた。
 ありがとう、がんばる。小さく呟いた少女は、己の感覚を増幅する。まだ男に受けた傷は完全に癒えてはいないけれど、彼女とてケルベロス。仲間と共にこの宿敵に立ち向かおうと、決意固めた少女のグラビティはその身の傷を塞いでいった。

●宿縁
 挟撃の陣形、ロビン守ろうと立ち塞がる前衛達。すっかり戦闘態勢を整えたケルベロス達に、蛇骨卿ナハシュは可笑しそうに口の端上げて、ただ笑った。
「用があったのは、そちらの翡翠の花嫁だけだったのですがね。よろしい、貴方達も一緒に連れて行って差し上げましょう」
 ――お仲間は皆様一緒の方が、きっと楽しいでしょうね。
 享楽に満ちた声、操るは周囲の怨念集めた黒い弾丸。
 前衛狙い撒き上がる爆発、降り注ぐ毒。けれど、ケルベロス達は怯まない。
「冥婚がお好み? ならば死ぬのはお前の方ね」
 髪飾る百合を揺らして踏み込んで、纏が跳躍する。手には改造スマートフォン、空中回転で勢い乗せた一撃はナハシュのこめかみに叩き込まれた。
 重ねるように、千尋も駆けて弧描く斬撃を繰り出す。果敢な攻めにたたら踏むナハシュに、千鶴夜が太もものホルスタへ指を伸ばす。
「……ふふ、私、今とても機嫌が悪いんです。だって友人を傷付けられたんですもの。蜂の巣処か塵すら残さぬ心算ですのでどうか御覚悟を」
 優雅に一礼、手に握るのは護身用のナイフ。濡羽色の髪の少女はそのまま躊躇いなく、純銀の刃を投擲した。ひとつ、ふたつ。真っ直ぐに飛ぶナイフが死神の肌を切り裂き、緋の道を刻んでいく。
 そうして攻め手が蛇骨卿へのダメージを重ねる中、癒し手達はロビンへ優先的にヒールグラビティを振りまいていた。
 莱恵がオーロラのごとき光で包み込めば前で戦う仲間の毒が消え去り、続けてタマとイルルヤンカシュのウイングキャット、オニクシアも癒しの力を操れば、仲間達の傷がふさがっていく。これで、前衛は皆大丈夫。回復状況確かめた華は、今度は後衛に向け雷光の壁を作り出す。
(「ナハシュはロビン姉様と縁浅からぬ相手と聞きました」)
 住宅街側に立つ華の位置からは、ナハシュもロビンもよく見える。ロビン姉様に悔いの残る結果にならないように、願わくばここで縁を断ち切れますように。目の前の宿縁にとどまらず皆の想いが晴れること願いながら、少女は花で彩られた杖を揮った。
 傷が癒える、戦える。柔らかな黒髪を風になびかせながら、ロビンは静かに立ち上がる。
(「あなたがすべてを奪った。わたしの唯一。ただひとりの、宝物だったひとを」)
 ぜんぶ、あなたが――こわした。
 胸に下げた形見の鱗。膨れ上がる想いに呼応するように、それが存在主張し熱を持つ。
 抑え切れぬ衝動乗せて、ロビンは『レギナガルナ』構えて滑るように疾駆した。大きく弧描く鎌に虚の力纏わせ、揮う動きはがむしゃらに。感情が先走るその一撃は精度に欠けたのだろうか、ナハシュはその刃をひらりとかわしてしまった。
「ふふ、美しい。いい表情です、私の花嫁」
 愉悦。その言葉に、ロビンは唇を噛む。
 ――すぐにでも、殺してやりたい。この命を引き換えでも。沸騰する感情に彼女の瞳が燃えるが、その翡翠が敵向こうの友人を映した時、少女の力が緩んだ。
 大切な友人である千鶴夜の声。頭に浮かぶは、家で待つ養父の顔。
 そう、彼女には、死ねない理由がある。
(「わかってる、わ」)
 心配げに自分を見る、仲間達の表情。それに落ち着き取り戻したロビンは、振り上げたままの鎌を下げて、後ろに跳びナハシュと距離取った。
 入れ違いに、敵前へ駆け込み剣揮うのは櫻子だ。体内のグラビティを刃に乗せて、叩きつけるは強力な一撃。
「私たちの大切なロビンさん、あなたの好きにはさせません事よ!」
 降り注ぐグラビティ、受けたナハシュがとん、と地を蹴る。空泳ぐように動き体勢立て直せば、その身の傷も塞がっていく。
 手強い敵。だからこそ、熱くなる。イルルヤンカシュは金の瞳に好戦的な色浮かべて、滑らせる靴より熱を生む。
「キャンプファイヤーはお好きかな? 私は見るのは好きだから薪になって頂戴な!」
 炎纏う蹴撃、その熱は彼女の心のように。生み出されたそれはナハシュの身に残り、癒し施したばかりの男は不快げに眉を寄せた。

●終わりの時
 その後も、戦況は常にケルベロス側の優位で進行していった。左右にうまく分かれた彼女ら全員が、それぞれの役割をしっかり務め、防具の備えも十分に行っていたためだ。
 特に、ジャマーの二人がそれぞれ回復と攻撃を担当したのは効果的だった。敵はこちらの動きを阻害する状態異常を頻繁に仕掛けてきたが、華の振り撒く状態異常耐性と、回復手務めるサーヴァント達のキュアのおかげでそれもすぐに解除できる。ヒール操る者がメディックのみだったら、ここまでうまく解除の効果は働かなかっただろう。敵の戦闘傾向を読み、対策する。そうして臨んだケルベロス達だからこそ、ダメージを最低限に抑えることができていた。
「……これは、困りましたね」
 蛇骨揮い毒与えても、即座に立て直して反撃に転じる。苛烈なケルベロス達の攻撃を受けるうち、ナハシュは余裕を失っていった。いまだその顔には笑みが浮かんでいるけれど、紅い瞳に浮かぶ焦りまでは隠せない。
 そして、男は蛇骨をしならせて、後方守る千鶴夜へ向け奔らせた。
「千鶴夜お姉ちゃん!」
 莱恵が声上げ、狙われた仲間へ視線向ける。警戒していたからわかる、彼は少女を倒し強行突破で逃走しようとしていると――。
 空を切り裂き、蛇骨が千鶴夜を捕えんと伸びる。しかしそれが絡みついたのは、彼女の前に躍り出たロビンだった。
「ひぃさん……」
 言葉漏らす友人を背に庇い、ロビンは締め付ける蛇骨の痛みに耐える。大丈夫、千鶴夜の声がある限り、彼女は『現在』を忘れず『過去』に飲まれない。――そしてそれは、千鶴夜とて同じ。二人は互いに支え合っているからこそ、暴走せずここに立っていられるのだ。
 突然の展開にケルベロス達が驚く間は、ナハシュにとって絶好の隙。男は即座に少女らの横をすり抜けようと駆け出すが、櫻子がオーラの弾丸でそれを追う。
「逃がしませんわ!」
 狙い違わず命中する一撃、更に華が掌の中に花弁作り出しながら男の背へ追いすがる。
「さあ、よく狙って。逃がしませんの!」
 敵へ向けられるは色とりどりの花弁達。小さな彩は敵取り囲み、いくつもの小さな傷を生んでいく。さらに主砲放ち追撃するイルルヤンカシュの声が重なる。
「逃げられると思うな! ここで這い蹲って消えろ!」
 貫く光、苛烈な妨害。蛇骨卿は悔しげに声漏らして足を止める。逃走を警戒し、逃さないと決めていた。心ひとつにしたケルベロス達を前に、敵に逃げる手立てなどなかったのだ。
 自身癒して立て直す敵に、後は畳みかけるのみと少女達が走る。
 莱恵は身の丈以上ある二本のルーンアックスを軽々と操り、死神を十字に切り裂く。その一撃に大きくのけぞる敵見て、纏は十字架の軍勢を呼び寄せた。
「悔いを、罪を、苦しみを与えたもう」
 手を横に振りながら、紡がれる言葉。それに応える存在は、あがないきれぬ罪の数だけ。
「遥かに遠く、運びされ。攫って行け。――征きなさい」
 垂直に振り下ろされる、指揮の手。その断罪の力持って、グラビティの軍勢は一斉にナハシュを襲った。
 激しい攻撃、男の身に刻まれる傷。霧と消える軍勢の中で痛みに耐えた蛇骨卿が次顔上げた時には、その眼前に光刃が閃いていた。
「わたしのDear」
 囁く声は、愛に満ちて。示し合わせたわけではないけれど、続いてくれると思っていた。纏の笑みを背中に感じながら、千尋は右腕部のレーザーブレードユニットの出力を上げる。
「両手の刀だけがアタシの剣じゃないんだよねぇ――三本目の刃、受けてみるかい?」
 繰り出す刃は、手刀のように。空間すらも切り裂くような鋭い一閃に、男だけではなくその身這う深海魚もまた身を震わせた。
 ――次が、とどめだ。敵の終わりを悟った纏が、隣りの少女へ声かける。
「さぁ、ロビンちゃん。痛いの一発、やっちゃって!」
「押し掛け旦那殿には手切れ金の代わりのキツい一発、くれてやりなよ」
 続けて促す千尋の声、宿縁の少女へ繋げる気持ちは二人とも一緒。
 その言葉に、ロビンは一瞬躊躇うが――千鶴夜の柔らかな笑みも、彼女を後押しして。
「ふふ、宜しくお願い致しますね」
 かけられる言葉に、うなずいて。ロビンは掌の上に、ひとつ炎の子を呼び寄せる。
「わたしは、死なない。あなたを……殺して、わたしは生きる」
 紡ぐ声、ぼうと強くなる炎。そしてロビンはその翡翠の瞳をナハシュにしっかりと絡ませて、魔法の炎を放った。
 フレイム。名を呼べば迸る赤が、獲物を貪らんと襲い掛かる。手加減など一切ない業火に焼かれた男は――ついに限界迎え、膝をついた。
「あなたの花嫁なんて、死んでもイヤ」
「……残念、振られてしまいました。機を伺いすぎましたかね……」
 果実がもう少し青い頃なら。私の力で、手篭にできたのに――最期の時まで瞳に異質な愛情湛えた死神は、その言葉を最後にゆっくりと消失していった。

●そして、未来へ
 戦い終われば、外の喧騒が戻ってくる。行き交う車の音、遠くに聞こえる猫の鳴き声。
 取り戻した日常の中、ロビンの心にあるのはただ静かな主への想いだった。
「ロビンさん、大丈夫?」
 剣を鞘へと納めながら、櫻子が声をかける。同じように駆け寄った仲間達は、皆心配そうな表情を浮かべていて――ロビンはこくり、頷いた。
 その首肯に、ケルベロス達にやっと安堵が広がる。
「ご無事でよかったですわ……」
「助けられて……間に合って良かった……」
 緊張解けた櫻子と華は、言葉紡ぎながらも涙目で。優しい光を湛える仲間達の瞳に、ロビンの瞳も僅かに揺れた。
「ありがとう、ちから、貸してくれて」
 つぶやくような小さな声に、千鶴夜が微笑む。
「ふふ、早く終わりましたし、皆で一緒に美味しい物を食べに行きましょう?」
 激しい戦いの後、異を唱える者などいなかった。ケルベロス達は戦場の跡を片付けて、表通りへと歩いていく。
 最後に路地裏を出たロビンは、ちらりと振り返って。それきり迷いなく前を見て、仲間達と共に歩き出した。
 その胸に残ったのは、彼女自身が紡いだ言葉。
 ――わたしは、生きる。

作者:真魚 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年6月16日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 3/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 3
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