宿縁邂逅~おうまがとき

作者:七凪臣

●闇の胎動
「こんばんは」
 被るシルクハットはそのままに、モノクルをかけた男は胸に手をやり典雅に頭を垂れる。
「お望みの情報をお持ちしました」
 彼の名はアダムス男爵――只の男ではなく、螺旋忍軍が一人。つまり、デウスエクス。
 そんな男に礼を尽くされ、しかし青白い顔をした少女は無言で冷えた赤い一瞥を返すのみ。けれど紳士然とした男は気を悪くした風でなく、むしろ愉しげに口の端を上げた。
「えぇ、えぇ。それで構いませんとも」
 アダムス男爵は、虚ろな赤い瞳の少女へ話し掛ける。無論、彼女も只人ではない。何せ少女は黒い瘴気を纏う巨大な上半身のみの骸骨の掌に座しているのだから。
「あなた様が標的を確実に始末していただければ、それが我が利益となるのです」
 男の思惑は、地球での戦いを有利に運ぶ為に、ケルベロスを殺害或いは捕縛すること。
 されど、少女の興味はそこにはない。
「……そう」
 漏れた溜息に色は無く。それでも少女の――死神『たそがれ』の眼には赫々とした殺意の炎が燃えていた。

●逢魔時
 暮れ泥んでいた陽もようやく山際の果てへ沈み、東の空には白い星々が煌めき始めている。
「きれーやな」
 間もなく自然の天象儀が頭上へ広がるに違いない。空を好む嘩桜・炎酒(星屑天象儀・e07249)は岩場に仰向けに寝そべり、遠い天を見上げていた。
 美しい星空を眺められると耳にして赴いた地。だのに、炎酒の胸の裡は裏腹だ。零れた感嘆に嘘はない、でもそれ以上に彼の心は遠い稜線に刷かれた朱色に奪われている。
 まるで、燃え盛る炎のような色に。
(「……なんや、これ?」)
 応えなき自問自答に僅かに首を傾げた瞬間、目端に映った人影に炎酒は獣の俊敏さで跳ね起きた。
「――!?」
 刻の頃は、逢魔時。
 行き交う人へ『誰そ彼』と尋ねる時分。
 故に、炎酒はそれの姿形をはっきりと捕えたわけではなかった。だが微かな光に浮かぶ朧な輪郭だけで、炎酒の全身は戦慄いた。
「お前はっ」
 咆哮が、大気を震わす。
 同時に闇が凝ったような魔弾が空を奔り、炎酒の身を貫いた。

●酉の刻の変事
 慌ただしく駆けて来たリザベッタ・オーバーロード(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0064)の顔には、紳士の仮面で覆い隠せぬ焦りが滲んでいた。
「大変です。嘩桜さんが宿敵であるデウスエクスの襲撃を受ける事が予知されたのですが、肝心の嘩桜さんと連絡が取れないんです」
 リザベッタが予知したのは、ほんの少しだけ先の未来。
 つまりこの時点で炎酒と連絡が取れないという事実が導く答はただ一つ。既に彼の身に危険が迫っているということ。
「嘩桜さんがいるのは人気のない山間の岩場です。おそらく彼の好みを把握したデウスエクスによって誘き寄せられたものと推察します。そして嘩桜さんが対峙しているのは――」
 それは、巨大な骸骨と少女の形で一つを成す死神。多くを語らず、純度の高い殺意を固めたようなデウスエクス。
 彼女は、己が配下にしようと試みる為に、過去に出逢った事のある炎酒の命を奪おうとしているらしい。
「今すぐに現地へ赴けば、まだ間に合う筈です」
 間に合うと言っても、完全な無事は期待できない。
 きっと炎酒は手痛い傷を負っているだろう。だが、命は在る。救う事は出来る。
「幸いにして周囲に余計な人影はありません。岩場ですが嘩桜さんがいる場所は足元に不安はないようでしたから、戦いの妨げになるものは皆無です」
 かくて肩を弾ませあらましを語ったヘリオライダーの少年は、ケルベロス達をヘリオンへ急かす。
「お願いします、嘩桜さん自身の為にも。そしてデウスエクス達にケルベロスを襲っても利はないと解らせる為にも」
 炎酒の救う必要がある、絶対にだ。


参加者
ムギ・マキシマム(赤鬼・e01182)
エピ・バラード(安全第一・e01793)
ミチェーリ・ノルシュテイン(フローズンアントラー・e02708)
八岐・叢雲(静かな闘志・e06781)
久遠・征夫(静寂好きな喧嘩囃子・e07214)
嘩桜・炎酒(星屑天象儀・e07249)
羽鳥・紺(まだ見ぬ世界にあこがれて・e19339)

■リプレイ

「――死ね」
 研ぎ澄まされた殺意が齎す物理的痛みを数時間先の自分に押し付けて、嘩桜・炎酒(星屑天象儀・e07249)はシニカルな弧を描く口の端から短い息を漏らす。
(「ったく、不意打ちを食らうとはな」)
 顎へ温く伝っていた朱を手の甲で拭い、男は星空を背負う影をねめつける。
 見上げる骸骨と、その腕に抱かれた少女。忘れ得ぬ相手。
(「しかし、コイツは渡りに船か。折角の機会だ、キッチリ殺してやるさ」)
 ――隙あらば、我が身を犠牲にしてでも。
 じりじりと間合いをはかり、飛び込む機を窺う。しかし、ふっと視界に入った黒地の御守が炎酒の意識を引きつけた。
 縫い取られているのは、永遠を意味する円環の竜。
「……生きる約束、か」
 零れた言葉と共に芽生えた躊躇に、幾つかの顔が炎酒の脳裏に過る。途端、煮え滾っていた何かが、僅かに冷めた。
「ツァイス!」
 共に戦場に立ち続ける腐れ縁のミミックの名を呼び、自らを護る位置を任せる。そして一歩退いた男は、生き残る算段を練り始めた。
「状況は気にくわねェが、今は耐えて反撃の機会を待たせて貰うぜ」
 かつての名残を口調に忍ばせ、炎酒は癒しの力を編み上げる。

●スタンバイOK
「いつでも飛ぶから、必要になったら言ってくれ」
 黄昏色の空を翔けるヘリオンから漆黒に染まり始めた下界を眺め、シュリア・ハルツェンブッシュ(灰と骨・e01293)は竜の翼を背に広げ、固めた拳を反対の手で打ち鳴らす。
「もしもの時は頼むぜ」
 申し出に応えつつ、ムギ・マキシマム(赤鬼・e01182)の目線は己が手首に巻いた腕時計に落とされている。それは炎酒が持った発信機の信号を捉える装置。示される座標は、確実に近付いていた。
「同じ戦場にいた相手なら、ウォンテッドで追えたのですが……」
 張り詰めた空気の中で交わされる緊迫した遣り取りに、羽鳥・紺(まだ見ぬ世界にあこがれて・e19339)は両手をぎゅっと握りしめ、儘ならぬ現実に口惜しさを滲ませる。
(「助けたい。これで終わりにしたく無い」)
 ノートパソコンで付近の地形を確認する久遠・征夫(静寂好きな喧嘩囃子・e07214)の胸に在るのは、ただ一つの想い。
 炎酒は征夫にとって、旅団の年上の先輩で、慕って来た存在。過去は何も知らないが、そんな事は関係ない。
「……?」
 誰もが今の自分に出来る事を模索し実践する中、最初に『それ』に気付いたのは窓に張り付き懸命に目を凝らしていた八岐・叢雲(静かな闘志・e06781)だった。
「すみません、あそこ……」
「任せて下さい! チャンネルもお願いしますっ」
 確認して貰えませんか? という続く筈だったろう叢雲の願いを先読みし、エピ・バラード(安全第一・e01793)は連れのテレビウムに渡したものと同種の望遠鏡を即座に構える。
 覗き込んだガラスレンズの先、拡大された視界に飛び込んで来たのは――。
「炎酒様っ、発見です!」
「!!」
 奇抜な衣装に身を包んだレプリカントの少女の声が弾けた瞬間、空にも大きな光が弾けた。

「……」
「っへ、ザマァ」
 昏くなりきらない夜天を賑わす光を見上げる『たそがれ』の様子に、炎酒は信号弾の抜け殻を手に、ニッと笑う。
 近付いて来ていたヘリオンに、状況は過たず伝わったのだろう。証拠に、複数の影が空へ飛び出している。
 それらは見る間に大きくなり、砂埃と共に大地へ舞い降りた。
「お久しぶりです、炎酒。再び貴方の盾となるために、ミチェーリ・ノルシュテイン、参上しました」
 ツンドラの大地を駆ける勢いで、ミチェーリ・ノルシュテイン(フローズンアントラー・e02708)は炎酒と死神の間に身を割り込ませる。
 背に庇った男との邂逅は、戦艦竜との戦い以来。まさか、こんな形で再会する事になるとは思っていなかったが。
(「いかなる因縁の敵かは知りませんが……久々の共闘です、存分に格好つけさせてもらいましょうか!」)
 語らぬ言葉の分まで気合を漲らせ、ミチェーリは可変式ガントレットの掌底部に強制冷却機構を展開させる。
「震えることすら許さない……!  露式強攻鎧兵術、“凍土”!」
 距離、零。
 少女を抱く腕に触れたミチェーリは、そこを起点にたそがれの熱を奪い、自由を奪う縛めを植え付けた。

●いつだったかの記憶
「死掠殲団の皆が炎酒の帰りを待ってるんでな。そこを退け、お前は邪魔だ」
 鍛え上げた肉体にはちきれんばかりの力を漲らせ、ムギがミチェーリの初撃を追う。
「この一撃に迷いなし、筋肉は爆発だ!!!」
 筋肉爆発――持つ名の通り、全身の筋肉を爆発させる渾身の一撃は、さながら魔法の如く。叩き込まれた衝撃は、たそがれの内部を苛み、更に外へと弾けた。
「逢魔が時……、はっ、あたしは好きだぜ、そういうの」
 ムギが生んだ風に灰の髪を逆巻かせシュリアも一気に敵へ肉迫する。
「魑魅魍魎ってやつはきっちり還って貰おうじゃねぇの!」
 磊落な女が吐く気勢が帯びるのは、高鳴る胸の咆哮。骨の髄まで楽しむ事を旨とするシュリアにとって、眼前のデウスエクスは格好の形。故に、ニヤリ八重歯を覗かせ好戦的に笑った闘士は、踊る心の侭に軽やかに指を鳴らす。
「……ショーの始まりだ! ……あたしと遊ぼうぜ」
 途端、腕に纏った炎が意志を持ったようにたそがれに絡み付いた。
「……!」
 盛る紅蓮は血とも葡萄酒とも評せそうな赤に揺らぎ、然しもの死神も無口な唇を苦痛に歪める。
「遅くなって……すみません」
 その隙に炎酒の元へ走った叢雲は、心配を露わにきゅっと眉を顰めた。多く抗ったのだろう、いずれも致命傷には至っていないが、無視できない傷が炎酒とツァイスの身には残っている。
「皆、炎酒さんが回復するまでお願いします」
「お手伝いします」
 一意専心、炎酒を癒す事に集中する叢雲を、紺はすかさずフォローすべく星辰を宿した剣を構えた。
 ずっと側にいたいと願うムギの大切な友人の危機だ。ここで立ち上がらずにいつ立ち上がるというのか。
「この戦い、負けるつもりはありません」
 静かな決意を淡々と紡ぎ、紺は足元に描いた守護星座を介し、まずは炎酒を含む陣後方に位置する者たちへ浄化の加護を与える。
「チャンネルはあっちをお願いします」
 続いたエピは炎酒へ己が気力を分け与え、彼女の意図を悟った赤と黒のテレビウムは眩い光を死神へ浴びせ掛けた。
「飛竜脚……」
 炎酒一人に注がれていた意識の幾何かが、チャンネルへ向かう。だがその移ろいよりも炎酒の瞳を、一陣の風が奪う。
「行っけぇぇぇっ!」
 竜翼を広げ舞い降りてきたばかりの空を昇ったかと思うと、急反転。一気に降下する征夫が黄昏の闇に描く軌跡は稲妻にも似て。片足式のミサイルキックが、骨の身体を突き刺し貫いた。
「……お前ら」
 絶望的窮地から一転、自分を助ける為に駆けつけてくれた仲間達の勇姿に、炎酒は複雑な想いを嘆息に代えて零す。
 しかし、逡巡の間は一瞬。
「そう……」
 思い描いた予定調和から轍を外された苛立ちを滲ませ、たそがれが濃い闇を繰る。毒を含んだ澱みは、シュリアや紺の頭上を超えようとして、エピとミチェーリ、ツァイスに吸い込まれた――否、二人と一体が、後方の三人を我が身を盾にして庇ったのだ。
「させません! あたし達がお守りします!」
 肩で息をしながらも、たそがれと真正面から対峙するエピの背中は決して大きいものでは無い。
「迷惑かけたうえに巻き込んで、悪いな」
「いいえ、それは違います」
 堪らず詫びた炎酒に、ミチェーリは額に嫌な汗を浮かべながらも泰然と振り返る。
「悪いのはあの死神。あなたに迷惑をかけられたと思っている者は、この場にはいないでしょう」
「そうだぜ!」
 戦いに縁を結んだ女の弁を友のムギに後押され、炎酒はぐっと唇を噛み締めた。

 一手、二手。攻防を重ねる度に時は流れ、一つ二つと空に瞬く星が増える。
 凶悪な殺意に穿たれたチャンネルは疲弊し、長く耐えたツァイスも限界が近い。
「炎酒さんは大事な友達……旅団の皆も待ってる。だから……必ず一緒に帰るんです!」
 再び発せられた怨嗟の声を今度はまともに喰らい膝が崩れかけた炎酒へ、自分も同じ苦しみを味わう叢雲が懸命に癒しを施す。
 人間に助けられた少女は、信じていた。敵がどれほど強くあっても、皆と一緒なら大丈夫だと。
(「そう、だな」)
 今一度、御守を見つめて炎酒は思う。
 かつての仲間を殺したたそがれ。そこは奴隷商だったが、確かに炎酒の居場所だった。
 昏く燃える心はある。しかし、自分を救おうと懸命に戦う者たちの姿が、炎酒の胸に清風を招く。
「せやな、一緒に帰らんとな」
 気付けば炎酒の口振りは、いつも通りに戻っていた。

●狙いは外さず
 シャレコウベの表情は変わらない。が、少女の顔は明らかに不満そう。
「じゃま、めんどう」
 纏わりついた縛めを祓うべく、たそがれは髑髏の吐息を身に浴びる。すると躰が軽くなったのか、青い唇が僅かに吊り上がった。
 けれど、満ち足りているのはよりケルベロス達の方。
「面倒なんは、こっちも同じや」
「その通り! 吹き飛びやがれぇええっ」
 流星の煌めきを宿し天翔けた炎酒を追って、ムギも大地を蹴る。跳ねて頭上から見舞うのは、まさに骨砕きの一閃。
「盛り上がって来たんじゃねぇの?」
 男たちの息吐く間もない連携に高揚したのか、シュリアは敢えてたそがれの懐まで飛び込んで敵喰らうオーラの弾丸を打ち放った。
「……ほんとうに、」
 邪魔。とつりとたそがれが言い捨てるのを耳に、エピと叢雲が視線を交わす。明らかに仲間の攻撃力は増している。死神を苛立たせる程に。それは偏にエピと叢雲の支援のお蔭。
 皆様の力になりますっ! と胸を張り、エピが広げた機械の羽根は金色の輝きを発し、仲間を鼓舞し続けた。叢雲もまた、同様に。
 かくてエピは威力の上がった炎纏う蹴りを放ち、寡黙なタフガイぶりを発揮しているチャンネルも果敢にディスプレイ部を光らせる。
「消されたのなら、幾度でも」
 流れに乗って選ばれし者の槍を振るう紺の狙いは、解かれた縛めを改めて付与すること。やるからには最高の結末を望む少女は、自浄スパイラルに陥らせるべくたそがれの感覚機能の多くを麻痺させ、
「自由を奪わせて頂きます」
 ミチェーリも彼女だけが持ち得た力で死神へ行動阻害因子を植え付けた。
「……、っ、じゃま、ばかり!」
 幼い顔立ちに不釣合いな殺意をぎらつかせ、たそがれが不服を吐く。だが、ムカつきを覚えているのはデウスエクスだけではない。
「信念を曲げた屈辱の礼は、キッチリとさせてもらいます!」
 眼鏡のレンズの奥の紫瞳をきつく眇め、征夫はアームドフォートの主砲を敵へと向ける。
 征夫は本来、刀技こそ拘る性質。それでも征夫は、拘りを封じ重火器や弓らが有する力をこの戦場へは連れて来た。
 慕う男と、絶対勝利の為に。
「勝鬨をっ!」
「……っぁ」
 砲口から放たれたエネルギーの奔流に呑まれ、骸骨の右頭部が消し飛ぶ。
「私達は……負けない。必ず勝つ……ッ!」
 皆と一緒なら、恐くない。護る為に戦い抜くと誓った闘志を換えたオーラで、叢雲は尚も仲間たちの破壊力を底上げする。
 運命の女神は、ケルベロス達へ微笑んでいた。

「おのれ、おのれ、おのれぇっ!」
 無口な筈の死神が、怒号を吼える。されど発した殺意は、自らを包囲するケルベロスに届くことなく虚空へ四散した。
 決して、たそがれが弱かったわけではない。ただ炎酒の覚悟が、炎酒を迎えに来た者たちの想いが、そして彼らの絆と策が凶魔を圧倒しただけ。
(「それにしても」)
 長い手足を存分に活かして戦場を舞ったシュリアは、斧の刃へ空の霊力を纏わせながらたそがれへ肉迫する。
(「宿敵に出会うっつーのは、ケルベロス本人も敵もどう思うんだろーな」)
 知らぬ心地は識りようがないけれど、砕けた骨目掛けて更なる一刀を叩き込む間際、シュリアはたそがれと炎酒を見比べた。
 互いに殺したくて仕方ないのか、もっと違う何かか。
 答は得られないが、代わり強烈な手応えに、眼前の骨がばらけて少女体の脚がついに地面へ落ちる。
「――、ムギさん!」
 飛び込むように畳み掛けたエピとミチェーリの蹴りの行方を見止めた紺が、恋る男の名を呼んだ。
 破壊と護りの前衛、貫きと守護の後衛。それらの狭間にあって戦況を具に見続けた紺は、過たず終わりの未来を読み解いた。そしてムギも紺の言わんとする事を理解した。
「決めろ炎酒、自分の因縁にケリを付けて来い!」
「お待たせしました、炎酒さんっ!」
 振り返るムギ、察した征夫が背を押す。エピとミチェーリが身を引けば、一本の道が出来る。
「……行って、らっしゃい」
「あぁ」
 叢雲に見送られ、炎酒は走り始めた。
 一歩、一歩。遠き日に多くを奪った敵が近付く。
「これで終わりだ、全部な」
 驚くほど、落ち着いた声が出た。直前で昏闇に襲われたが、前しか見えない男は物ともせず突っ切った。
「くちおし、や。てにいれられぬ、とは」
「ご愁傷さまや――目標確認・距離OK・圧縮ばっちり」
 加速、そして抱き締められる程の至近距離。辿り着いた炎酒は、圧縮した空気を掌に集める。
「さぁて、ひとつ奥の手でも見て行けや!!」
 人悪く笑い、炎酒は全霊の力を込めた一手を少女の額へ叩き込む。
 直後、爆ぜた衝撃波は内なる全てを食い破り、大いなる風となって憂いの全てを消し飛ばした。

●綺麗な一等星
「狩るつもりで狩られるたぁ、とんだ皮肉だぜ」
 満天の星空の下、シュリアは肩を竦めて笑う。
「ハッピーエンドでいいじゃないですか」
 ふふっと顔を綻ばせたエピは、しっかりと大地を踏みしめる炎酒を見る。
「皆ありがとうな、助かったわ」
「いえ、此方こそ。生き延びてくれてありがとうございます」
「本当にその通りです」
 炎酒の礼に、征夫が礼を返し。叢雲は表情こそ変わらないが、竜尾が嬉しそうに揺れていた。
「よっしゃ、帰ろうぜ炎酒。皆がお前の帰りを待ってるよ」
 威勢よく背をムギに叩かれ、炎酒はようやく気付く。知らず、自分の全身が緊張に強張っていたことを。

「あなたは行かないのですか?」
 遠目に心和む光景を眺めていたミチェーリは、同じく見守る姿勢の紺に首を傾げる。
「はい、私は――」
 ムギと、彼の歓喜を分かち合いたい思いはあるけれど。今はきっと炎酒と語らいたいだろうから。
 静かに身を引く紺の様子に、義に篤い女は満足気な笑みの中に微笑ましい想いをそっと忍ばせた。

 八人と二体は誰一人欠けず、無数の星々に見送られ帰途に着く。
(「……終わったんだな、全部」)
 宿敵に投げた言葉を胸の裡で繰り返し、炎酒は彼の死神の瞳のような、或いは彼岸花のような、はたまた空で輝く蠍の心臓のような赤い珠を握り締め、『今』の現実へ仲間と共に還る。

作者:七凪臣 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年6月16日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 8/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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