月華輪唱

作者:柊透胡

 長い黒髪を、初夏の夜風がサラリと揺らす。
「あなたへの命令は、地球での活動資金の強奪、或いは、ケルベロスの戦闘能力の解析です」
 機械的に指令を口にして、黒尽くめのスーツの女は機械的に頷き返す小柄を一瞥する。
「あなたが死んだとしても、情報は収集できますから、心置きなく死んできてください。勿論、活動資金を強奪して戻ってきてもよろしくってよ」
 続くお定まりの言葉にも、螺旋の仮面で素顔を隠した少女は、やはり無言で頷く。
 すぐさま闇夜に身を躍らせる少女を、彼女はもう一顧だにしない。
 カツリ、とヒールの音を小さく響かせ、踵を返したその様子は、やり手のキャリアウーマンのようでいて、もっと底知れぬ何かを秘めているようだった。
 ――煌びやかな宝飾の数々が並ぶ店だった。そのどれもが深い年代と趣を感じさせる意匠。アンティークジュエリーと呼ぶに相応しい逸品ばかりだ。
 尤も、少女にとっては、『価値の割に運び出しやすい獲物』でしかないかもしれない。
 深夜、人通りが絶える時間を狙い、無駄の無い挙措で裏口を解錠、侵入。真っ直ぐ事務室へ向かうと、金庫の扉をこじ開け、アンティークジュエリーが収まった箱ごと、風呂敷に包めるだけ掻っ攫った。
 少女が纏う螺旋状の気流は、人の目は勿論、防犯カメラさえも惑わす。終始、沈黙を通して為された強奪は、最後まで誰にも気付かれる事なく――翌朝、出勤した店主は惨状を目の当たりにして卒倒した。

「……定刻となりました。依頼の説明を始めましょう」
 都築・創(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0054)は、集まったケルベロス達を見回すと静かに口を開いた。
「春先から暗躍している螺旋忍軍、『月華衆』がまた金品を強奪する事件を起こす模様です」
 今回狙われるのは、所謂アンティークジュエリーだが、歳月経た宝飾品というだけで、取り立てて特別なものではない。単純に、地球での活動資金にする心算と思われる。
「この事件を起こしている螺旋忍軍、『月華衆』という一派は一応に小柄な少女で素早く、隠密行動に長けているようですね」
 『月華衆』のシンボルマークは月下美人。武器に模様が彫り込まれているという。
「今回、月華衆が狙うのは、宝飾専門のアンティークショップです。大通りから外れた閑静な路地に店を構えており、深夜ともなれば人の通りも途絶えます」
 『月華衆』の少女は人気が無い折を見計らい、アンティークショップの裏口の鍵をピッキングして侵入する。
「店舗周辺に待伏せして、月華衆が現れた所を包囲するのが順当かと思われます」
 相手は螺旋忍者だ。ケルベロス側もそれなりに備えなければ、待伏せを看破される怖れもある。尤も、待伏せに気付いたからと言って、月華衆が逃亡を最優先する、という訳でもなさそうだ。
「皆さんが攻撃すれば、取り敢えずその場に留まり、応戦するようです」
 月華衆は特殊な忍術を利用する。自身が行動をする直前に使用されたケルベロスのグラビティの1つをコピーして使用する忍術だ。
「これ以外の攻撃方法は無いようです。戦い方によっては、次の攻撃方法を特定する戦い方も可能でしょう」
 また、理由は未だに判然としないが、月華衆は『その戦闘で自分がまだ使用していないグラビティ』の使用を優先する。
「この点も踏まえて作戦を立てれば、更に有利に戦えるでしょう」
 アンティークショップの裏口は小さな駐車場に面している。深夜なら車もなく、周辺には街灯も灯っている。戦うのに支障は無いだろう。
「螺旋忍軍は正面から仕掛けてこない分、厄介な敵かもしれません」
 眉を顰め、小さく溜息を吐く創。何処か釈然としない面持ちか。
「月華衆の行動には、不可思議な点も多数見受けられます。もしかしたら……この作戦を命じている黒幕が存在するかもしれませんね」


参加者
鬼屋敷・ハクア(雪やこんこ・e00632)
ジゼル・フェニーチェ(時計屋・e01081)
ベルノルト・アンカー(傾灰の器・e01944)
月見里・一太(咬殺・e02692)
安曇野・真白(霞月・e03308)
白・常葉(ここに称号・e09563)
高辻・玲(狂咲・e13363)
ザンニ・ライオネス(白夜幻燈・e18810)

■リプレイ

●夜闇に潜む
 そのアンティークショップは、小さなビルの1階にあった。表は西洋風の店構えだが、裏手に回れば雑然とした周辺と変わりない。
(「宝飾品……! きっときらきらで綺麗なんだろうなあ……」)
 それでも、店で眠りに就く品々を思えば、暗がりで碧眼を輝かせる鬼屋敷・ハクア(雪やこんこ・e00632)。
(「お金になるからって単純な理由で奪わせないよ」)
 大通りの方から車が走り去る音が聞こえる程、静かだった。商業ビル集まる界隈だけに、深夜となれば人気は無い。
 ――否。ボクスドラゴンのドラゴンくんと息を潜めるハクアと同じく、隠密気流を纏い待ち構えるケルベロスは後7人。
(「午前10時、私のお店にこの時間、決まって現れるお客様は実は泥棒だったけれど……この時間にやって来るのも、やっぱり泥棒なのね」)
 ジゼル・フェニーチェ(時計屋・e01081)は、手持ち無沙汰に時を止めた懐中時計を弄ぶ。敵には見つからないよう、気を付けながら。
(「価値の割に運び出し易い獲物、などと楽して得取れの標的選択……失礼でございます」)
 内心で大いに息を巻くのは、安曇野・真白(霞月・e03308)だ。ボクスドラゴンの銀華を箱ごと抱えている。
(「それに、古き良き品を扱い営まれておりますおじさまにもとっても失礼でございます。絶対ぜったい盗ませたりなどいたしませんっ!」)
 高辻・玲(狂咲・e13363)も、内心の闘志を紳士然とした温和な表情で包む。
(「僕より遥かに歳月を重ねた、貴重な品々――無粋な盗人の手に、渡しはしないよ」)
 納刀したままの斬霊刀を、リング光る指がしっかと握る。夜闇に紛れるべく、黒服姿。オラトリオの花も翼も、今は隠す程の念の入れようだ。
(「イタイケな女の子が夜勤とか、若いのに働きモンやなー。雇いたいくらいだわ」)
 思惑も表情も、良く言えば飄々と、ぶっちゃければへらりとした白・常葉(ここに称号・e09563)。だが、さり気なく、仲間の潜伏箇所を確認する抜け目のなさも健在だ。
 常葉の視界の端で、今しも小さく欠伸したのはザンニ・ライオネス(白夜幻燈・e18810)だ。
(「今夜の空も暗いっすねェ」)
 ぼさぼさの赤髪の合間から灰の眼差しが見上げる夜空は漆黒。街灯の明るさで星影も霞む。喩え、大通りから外れた路地でも街中には変わりない。
 一方、駐車場の片隅から、裏口に目を凝らす月見里・一太(咬殺・e02692)。黒狼の獣人の姿は、仕事に臨む際の譲れぬスタイルだ。
(「包囲網は崩さないようにしないとな」)
 不意打ち出来れば重畳だが、敵は少女の姿でもデウスエクス。無理も油断も禁物。
(「奇妙な戦闘手段を取る相手ですが、何か目的があるのかもしれませんね」)
 先にキープアウトテープで駐車場を封鎖したベルノルト・アンカー(傾灰の器・e01944)も、仲間より更に離れた物陰に、黒衣の長身を潜ませる。
(「……しかし、今は確実に任務を果たしましょう」)
 奇矯な敵への関心は尽きぬが、焦りは無い。ヘリオライダーの予知が正しければ――その出現は、もうすぐだ。

●月華輪唱
 気が付けば、裏口の前に少女の人影が在った。
「……」
 長いポニーテールを揺らし、少女は徐に裏口のドアノブへ顔を寄せる。
 ピッキング開始――不法侵入を確認するや、夜闇が動く。
 ――――!
「お嬢さん、お手を――合わせてはくれないのかい?」
 思わず苦笑する玲。刀の一撃、と見せ掛けて放った時空凍結弾は、短刀の一閃に弾かれた。
(「……チッ」)
 内心で舌打ちする一太。少女の反応速度は予想以上に早く、既に身を翻して得物を構えている。
「泥棒さん、ここまでだよ」
 静かに声を掛けるハクアを庇うように、ファイティングポーズを取るドラゴンくん。
「そこまで働くなんて、よっぽどええ給料出るんやなぁ」
 おどけた仕草でへらりと笑う常葉だが、既に殺界を形成している。ベルノルトのキープアウトテープも相まって、一般人が戦場に迷い込む心配はなさそうか。
「宝石は綺麗。きれいだけど、それを資金にするって……あなたたちも大変。ね」
 ハクアと肩を並べるジゼルの掌中に、ほのめく竜影。
「あなたはここで、止めます。情報もお品もお渡ししませんの」
 真白の言葉は、最も明快な宣戦布告だ。気懸りそうな銀華は肩越しに真白を見やるも、すぐ封印箱に入って臨戦態勢となる。
「悲しくも、お互いに退けない戦場に立つ身であれば」
 淡々と呟き、身構えるベルノルトは月華衆の退路を断つべく神経を尖らせる。
 逃がすつもりは無いが、少女とて逃げる気は無いのだろう。短刀と手裏剣、構えられた刃に刻まれた華の紋様が街灯の光を弾く。
「……」
 微かに眉を顰めるザンニの攻性植物が咲かせる花も、月下美人に似て。まるで月華衆に対抗するように、剣呑に花弁を揺らす。
「よう、またあったな物真似師。もっかい地獄に落ちとけや!」
 啖呵と同時に、自ら作り出したエネルギー光球を浴びる。一太のルナティックヒールが、明確なる開戦の合図となる。
「ちょいと邪魔すんで」
 常葉のクイックドロウが、月華衆の刃を穿つ。続いてハクアとジゼル、スナイパー2人のドラゴニックミラージュが爆ぜた。ボクスドラゴン達は次々とボクスタックルを敢行する。
「晴るか遥か、夜の星か、河辺の螢か、翔け往け、彼へ彼へ」
 霞みが凝り、形作るは六連星。真白より放たれる星海は、敵を迷い惑わせんと。
 だが、ベルノルトが斬り付けたマインドソードは、ゆるりとかわされた。花弁の内から剥き出しとなったザンニの攻性植物の牙も、肉を食む事無くガチリと鳴る。
「……」
 ケルベロス達の初撃を全て読み取り、螺旋の仮面がゆうらりと動く。緩慢なる逡巡、だが、挙動は瞬間。
「……ッ!」
 少女忍者の腕に形作られる月下美人――大輪の花は忽ち、花弁を内から捲り上げて牙剥くや、前衛を越えて真白を襲う。ディフェンダーが反応する暇さえなかった。
「う……く……」
 初撃の模倣はザンニの攻性捕食。注がれた毒が真白に悪寒を齎す。その技が理力に基づくならば、真白の備えは十分であった筈。それが、こうも容易く食い破られるとは。
「気を付けて……きっと、ポジションは、クラッシャーです」
 作戦の一環として、使うグラビティは破壊系に統一していた。防具耐性も無論同じく――半減させてこの威力か。逸早く銀華から属性をインストールされながら、真白は実感する。
 最前線に蔓延る草1本が相手でさえ、デウスエクスとケルベロスはサシで対せない。未だ厳然と、格上であると。
 だからと言って、ここで退くケルベロスはいない。
「足元にご用心、だよ」
 ドラゴンくんには引き続きボクスタックルを指示し、ハクアは白き攻性植物の蔓触手を放つ。気遣わしげに真白を窺ったザンニは、少女自らがブレイクルーンを宿すのを受けて、ハクアと同じくストラグルヴァインで追撃した。
「ドカンといくでー! 避けんでな!」
 常葉が敵の動きを凍結せんとフロストレーザーを奔らせば、ジゼルも時空凍結弾を撃ち放つ。
「ちょこまかと!」
 地獄の炎纏う一撃をかわされ、ギリッと歯噛みする一太。玲のマインドソードは少女の手裏剣と噛み合い、ギュルリと嫌な音を立てた。
「財どころか技まで盗もうとは、随分と手癖が悪い華だね。花を手折るのは趣味じゃないけれど……災いの芽となる企ては、断ち斬らせてもらうよ」
 敢えて、強気を口にする玲。よくよく狙いを付けられるスナイパーならばまだしも、序盤から百発百中は厳しい。ドラゴンくんのボクスタックルも見切られ、勢い余ってつんのめる様子が却って微笑ましい。
 ベルノルトのオリジナル技も事も無げにかわし、月華衆の二の手は――正に、今見知ったばかりの殺意の飛斬。
「毒を持たぬ蛇は、その牙に毒を含まずには殺意に足らずと」
 今度は間に合った。やはり狙われた真白を庇って自らの技、不均衡の断頭台を真っ向から受けても、ベルノルトは顔色1つ変えない。
「……此れは、貴方には必要無い」
 挑発めいた言葉にも、月華衆は何ら反応を示さなかった。

●弱所強襲
 戦いは続く。ケルベロス達の攻撃を浴び、或いは受け流し、かわし、月華衆は粛々と反撃する。
 三の手の模倣はハクアのドラゴニックミラージュ、四の手はジゼルの時空凍結弾――反撃は多彩、だが、その標的は何れも。
「真白さん!」
「まだ、大丈夫……銀華、ありがとう」
 銀華に庇われながらも、青息吐息の真白。それ程までに、月華衆の攻撃は執拗だった。
 敵も律儀に前衛から狙うとは限らない。ボクスドラゴン伴う真白は、ケルベロス達の中で最も打たれ弱い。攻撃が届くなら、弱い所から落とそうとするのも道理。
(「自分達の行動を真似してくるなんて……やっぱり、やり辛いっす」)
 眉を顰めながら、真白にブレイクルーンを宿すザンニ。ベルノルトもウィッチオペレーションを施す。真白自身、護殻装殻術を以て凌ごうとするが……地力の差から、回復不能のダメージが積み上がるのは月華衆より早かった。
 ――――!
 身構える月華衆の腕の中で、ガトリングガンが象を結ぶ。スナイパーが牽制するよりも、ディフェンダーが庇うよりも、メディックがヒールするよりも速く、幻影の弾丸が雨霰と迸る!
「真白は、退きません逃しません、絶対……」
 螺旋忍軍の目的が何であれ、これ以上デウスエクスの被害を受ける人は増やしたくない。その一心で、踏ん張ろうとした少女の小柄は、容赦ない追撃を浴びて崩れ落ちる。
 月華衆の特徴的な攻撃についてよくよく考察すれば、打たれ強い前衛へ標的を誘導する事も可能だった筈。或いは、模倣の法則を逆手に取って封殺する事さえも。
「忍者相手に油断したらあかんって爺ちゃんも言うとったなぁ……時代劇ドラマの中でやけど」
 軽口のつもりで、だが、眼差し鋭く月華衆を睨む常葉。
(「まだまだ、甘かったという訳か……」)
 忸怩たる思いで、一太は奥歯を噛み締める。月華衆とは2度目の対戦ならば、その悔しさもひとしおか。
 それでも、まだ、戦いは終わっていない。ここで諦める者もまた皆無。
「――本当は刀で直接斬り合う方が得意なんだけどね」
 偶には変わった戦い方に興じるのも悪くない。そう嘯いて、腹読めぬ微笑みを浮かべる玲。尚も一癖加えてマインドソードを繰り出した。生憎、これまでの攻撃を模倣された事はなかったが、自分の攻撃がコピーされる時の目印となれば重畳と。
「……」
 ベルノルトは無言で構え直す。これ以上は、誰もやらせない。喩えこの身に代えても。

●月下散華
 戦況は、徐々に変遷する。
 真白の次に打たれ弱いのは、やはりサーヴァント伴うハクアであったが、次の標的はジャマーの常葉だった。
「お? 弱いものいじめは退屈したん? ほな俺と遊んでいきや」
 尚も軽口を叩く常葉だが、実際は遠距離攻撃を模倣し尽くしたというのが正しいだろう。月華衆との戦いは、長期戦の様相を呈していた。
 デウスエクスは強い。故に、如何に迅速に『全員の攻撃が当たる』状態にするかが肝心となる。今回、命中に関するグラビティを用意していたケルベロスはそれなりにいる。だが、捕縛は足止めに比べれば即効性は低い。ケルベロスが用意したグラビティは多彩で、月華衆が模倣に困らなかった要因も大きいだろう。
 それでも、弛まず攻撃続けるケルベロス達。螺旋の仮面で表情を隠す月華衆は、どれ程ダメージを食らっているかも判り難い。だが、その時――一太はハッと目を瞠った。
「もう一息だ。一気に押し切れ!」
 ザンニが常葉へ掛けたブレイクルーンを、月華衆が模倣したのだ。これまで、見向きもしなかったヒールグラビティを――すかさず、一太のブーストナックルが、ベルノルトのグラビティブレイクが、月華衆の破剣の加護を砕く。
 ジリジリと根気強く重ね続けた厄の数々が、漸く、月華衆の武威を削ぎ落とそうしている。
「残念だけど、ここの宝石はあげない」
 笑顔さえ浮かべて、ジゼルは月華衆に肉薄。一息に振り上げた時計の針が急所を突く。
「だけど、どうぞ、ごゆっくり……ただの護身術だもん、この技では殺さない。ちょっと痛いけど。ね」
 初めて身を捩らせる月華衆に、すかさず、ハクアはグラビティを畳み掛ける。
 砕け散れ、花よ舞え――名もなき誰かが奪い取ったとされる幻想魔術を基に、ハクアが創り出すのは鹿を模した氷のサモン。角に咲き誇る桜と共に、砕ける透明の体躯も散り際こそ美しい。
「きらきらして綺麗でしょ? 貴女には仮初の氷の宝石がお似合い」
 身動き出来ぬ真白を気遣い、ハクアは辛辣を言い放つ。
「貴女の盗ろうとしたものは思いのほか価値のあるもの。デウスエクスなんかに渡さない」
「よっしゃ! ここは景気よう……縛っとくで!」
 常葉が帯に挿した金魚草を引き抜くや、その茎が一気に伸びる。
「気張ってや! 別嬪さん!」
 常葉の激励にヒラヒラと可憐な花を震わせ、攻性植物は月華衆を捕えて締め上げる。
 ――!!
 まるで鏡写しのように、ストラグルヴァインが常葉へ伸びるも、割って入ったドラゴンくんが、蔓触手の幻影を噛み裂いた。
「真似るばかりで自分がないとは……何とも悲しい話っす」
 この期に及んで、誰の膝も突かせない。溜息混じりに眉を寄せ、ザンニはドラゴンくんへ黄金の果実を掲げる。
「さぁ、散り時だ――ゆっくり、眠ると良い」
 初めて、斬霊刀を構える玲。翳りも迷いも、薙ぎ祓え――磨き抜かれた刀剣に、研ぎ澄ませた心を重ねて。
 だが、ふと、悪戯げに笑み零れ、繰り出したその技は――これまでも何度も見せたマインドソード。
「そう易易と情報はあげないよ」
 酷薄なる戯れを浴びて尚、月華衆は最期まで無言を貫き、崩れ落ちた。

 忽ち風化した骸は、武器諸共霧散する。
「さてはて、情勢はどう動くやらね」
 一切の情報を残さぬ螺旋忍軍らしさに肩を竦め、周辺にルナティックヒールを掛け始める一太。
「月下美人の花言葉は確か……」
「『儚い美』、『繊細』以外に『強い意志』なんかもあるそうで」
 武器も残らず残念そうなハクアに、ザンニは小さく肩を竦める。
「螺旋忍軍が何考えてるのかなんて、まあ……分かる筈もないでしょうけど」
 儚く散るだけの存在とは、ザンニ自身納得出来なそうにない。
「あたし的には黒幕も気になるね」
「連中の目的は、探りたいところです」
 荒れた駐車場にサークリットチェインを施しながら、ベルノルトはジゼルに頷き返す。
「お疲れさん、もう大丈夫そうやな?」
「ご迷惑をお掛けしまして」
 気遣う常葉と心配そうな銀華を前に、人心地ついた真白は恐縮仕切り。そんな少女の細い肩を、常葉は気安くポンポンと叩く。
「次は表からお邪魔して、ゆっくり店主さんとお話してみたいものだね」
 玲の言葉に否やはなく、斯くて深夜の攻防を制したケルベロス達は静かに撤収した。

作者:柊透胡 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年6月11日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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