雨のち紫陽花

作者:刑部

 鳥取県琴浦町にある逢束アジサイ公園。
 琴浦沿岸付近の人々が昔、塩害防止のためにアジサイを植えられたものを、防波堤新設工事の為に一か所に集め公園としたものである。
 そのアジサイ公園の一角。様々な彩を放つ紫陽花の辺りを謎の花粉が漂うと、ドクン! と鼓動する様に一株の紫陽花が脈動する。
「あら? この紫陽花揺れてるわ。中に猫でも居るのかしら? えっ!?」
 それに気付いた老婦人が手を伸ばした瞬間、紫陽花の中から蔓の様なものが飛び出して老婦人の手を絡め、老婦人の体をその中へと引き摺りこんだ。
「なんだ!」
「おい!」
 それに気付いた周囲の人々か、老婦人を助けようと駆け寄ろうとするが、次の瞬間、老婦人を取り込んだ紫陽花が動き始める。
「こ、攻性植物だ!」
「逃げろ!」
 事態を把握した人々が叫びながら逃げてゆく。
 紫陽花の攻性植物は、取り込んだ老婦人のグラビティ・チェインを吸い、その花を赤く染めて蠢動しており、その事を天が嘆いたのか大粒の雨が降り始めていた。

「鳥取県は琴浦町の『逢束アジサイ公園』で、攻性植物の発生が確認されたで。なんらかの胞子か花粉を受け入れた紫陽花の株が、攻性植物に変化しもうたみたいやわ」
 肩を竦めた杠・千尋(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0044)が、ケルベロス達を前にそう切り出す。
「この攻性植物が紫陽花見物に来とった老婦人をを襲って、宿主にしてしまいよった。不幸中の幸いっちゅーのもアレやけど、宿主にされた老婦人以外は逃げ出して無事の様や。けど、ほっといたら被害が増えるやろうし、ヘリオンかっ飛ばすさかい、この攻性植物を倒したってや」
 と身振り手振りを加えて話す千尋。

「現場は公園やから拓けとるし、戦闘するにあたって障害になるもんは無いと思う。まぁ、花が踏み荒らされるのはこの際しゃーない。後でヒール掛けたってや。
 で、敵はさっきも言うた紫陽花の攻性植物が1体。根っこを動かしてゆっくりと園内を移動しとって、この中に老婦人が捉われ宿主にされとる。
 老婦人は攻性植物と一体化しとって、普通に攻撃して攻性植物を倒したら老婦人も一緒に死んでしまいよる。せやけど、ヒールを掛けながら上手い事戦ったら、攻性植物を倒した後、老婦人を助け出す事が出来るかもしれへん」
 千尋が、ヒール不能のダメージの蓄積により倒す為、辛抱強く戦わないといけない事を説明すると、
「なかなか手間が掛りそうだけど、人の命には代えられないよね。これはウイッチドクダーの腕の見せ所かな?」
 その説明に永代・久遠(小さな先生・e04240) が大きく頷いた。
「攻性植物は1体だけや。蔓や光線を飛ばしたり、大地を浸食して一気に崩して来たりしよる。十分気をつけてや」
 その久遠にちらりと視線を向けた千尋は、敵の攻撃手段について説明し、
「老婦人を助けるには、相手を回復するにも手を取られるし、回復した分をまた削らなあかんようになるし、我慢の戦いになると思う。それだけ頑張っても、無事助け出すんは難しい。
 けど、みんなやったら出来ると信じてるから、宜しく頼むで」
 と締め括ったのだった。


参加者
繰空・千歳(すずあめ・e00639)
アイン・オルキス(半人半機・e00841)
立茂・樒(瑠璃の竜胆・e02269)
永代・久遠(小さな先生・e04240)
渡霧・桜夜(天津太刀風・e10640)
夜殻・睡(凍夢の鋭刃・e14891)
鉄・冬真(薄氷・e23499)

■リプレイ


「……結構、降ってるな」
「雨に映えて綺麗……さて、紫陽花を楽しめるよう、きっちり片を付けましょうね。勿論、おばあ様を助けた上でね」
 気だるげな表情で天を見上げた夜殻・睡(凍夢の鋭刃・e14891)は、次々と眼鏡に落ちる水滴にそう呟き、睡とは反対に天ではなく地。一面に咲く紫陽花が雨に打たれる様を見て、微笑を浮かべた繰空・千歳(すずあめ・e00639)が気合いを入れると、酒樽型のミミック『鈴』が同意を示す様にぴょんぴょんと飛び跳ねる。
「けどアデル雨はきらい。冷たくって、なんだか煩くて」
 そんな千歳の言葉に、ぶんぶんと首を左右に振り唇を尖らせるアデリーナ・ジェコヴァ(ロア・e25439)だったが、その声には若干の甘えが混じっており、ビハインド『サトゥルヌス』が雨からアデリーナを庇う様に寄り添う。
「ほんと人質とかクソやっかいなんですけどー。植物だからやっぱり雨に打たれた方が嬉しいのかな? どの辺に居るんだろう?」 
 腰に手を当て頬を膨らませた渡霧・桜夜(天津太刀風・e10640)が、文句を言いながら眉の辺りに手を当てて辺りを窺うと、
「あれ……だね」
 番傘の下、眼鏡の奥で漆黒の瞳を細めた鉄・冬真(薄氷・e23499)が、言葉を紡いで暁の外套から手を出して指し示す。
 その指す方向に雨に打たれながら蠢く紫陽花の株の姿があった。
「よりによって捕まったのが老婦人か。救出するまでに耐えられるか不安ではあるが、やるしかあるまい」
「そう。手の届く範囲で助けられる可能性が有る以上、全力で助けて見せます!」
 攻性植物を臨んで嘆息するアイン・オルキス(半人半機・e00841)の隣で、永代・久遠(小さな先生・e04240)が『ケルベロス用治療セット<傷殺し>』と書かれた救急箱をくるくる回して決意を口にする。
(「瑠璃が色選べば紫陽花に似れど、我を通すなら是非もなし」)
 その攻性植物に灰色の瞳を向けた立茂・樒(瑠璃の竜胆・e02269)が、柄に滑り止めの布が巻かれた竜胆の鯉口を切り、紫陽花は葉に毒が、自身の名である樒には実に毒があるなと僅かに口元を綻ばせ、一歩を踏み出した。
 こうして、降りしきる雨の中、老婦人の命を救う作戦が開始されたのである。


「待っててね、すぐに助けてあげるから……天にまします我らの父よ」
 紫陽花の中に居るであろう老婦人に語り掛けて祈りを捧げ、山羊角の辺りで赤いリボンで止めたこげ茶色の髪を揺らしたアデリーナが、伸びて来る蔓触手を華麗な足捌きで叩き落とすと、アデリーナと同じ山羊角を持つサトゥルヌスが周囲の砂礫を念で飛ばし、その動きを妨害せしめる。
 それに続く様に喜び勇んで飛び出した酒樽……千歳のミミック『鈴』が、エクトプラズムで一升瓶を作って紫陽花に踊り掛った。
「無茶しちゃだめよ、アデル」
 その後ろからそう声を掛けた千歳が、ケルベロスチェインを展開して前衛陣の守りを強化する中、久遠の放つ銃弾と共に踏み込んだ睡が、迅雷の如き勢いを以ってその槍を繰り出した。
「あっ…やっぱり紫陽花だけに雨の中の方が強いのかしら?」
 心と刃を一つにした樒と桜夜が駆け寄るより早く、紫陽花の小さな花から放たれた小さな光線が収束し、鈴を撃ち抜いたのを見た千歳が思わず声を上げ回復を飛ばす。
 その間に仕寄った冬真の放った螺旋の一撃で紫陽花の幹を構成する蔓が崩れると、その中から、憔悴して項垂れ樹液に塗れた老婦人の顔が覗く。
「かならず助けるから、がんばってだよ」
 アデリーナはサトゥルヌス共に、伸びて来てアインの出したヒールドローンを潰しに掛る蔓触手を次々と叩き落とし、老婆に語り掛けるのだった。

 瑠璃色の焔が閃光となって一条の筋を描き、邪念に彩られた紫陽花の小さな花が燐光と共に散る。
「――疾く散るがいい。いざ、妖花を浄土へ」
 その一閃を放ち紫陽花を睨んだ樒だったが、絡み合った蔓茎の中に咲いた花が、己の身を裂いて放った光線に脇腹を強かに裂かれ、ギリッと奥歯を噛んで跳び退いた。
「今のは避けれぬ。自分の身を裂いてまで攻撃して来るとは」
 戦況の推移を見ながら銀色の髪を揺らしたアインが、頷きつつ樒に溜めた気力を飛ばして回復を図る。その間にも、一旦退いた樒と入れ代る形で、冬真と睡が連携のとれた動きで、着実に紫陽花へ回復できないダメージを蓄積させてゆく。
「わたしは負けません! お婆さんは絶対に助けてみますっ! 術式開始っ!」
 くるっと回したP239をホルダーにしまった久遠は、医療鞄から取り出した手術道具を手に、アデリーナとサトゥルヌスの動きに気を取られる紫陽花に、ウィッチオペレーションを施し回復を図るが、その直後、地面が大きく陥没し、樒と久遠が巻き込まれると、そこから脱出しようとする2人に紫陽花の根が絡み付く。
「恩をさっそく仇で返してくれたのかな?」
 乾いた笑いを浮かべた久遠が爆破スイッチを押すと、紫陽花の根本が爆ぜ、その間に2人が陥没した地面から転がり出たところへ、千歳の回復が飛ぶが、紫陽花は逃がさぬとばかりに久遠に蔓触手を飛ばす。
「しつこいのは嫌われるぞ。さぁ、婦人も解放するのだ。そうすればオルキスの名の元、直ぐにお前を殺す」
 その触手が本体に見舞われた桜夜のアームドフォートの攻撃に収縮するのを見たアインが、またヒールドローンを展開し、仲間達を守りに掛る。
「我が切っ先、これしきの傷で止まると思うなよ?」
 絡めた鎖を引っ張る形で距離を詰めた樒の振るう『竜胆』の刃が蠢く蔓触手を斬り落とすと、紫陽花が天を仰ぐ様に蠢動し、その直後に久遠が手術道具を手に迫り、紫陽花に穿たれた斬り口から流れる樹液を止める。

「まったく、もうちょっと待ってて! 必ず解放するから! 回復するのはいいけど、固くするって!」
 作戦と分かってはいるが、自身が紫陽花に刻んだ傷が味方のヒールで癒える様に、これも老婦人を助ける為と、自分に言い聞かせる様に言葉を紡ぐ桜夜だったが、氷の盾に砲撃を阻まれ憎まれ口を叩く。
「……ん。キュアするよりマシだろ。アデリーナが適時壊してるし……」
 桜夜の言い様に少しだけ眉間に皺を寄せた睡が、眠そうな目を桜夜に向け唇を尖らせた。
 睡はほぼ紫陽花の回復に専従しているのだが、その銀地に青い透き通った石が嵌め込まれた指輪『蒼氷』による回復は、紫陽花を回復させると共に、紫陽花の周りに氷の盾を展開させるのだ。
「もう愛でられる花には戻れないのなら、せめて綺麗に散らせてやるべきだろう」
 その間にも、濡れた前髪を鬱陶しそうに掻き上げた冬真が、御業で紫陽花を縛り、樒とアデリーナが確実に足止めされた紫陽花の体力を削ってゆく。
「こいつでおばあさん斬らずに攻勢植物だけ……行けないかしら?」
 ものは試しと続いた桜夜が非物質化した刃で紫陽花を斬るが、そう都合よくダメージが通っている感覚はなく、久遠が何度目かになるウィッチオペーションを施す。
「来る!」
 何かを察し、言うが早いか跳び退く睡。その言葉を肯定する様に紫陽花の周囲の地面が崩れ、体勢を崩した前衛陣を紫陽花の根が襲う。味方を庇った鈴とサトゥルヌスが絡め取られるが、直ぐに千歳とアインが回復を飛ばし、
「今の攻撃はなかなかだったね」
 崩れた地面を飛び越えた冬真が螺旋の力を込めた手で触れると、紫陽花の根は勢いを失い絡められていた2体のサーヴァントが、攻撃を繰り出しながら脱出する。


 一旦距離をとるケルベロス達。
「かなり動きが緩慢になってきたよね?」
 紫陽花の動きを見ると、小首を傾げる様にして仲間を振り返った千歳。
 紫陽花へのヒールにはメディックは参加せず、キュアを掛けずに各種バッドステータスを蓄積させてゆく作戦。その作戦の効果が目に見えて表れ始めていた。
 紫陽花の動きは酷く緩慢になり、伸ばされる触手は精彩を欠き、地面を崩す攻撃もその予兆を捕えやすくなっている上に、雨に打たれる紫陽花の身から、どす黒い樹液が流れ地面を汚していた。
「だが、御婦人の体力も心配だね。細心の注意を払わないと……」
 中に老婦人が居なければ楽勝なのだがと、眼鏡の水滴を拭き取って掛け直した冬真の目が細められる。
「あそことそこを、こう言う風に斬れば助け出せるんじゃないかな?」
 言いながら久遠が虚空にメスを動かすと、
「うむ。やってみる価値はありそうだな。私は左下へ斬る方を担おう」
「りょーかい、じゃああたしが右をやるわ」
 樒と桜夜が頷き腰を落として構えると、久遠のP239が火を吹いた。それを合図に鈴が飛び出し、
「頼むぞ、睡」
 指輪を嵌める手を向ける睡にそう声を掛けた冬真と、アデリーナがそれに続く。
 それら次々と仕寄ケルベロス達に対し、光線を放とうと言うのか次々と華を咲かせる紫陽花。実際に幾つかの光線が飛ぶが、
「活力の火を灯せ」
「甘いしあわせのお裾分けを」
 アインが指に魔力を注いで虚空に円を描くと、その円が回転してエネルギーを湛えた球体となって放たれる波動が広がり、千歳のガトリングガンから撃ち放たれたハートの飴が、その回復を更に後押しする。冬馬とアデリーナが蔓触手に絡めながらも左右に広がり、蔓触手を引っ張る形になると、
「魂なければ、此処にて散れ。雨が汝の手向けとなろう」
 樒の刃が袈裟斬りに振るわれ、
「そらっ、いいかげん大人しくしなさいな」
 桜夜の逆側を斬り裂く!
 その2つの斬撃に紫陽花の幹の皮がべろりと垂れ下がり、今まで顔しか見えなかった老婦人の上半身が露わになる。
「お父さま!」
「もう少しだけ、頑張ってくれよ」
 アデリーナの声に反応したサトゥルヌスが、老婦人を脇から抱える様にして引き抜きに掛り、睡が祈りを込めて回復を飛ばす。 
「くっ……あ……」
 意識の無い老婦人が顔を顰めて苦悶の声を漏らすが、サトゥルヌスは構わず老婦人の体を引き抜き、そのまま後ろへと倒れ込んだ。
「上出来」
 アインが老婦人に溜めた気力を飛ばす間に、宿主を失い暴れる紫陽花に次々と容赦ない攻撃を繰り出すケルベロス達。紫陽花ははげしく暴れて最後の抵抗を示すが、その攻撃の多くは虚しく空を斬り、流れ出た樹液が地面をどす黒く染める。
「悪足掻きもいい加減にしてよね」
 トドメを刺したのは桜夜のアームドフォート。
 その弾丸に次々とその身を抉られた紫陽花は、最後に大きく震えて体中の穴から黒い樹液を垂れ流して動かなくなったのだった。

「おばあ様、もう大丈夫よ。さぁ、屋根のあるところへ運ぶわよ」
 まだ意識の戻っていない老婦人に語り掛けた千歳が音頭をとり、傘をさした冬真が抱えて老婦人を近くの東屋まで運ぶと、
「大丈夫と思うが……」
「どっちにしろ、病院に連れて行った方がよさそうね」
 黄金の果実で照らしたアイリが横たわる老婦人の顔を覗き込むと、桜夜も同じ様に覗き込み、老婦人の額に手を当てる。
「うん、異常は無し。もう大丈夫だよっ」
 その間に仲間達の診療を終えた久遠が笑顔を見せると、紫陽花の残滓を確認していた樒が戻って来た。
「近くの紫陽花を見て回ったが、攻性植物はあの一株だけの様だ」
 雨に濡れたポニーテールを肌に貼り付かせ報告する樒に、冬真がタオルを投げ寄越す。
「俺達が踏み荒らしたところもヒールしないとな」
 老婦人を運ぶ救急車から、ストレッチャーを引いた隊員達が降りてくるのを見ながら、濡れ髪を拭く睡が言うと、
「でしたら紫陽花見物も兼ねて必要な所はヒールを掛けながら公演を一周しましょう」
「アデルもさんせい」
 千歳が提案し、アデリーテが即座に賛成する。
 掛けれるだけのヒールを老婦人に掛けた一行。
「顔に血色も戻って来てるし大丈夫だよ」
 と微笑む久遠と共に老婦人を救急隊員に託すと、連れだって雨の逢束アジサイ公園を見て回る。
「小さな背中がとても頼もしく見えたのよ」
「えへへ、でもやっぱりアデルは雨より飴の方がおいしくて好き!」
 褒める千歳にじゃれつくアデリーナ。それを牽制する様に飛び跳ねる鈴を先頭に公園内を見て回るケルベロス達。
「ここもついでに直しておこう」
 今回の事件の影響ではないだろうが、公園内の危なそうな箇所を見つけては、的確にヒールを施していくアイン。
 こうして一行は一通り公園を見回てヒールを施し、倒したもの以外に攻性植物が居ない事を確認し、老婦人の回復を祈りながら逢束アジサイ公園を後にしたのだった。

作者:刑部 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年6月28日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 0
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。