ジュエル・ロバーズ

作者:蘇我真

 夜のビル街。屋上に2つの人影があった。
 黒い女モノのスーツを身に纏った女性と、顔に渦を模した仮面をつけた忍び装束、ポニーテールの少女。
 女性は、少女へと命令する。
「あなたへの命令は、地球での活動資金の強奪、或いは、ケルベロスの戦闘能力の解析です」
 その言葉は淡々としていて、一切の憐憫や情といったものは感じさせなかった。
「あなたが死んだとしても、情報は収集できますから、心置きなく死んできてください。勿論、活動資金を強奪して戻ってきてもよろしくってよ」
「………」
 そして、その冷酷なまでの言葉にも少女は動じることなく、小さく頷く。
 それが闇の忍び、月華衆のあるべき姿だった。

 深夜、皆が寝静まった頃合い。とある質屋の勝手口が開けられた。
 軋む足音はわずかで、注意して聞かなければ聞き逃してしまうほどささやかなものだった。
 そうして店内へと侵入してきたのは、渦を模した仮面をつけた忍び装束、ポニーテールの少女だ。
 上官と思しき女性から命令を受けた少女は、そのまま質屋に保管されていた金品の中から、宝石や貴金属といった高値のものだけを選んで自前の風呂敷に包み始めた。
「………」
 時間にしてほんの数分。
 そうして風呂敷が一杯になると、少女は風呂敷を背負ってそっと質屋を離れるのだった。

●ジュエル・ロバーズ
「こんにちーはお!」
 集まったケルベロスたちに向けてホンフェイ・リン(ドワーフの螺旋忍者・en0201)は元気よくあいさつした。オリジナルあいさつらしい。
「こいつは螺旋忍軍と聞いては黙ってられないそうだ。まあ足手まといにならないようにはするだろうから、よろしくしてやってくれ」
 星友・瞬(ウェアライダーのヘリオライダー・en0065)は紹介もそこそこに、今回起こった事件について語り始めた。
「螺旋忍軍『月華衆』という一派が、金品を強奪する事件を起こそうとしている。
 今回盗まれるのが見えたは、質屋の貴金属だな。強奪する金品は特別なものではない為、地球での活動資金にするつもりなんだろう」
 この『月華衆』という一派は小柄で素早く隠密行動が得意な螺旋忍軍らしい。
 そのほかにも、特殊な忍術を用いると瞬は説明を続ける。
「月華衆は自分が行動をする直前に使用されたケルベロスのグラビティの一つをコピーして使用する。これ以外の攻撃方法は無いようだから、戦い方によっては、相手の次の攻撃方法を特定するような戦い方もできるだろう。
 また、理由はわからないが、月華衆は『その戦闘で自分がまだ使用していないグラビティ』の使用を優先するので、その点も踏まえて作戦を立てれば、有利に戦えるはずだ」
「ふむふむ……」
 大人しく説明を聞いていたホンフェイが被害のあった質屋について、確認する。
「その質屋に従業員とか、犠牲者はいなかったんですか?」
「ああ、月華衆が盗みに入る時間には幸か不幸か誰もいない。敵の数は1人だが、かなりの手練れだろう。油断はしないように」
「わかりました! みなさん、がんばろーましょう!」
 まだ怪しい日本語と共に、ホンフェイは拳を固く握りしめたのだった。


参加者
天壌院・カノン(オントロギア・e00009)
四乃森・沙雪(陰陽師・e00645)
黒田・稔侍(ブラックホーク・e00827)
ソネット・マディエンティ(藍の往く路は紅く・e01532)
井伊・異紡(地球人のウィッチドクター・e04091)
九六九六・七七式(フレンドリーレプリカント・e05886)
東雲・凛(角なしの龍忍者・e10112)
比嘉・アガサ(野薊・e16711)

■リプレイ

●月華衆
「また、月華衆が現れるのですね……」
 質屋の外、ごみステーションの物陰に隠れた天壌院・カノン(オントロギア・e00009)の呟きにホンフェイ・リン(ドワーフの螺旋忍者・en0201)が反応した。
「またってことは、何度も現れてるんですね?」
「ええ。いい加減にそろそろ相手の黒幕さんにも登場してほしいんですけどね」
 答える東雲・凛(角なしの龍忍者・e10112)の笑顔には苦いものが混じっている。
「なんとか口を割らせたいところですが、向こうも忍びの端くれ、そう簡単には喋らないのです」
「自らの命にも頓着しない、上の命令には絶対服従か……まるで機械のような兵士だな」
 ロングコート姿の黒田・稔侍(ブラックホーク・e00827)の口振りは月華衆への賞賛と呆れが混在する、皮肉めいたものだった。
「機械、そうかもしれませんね……。僕は、月華衆がわからないんです」
 井伊・異紡(地球人のウィッチドクター・e04091)の言葉には熱が籠る。
「たとえ敵だとしても、命は大切にしてほしい……なんで命を投げ捨てるように……」
「その相手の命を、これから奪うんだぜ」
 稔侍の茶色の瞳が異紡の震える拳を見据え、覚悟を問う。その震えは怒りか、逡巡か。
「わかってます。わかっている、つもりです……」
「……存分に、悩むといいさ」
 稔侍は、異紡の返事を聞いて眩しそうに目を細めた。

「来ました……!」
 月華衆の襲来に、最初に気付いたのは凛だった。
 夜の闇へまぎれるようひそやかに、しかし素早く勝手口へと駆ける人影。
 勝手口の鍵穴に針金を差し込み、開けようとしている。
「………!」
 息を飲み、襲撃のタイミングを計る一同。月華衆が手際よく勝手口を開錠する。
 わずかに軋んだ音を立てて勝手口が開いた。
「ターゲット、月華衆ヲ確認。コレヨリ甲ト呼称スル」

●ジュエル・ロバーズ
 勝手口の向こうから月華衆の鼻先にゲシュタルトグレイブが突きつけられた。
「!!」
 刹那、ノータイムで後ろへと倒れ込んでゲシュタルトグレイブから逃れようとする月華衆。
 しかしゲシュタルトグレイブを突きつけていた九六九六・七七式(フレンドリーレプリカント・e05886)も動揺しない。狙い済ましたように矛先を降ろし、その胸に稲妻のような突きを叩き込んだ。月夜に鮮血が舞う。
 月華衆は痺れを感じながらも、倒れ込んだ勢いのまま後転し、何事も無かったかのように立ち上がる。
「現れましたね、月華衆!」
 その後ろからカノンたち、屋外に潜んでいたケルベロスたちが姿を現した。
 同様に、店内からもケルベロスたちが飛び出てくる。
「好き勝手にやらせはしません」
 四乃森・沙雪(陰陽師・e00645)は自らの神霊剣・天の刀身を刀印を結んだ指でなぞる。
「陰陽道四乃森流、四乃森沙雪、参ります」
 宣言し、構えたと思った瞬間、その姿が霞のように掻き消える。
「我が一刀は空を断つ……」
 気付けば空をも絶つ剣が、袈裟斬りに月華衆の胸を切り、傷口をジグザグに切り開いていた。
「命令する奴も嫌いだけど、黙って命令を受け入れるだけの奴も嫌い」
 ソネット・マディエンティ(藍の往く路は紅く・e01532)は躊躇うことなく、そのできた傷口へと自身の人差し指を差し込んでいく。
 その一突きが月華衆の気脈を断ち、身体を硬化させていく。
「出入り口は封鎖して、待ち伏せさせてもらったよ」
 比嘉・アガサ(野薊・e16711)は手にした日本刀を振り、その切っ先を月華衆へと向けた。
「………」
 月華衆は暫時動きを止めていたが、やがてケルベロスたちへと向き直った。
 行動目的が金品の強奪から、ケルベロスたちとの戦闘データ収集に代わったのだろう。
 ケルベロスたちの動きを探るように、身をかがめて戦闘態勢を取る。
「自分の命より任務の方がそんなに大事か」
 アガサの日本刀が緩やかな弧を描き、足の腱を斬ろうとする。
「!」
 地面を低く飛ぶ燕のような一撃を、しかし月華衆は機敏に跳躍して躱す。
「チッ……!」
 舌打ちするアガサ。振り切った余韻で身体が泳ぐ。日本刀を扱うのは初めてだったらしい。
「そいつは力押しで殴ればいいって獲物じゃないんだぞ?」
 サポートに回っていた陣内が鼻で笑うようにしながら、ゾディアックソードを無造作に振り下ろす。
 星座の重力を宿した剣の一撃も、惜しくも月華衆の傍の地面を抉る結果に終わった。
「そういう陣もよっぽど力押しだろ」
 言いながらも、アガサの剣筋はより鋭く洗練されたものになっていく。
「こっちは当たったら儲けもんだからいいんだよ。後半になって相手に真似されるのを封じたんだ俺は」
 ゾディアックブレイクはあらゆる守護を無効化する斬撃だ。戦いが進み、ケルベロスたちに有利な守護がついたところで使われるよりも、何も守護がないうちに空撃ちさせたほうが被害も少ないという狙いだった。
「やかましい、その毛剃るぞ」
「ばかやろう、自慢の毛皮だ。剃刀じゃなくてブラシを当てろ」
 講釈を垂れる陣内と半ば八つ当たりの口を利くアガサ。軽口を叩きあいながらも息の合った斬撃で、月華衆を追いつめて行く。
「!!」
 対抗するように、月華衆もその手にグラビティと同じ日本刀を作り出す。緩やかな弧を描くような剣の軌跡は月光斬だ。
「させま、せん!」
 攻撃に割り込んだカノンの心臓を月華衆の刃が撫で斬りにする。
「くっ……!」
 傷を負うカノン。だが、その斬撃は浅い。斬撃への耐性がある装備を揃えていた。
「あらかじめ来る攻撃の性質がわかっていれば、対策は取れますからね。ホンフェイ嬢は回復を」
「アイヤーです!」
 沙雪に指示されて、ホンフェイはメディックとしてケルベロスたちの回復とサポートに回る。
 それを見ながら、稔侍は服のポケットからブラックスライムを取り出した。
「こんなのを使うのは初めてだが、まあ、なんとかなるだろう」
「攻撃、合わせますね」
「じゃ、今度はこっちで」
 凛とアガサも同じくブラックスライムを掲げた。捕食モードに変形したスライム3体が、一斉に月華衆へと襲い掛かる。
 3匹の黒い粘体生物、凛の放ったそれは月華衆の仮面を狙って飛んでいく。
「ッ!」
 部位狙いの一撃は、月華衆の横っ飛びでかわされる。その着地の硬直を突くようにアガサのスライムが襲う。
「!!」
 避けきれないと判断した月華衆は自分が模造した日本刀でアガサのスライムを両断した。聖者によって割られた海のように月華衆の左右へと落ちて行くスライム。
「そこまでだな」
 しかしそこへ、トドメとばかりに稔侍のスライムが頭上から降り注いだ。スナイパーの一撃に月華衆はなすすべもなく捕食される。
 そのままスライムが月華衆を食い破るかと思われたが、逆に内側から食い返されていく。
「今度はスライム、だね……」
 カノンの傷を殺神ウイルスで癒していた異紡が呟く。
 月華衆が持っていたはずの日本刀は消え、いつしかブラックスライムに変貌している。 月華衆自体をも食い殺さん勢いで増殖、拡大していく黒い粘液。
 捕食モードに移行したブラックスライムは、異紡の前に立ちふさがるソネットへと狙いをつけていた。
 強大な黒い影にもソネットは全く臆する様子を見せない。淡々と肘から先をドリルのように回転させ、迎撃態勢を取る。
「あんたみたいな外的要因が無ければ何もできない、ただの人真似人形に負ける気はしないわよ。『人』としてね」
 人の心を持った機械と、機械の心を持った人。
 覆いかぶさるブラックスライムをドリルが穿ち、吹き飛ばす。
 その攻防を後ろから眺めるようにして、異紡は思った。
「機械にだって、人の心があるんだ……あの月華衆だって……!」
 ソネットの身体から伸びた影が色濃く浮き上がる。空から、希望にも似た創世の光が降り注いでいた。
 今は敵対するしかない月華衆。だが、もし月華衆にも本当は心があって、いつかその境遇を嫌だと助けを求めてきたのなら――
「その瞬間から、助けに行くよ」
 異紡の宣言と共に、光は輝きを増していく。ソネットがスライムによって溶かされた身体が、たちどころに癒されていた。
「はえー……すごいです。私の回復より全然強いです」
 分身の術でサポートに回っていたホンフェイも、その異紡の回復力に目を丸くする。
 光が消え、影もまた薄くなる。と思った刹那、ソネットの脇を掠めるように炎の舌が伸びて行く。
「甲ヘ延焼ニヨル継続ダメージヲ付与スル」
 七七式のグラインドファイアだ。素早く精密な移動でエアシューズから散る火花。それがいつしか大きな炎となり七七式の足を覆っていた。
 空気の抜けたボールを蹴ったような重い音が響く。炎のミドルキックが月華衆の腹に突き刺さった。
「甲ニ命中」
 七七式は月華衆を見下ろす。その青い瞳には何の感慨も見られなかった。月華衆と同じく、ただ任務を遂行する。それ以上でも以下でもない、無慈悲な一撃が月華衆の腰を折った。
「……!」
 ぎこちなく腕を動かして印を組み、分身の術で自らを癒す月華衆だが焼け石に水だ。
 己の身体を炙る炎は消せず、回復量もそれまでに蓄積したダメージからすれば雀の涙でしかない。
「いきますっ!」
 死の気配を纏ったカノンの鎌がギロチンのように月華衆の首筋へと食い込む。月華衆の膝が笑うように震えた。
「鬼魔駆逐、破邪、建御雷!」
 好機と見て取った沙雪は、またしても指で刀印を結ぶ。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前!」
 一字ごとに指で横、縦、横と虚空を切る。
「ニホンの九字切りですね!」
 キラキラした目でホンフェイが見ている中、沙雪が印を切る度に指先へ力が破邪の力が集中し、光の刀身を形成していく。
「破ッ!!」
 光剣の一撃が、月華衆を斬り伏せる。
「!!!」
 強大な力に引き裂かれるようにして、月華衆は声にならぬ声を上げ、消滅していく。
「……」
 沙雪は静かに握った親指で人差し指を弾く。弾指の澄み切った音が、戦いの終わりを告げた。

●心の宝石
「ホンフェイ、お疲れ様」
 アガサの労いの言葉を聞いて、初依頼だったホンフェイはへたりこんだ。緊張と同時に身体の力も抜けたのだろう。
「あ、ありがとうございます……」
 周辺にヒールをかけて修復したり、辺りに月華衆についての手掛かりがないかを探し出す仲間たちへと問いかける。
「必死で何がなんだかわからなかったですけど、月華衆消えちゃいましたね。いつもこんな感じなんですか?」
「そうですね。今回も今のところは収穫なし、です」
 夜空を飛び、周囲に不審人物がいないか確認していた凛が降りてくる。
「死んでも情報を収集できるってのはどういうことかしらね。誰かが私たちの戦いを見ているのか、それともアイツが情報を送信していたのか……」
 疑問が解けず思い悩むソネットを、周囲を掃除していた七七式が励ます。
「大丈夫デスヨ、コレカラの情報収集できっとワカリマスッテ!」
 戦闘時とは違い、明るくハイテンションな様子の七七式。
「そうそう。今はまだわからなくても事後の行動でなにかわかるかもしれないもんだ。情報は足で稼げってね」
 探偵をしている稔侍らしいフォローも入る。
「彼女たちはどうして……理由もわかれば対話への道も開けるのかもしれませんが」
 カノンの嘆息。周辺のヒールを終え、質屋の持ち主へ電話をしようとしていた異紡は天を仰ぐ。
「なんとか、したいな……」
 夜空に浮かぶ月の姿。宝石を盗むよりも、自分の命という名の宝石を大切にしてほしい。
 改めてそう強く思うのだった。

作者:蘇我真 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年6月2日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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