復活、グリルドポーク

■リプレイ

●その魚は食べられません
　薄暗く狭い路地に浮かぶ青白い軌跡。
　その中から焼けたオークが出てきたのも束の間、飛来した焼夷弾による炎がデウスエクスたちを纏めて包み込んだ。
　突然の爆撃から深海魚型の死神たちは慌てたように宙を泳いで逃れ、オークも体表を照り照りにしながら抜け出てくると、そこにはランプやら懐中電灯やらネックライトをつけ、攻撃態勢を整えたケルベロスたちの姿。
　まずはゼレフ・スティガル（雲・e00179）が、己を彩る色を薄暗さの灰から明かりの白や燈、そして輝く炎の赤へと変えつつ、鉄塊剣を構えて死神の一体に狙いを定める。
「魚に痛覚は無いなんて言うけれど……痛かったらごめんね」
　敵の身を案じるような優しい言葉とは裏腹に、巧みに操られた剣は死神を両断せんと背ビレに叩きつけられる。
　そこに駆け込んだ木戸・ケイ（流浪のキッド・e02634）がすれ違いざまに抜刀、霊力で実体化した桜吹雪と共に居合い斬りを一太刀入れると、死神の真後ろから忍び寄っていたカッツェ・スフィル（黒猫忍者いもうとー暴走型ー・e19121）が、幾度と無く敵を切り刻み、屠ってきた蒼い大鎌を振り下ろす。
　三人の斬撃で三枚におろされた死神は、地べたに落っこちた瞬間、舞い散る桜に包まれて燃え上がった。
「焼き豚に焼き魚の盛り合わせ？　豚肉こってり魚肉あっさりのバランスの良い組み合わせ？　それでは前菜死神の丸焦げ風味、一丁上がり！」
　オードブルの完成に、爆撃の主レジーナ・マクスウェル（天空の殲滅機・e03377）が言ってのけるが、しかしケイは燃え尽きた死神を眺めて不服そうに唸る。
「……こんがり焼けたところで、素材が駄目だな」
「あの豚も全然美味しそうじゃないしねー」
　カッツェがオークを見やり、苦虫を噛み潰したような顔で零した。
　例えこの世のあらゆるものを凌駕するほどの美味だったとしても、口に入れることは御免被りたい。
「肉と魚は鮮度が命だ。食肉偽装でクレームが来る前に処分しちまおう！」
「今度は、二度と蘇らない様に消滅させてあげるよ」
　二人が得物を構え直すと、レジーナもアームドフォートの砲口を向けて語る。
「パリッとかりっと美味しくこんがり焼けておいて？　それでも立ち上がるその執念！　今度は外身しっかり焦げ焦げのウェルダンで？　完膚なきまでに火葬としよう！」
「うん、中途半端に焼け残ったんじゃ気の毒だ。最後まで面倒見ないとね」
　息巻くレジーナにゼレフが答えたところで、オークは触手を蠢かせながら雄叫びを上げた。
「……煩い焼豚だ……いや、そんなおいしそうなものではないが」
　自分の台詞に茶々を入れ、ヒストリア・レーヴン（鳥籠の騎士・e24846）は優雅に羽ばたくウイングキャットのリィクと共に侮蔑の視線を向ける。
「死してなお女性を狙うとは……今度こそきっちりと地獄へ看取ってやらねば」
　第一、こんな豚に裂くほど時間は余っていないのだ。
　早く弟の元に帰ってやるためにも全力を尽さんと、喉を撫でて息を整えるヒストリアに並び立ち、唯織・雅（告死天使・e25132）もウイングキャットのセクメトを伴って呟いた。
「無理矢理、叩き起こされた所……恐縮、ですが。お呼びで、ありませんので……再度、お眠り……頂き、ます」
　雅の言葉が届いたかどうか、オークは更に激しく唸り、涎やら何やら汁を撒き散らして敵意を剥き出しにする。
　その汚らしさに、ケイは些か呆れた様子で言った。
「しかし、オークを蘇らせたって素敵な事は何にもねぇと思うけどな」
「……察しはつくけれど、一応聞いたほうがいいかい？」
　相槌を打ってくれたゼレフに対し、ケイは刀でオークを指し示して言う。
「……だって、これだぜ？　素敵な要素どこだよ」
　焼けた肌、８本の触手、理性を失った目、変な汁。
　もしこれに素敵な何かを感じたのだとしたら、復活の元凶である死神シスターは相当悪趣味なものである。
「まぁ、せっかく倒したオークを復活させてる時点で碌なものじゃないけどな！　迷惑なのでとっととご退場頂くぜ！」
　平・和（平和を愛する脳筋哲学徒・e00547）が吐き捨て、漂う死神に御業を行使しようとすると、オークの雄叫びをかき消すように二つの歌声が響いた。
　片や限りなく透明に近い旋律で仲間たちの昂ぶりを鎮め、戦いに集中させるヒストリアの明星の調べ。
　片や失われた面影を悼み、魂を呼び寄せて纏い、力と成す雅の寂寞の調べ。
　セクメトの清浄なる羽ばたきと相まって、胃もたれしそうな戦場には少し爽やかなものが広がっていく。
　オークも対抗してか声量を上げていたが、リィクが飛ばした尻尾の輪っかがぶつかった事で叫ぶのを止め、触手を地面に叩きつけて暴れ出す。
　いよいよ本格的に攻撃を仕掛けてくるか。
　身構えるケルベロスたちへ触手より先に死神が牙を剥き、ゼレフとカッツェに向かって飛んだ。
　だが、その進路は夜目でじっと様子を伺っていたドロレス・ハインツ（純潔の城塞・e00922）と、ウイングキャットのブラッキー艦長によって阻まれ、やむなく死神たちは二人に噛みつく。
　ともすれば悲鳴を上げてもいいものだが、ドロレスから漏れたのは強烈な自己暗示の言葉。
「我らは猟犬、弱者の剣であり同胞の盾……そうあれかし」
　意志の固さは守りの堅さ、硬化したドロレスの身体には牙が満足に刺さらず、すぐに離れた死神に代わってやってきたケイのボクスドラゴンであるポヨンが、水の力を注入してドロレスの傷を癒やし始めた。
　ブラッキー艦長に食いついた一匹も、何やら威厳漂う艦長に一瞥され、ビクリと身を竦めた所で尻尾の輪っかに叩き飛ばされる。
　それを和が御業で掴んで締めあげて、オークの元へと返品処理。
　べとん、と力なく地面を弾んだ死神は、まだ首の皮一枚つながっていたのか、へろへろと力なく浮き上がってオークの周囲を漂い始めた。
　が、それもほんの僅かな間のこと。
　ケイが二振りの斬霊刀から放った衝撃波に斬り裂かれたところを、ゼレフが鉄塊剣――その微かに青く染まった刀身に、色なき炎を湛えて振り抜く。
　死神は空中で炎と同化して、色を失い溶けるように消えた。
　早くも二匹の死神を処分したケルベロスたちの猛攻は、最後の死神にも襲いかかる。
　和が御業で生み出した炎弾を撃ち放つと、レジーナも合わせて大量のミサイルを発射。
　爆炎は死神を存分に炙り、それが消えたところにリィクとブラッキー艦長が飛びかかって、鋭い爪で一撃ずつ切り裂いた。
　死神は失った力を取り戻すために噛みつく先を探したが、獲物を決める前にドロレスの撃ち出した妖精の加護を宿す矢に貫かれ、続いて投げ込まれたカッツェの大鎌に両断され力尽きてしまう。
「今日も良い斬れ味……なのはいいんだけど、面白くないなー！」
　手元に戻ってきた愛鎌の刃を一撫でして、カッツェは不服そうな声を上げた。
　所詮、使いっ走りの魚たちではカッツェを満足させるほどの相手にはなれない。

●この豚も食べられません
　飛ぶ鳥、ではなく魚を落とした勢いのケルベロスたちは、ヒストリアの起こした色とりどりの爆風によって更に士気を高め、いよいよ本丸のオークを攻め落とす準備にかかる。
　その一手として、雅とセクメトが歌と羽ばたきの対象を後衛陣に変えた所で、荒ぶるオークの触手がケルベロスへと伸びた。
　狙っていたのはレジーナ、であったのだが。
　ケイの指示で動いたポヨンが、その触手から庇うために飛び込んでいった。
　ぽよぽよボクスドラゴンはオークに捕らえられ、叩いたり転がしたり弾ませたりと暫し触手で弄ばれたあと、飽きたおもちゃを捨てるようにケイの元へと返される。
「女性陣に怪我させるわけにはいかないからな、よくやったぜポヨン！」
　相棒の健闘を称えるケイであったが、当のポヨンはむくりと起き上がり、何やら抗議するような目を向けてきた。
「……あー、うん。分かってるって」
　赤いスカートを履いたボクスドラゴンから目を逸らし、ケイはオークの動きに集中する。
　オークは荒ぶる触手を蠢かせ、再び攻撃する機会を伺っていた。
　その姿を睨めつけて、カッツェは鎌を携えたまま言い放つ。
「知性がなくて良かったな。痛くもないし恐怖も感じないんだろ？　……カッツェ個人としては、残念だけどね！」
　泣かない喚かない気持ち悪い、つくづく趣味でない敵に向けて、カッツェは螺旋の氷結を撃ち出した。
　しかし、それまで触手を動かすだけだったオークは見た目にそぐわぬ機敏さで螺旋を飛びのいて避け、驚くカッツェを他所にレジーナが放った主砲の斉射もひらりと躱すと、触手を目一杯伸ばす。
　その先に居た和は、迫り来る触手が向かってくるのを見て、身を固くした。
　なにせ、和は成人男性にも関わらず、女の子のような声と顔立ちに低身長を兼ね備えるという奇跡の下に生まれた子なのである。
　理性を無くしたオークが、あんなことやこんなことをする標的としてもおかしくないかもしれない。
（「わっ！　ちょっ、まっ！　俺は男……だ、だめぇ……！　へんなとこいじらないでぇ……！ 」）
　悪いのはこの女児にしか見えぬ見た目だ。
　犠牲となっても仕方ないと、和は心の中で叫ぶ。
　……が、触手は和に向かわず、無情にも雅を捉えた。
「この程度、では。ケルベロスは……墜ちません、よ」
　生のオークの様にぬるぬると這いまわったりするのでなく、極めて暴力的に刺し貫こうとする触手に反抗の言葉を漏らし、雅は祈るように一遍の詩を歌い上げる。
　込められた祈りと加護で不浄なる触手を祓い、同時に負った傷を癒していると、ドロレスが飛ばしたヒールドローンとブラッキー艦長の羽ばたき、更にはヒストリアの歌声も加わって、雅の傷はみるみるうちに塞がっていった。
「……これでもう大丈夫ですね。痛みは残っていますか？」
「大丈夫、です。ドロレスさん……ヒストリアさんも」
　たどたどしく礼を告げる雅。
　それを見やった和は、無用の心配をした気恥ずかしさをオークにぶつける。
「……殺す……潰してぺちゃんこにして殺してやるぅ！」
　己の知識を一冊の本としてオークの頭上に出現させ、その角を落雷の如き速さで叩きつける全知の一撃。
　オークの顔が一瞬だけ縦に縮み、バネのように反発して戻った。
　その過程で、ベヒィ！　と無様な鳴き声が半ば勝手に漏れでて、触手を戦慄かせるオークに、ゼレフが地獄の炎を纏わせた剣を叩きつけて追撃。
　ケイはポヨンにブレスを吐くように頼んで、自らも再び居合い斬りを仕掛ける。
　刀が煌めき、桜吹雪を起こしながら一閃。
　納刀と同時に巻き起こった風に桜が舞って燃え上がると、ポヨンの水のブレスが消火剤のように吹き当てられた。
「本日のメインディッシュはオークの桜包み焼きでございます……なんつって！」
　戯けてみせるケイだったが、ポヨンは酷く不快そうな表情を返してくる。
　また地雷を踏んだようだ。
「……不味そうって顔すんなよ、ポヨン……」
　誰も本当に食べる気はないのだからと、そんなやりとりをしてる間にも、リィクとセクメトが尻尾の輪っかを飛ばしてオークへの攻撃を続けている。
　劣勢――であることを理解できているかはともかく、オークは雄叫びを上げて自らを発奮させ、より触手の破壊力を高めようと試みた。
　しかしグラビティ・チェインを破壊力に変え、それを刀に乗せて振るうケイの斬撃と、ポヨンのタックルがそれを許さず。
　ゼレフの色なき炎を浴びせ掛けられて、オークの焼けた肌は黒く焦げていく。
「……やっぱり、あんまり見たくない感じだなぁ」
　胸焼けしそうな敵の姿に少しばかり辟易した様子を見せ、引いていくゼレフに代わって今度は猫三匹――リィク、ブラッキー艦長、セクメトが次々と飛びかかり、その鋭い爪で敵をさくさく切り裂いた。
　仲間たちの体力に余裕を見て取ったヒストリアも、攻撃に転じてブラックスライムを解き放つ。
　黒い塊はオークを丸呑みにせんとばかりに喰らいついて動きを阻害し、バスターライフルを構えた雅が高速演算で構造的弱点を解析する時間を作り出した。
　じっくりたっぷり、さして見たくもないオークの身体を隅々まで分析した雅は、その土手っ腹に向けて引き金を引く。
　放出されたグラビティの光線は敵の身体のど真ん中を無慈悲にぶち抜き、一仕事終えた雅は、仲間に向けて成果を報告した。
「構造弱体化……確認。後は、お任せ……します」
「ひゃっはー！　デウスエクスを蜂の巣だー！」
　自棄っぱちな叫びを上げながら和が撃ち出した炎弾が炸裂して、オークの調理はクライマックスへ。
　低空飛行で回りこむように接近したレジーナが急上昇、上空から全ての火力をオークへと向けて言い放つ。
「焼き加減はシェフの気まぐれ神のみぞ知る！　どちらにせよ加減の利かない大放出！　さあさ今度は迷うな燃え尽きよ！！」
　オーク一匹を焼き払うには些か過剰過ぎると思えるほどの砲撃が放たれ、オークは焼き豚から消し炭へと変わっていく。
　路地には爆音が響き渡り、それが収まりかけた頃。
　ドロレスが簒奪者の鎌を構えて走り、コンクリート住宅の外壁を蹴ってオークを飛び越えた。
　ぱっきぱきに焼けた触手の生える背に虚の力を纏った刃を突き立てると、パイ生地にナイフを入れるような音と感触が返ってくる。
　その不快さから逃れるように飛び退けば、閃く蒼い大鎌。
「特別サービス。男に葬られるより、女の死神に消滅させられた方が本望でしょ？」
　不敵な笑みを浮かべたカッツェが、大鎌の一撃でオークに残っていた僅かな力を全て吸い上げ、力尽きたオークは倒れこんで幾つかの黒い塊にバラけると、炭から塵へと変わっていった。

「イェイ！」
　ケイがポヨンと勝利のハイタッチを交わし、刀を収める。
　焦げやら脂やら付いた不純物を振るって取り払い、美しい煌めきを取り戻した鎌を眺めてカッツェも一息つく。
「もう返って来るなよ？　絶対だぞ？」
「今度は叩き起こされないといいっすねぇ」
　レジーナは塵すら残さんとオークの焼却処理を始め、それを遠い目で見やったゼレフが、ふっと力を抜いて呟いた。　　
　もっとも、目の前の光景を見る限りでは無用の心配だろう。
　一方、ヒストリアは盾役となった女性陣にケガが残っていないか心底丁寧に見て回り、特に触手に刺された雅には光の盾を当てて念入りに治療を施していた。
「もう、大丈夫、です」
「そこまで心配なさらなくとも。……随分とお優しいんですね」
「違う、作戦とは言え女性を盾にするなど……そ、そうだ。復活させた死神の痕跡などは残っていないだろうか」
　ドロレスの言葉に慌て、ヒストリアはくるりと反転すると死神シスターの痕跡探しに向かう。
　レジーナもそれに加わったが明確な手がかりは見つからず、薄暗い路地で感じられたのは、ただ不気味な気配だけであった。

作者：天枷由良	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2016年5月31日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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