空飛ぶオーク、温泉攻略指令

作者:秋月きり

「ムムム、量産型とはいえ、実験ではこれ以上の性能は出せないなァ。これ以上の性能を得るには、新たな因子の取り込みが不可欠だ」
 生み出した我が子とも言うべき飛行オークを前に、マッドドラグナー・ラグ博士がムムムと唸る。
 そんな博士の言葉を理解しているのか否か、飛行オーク達は「ブヒヒ」と豚にも似た鳴き声を上げるだけだった。
「因子さえ取り込めれば後はお前達の好きにして構わん。出来る限り生きの良い女を捕まえてくれ」
「!!!」
 ラグ博士の言葉にオーク達が歓喜の声を上げる。
 中には涎を垂らし、これから繰り広げられる狂乱の宴に触手を振り回す者すらいた。
「お前達が産ませた子孫を実験体にすることで、飛空オークは更なる進化を遂げるだろう!」
 ラグ博士の命の元、飛行オーク達はばっと飛び出す。その目には進化に対する喜びよりも、主の命令と言う大義名分で女性を襲えると言う好色な輝きが浮かんでいた。
 大分県別府市。柴石温泉。
 自然景観に恵まれたこの場所はいわゆる地獄巡りの『血の池地獄』『竜巻地獄』を有する温泉地として別府温泉八湯の一つに数え上げられている。
 市営温泉で料金もお手頃。かつ、露天風呂や内風呂の他、温泉の蒸気を利用した蒸し風呂が人気であり、多くの人々で賑わっていた。
 ――この日までは。
「ブヒィィィ!」
「サスガ博士、話ガ判ゥ!」
 襲来した飛行オーク達はもどかしいとばかりに蒸し風呂の入口を触手の一撃で破壊する。突如現れたデウスエクスの姿に、温泉を堪能していた美女達は逃げ惑うしかなかった。
 だが、一般人である彼女たちがオークから逃れられる訳もなく。
 一糸纏わぬ美女達を触手で絡め取った飛行オーク達が顔を見合わせ、ニヤリと笑う。
 背徳的な宴の始まりだった。
 
「飛行オークが温泉に現れるわ」
 自らの未来予知に繰り広げられた光景が不快だったのだろう。それでも憤りを飲み込みながら、リーシャ・レヴィアタン(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0068)が淡々とした声で告げる。
 竜十字島のドラゴン勢力が、新たな活動を始めたようだ、と。
「今回事件を起こすのは、オークの品種改良を行っているドラグナー、マッドドラグナー・ラグ博士が生み出した、飛空オークと言う、飛行型のオーク。と言っても、高い場所から滑空して目的の場所に移動するだけの能力で、自由に飛行する事はできないようね」
 だが、高所から滑空しながら襲撃目標である女性を見つけ出して、その場所に直接降下するという攻撃方法はかなり効率的。脅威であることは間違いない。
「だから、みんなには、飛空オークに襲撃される女性達を守り、これを撃破して貰いたいの」
 現れるオークは五体。飛行すると言う特性以外は普通のオークと変わらない戦闘能力を有している。その飛行も先の説明通り、滑空しか行えないため戦闘には役に立たないのだが。
「だから、触手による殴打や束縛、溶解液に気をつければ苦戦する相手ではないわ」
 とは言え相手がデウスエクスの一員であることは間違いない。努々油断しないで欲しいと、リーシャは告げる。
「それと彼らが現れる場所だけど、柴石温泉と呼ばれる市営温泉ね。周囲に大きな建物が無いから、小高い丘から滑空してくるんだろうけども」
 その為、上空から被害場所である女湯の状況を把握する事が出来る。事前に避難活動をしてしまうと、予知と違う場所に落下してしまう危険性があった。
「だから避難誘導はオークの襲撃後にして欲しい。……それと、オークの目論見通り、温泉を堪能している複数の女性達がいなくても、彼らは襲撃箇所を変更する可能性があるから、注意して欲しい」
 その場合は何らかの形、とりわけオーク達が喜びそうな行動を行う事でケルベロス達がフォローする必要があるだろう。
「オーク達による略奪なんか許すわけに行かない。絶対に女性達を守って欲しいの!」
 そしてリーシャはケルベロス達を送り出す。
「行ってらっしゃい。貴方達なら必ずオークを撃破してくれるって信じているわ」


参加者
赤堀・いちご(ないしょのお嬢様・e00103)
リリキス・ロイヤラスト(庭園の桃色メイドさん・e01008)
ラピス・ウィンディア(偽善の箱庭・e02447)
瀬戸・玲子(脱淫魔委員・e02756)
立花・彩月(刻を彩るカメラ女子・e07441)
近藤・美琴(貴方の精神破壊します・e18027)
アルテナ・レドフォード(旅好きな剣術使いさん・e19408)
ココロ・ファクトリー(恋するゼラチン状の立方体・e23724)

■リプレイ

●深緑に囲まれて
 視界に飛び込んでくるのは深緑の山々の景色だった。緑を駆け抜けた風は初夏に近いこの季節でさえ、爽やかな涼しさを伝えてくる。涼気が温泉で火照った肌に心地よかった。
 これが立花・彩月(刻を彩るカメラ女子・e07441)の故郷だった。東京に移り住む前に何度も訪れた山間の温泉は、昔と変わらず優しい空気に包まれている。
(「だから、絶対にオークなんかに穢させはしない!」)
 予知された敵を思うと怒りが沸き上がってくる。故郷を愛するが故、それを穢す輩は断じて許せない。
「別段、女がいるなら何処でもいいんじゃないかしらね。温泉じゃなくても」
「そうですね。何も言わず、消えて貰いましょう」
 ラピス・ウィンディア(偽善の箱庭・e02447)の呟きに近藤・美琴(貴方の精神破壊します・e18027)が頷く。
 オークの生態・性癖を考えれば、此度、襲撃箇所に女湯を選んだのは偶然だろう。彼女らの知る限り、飛行オークに関する被害報告は女湯に限ったものではなかった筈だ。
「せっかくの温泉にオークとは油断が出来ないですね」
 温泉好きとしてはゆったりとしたいのですが、とアルテナ・レドフォード(旅好きな剣術使いさん・e19408)が浮かべる表情は至極残念そうではあった。だが仕方ない。さらりと湯あたりの良いこれを楽しむのは一仕事終わってから、と思い直す。
 ケルベロス達が陣取る露天風呂は蒸し湯から上がった人向けなのだろうか、内湯よりも随分温度が低く感じ、その為、長湯をせざる得ない彼女達にとっては丁度良かった。見晴らしの良く、警戒するにはもってこいの場所だった。
 その湯船に口まで付け、ぶくぶくと吐息を漏らす瀬戸・玲子(脱淫魔委員・e02756)は、ぽろりと愚痴を零していた。
(「一緒に入りたかったなぁ」)
 想うのは一緒に任務に就いた青年、リリキス・ロイヤラスト(庭園の桃色メイドさん・e01008)のこと。メイド服を纏った青年は当然の如く、女湯での待機を固辞すると、一般人の避難誘導を買って出たのだ。今頃、温泉職員に話を付けているのだろうか。
「そう言えば……?」
 避難誘導役を買って出たもう一人の仲間の事を思い出したのか、アルテナが小首を傾げる。
「あ、ほら。オークが狙うのは中学生以上の女子ですから」
 赤堀・いちご(ないしょのお嬢様・e00103)の名前が出た瞬間、そのフォローをするように玲子が声を上げる。明らかに一桁台の年齢のいちごはその対象外だと。だから、予知の結果と変わらないよう、万全を帰すために外で待機する事にしたのだ。
(「ちょっと苦しい言い訳かな?」)
 内心冷や汗を掻く玲子に、アルテナはなるほど、と頷くだけだった。しかし、次の瞬間、その視線は疑問符と共に露天風呂の一角を占領する一人の少女に向けられる。
「やー。良い湯です。元気が溢れてきます。おっぱいのぷるぷるパワーも増えた気がするでごぜーます!」
 幸せそうに表情を蕩けさせるココロ・ファクトリー(恋するゼラチン状の立方体・e23724)もいちごと大して変わらない年齢のはずだ。だが。
「……まぁ、子供には見えないか」
 天を向きふるふると誇示する96センチMカップの身体は、ちょっとだけ背が低い女性と受け取れなくもない。オークが騙されるかは不明だが、予知との食い違いはさほど無いだろうと納得していた。

●温泉攻略指令
 最初にその影に気付いたのは、風景カメラマンとしての目を持つ彩月だった。曇天に紛れるよう滑空してくるそれは、最初は小さな粒であったが、その動きの不自然さから野鳥の類で無い事は明白だった。
「皆さん、女の敵が来ましたよ」
 彩月に続いて飛行オークを発見したアルテナが小声で告げる。しかし、まだ避難誘導は開始出来ない。まるで水面を見守る釣り人の如く、影を見上げながら平穏を装う。
 長い体感時間の後、空に浮かぶ五つの影が着地体勢を取る。その瞬間、ケルベロス達は即座に行動に移した。
 即ち――。
「デウスエクスです! ここは私達ケルベロスに任せて避難して下さい!」
 今だ着地とならない内に温泉を楽しむ一般人へ彩月と玲子が避難を促す。二人が発する隣人力やラブフェロモンに後押しされ、一般人達は脱衣所への逃亡を開始した。
 だが飛行オークも黙ってそれを見守る筈がない。急ぎ着地した五体はそれを許さじと脱衣所に向けて駆け出そうとし。
「あの……私、体が火照ってしまって辛いんです」
 貴方で慰めて頂けませんか? と注がれた美琴の熱い視線と誘うような動きの前に動きを止めてしまう。
「ギャハハ。据エ膳喰ワネバおーくノ恥ダ!」
 ひゃっほーと奇声を上げ、美琴に触手を伸ばす。伸ばされた無数の触手は彼女の裸身に触れると、まるでむしゃぶりつくように白い肌の上を這い回った。
「――っ」
 もたらされるおぞましい感触に零れそうになる悲鳴を飲み込む。少しの間でいい。オーク達が自身に夢中になっているその隙に、と唇を噛む。
 触手によって縛られ、屈辱的な姿勢に持ち上げられる美琴が出来ることは、ただ耐えるだけだった。
 そんな彼女への救いの手は無数の破砕音だった。
「これ以上、彼女を穢すのは許さないわ。離れろ変態豚!」
 物陰に隠していたアームドフォート――Falcon105を纏った彩月の一斉放射が火を噴いたのだ。乙女の怒りは無数の爆発となり、オークに注がれる。美琴の決死の誘惑が、彼女たちが武器を纏う時間を稼ぐ事が出来たのだ。
「飛んでる豚は変態豚なのね。落ちなさい女の敵!」
 叫びに呼応し、新たな銃撃音が響く。リボルバー銃を構えた玲子の放つ弾幕が、オーク達をその場に縫いつけたのだ。纏ったバスタオルから覗く膨らみや零れる脚に喜色を上げたオークはしかし、飛び交う弾丸を触手で弾く事を余儀なくされ、捕縛した獲物を手放す。
 あわや美琴の身体が地面に投げ出される寸前、びたんびたんと音を立て接近したココロが、身に纏うゼラチン体で柔らかく受け止めた。
「一目惚れさんに出勤命令。胸一杯のドキドキを回収するでごぜーます」
 そして自身の周りを飛び交う妖精型デバイスに命じる。
 彼女の命の元、豚面に抱きついた妖精達が熱烈なキスを彼らに浴びせると、その情熱がオークの顔に発火。オーク達の魂を焦がす。物理的に。
「ちっ。余り効かないでごぜーますね」
 びたんびたん跳ね、オークの様子を観察していたココロはしかし、チッと舌打ちをする。妖精の誘惑によって心と顔面を焦がされた者は五体の内、僅か一体。しかし、それもまた、仲間に殴られ正気を取り戻していた。
 だが、怯ませる事は出来た。その間隙を縫って飛び出したアルテナの斬霊軍刀は影を纏い、オークの触手を切り裂く。豚のような悲鳴がオークから零れ、残る触手でバスローブを纏う彼女を捕らえようと地面を蹴る。
 飛べずとも、俊敏な動きは健在だった。身軽でなければ飛行オークの名に相応しくないと誇示するかのようにアルテナに肉薄すると、その身体を縛り上げるべく触手を振るう。
 それを止めたのはラピスの放つ斬撃だった。地面を蹴り、双手に構える斬霊刀の内、右手のそれで仲間に迫る触手を切り落とす。着地と同時に大きな双丘が弾み、オーク達が色めき立った。
 そう。彩月や玲子、アルテナと違い、彼女はその裸身に何も身に付けていないのだ。羞恥心などどこぞ吹く風、との表情で斬霊刀を振うと、再びオークの触手を切り飛ばす。
「お待たせいたしました! 皆様、お怪我は……うわああぁ?!」
 女性客の避難を完了させ、合流したリリキスから悲鳴が上がったのは無理のない事だった。共に入ってきたいちごもどことなく顔を染めながらも、それでも自身の役割を果たすべく女湯に視線を走らせる。
「女の敵、です」
 即断即決。状況を把握したいちごは自身の持つ快楽エネルギーを桃色の霧に転じると、白い肌に触手の跡を残す美琴を癒すべく包み込む。
 そして、仲間の受けた屈辱を悟ったリリキスの表情が一変した。
「奪うのがそちらだけだと思わないことですね。奪った分、全て奪いつくされることも覚悟し、この地獄の紫焔が呼び出す斬撃を受けなさい!」
 己の鉄塊剣――破壊魔剣を紫色の焔で包み込みながらの咆哮は仲間を想っての事。彼女がその身に受けた痛みは如何ほどだったか。それを思い知らせるべく、紫焔の剣をオークに叩き付ける。
「ブヒャアアアア」
 一撃を受け、壁に叩き付けられたオークは悲鳴と共に生命活動を停止した。
「さぁ。次、切り落とされたいのはどちら様ですか?」
 オークの最期を見届けた美しい顔にゾッとするような笑みが宿っていた。その瞬間、残されたオーク達は悟る。自分達が虎の穴に入り込んだ事を。

●飛べても飛べなくても豚は豚
 何合と切り結んだだろうか。突き出される触手を左手の斬霊刀で弾いたラピスは荒い息を吐く。
 オーク達の放つ触手の一撃や溶解液は、ケルベロス達を蝕み、その疲労を濃くしていた。それが顕著なのは防御役を担う彩月や美琴、サーヴァントのアリカだった。特に美琴はオーク達を足止めすべく、挑発を繰り返しながら戦闘を続けている。
 お陰でラピスを始めとしたケルベロス達に大きな被害は生じていないが、痛々しい傷跡が走る美琴の姿を見てしまうと、申し訳ない気持ちが沸き上がってくる。
「リリキス」
 行くよ、と攻撃手を担うもう一人のケルベロスに告げる。相変わらずメイド服を纏う青年はこちらに視線を向けず、ただ「ええ」と声だけが返ってくる。
(「見ても良いのに」)
 視線が向けられないのは自分が一糸纏わぬ姿だからだ、とは理解している。彼の律儀な態度を少し残念に思いながらも、先の言葉を果たすべく詠唱を開始した。
「我欲するは蒼穹の果てより召されし光の祝福。目に見えぬ隷属を解き放ち、賦活の力を!」
 祈りは大地の神に向けて。ラピスの祈りに応じ、召喚された光がオーク達に降り注ぐ。
 光に包まれたオーク達はしかし、唸り声一つでそれを振り払うとお返しとばかりに彼女に詰め寄り、己の触手でその柔肌を縛り上げる。
 縛り上げる触手が狙ったのは彼女の抱く大きな膨らみだった。弄ぶような動きで拘束しながら、その形を変えさせる。
 ブヒブヒと零れる愉悦。それがオークの冥土の土産だった。
「彼女を辱めたお代として貴方の命を頂きましょうか」
 絶対零度の言葉と共に放たれた一撃はアルテナからだった。触手ごと身体を切り裂かれたオークはそのまま地に伏せ、絶命する。
 玲子から悲鳴が上がったのはその瞬間だった。
 絹を裂くような悲鳴と対照的に、彼女の纏うバスタオルを剥ぎ取ったオークが歓喜の声を上げる。零れ落ちる自分の裸身を思わず手で隠した玲子が気にしたのはオークに肢体を晒す事ではなく。
 慕っている相手に見られる事だった。
「れ、玲子さん、私は見てませんから……!」
 あからさまに視線を逸らす青年の態度で理解した。
(「見られた――!」)
 羞恥で顔が染まる。心臓が早鐘を打ち、沸き上がる感情は怒りとなって元凶――バスタオルを剥ぎ取ったオークに牙を剥いた。
「全術式解放、圧縮開始、銃弾形成。神から奪いし叡智、混沌と化して、神を……豚を撃て!」
 珠のお肌を晒しさせた罪は重いと、紡ぐ魔術を込めた魔弾がオークの眉間を貫く。羞恥と共に放たれた一撃に命を奪われたオークはそのまま、光の粒へと転じていた。
「もう一息っ」
 オークは今や、半数以下だ。喜びの表情を浮かべるいちごは仲間達の背を押すべく、詠唱を開始した。
「私の力を貴方に。聞いてください、この歌を!」
 いちごの持つ快楽エネルギーは歌声に転じられ、そして歌声は仲間へ破邪の力を授ける。
「やー。鬼さんこちらでごぜーます」
 ぺちんぺちんと尻を叩き、オークを挑発するココロは妖精達に残ったオークの狙撃を命じる。彼女から生み出されたミサイルに跨った妖精達は馬の如くそれを操ると、特攻の如くオークへの体当たりを敢行した。
「私は全てを受け入れる」
 そして美琴が動いた。幽鬼の様にゆらりとした足取りで爆発に呻くオークの内一体を指さすと、感情の籠もらない声を上げる。
 感情を消して発動するそのグラビティは、オークから感情を、そして一切合切を剥離していく。全てを失ったオークにもたらされた様はまさしく七孔噴血。顔中の全ての穴から血を零し、絶命する。
「ブ、ブヒィィ」
 残された一体が上げたのは恐慌の悲鳴だった。今や狩猟者は彼ではない。自身が捕食される側と悟った彼は自暴自棄の体当たりを敢行する。逃亡を図ったのか、それとも死の寸前に快楽を求めたのか、それを汲み取る術はなかった。
 それが向かったのは建屋を背にし、身構える地球人――彩月だった。バスタオルに包まれた肢体を拘束すべく、残った触手を総動員して突撃する。
「焼豚と餃子、どっちになりたい? ……ま、貴方なら廃棄処分ね」
 破れかぶれの吶喊はしかし、虚しく空を切る結果となる。身を深く沈めた彼女の蹴りがその足を掬い、オークを派手に転倒させたからだ。
 内湯へのドアを破壊したオークはそのまま、手前の湯船に飛び込む結果となった。『熱湯』と書かれたお湯の中へと。
「ギャァァア」
 五十度近い熱湯に身を沈める結果となったオークからパニックじみた悲鳴が上がった。
「おー。豚しゃぶでごぜーますね」
 入口から覗き込んだココロが感心した様な声を上げると同時に。
 桃色の光が疾走った。
「せめて桜のように美しく散るといいわ!」
 彩月の斬霊刀が翻る。桜色の電光を纏った一撃はオークの喉を切り裂き、血飛沫を舞わせる。桜の花びらの様に散るそれは、桜吹雪を思わせた。
 やがて、生命活動を止めたオークはどぅっと、湯船の中に倒れるのだった。

●大切な思い出の場所
「あんまり美味ではないですねー」
 待望のオークの魂を喰らいながらココロが表情を歪める。豚と揶揄されるオークと言え、それはデウスエクス。期待した味とはほど遠い様だった。
 そんな彼女の様子を見ながらくすりと彩月は微笑む。ふと視線を向けると、ヒールが施された内湯には、ラピス、美琴、アルテナの三人が気持ちよさそうに談笑を交わしていた。なお、オークに穢されたお湯は全て総取っ替えされている。源泉掛け流しのこの街ならではの対処法であった。
 ふと塀の外から聞こえる声はいちごとリリキス、そして玲子のもの。家族湯であれば男女交えて入浴出来るだの、入りませんだのと押し問答をしているようだ。賑やかさにクスリと微笑みが零れる。
 ふさぁ。
 やがて駆け抜けた風は彼女の茶色の髪を撫でていく。
 風が運んでくるのは飛来するオークなどではなく、爽やかな初夏を思わせる空気。
(「守れて良かった」)
 故郷を。大切な思い出を。
 眼を細め、道路を抜けた先の温泉地へ視線を送る。
 たまには実家に戻ってみようか。そんな事を思いながら。

作者:秋月きり 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年5月31日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 4
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