仄暗い路地裏で

作者:千々和なずな

 全身を覆うフードの僅かな隙間から、ギルポーク・ジューシィは呼びかけた。
「ドン・ピッグよ、慈愛龍の名において命じる。お前とお前の軍団をもって、人間どもに憎悪と拒絶とを与えるのだ」
 ギルポーク配下のオークたちのリーダーであるドン・ピッグは、葉巻をくゆらせつつ視線だけをあげてギルポークを見る。
「そんなもん、俺っちの隠れ家さえ用意してくれりゃ、あとは、ウチの若い奴が次々女を連れ込んできて、憎悪だろうか拒絶だろうが稼ぎ放題だぜ」
 その返事にギルポークは、やはりと喉の奥で嗤う。
「自分では戦わぬか。だが、その用心深さが、お前の取り柄だろう。良かろう、魔空回廊で、お前を安全な隠れ家に導こう」
「おぅ、頼むぜ、旦那」
 ドン・ピッグは魔空回廊を悠々と進み、隠れ家へと向かった。
 
 東京都足立区。
 すっかり夜が更けた路地裏に、切れかけ点滅している街灯が頼りない明かりをちらちらと落としている。
 羽愛兎は周囲をおどおどと見回してから、素速く路地へと入り込んだ。
 2つのゴミ箱の間に身を潜ませて、ほっと息を吐く。
 毎日殴られ、怯え、機嫌を取り、それでも虐げられる。
 ずっと小さい頃は、羽愛兎(はぁと)はあたしのハートマークよ、なんて可愛がってくれた母だったのに、再婚してからはまるで憎んでいるかのように当たるようになった。
 そんな家から逃げ出してきたけれど、逃げ出した先での生活もまた気が休まるときがなかった。
 ゴミを漁って食べ物を手に入れようにも、良い場所は他の人に取られている。試しに雑草を口にしてみれば青臭くいがらっぽいばかりで、空腹を満たすほど食べられず。居場所さえ確保できずにさまよい歩く。
 何より怖いのは寝るときで、いつ襲われるやら分からない。人目に付かない場所に身を隠し、うつらうつらと落ち着かない眠りをとる。
 それでもあの家に戻るよりはまし。その気持ちだけが羽愛兎を支えていた。
 けれど。
「ウマそうな獲物発見っ!」
「先に見つけたのは俺だぜ!」
「バカ言え、俺のお陰で見つかったんだろ!」
 我こそは一番乗りだと競ってやってくるオークたちに、羽愛兎は悲鳴も挙げられず、ひっと喉を鳴らす。
 最初に服を裂いた触手はどのオークのものなのか、目を閉じてしまった羽愛兎には分からない。
 どうして家出なんかしちゃったんだろう。
 その後悔ごと羽愛兎は身も心もオークに踏みにじられてゆくのだった。
 
「竜十字島のドラゴン勢力が、新たな活動を始めたようです」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)が告げた事件は、オークを操るドラグナーである、ギルポーク・ジューシィの配下のオークの群れによるものだ。
 オークの群れを率いるのはドン・ピッグ。彼は非常に用心深く、自分が表に出ることなく配下を使って女性を攫わせているのだと言う。
「今回襲われるのは、家出をして東京の路地裏で夜を過ごそうとしている羽愛兎さんです。彼女は隠れていた路地裏で配下に暴行されたあと、秘密のアジトに連れ込まれようとしています。皆さんにはこの事件の阻止をお願いしたいのです」
 羽愛兎がいなくなっても、それを気にする者は誰もいない。オークにとってはもってこいの獲物と言えるだろう。だがその目論見は砕かねばならない。
「ただし、オークが羽愛兎さんに接触する前にこちらが介入すると、襲われる相手が羽愛兎さんから別の女性へと切り替わる恐れがあります。そうなればどこで誰が襲われるのか分かりません。……実際、オークは用心深く作戦を行っているため、予知にかからず連れ去られている女性がいないとも限らないのですが……ともかく今は、羽愛兎さんの事件を防ぐことが第一です」
 事件を防ぐためには、姿を見られない場所で待機し、オークが羽愛兎に接触した直後に現場に突入するのが確実だろうとセリカは言う。
 突入は接触後。ただし時間をおいてしまうと羽愛兎の身に危険が及ぶため、タイミングが重要だ。
 
 現れるオークの数は5体。
 路地の一方から入ってきて、ゴミ箱の間に身を隠している羽愛兎を襲う。
 事件が起きるのは雑居ビルに挟まれた細い路地。ビル内には人はおらず、窓から明かりが差すこともない。明かりは切れかけた街灯のみで薄暗いが、戦うのに支障はないだろう。
 路地には羽愛兎以外に人はいない。表通りを人が通ることはあるが、余程の大声や大きな物音を立てない限り、裏通りのことなど気にも留めないだろう。
 オークの攻撃手段はすべて触手で、近距離の敵を締め付けて捕らえる触手締め、遠距離攻撃としては、先端を尖らせた触手で貫く触手刺しで、こちらの防御を弱めてくる。
 前衛3体は他に何度も敵を叩いてダメージを重ねる乱れ撃ちを使用し、後衛2体は雄叫びをあげることにより、自分の傷を癒し攻撃力を高める欲望の咆哮を使う。列攻撃は使用せず、ある程度の連携をとりながら1人ずつ敵を倒してゆくスタイルだ。
 
「オークによる女性の略奪を許すことはできません。どうかこのオークすべてを倒して、羽愛兎さんが連れ去られるのを阻止して下さい」
 ドラグナーの計画を挫き、オークの非道を止めて欲しいとセリカはケルベロスたちに頼むのだった。


参加者
大神・凛(ドラゴニアンの刀剣士・e01645)
オーフェ・クフェロン(人類好きの人形・e02657)
杉崎・真奈美(呪縛は今解き放たれた・e04560)
螺堂・セイヤ(螺旋竜・e05343)
西村・正夫(週刊中年凡夫・e05577)
氷霄・かぐら(地球人の鎧装騎兵・e05716)
エージュ・ワードゥック(未完の大姫・e24307)
ヒエル・ホノラルム(ドラゴニアンの降魔拳士・e27518)

■リプレイ


 夜更けとはいえ、街灯がともり、開いている店の明かりやざわめきが漏れる表通りには、どことなく活気が漂っていた。だが裏通りに入ればそれも絶え、淀んだ夜気が闇に沈殿している。
「こんなところで若い女の子が過ごしているんですか」
 西村・正夫(週刊中年凡夫・e05577)は表情を曇らせる。もし自分の娘だったら……と考えてしまうのは、人の親であるゆえか。
 昏いからというだけでなく、裏側である暗さをはらむ路地。
「今回の被害者さんはちょっと切ないにゃあ。お母さんの事情は知らないけど、助けてあげたいなあ……」
 言いながらエージュ・ワードゥック(未完の大姫・e24307)は潜伏場所を探して路地周辺を見渡した。羽愛兎が隠れるのはゴミ箱の間。そこから近い雑居ビルが良さそうだ。
 表通りに行く杉崎・真奈美(呪縛は今解き放たれた・e04560)と氷霄・かぐら(地球人の鎧装騎兵・e05716)以外のケルベロスたちは、ゴミ箱の正面、あるいは左右のビルに別れて身を隠すことにした。

 ヒエル・ホノラルム(ドラゴニアンの降魔拳士・e27518)が選んだのは正面に建つ雑居ビルの窓際だ。ビル内に明かりは無く外からは見づらいだろうが、それでも念のため壁に身を寄せる。
 同じく雑居ビルに身を潜め、大神・凛(ドラゴニアンの刀剣士・e01645)は今はぽつんと置かれたゴミ箱があるだけの、路地を見下ろした。脳裏をよぎるのは以前の依頼のこと。あの後悔を繰り返さないためにも、羽愛兎は必ず救出すると自身に誓う。
 すぐ駆けつけられるよう隣のビル入り口で待機しているオーフェ・クフェロン(人類好きの人形・e02657)は、ゆるりと開いた扇で口元を隠し。
「路地裏はまさに東京の舞台裏……けれど理性も見境もない豚達は舞台裏であろうとも、居場所がないことを知らしめてあげますわ」
 呟きながらオーフェが蘇らせるのは、自分が部隊を離反した後の孤独な過去の記憶。
「オークを倒せたとして、彼女がこのままでは今と何も状況は変わりません。何とか助けて差し上げねば……」
 路地裏生活を続ける限り、相手がオークか人かの違いはあれど、羽愛兎の身が危険にさらされるのに変わりはない。時を待つ間、どうすれば良いかとオーフェは考えを巡らせた。

 真奈美は羽愛兎が来るのとは逆の表通りにでて考える。ここ、あるいは羽愛兎が来る方角で殺界形成を使うと羽愛兎が路地に来なくなってしまう。かといって十分に離れた場所の人々を遠ざけてもあまり効果はないし、羽愛兎が来る側の女性が襲われるのは防げない。オークとの接触後に殺界形成すれば、羽愛兎が逃げ出して戦闘後に話をすることが出来なくなる。話をしたいケルベロスが多いことを考えると……などと少し迷ったあと、真奈美はそのまま表通りに出たところで待機した。
 かぐらは真奈美と反対に、羽愛兎とオークが来る方向の表通りでそれとなく待った。心細い女の子を襲うなんて絶対に阻止する。そう心に決めて待つことしばし。
 おどおどと少女が路地に入って行くのを見つけ、かぐらは仲間に携帯で連絡し、物陰に身を寄せた。
 ややあって現れたオークが真っ直ぐ路地に入って行くとそれも仲間に連絡し、かぐらは路地に入るタイミングを図り、耳をそばだてた。


「ウマそうな獲物発見っ!」
 野卑に嗤うオークに、羽愛兎はひっと喉を鳴らし身を縮めた。彼女ができるのはそれだけしかなかったから。
 もうダメだ。
 目を閉じようとした、まさにその時。
「……その子に汚らわしい手で触るな……! 豚共……!」
 雑居ビルから一直線に駆けた螺堂・セイヤ(螺旋竜・e05343)が、オークが羽愛兎に伸ばした触手を電光石火で蹴り飛ばした。
「なんだぁあ?」
 突然の闖入者にオークは仰天した。もっと驚いたのは羽愛兎でまばたきも忘れて固まっている。
 けれどその羽愛兎の手を、優しく取る手があった。
「若い女の子がこんな危険なところに座り込んでいてはいけませんよ」
 オークの間に分け入った正夫が、羽愛兎を助け起こし背に庇う。今は亡き父を思わせるスーツの背に、羽愛兎は身を寄せ顔を伏せた。
「こいつっ!」
 獲物を取られまいとオークは正夫に向かう。が、その脳天に。
「奥義! 岩龍閃!」
 左右の手に白と黒の美しい刀、白楼丸と黒楼丸を構えた凛が、ビルから飛び降りざまに斬り下ろす。
 狙いのように一刀両断とはいかなかったが、オークは濁った悲鳴を挙げて頭を抑えた。
 凛とタイミングをあわせ、ライドキャリバーのライトがオークと羽愛兎を庇う正夫の間に割り込んだ。
 目的のものを獲るには戦わねばならないと悟ったオークが、狙いを羽愛兎からケルベロスへと変更し、路地に展開する。
「オークなんて、残らずぼこぼこだにゃ! 燃えちゃえ~!」
 エージュのミサイルポッドから焼夷弾がばら撒かれ、オークたちを炎で包み込む。
 その間を突っ切って、オーフェは正夫に庇われた羽愛兎の元へ向かった。
「大丈夫、我々があなたを助けます。ご安心なさってくださいな」
 恐る恐る顔を上げた羽愛兎を元気づけるように、オーフェは言葉を続ける。
「……この安心の意味は、後のことも含みますわ。さあ、わたくしから離れずに。ここから脱出しますわよ」
 戦場の真っ只中に一般人の女の子を置いておくのは危険すぎる。
 とはいえ正夫とオーフェに誘導されても、足がすくんでいる羽愛兎は機敏には動けない。その進路にオークが立ち塞がり、歯を剥きだす威嚇で羽愛兎の心をくじく。そこに。
 ビルの窓から飛び出したヒエルが、羽愛兎の進路を塞ぐオークを降魔の一撃で殴り飛ばした。
 ヒエルのライドキャリバー、魂現拳はオークの足を轢き潰すと、ヒエルとオークを挟み込む位置につく。
 そうして出来た空間を通って、羽愛兎はオークの包囲から逃れた。
 ケルベロスたちへと向き直るオークを逃さないとばかりに、通りの両側からかぐらと真奈美が駆けつけ表通りへの退路を塞ぐ。
「残らず倒します……! 許さない……!」
 真奈美の言葉はこの場にいるケルベロスすべての決意を表していた。


 まずは……とセイヤはオークを見渡した。どの個体もあまり相違ない。にたにたと浮かべる笑みまでが同じに見えて気味悪いほどだ。
 どれから手をつけても大差なさそうだとみて、セイヤは先ほどヒエルが殴り飛ばした後衛の1体に狙いを定めた。振り抜くように伸ばしたセイヤの手から氷結の螺旋が放たれ、びしびしと氷がオークに張ってゆく。
「スターゲイザーを準備してくるつもりだったのですが……」
 その代わりにと真奈美が呼び出した御業から炎弾が飛び、氷の上に炎をも重ねる。
「もう1つ行きましょうかね」
 正夫の口調は激することもなく普段通りだが、放たれた炎弾は正確にオークへと喰らいつき、その生命をむさぼった。
「がぁぁ……うがあぁっ!」
 オークが雄叫びを上げると受けた傷は回復を遂げ、その体には力がみなぎった。
 前衛のオークが打ちのめさんとばかりに、セイヤへと触手を振り下ろした。
 が、セイヤは打たれる前に素速く背後へと飛び退き、触手はただ地をむなしく叩く。
 続いて前衛のオークがかぐらに触手を伸ばし、締め上げた。その不快さに顔をしかめつつも、かぐらはガトリングガンをオークにつきつけ、オークの目が他へと向かぬように威嚇の姿勢を崩さない。
 傷を受けていない方の後衛オークは凛めがけて触手を伸ばした。だがその前にヒエルがすべりこみ、代わりに触手にぎりっと締め付けられる。
 凛はその触手を忌まわしいものを見る目つきで一瞥すると、
「ライト、そっちは頼む」
 救助した羽愛兎を守るようにライトに指示しておいてから、自分を狙ったオークごと後衛目掛けて炎の息を吐きかけた。
「ホノラルムさんを護って」
 かぐらは小型治療無人機の群れを操り、前衛の怪我の治療をするとともにヒエルの警護を命じた。
 続くエージュのナパームミサイルは見切られてかわされた。
 前衛オークの触手がかぐらを何度も打ち叩く。
 メディックを担うオーフェは治療の必要性を判断すると、治療特化型ドローンを転送召喚する。
「衛生支援要請。指示、対象の治療」
 蜜蜂に似た形状のドローンは、かぐらに薬液を散布し、まとわりついている触手を内蔵アームで除去すると、転送にて帰還した。
 ヒエルは高めた氣を裂帛の叫びと共に放出し、回復し切れていなかった傷を癒し、身を縛るバッドステータスをも振り払った。

 オークに逃走されることを警戒し、ケルベロスたちは包囲を崩さぬように留意しながら戦った。
 敵がこちらを1人ずつ撃破しようというのなら、こちらも同様に各個撃破を狙ってゆく。
 まずは後衛の1体を、正夫の構えたガトリングガンが蜂の巣にして葬り去った。もう1体の後衛オークは回復のみで粘ったが、集中攻撃されては持ち堪えることは出来ず。
「よし、これでもう1体……終わりだ」
 凛の肉体を覆うオーラが弾丸となり、オークに喰らいつき息の根を止めた。
 回復と攻撃力を上げる能力を持つ後衛から倒す……だがそれは裏返せば攻撃力の高い前衛を残すということでもあり、メディック1人では回復させることが困難なダメージを受け続けることでもあった。
 それをかぐらとヒエルが、仲間を庇い、受けた傷を回復させることで支える。
 エージュも周囲の怪我の状況に気を配り、
「ん~~っと。ほいっ」
 危険とみるとどこからともなく大きなエネルギーの球体を取りだし、仲間へとぶつけた。シャボン玉のように軽い球体はぶつかれば脆くも弾け、ヒールエネルギーを放出して消える。エージュがどこから取りだしているのかは謎な球体だが、その発する癒しの力は大きな治療の助けとなった。
「コイツら、厄介だな」
 オークは忌々しげに顔を歪め、一層猛々しく向かってきた。囲まれているため、脱するにもケルベロスを倒さねばならない。オークとて必死だ。
 残った前衛3体はヒエルへと攻撃を集中させ、回復できないダメージを積み重ねてゆく。かぐらと魂現拳、ライトが庇うように心がけてはいるが、かなり厳しい状態だ。
 それを見て真奈美は口唇を噛みしめた。
「……いくわ……」
 刀を左手に持ち少し下がった位置でオークを見据えると、駆ける勢いで突く。その刃はオークを深々と貫き、撃破した。
 残り2体となっても、ケルベロスは攻撃を緩めない。
「どっかーん!」
 言葉通りに一斉に発射されたエージュのアームドフォートの主砲が、1体にとどめをさせば残りは1体。
「ぐぬぅぅ……」
 口の端に泡を溜めて唸るオークに、セイヤは魔を討つ為に作られた妖刀『叢雲』の柄に手をかけた。
「安心しろ……痛みを感じる前に終わる……!」
 神速でふるわれた叢雲の刃はオークの目に見えたのかどうか。何が起きたかも理解できないうちにオークの体はつんのめるように倒れ……その汚らわしい欲望ごと葬り去られたのだった。


「羽愛兎ちゃん、無事かにゃ?」
 戦闘が終わるとエージュはすぐさま羽愛兎を振り返った。
 怖かったのだろう。羽愛兎は目を瞑り耳を手で塞ぎ、路地の隅で小さくなっていた。その手をそっと耳から外させると、真奈美は持ってきていたいちごシガレットを差し出した。
「よく頑張りましたね。お腹空いてませんか?」
「あ……ありが、と……」
 言葉も手も震わせながら、羽愛兎は甘い菓子を味わった。口の中に広がる甘味にほっとしたのか、ほろりと涙が頬を滑る。その頭を真奈美は優しく撫でた。
「大丈夫だったか……? ……しかし、何故あんなところに……?」
 事情を知らぬふりをしてセイヤが尋ねると、羽愛兎は何も言わずに俯いた。
「あー、戦闘のあとは腹が減るな。近くに美味そうな料理の店があったが、俺のような大男1人では入りづらいな……よければ晩飯につきあってくれ。つきあってくれるなら、その礼として飯代ぐらいは出させてもらうが」
 自分の晩飯のためとヒエルは誘うが、唐突な誘いは不自然だ。けれど羽愛兎は少し戸惑ったあと頷いた。
 食事に行くならその前にと、かぐらは羽愛兎の服を数回叩いてきれいに汚れを落とした。羽愛兎は嬉しそうに頬を緩める。やはり女の子、身だしなみは気になっていたのだろう。
 どの店がいいかと羽愛兎に尋ねてみると、すぐ近くにあるファミリーレストランの名前をあげた。

 ファミリーレストランに移動したメンバーは、思い思いのメニューを注文した。それをつつきながらセイヤが話を振ってみると、羽愛兎はぽつぽつとこれまでの経緯を話し出した。
 羽愛兎も誰かに相談したかったのだろう。自分を助けてくれたケルベロスは相談する相手として十分すぎるほどだ。
「……家に帰りたいか……?」
 セイヤの問いかけに、羽愛兎は力無く首を横に振った。
「お母さん、私のこと、邪魔なの……帰ったら迷惑……でも、外も怖いの……」
 まだ庇護が必要な年頃の少女が暮らしてゆくには、路地裏は危険すぎる。さりとて帰っても必要な庇護が与えられるともいえない状況だ。
「ん~。カウンセリングとか、そういうのやってるところで保護してあげられないかなぁ?」
 エージュは皆の顔を見渡した。
「……わたくしは、正面から想いを一度ぶつけるのがいいと想いますわ。――その結果、もし……助けが必要ならば、お呼びください」
 オーフェは羽愛兎の手にケルベロスカードを握らせる。
「これはわたくし個人の勝手なお節介。どうなさるかはあなた次第ですわ」
「……俺も、連絡をくれれば、出来る限り力になろう……」
 セイヤも自分のケルベロスカードを羽愛兎に手渡した。
「そうは言ってもこのまま彼女を帰宅させるのは承伏出来ません。警察と児童相談所に通報させてもらいます」
 正夫の言葉に、羽愛兎はびくっと身を竦ませた。怯えの浮かぶ瞳をまっすぐに見つめ、正夫は言葉を続ける。
「自分を守れるのは自分だけです。そのために、周りに助けてと主張して、親と戦いなさい」
 つらいところだが、生きていく権利を自覚させるためにも、羽愛兎に親と戦わせるしかない。
「戦う……?」
「ええ。今度は羽愛兎さんが戦う番です。自分の人生は自分で勝ち取らねばならないのですよ」
 ケルベロスの戦いはここまで。ここからは羽愛兎の戦いとなる。
 自分にしか出来ない戦いに赴く羽愛兎は、ケルベロスカードをお守りのように握りしめ、泣きそうな瞳で……けれどしっかりと頷いた。

作者:千々和なずな 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年6月4日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 1
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