殺戮の華

■リプレイ

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　辺りは日が傾いて、薄暗くなり始めていた。不良たちはこれからが活動の時間なのか、時折、遠くからエンジンが響かせる爆音が聞こえる。ひょっとしたら、何処かでは抗争がすでに始まっているのかもしれない。
（「グループ同士の抗争……まだそんなのが存在するのか。しかも暴力団とかではなく。……世も末と言うか時代錯誤と言うべきか」）
　辻凪・示天（彼方の深淵・e03213）は、この街に漂う争いの雰囲気を嘆いていた。ただ示天の顔の上半分は仮面に覆われていたから、周りの人間には、彼がどんな感情を抱いているかよく分からないだろうが。
（「不良同士の青臭い抗争とか、勝手にやってろって感じよね」）
　橘・芍薬（朱き鋼のハンドレッド・e01125）は、開発に取り残された町外れの風景を見るともなしに眺めながら、つまらなそうに鼻を鳴らした。
（「まあ、デウスエクス絡みってなら仕方ないけど。……殺伐とした仕事なんてとっとと終わらせて、ショッピングにでも行きたいわね。最近のかすみがうら市って、随分発展してるらしいし」）
　あまり気が乗らない仕事だが、終わった後のお楽しみで気を紛らわす。
　一方、ジブリール・セレスタイン（天蒼白竜・e04626）は敵と戦うことにワクワクしていた。おまけに初仕事である。ヘリオンからの降下時も、かなり高いテンションだったくらいだ。
（「待ってました初仕事、ってねー。発展しかけてる街で早速デウスエクスが暴れてるとは、連中も強欲だ」）
　ただ、気分こそ浮かれているが、やることはきっちりやるつもりだった。デウスエクスの犯罪が下手に増加していっては、困るのは自分たちだ。
　初仕事なのは、穂乃宮・乙樹（桜纏う戦乙女・e02917）も同じである。
（「初依頼……、どんな感じになるかしら」）
　身を隠した建物の影で、乙樹は軽い緊張を感じていた。ぞんな自分自身の心を鎮めるために、愛用のリボルバー銃に手を添える。
　使い込んだ武器の手触りに、これほど馴染むまでに積み重ねた訓練の日々が蘇った。だから、大丈夫だ。その確かな自信が、固くなった心身をほぐしていく。

　そうしてケルベロスたちが、敵が襲うという廃ビルの入口付近で様子を伺っていると、しばらくして待っていた相手が姿を現した。
　聞いていた通り、相手は２ｍを越えようかという大男である。身を隠そうとする意志など全く見えず、異様な格好を晒したまま堂々と歩いている。
　名前は安喰というらしいが、その安喰の後ろを数人の男たちが幾ばくかの距離を置いて付き従っていた。傍には寄りたくないが、逃げ帰るわけにもいかない。そういった関係性が透けて見える。
（「随分と毒々しい花の色だこと。お花は好きだけれど、あれはダメね」）
　砂川・純香（砂龍憑き・e01948）は、安喰の左肩に咲く花に目を留めて、表情を曇らせた。赤く咲く花は、まるで血を吸ったようにも見えて。
　なんにせよ、倒さなければならない相手だ。
　近くの路地に分散して身を隠していた純香たちケルベロスは姿を現し、安喰たちの行く手をふさぐように立ちはだかった。
「――散れ」
　ジェス・シーグラム（唐揚げの街の定食屋見習い・e11559）が、一般人を巻き込まないように、殺気を解き放つ。安喰は剣呑に目を細めただけだが、安喰が連れている不良たちは相当に怯えていた。
「ちょっとお待ちなさいな、安喰クン」
　一触即発の空気の中で、和装に身を包んだ、巽・清十郎（町長・e06957）が口を開いた。
「あー？　てめえなんで俺の名前知ってんの？　そんなに俺有名になっちまったか、なあ？」
　安喰はめんどくさそうに、短く刈り込んだ頭をガリガリとかく。
「とにかく、てめえらに用はねぇよ。見逃してやるからとっとと退きな」
「肩に随分元気なお花をつけた、お兄さん。ざーんねん、ここから先は通行止め。どうしても通りたいなら……、私達を倒して行ってね？」
　純香の表情は、こんな空気の中でも柔和なままだ。
「あんたら、あいつらの仲間ってわけか？」
「べつにそういうわけじゃない。ただね、抗争ってのは、同格のヒト同士で争うもんだろう？　ヒトの道から外れたあんたは潔く脱落すべきだ。違うかい？」
　ルコ・エドワーズ（六肢の聲・e02941）は、傍若無人に言葉を重ねていく。
「争う気なんかねえよ、遊んでやるだけだ。まぁいい、お前らとも遊んでやるよ」
　けれど安喰は起こる様子も見せなかった。自分が強者だという絶対的な確信があるのだろう。
　――今は、まだ。
　それを聞いた清十郎は、袂に入れて組んでいた手を抜き出して、腰に提げた刀を抜きながら口を開いた。
「いかんねキミ、そう力に溺れてしまっては……飲まれて消えるぞ？」
　剣呑な気配が、さらに高まっていく。
　安喰の仲間たちは、雰囲気にのまれて身動きが取れなくなっているようだ。彼らに、芍薬と純香が声をかけた。
「ねえ、あなた達。そんなに付き合う義理もないでしょう？　この気持ち悪いのは私達が引き受けるから、あなた達はとっとと逃げなさい」
「死にたくなければ急いでね。命は、大事にするものよ」
「……う、うわああああ」
　途端に、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
「巻き込まれるのも可哀想なので、安全なところまで誘導してきますね」
　その後をサポートとして来ていたレオナルドが、安喰の挙動を気にかけながら追いかけていった。
「――チッ。後でシメる」
　それらの動きを横目に見て、安喰が舌打ちをする。
「そんなことをする機会はもうないわよ。あなたを阻止させてもらうわ」
　抜いた銃を突き付けて、乙樹が言う。
「じゃあそろそろ始めるか。ユグドラシル、私の主張はシンプルだ。その魂、私に喰わせろ」
　ジブリールが浮かべた笑みは、ひどく獰猛なものだった。

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「てめえら、今すぐ殺してやる！」
　吠え立てた安喰は、異形の左腕を地面に突き立てた。左腕を構成する植物がざわざわとうごめいて大地に融合、侵食した植物が前衛のジブリール、ルコ、清十郎、猫宮・ルーチェ（ウェアライダーの降魔拳士・en0012）、加えて示天のライドキャリバーを飲み込みにかかる。
「これくらいじゃ止められないぞ。さあ、お前はどんな味がするのかな」
　安喰の放つ植物に覆われながらも、ジブリールはそれを突き破り接近。十分に間合いを引きつけてから放たれた鋭い足刀が、安喰の魂を喰らう。
（「ヒトが醜くなったものだねえ。自ら醜さを取るなんてどうかしてるよ」）
　ルコは遥かにヒトを離れた姿で技を放つ安喰の姿を、醜いと感じていた。
　ならば。
（「僕が美しく葬ってやる」）
　傲慢なほどの想いを込めて、グラビティの力を振り上げた斬霊刀に纏わせ叩き込む。
「九十九、応援動画を！　みんな、支えるから頑張りなさいよ」
　芍薬は相棒のテレビウムに合図を送りながら、自らもまた手に握った攻性植物に黄金の果実を宿らせて、聖なる光を放った。

　純香の武器はファミリアロッドだ。普段は２匹のヤモリとして、純香の肩に添うている。それが今は、武器としての姿を取り戻していた。
「いくわよ、ウーニャ。よろしくね」
　手にした杖にくちづけて、純香は安喰に狙いを定め、古代語を詠唱、石化の光を放った。
　それら仲間の攻撃さえも目眩ましにして、ジェスが安喰に迫る。時には仲間の背に身を隠し、時には敵の視界外を縫うように移動して。
　それが暗殺術を基盤とするジェスの戦い方だ。
（「命を軽んじることを、僕は許せません。それを防ぐためにもデウスエクスは必ず……殺します」）
　内心では強く憤りを感じていたが、それすらも無表情の奥に包み隠して、敵に行動を読ませない。
　そして最後の間合いを一呼吸で詰めて、気合を放つ。
「空間制圧……富嶽殺陣域！」
　ジェスの身体を取り巻くように風が吹き、かまいたちを巻き起こした。
「――チッ」
　舌打ちをする安喰。だが、彼には息をつく余裕すらない。
「弱点は……そこよ」
　間近の距離まで飛び込んだ乙樹は、高速演算で見抜いた弱点へと、リボルバーのトリガーを引く。きっちり残弾０まで撃ち込んで退避。下がる間も左手に握ったスピードローダーで、弾丸を込めなおしている。
　さらに示天が安喰の身体に精神を集中させ、爆発を引き起こす。
（「こうして少しでも攻撃力を下げていけば、戦いが長引いてもこっちの戦力は傷まない……」）
　示天は異常なほどに冷めた目線で戦場を見つめ、的確に動いていた。

「ちょこまかと目障りな奴らめ、効いてないんだよ！」
　安喰は苛ついた様子で左腕を振り上げた。その腕の先が、バクッと大きく顎門を開くように広がった。『捕食形態』だ。
　その顎門が狙う先へ、清十郎は流れるような足さばきで回りこんだ。
　今、清十郎の全身の感覚は研ぎ澄まされている。真上から襲いかかる、暴虐の腕がどういう軌跡を描こうとしているかが、はっきり読める。
　その軌跡へ刃を這わせ、伏せるようにして避けた。これぞ、『天真正伝鞍御守流　手弱女』。
「ほらほらどうした。根性見せれば生き残れるかもしれないぞ？」
「――チッ」
　清十郎の煽りに、安喰の苛々はますます酷くなっていく。

●
　安喰は確かに強かったのだろう。不良たちの間どころか、ケルベロスたちでさえ１体１では勝機があったかどうか。
　だが、チームとして戦うケルベロスと、ただひとり仲間もなく戦う安喰とでは、所詮勝負になりようがなかったのだ。
　傷が増え、だんだんと動きを鈍らせていく中で、安喰はやけくそ気味に肩口の赤い花から、破壊光線を放った。
　狙いは純香だ。
　安喰の悪運の強さか、その光は３人のディフェンダーの間をすり抜けて、純香の身体を燃やす。
　――だが、攻撃を受けたはずの純香は薄く笑っていた。
「嗚呼、痛い。痛いと、この子が騒いで困るのに……」
　騒ぐのは、純香のなかに埋まっている魔術回路を住処とする砂龍だ。砂龍は宿主の痛みを感じ取り、痛みをもたらした相手を苛もうと騒ぎ立てるのだ。
　純香は、安喰にスッと涼やかな視線を向けた。それが、内に住む砂龍への合図。
「おいで。――沈みなさい」
　解き放たれた砂龍は、崩れゆく安喰の足場から姿を現して、主の敵を地中へと引きずり込んでいく――。

　安喰は砂龍から、ほうほうの体で脱出した。そこに重ねて、ルコが襲いかかる。
「あれだけ偉そうな口を利いておいて、無様だね。最期くらいは美しく飾ってあげるよ」
　半身に構えた体勢から、まっすぐに突き出される刃。雷の霊力を帯びたそれは、身構える暇もなく安喰に突き刺さる。
「安喰、そろそろ終わりにしてあげるわ」
「……ちっ、呼び捨てにしてるんじゃねぇよ！」
「はあ？　安喰だか、ひじきだか知らないけど、何で私があんたなんかにさん付けしなきゃいけないのよ。頭の中まで草が生えてんの？」
　芍薬は口さがなさを存分に発揮しながら、豪快なドロップキックを決めた。
　ミサイルガールの名に相応しい、見事な一撃である。
「どう、衝撃で少しは頭治った？」
　憎たらしい口撃のおまけ付きだ。
「てめえ、その口塞いでやるよ！」
　安喰の肩口の花から、再度の破壊光線が放たれる。だが今度は、予測していた清十郎が飛び込んできて、その光を長刀の峰で受け流し。
「だから根性が足りないと言ったろう？　――もう遅いかもしれないがね」
　返す脇差が緩やかな弧を描いて翻る。
　月光斬。
　安喰は切りつけられた右腕を、伸ばした樹木で庇う。
「だいぶ弱ってきたように見えるな」
　嫌がらせのように、かばった場所を狙って示天は、サイコフォースによる爆発を淡々と叩き込む。主の意志を受けて、示天のライドキャリバーも、内蔵のガトリング砲を斉射した。
「なら今のうちだな。魂を喰わせてもらうならさ！」
　その弾幕の中を、ジブリールが駆け抜けていく。もうもうと上がる白煙の中を切り裂いていく、鮮やかな青石の角が綺麗だ。
　繰り出される足技。
　側頭を狙った右脚が本命――と見せかけて、空振った右足を踏み込んで軸にし回転、体重を乗せた左脚を叩き込む！
（「派手に戦ってくれるのはいい。……その分、僕の姿を隠してくれるから」）
　その技に隠れて、ジェスが音もなく迫っていた。右手に握りこまれたナイフで、瞬速の突きを放つ。
　雷の霊力を帯びたそれは、安喰の無防備な脇腹に吸い込まれていく……。
「てめえら、よくも……！」
　激高する安喰だが、その言葉には力がすでにない。
　そして、乙樹が最期を高らかに宣言する。
「これですべての悲劇の連鎖を、断ち切ってみせる！」
　リボルバー銃から放たれた弾丸は、まるで一発の弾丸で撃ちぬいたかのように、安喰に咲く赤い花の中心ただ一点に集中。
　最後は左手のマインドリングが創りだした光剣が、
「はああああっ……！」
　気合一閃。
　鋭い太刀筋は、なにも為さずにただ安喰の左腕を通り抜けただけにさえ見えたが。
　――ずるっ。
　一拍をおいてから、太刀筋の通りに安喰の身体が切り裂かれ、安喰は地面に倒れ伏す。
　邪悪に咲いていた赤い花は、その花弁を散らした。
　花弁が落ちきると、こんどは安喰の姿が光となっていき、消えていく。
　最期に残されていたのは、１枚の花弁だけ。

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「あんな相手でも、美しく葬ってやったからね、僕は満足さ」
　この結果は当然と、傲岸不遜な態度でルコは笑ってみせた。
「ルコ～、いいこいいこ！　一緒に帰ろう、無事でよかった」
　そんなルコに、横から抱きつくイブ。安喰との戦闘中もそれとなく支援していたのである。ルコはなんとも言いがたい表情をしていた。
「あっさりしすぎて、あんまり満足は出来なかったなあ。まあ、多少でも魂を喰えたからよしとしよう」
　その一方で、ジブリールは、今回の戦いをそう貪欲に統括する。
「そうね、終わってみるとあっけないものねぇ」
　おつかれさまと２匹のヤモリの頭を撫でながら、純香が述懐した。
「こんなものだろう」
「辻凪さんは苦戦してもそう言いそう」
「まぁそれはそうなんだが、ようするに勝てばいいのさ」
　妙にあっさりとした示天の反応を純香が混ぜっ返すが、示天は動じない。
「そうですね、勝ててよかった。僕も命を軽んじるような相手を倒せてほっとしています」
　ジェスもまた、今回の成果に満足しているようだ。
「ほかの人たちに怪我はなかったのかしら」
「廃ビルには一歩も近づけてないし、取り巻きの人たちも無事逃げたから大丈夫」
「そう、じゃあヘリオンをお願いして帰りましょうか」
　乙樹は周りの一般人に怪我がないかどうか心配していたが、ルーチェの言葉を聞いて安心した様子だった。
「仕事も無事終わったし、私はかすみがうら市でショッピングに行くつもり」
　仕事前に考えていた通り、芍薬は遊びに行くつもりのようだ。
　すっかり帰るムードになっているケルベロスたちの中で、ただ一人、清十郎だけがここに残るという。
「俺、個人的にやりたいことがあるんでね。長くなるかもしれんし、先に帰っていてくれよ」
　清十郎はそう言って、廃ビルの中へと足先を向けた。
「何、説教でもしてくるの？　適当なところで開放してあげなさいよ」
　行き先から何をするつもりか察した芍薬は、一応見知らぬ不良グループをとりなしてみる。
　――ただ、手をひらひらとさせる清十郎が、その言葉に応じる気があるのかどうかはわからなかったのだが。

作者：Ｏｈ－Ｎｏ	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2015年9月7日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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