決戦、マサクゥルサーカス団~冥牙のオストイクテュス

作者:柚烏

 ――東京都、府中市近辺。先の東京防衛戦で猛威を振るった、人馬宮ガイセリウムの残骸は解体され、破壊された街並みも既に修復を終えている。
 ああ、あの悪夢のような戦いの記憶も、やがては薄れていくのだろう。デウスエクスの脅威は、未だ去った訳では無いけれど――ひとびとは日々を積み重ねて、この星で精一杯生きていく。
 ――しかし、或る真夜中に、異変は起きた。蛾の翅を生やした死神『団長』が、市街地にゆらりと現れて陽気な声を響かせたのだ。
「さあさあ、我ら『マサクゥルサーカス団』のオンステージだ!」
 その口上は、彼が何度も口にした決まり文句のようなもの。けれど、その夜は違っていた。続く彼の言葉は朗々と、人通りの絶えた交差点へ不気味に響き渡っていく。
「今宵は、豪華なキャストにゲストも加えての特別ステージだ。それでは始めようか、愉快なショウを!」
 その告知の通り――団長と共に出現したのは、5体の死神怪魚たちであった。けれど彼らの醸し出す気配は、下級死神のそれではない。其々が冥府の海を泳ぐのに相応しき姿を成し、深海魚を思わせる異形はおぞましくもうつくしく――死を従える神としての畏怖を、無意識に生者へと抱かせる存在だったのだ。
 そして団長を加えた彼らは、一斉に行動を開始した。其々が向かう先は六芒星の頂点――魔法陣を描くようにして位置に着いたその時、団長の鞭がぴしゃりと鳴って合図を送る。
「……、……」
 ――それを契機に、真夜中の召喚儀式は開始された。死神の一体である骸骨魚は、死を迎えた生命のサルベージを行い、彼の元には東京防衛戦で死亡したシャイターンが変異強化された姿で召喚される。
「アアア、ガアアアァ……!」
 獣じみた声を上げるそのシャイターンは、未だ少年と言って良い程の姿をしていたが――タールの如き翼は腐敗しており、濁った瞳に知性のいろは無い。
「オ、オ、オオオオ……」
 蘇ったシャイターンの咆哮が闇夜に轟く中、骨の魚はカタカタと、禍々しき牙を鳴らして嗤ったように見えた。

「……多くのデウスエクスをサルベージしていた、死神の『団長』が、新たな作戦を開始したようだよ」
 死神勢力の動きを察知したと、エリオット・ワーズワース(オラトリオのヘリオライダー・en0051)は、深呼吸をひとつしてからきっぱりと告げる。
 恐らくこれは、ジン・フォレスト(緑風館木人拳継承者・e01603)をはじめとした皆の力で、多くのサルベージ作戦を阻止した事実があってこそ――そう言ったエリオットは眩しそうにケルベロス達を見上げ、ややあってから予知の詳細について説明を開始した。
「団長は5体の有力な深海魚型死神を伴って、東京防衛戦で死亡したシャイターンをサルベージしようとしているみたいなんだ」
 ――戦場は、東京防衛戦後に破壊撤去された人馬宮ガイセリウムの跡地。其処での死闘を覚えている者も多いことだろう。
 あの惨劇を繰り返さない為にも、死神の野望は阻止しなければならないが――団長の行う儀式は、シャイターンをサルベージするだけに留まらないようだとエリオットは言う。
「それで皆には、死神の一体である『オストイクテュス』の対処に当たって欲しい。骸骨魚と呼ぶのが相応しい、禍々しい姿をした死神で……かなりの強敵だよ」
 この死神はケルベロスに襲撃された場合、サルベージしたシャイターンに迎撃させつつ、儀式を続行しようとするようだ。なので、素早くサルベージされたシャイターンを撃破し、死神を攻撃して儀式を中断させる必要があるだろう。
「この儀式を中断させられた死神は、ケルベロスに対して攻撃を仕掛けてくるけれど、もし皆が撤退するようなら、追撃せずに撤退するみたいだね」
 しかし、シャイターン撃破までに時間がかかりすぎた場合、新たなシャイターンがサルベージされて増援となる場合があるので注意が必要だ。それに――団長を含めた死神達は、かなりの強敵だろうとエリオットは顔を曇らせる。
「だから、サルベージされたシャイターンとの戦いの後、連戦で撃破するのは難しいかもしれない。もし、状況的に撃破が難しくなった場合は、無理せずに撤退する事も視野に入れて欲しいんだ」
 だが、撤退すると相手も撤退するという状況を利用して、戦場から撤退――他の死神と戦っている仲間と合流して、2チームで1体の死神を確実に撃破するという作戦も可能なのだ。なので状況に応じて、戦い方を工夫していくと良いかもしれない。
「シャイターンは変異強化された知性の無い存在で、マインドリングを使う他に炎を操って戦うよ。一方の死神、オストイクテュスはその牙で強烈な噛み付きを行ってくるみたいだね」
 これは、マサクゥルサーカス団と決着をつける好機――敵は強敵揃いだが、死神の戦力を削る為に一体でも多く、確実に倒したい所だ。死神の目的は不明だけれど、とエリオットはかぶりを振って、真剣なまなざしをケルベロス達に向けた。
「これ以上、死者の眠りを妨げることが無いように……冥府の魚たちを、海の底へと還して欲しいんだ。どうか気をつけて、僕はずっと待っているからね」


参加者
八王子・東西南北(ヒキコモゴミニート・e00658)
ラハティエル・マッケンゼン(黄金炎の天使・e01199)
ミルラ・コンミフォラ(ヒースの残り香・e03579)
サイガ・クロガネ(唯我裁断・e04394)
真上・雪彦(血染雪の豺狼・e07031)
泉宮・千里(孤月・e12987)
ディオニクス・ウィガルフ(ダモクレスの黒剣・e17530)
ラズリア・クレイン(蒼晶のラケシス・e19050)

■リプレイ

●真夜中のサーカス
 かつて人馬宮ガイセリウムの蹂躙に晒された、東京都府中市近辺――戦いの傷も癒えつつある其処で今、不気味な死神たちが暗躍していた。
『マサクゥルサーカス団』を名乗る団長に率いられるのは、5体の死神怪魚たち。ゆらゆらと不吉な六芒星を描く彼らは、この地で死したシャイターンのサルベージを行い、何らかの儀式を執り行おうとしている――。
「……骨の魚。オストイクテュスと言ったか」
 死神たちとの決戦、その任務を遂行するべくサイガ・クロガネ(唯我裁断・e04394)は漆黒の爪を空に翳す。この拳で死の神すら屠ってみせようと言わんばかりの彼に頷き、泉宮・千里(孤月・e12987)は気怠げな雰囲気を漂わせながらも、悠然とした様子で煙管を吹かしていた。
「小魚ばかりが泳ぎ回って飽いてきた所。漸くお出ましの大物かっ捌く為、死力尽くすのみ」
 六芒星を文字盤に見立てれば、彼らが向かうのは二時の方角だ。今まで戦った死神とは格が違うことを確りと念頭に置きながら、サイガ達は最悪の場合も考慮し、撤退や他班との合流についての方針を確認していった。策に齟齬が無いかと、千里も指折り条件を挙げていったのだが――無事、皆が意思の統一を果たせているようだ。
「トランシーバーの調子も、問題ない」
 他班との連絡役となるミルラ・コンミフォラ(ヒースの残り香・e03579)は周波数を合わせ、連絡用の符丁の共有を完了していた。また不測の事態に備え、ラズリア・クレイン(蒼晶のラケシス・e19050)もトランシーバーを携帯し、いざという時の対応に備えている。
「先日の戦いの爪痕も生々しいのに……漸く取り戻した平和な日々、奪わせたりはしません」
 顔にかかる前髪を払いながら、黒縁の眼鏡をそっと押し上げる八王子・東西南北(ヒキコモゴミニート・e00658)は、きりと夜の闇を見据えつつきっぱりと告げた。府中の平和は、自分たちケルベロスが守るのだと――光届かぬ深海の如き夜の街を歩く彼らは、やがて戦いの地へと辿り着く。
「黄泉帰りの耳長は即刻送り返して、骨だけの魚は解体処分ってか?」
 其処でぼぅと闇に浮かぶ禍々しい骸骨魚、そして彼にサルベージされ変わり果てたシャイターンを目にし、満月を思わせる真上・雪彦(血染雪の豺狼・e07031)の瞳が妖しい光を宿した。仄かな月明かりに手にした霊刀が煌めいて、彼は面白いとばかりに口の端をつり上げる。
「……とっとと現世からはご退場願おうじゃねェか」
 あ、あああと言葉にならぬ声を上げて、腐敗した翼を持つシャイターンは迎撃に移り始めた。けれどオストイクテュスはカタカタと、骨の顎を鳴らして儀式を続行していて――その様子を目にしたラズリアの瞳が、星の輝きを宿して凛と細められる。
「決戦とは、良いものだ。この一戦で全てを決める、分かりやすくな」
 其処へ投げかけられるのは、気高き意志を感じさせるラハティエル・マッケンゼン(黄金炎の天使・e01199)の声。名誉と礼節と、誇り高き騎士そのものの佇まいを見せる彼は、闇の中でも光輝く金糸の髪を揺らして天に向かい刃を翳した。
「我が黄金の焔に懸けて、必ずや強敵を打ち破ろう!」
 フッ……と浮かべる微笑みも、ラハティエルであれば自然と画になるようで。一方のディオニクス・ウィガルフ(ダモクレスの黒剣・e17530)は、鮮血の色をした双眸を燃え上がらせ、整った貌に壮絶なまでの笑みを浮かべる。
「冥府の海を泳ぐ死神か……。釣り上げてやろうじゃねェか。――さァ、狩りの始まりだ」
 拳を打ち鳴らすと同時、幾多の傷痕が刻まれた両腕に這い登るのは漆黒の炎。そう、今宵は特別なステージ――豪華なキャストにゲストが入り乱れて、サーカス団の愉快なショウが幕を開けた。

●再び消えゆく炎
(「死神は気に食わねえし、何を企んでんだか知らねえが……」)
 殺せると言うのならこの場で殺し切ってやると、雪彦は無手の左手に螺旋の力を収縮していった。彼らの目的は、儀式の完全阻止――ならば目の前のシャイターンだけではなく、背後に控えるオストイクテュスとの連戦も考慮して戦わねばならない。
「最早、嘗ての舞台も無えのに踊らされるたァ、テメーも災難だな」
 開幕、優雅な動きで着物を靡かせた千里は、素早く手裏剣をその手から投じて標的の出足を挫こうと動いた。螺旋の軌跡を描いて迫る凶刃はシャイターンの指輪を狙い撃って、その秘めたる力を打ち砕く。
「死神の儀式、必ず止めてみせます……!」
 敵は得体が知れず不気味だが、一歩も引くことはしないとラズリアは白き翼で空を舞い、流星の煌めきを宿す蹴りを容赦なく叩きつけた。機動力を削がれたシャイターンは微かによろめくも、彼は指輪から戦輪を具現化させ、立ちはだかる前衛を纏めて斬り裂いていく。
(「死後まで戦わされるなんて……惨い事を」)
 何度見ても死神のやり口は好きになれないと、ミルラは微かに瞑目して、己の腕を伝う植物に指を這わせた。変異強化された姿からは、生前の様子を推し量ることは困難だったけれど――きっと彼は、死後も戦わされるなど望んでいなかった筈だ。
「……終わらせよう、少しでも早く」
 瞬く間に実をつけた、黄金の果実から溢れる聖なる光が、仲間たちの進化を促して耐性を付与していく。後方で回復に専念するミルラ――そして東西南北のテレビウムである小金井に任せたと頷いて、攻撃に専念するラハティエルは、不敵な笑みを浮かべてシャイターンを挑発した。
「さぁ、戦いの幕は上がった。三下はさっさと退場するんだな。フッ……」
 敵の攻撃を恐れることなく、無造作とも言える動きで黄金の騎士は加速し突撃を行う。一気に蹴散らそうと握りしめた刃が唸りを上げた其処へ、ディオニクスの漆黒の爪が唸りを上げて振り下ろされた。
「さァ、タイムアタックだ……速攻でヤるぜェ?」
 最大火力で斬り込むのが己の役目だと、彼は確りと理解している――斬り裂かれた傷から流し込まれる絶望の獄炎は、過日の幻を引きずり出してオモイダセと獲物に迫るのだ。
(「時間をかけてしまうと、新たな死者がサルベージされてしまうから……!」)
 故に、自分たちは素早くシャイターンを仕留めねばならない。これ以上犠牲や被害を拡大させない為にも、絶対に仕留めると――東西南北の信じる心は魔法のように、突き上げた拳に確かな力を宿らせた。
「よお、望まぬ目覚めを強いられて機嫌が悪ィのかもしれねェが、折角の戦闘なんだ……楽しもうぜ」
 シャイターンの業火が肌を焦がしても、雪彦は口元の笑みを絶やさない。今度はこちらの番だと言うように、彼は空の霊力を宿した刀を片手で操り、敵の傷口を正確に斬り広げていった。
「お互い、地獄の海が似合いだろ?」
 そして戦場の把握に努めるサイガは、言葉少なにそう言うと――死者の肌に指先を這わせ、其処から送り込んだ気を凍てつく炎へと転化させる。内側から焼け焦げていく肉体にシャイターンの絶叫が響き渡る中、彼の出鱈目に振りかざした光の剣がサイガの腕を斬り裂いた。しかしその痛みすら、彼は戦の証だと言うように嗤う。
「どのみち、貴様では私の相手は務まらん!」
 地獄の炎を纏ったラハティエルの刃がシャイターンを貫き、色無き灰を空に散らせるが――曲がりなりにも相手はデウスエクスだ。これまでの戦いで彼らが負った傷も、決して楽観視出来るものではない。
 ――しかし、終わりのときは近づいてきていた。畳みかけるような攻撃を受けてシャイターンの肉体は破壊されていき、儀式を続けるオストイクテュスの動向を確認する余裕も生まれている。千里やディオニクスは妙な動きがないか、奇襲の可能性も考慮したが――死神は未だ此方を脅威と見做していないのか、儀式に集中しているようだ。
「……哀れな道化は、もっぺん沈みな」
 こうなると、シャイターンも主に見放されたようで哀れかもしれないと千里は思う。ならばせめて、自分たちだけでも弔ってやろうか――その袖から放たれた暗器が目前で眩むと、其処から襲い掛かるのは幻惑の焔だ。それは熱を持たずに冷ややかで、凍てついた寒気が襲い掛かる様は、サイガの暁絶を思わせたかもしれない。
「深く、深く――次こそ醒めぬ淵へ」
 けれど――それが蝕むのは肉体ではなく精神だ。まるで狐につままれたかのような、捉えどころのない術に惑わされて、シャイターンは再び冥府の海に沈んでいく。
「次はお前だ、闇夜に泳ぐ深海の魚……」
 消滅していく死者を鋭い瞳で一瞥してから、ディオニクスの重力をこめた一撃が、悠然と浮遊するオストイクテュスの骨を軋ませた。
「今すぐ砕いて、その命、糧にしてやる」

●骨の魚は夜に舞う
 からん、と骨が鳴る。妨害を受けた骸骨魚――オストイクテュスは儀式を中断し、ゆっくりとケルベロス達の排除へと動いた。
「……来ます!」
 刃のようなラズリアの声が飛ぶと同時、まるでサーカスのナイフ投げの如く、オストイクテュスは死人の骨を降り注がせる。鋭利な凶器と化したそれには、石化の呪いまでこめられており――骸雨に晒された生者たちを見て、骨の魚はカタカタと嗤っているように見えた。
(「やはり、俺だけでは厳しいのか……」)
 直ぐに回復に動くミルラだが、敵の火力は圧倒的だ。研ぎ澄まされた霊力が暖かな光の導きをもたらし、小金井も動画を流して応援に加わるが、シャイターン戦で負った傷も浅くない。なす術も無くこのまま押し切られるのでは、と最悪の想像がミルラの脳裏をかすめ――大切な存在を喪い、付け焼刃の勇気が容易く砕かれた過去が心を軋ませる。
「巫山戯た見世物の礼だ。企て毎、骨の髄まで粉々に砕いてやる」
 けれど千里は緩く結わえた黒髪を揺らし、常と変わらぬ飄々とした様子で螺旋手裏剣を放った。火力が脅威ならばその勢いを削ぐまでと、次々に骨に突き刺さる螺旋は亀裂を生み――木乃伊取りを木乃伊にしてやるとばかりに、千里は標的の力を奪っていく。
「最大限の注意を払うことが……強敵に対する私の敬意だ。我が名はラハティエル、黄金炎の天使!」
 一方のラハティエルは、先程の戦いとは打って変わって慎重に、見抜いた弱点の構造へと痛烈な一撃を叩きこんだ。この心踊る戦いを少しでも長く楽しみたい――それが彼の偽りない本心だが、果たしてその余裕が残されているのかは疑問だ。今もこうしてラハティエルが戦い続けられているのは、間違いなく回復手と盾となる者が、全力で攻撃を凌いでくれているからなのだ。
「朽ちた水魔よ、我が断罪の焔を受けよ。そして……絶望せよ!」
 しかしオストイクテュスは、逃れられない死の運命を突き付けるかのように空を泳ぎ、その冥府の牙が炎を纏うディオニクスに襲い掛かる。
(「この身を呈してでも、俺は仲間に好機を託す」)
 ――其処へ庇いに入り、呪力を秘めた斧で牙をあしらおうとしたのはサイガだった。己を神殺しの武器と捉える彼は、痛みに顔を歪ませることも無く一歩も退かず、不屈の精神で戦場に立ち続ける。其処に潜むのは、無自覚の苛烈な殺意か――サイガのお陰で難を逃れたディオニクスは、そのままありったけの力で地獄の炎を叩きつけた。
「弱体化させて、戦力差を埋め叩く――」
「ええ、確実に行きましょう。我が剣、我が誇りにかけて!」
 闇夜に蒼玉の軌跡を躍らせて、翼を広げるラズリアの手には青薔薇の装飾が施された細剣が握られている。未だ闘志を失っていないサイガの声に背中を押されて、誇り高き蒼晶の姫は己に御業を宿し、その縛呪は骨の魚を鷲掴みにして動きを封じた。
「――血染めの雪になりやがれ」
 更に雪彦は、鞘に納めた刀に氷の霊力を纏わせ抜刀――文字通り血も凍る斬撃によってオストイクテュスを斬り捨てる。その骨の躯は溶けぬ氷に蝕まれ、流せぬ血の代わりに深紅の雪がはらはらと舞った。
「ボクの故郷八王子は、デウスエクスに滅ぼされ焦土になった。無力感に苛まれて、泣き濡れた夜もあった」
 その瞳のいろを思わせる霧を生み出し、東西南北は濃縮した快楽の力で仲間の傷を癒していく。その牙は鋭さを失い、その骨は脆さを増していったものの――それでもやはり、オストイクテュスは強い。でも――!
「あんな哀しい思いや悔しい思いは二度とごめんだ。府中の人達は絶対に守り抜きます! そしていつか八王子を取り戻すんだ!」
 血を吐くような思いで叫んだ東西南北は、既に覚悟を決めていたようだ。この死神を野放しにするのは危険だ、何としてでも此処で倒さねばならないと。
(「ああ、彼も……守りたいと思うものがあるのか。大切なものを失って、なお」)
 ――砕かれ、地獄の炎と化した己の勇気。左胸のそれが無ければ、ミルラは震えて戦えないだろう。でも大丈夫だ、悲劇は二度と繰り返さない。
「この炎が消えない限り――俺はまだ、戦える」

●番犬がともす炎
 多少の無茶はしても、無理してまで撃破する状況ではないと雪彦は考えていた。しかし絶体絶命の際には、暴走すら厭わないと思う者も中には居たのだ。
「死をも怖れず! この身を燃やし尽くすまで!」
 止めを狙おうとするラハティエルが、紅蓮の炎を翼に纏い灼熱の力を解き放つが――それはオストイクテュスを捉えることは出来ず、そればかりか彼は反転して、己を倒そうと奢る生者を一気に呑み込もうと齧り付く。
「くっ……あ、あああああ!!」
 肉を喰らう生々しい音が夜闇に響き渡り、目を背けたくなるような凄惨な光景が繰り広げられようと、もうミルラは迷わなかった。
(「ずっと焦っていた、力で強くなりたいと。……けど違った、本分は癒し。なら皆を支え護ることだって力だ」)
 その指先が鮮やかに施すのは、魔術を駆使した緊急手術。それは意識を失う寸前だったラハティエルを、寸での所で救い出す。
「背は預かる。誰一人、欠けさせるものか……!」
 そんなミルラの声に背中を押され、弾かれたように東西南北は駆け出していた。府中を八王子の二の舞にしない――その決意と共に、彼の体内では高圧の電流が嵐のように荒れ狂う。
「あんな悲劇もう沢山だ、ボクはもう今までのボクじゃない……地獄の番犬だ!」
 黒髪が激しい雷の奔流に煽られる中、東西南北の放つ指向性の電流は、まるで鞭の如く自在に軌道を変えてオストイクテュスに絡み付いた。
「喰らえ落雷! これがボクの切り札だ!」
 ――瞬く間に感電した死神は限界を迎え、その身体はまるで硝子のように砕け散る。そして骨の魚は静かに、己の還るべき死の世界へと旅立っていった。

 こうして無事にオストイクテュスを撃破し、儀式も阻止した一行は、任務成功をトランシーバーで他班の仲間へと伝えていく。続々と入ってくる彼らからの成功の報にも頬を緩め、悪夢のサーカスは無事に幕を閉じた。

作者:柚烏 重傷:ラハティエル・マッケンゼン(マドンナリリーの花婿・e01199) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年6月3日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 15/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。