橙のビフレスト~30人の奥さんの危機

作者:七海真砂

●橙のビフレスト
 東京都、世田谷区、二子玉川。
 都心でありながら自然の豊かな住宅街であるこの地域に、突如橙色の光が落ちた。

「皆さん『ダンジョン』の件は既にお聞き及びでしょうか。実は『虹の城ビフレスト』から砕け散った光の1つが、東京の二子玉川に落ちたことがわかりました」
 ケルベロス達に、セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)はそう話を切り出した。
 そしてセリカは悩ましげな表情で続ける。7つのうち橙の光が飛来した、この二子玉川が困った事になっているのです……と。
「このダンジョンには30体のオークの残霊(ゴースト)がいるのですが、彼らは、即座にダンジョンから出ていくと、近隣に暮らしている女性を次々と攫ってきてしまったのです。目的は誘拐してきた女性とダンジョン内で繁殖し、生まれた子供を殺してグラビティ・チェインを得ることのようです」
 残霊とはいえ、オークはオーク……ということのようだ。
 後半少し恥ずかしそうに口にしたセリカは、ひとつ咳払いをして続ける。
「しかし、そのような真似を許す訳にはいきません」
 ダンジョンのどこかにある橙の光を破壊して『死』を与えるという目的もあるが、攫われた女性達をオークの魔の手から無事に救い出すことも、ケルベロスにしか成し遂げられない。うまくこの2つを両立して欲しいと、セリカは告げる。

●30人の奥さんの危機
「オーク達は1体につき今のところ1人ずつ、女性を攫ってきています。女性は、どうやら全員が『奥さん』のようです」
 目的が目的のため、自然と既婚女性ばかりになってしまったのだろう。
「ダンジョンに戻ったオークは、思い思いバラバラに行動しています。その、つまり自分が連れ帰った女性と部屋に入って……」
 セリカは言葉を濁した。
 多分きっとケルベロスの皆には、これで解って貰えると信じて。
「今なら間に合います。30人の奥さんを助けてあげてください」
 そして切実な眼差しで、そうケルベロス達へ呼びかける。
「おそらく、手分けをしてダンジョン内を探すのが一番早いでしょう。オーク達はいずれも個々の戦闘力はそこまで高くありません。1対1で戦いを挑んでも、皆さんなら互角の戦いができるはずです」
 救援が間に合わなければ、奥さん達は大変な目に遭ってしまう!
 今回は何よりも速度重視で動くのがいいかもしれない、とセリカは助言した。
「オーク達は皆さんに気付くと、けがらわしい触手を伸ばして叩きつけてきたり、触手から溶解液を放って攻撃してくるようです。けがらわしい触手は皆さんの良いコンディションを阻害することもあるようです。また、溶解液は毒を含んでいるようなので、気を付けてくださいね」
 そこまで強い相手では無いとはいえ油断は大敵だし、それにケルベロスに万が一のことがあれば、奥さんがとても大変な事になってしまうかもしれない。
 セリカは、その危険性を十分に言い含める。
「オークは欲望に満ちた雄叫びを上げて、攻撃力を高めつつ回復する事もあります。雄叫びを繰り返した後の攻撃は強烈なものになるでしょうから、そのような場合には、注意してください」
 そう告げながら、セリカは用意した書類を皆に配る。
 どうやら、それは攫われた30人の奥さんの情報をまとめた物のようだ。
「ダンジョン『橙のビフレスト』とオーク達をこのままにしておけば、被害は更に拡大する一方に違いありません。今後の被害を防ぐため、そして囚われの身となっている奥さん達を救うため、どうか、よろしくお願いします」
 どの奥さんにも家族が、大切な人がいる。彼女達が無事に自宅へ帰れるように力になってほしいと、セリカはそう深々と頭を下げる。
 なお、セリカが渡した書類には、次のように書かれていた。

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 佐藤・友香、2歳になったばかりの双子の赤ちゃんを育てている22歳の奥さん。
 鈴木・夏妃、IT企業の社長夫人で、セレブで若作りな32歳の奥さん。
 高橋・由香里、外科で看護師長をしながら仕事と家庭を両立する31歳の奥さん。
 田中・文江、結婚記念日に攫われてしまった可哀想な28歳の奥さん。
 渡辺・伊織、幼馴染と結婚したばかりで初々しい18歳専業主婦の奥さん。
 伊藤・さくら、ピアノの先生をしていて、声が綺麗な24歳の奥さん。
 山本・麻里、絵が上手で、絵を描いてお小遣い稼ぎをしている29歳の奥さん。
 清水・紗菜、夫の両親と同居し、嫁姑問題に悩む25歳の専業主婦の奥さん。
 中村・美奈子、小学生の娘を育てている、団地暮らしの清楚な30歳の奥さん。
 小林・愛子、スーパーでレジ打ちのバイトをしている元気な26歳の奥さん。
 斎藤・梢、一人息子を東大に入学させようと頑張る、27歳の教育ママな奥さん。
 加藤・琴美、航空会社で乗務員をしている、聡明な31歳の奥さん。
 吉田・早苗、子供を保育園に預けて、駅前の美容室で働いている28歳の奥さん。
 山田・梨絵、独身だと偽ってメイド喫茶でアルバイトしている21歳の奥さん。
 佐々木・知香、義理の父を介護している、笑顔が魅力の30歳の奥さん。
 小川・藍、ソシャゲのシナリオライターをしている25歳の奥さん。
 山口・アキラ、市民マラソンランナーをしている、足が綺麗な27歳の奥さん。
 松本・美羽、実は担任の先生と秘密の結婚をしている17歳の制服姿の奥さん。
 井上・望、交通課の婦人警官として働いている24歳の奥さん。
 木村・結花、和服の着付け教室を開いている、28歳のおしとやかな奥さん。
 山崎・真尋、食品会社で事務をしている、真面目で気の弱い27歳の奥さん。
 中島・亜子、夜の仕事で、リストラされた夫を支えている23歳の健気な奥さん。
 池田・凛、元ヤンキーで目つきは悪いが、曲がった事が大嫌いな16歳の奥さん。
 阿部・みどり、帰宅が遅い夫の浮気に悩みつつ娘を育てている29歳の奥さん。
 橋本・雫、野菜ソムリエをしていて、料理上手な28歳の奥さん。
 山下・すみれ、ネイリストをしていて、指がとても綺麗な22歳の奥さん。
 森・陽子、保母さんをしながら自分の子供も育てている25歳の奥さん。
 石川・真由美、病弱な子供の世話をするために専業主婦になった26歳の奥さん。
 前田・茜、パティシエとして小さなお店を開いている23歳の奥さん。
 奥・雪子、眼鏡が似合う、優しい小学校の先生。27歳独身。
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参加者
喜屋武・波琉那(蜂淫魔の歌姫・e00313)
ペトラ・クライシュテルス(ファントムユーサーパー・e00334)
護望・源乃丈(お守りは上手・e00365)
斉藤・怜四郎(黒衣の天使・e00459)
平・和(平和を愛する脳筋哲学徒・e00547)
乙坂・咲(白銀の十字を心と共に・e00724)
ミリア・シェルテッド(オラトリオのウィッチドクター・e00892)
立花・恵(カゼの如く・e01060)
水晶鎧姫・レクチェ(ルクチェ・e01079)
夜乃崎・也太(ガンズアンドフェイク・e01418)
ダレン・カーティス(攫われた人妻絶対助けるマン・e01435)
根本・利子(イマイチ緊張感の足りない女・e01480)
九道・十至(七天八刀・e01587)
アルメイア・ナイトウィンド(星空の奏者・e01610)
ロストーク・ヴィスナー(チエーストヌィ・e02023)
クリュティア・ドロウエント(シュヴァルツヴァルト・e02036)
新都ヶ原・篭目(カネと黒歴史の魔術師・e02077)
六道・蘭華(双破の侍女・e02423)
ピジョン・ブラッド(銀糸の鹵獲術士・e02542)
逢川・アイカ(レプリカントの降魔拳士・e02654)
矢野・優弥(闇を焼き尽くす昼行燈・e03116)
安芸・もみじ(フィリピーナ系ギャル天使・e03782)
シルキー・ギルズランド(呪殺系座敷童・e04255)
ロジェスタ・アーレイ(ドラグザネゴシエイター・e04340)
凸・凹(ウェアライダーの鹵獲術士・e04574)
鋼・業(サキュバスのウィッチドクター・e10509)
逢坂・明日翔(審判の銃弾使い・e11436)
戦部・小次郎(地球人の鎧装騎兵・e12415)
レム・ホワイトノーツ(睡魔には勝てない・e12996)

■リプレイ

「あれが……」
 屋上から周囲を見下ろした凸・凹(ウェアライダーの鹵獲術士・e04574)は、必死に何かをこらえるような表情で呟いた。
 彼女達の視線の先にあるのは、橙色の光を宿した1つのダンジョン。
 あれこそ30人の奥さんが攫われていった、橙のビフレストに違いない。
「急ぎましょう」
「ああ、必ず助けるぞ!」
 すぐさま内部に突入し、ケルベロス達は分散して奥さん全員の迅速な救助を目指す。分岐があれば二手に分かれ、その繰り返しでダンジョンを進む。
「クノンさん」
「蘭華さんもお気をつけて」
 メイド仲間の六道・蘭華(双破の侍女・e02423)の目配せに、クノーヴレット・メーベルナッハ(知の病・e01052)も頷き返して別々の通路を行く。
 勿論バラバラに分かれても、何かあれば携帯ですぐに連絡を取り合う手筈だ。
 そんな中、真っ先に物音を聞きつけたのはミリア・シェルテッド(オラトリオのウィッチドクター・e00892)だった。殺虫剤を握ったまま即座に突入すると、すぐさま視界に入ったオークと奥さんの間に飛び込む。
「オーク……じゃなかった害獣の出現が予想されたため、駆けつけました」
 使い切った殺虫剤の缶を放り捨て、ロッドを構えながらミリアは奥さんに呼びかける。守り抜くので私の後ろにいてください、と告げれば、強張っていた顔が少し和らぐのが解る。
 勿論この程度で怯むオークではない。獲物が2人に増えたとばかりに触手を伸ばしてくるオークに、ミリアはすぐさま病魔の弾丸を飛ばす。溶解液もウィッチオペレーションで凌ぎ、やがて時空凍結弾がオークの胸元を貫いた。
「もう大丈夫です。ご家族の元へ帰りましょう」
 オークを倒したミリアの言葉に、奥さん……佐々木・知香は、聞いていた特徴通りに魅力的な笑顔を浮かべて頷いた。
「ヒッ……!」
 部屋に駆け込んだ戦部・小次郎(地球人の鎧装騎兵・e12415)は、悲鳴を上げる奥さんに迫るオークを目の当たりにすると、すぐさま主砲を一斉発射する。
(「あれは斎藤さん」)
 急速に伸びた触手に叩かれながらも、小次郎はオークの元まで距離を詰めた。
 サイコフォースでの爆発を浴びせながら、そのまま強烈な体当たりで相手を押しのけ、彼女をできるだけ巻き込まないように位置取りながら戦う。
「この畜生共が……!」
 護望・源乃丈(お守りは上手・e00365)は怒りをあらわにライトニングコレダーを叩きつけた。激しい雷を流し込めば、すぐさまグラビティ・チェインをロッドに込め直す。
 源乃丈自身も多くの子供達と暮らしている。だからこそ、このようなオークの存在は許し難い。
 何より少しでも早く奥さんの恐怖を和らげ安心させてやりたいと、速攻で攻撃を重ねていく源乃丈。そのグラビティブレイクにオークは倒れ、動かなくなった。
「ガキを殺さなきゃ生きられない種族なんざ……!」
 オークを見下ろし首を振った源乃丈は小さく息をつき、やわらかい笑みを浮かべて奥さんを振り返る。石川・真由美と名乗った彼女が、資料に病弱な子供がいるとあったのを思い出すと、源乃丈は「さ、子供のところへ帰ろうか」と促した。
 部屋を出てすぐ、同じように救出に成功した小次郎と遭遇した源乃丈は、光を探しに行く彼から斎藤さんの護衛も引き受け、ショックを和らげようと何気ない身の上話などをしながら歩く。子供思いの奥さん2人との話題は、いつしか子供のことになっていった。

 悲鳴を聞きつけた乙坂・咲(白銀の十字を心と共に・e00724)は、目の色を変えてそこへ飛び込んだ。下品な笑みを浮かべたオークを雷刃突で突き飛ばし、すぐ奥さんを振り返る。
「山本さんでいい? 怪我は……」
 青ざめた顔、震える肩。乱れている衣服は連れ去られた時の影響か、それとも今、破かれたばかりなのか。
 咲は確かに間に合ったし、奥さんに目立つ傷は見当たらない。だが、
「すぐにこの豚野郎を、焼豚にしてやるから……!」
 咲の纏う地獄の炎が強烈に燃え盛る。オークを奥さんから遠ざけるように攻撃を仕掛けつつ、襲い掛かってきた触手を反対にマインドソードで切り裂くと、更に怒涛の勢いで攻撃を重ねる。
「地獄送りだよ、残霊が」
 毒もシャウトで吹き飛ばし、咲はオークを叩き潰すと、震えの止まらない麻里に手を貸し立ち上がらせた。
「こんだけボコられてんのに懲りねーなっ!」
 オークに立花・恵(カゼの如く・e01060)はグラビティブレイクを撃つ。
 攻撃の標的は邪魔者と見なした恵の方に向いているが、チラッチラッと嫌な視線が奥さんに向けられる辺りがオークのオークたる所以だろう。しかも、よく女性と間違われる恵を、決してその対象としないのが実に的確だ。
(「こんな奴に男だって理解されるのも複雑だぜ……。ま、触手に捕まってどうこうされるのも御免だけどな!」)
 もちろん奥さんだって絶対そんな目に遭わせる訳にはいかない。一瞬脳裏をよぎった想像を振り払い、恵は闘気を手元に込める。
「星のように……舞えっ!」
 一斉に発射された弾丸はオークを斬りつけながら跳び、一瞬の隙を突いて胸元と腹部を次々と貫いた。
 オークが倒れるのを見届け、恵は助けた小林・愛子を振り返る。どうやら彼女はスーパーでの仕事へ向かう途中で襲われたらしい。だったら、と恵はケルベロスカードを差し出す。
「事情が事情だから許してくれるとは思うけどさ、バイトだと穴が開くと大変だろ? 困ったら、こいつ使ってくれな」
「そんな、助けて頂いた上にそこまで……!」
 申し訳無さそうな愛子に首を振り、恵は彼女にクリーニングを掛けると、とにかくここを出ようと促した。
「もう大丈夫、大丈夫さ」
 さりげなく山下・すみれとオークの間に入った九道・十至(七天八刀・e01587)は、抜いた刀を弧を描きながら振るうと、オークの触手を一気に斬る。
「目を閉じていてくれ。閉じている間に終わらせる」
 醜悪な様子を見せなくて済むなら、それに越したことは無い。後ろにいるあなたを必ず守るから安心して欲しいと呼びかけ、邪魔された怒りを叩きつけてくるオークと対峙する。
「まだだ、まだいける」
 回復の用意もしてあるが、耐えられない負傷ではない。ピンチになる前に倒してしまえばいいのだと、十至は反対に地獄の炎を宿した一撃を叩きつけた。
 幾度も触手を斬られ、燃える続ける炎を受けたオークが苦悶の声を放つ。今が好機だと見た十至は、すかさず中指を鳴らして密かに仕込んでおいた爆弾を起爆する!
「きゃっ!?」
 爆音と爆風に思わず目を開けたすみれだが、十至はそんな彼女の手を引いて部屋を出る。オークの撃破は、しっかりと確認済みだ。ならばもう、このような場所に長居は無用だとばかりに。
「おまちなさいっ。狼藉はそこまでですっ」
 フロストレーザーを撃ち込んだ水晶鎧姫・レクチェ(ルクチェ・e01079)は高らかに告げる。腹立たしそうに振り返り睨みつけてくるオークに、
「わたしが何者か気になりますか? オークごときに名乗る名はありませんが、どうしてもというのなら。わたしは水晶鎧姫レクチェ。メガネッコ騎士団の鎧装騎士です、ってちゃんと聞きなさい!」
 眼鏡をくいっとあげ名乗るレクチェだが、オークにその辺の浪漫は理解できなかったらしい。最後まで聞かず飛び掛ってくるオークに、レクチェも主砲を突きつける。
「われらが篁流武術は、デウスエクスから地球を守る最後の刃です! 篁流射撃術・最大火力!」
 そして一瞬の隙を突いて距離を詰めたレクチェは、相手の鼻先に2丁のバスターライフルを突きつけた。背中の砲台と周囲を飛ぶ攻撃型ドローンからも一斉に攻撃が繰り出され、オークは蜂の巣になって倒れる。
「さて、あなたは山田さんで間違いないですか? メイド喫茶で働いておられる、21歳で、既婚の」
「えっ、いえそのなぜ」
 恐ろしい衝撃的な出来事に、更に衝撃を重ねられて狼狽する山田・梨絵嬢に、職務上必要な情報でしたのでとレクチェはにっこり笑いかけた。
「大丈夫です、秘密は守ります。『独身』という話なんですよね」
「ああっ、声が大きい……!」
 こんな所に関係者がいるとも思えないが、あたふたする梨絵。だがそれによって多少気が紛れたようだ。
 と、
「……ああ、ちょうどいい。こちらのミレディの身柄を預けても良いだろうか」
 出くわした十至は、何故かとても綺麗な平手の跡を頬につけている。つーんと顔を背けているすみれと、何も聞いてくれるなというオーラを出す十至に、レクチェは瞬きしたものの頷き返し、十至はそそくさと橙の光の探索に向かった。
「誰か、誰か助けて……!」
 悲鳴を聞きつけた矢野・優弥(闇を焼き尽くす昼行燈・e03116)はすぐさま駆けつけた。奥さんの一人、佐藤・友香にのしかかろうとするオークの姿に眉をひそめる。
(「全く、これだからオークってのは……」)
 ケルベロスコートを翻して構えると、優弥はすぐさま詠唱を開始した。
「古に伝わる八柱の龍王よ。汝が真名と血の契約において、我、優弥が命ずる。その力を我が眼前に示し、我が敵を討て」
 朗々と唱える呼び声に応じ、召喚された八体の竜神は氷の嵐を引き起こしてオークを襲う。苦悶の声と共にオークが伸ばしてくる触手を受け止めながら、すかさず優弥は禁縄禁縛呪を放った。
 オークからしてみれば、優弥は彼を邪魔する侵入者となるだろう。だが、このようなオークを、このままにしておけるはずがない。浴びせられた溶解液への回復も交えながら、優弥は堅実な戦いぶりでオークを追い込んでいくと、最後に渾身のハウリングフィストでオークを殴り飛ばした。
「佐藤さんですね? さあ、これを……脱出しましょう」
 脱いだケルベロスコートを友香に羽織らせ、優弥は彼女を促す。まだ怯えを拭いきれない様子ながらも頷き、友香は優弥の後ろについて歩き出した。
「よくも可愛い女性の皆さんをいじめようとしてくれましたね!」
 まず真っ先に旋刃脚でオークの急所を蹴り飛ばし、逢川・アイカ(レプリカントの降魔拳士・e02654)はオークを睨みつけた。苦しげに悶絶するオークだが、そう言い放つアイカに溶解液を飛ばす。
「この位全然大した事ないっす。さ、ぶちのめしてやりますよ!」
 降魔真拳を叩き込んで回復しつつ、更に攻撃を重ねていくアイカ。衝撃に呻きながらも、アイカにすら邪な視線を向けて触手を伸ばしてくるオークを、冷ややかに一瞥する。
 アイカの価値観では、オークみたいな奴がこんな真似を可愛い女の子にしやがるなんて、決して認められないのだ。だからこそ全力で攻撃を積み重ね、最後にDUALISM†DIVIDEでオークを見事に両断する。
「渡辺さん、もうこれで安全っす。他に危険があっても、同じようにあたしがぶっちめますから」
 オークを倒したアイカは、だから安心して一緒に脱出しましょうと手を差し伸べる。
「美羽嬢、下がっているんだ」
 新都ヶ原・篭目(カネと黒歴史の魔術師・e02077)は救出した少女に呼びかけると、掌から放ったドラゴンの幻影でオークを焼く。
 単独での戦闘は不向きだと自認する篭目だが、そうも言ってはいられない。迫るオークの触手を受け止め、反対にジグザグに変形させた刃でオークの腹を切り裂く。
「まったく……。少子化が進めば経済が発展しないではないか!」
 オークが経済を意識するとは思えないが、だからこそ、その浅ましさが許し難い。女性を守り命を育むことは、この地球そのものの未来にも繋がるのだから。
 このような事態を引き起こす存在は何としても殲滅しなければと、篭目は血襖斬りも交えながら詠唱を重ね、オークを叩き伏せた。
「災難だったな美羽嬢。だが僕らケルベロスが来たからにはもう安全だ。早くダンジョンを脱出しよう」
「はっ、はい。ありがとうございます」
 速やかに彼女を連れて脱出を開始する篭目だが、ふと美羽の制服姿を見て尋ねる。
「……学校は楽しいか?」
「え? ええ。大変な事もありますけど……」
 面食らいながらも、はにかんで応じる美羽に、学校に通った事がない篭目は「そうか」と短く頷いた。

 床に残った跡を追っていたシルキー・ギルズランド(呪殺系座敷童・e04255)は、不自然な物音を聞きつけ加速した。
「この扉の向こう……」
 迷わずドアを蹴り飛ばして突入したシルキーは、押し倒されかけている森・陽子を見つけると、
「大人しくその人を返しなさい。その人が面倒みてる子供達も、待ち切れなくて、今ここに迎えに来てるわよ」
 そう【呪怨の童巫女】を召喚する。無邪気な笑みで童巫女がオークを切り裂く間に、シルキーは座り込んだままの陽子の前に立つ。
 オークはといえば、助けに入ったシルキーも女性だからか下劣な笑みを浮かべて触手を伸ばしてくるが、ぬめった触手の感触にもシルキーは普段と変わらず無表情なまま、半透明の御業を呼んでオークを鷲掴みにする。
「……大人しく返してくれないなら、力尽くで返してもらうだけよ」
 苦し紛れの溶解液を浴びても顔色を変えることなく、シルキーは炎弾を放つ。トラウマと炎に苛まれたオークは、雄叫びを放って回復を試みるものの劣勢に追い込まれ、シルキーが更に呼んだ御業の一撃に力尽きた。
「立てる? 外まで送るわ」
 口数少ないながらも、しっかり護ってくれるシルキーに陽子は気丈に頷き、立ち上がる。
「茜様、これを」
 蘭華は用意していたガウンを手早く救助したばかりの前田・茜に掛ける。
「――赦しませんっ!」
 自分の憧れるパティシエという職業の女性をこのような目に遭わせたこともそうだし、かつて自分が大切に思う娘がオークに傷つけられた事実もまた、蘭華が敵を見過ごせない理由の1つでもある。複雑な術式を瞬時に組み上げ、蘭華は雷鎖の天蛇を放つ。
「グフゥゥゥ……!」
 呻いたオークは触手の先から溶解液を飛ばす。蘭華の胸元に掛かったそれは、ブラウスをじわりと侵食し、
「メイド服が……!」
 思わず声を上擦らせる蘭華だが、すぐに落ち着きを取り戻しフレイムグリードを撃ち出す。面白がったオークが更に溶解液を飛ばすものの、蘭華は咄嗟に無残な事になった胸元を片腕で抱え込む。
「あ、あなたに見せる肌なんて、持ち合わせてませんわ……!」
 グラビティ・チェインを破壊力に転じさせ、蘭華は一気に叩き付けた。その衝撃にオークが意識を失い、倒れるのを確認すると、ようやく安堵の息をついて。
「すみません、お恥ずかしい所を……茜様、出ましょう」
 照れ恥ずかしそうに笑いつつメイド服を上手く調整し、そう振り返る蘭華だった。
「こーんな若くて綺麗な奥さんに何してんだ豚!」
 鈴木・夏妃に無理矢理迫っていたオークにロッドを突きつけたのは鋼・業(サキュバスのウィッチドクター・e10509)。ナース服姿のビハインドが金縛りを試みる間に、業は夏妃をオークから引き離す。
「あっ、あなたは……これは……?」
「俺はケルベロスだ。奥さん、ここにちょっと座って」
 愛用のケルベロスコートを手早く敷き、彼女を座らせると業もオークに向き直り、ライトニングボルトを放った。反撃を試みようとするオークだが、その体は思うように動かず、その間に反対側へ回りこんだビハインドが攻撃を重ねる。
「サンキュー、ヒトミちゃん!」
 無様な悲鳴を上げるオークへの距離を詰め、業はブラックスライムを捕食モードに変形させ一気に飲み込む。ビハインドとの連携攻撃でガンガン攻め続け、トドメとばかりに業がライトニングコレダーを叩き込むと、オークは泡を吹いて倒れこんだ。
「これでも医者でね、あまり苦しませないのが信条なもんで」
 手早くオークを倒した業は改めて夏妃へ近付くと、もうちょっとの辛抱だと彼女に手を貸し、ダンジョンの外へとエスコートしていく。
「この弾丸が破壊か癒しかは貴様しだいだ。さあ、弾丸のジャッジを受けろ!」
 逢坂・明日翔(審判の銃弾使い・e11436)のリボルバーから放たれた弾丸は、敵には傷を、味方には癒しを与えるものだ。
 そして今、弾丸はオークを貫き傷を刻む。
 オークが繰り出す反撃の触手をいなし、跳弾射撃で虚を突くと、明日翔は震える田中・文江さんを守るように位置取った。
(「傷……オークに抵抗したんだな、きっと」)
 彼女の手足に付いた傷に気付くと、明日翔の目が険しくなる。重傷ではないのが不幸中の幸いだが、浅ければ良いというものでもない。
「すぐ片付けるから奥さんはそこを動かんでくれ。これでもあんたを守るために来たんだからな」
 両手のリボルバーにグラビティ・チェインを込め、更に次々と発射する。オークに回復する余裕も与えず攻撃を重ね、明日翔は更に審判の弾丸を構えた。
「てめえの運命はこの弾丸が決める! さあ、審判の時だ!」
 撃ち出された銃弾はオークの回避を許さなかった。額のど真ん中を貫いたそれは、オークの致命傷となる。
「あ……」
「怖がらないで。この弾丸は貴方を癒す弾丸。敵には破壊をもたらすが、貴女を傷つけることは絶対にないから」
 明日翔がそのまま文江に向けた銃口から、今度は癒しの弾丸が飛び、彼女の怪我を癒していった。

「シャチョサン、もう店じまいネー」
 中島・亜子に迫るオークを貫いたのは、安芸・もみじ(フィリピーナ系ギャル天使・e03782)が放つハートクエイクアローだった。
「シャチョさんてノーキャッシュ、ノーサンキューネー。まんぢゅサン、殺っちまいナー」
 セーラー服の裾を翻し、つけまとアイメイクを施した特徴的な目を少し細めて、傍らのテレビウムにGOサインを出せば閃光がオークを襲う。
 怒りに駆られたオークからの攻撃はまんぢゅサンに任せ、もみじはその後ろからまんぢゅサンを回復していく。
「そのヒト、まだお金いぱーいおぱーい稼がないといけないヨー。シャチョさんと結婚? 愛人? 困るネー」
 凶器を叩き込むまんぢゅサンの後ろで溜息をつくもみじ。そんなもみじへ伸ばされようとする触手だが、まんぢゅサンが庇いに入り盾になる。
 ガッ!
 そして更なる残虐な一撃に額を割られ、オークは倒れていった。
「イエーイ! いぱーいおぱーいボク元気ネー♪」
 まんぢゅサンを褒めつつ勝利を喜ぶと、もみじは亜子の肩をポンと叩く。
「亜子サーン、早く帰て、いぱーいおぱーい稼ぐヨー」
 それは彼女の事情を知るからこその発言でもある。そのままスタスタ歩きだすもみじに、どこか圧倒された様子で亜子は頷くばかりだった。
「やぁだ、そんな穢らわしい物、向けないでくれるかしらぁ!」
 オークの触手に不快感をあらわにしながら、ペトラ・クライシュテルス(ファントムユーサーパー・e00334)が呪文を唱える。途端巻き起こった爆発は、夢魔のひと触れによるものだ。こんな奴相手に快楽エネルギーを消費するのは癪だが、やむを得ない。そんなぺトラを更に触手が襲うが、
「何の足しにもならない残霊はさっさと消えなさぁい!」
 一吼えすると素足でダンジョンの床を蹴り、更にオークをズタズタに切り裂く。
 そんなぺトラの苛烈な攻撃の数々に、やがてオークは力尽きて崩れ落ちた。
「えっと、真尋ちゃんよね?」
 振り返った先で青ざめているのは、資料にいた奥さんの一人、山崎・真尋だ。未遂なのと怪我が無いのを確かめるペトラだが、気弱な彼女はその間も声一つ出せないらしい。
 そっと手を貸して立ち上がらせつつぺトラは告げる。
「真尋ちゃん、それじゃ言いたいことも言えないんじゃなぁい?」
 こういう時くらい好きに言っていいのよ、と囁けば、ようやく搾り出すように「怖かった」と真尋は吐き出した。
「気持ち悪くて、悪くて……」
「そうよねぇ」
 その感想はぺトラも同感だ。
 しばしオークへの不快感を語りつつ、「こんな風に、溜め込んで爆発する前にどっかにぶつけなさいよぉ、旦那とかぁ」と笑うぺトラだった。
「やっぱり……」
 凹が突入した部屋には、奥さんの一人、橋本・雫と彼女に迫るオークがいた。そして、近くの床に転がる野菜籠。きゅうりの香りがすると思った理由は、これに違いない。
 内気な凹は静かに詠唱すると、ペトリフィケイションを放つ。その間にウイングキャットが素早く、雫を救いに向かった。
「悪夢を見せてあげるね……」
 脳細胞を強化した凹は、更に混沌なる緑色の粘菌を招来する。敵の攻撃を潜り抜け、雫を救助したウイングキャットと共に、じわじわ、じわじわと攻撃を重ねオークを痛めつける。
「ぐぬぬ!」
 石化に石化を重ねたオークは思うように動けない場面も増え、戦いのペースを失ったまま劣勢に追い込まれていくと、更に唱えられたペトリフィケイションに力尽きた。
「もう大丈夫、僕が旦那さんのところに帰してあげる。……始末をつけるから、それを着て少し待っていて」
 木村・結花の元に駆けつけたロストーク・ヴィスナー(チエーストヌィ・e02023)は、脱いだケルベロスコートを優しく放った。自分のサイズでは大きすぎるだろうが、帯が解けている結花を僅かな間であっても、そのままにしておくことはできなかったのだ。
「プラーミァ、できるだけ彼女の前に」
 これ以上汚い触手で触れさせられないし、グロテスクなものを見せたくもない。そんなロストークの意を汲むように頷き、プラーミァは自身の属性をロストークにインストールしていく。その援護を受けながら、ロストークはスターゲイザーでオークの足止めに掛かった。
 回復はプラーミァに任せ、ロストークは攻撃に集中する。巧みな連携はオークに付け入る隙を与えず、ロストークは敵が結花の死角に入るよう位置取りながらルーンを解放する。
「謡え、詠え、慈悲なき凍れる冬のうた」
 辺りに満ちる氷霧ごと、ロストークはледниковを叩き込んだ。冷気に鳴る氷塵は、まるで星々が囁くかと思うほど、凍てつく真冬の夜の静寂を思わせる。
 一瞬、その一撃でオークを打ち砕くと、辺りに9月の暖かさが戻ってくる。ロストークはそのまま結花の傍らに膝を着くと、そっと手を差し伸べた。
「とっとと片付けちまわないとな」
 平・和(平和を愛する脳筋哲学徒・e00547)は抜いた刀を巧みに繰り出し続けていた。橙のビフレストにひしめくオーク達……このままにはしておけない!
 見た目は実に女の子らしい和だが、オークは一体何で嗅ぎ分けているのか、和に対して鼻息を荒くする気配は無い。大器晩成撃を交えながら攻撃を繰り返すと、更に練成した一冊の本から為る強烈な全知の一撃を叩き落した。
「ぐっ!」
 見事に直撃を食らい、よろめくオーク。苦し紛れに伸びた触手を難なく避け、反対に和が繰り出した達人の一撃がオークの急所を捉えた。
「吉田さん、もう大丈夫です。早くここを出ましょう」
 動かなくなったオークに目もくれず、和は吉田・早苗に優しく呼びかけた。彼女もさぞかし子供達の事が心配だろうし、と小部屋を出れば、ちょうどロストーク達と遭遇する。
 和は早苗のことを託すと、更に橙の光探索へ向かった。
「マギー、頼んだよ」
 ピジョン・ブラッド(銀糸の鹵獲術士・e02542)の声にテレビウムから閃光が放たれる。その間に素早くピジョンはナース服の女性、高橋・由香里へと駆け寄った。
「ご無事ですか?」
「は、はい。もう助けなんて諦めていたのに、ありがとうございます……!」
 オークに攫われ怖い思いをしたようだが、精一杯笑いかけた甲斐があったのか、由香里はホッと表情を和らげた。後ろにいるよう促せば、気丈に頷いて下がっていく。
「銀の針よ、縫い閉じよ」
 どこからともなく生み出した針と糸で、ピジョンは素早くオークの触手を縫い合わせた。その間マギーは応援動画を流し続ける。できれば奥さんの緊張を和らげるようなやつを、というピジョンのリクエストにマギーが選んだのは――相撲だった。
(「何故そのチョイス!?」)
 自分のサーヴァントながら謎チョイスだが、とにかくピジョンは攻撃を続ける。怒りに駆られたオークの攻撃はマギーばかりを標的にし、応援動画があっても積もり重なるダメージに倒れかけるマギーだが、それよりも早く、ピジョンの魔法がオークを仕留めた。
「ああ、よかった」
 これでもう、触手や毒液を受ける心配も無い。ピジョンは速やかに由香里を連れて脱出を目指した。

 眠そうにまばたきしながら進んでいたレム・ホワイトノーツ(睡魔には勝てない・e12996)は、不穏な声を聞きつけた。曲がり角の奥にいたのは、
「ぐへへへへ」
「こ、来ないで!」
 オークから逃げようとしたものの壁際に追い詰められた奥さん……山口・アキラだった。レムはすぐさまドラゴニックミラージュを放つ。
「面倒な豚を蹴散らして早く帰るの、情けは無用なのー」
 目を丸くしているオークに、更に惨劇の鏡像を見せつける。オークはたじろいだものの、すぐ触手を震わせてレムに反撃する。
「んにゅ……ん、視えたの!」
 何度かの攻防の後、白昼夢に身を投じたレムはグラビティの力で予知夢を見る。その力で身を癒しつつ、レムは更にジグザグスラッシュを繰り出した。オークもまた雄叫びで勢いを増すが、最終的に勝利を掴んだのは、レムの方だった。
「アキラさん、ちょっと診せて欲しいの……ん、これでいいのー」
 オークから逃げる際についたアキラの擦り傷を応急処置したレムは、それじゃあ早く帰ろうと小さなあくびをしながら、彼女を先導して歩き出した。
「なんて真似を……!」
 猟犬縛鎖でオークを締め上げ、強引に引き剥がすと、斉藤・怜四郎(黒衣の天使・e00459)は加藤・琴美との間に割り込んだ。ストッキングやブラウスを破られた彼女の上に、そっと脱いだ上着を掛ける。
「もう大丈夫。私はあなたを助けに来たの。少し待っていてください、すぐに終わらせますから」
 そう微笑みかけると、すぐにレゾナンスグリードで敵を呑み込ませる。
 すかさずナノナノの飛ばす光線がオークをメロメロにさせ、触手がナノナノを追い回す間に怜四郎は殺神ウイルスを撃ち込んだ。
 度重なる攻撃にオークの動きが鈍る一方、的確に攻撃を重ねていく怜四郎たち。諦めきれないのか、チラリと卑しい視線を琴美に向けるオークを見て、怜四郎は彼にしては珍しく目を吊り上げた。
「『H』の前には『I』があるのよ。愛のない行為なんて私は認めないわ。遊びじゃないのよ、誰かを愛するってことは!」
 神殺しのウイルスを突き立てる怜四郎に悶絶するオーク。追い討ちを掛ける光線に貫かれ、力尽きたオークを見下ろし、怜四郎は気恥ずかしそうに小さく呟いた。
「やだ、ガラにもなく熱くなっちゃったかしら」
 すぐに顔を上げ、戻ってきたナノナノに「なぁちゃん、ありがとう」と感謝しながら、いい子いい子と優しく撫でると、怜四郎はご機嫌そうなナノナノと一緒に琴美を優しく支えながら通路に出た。
「ほれほれ、こっちにも女はいるよー」
 とオークを煽りつつ、根本・利子(イマイチ緊張感の足りない女・e01480)はスマホから洗脳電波を放つ。口調こそのほほんとしているものの、利子も十分に怒り心頭だ。
(「中村さん……きっと娘の年も近いのだ」)
 利子の後ろにいる中村・美奈子は、小学生の娘を育てているという話を思い出す。利子は嫁入りしている訳ではないけれど、娘のように可愛がっている子がいるのは同じ。近い年齢かつ境遇も近い美奈子に、感情移入するなと言われる方が難しい。
 目と耳を少し塞いで待っているのだ、と利子から告げられた美奈子は、ぎゅっと目を閉じて耳を押さえながら戦いが終わるのを待っている。……多少騒がしくしても聞こえまい。
「粗末なモン見せびらかしてんじゃねぇよ磨り潰すぞオラァ!?」
 常の彼女から想像もつかない程の低い声で、利子は教育的指導を叩き込む。屠る気満々で攻撃を繰り返す利子の勢いに、一瞬縮み上がったオークもすぐに反撃に出るが、利子のその強烈な勢いを覆すには至らない。
「まったく、こんな意に沿わない豚野郎とかゴメンなのだ~」
 ぱんぱんと両手の汚れを払うように軽く叩きつつ、倒れたオークを見下ろすと、利子はもう大丈夫だと美奈子に呼びかける。
「歩ける? さーおんもに出るよぅ。きっとお子さんも待ってるよー」

「奥先生、俺が来たからにはもう安心ですよ」
 旋刃脚でオークを蹴りつけ、夜乃崎・也太(ガンズアンドフェイク・e01418)は極上のスマイルを奥・雪子に向けた。
 唯一独身の身で攫われた雪子。だからこそ俄然也太は気合が入る。
「俺の奥さんから離れろ豚野郎! ……あれこんな風に言うと奥先生が俺の奥さんみたいになって……って、ややこしいわコレェ!」
 銃口を突きつけた也太は、触手が伸びてくるとすぐさま制圧射撃で反撃に出る。バレットタイムで増幅した感覚を最大限に生かしつつ、更に也太はオークの急所を突いた。
 更に伸びてくる触手をいなし、ばら撒いた弾丸で更にそれを食い止める。そうして攻撃の応酬の末、やがて追い込まれたのはオークの方だった。
「この距離ならハズレはなしだぜっ!」
 素早く懐に潜り込んだ也太のリベルグラップルが炸裂し、無数の穴を穿たれたオークは崩れ落ちる。
「ふー……さあ囚われのお姫様。王子が出口までお連れ致します」
 紳士的にカッコよく武器を片付け、振り返った也太はそうエスコートすべく手を差し伸べる。目を丸くしつつ眼鏡を直した奥先生は、ありがとうと頷き返す。が、
(「……あれ、これ……」)
 どこか距離を感じるというか……まるで背伸びしている生徒に接する先生のような態度のように感じて、何か釈然としないものを思う也太である。
「来んな……ッッてんだろ!」
 全力でオークに抵抗を試みる池田・凛と、力尽くで屈服させようと迫るオーク。それを発見したクリュティア・ドロウエント(シュヴァルツヴァルト・e02036)は、分身の術を試みながらオークとの間に割って入った。
「凛殿、助けにきたでござる」
 突然の乱入者に凛もオークも目を見張る。更にそのまま、装束の開いた胸元で揺れる谷間にオークの目がいくのをクリュティアは見逃さなかった。
「ドーモ、初めましてでござる。拙者はクリュティア、ケルベロスにござる」
 お辞儀と共に手元の鎖を伸ばし、クリュティアはオークを締め上げていく。虚を突かれたオークに、クリュティアはフッと笑う。
「拙者の鎖から逃げられるでござるかな」
 更に死角から伸びた鎖がオークを的確に狙う。対するオークもクリュティアの腰元へ触手を伸ばしてくるが、それ以上の隙を与えるクリュティアではない。
「薄い本が厚くなる展開にはさせぬでござるよ」
 軽やかに月光斬を繰り出しオークの腱を斬ると、更に分身殺法 斬影刃による同時多重攻撃を仕掛けていく。
 戦い慣れした彼女の、天井や壁も生かして縦横無尽に繰り出す攻撃にオークは翻弄され続け、やがて力尽き倒れていった。
「アンタすげーな」
「お褒めに与り光栄にござる」
 率直な感想と共に礼を言う凛に一礼し、早く外へ帰ろうと促すクリュティア。と、視界の片隅に何か鞘のようなものが目に入った。
「なぜこのような業物が?」
 拾い上げ首を傾げるクリュティアだが、今は考え込んでいる場合ではないと咄嗟にその刀を腰元に挿し、凛とダンジョンの外を目指す。
「紗菜さん、気分はどうですか……?」
「は、はい、ええっと……」
 起き上がったクノーヴレットが尋ねると、彼女に救出された清水・紗菜は戸惑いを隠しきれない表情ながらも大丈夫だと応じた。少なくとも、何かに思い詰めるような様子は無いのを見たクノーヴレットは、よかった、とニコリ微笑む。
 では、ここから出ましょう……と彼女を支えて助け起こし、クノーヴレットは歩き出す。
「さあ奥さん、御手をどうぞ此方に」
 バレットタイムで知覚を増幅させ、オークとの間に割り込んだダレン・カーティス(攫われた人妻絶対助けるマン・e01435)は、そう井上・望に笑いかけた。
 婦人警官といえば、全国の不良少年の憧れ。ダレンとしても、一度お世話になってみたい相手……いやいや。
(「オークにはこの美学はわからねーだろうなあ」)
 ともあれ女性のピンチを放っておけるはずが無い。ダレンはオークを蹴り飛ばしつつ、望に下がっているよう促す。
「しかしあの触手ってのは、どーにも見てて不安な気分にさせられるな」
 巻かれたり巻かれたり巻かれたり。イメージしてぞっとする。草を侮るなかれ――単体ですらダレンにそう思わせるのだから、豚の頭と体がついてくれば奥さん達には尚更だろう。
 とにかくさっさと倒して安全を確保しなければと、炎を纏った蹴りを放つダレン。飛んでくる溶解液にうへっと顔を歪ませるが、触手よりはマシかもしれない。
 紫電の如く高速の剣戟で触手を斬り、ダレンはオークを追い込んでいく。そのまま流星の煌きと重力を両足に宿すと、ダレンは跳び上がった。
「さぁーて、そろそろお別れの時間といこうか!」
 そうして炸裂したスターゲイザーに吹き飛ばされ、オークは動かなくなった。

 物音を耳にしたアルメイア・ナイトウィンド(星空の奏者・e01610)が見たのは、強引に女性を組み敷こうとするオークの姿だった。
 ギターの弦を鳴らし、すぐさまアルメイアは乱入する。
「待ちな、豚野郎!」
 ギターの音色はオークの気を引くのに丁度良かったのだろう。顔を上げたオークめがけて、すかさずアルメイアはギターを叩き付けた。
「ギャッ」
 情けない悲鳴を上げるオーク。その間にアルメイアは帽子を被り直し、不遜な笑みを浮かべて宣戦布告する。
「タイマンだ、豚野郎! ヴェリーヴェルダンにしてやるぜ!」
 敵意は十分に理解したのだろう。オークもまた触手を伸ばし強烈な一撃を叩き込む。だがアルメイアは構わずギターを奏でた。
 重厚な旋律と歌声が響き、星の雨が降り注ぐ。傷ついた触手が痛むのか、それを直接叩きつけるのではなく溶解液で反撃してくるオークだが、飛び散った液に自分の服が傷むのを見たアルメイアは険しい視線をオークへ向ける。
「くそ、服がちょっと溶けただろうが!? 死ね!」
 怒りと共に放たれた地獄の炎弾がオークを貫く。そのままアルメイアの指先は再び重厚な旋律を紡いだ。
「さあ貴様の命運は尽きた! 滅びの星の裁きを受けろ! 聞け! 崩界の星葬ッッ!!」
 絶唱するアルメイアが呼ぶ災いの星の雨が降り注ぐ。次々と突き刺さる雨の前に、オークは崩れ落ちるしかなかった。
「そんなに興奮しないでよ……私がゆっくりと遊んで逝かせてあげるから、ね」
 雄叫びと共に触手を伸ばしてくるオークに、喜屋武・波琉那(蜂淫魔の歌姫・e00313)は艶っぽく笑って近付くと、ハウリングフィストで一気に吹き飛ばした。
 既に体の一部を石化させられ、えも言われぬプレッシャーを浴びているオークは、波琉那を攻撃しようとするもののままならない。薄く笑って攻撃を避けると、波琉那は更にペトリフィケイションを唱える。
 まさに波琉那の言葉通り、翻弄されじわじわ弱っていくオーク。
「そろそろ頃合いかしら、ね……」
 それを見計らった波琉那が跳び上がり、スカルブレイカーを叩きつけると、オークは無残に倒れこんだ。
「さ、あいつはお仕置きしたから安心してね、さくら先生」
 とにかくこの部屋を出よう、と波琉那は救出した伊藤・さくらを促す。
「これ以上彼女に不快感を与える前に……ご退場願おうか!」
 敵への怒りを誘ったロジェスタ・アーレイ(ドラグザネゴシエイター・e04340)は旋刃脚でオークの急所を蹴り飛ばした。
 確かに、今後ろで不安げな顔をしている阿部・みどりさんは、ロジェスタから見ても魅力的な女性だ。相手の気持ちを無視して襲い掛かるようなオークには到底勿体無い存在だし、そのような振る舞いが許されるはずも無い!
 ロジェスタはフェイントを織り交ぜながら踏み込み、練気を瞬時に溜め込んだ拳を放った。そこから広がる衝撃波がオークを内部から破壊していく。
 これこそロジェスタによる力尽くの交渉術、Power of Negotiationだ。
「もう大丈夫ですよ、ご婦人」
 強烈に破壊されたオークは、もう倒れて動かない。あの怪物は退治しましたから安心してください、と紳士的に笑むロジェスタに、みどりはホッと安堵を浮かべた。
「あ、上着を……」
「いや、それはそのままお貸ししよう」
 服をオークに乱された彼女から上着を取り戻すつもりはない。そうだ、とロジェスタは、反対に上着の内ポケットを指差す。
「そこに俺の名刺が入っているから、よければ見ておいてくれ。君の悩みを解くきっかけになるかもしれない」
 あなたのご依頼ならいつでもお受けしますよ、とロジェスタは目を細めた。

「皆さん、ご無事でしたか」
 脱出したミリアは同じように奥さんを連れて戻ってきた仲間達を見て胸を撫で下ろした。救助された奥さんをリストアップする一方、業などが丁寧に奥さん達のケアをしていく。
「ホットココアです、どうぞ」
 甘いものを飲めば落ち着けるはずだと、レクチェは保温しておいたココアを配る。
「そうだ。茜様、今度お菓子作りをご教授頂けませんか?」
「お菓子……ええ、いいですよ。何をお作りになりたいんです?」
 何気ない会話が落ち着きを取り戻すきっかけになれば、と話しかける蘭華。もちろんそれを頼めるなら、蘭華自身の役にも立つから有難いことなのだが。
 彼らが奥さんの支えになる一方、内部では橙のビフレストの根幹となる光の探索が進められていた。
「あれは……」
 いち早く、チカチカと明滅する光を見つけ出したのは、迅速に奥を目指して探索を続けていた小次郎だった。中枢部に浮かんでいた光にすぐさまフォートレスキャノンを撃ち込めば、物音を聞きつけた優弥が駆けつけ、皆に端末から発見の報を出す。
「あれネー? サッサと壊すヨー」
 もみじも時空凍結弾を飛ばす。突撃するまんぢゅサンの後ろからは、更に十至が遠隔爆破を起動し、和も達人の一撃を打ち込んだ。
「これが……」
 橙の光を見つめ、咲は両足に纏った炎を一層燃え上がらせた。怒りに逆巻く炎を一歩、また一歩。
「ブレイズクラッシュで……焼き尽くす!」
 そうして加速した咲は、思いっきり光を蹴りつける。炎ごと叩きつけられた衝撃に光は砕け、バラバラに霧散していき……辺りから橙の光が失われていく。
「任務完了だな。……破壊したらどうなるかわからないし、さっさと脱出しよう」
 リボルバーをくるくる回してホルスターに収めた恵が呼びかけた途端、ダンジョンが大きく振動する!

 その異変は、ダンジョンの外からでもよく分かった。不安そうにダンジョンを見る30人の奥さん達だが、内部と連絡を取り合ったピジョンや怜四郎が橙の光を破壊した影響なのを確認すると、すぐに彼女達を安心させるように笑いかける。
 大丈夫だと次々呼びかけるケルベロス達に、奥さん達もホッと安堵を浮かべる。そこには、自分達の危機を救ってくれたケルベロスが言うなら絶対に安心だという、彼らへの信頼があった。
 もちろんロストークや也太達はさりげなく、万が一に備えて奥さん達の周囲の守りを固めている。体制は磐石だ。
「たっだいまぁ」
「戻りました」
 そんな中、素早く次々と脱出してくるケルベロス達。最後尾にいた小次郎が外へ飛び出した次の瞬間、まるでそれを待っていたかのようにダンジョンは大きく崩落を始めた。
 やがて、最初から何も無かったかのように、ダンジョンは跡形も無く消え去った。
「橙の光によって生まれたダンジョンだから、光を失って消滅した……ってことかね?」
「多分、そうでしょうね」
 オークも何もかも姿を消し、辺りには静けさが戻ってくる。彼らの目の前には、今はただ双子玉川の町並みが広がるだけだ。
 それでも篭目は念の為、キープアウトテープで誰かが近付くのを防止する。しばらく様子を見て、十分な安全が確認できた時点で改めて外すのが良いだろう。念には念を入れて損はないのだから。
「そーだ。渡辺さん、これからも困ったことがあればあたしに相談していいんすよ。はいケルベロスカード」
 裏に連絡先も書いておいたっすよ! とアイカは朗らかにケルベロスカードを渡す。こんなきっかけではあるが、アイカとしては彼女とぜひ友達として、親しくしていきたいと思っているのだ。なんでも気軽に連絡して欲しいとアイカは笑った。
「さくら先生、私いつか先生のピアノで、疲弊した人たちの為に歌を唄いたい……どうかしら?」
「私のピアノでよければ、力になるわ」
 恩人である波琉那の相談に、さくらはそう頷き返す。凹からこっそり耳打ちされた雫も、それなら旬の野菜を選ぶと良いとアドバイスしている。
「ほら、旦那さんが待ってるんだろ? 早く帰ってあげな。それが、あなたの幸福な未来(あした)だ」
 明日翔は文江さんに笑いかける。とんだ目に遭ってしまったが、今日が結婚記念日である彼女には大切な人がいて、家で彼女を待っているのだから。
 勿論それは彼女だけに限らない。ケルベロス達に見送られ、奥さん達は何度も感謝を告げながら、それぞれの家に帰っていく。
「ふぁ……私たちも、そろそろ帰るのー」
 全員の姿が見えなくなったところで、レムが大きなあくびを1つ。
 言われた途端に疲労感を思い出すケルベロス達だが、それは決して不快では無い、心地の良い感覚だった。
 こうして、長い戦いを終えて、ケルベロス達もそれぞれの帰路につく。
 誰からともなく東京の郊外に浮かぶ、曇りの無い星空を見上げながら。

作者:七海真砂 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年9月28日
難度:普通
参加:30人
結果:成功!
得票:格好よかった 18/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 21
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