深夜。草木も眠る丑三つ時。
昼間は数多くの人で賑わうこの公園も、この時間ともなれば流石に静けさを帯びている。
そんな誰もいない公園の中を歩むデウスエクスの影があった。
傍目からはシスター服姿の女性と映る彼女は、まるでお供のように三体の怪魚を携えていた。怪魚は燐光を帯び、青白い軌跡を残しながら進んでいる。
その足が葉桜と化してしまった並木の前で止まった。何かに気付いたように顔を上げ、しばらくじっと桜を見上げると、喜色混じりに怪魚達に語りかける。
「あら、この場所でケルベロスとデウスエクスが戦いという縁を結んでいたのね。ケルベロスに殺される瞬間、彼は何を思っていたのかしら?」
怨みだろうか? 憎しみだろうか? それとも、怒りだろうか?
満面の笑みでそれを想う彼女は更に言葉を続ける。
「折角だから、貴方達、彼を回収してくださらない? 何だか素敵なことになりそうですもの」
彼女の言葉に頷くと、怪魚達はその場でくるくると舞を始める。三つの燐光が交わり、やがて魔法陣の様に形を為した時、それを命じた女性は満足げに頷き、闇夜の中に消えていく。
やがて、怪魚達のダンスは終わりを告げる。
――その瞬間、地面が盛り上がった。そこから現れた者は鳥人の形をしたデウスエクスである。彼は涎を垂らしながら、怪鳥の如き鳴き声を上げるのだった。
「桜の木の下に屍体が埋まってる、は誰の台詞だったかしら?」
ヘリポートに集ったケルベロスを前に、リーシャ・レヴィアタン(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0068)が形の良い眉をひそめ、むぅと唸る。
「あったなぁ。そんな話」
それに頷くのは神白・煉(死神を追う天狼姉弟の弟狼・e07023)だ。そしてその幼い表情に「まさか?」との疑問符が浮かぶ。先日、彼らは桜の下に現れるデウスエクスを退治したばかりだったのだ。
そんな彼にリーシャはコクリと頷くと、話を続ける。
「静岡県静岡市にある駿府城公園。ここで女性型の死神の活動が確認されたわ。彼女の名前は『因縁を喰らうネクロム』」
伴った怪魚型死神に『ケルベロスによって殺されたデウスエクスの残滓を集め、その残滓に死神の力を注いで変異強化した上でサルベージし、戦力として持ち帰る』と言う命を下している様だ。
彼女の作戦を阻止するべく、再度駿府城公園――即ち、サルベージの現場に向かって欲しい、と言うのがリーシャの告げた言葉だった。
「サルベージされたデウスエクスは……」
その言葉を煉が引き継ぐ。その脳裏に浮かんだのは満開の桜に覆われた景色。そして、その中で自身の教義を説いていた鳥人の姿だった。
「ビルシャナ。――俺の酒が飲めない奴絶対許さない明王」
「ええ」
煉の呟きをリーシャが真顔で肯定する。
「とは言え、死の状態から無理矢理蘇生され、変異強化されている彼は知性を失い、一介の獣と変わらないわ。使用するグラビティは生前のものと変わらないから、組みやすい相手だと思う」
しかし、能力は生前の頃より上昇しているため、油断は出来ない。
当時と違い、流石に信者や賛同者はいないが、その代わりに三体の怪魚型死神が共に戦うと言う。
「死神の主な攻撃方法は噛み付きだけど、それ以外の行動もするから注意が必要よ」
自身の体勢を立て直す事で治癒を測ったり、周囲の怨霊を集めて黒色の魔弾を放つなど、噛み付き以外の戦法が無いわけでは無いようだった。
「あと、時間帯的に周囲に人気はないし、皆が到着する頃には避難勧告は完了しているから、その辺りは気にしなくても大丈夫よ」
周囲を気にせず、全力でデウスエクスと戦って欲しい。
リーシャの言葉に煉はコクリと頷いた。
「死したデウスエクスを復活させ、更なる悪事を働かせようとする死神の策略は許せないわ」
そしていつものように彼女はケルベロス達を送り出す。
「行ってらっしゃい。貴方達ならその策略を挫く事が出来るって信じているわ」
参加者 | |
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アギト・ディアブロッサ(終極因子・e00269) |
スウ・ティー(爆弾魔・e01099) |
アウィス・ノクテ(月恋夜謳・e03311) |
マグル・コンフィ(地球人のキンダーウィッチ・e03345) |
月隠・三日月(夜闇に月灯を・e03347) |
神白・煉(死神を追う天狼姉弟の弟狼・e07023) |
鳳・朱璃(紅き蜃気楼・e18714) |
筐・恭志郎(白鞘・e19690) |
●それも櫻の下で
深夜を経過した駿府城公園に人の影はなかった。ただ、園内に設置された街灯が淡い輝きを放ち、眠ろうとする木々を照らしているだけだった。
だが、人外の影ならばあった。その数四つ。三つの怪魚と一つの怪鳥が夜闇の中、まるで舞うように佇んでいる。
何かを待っているように。誰かを待っているように。
「待ち人来たらず、かな?」
そんな彼らに対峙するよう、惨殺ナイフを構えたアウィス・ノクテ(月恋夜謳・e03311)が問いかけるように呟く。答えを求めるつもりはなかった。しかし、彼女の声に導かれたのか、それとも複数の気配を感じたが故か。異形の影達は彼女たちケルベロスの到来を認め、その視線を向ける。
「死者を眠りから叩き起こすとは、死神とは何とも無粋な輩だな」
「眠りから覚めた死者に安寧を……」
飄々とした声を上げる月隠・三日月(夜闇に月灯を・e03347)と、神妙に呟くマグル・コンフィ(地球人のキンダーウィッチ・e03345)を含め、八人のケルベロスは既に臨戦態勢を取っていた。それに呼応して怪魚と怪鳥――死神とビルシャナは改めて敵対の意志を露わにする。死神はガチガチと牙を鳴らし、ビルシャナはその手に炎の羽根を浮かび上がらせた。
「いつまでも死神の好きにさせる訳にゃいかねぇ。この因縁、今ここで断ち切る」
そして神白・煉(死神を追う天狼姉弟の弟狼・e07023)が死神への怒りを口にする。自分達が倒したデウスエクスを己の私利私欲の為に蘇らせ、そして使役する。その所業を防ぐため、今、此処にケルベロスは再度集ったのだと。
煉の言葉に頷き、ケルベロス達は駆ける。
定命の者を守るため、侵略者たるデウスエクスを討たんと――。
●夜闇の樹々に囲まれて
光が奔る。
ケルベロス達の持参した灯りと街灯。その淡い光をくつがえすかのように奔ったエネルギー光線は、その帯びた熱で死神の一体を貫く。
それはアギト・ディアブロッサ(終極因子・e00269)が無言で放つ奔流だった。熱線に貫かれた死神は夜闇の中、悶えるようにその身体を捩る。
「……ま、とりま絡み酒の不届き者を成敗としますかねぇ」
ちろりとそんな仲間の横顔を一瞥したスウ・ティー(爆弾魔・e01099)は彼に続くように不透明の爆弾を生み出すと、周囲に散布した。
スウの意志の元、生み出された連続爆破は死神、ビルシャナの熱傷を刻んでいく。
(「荒れてるね」)
アギトが追い求める死神がこの事件の裏で暗躍している事はヘリオライダーより告げられている。心中穏やかじゃないだろうな、と同情してしまう。
続くアウィスの透き通る歌声は竜の幻影を喚び、その幻影のブレスは死神の身体を焼く。三度に渡り炎に晒された死神の悲鳴が響き渡るが、それに手を止めるケルベロス達ではない。
「まずは、あなたたちから消えてもらうわよ」
「俺達の苦労を穢すんじゃねぇよ!」
鳳・朱璃(紅き蜃気楼・e18714)と煉の放つ蹴りは流星の煌めきを伴い死神に叩き付けられる。
「せめて早々に終わらせましょう」
筐・恭志郎(白鞘・e19690)の振るう織紅と銘打たれたケルベロスチェインが空の霊力を纏い、死神の鱗を切り裂く。度重なるケルベロス達の猛攻から逃れようと死神が空へ逃れたその瞬間。
「凍てつく氷の礫よ、理力をまといて弾丸となれ!」
無数の氷弾がその身体を貫く。血をしぶかせ、鱗を削り、そしてその傍から凍結させられた死神は遂に、その身を無へと帰していく。
「まず一体、です」
死神の消失を確認したマグルが、誇らしげに胸を張った。
死神を一体屠っても、ケルベロス達の猛攻は留まる事を知らない。
仲間に意識を向けるビルシャナの身体を穿ったのは三日月の蹴りだった。流星の煌めきを宿した飛び蹴りをまともに受けたビルシャナは、桜の幹に叩き付けられるとかはりと呼気を零す。
「安心しろ。死神だけじゃない。お前にも我々地獄の番犬が纏めて死を与えてやろう」
死の宣告は淡々と告げられていた。ゾッとするような声色にビルシャナの目を大きく見開かせる。
獣同然の知能に成り下がったビルシャナが彼女の言葉を理解したのかは判らなかった。
だが、呼応して手裏剣のように飛ばされた炎の羽根は、その命を奪おうと牙を剥く。
刹那の煌めきの後、それを叩き落としたのは煉の拳だった。
「――悪いな。それは前回、見切らせて貰った」
死神に変異強化されているとは言えビルシャナの放つグラビティは全て、以前対峙した煉にとっては見知った技である。それを防げない道理は無かった。
「皆が死神を叩く間、邪魔をさせて貰うよ。そいつが俺の仕事さ」
飛礫の様に小型の爆弾を投擲、爆破させながらスウが口元だけで笑う。
仲間達の邪魔をさせない。その鉄壁の意志がそこにあった。
ケルベロス達によって仲間の内の一体は討たれ、サルベージしたビルシャナは動きが阻害されている。
その状況であっても残された死神達が戦意を喪失させる事はなかった。
淡い燐光を纏いながら向けられた牙の一撃は、仲間の仇とばかりにマグルに殺到する。
その牙を受け止めたのは朱璃の簒奪者の鎌だった。食いつかせたまま、魚釣りの竿かくやの勢いでぶうんと鎌を振り、死神との距離を開ける。
「ふふ。頼りになるわね」
もう一つの牙から仲間を庇った自身のサーヴァント、ボクスドラゴンの璃紅に賞賛の言葉を向ける。それに頷く璃紅は死神に刻まれた傷へ自身の属性を注入することで、治癒を行っていた。
「分断は成功、ね」
夜空と同じ色の六枚の翼を羽ばたかせ、天高く舞ったアウィスは、空中でくるりと回転すると、そのまま自由落下を行う。隕石のように降り注ぐ蹴りは死神を地面へ叩き付け、ぐちゅりと不快な音を辺りに響かせた。
「ああ。そうだな」
地面に叩き付けられた死神に電光石火の回し蹴りを喰らわせながら、アギトが同意を示す。
死神とビルシャナが連携すれば厄介ではあった。だが、今や、三人の仲間が抑え役に回ってくれたお陰で心置きなく死神に集中できる。後は一刻も早く死神を撃破し、彼らの負担を減らすだけだ。
「大丈夫です。あちらも上手くやっています」
地面に描いた魔法陣で朱璃と璃紅が負った傷を癒しながら、恭志郎が頷く。
もはやケルベロス達の勝利が揺らぐことは無いだろう。その確信を表情に浮かべていた。
●夜闇に輝く蒼
死神から発せられる漆黒の怨霊弾はケルベロスの命を奪わんと侵食する。だが、その攻撃は全て、朱璃と璃紅の手によって防がれ、ケルベロス達へ致命傷となり得ない。
「ありがとう」
庇われたアウィスがふわりと微笑を向ければ、朱璃から返ってくるのもまた微笑だった。
「どういたしまして。女の子は守ってあげないとね」
一見女性にしか見えないオネエ男子から零れた紳士的な言葉に、アウィスは一瞬だけきょとんとした表情を浮かべると、そのまま「あははは」と声にして笑う。
「こちらも申し訳ありません」
璃紅に庇われた恭志郎もまた、恐縮と一人と一体に目礼をする。いいのよ、と首を振る朱璃に対し、次は自分の仕事だと、愛用の護身刀を鞘から引き抜いた。
「――これも、自分に出来る事ならば」
あふれ出る赤い華の色は自身の地獄の炎と共振し、白き光を放つ。護身刀から放たれた輝きに傷を癒された朱璃は自身もまた「ありがとう」と短い返答をする。
返礼を受け取った恭志郎の顔が僅かに強ばっていたのは、治癒の光――煉華の代償か。
だが、そうまでして癒してくれた彼の心意気に応えなければと、再び簒奪者の鎌を振るう。
「これで終わりよ。――黙って死ねよ。クソが!」
罵倒と共に刃が深く死神に突き刺さり、その命を得物の名前の通りに簒奪していく。
突然の豹変の言葉は幸いにも仲間達に聞かれておらず、戸惑いの視線が向けられる事もない。唯一、璃紅にだけは聞えていた筈だが、こちらは気にしない事にした。
そして残った一体もまた、その命を無に帰させられる。
アギトの振るうチェーンソー剣はその鱗をズタズタに切り裂き、マグルによる魔力にて武装化された右脚の一撃は派手にその魚体を吹き飛ばす。
天高く舞った死神を迎えるのは夜闇の煌めきだった。
夜の翼をはためかせるオラトリオの少女が掲げるのは手にした惨殺ナイフだった。その刀身が映す鏡像は淡い燐光、そして夜の星々。その輝きに目を奪われた死神の動きが一瞬だけ止まる。
そして銀の煌めきが疾走った。アウィスのナイフに幾度となく切り刻まれた死神はやがて、ぽとりと地面へ墜ちていくのだった。
そして終焉はやがてビルシャナへの広がっていく。
「死神、倒しました!」
ビルシャナの鳴らす鐘の音に負けぬように響く恭志郎の声に、三日月が歓喜の声を上げる。
「神白殿! ティー殿!」
「応!」
名を呼ばれ煉が力強く頷く。
そして、スウは口元に笑みを形成すると、軽口を以てそれに応える事にした。
「派手に行こう、散るは宴の肴ってな。魚だけにって訳じゃなくてね♪ ――逃がさないよ」
彼の生み出す水晶型の機雷はその手を離れると同時に闇夜に溶けていく。だが、視認が出来なくなっただけでその存在が失われた訳ではない。その証拠に。
かちりとその指がスイッチを押し込む。同時に広がる炎はビルシャナの身体を呑み込んでいた。
見えない爆弾に煽られ、体勢を崩したビルシャナの口から悲鳴が零れる。
追随するのは三日月の放つ紅蓮の刃だった。
「刃燃え尽きようと、この怨み――」
彼女が心の底に隠した憎悪。それがデウスエクスを切り裂かんと具現化する。憎しみの刃による幾多の斬撃は金色の羽毛を切り裂き、憎悪によって生み出される炎はその身体を焼き尽くすべく炎の舌を伸ばす。
そして死神を屠り、合流した仲間達の攻撃もまた、ビルシャナに殺到していた。
魔力を右腕に纏わせたマグルの拳は、そこから発せられる一直線のオーラを剣の如くビルシャナに叩き付け。
「Trans carmina mei, cor mei……Discutio」
アウィスの奏でる澄んだ歌声は高く遠く、気高く美しく響く。歌は破壊の力となり、それを受けたビルシャナは呻き声を漏らし、蹈鞴踏む。
「拳撃・事象拡張――」
そして断頭台の如く振り下ろされたのはアギトの蹴撃だった。
暴風を伴って首に叩き付けられた踵落としはその勢いのままビルシャナを地面に叩き付け、血反吐を吐かせた。
それでもその口はケルベロス達を排そうと経文を読み上げる。意味不明な文言にしか聞こえないそれは、聞くケルベロス達の心を乱し、動きを阻害する筈だった。
――だが、それが紡がれるよりも早く、動く者がいた。
「これが親父から受け継いだ、俺の牙だっ!」
肉薄した煉が赤いマフラーを翻し、蒼き狼と化した烈火の闘気を叩き付ける。突き刺さる拳はビルシャナの身体を貫き、燃えさかる炎は魂を逃すまいとその身体を包み、食らい尽くす。
「来世じゃビルシャナなんかに頼んじゃねーぞ」
拳を振り抜き、背を向ける煉は最期に、とビルシャナに言葉を向ける。
その言葉が届いたのか、否か。蒼き炎に包まれたビルシャナは悲鳴をまき散らしながら、その身体を消失させたのだった。
●季節は巡る。いつの日か。
「じゃん♪ どう、折角だから一杯さ」
戦闘によって破壊された公園をヒールで修復した一同の前に、スウが酒とジュースを差し出す。
「せめてささやかな宴で弔ってやろう」
「そうですね。やらかした事は駄目ですけど、今回の事件には彼に非はありませんからね」
スウの提案に頷く恭志郎はオレンジジュースを受け取ると、それを掲げる。
「……桜の季節は終わってしまいましたが、せめて最期のお花見を」
彼の振りまく桜色のヒールはまるで、桜吹雪のようにも見える。ビルシャナとなってしまった存在はもう、花咲くその景色を見る事は叶わない。だが、この場に魂がまだ残っているのならば、この景色を喜んでくれるだろうか?
「ま、だからお前も飲めよ」
煉もまた、同情的な気持ちをビルシャナに抱き、彼が最期に倒れた樹にオレンジジュースを撒く。残りを自分の口に運ぶと、思い出すのは共に戦った仲間の言葉だった。
(「寂しかっただけの人間だったかもしれねぇんだよなぁ」)
自分の心に、そして死んだ父親に問う。侵略者たるデウスエクスを倒す事は正しいだ。だが、デウスエクスすらも救いたいと願うのは傲慢だろうか、と。
「死神に弄ばれた魂が今度こそは黄泉路にたどり着けるといいのだが……」
黙祷を捧げた三日月がむむむと唸る。
「大丈夫よ。その為に私達が頑張ったんだから」
朱璃の頼もしい言葉にほっとした表情を浮かべていた。
「日本中の桜の樹の下にこんなビルシャナ達が埋まっているなんて考えたら……ぞっとしない話ですね」
(「もしも今まで倒れたデウスエクス達全てを死神が回収しようとしたら……?」)
マグルは首を振り、そこで思考を中断する。
それが杞憂ならそれでいい。だが、それだけの力を死神は有しているだろう。答えを導く事の出来ないその考えは、しばらく彼を捉えて話さないだろう。
今はまだ勝利に酔っていようとジュースに手を伸ばす。明るい仲間達の声が頼もしかった。
そして。
仲間達を杯を交わすアギトは視線を感じ、顔を上げる。
視線の先には無数の桜の樹があり、そして夜の空が広がっている。そこに彼の求めるモノは何もない。何もないはずだが。
確かにアギトは見た気がした。オラトリオを模した白い翼を。シスター服に身を包んだ彼女――それを奪った宿敵の姿を。
「どうかしたの? アギト?」
鎮魂曲の変わりにと、歌を奏でていたアティスが心配そうに顔を見上げる。オラトリオの少女の視線は彼に対する気遣いで溢れていた。
「……いや」
小さく呟き、仲間達に視線を戻す。
おそらく奴はこの戦いを観察していた。自身の配下が、サルベージしたデウスエクスが倒される様を。そしてそれによってケルベロス達の感情が揺れる様に愉悦を覚えていたのではないだろうか。
その過程で自分の存在に気付いた。だから、先程自分が感じた視線はその残滓だった。
それがアギトの出した結論だった。
(「浮かばれねぇな。シスター」)
宿敵と何れ決着を付ける日が来るのだろうか、とアギトは呻く。
「おーい。そろそろ撤収しようか?」
煉の言葉に頷き、再度何もない夜空を見上げた。
だが、それは近くとも今、この瞬間ではない筈だ。
撤収を始める仲間の元に戻りながら、そう思う。
今は、まだ。
作者:秋月きり |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2016年5月29日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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