決戦、マサクゥルサーカス団~トートナハト・フェスト

作者:黒塚婁

●真夜中の儀式
 蛾の羽を背に持つ男が謳う――。
「さあさあ、我ら『マサクゥルサーカス団』のオンステージだ!」
 誰もが寝静まる時間、闇夜の交差点は不気味なほど静かだ。そこに朗々響き渡る宣言。
「今宵は、豪華なキャストにゲストも加えての特別ステージだ。それでは始めようか、愉快なショウを!」
 彼と共に現れていた五体の死神は、それらは彼の指揮を待ちかねていたように、一斉に飛び出していく。
 それは真上より見れば、六芒星となるように。
 風を斬り裂くような怖ろしい速度で駆け上がってその地点へ辿り着いた黒き巨体も、そのひとつ。
 ――どこかで鞭が高い音を立て、それを契機に六地点、同時に儀式は開始される。
 ごう、と風が渦を巻くように。空中を黒い影が泳げば、アスファルトの上に浮かび上がった魔法陣から、タールの翼を持つ尖った耳の妖精族が、ゆっくりと身体を起こした。
 濁った目は定まった所を見ておらず、裂けた口からだらりと長い舌を零し。
 炎を纏いながら、シャイターンは獣が如く咆えた。
 それを尻目に――流線型に黒光りする巨大な死神は、儀式を続けるのだった。
 
●ターゲット・シュヴァルツトゥーン
「死神『団長』が動き始めた」
 雁金・辰砂(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0077)は集ったケルベロス達を一瞥し、開口一番そう告げた。
 自ら赴きデウスエクスのサルベージを指揮した『団長』――だが、ジン・フォレスト(緑風館木人拳継承者・e01603)をはじめとしたケルベロス達によって多くの作戦を阻止された事で、新たな策を立てたようだ。
「奴は五体の有力な深海魚型死神を伴い、東京防衛戦で死亡したシャイターンをサルベージしようしている。其れを阻止せよ、というのが今回の依頼だ」
 それらが現れる場所は、東京防衛戦後に破壊撤去された人馬宮ガイセリウムの跡地――といっても最早ガイセリウムは解体され、街並みもほぼ元に戻っているのだが。
「今回、奴らはサルベージ後も儀式を続けるらしい……つまり、先に復活したシャイターンを早々に倒さねば、次のシャイターンが蘇ってくるということだ。何より――貴様らが討つべき本来の目標は、死神『シュヴァルツトゥーン』だ」
 名のある死神、それの意味するところは――辰砂は、ひとつ区切り、ケルベロス達を見据える。
「今回相手する死神どもは、汎用の下級死神とは違う。それぞれ、かなり強力な個体だ。サルベージされたシャイターンとて、変異強化されている油断ならない相手だ。それらとの連戦ともなれば厳しい戦いとなる事は予想に難くない」
 ――結果、撃破は不可能だと判断する事態もありうるだろう。その際は無理せず退き、別の班と協力することも頭の隅に置いておくといい、彼は重い口調でそう告げる。
 シュバルツトゥーンはクロマグロのような外見をした死神で、兎角速い。
 死神によく見られる噛みつき攻撃や泳ぎ回ることに変わりは無いが、巨体の割に捉えがたく、速度を乗せた一撃は重い。
「強力な個体であることは元より、奴は『各地の情報を伝達する役目を持っている、と推測される』らしい――取り逃がせば、死神勢力にケルベロスの情報を与える事になる。絶対にここで撃破せねばならん相手だろう」
 そこまで語ると、辰砂は一度口を閉ざす。そして、やや間をおいてから、口を開いた。
「難しい話は無い。だが、易いことではない。心してかかれ――下らんサーカスは、ここで解散だ」


参加者
メーア・アルケミス(ヴァイストゥーン・e00089)
アンノ・クラウンフェイス(ちっぽけな謎・e00468)
シルク・アディエスト(巡る命・e00636)
ラックス・ノウン(マスクドニンジャ・e01361)
シア・メリーゴーラウンド(実らぬ王冠・e06321)
夜船・梨尾(黒い犬と獅子・e06581)
タニア・サングリアル(全力少女は立ち止まらない・e07895)

■リプレイ

●巡り逢う
 僅かに冷たさを残す夜風が毛を撫でていく――夜船・梨尾(黒い犬と獅子・e06581)は視線を落とし、小さな息を吐く。
 意を決して、顔を上げる。かつての戦場はその姿を元の街並みに変え、痕跡を残さない――だが、彼は憶えている。
「お父さん……」
 本当は二度と近づきたくは無かった、養父が死んだ場所。しかし、もし死神が彼をサルベージしたら。
 そう思うと、居ても立っても居られなかった。
「大丈夫ですよっ」
 タニア・サングリアル(全力少女は立ち止まらない・e07895)が明るい声音で、彼に笑いかける。
「ええ、ここで止めましょう」
 対して、闇に溶ける静かな声音。囁くように、シア・メリーゴーラウンド(実らぬ王冠・e06321)が頷く。
 つと見据える先には、淡く光る魔法陣。その輝きはまだ力なく、次の召喚まで間があることを示す。
 其を創るは――。
「あれがメーアの敵ですか」
 メルカダンテ・ステンテレッロ(茨の王・e02283)が問うた。
 問いかけられた方は、こくり頷くと、喜びにきらりと瞳を輝かせる。
「まぐろーん! ようやっと会えたデスよ! さぁそんな油っこいのに構ってないで、ウチの子になるのデス!」
 その場でばっと両腕を広げ、メーア・アルケミス(ヴァイストゥーン・e00089)が自らの存在をアピールする。
 常は気怠げな印象の彼女が、敵に対するにはあまりにも友好的で明るい様子に、
「あはっ」
 アンノ・クラウンフェイス(ちっぽけな謎・e00468)が思わず笑みを零す――もしかしたら、油っこいという言葉の方だったかもしれないが。
 だが、メーアの言葉にシュヴァルツトゥーンは特に反応した様子も無く。
 その姿を隠すようにゆらりと立ち塞がるは、理性無き笑みを浮かべるシャイターン。死者であることを示すかのように裂けた口よりだらりと零れた舌、既に肉体には無数の傷があり、それを隠すように炎が巻き付いている。
 その姿を敵ながらに痛ましいと思うか否かは個によって違うだろうが。
「死という終わりがあるからこそ、生きる命は美しく愛おしい。それを乱す者を許しはしません」
 淡々と告げ、シルク・アディエスト(巡る命・e00636)のアームドフォートが盾のように展開する。それは咲き誇る花のように。
「終わりを迎えた命に再びの安寧を。そして、終わりなき命に終わりを――さあ、命の巡りを正しましょう」
 シャイターンと、その奥でケルベロス達すら意に介さず、儀式を続けるシュバルツトゥーン両者をまとめ見据え。
 とんとんと軽く地を蹴りつけつつ、首をひとつ鳴らしたラックス・ノウン(マスクドニンジャ・e01361)の答えはシンプルだった。
「ちゃっちゃと倒して思惑ぶっ潰したるわ」

●獣の死
「まぐろんとの仲を邪魔する輩をさっさとぶっ飛ばすデスよ」
 視界を遮られたことで、明確に機嫌を悪くしたメーアは、言うや否や、地を蹴り上げ、シャイターンとの距離を詰める。演算によって導き出された相手の急所へ、強烈な一撃を叩きつける。
 腹腔を揺さぶるその衝撃に前のめりになりながら、凶暴性しか宿さぬシャイターンの澱んだ瞳が、じとりと彼女を追うのを、涼やかな詠唱が遮る。
「花の鎖は艶やかに。心に絡みつけば、ほら、もう目が離せない」
 シルクの周囲に菫の幻影が生み出される――花の鎖。美しさかゆえか宿る魔力ゆえか、死者であっても魅入ってしまう。
 その間、ケルベロス達は容赦なく攻め込む。
 シアのブレイブマインでバックアップを受けたラックスと、アンノが左右でほぼ同時に跳躍、挟撃する。
「とりあえず動かんといてな」
 流星の煌めき纏うスターゲイザーが双方から交差するように、斜めに走る。回避できそうにない両者の攻撃を、身体を倒しながら獣のように駆け、被害を最小限に留めたのは流石というべきか。それでも両肩から背中まで、ざっくりと赤い裂け目が残る。
 その動きを阻むように背後で構えたまま、あは、とアンノが笑みを落とす。
「死体と遊んでも面白くないからね」
 ――前座はさっさと片付けて本命に登場してもらうよ。
 目を細めた笑顔、口調はそのままに、だがどこか凍えるような凄みがあった。
「跪け、死骸よ」
 厳かに、メルカダンテが発する。時空凍結弾がアスファルトに薄く霜をかけながら、弓を持つシャイターンの腕を捉える。
 間を開けず、赤いツインテールを靡かせタニアが仕掛ける。
 寸前でぐっと堪えた反動を重いきり乗せた、小柄な身体からは想像も付かぬ強烈な蹴撃。傷付いた背を、更に撃つ。
「さっさと倒れるのですよ!」
 叫んだ彼女は、肌をちりりと焦がす熱を感じ、一足に飛び、退く。
 ガァアアァ、獣じみた雄叫びは怒りか。
 仰け反るように咆えたそれは全身に炎を纏い――その熱量はもっとも遠くに位置する梨尾さえ、顔をしかめたほどだ。
 レーヴェ、相棒の名を呼べば、主の意をすべて聴かずともそれは動く。
 シルクの前に立ち塞がったビハインドを、蜷局を巻く炎が包み込む。が、すかさず梨尾がジョブレスオーラでその傷を癒やす。
「ありがとうございます……では、お返しさせていただきましょう」
 前者はレーヴェへ、後者はシャイターンへ、シルクは『適者生存』の主砲を解放する。
 砲撃は音と同時に着弾し、シャイターンの左肩が爆ぜた。煙が晴れてみれば――それは左手で受け止めていたようだった。黒く焦げ付いた掌はひどい様子だが、既に死し、理性を失った者はにやりと笑うばかり。
「死してなお操られるのはどんな気持ちなのだろう」
 小さな嘆息はメルカダンテ――タニアは思い切り首を左右に振る。
「うう、あんなのタニアは嫌なのです」
「悪い夢というのはああいう状態をいうのかもしれない、ですわね」
 だから、さっさと終わらせるわ。
 シアはそう囁いて一歩前へ出る。夢色の髪がさらりと音を立て。長い腕を伸ばせば、月光の肌は闇夜に淡く輝く。
 まるで舞うように――彼女は謳う。
「真夜中の一分前 雨の影 嘘の色 真実や幻想を どうか 語れぬようにしておくれ」
 生み出された幻惑の檻。メリーゴーランド状の檻は幻想的でありながら、内に閉じ込めた者を逃しはしない。
 その上から振り下ろされるは、軽く、高く跳躍したアンノのルーンアックス。
 笑顔のまま、容赦なくシャイターンの弓ごと肩を深々斬り下ろす。
 鎌を背負うように手にしたラックスが、仲間達の間を縫って、更にシャイターンの横を駆け抜けた。
「おとなしく寝とき」
 すれ違う一瞬、囁く。そして死を纏う鎌が首筋を撫でた。
 彼がくるりと軽く身を返した時、死者の首は地に落ちて、遅れて身体が倒れ込む。
 想定以上に早い撃破――これで終わりでは無い。
「気を抜くな……ここからが本番です」
 冷たく射貫くような強い眼差しでもって其を見据え、メルカダンテが告げた――そう、狙うは死神の撃破なのだから。

●シュヴァルツトゥーン
「ガブッとな」
 飄々とラックスより放たれた黒きスライムの槍は、前進するシュヴァルツトゥーンの形に添うように横へと滑る。
 そのままトップスピード、ケルベロス達へ向かって一直線に突進してくる。
 其は黒い弾丸の如く――もはや目視も追いつかぬほどの速度となって、ケルベロス達を蹴散らした。
 通りすがりにぺしりと尾ひれが頬に当たり、メーアは口の端から血を流したが、
「はうっ、ありがとうデス」
「……無事なら結構、ですわ」
 思わず礼を言ってしまう。この戦闘が始まってからずっとなので、シアは淡々と輝く鎖で仲間の傷を癒やす。
 それにしても厄介だと、口にせずシアは戦況を見やる。
 今も死神はすーっと流れるように宙を泳いでいる。直線的な動きは読みやすいかと思いきや、不意にギアを切り替えたかのように加速する。あまりに早すぎて、その姿を捉えきれぬのだ。
 いくつか放った攻撃も綺麗に決まったものは少なく、黒銀の躰は未だ艶やかだ。
「ほんまけったいなヤツやな」
「しかし、通用していないわけではありません……辛抱強く、削っていきましょう」
 嘆息混じりのラックスがぼやけば、シルクは軽く頭を振ると『適者生存』の主砲を解放し――先の戦いでは盾だったそれは、今は射撃型へと変じている――狙い澄まして、放った。
 其を号砲に、梨尾はエアシューズで滑り込む。着弾にあわせ、炎を纏う蹴りを思い切り叩きつけた。
 轟音と立ち上がる炎で死神の姿を隠す。しかし、更に淡々とした詠唱が畳みかける。
「星喰らう影、天を蝕む黒き水泡、因果を捻じ曲げ、理を歪めよ」
 アンノの魔術領域が広がる――反転世界・【黒天】は死神を包み込む。
 そして、小柄で儚い体躯に似合わぬ大きな剣を振り上げたメルカダンテが迫る。凶悪なモーター音を立てる剣を至近距離より容赦なく叩きつける。
 手応えはあった。が、その剣がぐっと圧されたと思った瞬間、肩を思い切り引かれ、後ろへと転がるように退く。無防備な彼女をぐいと後ろに引っ張ったのはタニア。
 死神の前へと身体を滑り込ませたのはレーヴェ――と認識できたのは一瞬で、獅子の半身は思い切り飲み込まれている。
 そのままレーヴェから生命力を奪い取って、ぐんと一伸び、死神は宙へと逃れる。
「レーヴェ……ありがとう」
 後は任せてくださいと姿を薄くしていく相棒へ労いの言葉をひとつ、梨尾は堪えるように拳を強く握った。
 軽く埃を払いながら、メルカダンテも鋭い視線を向けた。
「魚モドキ風情が生意気だな」
 甘くみていたわけではないが、やはり強い。先程のシャイターンなど可愛いものだ。
 疲労と負傷が蓄積し、少しずつ動きが鈍くなっている自覚に焦る――後どれだけ耐えられるのだろう。
 ぶんっとタニアは思い切り首を振って、ネガティブな思考を追い払う。
「逃がしはしないのです! 絶対にこっちの情報を持ち帰らせたりはしないのですよ!」
 本当のところ――恐怖を感じないわけではない。
 力を籠めて震えを堪え、立っていた。仲間達のため、そしてメーアのために。
「来るなら来いです! タニアが皆さんを守るのです!」
 気合いの声は自らを奮い立たせ、賦活を促す。
 そんな彼女の姿に僅かに口元を緩ませたシルクは、直ぐに表情を改める。
「シュヴァルツトゥーンが見えません……何処へ!?」
 ふと、シュヴァルツトゥーンが姿を消した。その目的に、真っ先に気付いたのは、シアだった。
「タニア様――上、ですわ」
 いつもよりいささか大きな声が届くのと、タニアの真上に飛び上がった大きな魚影を確認するのはほぼ同時。
 全力で駆ければ、逃れられるかもしれないが――。
「逃げたり、しないのです!」
 喝し、正面から受け止める。半身を持って行かれたような衝撃と痛みに歯を食いしばり、彼女は纏う武器すべてを使って、死神を押さえつけた。
 彼女の足下に夥しい血が広がっていく――だが、仲間達は彼女の覚悟を理解し、案じるよりも先、仕掛ける。
「シアさん、任せました」
「ええ、お任せください」
 シルクの声にシアがすかさず応え、オーラを溜める――それを横目で確認し、彼女は死神へ影の弾丸を撃ち込んだ。
 黒影弾は黒銀の胴にぶつかると、見えぬほど細かく走った傷へ、じわりと浸食していく。
「タニアくんが頑張ってくれたしね、ほーら」
 どこか惚けたような言い回しだが、アンノの腕から伸びた鎖は堅く強化され、金属が擦れる音が聞こえた時には既に死神の全身をでたらめに搦め捕っている。
「あはっ、さすがにこれじゃあ一本釣りは無理そうかな?」
 ぐっと腕を引っ張る力は尋常では無い。だが、逃しはしない――白い前髪の間から覗く赤い瞳で、しかと死神を射貫く。
 動きが阻まれたそれへ、軽い雄叫びをあげつつ、梨尾が氷の力を籠めた一撃を叩きつければ、巨大な身体にうっすらと氷が張っていく。
 未だ逃れようと身じろぎしているが、先程までのように一気に打破できる力は、もう無いようだ。
 ――重ねてきた一撃一撃は、確かに死神を追い詰めていた。
「奇跡を殺せ、ルクスリア」
 貫く槍――それが死神を貫く感覚に『終わり』を感じ、メルカダンテは叫ぶ。
「メーア! おまえの敵だ!」
 勝利のため、ずっと守りに徹してきたが――せめて最期は。
 声が響き終わるよりも先、既にメーアは飛び出していた。
「まぐろーんは止まらないデスよ」
 自らに備えたマグロ型追加ブースターを用いた超加速突撃――トゥーンファーレン。
 それは一筋の白き閃光のように見えたであろう。何もかも省みず、全身でシュヴァルツトゥーンへ飛び込んだ。
 衝撃はその流線型の腹を突き破るほど。
 大きく腹を抉られ、三日月のような形になった黒き死神は、天を仰ぐような姿勢で僅かに震えた。
 徐々に瞳から色が消えていく。同時に、腹の傷や尾の先からぽろぽろと黒い塵が毀れ落ちていく。
「まぐろーん! メアは……」
 そんな事は望んでいないと、崩壊を止めようと手を伸ばしたメーアだが、それは止められない。
 失意に膝をつき――瞬間、彼女は信じられないものを見たように、目を瞠る。
 死神の闇色の躰は、白く輝いていた。
 欠けた形はそのままだが、背びれの先まで優雅で美しい白――ケルベロス達も思わず息を呑むほど。
 それはかつて彼女に『心』を与えた美しい白鮪の姿であった。
 だが、シュヴァルツトゥーンがその姿だったのは一瞬のこと。そのまま跡形も無く形は崩れ落ち、消滅した。
 ケルベロスに討たれたデウスエクスは、死を得る。何度も見てきたことだ。
「……さよならデス、まぐろーん」
 メーアの掌に残った僅かな燐光――ぎゅっと拳を握り、彼女は小さく、別れを告げた。

●鎮魂
 ぼうっと座ったままだったメーアの肩をタニアが軽く叩く。
「お疲れ様ですよ!」
 未だに少しふらふらしており、シアが支えられているが、明るい笑顔で彼女は笑いかける。
「……ええ、援軍は不要なようですね。ご苦労様でした」
 無線から、次々に報告が上がる――淡々と応答しているメルカダンテの姿は、堂に入っている。
「どうやら他も終わったみたいだねー、お疲れ様」
「お疲れさんや。はー、しんど」
 同じく無線で報告を聞いたアンノが皆へ知らせると、ラックスは思い切り伸びをした。
 それぞれに労いあう仲間達に安堵の吐息を零したシルクだが、
「梨尾さん?」
 ふと、別の方角を見ている梨尾に気がついて声を掛けると、彼は笑った――どこか寂しげに。
「皆さん、先に戻っててください」

 静かに仲間の背を見送って、人知れず、梨尾は別の場所を目指す。かつて、父が死んだ其処へ。
 物言わぬレーヴェに見守られながら、梨尾はタンポポの綿毛へ、そっと息を吹き付ける。
 暗く沈んだ街、より暗い空へ、純白のそれが舞い上がる。
 祈る言葉は裡に――ただ、安らかに、と。

作者:黒塚婁 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年6月3日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 9/感動した 2/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 5
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