紫のビフレスト~融合、千手観音ビルシャナ

作者:一本三三七

●紫のビフレスト
 京都市東山区。
 鎌倉から飛び散ったビフレストの一つ、紫のビフレストは、千手観音を本尊とする、平安後期より続くというお堂へと吸い込まれるように飛来する。
 貴色たる紫の光が、お堂を満たすと同時に、そのお堂にまつられた等身大の仏像達が、金色色に光り輝いた。
 光り輝く仏像は、神々しき黄金の光の翼をまとい、その姿を変化させていく。
「我こそ、風神。風神ビルシャナでござる」
「我こそ、雷神。雷神ビルシャナ推参」
 そして、黄金の光がおさまった時。
 2体の仏像は、仏の姿を模したビルシャナへと完全に姿を変えていた。
 風を操る風神ビルシャナは、背中の大きな袋を武器とし、風のグラビティで攻撃を行う。
 雷を操る雷神ビルシャナは、背中に装備したアームドフォートより雷のグラビティを発するのだ。
 更に、仁王の形相で立ちふさがるは、密迹金剛力士ビルシャナが、ドスコイと張り手をかますと、三十三間の廊下がビリビリと震え、次々と、仏像と融合せしビルシャナが動き出したのだ。
 まずは、最も強大な力を発する4体の仏像がビルシャナ化する、
「東方天ビルシャナ、大威徳をもって紫のビフレストの東方を守護せしむ」
「南を守るは毘楼勒叉天ビルシャナ。紫のビフレストを狙う邪鬼が来たらば踏みつけてくれよう」
「ならば、その敵を見つけるは我が仕事。西方守護、浄天眼の毘楼博叉天ビルシャナの目から逃れようと思うな」
「七福神たる、毘沙門天ビルシャナ推参。十二天と二十八部衆も兼ねる我の前に敵は無い」
 紫のビフレストの四方を守る四天王達だ。彼らは二十八部衆の中でも最も武に長けた者達である。
 だが、彼らの名乗りの直後、一体の仏像がササミへと変わり、ポトンとその場に落ちた。
 続けて、もう一体。ササミと変わりポトンと落ちる……。
「梵天、帝釈天……。なんと変わり果てた姿に……」
 その隣でビルシャナ化した仏像、毘婆迦羅王ビルシャナがヨヨヨと涙を流す。
 紫のビフレストの力をもってしても、彼ら2体の強力な仏のビルシャナ化は難しかったようだ。
 その毘婆迦羅王ビルシャナの肩を、紫色の羽毛の五部浄居天ビルシャナがそっと抱いて慰める。
 その慰める五部浄居天ビルシャナの隣で、もう一体の仏像がササミと変じてポトンと落ちた……。
「あぁ、沙羯羅王っ! と思いましたが、彼はドラゴンですから、融合は無理出したねぇ」
 毘婆迦羅王ビルシャナは、そう冷静に分析した。
 落ちてきたササミ肉も鳥では無く、トカゲの肉に違いない。
 以後は、ササミになる仏像はしばらく無く、次々とビルシャナと融合した仏像が、動き出していった。
「八部衆、阿修羅王ビルシャナ推参」
「右に同じ、天上の楽の音、乾闥婆王ビルシャナでございます」
「左に同じ、空の王者、迦楼羅王ビルシャナなり」
「右斜め前に同じ、緊那羅王ビルシャナです。乾闥婆王ビルシャナと迦楼羅王ビルシャナを足して3で割った感じです」
「左の斜め前に同じ摩侯羅迦王ビルシャナです。特技は特に無いです。特技欲しいです」
 続いたのは八部衆だが、どうやら五人しか居ないようだ。
 その後、三鈷杵という独特の武具を持つ、金大王ビルシャナ。
 どこかの海神がもっていそうな三叉戟を振りかざす、満仙王ビルシャナ。
 弓装備の金毘羅王ビルシャナが続く。
 そして、ひときわ大音声で宣言するのは、
「我こそ、七福神が一柱、大暗黒天ビルシャナなりっ!」
 満善車王ビルシャナであった。
 大暗黒天と名乗った方が強そうだと思ったらしいが、彼の名は満善車王ビルシャナである。
「孔雀明王ビルシャナ。この夜の邪悪を喰らうは、この俺だ」
 そう宣言するのは、金色孔雀王ビルシャナ。
 こちらも、明王を名乗りたいだけのようだ。
 この2人を困ったように見るお姉さんビルシャナは、大弁功徳天ビルシャナ。
 見た目ではあまりわからないが、ビルシャナ的には妖艶な美女である。
 更に、馬頭型の兜をかぶったのが神母天ビルシャナが続き、左手に持つ宝珠から触手を伸ばして敵を攻撃するのが、散脂大将ビルシャナが、のそりと動き出した。
 そして、久しぶりに仏像がササミに変わり、ポトンと落ちる……。
 難陀竜王は、ドラゴンであるのが原因であろう。
 難陀竜王の変わり果てたササミ姿に、摩醯首羅王ビルシャナは、羽毛の無い地肌に、憤怒の鳥肌を見せたのだった。
「我ら28天と風神雷神の2天」
「引くことの、ササミ四枚で、26天ビルシャナ。必ずや、紫のビフレストをお守りいたします」
 婆藪仙人ビルシャナと、摩和羅女ビルシャナの男女2名が、そう最後の口上を述べた。
 彼ら2人は、ビルシャナ達の中で、もっとも人間に近いシルエットのビルシャナである。
 その口上を聞くのは、背中に20対の翼を持つビルシャナ。
 このお堂の主たる、千手観音ビルシャナ。
 その手には、紫のビフレストがしっかと握られていた。

●虹の光の行方
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は、ダンジョンの探索を終えて戻ったケルベロス達を集めて、事件のあらましを語った。
「虹の城ビフレストより放たれた光の行方がわかりました。最も強き光は鎌倉でダンジョンとなりましたが、残る6つの光も、日本各地に飛来し、残霊現象を引き起こしているようです」
 残霊とは、デウスエクスの幽霊のようなもので、主にダンジョンで発生するのだが、ビフレストの力により、かなりの数の残霊が一斉に出現してしまったようだ。
「皆さんに向かってほしいのは、京都のお堂です。そのお堂にあった31体の仏像が27体のビルシャナの残霊と融合し、仏像型のビルシャナとなってしまったのです」
 そのお堂にあった28部衆の仏像のうち24体と風神雷神の仏像、そして本尊である千手観音像の27体であるらしい。
「残霊であるビルシャナ1体は、ケルベロス1人と同程度の力を持っています。1体だけ、本尊である千手観音と融合したビルシャナの残霊のみ、デウスエクス並の力を持っています」
 セリカは、そう説明すると、この作戦の概要を説明した。
「この事件を解決するには、千手観音と融合したビルシャナの残霊には4名1チーム。残りのビルシャナの残霊に対しては1対1で、合計30名による強襲作戦が有効という予知がありました。
 皆さんには、今から京都に向かい、仏像と融合したビルシャナを撃破し、千手観音が持つ紫のビフレストの破壊をお願いします。
 また、ビフレエスト破壊後は、破壊した仏像にヒールをかけて修復するようにお願いします。
 ヒールで多少形は変わってしまいますが、貴重な仏像ですからね」
 そこまで説明すると、セリカは、依頼を引き受けてくれるケルベロス達に、成功の願いを込めて頭を下げるのだった。


参加者
壬育・伸太郎(鋭刺颯槍・e00314)
篠宮・紫(黎明の翼・e00423)
乾・凍摩(銀影刃・e00947)
天童・大義(楽しげな爺・e00996)
那々宮・しあの(インカローズハート・e01100)
藤守・千鶴夜(ラズワルド・e01173)
アニエス・ジケル(銀青仙花・e01341)
日色・耶花(くちなし・e02245)
クイン・アクター(喜劇の終わりを告げる者・e02291)
冷泉・雅緋(黎の放浪者・e02595)
物部・帳(お騒がせ警官・e02957)
瀧尾・千紘(唐紅の不忍狐・e03044)
柊・おるすてっど(戦場では無敵の人・e03260)
左桐・はざみ(千紫万紅・e03956)
ジェノバイド・ドラグロア(番号八百八十八の紫龍種複製体・e06599)
神白・煉(死神を追う天狼姉弟の弟・e07023)
狐村・楓(闊達自在な螺旋演舞・e07283)
佐々木・照彦(レプリカントの住所不定無職・e08003)
リュセフィー・オルソン(オラトリオのウィッチドクター・e08996)
千歳緑・豊(喜懼高揚・e09097)
ブラス・ライラック(磊落な大猩々・e09117)
安岐・孝太郎(書籍術式蒐集家・e09320)
エイト・エンデ(奮う雷霆・e10075)
志藤・巌(壊し屋・e10136)
パトリシア・シランス(紅蓮地獄・e10443)
ヨナ・トトロック(忘却の・e11431)
赤井・火澄(炎拳・e13068)
鷹司・灯乃(ウェアライダーのブレイズキャリバー・e13737)
月白・灯(オラトリオのミュージックファイター・e13999)

■リプレイ

●正面突入、ケルベロス
 鎌倉から飛び散ったビフレストを追い、京都までやってきたケルベロス達は、京阪本線の七条駅地上出口に集結していた。
「突入は正面から全員堂々といくぜ!」
 獄刀・鬼牙を肩に担いでそう言い切ったジェノバイド・ドラグロア(番号八百八十八の紫龍種複製体・e06599)に、日色・耶花(くちなし・e02245)が、
「バーンっといきましょうねっ!」
 と同意する。
 勿論、集結したケルベロス達に否やはない。
 柊・おるすてっど(戦場では無敵の人・e03260)などは、阿弥陀如来のコスプレまでして戦意を高めてくる。
 千手観音は菩薩で、阿弥陀如来は如来なので、格的には如来が上になる。
 更に、阿弥陀如来と千手観音は、梵字がほぼ同一であるという因縁があるため、なんらかの挑発になるかもしれない。
「今回は明確な被害者も居ないので純粋に戦闘を楽しめるっすね!」
 狐村・楓(闊達自在な螺旋演舞・e07283)がコスプレ姿のおるすてっどをフォローするように言うが、小さな胸は戦いの予感にときめいていた。
 どうやら、戦国最強武将上杉謙信の守護神にして四天王の一角・武神毘沙門天は、相手にとって不足は無いようだ。
 最後に、左桐・はざみ(千紫万紅・e03956)が、
「信仰の地だし観光名所だしねぇ。勝手な事されると困るね」
 と、ビルシャナの非をならし、ケルベロス達は、三十三間堂へむけて進軍を開始した。
 敵が仏像だろうと明王だろうと鎌倉奪還戦を勝ち抜いた自分達に恐れるもなどありはしない。
 ケルベロス達の瞳は、自信に溢れていた。

●風神・雷神の門
 ケルベロス達が三十三間堂へと正面から近づくと、三十三間堂の入り口を守る2体のビルシャナが、こちらも正面から堂々と立ちふさがった。
 三十三間堂の入り口を守るのは、神の名を冠する二体のビルシャナ、風神雷神である。
「我ら風神雷神いる限り、ここは通さないでござる」
「雷神ビルシャナ、推して参る」
 風よ吹け、雷よ轟けとばかりに、ド派手に登場した二体のビルシャナ。
 それに対するは、ドラゴニアンのヨナ・トトロック(忘却の・e11431)と、オラトリオの物部・帳(お騒がせ警官・e02957)の2名のケルベロスだ。
 奇しくも、ケルベロスが出現する以前から、人間達を守る為に戦っていた2種族が、先陣を切ることとなる。
「ここは、私たちに任せて先に行くのだ」
「この場は本官達が預かるであります」
 ヨナと帳の言葉に静かにうなずき、残る28名のケルベロスが三十三間堂に駆け込んだ。
「待つでござる、ここは通さないと言ったでござる」
 慌てて突破を阻止しようとする雷神ビルシャナが放った風をヨナがふんぬと受け止め弾き飛ばした。
「其の程度のそよ風、私の鱗には通じんぞ」
「風神の……。ならばっ!」
 風神ビルシャナがヨナに動きを止められたのを見た、雷神ビルシャナは、雷太鼓を叩き、その勢いで飛び上がり、突破したケルベロス達へと追いつこうと電光石火の動きを見せる。
「さすが雷神殿であります。ですが、私も雷神の巫術使い、逃すわけにはいかないのであります」
 ふわりと、こちらも浮き上がり、カラスの翼で雷神ビルシャナに追いつくと、帳はリボルバー銃、捕鳥部万の照準を合わせて撃ち放った。
「敵に後ろを見せるとは、雷神の誇りは無いのでありますか?」
 その言葉に、雷神ビルシャナは振り向き、帳を憎々しげに睨みつけた。
「ようほざくわ。ならば、その良く回る口を閉ざしてから、侵入者を排除してくれる」
 ヨナと帳と風神雷神の戦いが、今始まる。

●阿吽の仁王、ここにあり
「ドスコーイ」
 密迹金剛力士ビルシャナと那羅延堅固王ビルシャナが三十三間の廊下を震わせて四股を踏み、目にも留まらぬ張り手を次々と繰り出した。
 まさに阿吽の呼吸で繰り出される張り手は、難攻不落の鉄壁城塞だ。
 この阿吽の仁王を排除しないかぎり、ケルベロス達は前に進む事はできないだろう。
 仁王の迫力の前に、ケルベロス達が思わず足を止めたその時、
「ここは、私に任せてもらおうか」
 172cmの身長にゴリラの筋肉を秘めた女傑、ブラス・ライラック(磊落な大猩々・e09117)がのっそりと前に出る。
 更に、
「あんたの相手は…俺だ! 拳闘士、赤井火澄! 正々堂々勝負!」
 赤井・火澄(炎拳・e13068)は、両拳を胸の前で合わせて一礼すると、強く強く握りしめたガントレットを那羅延堅固王ビルシャナにつきだした。

「張り手勝負ならば望む所だ! うぉりゃー」
 阿吽のビルシャナとブラス、火澄の張り手と拳が地を割り空を裂くようにぶつかりあい、飛び散る汗と気迫が、炎と化して周囲に舞いちった。
「やるな、仁王」
「お前もな、ゴリラ女」
「俺の右手は地獄だぜ」
「ならば、我が張り手は天である」
 2人と2体はにぃっと笑うと、正面から左右交互に張り手と拳を撃ちあった。
 ブラスの左手から繰り出される降魔真拳張り手。
 ブラスの右手から繰り出される獣撃拳張り手。
 密迹金剛力士ビルシャナは、次第に押され押され、遂にはブラスの降魔真拳によって、その魂を打ち砕かれ三十三間堂の廊下に沈んだ。
「仁王、良い戦いだったぞ」
 そう言う、ブラスに密迹金剛力士ビルシャナは、満足気に頷き仏像に戻り崩れ去った。
 火澄もまた、右手の地獄を宿した降魔真拳の拳に加えて、足技をも繰り出して、那羅延堅固王ビルシャナを圧倒していった。
「張り手勝負に付き合ってやりたいところだが、仏像は壊したくねーんだ。さっさと成仏してくれ」
 旋刃脚が急所を貫き、そして、降魔真拳が那羅延堅固王ビルシャナの戦う意志を削ぎとった。
「どうやら地獄の勝ちだったようだな」
 火澄の勝ちゼリフに、那羅延堅固王ビルシャナは何も言わずに膝をつき仏像へと戻ったのだった。

●四天王は四方の守護なりて
 阿吽の仁王を突破し、本尊へと向かう26名のケルベロス。
 が、そのケルベロスの四方を囲うように4体のビルシャナが現れた。
 彼らこそ、ご本尊の外側四方を護る四天王に違いない。
 仏法の守護神四天王。その威容は、ビルシャナの羽毛を纏っていてさえも、武の化身と言わざるをえない。
 だが、ここで引き下がるケルベロスでは無い。
 鋭い目つきで、東方天ビルシャナを睨みつけ、志藤・巌(壊し屋・e10136)が一歩前に出る。
「お前との戦績は、7勝3敗だな。だが、ここ4戦は4連勝だぜ、負ける気がしねぇよ」
 巌は挑発的にそう言うと、言葉に反して深々と一礼してみせた。どうやら、ここに来るまでのイメージトレーニングは十分であるようだ。
「キミの武器は戟みたいだね♪ なら、おいらは遠くからチクチク削っちゃおうかな☆」
 クイン・アクター(喜劇の終わりを告げる者・e02291)は、チャラチャラしながらそう言うと、毘楼勒叉天ビルシャナに距離を取りつつ攻撃を仕掛ける。
 ジェノバイドは、宣言通り正面から毘楼博叉天ビルシャナに戦いを挑む。敵となるビルシャナは特に目が良いという話を聞いている、そういう相手には虚実を交えた戦いよりも、力で捻じ伏せる戦いが良い。
 彼は、そううそぶいた。
「西方守護毘沙門天、相手にとって不足なし」
 楓は、そう言うが早いか、毘沙門天ビルシャナの前で一回転して跳ね上がると、そのまま壁を蹴り上げ天上に着地、天上に設置したエアシューズに力を込め一気に毘沙門天の頭上から斬霊斬をお見舞いした。
「うぬぅ」
 と唸りつつ、戟を振るう毘沙門天ビルシャナの攻撃を側転の要領で回避すると、そのまま踊るように距離を取る。
 この楓の攻撃が、四天王との戦いの幕開けだった。
 巌は、まるで詰将棋のように東方天ビルシャナを追い込んでいた。
 勿論、東方天ビルシャナも、四天王の名に恥じぬ攻撃の冴えを見せ、巌を危地に追いやろうとする。
「こんなモンかよ、オイ!?」
 だが、その攻撃も、巌の剛毅さの前に後が続かなかった。
「お前とサシで死合えて、楽しかったぜ。だが、ここまでだ。『……沈め!』」
 逆に、東方天ビルシャナの一撃後の隙を見逃さず、巌は嵐のような連続攻撃によって、戦いの帰趨を決したのだった。
「轟天嵐打。お前を葬った技の名だ、この名を冥土の土産にするんだな」
 東方天ビルシャナは、崩折れながらも巌の言葉に頷き、
「轟天嵐打か、良い土産をもらった……」
 動かなくなった。
 クイン・アクターと毘楼勒叉天ビルシャナの戦いは、巌達の戦いとは全く様相を変え、距離をとりながら戦うクインを、毘楼勒叉天ビルシャナが追い詰めようとする展開となっていたが、
「イライラしてきたみたいだね♪」
 次第に、追いつめられそうになるとケルベロスチェインに地獄の炎を纏わせて牽制しつつ、立ちまわるクインが、戦いの主導権を握り始めていた。
「おいらも彫刻家だからね、人の彫刻でおいたする奴はゆるせないんだよ! わかるかな?」
「猪口才なっ!」
 かなり苛立っている毘楼勒叉天ビルシャナは、クインの挑発に乗って大きく戟を振るってしまう。
 その攻撃を体に受けつつも、待ってましたとばかりに、クインはひらりと跳躍し、毘楼勒叉天ビルシャナを踏みつけ、その体の中心に、ブレイズクラッシュを叩き込んだ。
「木製の仏像だから、きっと良く燃えるよね」
 その言葉の通り、ブレイズクラッシュを受けた毘楼勒叉天ビルシャナは炎に包まれた。
「それに、餓鬼を踏みつけてばかりじゃなく、踏まれる気分を知ることも重要だよね☆」
 踏みつけた足を更にげしげしと踏みにじり、クインはヘラヘラと笑ってみせるのだった。
 一方、ジェノバイドと毘楼博叉天ビルシャナとの戦いは、まさに血戦の様相を呈していた。
 互いに足を止めて殴り合う。それは戦闘というには稚拙ですらあったが、その戦いを止めるものは誰もいなかった。
 と、その時、
「羅刹族秘儀三鈷双剣撃……」
 毘楼博叉天ビルシャナの必殺技が炸裂し、ジェノバイドを串刺しにしたのだ。
 腹部を貫通した三鈷戟は、その形状から内蔵を大きく損傷させ背中に突き抜ける。
 鮮血が飛び散り、三十三間の廊下に血の海を作った。
「お前は真の勇者であった。安らかに眠れ」
 毘楼博叉天ビルシャナは、翼を大きく開き、ジェノバイトの冥福を祈りつつ、三鈷戟を引き抜こうとした。
 が、
「ぬっ抜けない……だと」
 毘楼博叉天ビルシャナは驚愕の表情でジェノバイトを見る。
 すると、今まで死人としか見えなかったジェノバイトがカッと目を見開いているでは無いか。
「紫龍の逆鱗に触れやがって! スプラッターにしてやらぁ! たとえ俺が狂気に蝕まれたとしてもなぁ!!」
 ジェノバイドは、三鈷戟に貫かれたまま、半ば暴走したように闘争心の塊となり、紅紫龍狂化乱撃・燈牙でもって、毘楼博叉天ビルシャナを切り刻んで倒し、そして、自らも血の海に倒れたのだった。
 その血戦を横目で見つつ、楓は、毘沙門天ビルシャナとの戦いに集中していた。
(「四天王同時撃破とかしたかったすけどね。どうやら、楓さんが最後みたいっすねぇ」)
 だが、ここで焦っては敵の思う壺である。
 楓は、ルナティックヒールで傷を癒しつつ、毘沙門天ビルシャナの攻撃を躱しいなす。
 楓のヒットアンドアウェイの戦法は、武神相手にも十分に通用していた。
 が、いかんせん決定力に掛けていた。
「良い勝負っすよね、終わらせるのが惜しいっすよ」
「いかにも。だが、其の程度の攻撃で我を倒す事はできぬぞ」
「わかってるっす。だから……」
 ここで、楓は防御を捨てた。
 全ての防御を捨て、毘沙門天ビルシャナの攻撃の前に身をさらすように前進すると、全身全霊をかけた一撃を叩き込んだのだ。
「伝承奥義『無銘の型』」
 一瞬、静寂に包まれた戦場に、楓の声だけが響いた。
 一拍遅れて、毘沙門天ビルシャナが宝塔を振るう。だが、それは万死に一生の無名の型に届くには遅すぎた。
「それじゃあ、お別れっすよ」
 楓の死を告げる言葉に、毘沙門天ビルシャナは瞑目してその死を受け入れた。
 ここに、四天王は全滅し、ケルベロス達は新たな戦場へと歩をすすめるのだった。

●3枚のササミとケルベロス
 四天王勢を激戦の上突破したケルベロス達は、次なるビルシャナ仏の居場所へと到達した。
 そこに居た2体のビルシャナは、だが、ケルベロス達に構うこと無く、3枚のササミの前で泣き崩れていた。
 泣き崩れているのが毘婆迦羅王ビルシャナ、その肩をそっと抱いているのが、五部浄居天ビルシャナ。
 羽毛の生えた仏像という異形でなければ、そして、涙の原因がササミでなければ、美しい光景であったかもしれない。
 そんな泣き崩れている毘婆迦羅王ビルシャナに、
「こんにちはー。一戦いいかしら?」
 と、耶花が遠慮がちに声をかけた。
 その声に涙を拭いて前を向く、毘婆迦羅王ビルシャナ。
 すると、あわてたように、3枚のササミを体の影に隠してしまった。
 どうやら、ケルベロス達の一部がササミを食おうと狙っている事を、敏感に察知したらしい。
「怯えなくて大丈夫よ。そのササミは責任をもってヒールするから。だから、戦いましょう」
 そう言った耶花の目を見つめると、毘婆迦羅王ビルシャナは、軽く頷いて立ち上がった。
「どうやら、あなたは信頼できるようですね。では、帝釈天と梵天の事、よろしくお願いします」
 毘婆迦羅王ビルシャナは、帝釈天と梵天の2枚のササミともう一枚の沙羯羅王のササミを分けると、廊下に並べておいたのだった。
「話はまとまったようだ。私達もはじめようかい?」
 毘婆迦羅王ビルシャナが戦う気になった事で、千歳緑・豊(喜懼高揚・e09097)も、紳士的に五部浄居天ビルシャナに声をかけた。
 紳士的な言葉に、五部浄居天ビルシャナは頷いたが、
「生憎と宗教と美術には明るくなくてね。五部浄居天というのを今回初めて知ったんだよ」
 続く豊の言葉に、急速に戦意を高めたのだった。
「貴殿は、言って良い事と悪い事があると習わなかったのかな? 紳士として」
 五部浄居天ビルシャナは、長短の二刀を構えて、豊に斬りかかる。
「正直は美徳なのだよ。紳士として」
 その攻撃に耐えた豊かは、こちらは二丁拳銃で迎え撃った。
「クィックドロウ」
 これより、二刀と二丁の戦いは、激しさを増していく。
 2人の戦いに言葉はいらないのか、戦闘が始まったあとは両者とも口を噤んで真剣に戦い続けている。
 だが、その激しい戦いも、五部浄居天ビルシャナの一撃によって終幕に近づいたのだった。
「これは、良いのをもらいましたね」
 その一撃は、豊の構造体まで深く断裂し、構造体内にのみ流れる粘液流体までが体外に流出し始めた。
「チェックメイトだね」
「そのようだ」
 口角をあげてクククと笑う豊に、五部浄居天ビルシャナが同意する。
 だが、豊は、首を横にふった。
「違うのだよ。チェックメイトは、君のほうだ」
 言うが早いか、最後の力を振り絞ったヘッドショットが、五部浄居天ビルシャナの頭部をいぬき、陶然と微笑んだのだった。
 一方、毘婆迦羅王ビルシャナと耶花は、互いに探りあいからの遠距離戦へと移行し、防御・回復を駆使しての静かな戦いを繰り広げていた。
「毘婆迦羅王ちゃん、戦い方はこれでいいの?」
「えぇ、問題ありません。手数が多くなれば紛れが少なくなり、勝つべきものが勝つ戦いとなりますから」
「そう、でも勝つのは私かもしれないわよ?」
「あなたが勝つべき者であるならば、それで構いません。それもこれも大菩薩の導きなのですから」
「よくわからないわね。でも、そういうことなら勝たせてもらおうかしら」
 耶花はそう言うと、美脚からの足技で毘婆迦羅王ビルシャナを翻弄すると一気に距離を縮め、高速回転させた右腕を毘婆迦羅王ビルシャナの胸に突き刺した。
「見事です。では、帝釈天と梵天の事を、よろしく……」
 毘婆迦羅王ビルシャナは、そう言うと、清々しい笑顔を見せて、仏像となって死を迎えたのだった。
「炙って梅シソ乗っけて一杯いきたい……とか言わなくて良かった。安心して、あなたも含めてきちんと修復してあげるから」
 耶花はそう言うと、宣言通りササミのヒールを行うのだった。

●我ら五人、護法善神八部衆なり
 3枚のササミのヒールを終えたケルベロス達は、四天王に匹敵する難敵、八部衆の元へと辿り着いていた。
 阿修羅王を筆頭とする八部衆は、様々な物語で主役級の活躍を見せる、仏像界の花形である。
 そんな八部衆を前にして、平静ではいられないケルベロスが居た。
「大好きです!」
 いきなり緊那羅王ビルシャナに告白しつつ果たし状を渡した瀧尾・千紘(唐紅の不忍狐・e03044)は極端な例だが、八部衆の五人と相対したケルベロスは、どこか、浮き足立っているようにも見えた。
「1対1ですかー絶対負けられませんねー」
 そう言って戦場に立った、月白・灯(オラトリオのミュージックファイター・e13999)であったが、八部衆筆頭阿修羅王ビルシャナの前に、防戦一方に追い込まれる。
 乾・凍摩(銀影刃・e00947)も、麻痺と毒を織り交ぜた攻撃で、善戦するも、乾闥婆王ビルシャナの楽の音による癒やしにより、麻痺や毒を無効化され、なかなか勝ち切れない。
 佐々木・照彦(レプリカントの住所不定無職・e08003)が、その老練な戦い方で、機動力のある迦楼羅王を抑えて優勢に戦いを進めていた為、戦線が崩壊する事こそ無かったが、状況はあまり良いとは言えなかった。
「ここは私が、素早く倒さないとですわね」
 告白するほどにビルシャナ愛に溢れた千紘だが、戦況を理解してなんとか状況を打開しようと猛攻を加えるが、無理な攻撃を凌ぎ切られれば、打つ手は少なくなる……。
 緊那羅王ビルシャナは、
「私の事を好きになってくれてありがとう。君の事は忘れないよ」
 と言いつつ、千紘を追い込んでくるのだ。
 天童・大義(楽しげな爺・e00996)が大器晩成撃で、摩侯羅迦王ビルシャナに一矢を報いたが、それだけで、状況が好転することは無い。
 状況は刻一刻と悪化していった。
(「阿修羅王は強かったです。強さを見せてもらうみたいな余裕は無かったですね」)
 灯は、薄氷の上で阿修羅王ビルシャナの猛攻に耐えながら、周囲の仲間達の様子を見る。
 どの戦いも劣勢か互角で、今すぐ、彼女を助けてくれる状況には無い。
 灯は、ここで覚悟を決めた。
 一対一で阿修羅王は倒せない。他の八部衆と戦う仲間も劣勢である、ならば、やるべきことは一つしか無いのだ。
「『届いて、みんなに。』」
 灯は、全身全霊込めて歌を歌う、その歌に反応するように翼が黄金に輝き、彼女の心のちからが、きらきら舞う光と共に仲間達に降り注いだ。
「私の優しさのかけら、どうか、受け取って」
 灯はその言葉と共に、阿修羅王の剣に貫かれ、戦場に倒れたのだった。
「灯さんっ!」
 灯の優しさのかけらを受け取った一人、凍摩は、今まさに阿修羅王に貫かれて地に倒れる灯に向けて絶叫する。
 だが、駆け寄る事はしない。
 仲間が自らの身を犠牲にして回復してくれた、この力、それは、目の前の敵と戦う力なのだから。
「思うように動きを鈍らせる事はできませんでしたが……。これ以上、だらだらしているわけにはいきません」
 凍摩は、戦法を切り替え、斬霊撃を中心にした組み立てで、乾闥婆王ビルシャナの体力を削り始める。
 乾闥婆王ビルシャナが回復せざるをえないダメージを与え、そして、回復した隙に次の打撃を押し込んでいく。
 ある意味ゴリ押しだが、凍摩の気迫が勝ったのか、乾闥婆王ビルシャナの勢いが大きく削がれていった。
 そして、
「これで、トドメといきましょう。キリングバインド!」
 凍摩は、殺意を一転に集中させて乾闥婆王ビルシャナに叩きつける。
 殺意を叩きつけられた乾闥婆王ビルシャナは、再び動く事は無かった。
「やるねぇ。オッサン、感動してしまうやろ」
 照彦は、灯の献身と凍摩の覚悟を横目でみてほっこりすると、続けて、自分めがけて突進してくる迦楼羅王ビルシャナを正面から見すえる……。
「若者だけに頑張らせるわけにはいかんやろ。テレ坊、行くんや」
 目前に迫る迦楼羅王ビルシャナ。
 だが、その攻撃は照彦には届かない。彼のテレビウム『テレ坊』が間に入り、その攻撃を受けて散る。
(「テレ坊すまん。だが、いい働きや」)
 そして、内心でテレ坊に謝りつつ、照彦はカウンター気味のスパイラルアームで、迦楼羅王ビルシャナを貫いた。
 貫かれた迦楼羅王ビルシャナは、全身に亀裂が入ったように動きを止め、仏像になった後に砕け散ったのだった。
 照彦の、若者だけにという言葉に奮起したのは、大義も同じであった。
 見た目ではそう見えないが、彼はオッサンよりも歳上である。
 そしてなにより、ここでやらねば、刀剣士が廃るのだ。
「おぬしとの一対一の戦い、なかなか楽しかったのぅ。だが、ここまでじゃ」
 大義は、摩侯羅迦王ビルシャナにそう言うと、剣の切っ先を摩侯羅迦王ビルシャナへと向ける。
 その剣先にグラビティ・チェインが集積する。
 高められるグラビティ・チェイン。そして、そのグラビティ・チェインを貫くように、高速の剣戟が放たれると、そのままま、摩侯羅迦王ビルシャナの喉元に突き刺さった。
「童遊び…霞の閃! 今のわしの全力じゃ」
 集積され圧縮されたグラビティ・チェインを喉元に突き入れられた摩侯羅迦王ビルシャナは、その高濃度のグラビティ・チェインに侵食され、苦悶のうめきを残し絶命したのだった。
「まだ未熟か……」
 大義は、剣を収めると、そうひとりごちた。
 千紘は、そんな仲間達の奮闘に、自らを叱咤激励していた。
「灯ちゃんや凍摩くんが頑張ってるのに……あと、おっさん2人も……。私も行くにゃんっ!」
 千紘は格段の好意をもって、緊那羅王ビルシャナに笑いかけた。
「『特別に珍しいものを見せて差し上げますわ♪』」
 そう言うが早いか、千紘の螺旋手裏剣が次々分裂し、緊那羅王ビルシャナの周囲に、まるで緋色の蜂の群れのように群舞すると、一斉に緊那羅王ビルシャナの体に襲いかかった。
「これぞ、隠れ緋蜂の術ですわ。大丈夫、血達磨になっても、ちゃんと好きですし、ヒールだってかけてあげますわ」
 千紘はそう言うと、血達磨となって破壊された緊那羅王ビルシャナに寂しそうな笑顔を見せたのだった。
 戦闘後、彼女がヒールした緊那羅王ビルシャナの仏像に狐耳と狐尻尾があるのを見た彼女は、泣き笑いのような表情で、しばし見入っていたという……。

●阿弥陀如来の縄張りで
 八部衆の4体が倒れ、残り1体。
 戦場に立つのは、灯を打倒した、阿修羅王ビルシャナのみ。
 だが、それぞれ相対する八部衆を倒した4人に、阿修羅王ビルシャナと戦う力は残っていなかった。
 ならば……と、まだ戦っていないケルベロスが前に出ようとした時、後方から、ここは、本官達にまかせるのですという声が聞こえてきた。
 現れたのは、風神をを寝坊助の狂戦士で撃破したヨナと、雷神を三輪大蛇の天変地災で撃破した帳の2人だ。
 どうやら、自分達の敵を倒した後、追いかけてきてくれたようだ。
「観客がいなくて少し盛り上がらなかったのだ」
「本官達の見せ場になっていただくであります」
 言うが早いか、狂戦士の魂を再び呼び覚ましたヨナが、全身に黒い炎を纏わせて、阿修羅王ビルシャナに突進し殴りつけ、組み伏せる。
 そこに、帳が蛇神の呪を込めた銃弾を撃ち込んだ。
「この弾丸は特別製であります。ほうら、雷嵐が雷嵐を呼ぶでしょう? そして、エンドなのであります」
 その帳の言葉の通り、阿修羅王は、雷嵐に飲まれ崩れ落ちたのだ。
「灯さんが8割倒していてくれた結果であります」
「あとは任せたぞ。先に進め」
 帳とヨナに、けが人の介抱なども任せ、ケルベロス達は先に進む……。
 次に立ち塞がったのは、3体のビルシャナ。
 三鈷杵を掲げ持つ金大王ビルシャナ、三叉戟を振りかざす満仙王ビルシャナ、そしてその背後で弓を引く金毘羅王ビルシャナだ。
 この3体に対して、前に出るのは3人のケルベロス。
 まず前に出た、おるすてっどは、残るケルベロス達に先に行けと指で指し示すと、
「ビルシャナども! 阿弥陀如来のナワバリでなにやっとんじゃワレ~~」
 と、金大王ビルシャナを激しく挑発した。
「ポチくん、一緒に頑張るのです」
 満仙王ビルシャナの三叉戟に威圧されつつも、アニエス・ジケル(銀青仙花・e01341)は、テレビウムのポチと共に仲間の進む道を切り開く。
 そして、藤守・千鶴夜(ラズワルド・e01173)が、
「同じ狙撃手同士ですね。宜しくお願いし致します」
 と言うと、バスターライフルの早撃ちクイックドロウで、金毘羅王ビルシャナを撃ち戦いの火蓋を切って落としたのだった。

「阿弥陀如来、その巫山戯た格好がか?」
 金大王ビルシャナが、おるすてっどのコスプレを嘲笑い猛攻を仕掛けてくる。
 パンチパーマのカツラもあまり効果は無かったのか?
 いや違う。
「そう言いつつ、肩に力が入ってる。挑発成功」
 おるすてっどはそう判断すると、更なる口撃を攻撃に被せた。
「お前ら変態を育成ゲーしてるんですか!? おまえらのせいで変態の種類が増えてこまっとるんじゃ!」
 それは、金大王ビルシャナの責任では無い。責任を負うとすれば、もっと偉い人だろう。
「ビルシャナは導きの光ゆえ、導かれるものの品性によって、そのような場合もある」
 だが、金大王ビルシャナは生真面目に反論し、それゆえに致命的な隙を作ってしまった。
 おるすてっどが放った茨姫の誘いに乗り、行動を止められた金大王ビルシャナの胸部に、おるすてっどの大器晩成拳が風穴を開けたのだ。
「仏像をぶつぞ~!!」
 金大王ビルシャナは強敵に恵まれなかった自分を憐れむように首をふると、そのまま仏像となり床の上に崩れ落ちた。
 一方、ポチとの連携を駆使して満仙王ビルシャナと対峙するアニエス。
 戦力的には、満仙王ビルシャナが勝っていたかもしれないが、アニエスは、ポチとの息ぴったりの連携により優位に戦っていた。
「ポチ、お願いします」
 言われたポチが、テレビフラッシュ。
「ぐぬぅ」
 と耐えた満仙王ビルシャナが、ポチに意識を取られた隙に、
「えいっ……!」
 さささと接近したアニエスが、竜爪撃で満仙王ビルシャナを切り裂いていく。
 なんとも嫌らしい戦いだが、これも仕事であるから手を抜くことなどするわけにはいかない。
 この積み重ねにより、少しづつ満仙王ビルシャナを追い詰め、そして最後……。
 ポチの凶器攻撃が炸裂し、満仙王ビルシャナは沈黙した。
「よくがんばりましたわ。ポチ。今日のご飯は、アニエスが腕によりをかえて作ってあげるね」
 そして、アニエスは、優秀な彼女のサーヴァントをなでなでしてあげたのだった。
 おるすてっどとアニエスがそれぞれの敵を撃破した時、千鶴夜は、清楚なセーラー服を翻し、プリーツを乱しながらも激しく戦い続けていた。
 金毘羅王ビルシャナの矢と千鶴夜のバスターライフルの銃弾が空中で交差し、互いの体力を削りあう戦い。しかし、互いに決定打に欠いていたようだ。
 千鶴夜の翻るスカートからは、太腿のホルスタが垣間見える。
 そのホルスタが無ければ、修学旅行にやってきた美少女優等生と言っても過言では無い姿だろう。
「ナイフっ?」
 そのホルスタに刺さったナイフを見た金毘羅王ビルシャナが、何かを感じ取り、とっさに身を引こうとする。
 が、それを許す千鶴夜では無かった。
 素早くホルスタからナイフを引き抜くと、
「さて、と……。何本当たるかしら?」
 と詠唱し、金毘羅王ビルシャナを射抜くように投擲してみせた。
 千鶴夜の投げたナイフの純銀の刃は、死の呪縛となり金毘羅王ビルシャナを切り裂き、緋の道を造り上げる。
 その道の先にあるは、万物に与えられる等しき死という最期であった。
「……ミステリアスジャック。私の奥の手ですよ」
 千鶴夜は、最期を迎えた金毘羅王ビルシャナに、そう呟いたのだった。

●大暗黒天と孔雀明王
 金大王ビルシャナ達を、おるすてっどら3人に任せて先に進んだケルベロス達。
 その前に立ち塞がるは、大暗黒天と孔雀明王という、戦闘力に秀でた二体のビルシャナであった。
 大暗黒天……満善車王ビルシャナと、孔雀明王……金色孔雀王ビルシャナは、互いに悪態をつきつつも、互いの背を守り、襲来するケルベロス達を迎え撃った。
 一見、仲が悪そうに見えるが、実は最も信頼する戦友である……という雰囲気を醸し出している。
 冷泉・雅緋(黎の放浪者・e02595)は、満善車王ビルシャナに挨拶代わりの殺神ウィルスを放つと、ライトニングロッドを構えてっ言葉でも挨拶を交わす。
「やぁやぁ、お前さんが大暗黒天ビルシャナ様かい? どうやらあたしが相手らしいんだが……ちょいと手合わせ願えるかい?」
 大暗黒天と呼ばれた満善車王ビルシャナは、お前は良く判っている……という表情をすると、雅緋に向きあった。
 家の最も重要な柱を大黒柱というように、七福神の大黒様、つまり大暗黒天は重要な神である。
 その名は、満善車王ビルシャナの自尊心の源泉であったのかもしれない。
「親父の受け売りだが。金色孔雀王は明王の中で唯一、慈悲の顔を持つ神様だって聞いた事がある」
 その隣では、金色孔雀王ビルシャナと対峙した神白・煉(死神を追う天狼姉弟の弟・e07023)が、敵の手の内を読むように、父親の言葉を反芻していた。
 三毒を喰らう孔雀は生命の象徴でもある、つまり、得意とするのはヒール!
 そう考えた煉は、最初から全力で攻撃を仕掛ける事を決意した。
「親父の技と孔雀王……魔を食らう力が強いのはどっちか……勝負だぜ!」
 息つく暇もない煉の猛攻。
 凌ぐは、金色孔雀王ビルシャナ。なんとかダメージを回復し、煉に痛打を与えるが、それでも煉の猛攻は止まらない。
 遂に、煉の青く狼状に燃え上がる地獄の右手の口から放たれた火炎弾が、金色孔雀王ビルシャナの厚い守りを突破した。
「いくら回復されようが関係ねぇ。俺の野生は、それを食い破るっ!」
 その言葉の通り、煉の技と炎が、金色孔雀王ビルシャナを葬り去ったのだ。
 隣で戦う煉の勝利を確認した雅緋は、目の前の満善車王ビルシャナに気づかれないように、煉に合図を送る。
 そして、大上段からゾディアックソードを振り下ろし、満善車王ビルシャナを牽制する。
 当然、その攻撃を避ける満善車王ビルシャナ。
 だが、その避けた先には……、金色孔雀王ビルシャナを撃破した煉が、バトルガントレットを構えファイティングポーズを取っていたのだった。
 そこから先は一方的であった。
 一対一で戦うべき相手に共同戦線を張って戦うのだから、むべなるかな。
「その身を紅に染めて散れ」
 最期は、その言葉と共に放たれた、雅緋の紅の結晶の雨により、金色孔雀王ビルシャナは無念の思いと共に潰え去ったのだ。
「共同戦線、ありがとうだねぇ」
 ハイタッチのように手をあげた雅緋に、煉がパチンと手を合わせ、その音が戦いの終了を告げたのだった。

●女女、女男、男女、男男、そしてササミ
「あの2人、やられたみたいねぇ」
 敵がきたようだ、俺達に任せろといって出ていった、満善車王ビルシャナと金色孔雀王ビルシャナが揃って敗死した事を悟った、大弁功徳天ビルシャナは困ったようにそう言葉を吐いた。
 あれでも、自分達の中では最強に近い力をもっていたのに……と残念がる大弁功徳天ビルシャナだったが、千手観音以外のビルシャナの力はそこ迄大きな差は無いようだ。
 と、そこに、どたどたと廊下をならしてケルベロス達が駆け込んでくる。
「いらっしゃーい」
 大弁功徳天ビルシャナは、お姉さんの優しげなほほ笑みで、敵であるケルベロスを迎えたのだった。

「あなたが、お姉さんビルシャナ?」
 その大弁功徳天ビルシャナと対面した、那々宮・しあの(インカローズハート・e01100)は、怪訝そうに首を傾げた。
 よく考えれば、ビルシャナは鳥である。
 鳥のオスメスは、非常にわかりにくい。
 わかったとしても、鶏冠がある方が雄みたいな見分け方で、決して、彼女が期待していたような、大きなお胸などは無い。
 鳩胸的な胸囲はあるが、決して、おっぱいなどでは無いのだ。
 だが、大弁功徳天ビルシャナが、それを認めた事で、しあのの夢と希望は大きくしぼんでいった。
 夢と希望が詰まっているはずのものが無かったのだから、夢と希望がしぼんでしまうのは、必然と言えるだろう。
「わたしの、わたしの期待を裏切ったのかな?」
 しあのは、ふるふると震えながらそう言うと、短いスカートを翻して魅せパンをチラリとすると、一足飛びに距離を詰めて、大弁功徳天ビルシャナに肉弾戦を挑んだ。
 本当ならば、この肉弾戦は、モフモフとかふわわんとかぷにーといったけしからん戦いになる筈だったのだが、それは全て幻想となっている。
「お父さんの受難!」
 高く上げた前蹴りで、大弁功徳天ビルシャナの攻撃をいなすしあの。短いスカートが更にめくれ、魅力が溢れでる。
「そして、止めはライトニングコレダーっ!」
 前蹴りから右、左と流れるようんにライトニングロッドが振るわれ、バリバリと強力な電撃が大弁功徳天ビルシャナを焼きつくした。
「せめて、仏像の胸は大きくするんだもん」
 しあのは、ぷにっと頬を膨らませて、そう言った。
 少し残念なしあのの戦いを尻目に、鷹司・灯乃(ウェアライダーのブレイズキャリバー・e13737)は、神母天ビルシャナと死闘を繰り広げていた。
 神母天は安産の神と言われているが、別名は、鬼子母神。
 1000人の子供をさらい喰らったと言われる夜叉である。
「どうも! どっかのお母ちゃん。おとなしゅうなってくれへんか」
 とのたまって戦闘に入った灯乃であるが、その後は、テレビウムのチビと共に、血戦を繰り広げた。
 鬼気迫る神母天ビルシャナの気迫。
 だが本物の神を知る、そしてその神に反逆を目論む、灯乃に、その気迫は通じなかった。
(「鬼子母神……神ねぇ。神さんにはいろいろ思うところはあるなぁ」)
 神造デウスエクス・ウェアライダーであった彼は、自分達を作った神を、許すことはできなかったようだ。
 だから、
「すまへんな。やつあたりや」
 灯乃は、チビと共に、神母天ビルシャナに打撃を積み重ね、そして、撃破してのけた。
 だが……。
 残霊が去り倒れ伏した神母天像の姿は、まるで、自分達神造デウスエクスを彷彿とさせ、灯乃の気分を暗くさせたのだった。
「おやすみ、お母ちゃん」
 灯乃はそう言うと、ヒールするために仏像の破片を集め始めるのだった。

「それにしても……。なんでビルシャナ相手にしてまで触手絡みなのかしらね……」
 そう不満を述べたのは、散脂大将ビルシャナと相対した篠宮・紫(黎明の翼・e00423)。
 触手は、オークだけでお腹いっぱいというのが正直な所なのだ。
 いや、オークだって、この世界に存在しないに越した事は無いだろう。
「ぐふふふぅ」
 脂ぎった触手を操り嫌らしく笑う散脂大将ビルシャナ。
 名前のイメージが影響したのか、その声質は鳥というよりも豚に近いように聞こえる。
「あっ、きゃぁ」
 その触手に、紫は捉えられてしまう。
 服の内側でうごめく触手の感触に、思わず頬を染める紫。
 が、すぐに、その表情を引き締め、サキュバスミストで回復すると、更なる触手攻撃を華麗に回避し、高速で詠唱を開始した。
『汝が遡るは因果の果て、其の始り、原初への道。虚無の顎門へ誘いし鎖に慈悲は無く、汝に根源へ繋ぐ頸木より逃れえる術も無し!』
 詠唱の一節ごとに展開する無数の魔法陣が、散脂大将ビルシャナと、その触手を囲む。
 その囲みを突破しようとした触手は容赦なく圧縮されたグラビティの前に、内側へと弾き飛ばされる。
「ぐふふふぅ」
 苦悶の喘ぎをあげる散脂大将ビルシャナに、しかし、紫は一片の憐憫の情もかけることは無かった。
「イレイスバック・ジ・エンダー」
 紫がつむいた名が、魔法陣に力を与え、内部に超重力が発生。
 散脂大将ビルシャナは内側に向けて崩壊し、そして、原子の塵に帰ったのだった。
 残されたのは、粉々に砕かれた仏像の破片のみ……。
「やっちゃった? 大丈夫よね?」
 紫は慌てて仏像にサキュバスミストをかけると、無事にヒールされたのを見て、ほっと息をついたのだった。
 一方、ササミを片手に守りつつ憤怒の鳥肌を見せて戦う摩醯首羅王ビルシャナに相対するのは、エイト・エンデ(奮う雷霆・e10075)。
「ササミ一歩手前というわけか…よかったな、動けて」
 と挑発すれば、摩醯首羅王ビルシャナは面白いように怒り狂った。
 頭髪が不自由な男性に、ハゲと言うのと同じくらいの効果は間違いなくあったであろう。
 だが、相手を怒り狂わせたからといって、戦闘が有利となるわけでは無い。
 いや、相手の戦意が高まるのは不利とさえ言えるだろう。
 だが、エイトは動じない。
「まあ、なんとかなるだろう。俺の雷がある」
 というと、雷を駆使した戦いで、ササミ一歩手前の摩醯首羅王ビルシャナに的確なダメージを与えていく。
 彼が与えた雷撃跡は、摩醯首羅王ビルシャナの鳥肌に綺麗な焼き跡をつける。
 人によっては、食欲をそそられる光景かもしれないが……、
「しかし悪いな、俺はササミなら天麩羅が好きなんだ」
 そう言うと、エイトは、彼のライトニングロッド『ハライ』を、分解し、それを環状に8つ展開した。
 8つに分解されたロッドは、それぞれに雷撃をまとい弾丸のように高速で撃ちだされ、そして、摩醯首羅王ビルシャナの鳥肌を完膚なきまでに焼ききった。
 摩醯首羅王ビルシャナは、手にしたササミを全身で護るようにかばい、その姿のまま絶命したのだった。
「……心配するな。ささみはたべない」
 エイトは、哀れな死骸の手からササミを取り上げると、ヒールを持つ仲間に手渡したのだった。

●千手観音への最終関門
 大弁功徳天ビルシャナ達の護りを突破したケルベロスは6名のみ。
 そして、残るビルシャナは3体のみ。
 24名の仲間達の死闘が、彼らをこの場へと押し上げてくれたのだ。
 これまで激戦を繰り広げた24名のケルベロスと、24体のビルシャナとの戦いの全てが、この後の戦いに繋がっているのだろう。

 はざみと、パトリシア・シランス(紅蓮地獄・e10443)は、千手観音がいる本堂に続く廊下を周囲を警戒しながら油断なく歩む。
 残る3体のビルシャナのうち、本尊である千手観音を除く2体。その2体が、この先で待ち受けている事を確信していたからだ。
 そして、案の定、立ち塞がる2体のビルシャナ。
 そのシルエットは人間に似ており、もし、鳥のウェアライダーがいたならば、こうなるのではという外見であった。
「君の相手は僕……ま、僕はか弱いオニイサンだから。お手柔らかに頼むよ?」
 はざみは、老人姿の婆藪仙人ビルシャナに、やる気なく声をかけると、左右の手の中のライトニングロッドを握り込む。
 パトリシアは、真っ赤なルージュを引いた魅惑の唇のくわえ煙草を外すと、うふふと蠱惑的に笑んだ。
「まさか紫のビフレストと対峙できるだなんてね。これは腕が鳴るわね」
「行かせるとでも?」
 パトリシアの言葉に反駁したのは、老婆姿の摩和羅女ビルシャナ。
 本尊への最後の護りである彼女は、ここで全てを終わらせるべく、パトリシアの前に立ちふさがったのだ。
 婆藪仙人ビルシャナが、手にした巻物から仙術を放ちはざみを撃つ。
 摩和羅女ビルシャナは、一心に祈る両翼より、祈りの光を放ちパトリシアを貫こうとする。
 はざみは仙術の攻撃に耐えると、ペトリフィケイションで反撃を開始する。自らの打撃は、エレキブーストで回復しつつ破壊の力を積み重ね、機を見て反撃し、婆藪仙人ビルシャナの体力を削り続ける。
 一見地味であるが、これは、止めの一撃への布石にすぎない。
 地味な削り合いに慣れてきた所で、一撃で相手を撃破できる分水嶺を超えたところで、一気に勝負を決める。
 相手が老人型である事を踏まえ、そして、ゆるい雰囲気を醸しだしたことも含めて、全て、はざみの計算であったのだ。
「ということで、ライトニングコレダーだねぇ!」
 左右のライトニングロッドが雷撃を噴き、婆藪仙人ビルシャナの体内に耐え切れない程の電流を一瞬で流し終えた。
「はーやれやれ、鳥はもっと檻や籠の中とか食卓とかお空の上とか居場所はあると思うんだよね、僕」
 婆藪仙人ビルシャナを撃破したはざみは、疲れたようにこきこきと首を鳴らしたのだった。
 ほぼ同時に、パトリシアも、摩和羅女ビルシャナへの止めの一撃を放とうとしていた。
『燃え上がれ、悲しみを焼き尽くせ』
 パトリシアの詠唱と共にリボルバー銃から放たれた弾丸は、莫大な焔を魔力をその内部に充填し、着弾と同時に、摩和羅女ビルシャナの体を紅蓮の焔に包み込んだのだ。
 紅蓮の焔に焼かれた摩和羅女ビルシャナは、みるみるうちに焼け焦げ、そして、苦悶の表情で崩れ落ちていく。
「これが、私の奥義、紅蓮地獄よ。仏像に宿ったビルシャナの残霊には相応しいのではなくて?」
 そう言うと、パトリシアは新しい煙草を咥えると、赤い車体のライドキャリバーに腰掛けて、愛用のジッポで火をつけた。
「紅蓮の焔にまかれて命が消えるのを見ながら吸う煙草も、おつなものよね」
 パトリシアが喋り終えるのとほぼ同時に、摩和羅女ビルシャナの命も燃え尽きた。
 残るは、本尊たる千手観音ビルシャナのみ。
 戦いは遂に、最終局面を迎えようとしていた。

●決戦、千手千眼観世音菩薩
 千手観音ビルシャナは、神々しい姿で4名のケルベロスの前に屹立していた。
 背中の20対の翼は、その一翼一翼が、それぞれ25の世界を救うという救世の翼。
 20対40枚の翼が、それぞれ25の世界を救うゆえの千手観音ビルシャナ。
 いや、千手千眼観世音菩薩ビルシャナなのである。
「40かける25は1000というわけね?」
 アリエータ・イルオート(戦藤・e00199)は、昔の人はいろいろ考えるんだなぁと思いつつ、挨拶代わりの螺旋氷縛波を、手に持つ紫のビフレストに向ける。
 この攻撃は残念ながら命中しなかったが、続けて、リュセフィー・オルソン(オラトリオのウィッチドクター・e08996)のライトニングボルトが、見事に紫のビフレストに直撃した。
 スナイパーとして狙い定めた一撃に、ドワーフのような、つけヒゲを得意気にさわるリュセフィー。
 だが、その一撃は、紫のビフレストを破壊する事はできなかった。
「解析終了……。今の一撃のダメージは、ビルシャナ本体に与えられている。おそらく、紫のビフレストへのダメージは全て、ビルシャナ本体へのダメージと還元される。部位狙いに意味は無いだろう」
 今の攻撃を後方で観察していた、安岐・孝太郎(書籍術式蒐集家・e09320)が、仲間達に指示を出した。
 部位狙いは、命中率が極端に下がってしまう。
 孝太郎の解析が早かった為、影響は限定的であったが、解析が遅れ紫のビフレストへの攻撃を続けていた場合、戦局は大きく不利になっていただろう。
「孝太郎さん、ナイスアシストよ」
 アリエータは、幸太郎の解析に感謝を示すと、今度は狙いあまたず、氷結の螺旋を千手観音ビルシャナの胴体中央に撃ち込んだ。
「偽の救済など人類には不要! その思い上がり、叩き伏せる! 壬育流交活法、壬育伸太郎! 推して参る!!」
 更に、9歳の少年でありながら、武を伝承してきた壬生家の男子たる壬育・伸太郎(鋭刺颯槍・e00314)が、堂々の名乗りをあげて、印を組む。
「オン・バザラ・タラマ・キリク・ソワカ!」
 唱える真言は、千手観音真言。
 千手観音ビルシャナなどでは無い、遍く衆生を救済する真の千手観音の理の力である。
 その理の力が、伸太郎の体を通じて、千手観音ビルシャナの体内に吸い込まれていく……。
「なんだ、この光の力は……。ぐぉぉぅぅぅ」
 ここで、千手観音ビルシャナが初めて口を開いた。
 その鳥の瞳は驚愕に見開き、背の光翼さえも、何かに怯えたじろぐように震えている。
「この光こそ真の千手観音の救世の光、衆生一切を救済する真言の前に、ビルシャナの偽りの光など塵芥……だよね?」
 伸太郎の攻撃に続いて、リュセフィーが殺神ウイルスを放ち千手観音ビルシャナの翼の一枚に浴びせかけた。
「これは、元の仏像に戻るためのお薬ですよ。安心して受けてください」
 その言葉と共に、翼の一枚から羽毛が消え、元の手の姿が取り戻された。
「まさか……いや、間違いない」
 それを見て、孝太郎がまた叫ぶ。
「背後の20対の翼は、本体ではない。おそらく、サーヴァントと同様のものだ!」
 と。
 つまり、千手観音ビルシャナの腕は2本のみ。
「見たとおり、翼は耐久力に劣るが、攻撃力は充分にあるように見受けられる。つまり……」
 孝太郎は、ケイオスランサーで、千手観音ビルシャナの背後の翼を刈り取り、言葉を続ける。
「この翼は、千手観音ビルシャナの隠し玉。機を見て40体の翼による一斉攻撃という必殺技を行うつもりなのだ」
 それを聞いた、アリエータも、翼の一枚をシャドウリッパでなぎ払った。

「ケルベロスめ、何故、我が秘儀を見破った……」
 千手観音ビルシャナは、苦しげに呻く。
 四十体の配下を支配し、攻撃対象を定め、そして、一斉攻撃を放つには、相応の準備期間が必要であり、まだ、その技を放つ事はできない。
 初見殺しの秘儀であった筈が、状況観察と情報伝達に重きを置き、即座にそのカラクリを見破った孝太郎により、その化けの皮を剥がれてしまったのだ。
 1枚で25の世界を救うという40枚の翼は、ケルベロス4人が10枚づつ破壊することで、全て元の仏像へと姿を戻っていく。
 残るは、千手観音ビルシャナとは言いがたい、二本腕のビルシャナが残るのみであった。
 だが、秘儀を打ち砕かれた千手観音ビルシャナではあったが、本尊の力は決して侮れない。
 ケルベロス達の動きを逆に解析すると、その弱点と思われる一点に楔を打ち込んできた。
「第一の八寒氷輪アブタ、第二の八寒氷輪ニラブタ、第三の八寒氷輪アタダ、第四の八寒氷輪カカバ、第五の八寒氷輪ココバ、第六の八寒氷輪ウバラ、第七の八寒氷輪ハドマ、そして最終八寒氷輪マカハドマ。氷輪により凍結し哀れな悲鳴を生じるが良い」
 その詠唱は、千手観音ビルシャナの奥義の一つ。
 通常の八寒氷輪に数倍する威力が、その8つの氷輪には秘められており、体力におとるリュセフィーを一撃で葬り去るだけの威力を持っていた。
 リュセフィーは、その威力の前に、つけヒゲを弄ることもできずに立ち尽くし、目をつぶった。
(「わたしはここまでのようね。皆さん、お堂も修復もよろしくお願い……」)
 そう心のなかで言い残したが、哀れな悲鳴をあげるしか無い筈の八寒氷輪は、彼女に届くことは無かった。
「僕は盾だ。何者をも通さない無双の盾だ。人を守ると決めたから! それだけは譲れないんだ!」
 体力に劣るリュセフィーを常に気にかけていた、伸太郎がリュセフィーを守って立ちふさがっていたのだ。
「僕の盾は、なにものも、通さない!」
 八寒氷輪が、伸太郎の体を切り刻む。
 しかし、伸太郎は、悲鳴をあげる事無く耐え忍ぶ。
 たった9歳の男の子の、それは、身に余る矜持であったのだろうか。
 千手観音ビルシャナの奥義に耐え切り、膝をつく伸太郎。
 その姿を見た、アリエータと孝太郎が、千手観音ビルシャナに跳びかかった。
「伸太郎の献身に報いるためにも、この攻撃は外せない……。行くわ……フォートブレードっ!!」
「本当はもう少し解析したいのだが、あれを見て、奮起せねば男では無い」
 アリエータは、自身のアームドフォートの砲身を光で包み込んで光剣と成すと、そのまま千手観音ビルシャナへその剣を突き立てた。
 千手観音ビルシャナは内側から爆発し、多大な損害を受ける。
 そこに、孝太郎が、生と死の境界線から触手を招来し、その傷口に浸透させ千手観音ビルシャナの命脈を絶とうとする。
 それは、致命の一撃であったろうか。
「まさか、この我が、これほど容易く……」
 千手観音ビルシャナは、紫のビフレストを掴む腕を残し、羽毛を散華させヒビ割れ、そして仏像へと戻っていく。
 そこに、リュセフィーのオラトリオヴェールで僅かながら体力を回復させた、伸太郎が歩み寄った。
「紫のビフレスト、破壊させてもらうね。オン・バザラ・タラマ・キリク・ソワカ! 衆生を遍く救済せんとする御仏よ。今こそ我が手に其の手の1つを……」
 再び唱えられた伸太郎の千手観音真言の前に、最後に残った紫のビフレストも塵となって消え去ったのだった。

「これで、終わりですね」
 リュセフィーは、紫のビフレストの消滅を確認し、ほぅっと息をついた。
「それでは、仏像と、それにお堂も修復して帰りましょう」
 そう言って、にっこり笑ったリュセフィーに、アリエータ達は、勿論と頷いたのだった。

 こうして、三十三間堂の仏像達は、おおむね元の姿に戻り、紫のビフレスト事件は終幕を迎える事となった。
 再び安置された仏像達に見守られ、三十三間堂を去る勇敢にして精強なるケルベロスの精鋭達の前途に幸多からんことを。

作者:一本三三七 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年9月28日
難度:普通
参加:30人
結果:成功!
得票:格好よかった 16/感動した 2/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 8
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