藍のビフレスト~推参、残霊螺旋忍軍

作者:猫目みなも

●忍を呼ぶ藍
 鮮やかな藍色の光が、三重県伊賀市へと落ちていく。
 流星のように尾を引くそれは、忍者に関する資料を展示した、とある観光施設へと吸い込まれるように消えていった。
 瞬間、光が膨れ、溢れて、その場を藍色に染め上げる。
 やがて光がおさまったその時、その場に立っていたのは螺旋忍軍――いや、その残霊。いかにも忍者らしい紺の装束に身を包んだ彼は、ふむ、と思案するように視線を巡らせて。
「……藍のビフレストの護衛か。『手裏剣』文次郎、確かに其の任を承ろう」
「ほぉう面白い! 良かろう、『骨法の』清兵衛、宝物に近づく者を投げ倒してくれようぞ」
 武闘家らしい巨漢忍者が笑えば、弓を携える『必中』の喜三太、槍を手にした足軽姿の『貫きの』仙蔵が言葉少なに頷きを交わした。
 剣士の風格を漂わせる『一刀』俊順に、女傑『薙刀の』姿子、時代がかった火縄銃を持つ『砲火の』小平太もまたそれぞれの得物に手をかけ、微かに笑うような気配を見せる。
「趣味は煙幕特技は爆破! 五遁の義兄弟がひとり、『火遁の』茂正、いざいざ往かん!」
「落ち着け茂正。隠れ潜みて敵を欺くが忍びの常道よ」
「三之助兄者の言う通りぞ」
 『水遁の』三之助、『土遁の』作兵衛にたしなめられて肩を落とす兄貴分を、『金遁の』数馬が慰める。
「そう落ち込まれるな兄者。ほーれ小銭じゃて、ぽいぽーい」
「貴様は兄者に武器を投げるな」
 即座に『木遁の』半六が突っ込む。垂らした樹皮模様の布の向こうからではあったが。
「君たち義兄弟は仲良しだねぇ。ほんと羨ましくなっちゃうね!」
 忍者の仮面には不釣り合いな人懐こい声で『喜車の』猪助がおだてれば、童形をした『哀車の』彦四郎がそれに続く。
「ボクには、そういう人たちはいないから……螺旋忍軍の宿命かもしれないけど、寂しいね」
「知ってますかー、この人本体はオッサンですよ? かわいそうな少年キャラを演じる悪どいオッサンですよ?」
 人をいらつかせる抑揚で、『怒車の』熊若がそう暴露する。
「まぁ、人心を操るも忍びの技だからねぇ。オレっちは羨ましがられるのが仕事だから気持ちイイけど☆」
「グフフ、そうですなぁ……拙者も、他愛無い迷信ごときで恐怖に歪む顔を見ると喜びに震えますぞ……」
 装飾過多な忍者服に身を包む『楽車の』左近がへらりと言えば、『恐車の』四郎兵衛が口元に不気味な笑みを張り付けたまま呟いて。
「出番かい? ならば俺様の仕込み笛を存分に披露してやろうじゃないの」
「我がカラクリの細工は流々、仕上げを御覧じろである」
「拙者の兵糧丸も自信作でござる。肉体強化効果のほどはてきめんぞ。味は知らぬが」
 『遊芸の』木猿、『絡操』焔、『兵糧の』八右衛門もそれぞれの特技を誇る。が、最後の言葉に『クナイの』弥三郎がちょっと嫌そうな身振りを見せた。
「三四郎よ……」
「応。貴公の鎖鎌と拙者の縄……どちらも切れることはあるまいな?」
 『鎖鎌の』留三郎、『縄術の』三四郎が顔を見合わせて笑ったようだった。表情は、仮面に隠れていたのだが。
「何者が来ようとも問題なし! 我が秘技にかかれば、全ての服はするするするりと脱げ落ちるのだッ! あら恥ずかしい!」
 『空蝉の』弥左衛門が身をくねらせれば、ミニスカ袴の萌え巫女装束の女忍者、『骨抜き巫女』下弦も体を捩る。
「いやーん、弥左衛門さんったらいけない忍者ですぅ♪」
 そこへ、『怒号の』勘右衛門の気迫に満ちた声が響き渡った。
「貴様らぁ! 気合が足りんぞ、気合がッ! 此度の忍務、藍のビフレスト防衛をなめておるのではあるまいなッ!?」
「心配いらないよ。見ての通り、皆やる気じゃないのさ」
 妖艶な『くのいち』蜉蝣の言葉に、異形の獣腕を生やした男、『獣化の』勇三も頷く。
「俺たちは、俺たちのやり方でやるだけだ」
「……同意」
 分厚いフードと仮面の下から、『暗示使い』嘉兵衛のくぐもった声がした。
 見目も性質もばらばらな30人の忍者の中心で、見上げるほどの蝦蟇蛙に跨る忍者――『口寄せの』影丸は、戯れに指先で虹の宝石の欠片を弾き上げる。
 きらきらと藍色の光を振り撒きながら落ちてきたそれを、掌で軽く受け止めて、影丸は仮面から覗く口元で笑った。
「成程面白いことになって参った。この宝、我らが他の誰にも渡しはせぬぞ」

●虹の欠片
「みんな、聞いてくださいっ! 虹の城ビフレストからぴかーって放たれた、あの光の行方が分かったんです!」
 笹島・ねむ(ウェアライダーのヘリオライダー・en0003)は、ダンジョン探索を終えたケルベロスたちを前にそう切り出した。
「いちばん強い光は、鎌倉でダンジョンになったんですけど、それ以外の6つの光……ビフレストの欠片も日本中に飛んで行って、それで残霊現象を引き起こしているんです!」
 残霊。それは言わば、デウスエクスの亡霊のようなもの。
 惨劇の記憶から発生するそれは、主にダンジョン内部で見られる存在だが――今回は、ビフレストの力が相当に多くの残霊を一度に発生させているようだ。
 ぎゅっと両の拳を握り締めて、ねむはケルベロスたちをまっすぐに見つめる。
「みんなには、三重県伊賀市で螺旋忍軍の残霊をやっつけてほしいんです!」
 忍者の里たるかの地で発生した残霊の数は、30。武芸や隠密など、いわゆる『忍者』の持つ様々なイメージをそれぞれ体現したかのような敵だと、ねむは語った。
 戦場は、忍者をテーマにした観光施設の資料館内になる。移動や遠距離攻撃の邪魔になるような展示物はなく、建物や展示物が壊れてもヒールでの修復が可能なため、乗り込んだ後はひとまず戦闘に集中してほしい。そう、ねむは説明を続けて。
「最初は、カエルに乗った人が藍のビフレストを持っているんです。この人は放っておくと宝石を持って資料館の外へ逃げようとしますし、ピンチになったらそれを逃げられそうな他の残霊にパスして、何としてでも藍のビフレストをどこかへ持ち出そうとします」
 ノーマークの敵を作れば、藍のビフレストは彼の手に渡り、持ち去られてしまうだろう。そうなれば、もはや藍のビフレストの破壊はかなわなくなる。
 だが、幸いにして相手は残霊。その戦闘力は元のデウスエクスよりも遥かに低く、ケルベロスたちとさして変わらない程度になる。
「だから、みんながそれぞれ残霊と1対1で戦うようにして、全部の残霊を逃がさないようにするのがいいと思います!」
 そう言ったねむは、ケルベロスたちひとりひとりの顔をしっかりと見回して。
「ねむ、みんなのこと、一生懸命応援しますから!」
 だからどうか、無事で。願いの分だけ、ねむはその声に力を込めた。


参加者
ヒルダガルデ・ヴィッダー(弑逆のブリュンヒルデ・e00020)
絶花・頼犬(心殺し・e00301)
咲海・たま(天からミュージックシャワー・e00434)
偽典・弥勒(見習い紳士・e00487)
レイ・フロム(白の魔法使い・e00680)
ロイ・リーィング(勁草之節・e00970)
剣持・白夜(世話焼き兄貴・e00973)
蜂屋・楓(ウェアライダーの螺旋忍者・e01082)
橘・芍薬(アイアンメイデン・e01125)
尼崎・結奈(硝子の茨・e01168)
ロベリア・エカルラート(花言葉は悪意・e01329)
古鷹・響(スカベンジャー・e01729)
シンク・マリス(シャドウエルフの巫術士・e01846)
木霊・ウタ(地獄が歌うは希望・e02879)
ルコ・エドワーズ(六肢の聲・e02941)
ジン・シュオ(暗箭小娘・e03287)
榛名春・昴(地球人のバーテンダー・e03976)
宵鳴・散華(宵闇に散る刃鳴・e05628)
ルルティア・ビリジアナ(マイペースバーサーカー・e05659)
屋川・標(声を聴くもの・e05796)
エレミア・ベルリヒンゲン(リトルクラッシャー・e05923)
八重樫・悠莉(小学五年生の鎧装騎兵・e08242)
左野・かなめ(絶氷の鬼忍と呼ばれた娘・e08739)
アリス・スチュアーテ(誓いと約束と・e10508)
青葉・ラン(ボッチ系ツンデレ嬢・e11570)
志穂崎・藍(ウェアライダーの降魔拳士・e11953)
シュクレ・リオミナード(サキュバスのウィッチドクター・e14063)
叢雲・秋沙(ウェアライダーの降魔拳士・e14076)

■リプレイ

●見参、ケルベロス
 伊賀忍者の歴史と活動を今に伝える資料館。その入口前に、30人のケルベロスが揃っていた。
「ここは……、面白そうなところですね……。お仕事が無ければゆっくりユーリと見て回りたいのですが……残念です」
 看板を見上げて、ルルティア・ビリジアナ(マイペースバーサーカー・e05659)が呟く。彼女の言う通り、平素であればそこは闇に生きた忍びの姿に触れられる楽しい場所なのだろう。だが、今は。
「忍者共の集まりか……ふふっ」
 己の過去を思い出してか、左野・かなめ(絶氷の鬼忍と呼ばれた娘・e08739)が老獪な笑みを見せる。堂々と歩を進める彼女の目指す先は、館内でもいっとう広い展示室だ。
 かなめの数歩前を歩く青葉・ラン(ボッチ系ツンデレ嬢・e11570)が、足は止めないまま振り返る。
「今のところ、特に変な仕掛けはないみたいね」
「床も大丈夫そう? こっちも、トラップみたいなものは見当たらないよ」
 やはり罠を警戒して床に足をつけず、翼で低空を進んでいた咲海・たま(天からミュージックシャワー・e00434)が天井に目をやってそう言った。
 ふたりの報告に、誰からともなく短い息が零れる。懸念は少ないに越したことはない。だが――油断は禁物だ。気を引き締め直して、ケルベロスたちは静かに進む。
「万が一にもここで藍のビフレストを持ち去られるようなことになれば、後に大きな禍根を残します。絶対に確保しなくては」
 偽典・弥勒(見習い紳士・e00487)が抑えた、けれど力を込めた声で呟けば、剣持・白夜(世話焼き兄貴・e00973)が大きく頷いて。
「あいつらに持ち去られたらって考えたら嫌な予感しかしねぇな。絶対に奪ってやろうぜ!」
 持ち上げた握り拳の向こう側に、目的の部屋が見えてくる。白い衣装の裾を揺らして、レイ・フロム(白の魔法使い・e00680)がゆるりとそこへ踏み込んだ。瞬間、残霊たちの視線が一斉にケルベロスに突き刺さる。微かに笑んで、レイはシャーマンズカードを指に挟んだ。
「その宝石、お前達には過ぎたものだ。回収させてもらうよ」
「……ほう」
 仮面の下で、忍者が唇を歪める気配。けれど、ケルベロスたちは怯まない。
「ボクもまだまだ未熟だけど頑張らないとだね」
 ガントレットをはめた手をぎゅっと握って、志穂崎・藍(ウェアライダーの降魔拳士・e11953)が駆け出した。
 それを皮切りに、ケルベロスたちは己が相手と定めた者の元へと散開し、或いは自由な身動きを取らせぬように狙いをつける。
 宝石を持つ影丸に刃を届かせまいと踏み出してきた四郎兵衛の元に、ジン・シュオ(暗箭小娘・e03287)の小柄な体が音もなく滑り込む。雷を帯びた刃を敵の太腿に突き立てて、ジンは小さく溜息をついた。
「残念。初陣がこの程度か」
「思いあがっていられるのは今のうちですぞ」
 厚い唇から返された言葉に、ジンはただ片目を細めた。
「お初にお目にかかります、お嬢様。芍薬と申します♪ ……なんてね」
 くのいちに向けてメイドらしく一礼してみせたのも束の間、すぐに勝気な表情を浮かべて橘・芍薬(アイアンメイデン・e01125)は銃を構える。
「何だか知らないけど藍のビフレストは渡して貰うわよ、覚悟しなさい!」
「覚悟するのはそっちの方さね。――さ、通してもらうよ!」
 主人を護るように、テレビウムの九十九が芍薬の前に出る。掲げた凶器が、窓からの光にぎらりと光った。
 何か妙な真似をされる前に至近戦に持込み、速やかに撃破。絡繰術を得意とする敵にはそれが理想と心得て、エレミア・ベルリヒンゲン(リトルクラッシャー・e05923)が一直線に焔へと向かう。木霊・ウタ(地獄が歌うは希望・e02879)、蜂屋・楓(ウェアライダーの螺旋忍者・e01082)といった近接戦闘を得意とするケルベロスが続き、それぞれの狙った敵を文字通り押え込むことで仲間の行く道を切り開く。
 屋川・標(声を聴くもの・e05796)が、右手を胸に当てて深呼吸をひとつ。そうしてまっすぐに見据えた先へと、彼もまた走り出す。叩きつけた斧の一撃が、忍軍の肩に食い込んだ。
 その横を、未だ肉迫する者のいない弥左衛門が駆け抜ける。否、駆け抜けようとした。
「……無慈悲なる白銀の抱擁を、その身に受けなさい」
 シンク・マリス(シャドウエルフの巫術士・e01846)の声と同時に、忍者の足元から氷柱が伸びてその身を戒める。ご指名とあらばと軽く笑って、弥左衛門はシンクを振り返り、構えた。
(「……空蝉……この世に現に生きている人って意味だったかな? ……それなのに、こんな奴が相手だったとはね」)
 何故かやけに愉しげに凍りついた上着を一枚脱ぎ捨てる忍者を前に、シンクはこっそりとこめかみを押さえた。
 一方、絶花・頼犬(心殺し・e00301)はどことなく影を宿した目を己が敵に向けていた。
「あんたは、何が哀しいんだい? 俺もずっと哀しいよ」
 問いに、彦四郎はただ首を横に振った。それが人の哀れを誘い、隙を生む為の仕草だったとしても、頼犬の胸には暗いものが滲む。
 けれど、目の前の忍はあくまで残霊。ならば遠慮はいらぬと居合に構えて、頼犬は気分を切り替えるように叫んだ。
「さぁ、やろうか!」
 抜き放った刃が狙うのは彦四郎の本体ではなく、彼の握る刃そのもの。それこそが、頼犬の持ち技――二刀・瞬柄刃だ。ここからが攻めどきと、彼は斬霊刀を軽く握り直した。
「砲火ってくらいだ、銃や火薬が得意なんだろ? 俺も銃には自信があってさ……勝負しようぜ」
 リボルバー銃をくるりと回し、榛名春・昴(地球人のバーテンダー・e03976)が口元で笑う。彼の視線の先で、小兵太が火縄銃を軽く持ち上げた。寡黙な敵の姿を前にして、昴は攻勢に出る時を見極めんと目を細めた。
 尼崎・結奈(硝子の茨・e01168)は、戦場全体を見渡すように一度だけ視線を巡らせた。自身に架した矜持を胸に刻んで、彼女は惨殺ナイフをしかと握る。
「さて、御大層な名前だけれど、私に暗示をかけられるかしら?」
 暗示使いの二つ名をとる残霊を前に、結奈はそう言って凛と視線を向けた。
「ハローハロー、お姉様の相手は俺ですよーっと。では、古鷹響、推して参る」
 薙刀を携える女傑に、古鷹・響(スカベンジャー・e01729)が巨大な銃口を向けて笑う。受けて立とうと地を蹴る忍の前にライドキャリバーが割り込み、威嚇するようなエンジン音を立てた。
 その音を背中で聞きながら、レイは巻物を咥えた忍者の姿を見上げる。その手の中には、確かに宝石の光が見えた。
「一つ術勝負といこうか。召喚術は俺も少し得意でね」
 声と共に掲げた護符が輝き、氷の騎士を戦場に呼ぶ。突撃槍の一撃を乗騎たる蛙に受け止めさせて、影丸は仮面の奥で笑った。
「成程面白い。だが、口寄せの呼び名は飾りではござらぬ!」
 口元を離れた巻物が解かれ、煙にも似た光を放つ。顕現した純白の鼬が、同じ色を纏うレイへと喰らい付く。けれど焦りも恐れもまるで見せることなく、彼は不敵に構えてみせた。
「ではこちらも取っておきをお見せしよう」
 そうして、黄金の光を纏う融合竜がレイの傍らに顕現した。一時召喚されたエネルギー体同士が、咆哮と共にぶつかり合う。
 仲間へ一瞬気遣うような視線を向けた宵鳴・散華(宵闇に散る刃鳴・e05628)が、微かな息の音と同時に己の敵へと向き直った。
「……さあ、始めようか」
 声に応えるように放たれたクナイが散華の頬を裂き、血の花を散らした。
 飛び道具が、上げる声が、戦場を飛び交う。雨のように降り注ぐそれらを掻い潜って、白夜は古風な戦装束を纏う喜三太の元まで駆け抜ける。真正面から放たれた矢があやまたず肩を射抜いたが、それで足を止めてなどいられない。
 一際強く床を蹴ると同時に、利き手に気を流す。熱いほどに高まった気を握り込むようにして拳を固め、敵の懐に飛び込む。そして。
「その防御、崩させてもらうぜ! 豪破掌!」
 零距離に持ち込んでしまえば、弓使いは脆い。叩き込んだ一撃の感触に、白夜は逆手をぐっと握った。
 と、誰かの背が固いものを打つ強い音。思わず振り返れば、小兵太がその螺旋を込めた掌で昴を床に倒したところだった。
 音に反応したのはケルベロスだけではない。小兵太優勢と見た影丸が、ブラックスライムに脇腹を貫かれながらも身を捻り、手にしていた宝石を投げ渡す。藍色の煌きを小気味のいい音とともに掌に収めた小兵太が、銃口を昴の胸に当てようとしたその時だった。
「俺は、人間の諦めの悪さこそ誇りだと思ってる」
 銃撃に頼りきり、距離を詰められると同時に苦しい表情を見せていた筈の昴は、何故か誇らしげな笑みを浮かべていた。瞬時に跳ね起きると同時、敵の銃を掴み寄せて、彼は靴から抜き取った惨殺ナイフを閃かせる。
「だから、その……小平太、さっきの銃で勝負って嘘なんだ、すまん」
 呟きかけたのは、驚愕か、それとも称賛か。いっそ鮮やかなほどに鋭く掻き切られた喉から声にならない息を零して、銃持つ残霊が消えていく。

●手には刃を、胸には誇りを
 瞬間、突風がその場を吹き抜けた。ひらりと袴の裾を揺らして、大きな瞳の女忍が笑う。
「でもでもっ、ビフレストはわたしたちのものですぅ♪」
 一瞬で拾い上げたビフレストの欠片を見せびらかすように掲げる下弦の前に、八重樫・悠莉(小学五年生の鎧装騎兵・e08242)がすかさず立ちはだかる。
「宜しくね? 骨砕き巫女さん」
「骨抜き、ですぅ! 間違えないでくださぁい、ぷんぷんっ!」
「どっちでもいいわよ、興味もないし」
 抗議には辛辣な言葉を投げ返して、悠莉はバスターライフルの引き金を躊躇なく引いた。このカマトト女の態度は、どうにも気に食わない。
 悠莉の声が聞こえてくることに安心感を覚えながら、ルルティアはふと敵に問うてみる。
「そのおやつ、美味しいですか……?」
 彼女が相手取るのは、兵糧の異名を取る男。先の一瞬で丸薬を口に含んでいた彼は、仮面の下から覗く口でぼそりと答えた。
「否」
「そっかー……」
 無表情にしょんぼりするルルティア。その眼前に、八右衛門が瞬時に迫っていた。
「――肉体強化の効果はてきめんぞ」
 触れられただけの箇所が、急激に熱を持つ。内部から肉体を爆破されたのだと、痛みは声高に現状を告げていた。
 だが、まだ動ける。魂を喰らう降魔の一撃が、敵の下腹部に食い込んだ。
 一方で、敢えて仲間からも離れた位置で戦うことを選んだ者もいた。ロベリア・エカルラート(花言葉は悪意・e01329)は、展示室の最奥、非常口近くでビハインドのイリスと共に戦っていた。耳を澄ませば声は聞こえる。首を巡らせれば仲間の戦う姿も見える。だが、とロベリアは両手の鉄塊剣を構える。
「さて、急がないと増援も来そうだし、早く終わらせよっか」
 彼女の言う増援とは、仲間のケルベロスたちのこと。彼らが敗れ、他の残霊が押し寄せてくるなど、万にひとつもありえない。そう、ロベリアは思っている。だからこそ、自分の相手は自分ひとりで倒してやりたいとも。
「地獄に吹くこの嵐、止まない嵐を見せてあげる」
 悪意の嵐が吹き荒れ、留三郎の身に回復効果を低下させる傷を刻む。
 そして武骨な刃に打ち払われた鎖鎌の鎖が、じゃり、と鳴いた。剣戟の向こうにその音を微かに聞きながら、アリス・スチュアーテ(誓いと約束と・e10508)は踊るように俊順との間合いを詰める。
「あなたの刃と私の拳、どちらが強いか比べるとしましょう……私とあなたどちらかが消し飛ぶまで!!」
 突き付けた指先が気脈を断ち、俊順の動きを鈍らせる。剣先を床に落としかけ、けれど強引に体勢を戻して、忍剣士は緩やかな弧を描く斬撃を放ってみせた。足首の筋を断ち切られる痛みに顔を歪めながら、アリスは諦めまいと歯を食い縛る。
「シャアアアアア!」
 気を吐き、拳に降魔の力を纏わせて、彼女は自らの血に濡れた床を蹴った。叩き込んだ一撃が牙となり、残霊の魂を文字通り喰らっていく。
 互いの息がかかるほどの距離で制し合うだけが戦いではない。シュクレ・リオミナード(サキュバスのウィッチドクター・e14063)は指先で優雅に魔道書を操りながら、手裏剣使いをその正面に捉えて。
「飛び道具対決ね」
 笑みかけたのと、竜語魔法を放ったのはほぼ同時。幻影のドラゴンがあぎとを開き、輝く吐息で文次郎を包み込む。けれど次の瞬間、炎の中から螺旋を帯びた嵐が飛来した。にわか雨のように降り注ぐ手裏剣に打たれながらも、シュクレは落ち着いて敵の動きを見極める。こちらも敵も、まだ体力には余裕がある。ならば――より冷静な方にこそ、勝機は廻ってくるはずだ。
 と、その視界の端を光が掠める。悠莉の攻撃に圧された下弦が宝石を誰かに投げ渡したのだ。その行方を目で追うことはせず、シュクレは己が敵を逃すまいとただ前を見据える。
 そして、宝石の飛んだ先では。
「土遁の作兵衛。どんな技を使うか、興味があります! さあ! 見せてほしいんすけど!」
 ビフレストを受け取った忍者へとそう叫びながら、楓が右の袖を捲り上げる。ビフレストの位置を示す赤のリストバンドを高く掲げて、彼女は一息に跳んだ。
 狐の後足へと変じた右足に、重力が集中する。勢いのままに蹴り抜いた一撃が、作兵衛の横面を確かに捉えた。床を転がり、衝撃を殺す彼の手が、乱戦の中で砕けたガラスの欠片を掴む。眼球を狙って正確に投げ放たれた反撃の礫を、楓は反射的に得物で叩き落とした。
「やいやい、兄弟に喧嘩を売るならこの茂正が相手だ!」
「行かせないわ。それとも、私から逃げるの?」
 義兄弟の援護に回ろうとする茂正を食い止めながら、ランが挑発的に言い放ってみせる。尻尾だけは正直にちょっぴり垂れて震えていたけれど、それでも彼女の眼光は鋭い。
「逸るなよ」
 短く眼前の相手が火遁の忍にかけた言葉に、叢雲・秋沙(ウェアライダーの降魔拳士・e14076)は確信を覚える。
(「あ、この人絶対に常識はずれのトラブルメーカー達に振り回される苦労人だ」)
 その役回りを難儀なことだとは思うけれど、すぐに消えてもらうからには同情の種にもならない。踏み込み、ぶつけた拳は、けれど半六の代わりにどこからか出現した丸太が受け止めた。
「ま、予想通りだけどね」
 相手の立ち回りが予測通りだと確かめられたことは、どうあれ僥倖。胸のうちの自信が確かになるのを感じながら、秋沙はとんと踵を鳴らす。その音に、金属の高い音が重なった。
「なるほど、小銭を武器として用いる金遁。そのようなことをされると……キャラが被ってしまうではありませんか」
 そう嘯いて、弥勒が螺旋コインを指で弾く。侵食の毒を帯びた煌きが、数馬の二の腕を深々と抉った。けれど道化の笑みは崩すことなく、忍者は紳士をからくように見やって。
「全くでござるな! であれば、拙者かお主、どちらかが倒れるまで……ほぅれ、バラ撒こうぞ!」
 じゃらじゃらと投げつけられる小銭のひとつひとつが、螺旋力を帯びて重い。その全てを己が身で受け止めながら、まず引きつけには成功したかと弥勒は心中でひとつ笑む。
 そして、かなめもまた、よく似た属性の使い手であることを武器に敵の注意を引き付けていた。
「貴様、水を得意としてるようじゃが、九弾の絶氷って知っておるか? 古臭い話じゃが……目の前に居る儂がそれじゃよ」
 反応は待たず、瞬時に間合いを詰める。タイミングは完璧、後はやるだけ――そう、やればできる!
 掲げた縛霊手が氷を帯び、無限の将来性を秘めた一撃を三之助の頭部に叩き込む。ぐ、と頭巾の下で呻く声が聞こえた。
「兄弟ッ……! ええい、退け!」
 強引に押し通るべく、茂正が両手を突き出してグラビティを放つ。巻き込まれれば無事では済まないであろう爆発の中心点に、しかしケルベロスの姿はなかった。いつの間に回り込んだのか――驚嘆に目を剥いた忍者が振り返るより早く、ランは尻尾をぶんぶん振って。
「ふふん! その攻撃予測してたわよ! いでよ水龍、水の力で押しつぶしちゃえ!」
 その呼び声に応えて、エネルギー体の龍が舞い降りた。大きく開かれた口から、待ちわびたように水の奔流が放たれる。水圧に肋を砕かれたか、咳き込むような声が水音に混ざった。同時に、宝石が投げ放たれて宙を舞う。
「任されたよ」
 軽く跳躍してそれを受け止めたのは、蜉蝣。ランが袖を下ろすのと同時に、蜉蝣に付いていた芍薬が右手首の赤を仲間に見せた。
「蜉蝣――陽炎ね。予想はしてたけど、こりゃ目で追えないわね」
 瞬く間に距離を詰め、或いは離し、変幻自在の間合いから繰り出される攻撃に、手こずっていないと言えば嘘になる。相棒の画面に流れる動画に活力を得て、芍薬は呼吸を整えた。
 軽く駆け出す。床を思い切り蹴って跳び上がる。そして気合の声と共に放つのは、鋭角を描く赤の一撃。爪先に覚えた確かな感触に、芍薬は左手を密かに握る。――まだ、『本気を出す』必要もなかったようだ。
 ちらと彼女の方を見たウタが、その身を地獄の炎で覆い尽くす。纏った炎はウタの力を高めると同時に、刻まれた傷をその痛みごと焼き払う。そして、彼もまた、まだ袖に手はかけない。
「あんたも忍務ってやつか。引けないのはよく判ってるぜ」
 片腕を熊の如き獣のそれに変化させた勇三を前に、ウタはそう言ってみせた。ゆらり、宿した炎が揺れる。
「だからとて、貴様も引く気などないのだろう?」
 からりと笑う忍者に、笑い返す。同時に繰り出された獣の拳を、ウタは軽く身を逸らすことでいなした。
「……っと、そんな単調なビートじゃ俺を捉えることはできないぜ?」
 リズムを取るように、爪先が床を叩く。そうして、一呼吸の機を捉えたウタの得物が鋭い斬り上げを放った。

●揺らがぬ心、崩れぬ矜持
「その程度の力を羨ましがれと? つまらん、欠伸が出るぞ」
 相手取る楽車の左近に向けて、ヒルダガルデ・ヴィッダー(弑逆のブリュンヒルデ・e00020)はにやりと笑ってみせる。傾奇者然とした左近の笑みが、僅か一瞬真顔に変じた。
「楽車とは、喜ばせる、羨ましがらせる事で戦意を喪失させる術だったか」
 人心までもを操る忍者の術は、確かに侮れないものだ。だからこそ、敢えてヒルダガルデは敵を嘲笑うことを意識する。それで左近の意識が彼女との戦闘に集中してくれるならば――安いものだ。
 ジャケットを翻し、ヒルダガルデは剣に地獄を纏わせる。
「その魂、私の地獄に焼べてやろう」
 ごう、と地獄の燃え上がる音。執拗な炎が、何度でも左近に食らいついてその身を焦がす。焦げた上衣を脱ぎ捨てて、左近は凄絶な笑みを見せた。
「向こうはそろそろ忍ぶ余裕もなくなってきたみたいだね?」
「貴様はよそ見をする余裕があるのか?」
 ロイ・リーィング(勁草之節・e00970)の呟きに、道着の忍者が剣呑に答える。同時に繰り出された当て身の衝撃を咳の形で吐き出して、ロイはファミリアロッドの先端を清兵衛に向けた。
「ソフス、邪魔してきて!」
 名を呼ばれたソフスが、杖からフェネックの姿に戻って清兵衛の足元に絡みつく。ちょこまかと動きまわる小さな邪魔者を蹴り飛ばそうとしたその足に、フェネックはがぶりと噛み付いた。口元を手の甲で拭って、ロイは相棒を再び手の中に迎える。
「何か企んで、被害を出そうとするなんてボクは許さないんだからね!」
「それは素敵な正義面だことで!」
 シャルティラ・トゥルシャリラ(疾影の忍・e07738)の言葉を、熊若はそう一笑する。怒車の異名に相応しく、魔力さえ帯びた言葉で誘い出される怒りは、ともすれば我を忘れて彼に殴りかかりたくなりかねない。
 冷静さを失うことは、即ち戦闘の主導権を敵にむざむざ渡すということ。深呼吸して心を鎮め、シャルティラは熊若の急所を狙い澄まして蹴りを放った。思わぬ鮮烈な一撃に怯んだ相手に、シャルティラはすかさず詰め寄る。避ける暇など、与える気はなかった。
 敵にリードを握らせないという意識は、響の中にも確かにあったと言えよう。『他の連中は難しく考えてんなぁ』という戦闘前の呟きとは裏腹に、彼はあくまで冷静に敵の動きを予測し、また分析していた。
「縁があるなら、お姉様のオリジナルと戦ってみたい所だなっと!」
 自身を庇って倒れたライドキャリバーの機体を飛び越えて、響は姿子の正面に躍り出る。得意の斬撃でサーヴァント1体を下したとは言え、それまでに響の砲撃を浴びせられた姿子とて相応にダメージを負っている。ならば、このまま押し切るまでだ。
「打ち負けはしねぇさ、当たりさえすればな!」
 振るわれる長柄の軌道を見切って掻い潜り、そのまま響は腕を突き出した。射突型ブレードがどすんと重い音を立て、女の腹に風穴を開ける。完全にねじ伏せるまで、あとひと押し。
 たたらを踏んだ姿子と背中を合わせるように、蜉蝣が跳び退って短刀を構えた。その動きを、テレビウムがぱたぱたと追いかける。振り下ろされた凶器をかわして、蜉蝣はテレビウムの主――芍薬に刃を突き立てんと駆けた。
 す、と芍薬は目を閉じる。二丁の拳銃をそれぞれの手に構え、そのまま彼女は床を蹴った。踊るように身を翻し、突き出された刃を紙一重でかわしざま、芍薬は女忍の耳元で唇を開いた。
「冥土の土産に教えてやるわ。あんた五月蠅いのよ、音でバレバレ」
 そして、指先が引き金を引いた。至近距離から放たれた何発もの銃声が、残霊に最後の時を告げる。辛うじて蜉蝣の動かした片腕が、宝石をどこかへ放った。
 着地し、そこでようやく目を開けて、芍薬は戦場を見回した。
「さて、次ね」
 休むにはまだまだ早い。仲間の援護に入るべく、そうして彼女は再び動き出す。
「あっちに行ったわよ!」
 ビフレストの行方を注視していたアリシスフェイル・ヴェルフェイユ(彩聯・e03755)が声を上げたのと、ルコ・エドワーズ(六肢の聲・e02941)が白衣の右袖を捲り上げたのはほぼ同時。
「しぶといなあ、残霊なんかがこんなお宝持っててどうするつもり?」
 ルコの煽るような問いかけに、三四郎は縄をしごきながら短く答えた。
「貴公が知ったところで、どうにもなるまい」
「……何だと」
 金の瞳をぎっと光らせ、ルコは得物にグラビティ・チェインを注ぎ込んだ。そうして高めに高めた破壊力が、どこか八つ当たり気味に忍者へと見舞われる。重い一撃をしならせた縄で絡め取られれば、ルコの眉間の皺はますます深くなった。
 勇三を下したウタが視線を向けているのに気付いて、ルコは掌を彼へと向ける。
「僕ならまだいい。加勢は向こうに」
「……分かった。無理はすんなよな!」
 示された方をちらと見、次にルコの方をもう一度見て、ウタは勘右衛門と戦う標の方へ駆けていく。
 その標は、荒い息をつきながら巨漢相手にルーンアックスを振り回していた。双眸こそ冷たく輝いているが、彼の動きは明らかに冷静さを欠いている。故に、隙が生まれた。
 刃を弾かれ、気を込めた一撃を腹に叩き込まれて、標は背中から床に倒れ込む。
「どうしたガラクタ! こんなものか!」
 既に乗せられた挑発の言葉が、がんがんと響く。怒りと悔しさに強く閉じた瞼の裏に、ふと標は大切な人の顔を描いていた。――ここで倒れる訳には、行かない。
 立ち上がった標の姿に、勘右衛門はほうと笑った。彼に向けて自分の胸を指差してみせ、標は言う。
「たしかに傷口からは作動液は出るけど、ここにはちゃんと心はあるよ」
 言葉に、相手は笑んだようだった。軽く笑み返して、標は構えを取り直す。怒りに突き動かされる前に、既に布石は打ってある。ならば、後は攻めるだけだ。
「真ん前から撃ち砕く! 私の! 拳で!!!」
 蹴りの反動を利用して俊順の日本刀をかわし、アリスはぐっと拳を握った。床を蹴って飛び出した身体が、ぐんぐん加速する。そして真っ直ぐ顔面に叩き込んだ拳の向こうで、剣士の鼻が砕ける音がした。
 顔を押さえ、指の間からアリスを睨んで、俊順は片手でなおも刀を構えた。
「貴様にも見せてやろう……絶氷の妙技って奴を……」
 囁くような声に三之助が構えた時、既にかなめは間合いを詰め切っていた。繰り出した掌底が三之助の丹田を捉えた瞬間、彼が両手に纏わせ操っていた水がびしびしと凍りついていく。やがて氷は三之助の全身をも覆い尽くし、残霊が力尽きると同時に砕け散った。
 身を低くして駆け抜ける散華を、弥三郎の投げたクナイが襲う。それを握っていたナイフを投げることで撃ち落とし、散華はなおも足に力を込める。
「キミの生命、ここで散らそう」
 黒き影が、そうして弥三郎の懐へと飛び込んだ。鋭いクナイを首筋に突き立てられるより数瞬早く、彼女は生命散華の一撃を敵の心臓に食い込ませる。
 次の一撃を受ければ立っていられるかどうか、この一撃で倒し切れるかどうか、非常にギリギリの賭け――だが、女神は散華の方に微笑んだらしい。どうと倒れ、消えていく残霊を見下ろして、彼女は頬に飛んだ血を拭った。
 そして、ルコの猛攻を受けた三四郎がいよいよ本気で離脱しようと身を翻した。だが、彼が向かおうとした先の非常口には今にも抜ける体勢で頼犬が立ちはだかっていた。
「貴公、まさか……いつの間に彦四郎を」
「悪いね、先回りさせてもらったよ」
 言葉とは裏腹に、どこか楽しむように少年めいた声が答える。間をおかず放たれた一閃が、装束ごと皮膚をばっくりと切り裂く。
 ふたりのケルベロスに挟み討たれる格好になった三四郎は、半ば諦めたような息をつくと共に宝石を猪助へと投げ渡した。決して万全の状態とは言えない彼にビフレストが渡ったのは、頼犬を始めとした、既に自分の相手を倒し終えたケルベロスが苦戦する仲間の救援に入り、或いはビフレストの移動に目を光らせていたからに他ならない。
「あれ? あたっちゃった?」
 明るく人懐っこい表情で首を傾げる藍に、口元だけで困ったように笑って、猪助はやや丸っこいシルエットの身体を揺すった。
「やっぱりやるもんだねぇ、君! 手加減なんて全然いらなかったじゃない」
 当然だろう。手加減してねとは言ったが、勿論相手の油断を誘うための言葉に過ぎない。それに救援を求める合言葉ゆえ、『本気を出す』とは口にこそ出さないが――藍は、初めから常に全力だ。
 そんな彼女が本当に見ているものに、猪助は恐らく既に気付いているのだろう。
「……なんて言っても、君は油断しないだろうなぁ! でも、僕の能はこれしかないから……やっぱり言わせてもらうよ、君はすごい!」
 或いはそれは喜車の術ではなく、本心からの称賛だったのかも知れない。最後の拳を受けて仰向けに倒れる刹那、藍の顔を見た猪助の瞳は、不思議と澄んだ煌きを宿していた。
 最後に彼の投げた宝石を受け止めた仙蔵に、アリシスフェイルがぴったりと追いすがる。
「私、貴方を獲物と定めたの。獲物は、私、逃がさないよ」
 ここまで追い詰めておいて、逃がすなどとんでもない。ふ、と強気な笑みを浮かべてみせれば、逃げるだけ無駄と悟ったのか、足軽姿の忍者はくるりとアリシスフェイルに向き直った。
「なればいざ、再び」
「ゾクゾクするねっ」
 残霊狩りなら、もはや日課だ。何を恐れることがあるだろう。楽しみさえ覚えながら、アリシスフェイルは両の掌に光を宿す。
「金から銅に至り、灯し火を清算せよ。流るる星々、緋色の路々、彼方から此方へ渡り、潤いを我に――喰らい尽くせ、啜りて充たせ」
 歌うような詠唱から、星火の行軍が紡がれる。目の前の残霊から吸い上げた生命力がアリシスフェイルの中へと流れ込み、傷を、痛みを、消し去っていく。負けじと繰り出された槍の穂先を睨み、身体を捻ってそれをかわす。その拍子に、長い髪がひらりと舞った。

●煌きを掴むもの
 歯車がせわしなく回り、得体の知れない忍器が飛び回る。やはり厄介かも知れないと、エレミアは内心で汗を滲ませていた。奇策に警戒していた分、まだ我を失うほどに翻弄されていないのが救いだろうか。
 裂帛の叫びで纏わりつく炎を吹き飛ばし、反撃とばかりにセイクリッドダークネスを見舞う。掴み寄せた焔は、肉体の一部さえも絡操に置き換えたのかと思うほど、不気味に軽い身体をしていた。
「ふむ、なかなか冷静な立ち回りであるな」
「どうも」
 短く返して、跳び退る。先の一撃が効いたのか、敵はだらりと片腕を引きずるように垂らしていた。だが、まだ奴は何かを持っている。直感的にそう思って、エレミアが構えたその時だった。
「ならばご覧に入れよう、この焔の最高傑作を!」
 言うなり、焔は自身の装束に火を付けた。一体何を仕込んだ服だったのか、瞬間彼は弾丸のような勢いで『発射されてきた』。噴き出す炎をも推進力としての突進をまともに受け、息が詰まる。
 床を転がり、その勢いで起き上がって、エレミアは軽く腕を引いた。やはり床に転がって突進の後の衝撃を殺していた焔の喉元に、ただ一本の指を突き付ける。それこそが、拳士による死の宣告だった。
 気脈を完全に断たれて硬直した焔の身体が、ばらばらと人形のように崩れて壊れていく。物言わぬパーツとなった彼が完全に消滅したのを確認して、エレミアは戦場を見回した。
 増幅した感覚により、周囲の時間がスローに感じられる。ガンスリンガー特有のその感覚を最大限に生かして、悠莉は下弦の攻撃を文字通り紙一重で回避した。
 渾身の一撃が回避されたと気付いた顔の下弦にドヤ顔を見せれば、下弦の表情が目に見えて歪んだ。
「あ、あんまりバカにするとぉ……」
「システム起動、リミットオーバー! これが私の全力だよ!!」
 最後まで喋らせることなく、悠莉は殲滅の翼を解き放つ。オールレンジ攻撃にさらされて断末魔すら掻き消されていく残霊に、彼女はあくまでにっこりと笑ってみせた。
「手加減出来なくてごめんね?」
 声は、果たして下弦に届いたのだろうか。ともあれ、悠莉は仲間の援護に回るべく、バスターライフルをがちゃりと構えた。
「死んだふり……じゃないね、消えちゃったし!」
 急所を音もなく切り裂かれて伏した熊若が消滅していくのを見届けて、シャルティラは視線を巡らせる。と、鮮やかな黄色が目に入った。敵味方の区別を失いそうになる暗示に抗いながら戦う結奈の方へと、迷わずシャルティラは走り寄る。並び立つ頼もしい横顔に微かに視線を向けて、結奈が雨夜の月の詠唱を紡いだ。
「真実は虚飾に、虚飾は真実に。夢は現に立ち返れ。この世の理を、私は守るために否定する。顕現せよ、目覚めと共に訪れる終焉よ、我が元へ」
 放つ追撃は、あやまたず『敵』――嘉兵衛へと向かう。小さく頷いたのち、シャルティラは彼の注意を逸らすべく一歩深く踏み込んだ。
 印を結び、楓の呼んだ御業が炎弾を放つ。至近距離から光と熱の奔流に呑まれては、土を喚んでの防御も紙のようなもの。見事、と呟きながら、作兵衛の姿が溶けていく。
「あ、ちょっと! その術教えて欲しかったんすよー!」
 惜しむような声が、高い天井に跳ね返る。それを鬱陶しがるように、四郎兵衛が首を横に振った。
「どうにも……どやつもこやつも、怖がらせ甲斐がありませんなあ」
「アナタの話くらいで、いちいち怖がってる暇ないね」
 淡々と彼の嘆きを切り捨てながら、ジンはその背後をついと指差す。分かりやすいハッタリに今更乗るものかと四郎兵衛が正面向きに構えた瞬間、ジンの姿はその背後へと滑り込んでいた。
「頭上、背後、足元、正面にワタシの刃もあるね」
 紅の双眸が、ゆらり輝く。瞬間襲い来た大嘘突きの刃に貫かれ、ごふ、と残霊が血を吐いた。
「拙者の言えた義理ではござらんが……中々に、卑怯な小娘でしたなぁ……」
「卑怯? 油断するアナタ悪いだけね」
 やはり眉ひとつ動かさずに返して、ジンは残る仲間の加勢に向かう。
「そろそろ本気を出させてもらう。構わんな?」
 ニヤニヤとした笑みを消さないヒルダガルデと、既に軽い笑みをかなぐり捨てた左近。一見ヒルダガルデの圧倒的優勢に見えるが、相手が『強さ』を見極めたがると知った左近の猛攻は確かにヒルダガルデに並ならぬダメージを与えていた。
 声を聞いたかなめがちらつく分身を彼女の方へと飛ばし、ついでに赤のリストバンドの方向に視線を走らせる。レイ、エレミアの加勢を得たアリシスフェイルに追い詰められた仙蔵が、藍色の宝石を投げる。その先に、骨法の清兵衛がいた。
 宝石を掴んだその手でなおもぶつかって来る忍者の攻撃は、重い。杖を使って清兵衛の身体を押し返し、壁際に追い詰めようと試みながら、ロイはむしろどちらが追い詰められているのかと考えかける。自分の方が消耗しているとは、考えたくなかった。できることなら、まだ黄色のリストバンドは見せたくない。
「確か、俺は強いかと貴様は聞いたな。……これが答えだ、どうだ」
「そうだね、貴方は強い。……でも」
 強くなりたいのには、理由がある。だから負けられないと、見抜いた敵の構造的弱点に向けてロイは痛烈な一撃を叩き込む。
「まだまだ」
 額から口元まで流れ落ちてきた血を舌先で止めて、シュクレが左の袖をまくる。仲間を頼ることは恥ではない。全員で、全力で勝ちを掴むべく、白夜が彼女を守るように腰を落として構えた。そんな彼に短く礼を述べて、シュクレは何度目かのペトリフィケイションを放つ。
 さて、と弥勒は数馬を見据える。先の手で生命力を吸収した分、こちらとあちらの間には余裕の差が生まれているように思える。そしてこの状況であれば、数馬は弥勒の抜き手を見切ることはできない。ならば。
「術式解放。螺旋力、臨界圧縮……!」
 螺旋を極限まで高め、放つ。神堕し・武烈殲神紫電爪。そう名付けられた抜き手に魂を刈られ、数馬が倒れ込んでいく。じゃらりと床に零れた彼の武器もまた、溶けるように宙へと消えた。
「……義兄弟も、残るはわしのみか」
「そうみたいだね」
 半六の呟きに、秋沙が頷く。同情はしないが、それくらいの反応はしてもいい気がした。
 だが、敵とて諦めた訳ではなさそうだった。床から伸び、鞭のごとく暴れる蔓に耐え抜いて、秋沙はその時をじっと待つ。
 そして、時は訪れた。術式を操った後に生まれた一瞬の硬直を逃さず、秋沙は全速力で半六の眼前まで踏み込んで。
「これが私のとっておきっ! これでっ……砕け散れぇぇぇー!」
 叩きつけた天叢雲剣が残霊を両断し、霧散させた。
 自分は弱くなどない。それを証明するかのように、ロベリアが地獄の炎弾で留三郎を飲み込んでいく。花開くような炎の佇まいとは裏腹に、その一撃は残霊の残り少ない生命力を容赦なく喰らい尽くす。
 残霊が消えると同時、ロベリアは軽く息をついて仲間たちの方へと目をやった。何とか救援を頼まないままやり切ったが――警戒に回る前に、受けた傷は塞いでしまった方がよさそうだ。
「お嬢さん、中々できるね? だがしかし、我が秘技の前には――」
「……やめて」
「きゅいっ」
 なんだか怪しげな手つきで印を結ぶ弥左衛門を、シンクは全力で拒絶する。彼女に同調するように、闇の属性を持つボクスドラゴンが鳴き声を上げた。
 とは言え、既に弥左衛門の動きに精彩はない。魔力の氷と炎に散々蝕まれた身体は、とうに限界に近付きつつあった。このまま押し切ろうと、シンクは伸ばしたケルベロスチェインで弥左衛門の全身を縛り上げる。
「アッ!? いや、しかし私は空蝉の術の使い手ッ! この程度、するりと抜けて――」
「……藍、お願い」
 敵が捕縛を振りほどく前にと、シンクは相棒に視線を送る。承知したとばかりに飛び跳ねたボクスドラゴンが、闇色のブレスを思い切り吐き出した。竜の吐息に呑まれて、残霊の身体が消えていく。ぱさりと最後に床に落ちた衣も、やがて塵のように崩れていった。
「私の歌はこの声ある限りとめられない。笛はどう!?」
 たまと木猿の戦いも、いよいよクライマックスを迎えようとしていた。
 いや、戦いと言うより、むしろセッションと呼ぶべきやり取りかも知れない。木猿の吹き鳴らす軽やかな笛の音が、自身の精神を揺らがせる攻撃だと分かっていてなお、たまはその音に乗り、合わせることを選んだ。武器攻撃の合間に織り込む響鳴戦・熱叫尽力が、たまの音を更に熱く強く響かせて。
 仕込み笛の中をくるりと回し、吹き矢を放ったその後で、木猿は仮面越しに声を上げた。
「見ての通りだね!」
 答えに、小さく笑う。敵の声は掠れ、途切れようとしている。たまの心臓とて、いい加減に休みをとさっきからどくどく叫んでいる。――そろそろ、終幕の時間だ。
「私と一緒に熱くなれ! 拳を挙げて、行くよ、せーの!」
 空間が、弾ける。音に呑まれ、存在を維持できなくなった残霊が消えていく。その最期に軽く手を振って、たまは笑った。
「音楽戦楽しかったよ、木猿さん!」
「あとは、この人だけですね……?」
 足元に並び、斧を振り上げようとするルルティアの呟きに、ロイが短く頷く。
 これで最後だ。ならば回復など考えることは、やめよう。痛み、軋む身体を半ば狂気混じりの心で突き動かして、斬霊刀を上段に構える。空いた胴を狙い澄まして、清兵衛が蹴りを放とうとしたその瞬間。
「これで、終わりだよ」
 非物質化した刃が残霊を蝕み、完膚なきまでに壊す。宙に浮いた清兵衛の身体が、そのまま床に落下することなく消滅していく。からん、と音を立てて、彼の持っていた藍のビフレストが転がった。
「……ビフレスト。計り知れない脅威ね」
 美しく光るそれを見つめて、結奈がぽつりと呟く。頷き、シャルティラが宝石を拾い上げた。
「それじゃ、この場で壊そっか」
 異論は上がらなかった。そも、それも含めての任務だ。藍色の光が砕け散り、ぱらぱらと床に零れる。砂のようなそれは、やがて光の粒子となって消えていった。
「少しは勇気の出し方がわかったかな」
 壁にもたれて、標が呟く。笑みを浮かべた彼の横顔には、どこか誇りのような色が浮かんでいた。
「つ、疲れたです~」
 終わったのだという実感からか、アリスがその場にぺたんと座り込む。やはり座ったままぼんやりと宙を見つめるルルティアに、悠莉が駆け寄っていった。
「腹も減ったしな、後でラーメン食いに行こうぜ?」
「ラーメンねえ。別にどうでもいいけど、付き合ってあげないこともないわ」
 ウタの提案に、ランがつんと言葉を返す。けれど、その尻尾は嬉しそうにぱたぱたと揺れていた。
「さて……修復もしなくてはな」
「そうね。もうひと働きといきましょうか」
 戦闘で荒れた館内を見回して呟いた散華に、ヒールは得意分野だというようにシュクレが微笑む。彼女の後に続いて歩きながら、白夜は首を捻っていた。
「螺旋忍軍の動き……親父に教えてもらったのとそっくりだったのは気のせいか?」
「ん? どうしたんすか?」
 振り返った楓に、何でもないと白夜は手を振る。
 割れた窓ガラスが、やがてグラビティによって修復されていく。幻想を含み、紋様入りの擦りガラスに変わった窓の向こうに、深い青色の秋空がどこまでも広がっていた。

作者:猫目みなも 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年9月28日
難度:普通
参加:30人
結果:成功!
得票:格好よかった 25/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 6
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。