愛の咎人 陽影

作者:深水つぐら

●水鏡
 真昼の賑わいは夜までは続かない。
 とろとろと揺蕩う残り陽の熱を足元に遊ばせると、寒島・水月(吾輩は偽善者である・e00367)は顔を上げた。
 見回りがてらに歩いた桜の並ぶ郊外の疎水道、その一角である。
 耳を撫でた葉擦れの音に視線を向けた先には、過ぎた季節を惜しむ様に桜が内光りながら咲いていた。
「お気に召したかしら、『鈴木灯十朗』センセ」
 背後からの声に振り返れば、月光の下に立つ黒いコートの少女が見えた。自身の筆名を口にした彼女は、赤眼を薄らと向けている。
 その者を水月は知っていた。
 陽影――かつて自分とも縁を持ち、昨今ケルベロス達を騒がすドリームイーターである。
「『桜の下で愛を誓う』なんて、愛に尽す女の好きそうな舞台ね」
「それはそれでいい想い出かと」
 笑う少女は傍らの鍵を弄りながら、穏やかな調子で話を続けた。その様に水月は内心ほっとするも、その安堵が不用意だったとはすぐに分かった。
「いい想い出、ねぇ。やっぱりあんたとは相容れないわ」
「陽影……」
「私の邪魔をしたのよ、あんたの愛も壊してやるわ」
 告げた少女の唇が三日月へと変わっていた。刹那、風が一斉に木々を揺らす。
 それを合図に振われた鍵は、水月へモザイクの波を解き放つ。纏わり付く力を払い、慌てて拳銃を構えるも、陽影の鍵は易々と守りを突き破り、水月の胸に食い込んだ。
「ねえ、偽善者。あんたが愛を作るのもこれで終わりよ」
 投げた言葉の中には嘲笑が込められていた。
 夜風に煽られた葉擦れの音は、掻き乱される己の心に似ている。
 引き抜かれた『鍵』が月光に煌く。
 再びその鍵が降り上げられると、とろりと映えた光が、水月の青眼に冷え冷えと映った。

●愛の咎人 陽影
 慌しく準備を始めたのは、ギュスターヴ・ドイズ(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0112)だった。
 周囲が驚くのも余所に、彼はヘリオンを確認すると急いて告げた。
「すまないが至急の案件だ。手を貸してくれ」
 良く通る声に乗せた事情――それはある予知だった。ギュスターヴの見たのは人々の愛がドリームイーターに奪われる事件を調査していた寒島・水月が、調査中に黒幕のドリームイーター『陽影』に襲われるというものである。
「急いで連絡を取ろうとしたのだが、全く繋がらん」
 その言葉にケルベロス達の間へ緊張が走った。それはつまり、一刻の猶予もない事態だと言う事である。彼が無事な内に、なんとか救助に向かわねばなるまい。
 陽影は『見返りの無い無償の愛を注いでいる人』から愛を奪っていたドリームイーターである。これまでは表立って動く事もない故に、その攻撃方法は謎であったが、ギュスターヴの予知によってその手段が見えたという。
「陽影の得物は巨大な鍵だ。それからモザイクを操り攻撃してくる。一撃はそう強くはないが、厄介なのはその体力だな」
 どうやらこれまで喰らったドリームエナジーを耐久強化に使用したらしく、かなりタフになっているらしい。その分、相手の回復手段がない事は救いと言えるだろう。
 そこまで告げると、ギュスターヴは自身の顎髭を弄り、伏し目がちに言葉を零した。
「不甲斐ない話だが、水月の安否までは見えなかった。だが、無事であり、現場で戦う意思が見えたのならば、彼に力を貸してやって欲しい」
 自身の縁との決着を付けさせる為に。
 だが、戦闘が不可能であれば、救出をしながら陽影と戦う事になるだろう。
「私から頼むのは水月の救出と、かのデウスエクスの撃破だ」
 見返りの無い無償の愛――泡沫に似た感情を奪い続けてきた少女は、一体何を求めていたのだろう。その縁がどう水月に繋がっているのかはわからないが、その想いを果たせずに命の火を消させる訳にはいかない。
「君らは希望だ、何も取りこぼさぬ様に」
 黒龍は願う如く呟く。
 水に映る月を救わなくてはならない。


参加者
寒島・水月(吾輩は偽善者であるが故に・e00367)
シェイ・ルゥ(虚空を彷徨う拳・e01447)
柊・乙女(黄泉路・e03350)
メロウ・グランデル(眼鏡店主ケルベロス・e03824)
サクラ・チェリーフィールド(四季天の春・e04412)
イルリカ・アイアリス(生命しらべ・e08690)
七種・徹也(玉鋼・e09487)
虎丸・勇(フラジール・e09789)

■リプレイ

●咎人
 桜の空を愛でるには余裕がなかった。
 とぷりと暮れた夜の下で、イルリカ・アイアリス(生命しらべ・e08690)は、足元に散らばった桜を踏み締める。ひらりと踊る花弁は美しいが、一度汚れると悲しい程にみすぼらしくなった。
 焦る気持ちを拭う為に足を速めれば、シェイ・ルゥ(虚空を彷徨う拳・e01447)の声が背を押した。
「もうすぐのはずだ、急ごう」
 その言葉に柊・乙女(黄泉路・e03350)も頷くと、移動の衝撃で飛び出しかけたシガレットケースを押し込んでやる。苛立つ様をはぐらかし、ちらりと視線を流せばサクラ・チェリーフィールド(四季天の春・e04412)の不安そうな顔が見えた。
 仲間達の顔に浮かぶ焦りの理由――それは現場の認識違いに戸惑った事で起こってしまった初動の遅れからであった。
 ヘリオライダーの予知では、寒島・水月(吾輩は偽善者であるが故に・e00367)は因縁のあるデウスエクスに襲撃を受け、危険な状態へ追い込まれてるという。故に戦場へいち早く向かわねばと思うも、心ばかりが焦った。
 そんな仲間達に、七種・徹也(玉鋼・e09487)の声が飛ぶ。
「見えた、あの光の下だ!」
 それは一筋の光明。示す方向には輝く桜と戦火が見えている。
 その中心に水月の姿を見つけたメロウ・グランデル(眼鏡店主ケルベロス・e03824)は、眼鏡を光らせると自身の半身であるウイングキャットを呼んだ。
 少しでも早く先生の元へ。
 そう願った瞬間、黒いコートの少女が動いた。振り下ろされるのは斑の鍵、その切っ先が水月の身を捕える。
 胸に突き刺さった鍵に悲鳴が上がった。
 間に合わなかった。
 その事実に思考が止まった。
 だが、同時に黒いコートの少女――陽影の声も上がった事でケルベロス達は息を飲む。
 水月が放ったドラゴンの幻影が、炎の口で彼女の腹に喰らい付いたのだ。それでも夢喰いは歯を食いしばり、斑の鍵から焔を躍らせる。獲物を追って降り落ちる焔雨――その攻撃を防いだのは、滑り込んだシェイの幻龍だった。
「キミと寒島さんとの関係は分からないけどね。こちらとしても寒島さんに居なくなられると困るから……ね?」
 構えを取るドラゴニアンの降魔拳士に、陽影は舌打ちするも、弾かれた様に顔を上げる。
「お前の相手は……俺だァ!」
 見えたのは地獄の炎だった。追い付いた徹也が振るう地獄の波動が、陽影の体へと降り注ぐ。怒りの感情を瞳に宿した夢喰いに、次いで浴びせられたのはサクラのボクスドラゴン・エクレールが吐いた雷息だった。目も眩む閃光を紙一重で避けた陽影の前に、再び不意に現れたのは炎だ。
「さぁて、猫への無償の愛なら負けないよ。奪ってみるかい?」
 蹴撃を放った虎丸・勇(フラジール・e09789)の軽口が聞こえれば、最後に到着したライドキャリバー達がケルベロス達の前に盾として滑り込んでくる。
「みんな……」
 安堵に溢れた水月の声とは裏腹に、周囲に満ちる敵意を汲んだ陽影は不機嫌そうな顔をする。
「あなた達、邪魔をするの?」
「もちろんです! 真のファンは落ち目のときにこそ強く応援するもの、作家のピンチには絶対駆け付けます!」
 メロウの言葉は力強く、そして確実な信念を持って告げられた。
 そんな様に。
 愛を奪い続けた夢喰いは、不機嫌そうに己が鍵を振った。

●戦火
 猛る火が、鮮やかに夜を染めていく。
「引け、水月!」
 鋭く投げた言葉の後で、徹也は残りのプロテクターを外すと左腕を露わに地を蹴った。右腕の力のみで鉄塊剣が唸れば、その一撃が陽影の振う鍵と衝突する。
 押しつ押されつの鍔迫り合いの最中、一片の桜がひらりと舞った。
 ひと、ふと、み。時を数えたその後に、紅を切り裂く勇の刃が飛び退った少女を追う。業【カルマ】の名を持つ刃の一閃が花夜を裂けば、血の色がたふ、と咲き誇った。
(「よし、当たった……!」)
 募らせた責任感からか初手こそ狂ったが、今の確実な手応えに心を猛らせる。体が動くならばそれでいい、余計な事を考えずにただ相手を退けるのみ。
 間合いを取った夢喰いの少女は、黒いコートを血でさらに深い色へと染めがらも、苛立ちと共に鍵を振るう。
 途端、生まれたのは無数のモザイク――後方へ飛来した斑にケルベロス達の身が囚われると、少女の哄笑が響き渡った。
「これ以上好きには……!」
 イルリカはそう声を上げ、すぐに魔法の木の葉を生み仲間達へ癒しを施していく。ちらりと視線を投げれば、後退した水月の姿が見えた。先程のダメージは彼自身と乙女の治療でやや回復している様に思える。最前線で戦うには厳しいが、この位置ならば大丈夫だろう。
 間合いを取ったケルベロス達は、次の攻撃へと備えて前衛を担う者が守りを固めていた。その数は全てのサーヴァントを合わせて六枚の盾――それは些か過剰だったかもしれない。
 初手こそ水月自身も盾の恩恵を得ていたが、自身で耐えきる根性を見せた以上、守りの負担は減っている。それならば、盾を鉾として回した方が良かっただろう。
 なぜならば。
「エクレール!」
 消えいく相棒にサクラが悲痛な声を上げる。陽影の攻撃が、最後のサーヴァントである彼女のボクスドラゴンを貫いたのだ。
 綻びはメロウのウイングキャットが崩れた事を皮切りに、八重の花を散らすが如く緩やかに現れていた。特に体力の底上げをしているとは言えど、盾としての役目を強く望み続けるのならば、サーヴァントの消耗は激しかったのだ。
 散った半身に、サクラは唇を噛み締めると戦場の仲間達へと視線を走らせた。
 自分以外にも魂の半身を共とした者がいる。
 彼らも含めて少しでも長く戦える様に心を砕かねばならない。間に合わなかった癒しを悔やむよりも、自分の出来る事を。
 桜の娘がオーロラに似た光を広げれば、最前線を支える者達の傷が癒えていく。
「しかし、こりゃあ宛てが外れたかな?」
「さあな」
 血糊の拭うとシェイに、徹也はそう返すと切った口の中から血唾を吐いた。
 大きく減った戦力――それは相手の守りを貶める事に力を入れ過ぎた事が原因だろう。もちろん、相手の鉾盾削りは有効だが、同時に自分達の強化も等しく必要だった。予想外に続出した負傷者への回復により、強化を補助する余裕はなく、役割をほぼひとりが担った事は攻撃手の減少にも繋がっている。
 その上で、体力がある相手に長期戦をしかけると言う事は、相手の優位性を存分に発揮させると言う事だった。
 火力不足――それがじわじわと前衛へ負担を強いていたのである。
 その不利を支え続ける乙女は、いつもの様に険呑には構えてはいられなかった。
「立て」
 幾度目かの癒しとして、自身の呪いを這わせ、言霊に因って傷を喰らわせる。滲んだ血とその力が不気味なモザイクを消すと、徹也は再び戦場へと身を躍らせた。
 互いの得物がかち合い、弾かれ、煌く星に似た火花を散らす。
 残る盾役の体力はじわじわと削られていた。誰かを守ると言う事は、誰かを庇う数だけダメージを受けやすくなると言う事――疲労の色が見え始めたメロウが、幾度目かの得物を合わせた時、不意に陽影の身が沈んだ。
「あんたさあ、一番めざわり」
 声を返す暇があらばこそ。
 一気に間合いを詰めた少女は、素早く鍵を繰るとメロウの胸に突き刺した。

●喝采
 彼女と出会ったのは何が最初だったのか。
 自分の文章を好きだと褒めた娘の身が崩れると、水月の腹でじり、と何かが焦げる。
 気がつけば、愛用する得物を構えると鋭くサクラの名を呼んでいた。
「行きます!」
 気を吐いたサクラが、Spiritual Harvesterに宿る呪力を渾身の力で振り下ろすと、そのまま大きく翼を広げる。その影から水月の銃弾が解き放たれた。
 戦場を貫く弾丸が、陽影の肩を撃ち抜けば、イルリカは冷静に得物を構え直す。今見出された隙ならば、行ける。
「剣となした世界よ、この胸に秘めた想いを開合せよ。告げる想いは――」
 少女の唇が開く。
 切り開かれた言葉を鍵に、形成された特殊な結界が得物を強化し、その術を持って敵へと肉薄する。かの切れ味は推して知るべし。けれども、お返しとばかりに解き放たれた焔を、最後の盾となった徹也が庇った時、イルリカの眉根が寄った。
 暴走を覚悟すべきか。
 すでに最前線の彼らの体力は半分を切っているだろう。自身の心に秘めた思いが戦場の空気によって焦げ付いていく。
(「ダメですよ……――終わらせなきゃ」)
 けれども、それが杞憂だと思わせたのは、ゆらりと動く影を見たから。
「奪うばかりのあなたが……生み出している先生を傷つけようなんて……許しません!」
 光が渡る。
 眼鏡フレームのずれを直し、傷付きながらも立ち上がったのは我らがメロウ・グランデルである。彼女の内に燃えるのは、灯十朗作品への愛――それを持って凌駕したのだ。
「通常営業で落ち目ゆえに鋼より硬く鍛え上げられた灯十朗作品ファンの頑強さ、見せてあげます!」
 その言葉に陽影は苛立ちを覚えたらしく、大振りに鍵を振ると顔を歪ませる。
「ほんっと目ざわり、黙りなさいよ!」
「……まるで駄々を捏ねる子供だな」
 気に入らないから喚き散らす。やれやれと言う様に首を振った乙女は、息を吐くと目を細めた。
 ――お前に足りないものも、寒島との関係も……私の知った事では無い。
 デウスエクスならば、殺すだけ。
 ただ、子供に命を奪わせる事だけは忍びない。
 乙女が胸中の思いを払い、戦場へと視線を戻せば、再び刃を交える仲間達の姿が飛び込んでくる。徐々にではあるが確実に、ケルベロス達は相手を押し始めている。その証拠に、夢喰いの体がぐらりと揺れた。
 その隙をシェイは見逃さなかった。
「南海の朱雀よ、焔を纏い敵を穿て!」
 己が手の焔は朱雀の加護を帯びたまま激しく燃え盛り、神速の一撃として陽影の体を強かに撃つ。さらに後を追ったのは、間合いを詰めた勇だ。
「悪いけど、じっとしててね」
 自身に宿る螺旋の力を雷に変換し、その力と共に斬り付ける。切り開かれた腸に、陽影の顔から笑みが消えた。次いで響いたのは悲鳴、否、耳を劈く叫びだった。
 狂った様に響く声――共鳴したのか鍵が輝くと、モザイクの宝玉が焔を吐き出しシェイへと解き放たれる。その量が尋常ではなかった。雨の様な炎撃に、たまらずシェイの体が燃える。
「シェイくん!」
「来るな!」
 ドラゴニアンの体から焦げた肉の匂いが立ち昇り、その痛々しさに仲間達は息を飲んだ。けれどもシェイはいつもの様に飄々と笑った。
「ほら、寒島さん……自分の手で、決着を、つけたいなら……頑張れ、よ……」
 呟いた彼が片膝を付いて崩れ落ち、その様に口元を引き締めた徹也が前へ躍り出る。そうして解き放たれたモザイクに、ケルベロス達の鮮血が舞った。次いで聞こえたのは哄笑――その様にイルリカは唇を噛んだ。想いを踏みにじり嘲笑うのが許せない。
「あなたはなんで妬んだり、羨むことしかしないの?」
「……なあに、それ。どうして私がそんな感情を抱くのよ。私が欲しいのは――」
 言い掛けたが、すぐに口を噤んだ。混じる感情に何か異質なものが見えた気がして戸惑うが、攻撃の雨が思考を中断させた。

●離別
 攻防の終盤は見え始めていた。そのやりとりの間に、勇は陽影の言葉を拾い聞きながらぎゅっと唇を噛み締める。
(「愛ってのは、そんな簡単に奪っていい代物じゃないと思うけど……そこんとこは理解はしてくれないかな」)
 胸の中に渦巻く諦め。やはり、デウスエクスと人類は歩み寄りなど出来ないだろうか。
 その想いを払う様に首を振ると、再び戦場へを目を向ける。
 そこには幾度目かの鍔迫り合いをする水月と陽影の姿があった。ぎちぎちと音を立てる得物を境に、二人の視線が交わると、不意に陽影の方が笑う。
「あなたが他人に優しくするのは、自分に優しくしてもらいたいからでしょう?」
 本当に偽善者――そう告げた彼女は笑いながらも不機嫌そうだった。
「作家なんて自己愛の塊よ。あなたは自分を愛す人を求めるから、自身のいい面を取り繕って文字に重ねた。そうすれば心地良いから、愛されるから、慕われるから。そうでしょう、認めなさいよ」
「……だったら、どうだってんだ」
「あなたは偽善者よ。人の為と言いながら自分の為だって、なんて――」
「それが矛盾だってぐらい僕も気が付いている」
 はっきりと告げた言葉に、陽影の顔が拍子抜けする。
「お前は人の愛を理解出来ちゃいない。それなのに、これだけの事件を起こしてきた。愛する人に尽くしても見返りがないのは気持ち悪い――でも、それでも愛したいのが人間だ。その人間に固執した。結局、お前は人の愛を憎み切れていないんだろ」
「違う、違う違う違う!!」
 途端、陽影は得物を弾くと大きく跳び退った。動揺を隠さない夢喰いへ水月は震える手のままに得物を向けた。
「他に譲るわけには、いかないんだろう?」
 乙女が掛けた言葉には残ったケルベロス達の思いが込められていた。
 その意を汲むと自称偽善者は笑う。彼の眼に映るのは顔を恐怖に染めた少女だ。
「……理解なんかできない、『しちゃいけない!』」
 だって、理解してしまったら、私のモザイクは。
「ピリオドは、貴様自身の技で打たせてもらう!」
「や、め、ろおおおおおおおおお!」
 人の愛を、その者自身の手で弄んできた少女。その影に自分の姿を見た気がして、水月はモザイク状に生成された魔力の弾丸を解き放った。緩やかに見えた弾がその胸を撃つ。そうして、ぽっかりと空いた穴から炎が踊り出た。
「あ、あ……」
 月色に似た髪、燃える様な赤の目、誰かの愛を求める夢喰いの少女。
 彼女が、燃えていく。
 赤と青の瞳がはっきりとかち合うと、水月は瞬きをして空を望んだ。そこにはぽっかりと緩く光る月が在った。
 瞬間、腹の底に抱えたものが思わず漏れた。
「月が、綺麗だ……」
 その言葉に、陽影の唇が戦慄く。
 愛を奪う。それはすなわち、愛を求めているからに他ならない。愛が欲しいからこそ、人に尽すのだ。それが人間であり、だからこそ矛盾の不器用さが愛おしいと思える。
 少女は赤い瞳を緩ませるとようやく水月を見返した。
 馬鹿――音を伴わずに唇がそう動くと、残りの炎が少女を焼いた。同時に吹いた夜風に桜は花を散らしていく。
 夢喰いの力で再度咲いた桜の木は、一斉に花を散らすと若芽を芽吹かせていく。季節外れの桜はすでに夢であったのだ。
 一斉に散った花。その一片が煌きと共に空へ昇っていく。
 遠く遠く、淡い光に惹かれる様に月明かりへと飲み込まれる。
 水面に映るは月の影――陽炎の様な揺らぎの中で、陽影の名を持つ者が消えた。

作者:深水つぐら 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年6月1日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 34/感動した 13/素敵だった 12/キャラが大事にされていた 3
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