影真似

作者:こーや

「さて」
 ビル風が駆け抜けていき、女の黒髪をさらう。
「命令を確認しましょう。あなたのすることは、地球での活動資金の強奪、或いはケルベロスの戦闘能力の解析」
 女は髪を押さえながら、傍に控える娘を見やった。
 一つに結った長い髪を持つ小柄な娘。表情を見ることは出来ない。
「ケルベロスと交戦すれば、それだけで情報が手に入ります。ケルベロスが動かなければそれでも構いません。資金が集まりますから」
 分かりましたかと女が問えば、こくり、娘は頷く。
 女の口角が満足そうに吊り上がった。
「では行きなさい。そして心置きなく死んできなさい」
 再び頷いた娘は高く飛び上がり、一瞬だけ月に照らされると、すぐに夜の闇へと消えていった。


 娘が足を踏み入れたのは深夜の宝石店。
 照明の無い店内においてもなお、宝石は輝きを湛えていた。
 ガラスのケースを割った娘は事務的に宝石をかき集め、手早く風呂敷に載せていく。
 娘が発する音のみが店内に響く。
 監視カメラもセンサーも、すべて壊されていて。
 娘の足元。そこには、瞳孔が開ききった警備員が転がっていた。


 螺旋忍軍による、金品の強奪事件が起きようとしている。
 そう告げたのは河内・山河(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0106)。
「強奪しようとしてるのは宝石店のものです。特別なものではないので、地球での活動資金にするつもりやと思います。この螺旋忍軍は『月華衆』という一派みたいです」
 小柄で素早く、隠密行動が得意な一派なのだという。
 場所は商店街の一角にある宝石店。深夜なので近くを通る人は無い。店には連絡を入れており、警備員も配置されない。
「月華衆は特殊な忍術を利用します。自分が動く直前に使用されたケルベロスのグラビティの一つをコピーして使用するいうものです」
 山河はくるり、唐傘を回した。長い黒髪がふわりと揺れる。
「これ以外の攻撃方法は無いみたいです。せやから、皆さんの戦い方によっては月華衆の次の攻撃方法を特定することも出来る思います」
 そして理由は分からないが、月華衆は『その戦闘で自分がまだ使用していないグラビティ』の使用を優先する
 この点を踏まえて作戦を立てれば、有利に戦えるに違いない。
「大きな事件にはなりませんけど、見逃すべきでもありません。皆さん、よろしくお願いします」
 目礼する山河だが、何かを気にするように口元に手を当て、ぽつりと呟いた。
「月華衆の行動にはおかしな点が見受けられます。もしかしたら……こうしろと命じてる黒幕がおるんかもしれません」


参加者
アラドファル・セタラ(微睡む影・e00884)
ライゼル・ノアール(偽りの面貌・e04196)
霧崎・鴉(はぐれ忍・e05778)
夜殻・睡(凍夢の鋭刃・e14891)
高町・小百合(女子高生兼メイド兼ケルベロス・e17183)
テトラ・カルテット(碧いあめだま・e17772)
天目・宗玄(一目連・e18326)
ラノ・クレンベル(詠祠・e26478)

■リプレイ

●忍
「こんな夜更けに戦わなければならないとは……」
 物陰に身を隠したアラドファル・セタラ(微睡む影・e00884)は呟きながらも周囲を窺う。ケルベロス以外に人影は無い。
 店の前にある電灯のおかげで明るいが、やはり深夜だからだろう。さっさと終わらせて寝たくなるような時刻なのである。しかし念には念を。一般人が近づくことのないようにアラドファルは殺気を放つ。
 その様子を見ていたライゼル・ノアール(偽りの面貌・e04196)はほっと胸を撫で下ろした。ヘリオライダーからは一般人の心配はしなくていいと言われていたし、保険としての殺界形成もある。まず間違いはないはずだ。
「鎖よ。ボクらに勝利を」
 呟いたライゼルは身に着けた鎖の1つに触れる。
 こちらのグラビティを真似し、データを集めてどうするつもりなのか気になるが。今はそれよりも。
 ライゼルはちら、と高町・小百合(女子高生兼メイド兼ケルベロス・e17183)へ視線を向ける。
 茶髪の少女の機嫌はすこぶる悪い。わずかに震えていることは弱気になっている証拠。敵は子供のようなナリをしている。子供を殺すような気がして、覚悟が定まらないのだ。
「さゆりん」
「……分かってるわよ」
 返事の声には苛立ちが色濃く出ている。少々危ないかもしれないとライゼルは懸念するのであった。
 また別の物陰では。
「デウスエクスにしては、また妙なものを狙うのだな……」
「グラビティチェインじゃなくて、こんな即物的なのが欲しいデウスエクスもいるんだねー」
 天目・宗玄(一目連・e18326)とテトラ・カルテット(碧いあめだま・e17772)が囁きあう。
 二人が身を隠しているのは建物と建物の僅かな隙間。小さな声でもお互い充分に聞き取れる
「他の者の影が見えるが……まぁ吐きはしないか」
 鋭い眼差しでひとりごちる宗玄だが、テトラが陽気に言い切る。
「泥棒はいけないこと、でも大量殺人よりはマシなの。だから優しく手早くサクッとやっちゃおう!」
 邪気の無いテトラの言葉に宗玄が苦笑いを零したその時。
 ガシャァァンッ!
 ガラスの割れる音が響いた。
 途端、別々の場所に身を隠していたケルベロス達は仲間へと視線を向け、こくりと頷きあう。そして一様に駆け出した。
 カリャリ、夜殻・睡(凍夢の鋭刃・e14891)がガラスの破片を踏んだ音で、月華衆の少女はケルベロス達を振り返った。
 まさにガラスケースを割ろうとしていたところのようだ。少女は慌てる様子もなく、風呂敷を手放した。闇夜のような濃紺の風呂敷がはらり、床に落ちる。
「三度目だな。……いい加減、こちらの顔も覚えられた頃か?」
 霧崎・鴉(はぐれ忍・e05778)が言うと、少女はピクリとも反応しない。分身体か何かなのかとも推測したが、鴉を知っているような雰囲気は欠片も無い。
「ん」
 それに構わず睡は踏み込んだ。稲妻をまとった槍を高速で繰り出し、小柄な体を突く。
 女性恐怖症の睡だが、戦闘ともなれば別だ。眠そうにも見える顔は常と同じもの。
 痛みと僅かな痺れを感じているはずなのに、少女は声を上げるどころか呼吸を乱しさえしない。
 対して。
 カチカチと歯を鳴らす小百合の刀が弧を描く。強張りきったその表情は、戦闘開始となった今でさえ覚悟を決められていないことを表していた。
 少女は軽やかに飛び退り、刃から逃れる。そんな小さな体に向かって小百合は言葉を投げる。
「もうやめなさいよ……こんなこと、あなたも望んでないでしょう……?」
 少女は首を傾げた。その意味は小百合以外のケルベロス達には明白。
 少女は月華衆。コードネーム『デウスエクス・スパイラス』、螺旋忍軍が一派。それがすべての答えだ。
 鎖の鞘から抜かれた刃が、やはり弧を描く。鋭く、素早い一閃が確実に少女の体を刻むと、ビハインド『クサリサ』の心霊現象が後に続く。
 ライゼルはすぐさま少女から離れ、戸惑うシャドウエルフの隣に立った。
「さゆりん。あれは、敵だよ」
 ライゼルが笑顔で諭すも、小百合は弱弱しく頭を振るうのみ。
「守護。行くよ」
 ラノ・クレンベル(詠祠・e26478)は気にすることなく、淡々と地面に守護星座を描き、最前に立つ仲間達へ守護を与える。
 守護を受け、すぐさま少女へと距離を詰めたアラドファルの槍が少女を突き刺した。
「月華衆、お前は自分でまるで自身の思考を持ち合わせていないかのようだ」


●似
 自らの鮮血が舞うことにすら構う様子を見せない少女に、挑むような視線を向けたテトラはニッと笑う。猫の様に身軽に飛び上がり、ショーケースの上に着地。
「ジャマーで忍者力をみせつけてやるの!」
 テトラが言うやいなや、その身を数百もの木の葉が覆う。
 ザザザと擦れる葉音を聞きながら宗玄は走った。ローラーの摩擦熱が炎を生み、宗玄の足に纏わりつくのに合わせ、激しい蹴りが叩き込まれた。
「多対一の戦闘だ、悪く思うなよ」
 宗玄が離れた途端、雷撃を纏った弾が着弾する。鴉が放ったものだ。
 螺旋の力により神経系へと与えられた痛みが少女の体へさらなる痺れをもたらす。
 重ねられた痺れを堪え少女が駆けると、黒と紫を帯びた華奢な足が炎を纏う。天井ぎりぎりまで飛び上がった少女が炎をラノへと叩きつけようとした寸前。
 クサリサが割り込み、体で蹴りを受け止める。
 その隙にラノが少女と距離を取る。同時に空の霊力を帯びた睡の斧が少女へと迫る。少女の傷は正確に切り広げられ、纏わりつく痺れがさらに増す。
 グラビティをコピーされた宗玄の眉間に皺が寄る。長い時をかけて磨いた技をやすやすとコピーされたのだ。自負に傷もつくというもの。
「こうも簡単に真似をされてしまうか……」
「器用、というかなんというか」
 振るった斧を引き寄せ、構えなおす睡の目が駆け回る少女の姿を追う。
「いい加減、模倣ではなくお前の忍術を見せてもらいたいものだな」
 言って、鴉は手裏剣を投げた。ヒュンヒュンと音を上げる手裏剣は少女の体へと吸い込まれ、手裏剣内で精製した毒を送り込む。
 少女の体には多くの切り傷が刻まれている。
 それというのも、ケルベロス達がヒール以外で用意したグラビティはすべて斬撃。対して、アラドファルを除いた全員が、斬撃に耐性を持つ防具を身に着けることで少女からの攻撃をより小さなものへと抑えていた。
 守勢に重きを置く者が4人と1体。しかも――。
「忍者は一人で戦うにあらず……仲間がいるから、忍術は輝くのだよっ! やはー!」
 身を苛む障害に苛まれることがないようにと、テトラが最前に立つ仲間へと分身を送ることで、回復に特化したラノが攻撃に加わる余裕すらあったのだ。
「守護の鎖よ。ここに!」
 さらに、守勢に重きを置くうちの1人であるライゼルが自らの守をさらに高める。
 攻撃を大としながら、防御も非常に厚い。
「コピーされるのは厄介ではあるが使う技を此方で縛れるという事。……上手くいったようだな」
 影のように視認が難しい斬撃で少女を掻き切ったアラドファルが呟く。
 その言葉通りとなったがゆえに、戦闘の流れは完全にケルベロスにあった。
 少女が技を真似るのも4度目となった。3度目は空の霊力を帯びた小刀を振るおうとしたもの、麻痺してしまった腕でそれも出来ず。
 夜空で輝く月のような弧を描いた先にいたのは睡。睡は槍と斧で僅かに軌道を逸らし、ダメージを幾分か殺す。
 恐れもなく、躊躇う様子すらもない少女へ小百合は絶叫しながら、刀に雷の霊力を纏わせた。
「何で向かってくるのよ……! もうやめたいって、言いなさいよ……!」
 言葉が届けばと存在しない一縷の望みにすがっていた小百合。しかし、『手加減した攻撃』でしか致命傷を避けることは出来ない。さらには自らの迷いが戦いを長引かせ、仲間の傷を増やすのだと理解せざるを得なかった。
 ラノが魔導書を開けば、パラララ、勝手に捲れだすページ。背中で輝く翼を一度だけ大きく羽ばたかせる。
 敵のことをよく知ることは重要だ。それを思えば模倣という手段は敵ながら賢いとも言える。手の内はさらけ出したくないところだが、そんな贅沢も言ってられないことをラノは理解していた。
「手のひらで踊るのは癪だけど、ね。全部薙いで。目障りだから」
 生涯を終えたラノの同胞の慟哭が店内に響き渡り、少女の体に新たな傷が生まれる。もはや幾つめの傷なのかも分からない。
 ケルベロス達の間を駆け回る少女。流れ落ちた血が少女の軌跡を描いている。
 しかし、少女の限界が近いことは間違いない。
 身を低くし、一気に肉薄した宗玄が問いかける。
「ここを襲ったのはお前一人の意思ではないだろう。誰に命令された?」
 空の霊力を纏った刃に斬られた少女は勢いに耐え切れず、ショーケースに叩きつけられた。
 すぐにパッと跳ね起きたが答えるどころか言葉を紡ぐ素振りすら見せない。予測していた反応だけに、宗玄は吐息を一つ零す。
 その間にも、黒い液体を捕食形態へと変化させたアラドファルが追撃を叩き込む。再度叩きつけられた少女はやはり跳ね起きたが、勢いが随分と衰えている。
「操り人形みたいに縛られた存在……そういうのは、気に入らない。何か一つでも言いたい事を言えば、良い夢が見れるぞ」
「あなた、死んじゃうのが怖くないの……?」
 テトラも言葉を重ねるが、やはり答えは無い。アラドファルは走り出した少女を見送るように眺めながら、帽子を目深に下げた。
 途端、鴉の銃が火を噴いた。発砲音と共にバチバチと放電の音が駆け抜ける。
「虚空に消えろ」
 雷撃を纏った弾丸は正確無比に少女の中心を捉え、ピクリと反応する余裕すら与えず絶命させたのであった。


●影
 店内は惨状ともいえる光景であった。
 多くのショーケースが割れ、ガラス片が散らばっている。さらには至る所に血痕が残っている。
「次は……店の修復か」
 慎重に女性陣から距離を取りながら睡は言った。戦場ではなくなり夜の静けさを取り戻した今ならば、その低い声もよく響く。
 鴉はアラドファルと宗玄が店先から戻ってきたことに気付いた。月華衆の背後にいる存在。その姿か痕跡でもあればと見て回っていたのだ。
 アラドファルは鴉の視線に気づくと小さく首を振った。不首尾に終わったらしい。
「よーしっ! じゃあ、修繕といきますかー!」
 テトラが言うと、建物のヒールが出来る全員が動き出す。
 そっとライゼルは店を出た。建物のヒールは出来ないが、先に帰るつもりはない。
 肩を震わせながら一人、先に帰ろうとする姿が見えた。ライゼルは声をかけることなく、その影が見えなくなるまで黙って見送るのであった。

作者:こーや 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年5月29日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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