混沌の呼び声

作者:椎名遥

 昼下がりの町に異音が響く。
 腹の底に響くような重さを備えた、べしゃり、とも、ぐしゃり、ともつかない奇妙な音。
 柔らかい金属音とでも形容するような妙な音に、道行く人々は視線を巡らせて……。
「……何だろう、これ……?」
 そこに現れた物に、一様に困惑した表情を浮かべる。
 歯車、針金、その他諸々の金属片。
 数え切れないほどの細かいパーツが絡み合った、家ほどの大きさのある黒光りする金属団子。ややつぶれて見えるのは、落ちてきたときの衝撃のせいだろうか?
 間違いなく異常な物体である。
 異常ではあるのだが……正体がさっぱりわからない。
 さらには、町中に降ってきていながら通行人にも周囲の建物や道にも、どこにも被害が出ていなかったことが人々の危機感を削いでいた。
「……」
 動く様子を見せない金属団子に、誰かがおそるおそる手を伸ばして表面に触れて……。

 ――カチャ、チャリチャリチャリ――。

 金具が組み合う音を立てて、指を触れた部分から裂けるようにして表面に亀裂が入る。
「――ひっ」
 悲鳴をかみ殺す視線の先で、生まれた亀裂は奥に牙を生やした口へと変化して。
 ニィ、と、その口が両端を上げて笑みを作ったのを合図とするように、球体の表面にいくつもの波紋が生まれ、カチャカチャと金属音を上げながら数多の口が作り出される。
 向きも形も大きさも、その全てがバラバラな数え切れないほどの口。
 口元しか見えず、表情などうかがえず――、
「――くすくす」
「ふふふっ」
「あはははっ!」
「ぎゃーっははは!」
 空笑、微笑、大笑、爆笑。
 異なる口で、異なる声音で、いくつもの笑い声を響かせる口の群れ。
 同時に、笑い声と共に撃ち出された金属の礫が近くにいた人の胸を撃ち抜く。
「い、いや――」
「ひゃーっはっはあ!」
 正気を取り戻して逃げ出そうとする人も、別の口が吐き出す光線に射抜かれて。
「助けてく――」
「「「げらげらげらげら!」」」
 町に逃げ惑う人々の悲鳴と、それをかき消すほどの笑い声の渦が巻き起こる。

 ――そして、数分後。
 動くもののいなくなった町の中に、笑いの声が流れる。

 ――くすくす――。
 ――きゃははっ――。
 ――あーっはっはっは――。

 高く、高く。
 笑い声は空へと響き渡り――。
 そして、消えた。


「これは……何型と呼ぶべきなのでしょう?」
 笑い団子? 金属団子? と呟きつつ首を傾げていたセリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は、集まったケルベロスに一礼するとファイルを開く。
「先の大戦末期にオラトリオによって封印されていたダモクレスが、新潟で復活することが予知されました」
 そう言ってセリカが示すのは、新潟の駅前を中心とした地図。
「復活するダモクレスは、こちらの……駅前にある広場に空から降ってくる形で現れて、その後は町と人々を破壊しながら市街地へと移動して行きます」
 語るセリカの指先は、ダモクレスの進路を示すように地図の上を駅前から市街地へと順に移動して行く。
 復活したばかりのダモクレスは、長い封印の中でグラビティチェインが枯渇しているために、本来の能力を発揮できない状態にある。
 そのために、ダモクレスは多くの人々を襲ってグラビティチェインを略奪するために、人々が集まる場所を襲撃するのだろう。
 このまま放っておけば、多くの人々の命が奪われた上に、ダモクレス勢力に強力な戦力が加わることとなってしまう。
「ですので、本来の力を取り戻す前に、確実に撃破をお願いしたいのですが……それはダモクレスにとっても同じことのようでして」
 そう言って、セリカは小さく息をつく。
 グラビティチェインが枯渇した状態にあってなお、ケルベロスたちを相手取って戦える力を持ったダモクレス。
 それは、地球にとっては間違いなく危険な存在だが、同時にダモクレス勢力にとっては強力な仲間となるのだ。
「皆さんとダモクレスが戦闘を始めて七分後に、ダモクレスを回収するための魔空回廊が開かれます。ですので、その前に撃破する必要があります」
 濃密なグラビティチェインに満たされ、デウスエクスの力を三倍に高める魔空回廊。
 その中に入られてしまえば、ダモクレスの撃破は不可能になると考えていいだろう。
 そのため、この戦いは七分間の制限時間を課せられた条件付きの戦闘となる。
「相手の姿ですが……」
 そう言うと、セリカは顎に手をやって考え込む。
 そのまましばらく考え込むと、首を傾げつつ胸の前で両手で何かをこね回すような仕草を始めて。
「……なんといいますか……黒光りする歯車や針金、細かな金具を集めて作った団子を想像していただけると、イメージがつかめるでしょうか?」
 球体と呼ぶには少しいびつな、手でこね上げたような金属の団子。
 子供の泥遊びで作るような、そんな泥団子を家くらいの大きさまで成長させた姿を思い描けばいいだろうか。
「この金属団子の表面にいくつもの口を作り出して笑い声をあげつつ、周囲に攻撃をばら撒くのがこのダモクレスの攻撃方法になります」
 無数の口から笑い声と共に撃ち出されるダモクレス自身の欠片や魔力の光線は、周囲のケルベロスたちをまとめて薙ぎ払い。
 複数の口を融合させた巨大な口から放たれる魔力の奔流は、範囲を収束させたために狙えるのは一人だけだが、その分高い威力でケルベロスを襲う。
 笑い声自体には特に何か効果があるわけでもなく、ただ気が散る程度のものでしかない。
 ですが、と、そこまで話してセリカは表情を曇らせる。
「相手の基本的な攻撃手段は以上ですが……笑い声が止んだときには注意をしてください」
 グラビティチェインの枯渇によって、このダモクレスはその性能を大きく落としている。
 だが、わずかな間――戦闘中に一度だけであれば、本来の力を引き出した攻撃を行うことができるのだ。
「笑い声が止んだ直後に、このダモクレスは全力を引き出した攻撃を行ってきます」
 それまでの団子のような姿から、目、口、鼻、耳の七孔を持たない六脚六翼の魔獣の姿へと変じて周囲を薙ぎ払う全力攻撃。
 一度しか使えない上に、使えば反動でダモクレス自身も大きなダメージを受ける諸刃の剣であり――それまでの攻撃に倍する破壊力を持った、文字通りの切り札である。
「団子だったり魔獣になったりと、何とも名状しがたい相手ですが……それだけに、力を取り戻して本格的に動き出したときにどれだけの事態になるのか、予想がつきません」
 本来の姿や能力がどれだけのものなのか、何を目的として作られたのか。わからないことばかりの相手だが……それがわかるのは、周囲に決して少なくない被害を出した時だろう。
 今ならば、予め避難勧告が出せるので周囲の人々を巻き込むこともなく、戦闘で破壊された破壊された建物もヒールで治すことができる。
 だから、よくわからない存在は、わからない存在のままで。
「『何か』になってしまう前に――倒してください」


参加者
ジョージ・スティーヴンス(偽歓の杯・e01183)
リコリス・ラジアータ(錆びた真鍮歯車・e02164)
リコリス・セレスティア(凍月花・e03248)
御剣・冬汰(渇愛・e05515)
ブレロ・ヴェール(食欲不尽のドレッドノート・e05876)
八雲・要(英雄志望のドラゴニアン・e14465)
八神・鎮紅(紫閃月華・e22875)

■リプレイ

 奇妙な音とともに、町に影が舞い降りる。
 それは封印から目覚めたデウスエクス、ダモクレス。
 ……なのだが……。
「この前の大型ダモクレスといい、設計者は中々のセンスよねぇ」
「なんだか気の抜ける外見だけど……」
 その姿に、ブレロ・ヴェール(食欲不尽のドレッドノート・e05876)と八雲・要(英雄志望のドラゴニアン・e14465)が呆れたように呟く。
「何とも奇妙なカタチを得たものだ」
「不思議な、生き物ですね。酷く歪で、度し難くも有ります」
 金属団子とでも言うような姿を眺めて、レッドレーク・レッドレッド(赤熊手・e04650)と八神・鎮紅(紫閃月華・e22875)は首を傾げる。
 本来はどんな姿なのか、これが本来の姿なのか。気にならないと言えば嘘になるけれど、
「情報収集も大事だけど、よく解らないモノ程、怖いものはないよね……」
「完全に力を取り戻せば、多くの人々が犠牲になるのは目に見えておりますから」
 笑う御剣・冬汰(渇愛・e05515)にリコリス・セレスティア(凍月花・e03248)は頷く。
 わからないことはあるが、逃がせば人々に犠牲が出るのは確かなこと。
 身構えるセレスティアに気付いてか、ダモクレスの表面にいくつもの波紋が走り無数の口が生まれる。
『――くすくす』
『――ふふふっ』
「あんな外見でも油断はできないってとこだね」
「限られた時間で成せる最善を尽くしてゆきましょう」
 溢れ出す笑い声に要は表情を改めて、リコリス・ラジアータ(錆びた真鍮歯車・e02164)は周囲に地獄の炎を巡らせる。
『――あはははっ!』
「では、始めましょう」
 直後、ダモクレスの口から魔力の光が雨のように撃ち出され。
 同時にラジアータの創造した鋼鉄龍が地獄の吐息を吐き出す。
 ぶつかり合う光と吐息が戦闘の始まりを告げる中、最前線に立つと要は燃え盛る翼を広げて呼びかける。
「――さあ、行くよ! 一斉攻撃だ!」
「不安要素はさっさと潰しちゃおう!」
 号令に笑って応えながらも、冬汰の心中は穏やかではない。
(「意思を持ってる感も否めないし、まだドス黒い何かを秘めてる気もするしね」)
 わからないからこそ、その裏に何が潜んでいるのかもわからない。
 拭いきれない不安を抱きつつも、冬汰の振るった鎖はぎりぎりで空を切り、
「さて、五月蝿い団子はさっさと黙らせましょ……もっと美味しそうな団子ならヤル気も出るんだけど」
 光線を潜り抜けたブレロが全身を覆うオーラを腕のガントレットに収束させて、それを上回る殺意をこめて拳を振るう。
 柔らかくめり込む拳の感触に表情を歪めながらも、その嫌悪感も殺意に変えて。
「ぶっ殺す……! ぶっ壊す……!」
 衝撃波を纏う拳を、幾度もブレロは打ち付ける。
 そして、殴りつけられるダモクレスをブレロと挟み込むように、鎮紅が斧槍を振るう。
「推して参ります」
 冷気を帯びた一閃にダモクレスの表面がすっぱりと斬られ――。
「ハ、アハハー!」
「な!?」
 傷口はそのまま口へと変化して、魔力の光を灯して鎮紅に笑いかける。
「鎮紅さん!」
 その光が打ち出されるよりも早く、セレスティアが炎を撃ち出して援護する。
 だが、炎は後ろへ跳んで避けられ、ジョージ・スティーヴンス(偽歓の杯・e01183)が着地点に打ち込む破鎧衝も横滑りしてかわされる。
「やれやれ、どうやったらこのサイズで動き回れるんだか」
 巨体でありながらも自在に動き回るダモクレスに、ジョージは呆れたようにため息をつき、
「もっとも、声のデカさだけなら、こっちの誰かさんも負けちゃいないがな」
 ふっと向ける視線の先には、光線を弾きつつ赤熊手を振るうレッドレークの姿。
「その力精々見せて貰うとするか!ガハハハ!」
 渦巻く笑い声の中でも聞こえてくる声に、ジョージは小さく笑いを浮かべ、
(「……ま、頼りにしてるぜ」)
 そう、小さく呟いた。


 セレスティアのセットしたアラームが鳴り響き、戦闘が始まって最初の一分が過ぎたことを伝える。
「僭越ながら、回復はお任せください……皆様は、攻撃に専念を」
「ああ、戦いはこれからだ!」
 無傷ではないが大きい負傷もない、正しく序盤といえる状態。
 セレスティアが地面に刻み込んだ紋様から力を引き出して傷を癒し、ボクスドラゴンの『廻』から力を受け取った要が撃ち出される礫を叩き落す。
 そうしてできた礫の隙間へと、ジョージは走り込む。
 弾き、かわし、かすめる礫に笑みすら浮かべて……、
「無理をするな!」
 直後、見慣れた赤色が写り、聞きなれた声が耳に届く。
 レッドレークの声にジョージは一瞬眉を顰め……軽く息を吐いて肩をすくめる。
「ああ……なら、俺は後ろで楽をさせてもらうさ。本当ならゆっくり寝ていたいところなんだがな」
「……奴の声が丁度目覚ましになって良かったではないか」
「残念な話だ。これだけ騒がしいと寝ることもできやしない」
 皮肉と軽口をかわしあいながら、二人は礫の中を進む。
 戦場でも変わらないジョージに、つい普段の調子で言い返すも――レッドレークにとって、今はそれが心強い。
 ……同時に、元同胞の姿に覚える若干の悍ましさに、胸の奥が僅かに痛む。
(「もう、違うのだな」)
 心を得た自分は、ダモクレスとは別の存在になった。
 帰る場所はそこではなく――別にある。
 そのことに若干の気恥ずかしさを感じながらも、
「まあ無事に帰さなければ大将に泣かれてしまうので仕方がない。楽をさせてやるから、速攻で片付けて貰うぞ!」
「やれやれ……これじゃゆっくりもできやしないな」
 赤熊手を振るって道を開くレッドレークに苦笑しつつ、ジョージは礫を吐き出す口に手を突っ込み、砕き、破壊する。
 続けて、ラジアータが激しく回転するチェーンソー剣を打ち込み――その刃は、開いた口に受け止められる。
「ヒ、ヒヒッヒーー!」
「……くっ」
 さらに新しく生まれた口が、ラジアータに向けて一斉に笑みを浮かべ……。
 礫が撃ち出されるよりも早く、ブレロの攻性植物が巨大な牙となって振るわれる。
 その牙は相手が後ろへと転がったために空を切るが、続く冬汰の悪夢をもたらす魔力弾は外すことなく命中する。
 デウスエクスも悪夢から逃れることは出来ないのか、魔力弾を受けたダモクレスは一瞬動きを止め、
「其の隙、逃しません」
 その隙を逃すことなく、一息に距離を詰めた鎮紅が得物を振るう。
 戦闘技法、斬華・千紫万紅。
 手にしたナイフは流した魔力を受けて深紅の刃を作り出し、振るわれる剣閃は舞い散る花弁のように淡い光を零す。
 淡く深い紅の光が触れるたび、笑い声は鎮められ力を失って行く。
『あは、はぁ、はー』
「それにしても……何だか、聞いていて不安になる笑い声ですね」
「嫌なかーんじ、だね」
 不安げに眉をひそめるセレスティアに応えつつ、冬汰も表情を僅かに曇らせる。
(「んー……間に合うかな?」)
 レッドレークと要の二人のディフェンダー、治療に専念しているセレスティアによって戦線は維持できている。
 だが、
「……くっ」
 炎を纏った要の蹴撃を光線が阻み、続く鎮紅の一閃は後ろに転がってかわされる。
 ケルベロスの攻撃の半数程度は、受け止められ、避けられて有効打を与えるには至っていない。
 グラビティチェインを失い、衰えてなおダモクレスの力はケルベロスたちを上回る。
 開戦時の要の号令で前衛の狙いは一段鋭くなっているけれど、時間内に倒しきるにはもう一手……足を封じる手段が必要かもしれない。
 ――そして、その手段は冬汰の手の中にある。
「逃がさないよ」
 このダモクレスを逃がしてはいけないと。異形の姿を見てからずっと背を伝っている、危機感にも似た悪寒に突き動かされて冬汰が手を振るえば、彼の首輪から鎖が走り――その鎖は今度こそ、ダモクレスを逃すことなく捕らえて包み込む。
「合わせます」
「ふん……ま、後は任せるさ」
 続くジョージのナイフは受け止められるも、その隙にラジアータの刃が複雑な傷を刻み込み呪縛を二重に増やし。
 動きが鈍ったところをブレロとレッドレークの攻性捕食が捕らえ、細かなパーツで作られた体を力任せに噛み千切る。
「『捕食』って、このコ機械も食べるのね。好き嫌いしないなんて偉いわぁ」
 ざっくりと相手を抉り取った攻性植物をなでて、妙なところを感心したように笑うブレロ。
 強大な個であるダモクレスの力は、連携によって削がれ、縛られ、少しずつ引き落とされてゆく。
 ――だが、
『きゃははは、は――あ――』
 四度目のアラームが響いた直後、笑い声がふいに途絶える。
 それは――。
「――気をつけろ、全力攻撃がくるぞ!」
 叫ぶようなレッドレークの声に、ケルベロスたちに緊張が走る。
 同時に、ダモクレスの姿が歪み、その身を別の姿へと作り変える。
 ――目、口、鼻、耳の七孔を持たない、六翼六脚の魔獣の姿へと。
「アレを還す訳にはいかんな……」
 空を仰ぎ、声なき声で咆哮を上げるダモクレスにブレロが表情を厳しくする。
 刹那、魔獣となったダモクレスの姿が霞み、轟音と共に周囲の瓦礫が吹き飛ばされる。
 捉えることも困難な速度で、建物を、道を砕き、止まることなく疾走する黒の魔獣。
「くっ」
「……ちっ」
 直撃こそ避けたものの、それでも腕に残る衝撃にレッドレークとジョージの口から声が漏れる。
 圧倒的ともいえる力を見せるダモクレス。
 だが、ラジアータはその姿に小さく眉を寄せる。
(「そのような姿になっても故郷には帰りたいのですか?」)
 この力は、本来であれば使えないもの。
 無理に引き出した力はダモクレス自身にも牙を向ける。
(「用途不明と成り果てた物は潰して纏めて廃棄されるのがお似合いですよ?」)
 何かを砕く衝撃が身体にヒビを入れ、脚は勢いに歪んで割れる。
 身体を砕きながら疾走する黒の魔獣を悲しげに見つめて、ラジアータは周囲の瓦礫に地獄を巡らせる。
(「それに抗う事は意志持つ物として当たり前ですが」)
 その姿に何かを感じたのか、魔獣はラジアータに狙いを定め、
「させないよ!」
 その前に、地獄の炎を纏った要が立ちふさがる。
 無論、全力攻撃を正面から受ければただでは済まないだろうが――。
「ぐっ――あぁ!」
 守る事こそ自分の使命。
 衝撃に吹き飛ばされそうになりながらも、その思いで踏みとどまって。
 気を抜けば膝から崩れそうなほどのダメージをぐっと堪えて、要はニッと笑みを浮かべる。
「――はっ! この程度かい? この程度の攻撃で全力なんて大したもんじゃないね!」
 そうして要が耐えた間に、ラジアータの紡ぐ祭文は完成する。
「原初の悪夢を此処に。塵よ、屑よ、夢見て妬みて、果てを目指せ。群れ成せ、型成せ、永劫なる夢見の果てに悪夢と成り果てよ」
 瓦礫は地獄の炎と歯車でつながり、組み合わさって形を作り上げる。
 初めは小さな生き物を。次いで魚を。鳥を。恐竜を。
 進化の姿をなぞるように、いくつもの姿を渡ったその果ては――、
「壊され続けた悪夢の果てを御覧なさい」
 創造されるのはダモクレスにも匹敵する九つ頭の鋼鉄龍。
 龍の吐息が魔獣の翼を燃やし――吐息を突っ切った魔獣が九頭竜を砕く。
 その後には元の姿に戻ったダモクレスが瓦礫の中に残るのみ。
 そうして、再び戦場に笑い声が巻き起こる。
「か、ガガ、かはぁ!」
 その声にはノイズが混じり、数も先刻よりも数段少なくなっている。
 だが、時間の余裕も少ない。
「残り時間二分……皆様、総攻撃の時です……!」
 セレスティアの言葉に、ケルベロスの攻撃がダモクレスへと撃ち込まれる。
 要とジョージのブレイズクラッシュがダモクレスに十字の傷跡を刻み込み、続けざまに撃ち込まれるブレロとレッドレークの拳が衝撃波をまき散らしてその傷を開く。
 反撃とばかりに撃ち出される光線が鎮紅を捉えるが、セレスティアの回復を受けて踏みとどまり、突き刺したナイフからエネルギーを吸収して回復する。
 そして、
「Ah、はハ、ははハ!」
 壊れかけた笑い声を上げるダモクレスに、冬汰は一瞬目を伏せる。
 目には目を、笑いには笑いを。
 依り憑かせるのは、女神の成れの果て。
 嫉妬、妬み、愛欲、憎悪、嫌悪の炎でその身を焦がし煉獄へと堕ち嫉妬の怪物と化した、歪んだ愛を振るう魂。
 狂え狂え歪め歪め愛せ愛せ……。
 目を開けたとき、その表情には狂気の笑いが浮かび上がる。
「あははははは! 大丈夫! キミのことはオレがちゃーんと守ってあげる★ だから、安心シて?? 痛イのも狂しいのもオレと一緒に味わお???」
 ダモクレスを超えるほどの笑い声を上げて、冬汰が腕を振るうたびに浮かんだ口は潰され消えてゆき。
 残り僅かとなった口へと、ラジアータが手にしたブリキのロボットを放る。
 内に詰め込まれたスライムを涙のように流しながら、ロボットは口へと飛び込んで……。
「お休みなさい」
 その隙間から突き出すスライムがダモクレスを内部から貫き。
 ――直後、大きな笑い声を響かせながらダモクレスは崩れてゆく。
『あ、はは、あははははは!』
 砂のようにパーツが滑り落ちるたびに、その声はかすれてゆき……。
 笑い声がやんだ時、そこにはダモクレスの残骸が屑鉄の山となって残されていた


「まったくくたびれたぜ。機械と遊ぶ趣味は無いってのにな」
「全く、好き勝手に暴れてくれちゃってさ」
 軽くため息をつきながら、ジョージと要が街を見回す。
「ま、今回もヒールで治る程度の被害で良かったよ。」
「ええ、大きな怪我をされた方もいませんでしたし」
 要に答えつつ、鎮紅も瓦礫にヒールをかける。
 ただし、簡単な応急修理程度で。
 ヒールは便利だけど、元通りに戻せるとは限らない。
「出来ればきちんと直して頂けると良いのですが」
「人々が犠牲になることは避けられましたし、大丈夫だと願いたいですね」
 そう語りながら、鎮紅とセレスティアが建物を見上げる。
「……」
 残骸を見つめ、ダモクレスにかけた問いかけを思い返してラジアータはそっと胸を押さえる。
(「そのような姿になっても故郷には帰りたいのですか?」)
 その問いに答えはなかったけれど、自分と同じ廃棄物となったのなら、きっと――。
「……む?」
 その答えが出る前に、ダモクレスの残骸を調べていたレッドレークが声を上げる。
「何か見つかりましたか?」
 覗き込むラジアータの前で、レッドレークは残骸の中から何かを拾い上げる。
 黒く透き通った中に無数の気泡を封じ込めた、おそらくはこのダモクレスのコアは……レッドレークの手の中で崩れ去り、
「おっと」
 ブレロの見る前で、吹き抜けた風に乗って何処かへと飛んでゆく。
「――」
 風に乗って、笑い声が聞こえてきたように思えて、冬汰はそっと腕をなでる。
 腕に残る鳥肌は、暫くは消えそうになかった。

作者:椎名遥 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年6月3日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 9/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。