オークのなく街

作者:蘇我真

 ゆったりとしたローブで全身を隠したドラグナーが、1匹のモヒカンオークへと命令していた。
「ドン・ピッグよ、慈愛龍の名において命じる。お前とお前の軍団をもって、人間どもに憎悪と拒絶とを与えるのだ」
 モヒカンオークは、葉巻に火をつけ、鷹揚にうなづいてみせる。
「俺っちの隠れ家さえ用意してくれりゃ、あとは、ウチの若い奴が次々女を連れ込んできて、憎悪だろうか拒絶だろうが稼ぎ放題だぜ」
 その言葉に満足したのか、ドラグナーは自らの腕を持ち上げ、一点を指し示す。
「やはり、自分では戦わぬか。だが、その用心深さが、お前の取り柄だろう。良かろう、魔空回廊で、お前を安全な隠れ家に導こう」
 その先には、魔空回廊が広がっていた。
「おぅ、頼むぜ、旦那」
 モヒカンオークは葉巻をくわえたまま、悠然と魔空回廊へと消えて行くのだった。

 東京都台東区。レジャーホテルが立ち並ぶ、猥雑で行き止まりも多い深夜の路地裏。
 そこを歩く、水商売の女性がいた。仕事終わりなのだろう、疲れた様子でやや蛇行して歩いている。
「……獲物だ。行くぜ」
 それを物陰から見ている、複数のオークたち。
 オークたちは頷きあい、一斉に女性の前へと躍り出た。
「え――」
「大人しくしな、俺らの子を孕んでもらうぜ……ぶひひひひ!!!」
 そうして、女性はその場で繁殖行為を強要され――路地裏から人知れず姿を消した。

●オークのなく街
「竜十字島のドラゴン勢力が、新たな活動を始めたようだ」
 集まったケルベロスたちに向け、星友・瞬(ウェアライダーのヘリオライダー・en0065)はゆっくりと口を開いた。
「今回事件を起こすのは、オークを操るドラグナーである、ギルポーク・ジューシィの配下。オークの群れだな。見たところ6匹いた」
 この6匹のオークたちを率いるのは、ドン・ピッグというオークだ。
 ドラグナーであるギルポークの指示を受け、ドン・ピッグというオークが自身の配下を動かしているのだ。
 また、ドン・ピッグは非常に用心深く、配下を使って女性を攫わせていた。
「女性が狙われるのは東京の路地裏だ。存在が消えても怪しまれないような弱者を狙ってくる。今回なら台東区のレジャーホテル街で、標的は水商売の女性だな」
 襲われる女性は、その場で配下達に暴行された後、秘密のアジトに連れ込まれるようだ。
「注意事項として、オークより先に標的の女性に接触すると、オーク達は別の対象を狙ってしまう。なのでオークと女性が接触した直後に、現場へ突入することになるだろう」
 現場近くの表通りにでも待機しておいて、事件発生と同時に路地裏へ突入するのがベターだろうと瞬は付け加えた。
「戦場となるであろう路地裏だが、道幅は狭く、曲がりくねったり行き止まりになっている箇所も多い。オークたちは触手の生えている見た目の他に、肩にトゲのついたパッドをしているのが特徴的だ。襲撃の時間は丑三つどき……深夜だな。被害者の他に人通りも無く、被害者以外の一般人が巻き込まれることはなさそうだ」
 周辺の状況をざっと説明したあと、瞬はこう締めるのだった。
「かつてその地はウグイスが鳴く谷だったという。だが、今はオークの卑下た鳴き声が木霊している……ぜひ、おまえたちの手で鳴き声を悲鳴に変えてやってくれ」


参加者
グレイ・エイリアス(双子座の奪還者・e00358)
鳴神・猛(バーニングブレイカー・e01245)
蒼天翼・真琴(秘めたる思いを持つ小さき騎士・e01526)
レオナール・ヴェルヌ(軍艦鳥・e03280)
ドットール・ムジカ(変態紳士・e12238)
ガルフ・ウォールド(欠け耳の大犬・e16297)
レテイシャ・マグナカルタ(自称遺跡探索者・e22709)
マルガレーテ・ビーネンベルク(銀十字の盾・e26485)

■リプレイ

●オークの鳴く街
「……」
 事件が起こるレジャーホテル街へとやってきたケルベロスたち。
 その中でも、グレイ・エイリアス(双子座の奪還者・e00358)は特に気合いが入っていた。
(「御主人……もといドン・ピッグ。あいつが関係してる以上、黙っているわけにはいかないからね。全力で阻止させてもらうよ!」)
 彼女と、今回の事件の差し金であるドン・ピッグ。両者の間には浅からぬ因縁があった。
「思い通りになると思うなよ……御主人様」
 その関係は、宿敵と呼んでも差し支えないだろう。爪が白くなるほど、グレイは拳を強く握りしめている。
「気持ちはわかるけど。今は、目の前の事件解決を優先しよう。ね?」
 ケルベロスコートを羽織ったマルガレーテ・ビーネンベルク(銀十字の盾・e26485)。手にした大盾からは、何者をも守るという彼女の信念と誇りを感じ取ることができた。
「そうだね。私も君のことを精一杯サポートすると約束しよう。ただ、過度の緊張は身体機能を低下させる」
 続けたのはグレイのパートナーであるドットール・ムジカ(変態紳士・e12238)だ。学び、培った心理学の知識を用いてグレイのメンタル面をケアしていく。
「ああ……うん、そうだね。ありがとう」
 こわばっていたグレイの表情に、かすかな笑みが浮かぶ。ペストマスクの向こう、ムジカはひとつ小さく安堵の息を吐いた。
「ボクもついてるから大丈夫! しっかり囮になるよ!」
 ガッツポーズを作ってみせる鳴神・猛(バーニングブレイカー・e01245)の豊満な胸が揺れる。
「オレらがいれば、あいつらも鼻の下を伸ばすだろうよ」
 白い歯を見せてニヤリと笑うレテイシャ・マグナカルタ(自称遺跡探索者・e22709)の胸もまた大きかった。
 彼女らの身体を見ればいくら臆病なオークといえども、好色の本能のほうが勝ってしまうだろう。
「ああ、頼んだ」
 蒼天翼・真琴(秘めたる思いを持つ小さき騎士・e01526)はシャーマンズカードで覆い隠した翼を見えないように広げ、上空、夜の闇へと消えていく。
「作戦は手はず通りに、ね」
 レオナール・ヴェルヌ(軍艦鳥・e03280)もオラトリオの翼で真琴へ続いた。
「……わん」
 ガルフ・ウォールド(欠け耳の大犬・e16297)は空も飛べないので、ドットールと共に囮の女性陣とは別方向の表通りで待機する。
「………」
 ガルフは天に浮かぶ月を見上げた。緑の瞳に金の月が反射する。
 寡黙にして、しかしその逆立った尾は雄弁に語る。
 周辺の地形は頭に叩き込んである。オークを追いこむ、狩りの時間が始まろうとしていた。

●オークの泣く街
 草木も眠る丑三つ時。しかし、東京は同時に眠らない街でもある。
 仕事を終えた水商売の女性がホテルから出てきた。
 タクシーでも拾おうとしたのだろう。向かう先は大通りだ。
 しかし、その前に複数の醜い影が躍り出る。
「え――」
 肩にトゲのついたパットに、のたうつ触手。オークたちだ。
「大人しくしな、俺らの子を孕んでもらうぜ……ぶひひひひ!!!」
 オークたちが襲い掛かろうとした、その瞬間だった。
「そ……そこまでだ!」
 表通りのほうから、猛がおっかなびっくりといった様子で姿を現した。わざと隙を見せてオークたちの興味を引く作戦だ。
「んんー?」
「何しようとしてるのか知らないけど酷い事はダメだよ!?」
「なんだこいつ……?」
「新人か?」
「いい身体してんじゃねえか……」
 オークたちはやってきた猛を見て、物怖じせずに舌なめずりまでしてみせる。
「オラ! 武器もってねぇ女しか襲えない腰抜け豚かおめぇらは!?」
「ここは通さないよ!!」
 そこへ更にレテイシャとグレイが道の左右から飛び出してくる。
「ブ、ブヒィ!?」
 その威勢の良さに、オークたちは思わず逃げ道はあるかと背後を振り返った。
「無駄だ」
 電灯とは別の照明に照らされて、浮かび上がる獣人の姿。ガルフだ。
「君たちは完全に包囲されているんだよ」
 その照明はドットールが手にした電灯だった。表通りから回り込んできたらしい。
「さぁ、キミ達の相手は僕らだよ。大人しく足止めされてもらうよ……!」
 マルガレーテと彼女のサーヴァントであるウイングキャットも出てきて後方を塞ぐ。
「なっ……なんでてめえら!」
「この女がどうなってもいいのか!?」
 そう唾を飛ばして水商売の女性を抱きすくめようとしたオークだが、動かした触手は空を切った。
「言っただろう。完全に包囲されている、と」
 上空からすっと降りてきた真琴が女性の間に割って入り、女性を後方へと逃がしていた。
「空だって例外じゃない」
「女性の未来も尊厳も奪うお前たちは……死ぬのが当然だよね? ……叩き潰れろよ!」
 女性とオークが充分に離れたことを視認し、レオナールが上空からまっさかさま、弾丸のように落下してくる。
「風よ、風よ、我が手に集え! ……大気の鉄槌を其の身に受けろ!」
 差し伸ばす手に風が糸のように束ねられていく。風圧の爆弾となり、オークたちへと叩きつけられた。
「ブヒイィィィ!?」
 地面のアスファルトが抉られ、オークたちがはじけ飛ぶ。触手が千切れ、宙を舞う中、オークたちはバラバラに体勢を立て直す。
「ブヒィ……! 何をするんだ、オレのご自慢の触手を……!」
 千切れた触手から溶解液がドクドクと漏れ出る。オークたちは怒りと悲しみのパトスをぶつけるように、溶解液を表通り側にいる面々へとぶちまけた。
「ばっ、汚いものをかけるなっ、ひゃあっ!?」
「こ……こんなことされたって……うう、変なにおい……」
 顔や身体に白濁した溶解液を浴びて顔色が悪くなるグレイや猛。
「てめえら!!」
 レテイシャは溶解液をかけられたまま、大きく息を吸い込んだ。
「燃やし尽くしてやる!!」
 そしておもむろにドラゴンブレスを吐き出した。
 溶解液や触手、そしてオークを焼き尽くす。
「ブヒィィィ!! 熱いっ、熱いブヒイィィ!!」
 逃げ惑うオーク。そこへ獰猛な唸り声が鳴り響く。
「ガルルル……!!」
 それはガルフの声。ハウリングのように低く轟く、魔力を秘めた鳴き声を耳にして、オークたちは本能的に動きが鈍った。
 生じた隙。そこで戸惑ったままの女性へレオナールがコートをかけた。
「ごめん、怖かったですよね……! でも、もう大丈夫です。貴女の事は……俺たちが守りますから」
「あ……は、はい!」
 レオナールが女性を保護したことを確認して、真琴は皆へと通達した。
「女性は救出できた! 逃がさずに各個撃破だ!」
「わかったよ……って、ひゃあっ!」
 情報が共有され、反撃に転じようとしたところで今度はオークたちが触手を乱れ打ちにする。
 まだ未熟者を装っている猛の衣服が破れ、胸や腰へと触手がからみつく。
「なんで? そんな……」
「あっ、こら、てめぇっ……!」
 レテイシャの服の下にも触手が潜り込み、ミミズのようにそのフォルムが浮かんでは消えた。
「やめろ、そこはっ……ん、はぁっ!」
 意思に反して与えられる快楽に、レテイシャの吐息が荒くなる。
「……俺は何も見ていない」
 レオナールは女性陣の痴態から意図的に目をそむけつつ、一番命中率の高い時空凍結弾を選択して1体のオークを屠る。
「くそっ、せめて良い思いを……!」
 ヤケになった1体のオークが触手をグレイへと伸ばす。
「くっ……!」
 絡まれるのを覚悟して顔をしかめるグレイだが、その瞬間は永遠に訪れなかった。
「彼女に触れるのはご遠慮願いたいね」
 ドットールから伸びたケルベロスチェインが、触手を絡み取っていた。ドットールはグレイを庇えるように位置を変えていた。
「ただひたすら、自分が正しいと思う道を進むんだ。その為の力は、此処に有る」
 マルガレーテの身体から燐光が立ち上る。
「攻撃はあまり得意では無いのだけれど……けど、任されたよ。精一杯力になろう」
 自身へと伸びる触手を、縛霊手で的確に撃ち落としていく。それはまるで狙撃手のようだった。
「ひゃう!? お尻はダメ!?」
 猛は頬を紅潮させながら、自らの尻を撫でまわす触手を指で突いた。
 瞬間、触手は屹立する。まるで石のように……いや、本当に石化していた。これ以上演技はいらないと、本気を出した彼女による指天殺だ。
「いい加減に……しろっつってんだよっ!!」
 レテイシャも快感に耐え、自分の身体を這いまわる触手を握り潰して無理やりに攻撃を振り払った。
「よくもやりやがったな!」
 怒髪天を突く勢いでチェーンソー剣を振り回し、近くにいる触手やオークをズタズタに切り刻んでいく。
「ブヒイイィィ!! 嫌だっ! 俺やだ!! どうせやられるなら女がいいっ!!」
 救出完了の報を受けたガルフは、炎を纏った拳をオークに向かって振り上げる。
「オマエらは嫌いだ」
「ブ、ブヒイィ! 女! おまえにもわけてやるから!! 許してっ!!」
 命乞いするオーク。ガルフの瞳はまっすぐそのオークを見つめている。
「でも、嫌いじゃない」
「ブヒ?」
「遠慮なく、ぶちのめせるから」
「ブヒイィィ!!!」
 地獄の業火に包まれて、そこにオークの丸焼きができたのだった。

●オークの無く街
「ブヒ、イィィ……」
「ウォンテッド、マーク消失」
 真琴が告げる。尋問用に残していた最後のオークが、命を落とした。
「何度かオークとは戦ってきたけど、中々尾を掴ませてくれないね」
 マルガレーテは嘆息する。オークの口からは大した情報を引き出せなかった。
「隠れてる卑怯者を何とか引きずりださねぇといけねぇんだけどな……」
 レテイシャも腕を組み、考え込んでいる。
「またか……御主人様……ドン・ピッグはどこにいるんだ?」
 苛立ちを隠せないグレイ。ドットールがその肩を抱き、フォローに回る。
「……尋問を見てたけどよ、別方面からのアプローチが必要なんじゃねえか」
 ふたりのことを知っている真琴だからこそ、彼はあえて荒っぽい口調で感想を伝えた。
 より情報を引き出すためには騒動を片づけた事後、具体的な調査行動を取る必要があるかもしれない。
「そうだね……よほど巧い手がないと尋問ではこれ以上は引き出せなそうだ。少なくとも現時点では情報がないだけで、これから調査すれば見つかるかもしれないしね」
 ドットールはグレイと、なにより自身に言い聞かせるように呟いた。
「あぁ。偉そうなこと言って悪い。ひとまずは……そこの被害者を無事に送り届けてからだ」
 真琴の視線が、自身が渡した毛布とレオナールのコートを羽織って震えている女性へと向けられる。
「み、みなさん、ありがとうございました……」
 ようやく助かった実感が湧いてきたらしい女性は、何度も皆へと頭を下げる。
「いえいえ。とりあえず、表通りでタクシー拾って、家まで送るとして……衣類と交通費は経費で落ちるかなぁ」
 小さくため息をつくレオナール。勇猛果敢だった戦闘時とは違って、穏やかで優しい男だった。
 こうして、この街からはオークは消えた。
 しかし、どこかでまだ、オークは鳴いているのだろう。

作者:蘇我真 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年5月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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