そのオーク、好色につき

作者:秋月きり

「グスタフよ、慈愛龍の名において命じる。お前とお前の軍団をもって、人間どもに憎悪と拒絶とを与えるのだ」
 フードを目深に被った男が呼びだしたモヒカンのオークにその命を伝える。
 だが、オークから返ってきた言葉は男の期待にそぐわないものだった。
「ひゃっはー。敵がいれば逃げるが、敵がいなければ、俺達は無敵で絶倫だぜー」
「……やはり、期待は薄いか。だが、無闇にケルベロスと戦おうとしないだけ、マシかもしれん」
 頭を振る男にオークは更に言葉を続ける。
「ひゃっはー。その通り、色気に迷わなければ、俺達は滅多に戦わないぜー」
「……」
 もはや会話は時間の無駄とばかり、男は魔空回廊を無言で指さす。それに従い、グスタフは虹色のモヒカンを振るわせ、進軍を開始するのだった。

 ミズホは帰路を急いでいた。
 深夜にもさしかかろうとするこの時間、いつもなら女の一人歩きは危険と、駅でタクシーを捕まえるのが常だった。だが、今月は大型の長期連休があり、お財布事情も苦しく。その為、少しでも出費を抑える事を選択してしまった。
 それが、彼女の過ちだった。
 見慣れた筈の道も、夜闇に染まったこの時間になれば見知らぬ道のように思える。
 そして、道の陰からゆらりと現れたのは――オーク達だった。
「ひゃっはー! 女だ女っ!」
 喜びで触手を振るわせるオーク達は下卑た声を上げると、ミズホの身体を地面に引き倒す。
(「やっぱり、タクシーを拾えば良かったなぁ……」)
 衣服がはぎ取られ、脈動する肉塊に蹂躙されながら、ミズホは自身の意識を手放す。
 最後に浮かべたのは悔悟の感情だった。

「竜十字島のドラゴン勢力が、新たな活動を始めたようよ」
 ヘリポートに集まったケルベロスを前に、リーシャ・レヴィアタン(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0068)が顔をしかめ、その言葉を告げる。
 不快感も露わの表情、おそらくその『新たな活動』にあるのだろう。
「活動を開始したのはギルポーク・ジューシィと言う名前のドラグナー。手駒として実際に活動するのはその配下のオークの群れね」
 グスタフと言う名前のオークに率いられた彼らの特徴は、臆病、かつ女好き。
「臆病、ですか?」
 集ったケルベロスの中にいたグリゼルダ・スノウフレーク(ヴァルキュリアの鎧装騎兵・en0166)が声を上げる。わざわざヘリオライダーが強調した事に疑問を浮かべていた。
 首肯したリーシャは言葉を続ける。
「非常に臆病。だから、戦闘開始以前にケルベロスを見つけるとそのまま逃げ出しちゃうの」
 それ故、女性が襲われるまで周囲に隠れて誘き寄せる必要があるのだ。
 襲撃を受けるのは深夜の住宅街の為、身を隠す場所には事欠かない。
「だから、戦闘に突入しても隙あらば逃げだそうとするので逃亡阻止の工夫が必要なのだけど」
「逃がさない工夫?」
 真顔で首を傾げるグリゼルダに、リーシャは更に言葉を重ねる。
「……非常に女好きなので、色香に惑わす、とか」
 頭痛を堪えるように額を抑えるリーシャはそして、ぽつりと呟いた。
「いや、グリゼルダはまだ判らなくていいんだけど」
 過保護を露わにする。
「それでオークだけど、人数は八体。グスタフ自身は確認されてないわ。攻撃方法は触手のみね。あと、自身の攻撃力を高める雄叫びを行うわ」
 臆病ではあるが能力は普通のオークと何ら変わらないので、雑兵と油断しない方が良いと告げる。衣服をはぎ取った上に動きを束縛しながらの戦法は、複数から受ければ百戦錬磨のケルベロスと言え、窮地に陥る可能性がある。
「それと……」
「逃がさない工夫、ですね」
 大事な事だからと、グリゼルダが繰り返す。
「まぁ。うん。とりあえず、女性ケルベロスがオークを引き付けるような戦い方をすることで、逃亡を阻止する事が出来るはず。きっと」
 その目は難儀なデウスエクスと対峙するケルベロス達に対する同情に溢れていた。
「貴方達ならきっとやれるわ。行ってらっしゃい」
 そうして、彼女はいつもと同じくケルベロス達を送り出す。
「大丈夫です! 触手なんかに負けたりはしません!」
 意気揚々とグリゼルダは彼女に応じるのだった。


参加者
星黎殿・ユル(聖絶パラディオン・e00347)
老神・鞠香(真鍮騎士・e00556)
神白・鈴(天狼姉弟の天使なお姉ちゃん・e04623)
樒・レン(夜鳴鶯・e05621)
鋼・業(サキュバスのウィッチドクター・e10509)
芹沢・響(黒鉄の融合術士・e10525)
ヒューリー・トリッパー(笑みの裏では何があるのか・e17972)
白銀・夕璃(白銀山神社の討魔巫女・e21055)

■リプレイ

●子供は見ちゃ駄目
 夜の街にオークの歓喜の声が響く。彼らに捕らえられた女性――ミズホは助けを求めるべくと悲鳴を上げようとしたが、それが不可能だと思い知る。ぶよぶよとしたオーク達の触手が口内に侵入し、彼女を蹂躙していたからだ。
 オークの背から伸びた触手が蠢くのは口の中だけではない。彼女の肩、胸、腰と、彼女を覆う衣服を剥ぎ取りながらその柔肌を地虫の如く這い回る。そして、その内の一本が彼女の最後の尊厳をも奪おうと鎌首を擡げたその刹那。
 銀光が走った。
 翻る瞬きの後、触手を半ばから切断されたオークから悲鳴が零れる。
「悍ましい輩め」
 簒奪者の鎌を一閃させた樒・レン(夜鳴鶯・e05621)が吐き捨てる。
「今からドンパチ始めっから、とりあえず離れとこうぜ」
 無数の触手から解放され、投げ出されたミズホの身体を受け止めたのは芹沢・響(黒鉄の融合術士・e10525)だった。肌も露わな彼女に自身のケルベロスコートを掛けると、この場所からの逃亡を促す。
「お色気は俺も好きよ。でも無理矢理は感心しねーな」
「下衆な豚野郎は、さっさとご退場願いますかね」
 怒りを露わにするのはレンだけではない。自身のサーヴァント、ビハインドのマキを伴って現れた鋼・業(サキュバスのウィッチドクター・e10509)もバスターライフルとガトリングガンを携えたヒューリー・トリッパー(笑みの裏では何があるのか・e17972)もまた、闇よりするりと現れ、不快感を露わにしていた。
「地獄の番犬――ケルベロスッ!」
「逃げろ!」
 対してオーク達の動きは素早かった。獲物の確保がままならないと悟ると、闇夜に紛れるべく逃走を開始する。
 ミズホを襲った八体のオークはこのまま、夜の街に消えてしまう。――そう思われた瞬間だった。
 ふわりとしたバニラの芳香が鼻孔をくすぐる。柔らかなコロンの匂いに紛れて薫るそれはまさしく。
「女だ?!」
「何処だ? 何処だッ?!」
 持ち前の好色さ故に動きを止めた彼らの視線の前に、五人の影が現れた。
「もうお帰りかな?」
 白衣から覗く星黎殿・ユル(聖絶パラディオン・e00347)のボディースーツ越しの胸元と緩やかな曲線を描く臀部はあくまで艶めかしく。
「おや? 逃げるの?」
 パツンパツンの軍服に身を包み、女性らしい曲線を露わにした老神・鞠香(真鍮騎士・e00556)が取るお尻を強調したポーズは挑発的な色を帯びていた。
「う、うう。恥ずかしいです……」
 裾を摘み、スカートをたくし上げる神白・鈴(天狼姉弟の天使なお姉ちゃん・e04623)からちらりと覗く白い輝きはオーク達の目を釘付けにする。
「欲望に塗れた豚さん達を逃すわけにいきません」
 気っ風の良い台詞を口にする白銀・夕璃(白銀山神社の討魔巫女・e21055)の様相は巫女服を片肩出しに纏ったものだった。裸の肩と共に零れるサラシに包まれた膨らみが、これまたオーク達の視線を集めていた。
「オークは此処で成敗します!」
 そして妖精弓とゲシュタルトグレイブを構えるグリゼルダ・スノウフレーク(ヴァルキュリアの鎧装騎兵・en0166)の声は凛々しく響く。
 大中小。選り取り見取り。
 オーク達の逃亡を阻止するべく色香を振りまく五人の女性ケルベロスを前に、彼らは満面の笑みで歓声を上げるのだった。
「ひゃっはーっ。女だっ!」
 ――それが、オーク達の破滅の始まりだった。

●そのオーク、好色につき
「ぶふぁぁ」
 幾多に渡る剣戟の後、ヒューリーの拾木丸――帽子の中から取り出された木の棒だ――に無残なほど殴打されたオークが豚のような悲鳴を上げ、絶命する。幾ら屈強なオークと言えど、ケルベロス九人の集中砲火を受け、無事でいられる筈がなかった。
「兄弟!」
「おのれ、よくも兄弟をっ!!」
 仲間を討たれ、いきり立つオーク達は触手の先端を一人のケルベロスに向け、大声を上げる。
「あのヴァルキュリアを狙え!」
「グリちゃん?!」
 鈴の悲痛な叫びが響く。
(「なるほど。腐ってもデウスエクスなのですね!」)
 集ったケルベロスの中で、一番戦闘経験が少ない存在が誰かと問われれば、グリゼルダと言わざる得ない。その穴を狙う行為は戦術的に正しく、故に半ば感心したようにヒューリーは頷く。
 だが。
「ひゃっはっ。女騎士だ!!」
「触手を鎧の隙間に入れてやるぜ!!」
 欲望剥き出しの声が上がっていた。
「いや、前言撤回ですっ。どういう理屈ですか!」
 感心して損した、とばらまくガトリング弾はオークの身体を穿つが、勢いに乗った彼らを止める事は出来ない。その無数の触手の毒牙がグリゼルダに向けられていた。
 響く金属音は彼女の纏う鎧が切り裂かれた音だった。弾き飛ばされた装甲が地面にぶつかり、甲高い音を響かせる。
「くっ。薄汚いオークに嬲られるくらいなら一思いに殺しなさい」
 零れ落ちそうな胸元を押さえたグリゼルダが口にしたのはそんな台詞だった。視界の端でユルが親指を立てた様に見受けられたが、多分気のせいだろう。
「一思いに殺すなんて勿体ない真似をするかよ!」
「お前がママにな……ひぎゃぁ!」
 グリゼルダを囲んだオーク達はその瞬間、自分達もまた地獄の番犬達に囲まれていた事を思い知る事になる。
「目のやり場に困る光景だぜ」
 肌も露わなグリゼルダからは可能な限り目を逸らしながら、響が御業を召喚、炎弾を放ちオークの一体を吹き飛ばす。勢いのまま、吹き飛ばされたオークは彼のサーヴァントであるボクスドラゴンの黒彪が放つ息吹に焼かれ、その命を散らしていた。
 その隙に施された鈴のオーラによる治癒はグリゼルダに刻まれた傷痕ごと、破壊された鎧を修復する。
「いや、と言うか何で囲まれている事を忘れるんだろうね」
 具現化した光の剣でオークを切り裂き、絶命させながら、業が呆れた声を上げる。好色だとは聞いていたが、ここまで潔く下心丸出しだと逆に感心すら覚えてしまう。
 彼のサーヴァントであるマキもまた、その尻を蹴飛ばしながら半ば呆れている様な表情を浮かべていた。
「駄目だっ、兄弟っ。逃げようっ。俺たちの敵う相手じゃない!!」
「応! 三十六計なんとやらだ!」
 ケルベロスの猛攻に晒され、その数を半数近くまで減らされたオーク達が焦燥混じりの声を上げる。
 脱兎の如く駆け出す彼らは、体躯に合わない身軽さで塀を蹴り、ケルベロス達の頭上を飛び越え、そして夜の闇の中へ――。
「あんっ。足を挫いちゃった。もう動けないよ」
「どうした、ケルベロスの女をモノに出来るチャンスだぞ……♪」
 突如上がった二つの声に反応し、再度、塀を蹴り、地面にうずくまるユルと鞠香の元へと駆け寄る。特に挑発的に開脚した鞠香には抗いがたい魅力を感じるのか、涎をまき散らしながら肉薄していた。
「ひゃっはーっ。騙されやがって! 俺たちがそう簡単に逃げるかよ!!」
 掌返しの台詞と共に触手の魔手が鞠香を襲う――それよりも早く。
「竜の傀儡よ。人の命を奪うことの意味も定命の魂がグラビティ・チェインを秘める意味も知らず、只々、己の本能のまま非道下劣な振る舞いとは全く因業なことだ。今、涅槃へ送り届けてやる。覚悟!」
 レンの喚びだした巨大蝦蟇がその道を塞ぐと、立ち往生するオークの影をレンの影が縫い止めた。
「その欲望塗れの行動、めっ、です」
 オークの身体を切り裂く電光は夕璃により生み出されたもの。大天田元真と花筵藤四郎の二振りの斬霊刀に切り裂かれたオークはレンの宣言通り、涅槃へ旅立つべくその身を消失させる。
 その一方で、ユルに向かったオークの内の一体もまた、その命を灰燼に帰す結果となっていた。
「オッサンの触手プレイはどう?」
 業のブラックスライムによる捕食行動により動きを止められたオークがぶひぃと苦しみに満ちた声を上げた。
「我が魔力、汝、合戦の申し子たる御身に捧げ、其の騎馬を以て、我等が軍と、戦場の定石を覆さん!」
 そして非業の死を遂げた武将のエネルギー体により威力を底上げされたユルの砲口がオークに押し当てられる。
「――ファイア!」
 零距離から吹き上げる炎はオークの命を奪うのに十分な火力を孕んでいた。
 辺りに肉の焦げる臭気を残し、そのオークもまた黄泉路へ旅立つ結果となったのだ。

●愚かなる者、汝の名は
「くっ。無敵で絶倫たる俺達が何故こうなってしまったと言うのだ……」
 仲間達の非業の死を目の当たりにしたオークの一体が呻く。ケルベロス達の猛攻により、今や彼らは三体にまで減ってしまっていた。その三体も健在と言うわけではなく、数多の傷が戦いの激しさを物語っていた。
「いや、それ、本気で言ってるのかよ?」
 響のツッコミが虚しく響く。
 オーク達の敗因は火を見るよりも明らかだった。本気でそう思っていないのであれば、彼らの鈍さも中々のものである。
「だが、今や満身創痍はケルベロスも同じ! ならば――」
 オーク達の咆哮が夜の街に響いた。裂帛の気合いの後、連なるように並んだ三体はその足に力を込め、アスファルトの大地を蹴る。
 破れかぶれの突撃に見えるそれはしかし、連携という形でケルベロス達に牙を剥く。
「黒彪!」
 進路上にいたのは響のサーヴァントだった。オーク達の放つ連撃に消失こそは免れたが、その傷を癒すべく自身に鋼の属性を注入する時間を要してしまう。
 その隙こそオークが求めたものだった。自身の治癒のために妨害が出来ない黒彪を躱し、再度夜闇への逃亡を図るべくその小柄な体躯を飛び越える。
「よし。グリゼルダちゃん!」
「はい! 先生!」
 だが、その逃亡も叶う事はない。
 業の呼びかけの元、彼に伝授された『サキュバス流セクシーポーズ』をグリゼルダが炸裂させたからだ。
 頭の後に添えられた腕は膨らみを強調し、緩やかにひねられた腰は女性の色香を振りまく。何より切なげに瞬く流し目はそれを向けられたオークの嗜虐心を刺激した。
 グリゼルダの隣で業や彼のサーヴァントのマキも同じグラビアポーズを取っていたが、残念ながらオークの目に映るのは『女性』と言う括りの彼女だけだった。
 動きを止めたオークに再び、ケルベロス達のグラビティが集中する。
「イヤーン!?」
 なんと言う事だろう! 今までの戦闘の激しさを物語るようにボロボロになっていた業の服が、先程セクシーなポーズによって千切れ飛び、四十二歳男性の逞しい裸身を露わにしてしまったのだ。
 見たくないものをまざまざと見せつけられたオークは何故か血反吐を吐きながら地面に倒れ伏す。
「木遁……森螺呼吸法!」
 そこに突き刺さるレンの月輪の如き螺旋を纏った一撃はオークの身体を貫き、その命を奪う。夜闇の中、街灯の光に照らされた浮かび上がる葉吹雪は絶命前のオークの瞳に幻想的な光景を見せつけた。
「やっ。見ちゃ……め……っ」
 上がる悲鳴は夕璃からだった。業とグリゼルダによる誘惑を振り切ったオークの魔手が向かった先は巫女服を纏う彼女だったのだ。
「ひゃっはー! 巫女服から零れる乳っ。括れっ。太腿っ。サラシで誤魔化そうが俺の目は騙されん。上からきゅうじゅう……」
 オークが掲げようとした謎の数字は夕璃が放つ斬撃によって遮られる。
 先程の夕璃の可憐な悲鳴とは対照的な豚のような悲鳴が辺りに響いた。
「早く片付けちゃいましょう」
 地獄の底から湧き出るような声に、オークは己の罪を悟る。曰く、触れてはいけないものに触れてしまった――。
「重力に跪きなさいっ!」
 がくがくと震えるオークを捕らえるヒューリーのエネルギー弾はその身体を吹き飛ばし。
「我が槍は因果を貫き、躱す事能わず――」
 鞠香の熱く滾る正義の心が具現化した真鍮の槍は狙い違わず、オークの心臓を貫く。
「か弱き一人を集団で襲うオークの末路など、こんなものだ」
 末期を見届けず、吐き捨てるように呟く鞠香の視線は残る最後のオークへと向けられた。
 だが。
「ひゃっはー。生き延びてやったぜー!!」
 ケルベロス達の攻撃が仲間を仕留めるその隙すら利用し、逃亡を図ったオークはまるで勝ち鬨の如く声を上げる。その身体が夜闇に消えることを止めるものはいない。逃亡が果たされる――。
「んぁっ……」
 それを防いだのは、零れる小さな声だった。
 振り返ったオークの目に飛び込んできたのは、淫靡な花の光景だった。
「大丈夫、グリちゃんだったら、許せるから……」
「あ、はい」
 切なげな吐息と共に零れる鈴の熱を帯びた声は、自身の淡い膨らみをグリゼルダに揉みしだかれるが故だった。手甲に覆われているにも関わらず、柔らかいそれをまさぐる指使いは鈴の弱点を的確に責め、その度に小さな声を零れさせる。
 その様子を目の当たりにした鋼業医師は後にこう語る。人を治し破壊する行為、即ち戦闘行為は突き詰めると医療に結びつく、と。人体と言う構造を把握する事が、適切かつ的確な治癒に、そして攻撃に繋がるのものだと。
 サブジョブとは言え、ウィッチドクターとしても研鑽を積むグリゼルダの指の動きはまさしく、それだった。
 平たく言えば。
「グリ君、マッサージ、上手いね」
 思わず漏らしたユルの感心の言葉に、グリゼルダが得意げに胸を張る。マッサージにはそれなりの自負があるようだった。
 ともあれ、突如咲いた百合の花にオークが耐えられる筈もなかった。
「ひゃっはー。俺も混ぜろーっ!」
 逃亡が成功しかけた事も忘れ、再び戦場に帰還する。
 触手が咲き誇る百合の花を摘むべく伸ばされたその瞬間。
「我が魔力、紡げ縛鎖の蛇」
 ユルが詠唱が紡ぐ。彼女の言葉に応じ、喚び出された御業がオークの身体を鷲掴みにし、その動きを封じた。
「な、なんだと!?」
 触手はあと一歩のところで二束の百合の元には届かず。
 そして、それを迎え入れるようにゆらりと動く一束の百合は光の矢となり、オークを貫く。
「わたしだって……お父さんの娘なんだからっ!」
 狼のエネルギー体を纏った鈴の拳がオークの巨体に突き刺さったのだ。小さな身体から繰り出される一撃はオークの顎を捕らえ、綺麗に撃ち抜く。
 グラビティを宿したアッパーカットはオークを空中に吹き飛ばすと、その身を光の粒へと転じさせ、消失させた。
「悍ましき輩とはいえ竜の使い捨ての駒とは哀れ。その魂の救いと重力の祝福あれ」
 オーク達の最期を確認したレンが目を閉じ、片合掌を行う。
 生前の行いはともかく、デウスエクスであろうと死は平等だ。その魂に救いあれ。
 それが彼に出来る唯一の餞だった。

●そして日は巡る
 ケルベロスとオークの戦闘の余波によって砕かれた塀や道路が、彼らの施すヒールグラビティによって回復していく。
 その光景を見届けたヒューリーはふと思い出したかのように顔を上げると、己のサーヴァントと共に道路にヒールを施す響に問う。
「そう言えばミズホさんは?」
「無事、タクシー捕まえて乗って貰ったよ」
 戦闘開始早々、彼女を連れて離脱した響はそのまま大通りでタクシーを捕まえると、彼女をそこに押し込み、自身は戦場に戻ったという。
「……って事はミズホちゃんはまさか」
 業が眉をひそめる。
 ケルベロスが駆けつけた時、ミズホはオークによって服を剥ぎ取られた直後だった。彼女を安心させるべく響がケルベロスコートを纏わせていたが、冷静に考えれば裸身にコートと言う服装は宜しくないのではないか。
「いや、タクシーを拾う前にヒールで治したから! 大丈夫だって!」
 響の上げた言葉になるほど、と男性陣が頷く。
 今、街を修復している通り、彼らの操るヒールグラビティは無生物の修復も可能だ。ならば、オークに破壊された衣服を修復出来るのも当然と言えば当然である。
「何を馬鹿な事を言っているのさ」
 他愛もない話で盛り上がる男性陣に飛ぶ呆れにも似た声は鞠香からだった。まったく、男ってのは仕方ないなぁ、と嘆息しながら笑い掛けてくる。
(「ま、多少の位が丁度良い、かな)」
 オークくらいになってしまうとドン引きしてしまう、と内心で笑う。
「おーい。そろそろ片付けも終わったし、皆で美味しいものでも食べて帰ろうか?」
「あ、はい。賛成です!」
「是非!!」
 そんな彼らに投げ掛けられたのはユルの提案だった。間髪入れず夕璃とグリゼルダが同意の声を上げる。
「……もう」
 深夜のファミレスと言う蠱惑的な響きに色めき立つ仲間の様子に鈴は頬を染め。
「やはりグリゼルダは色気より食い気だな」
 その『らしい』様子にレンはうんうんと、頷くのであった。

作者:秋月きり 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年5月26日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 7
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