はかなく散らん、くぐつの花

作者:天草千々

 繁華街の一角。
 人工の星が輝く地上に、けれどどうしても拭い去れない影が生まれる。
 その一つ、ビルの間を通る路地の前で仕事帰りらしきスーツ姿の女が足を止めた。
「心得違いさえしなけれ、失敗はありえません――任を果たしてきなさいな」
 ふと何かを見つけたように声をかけた先、闇の向こうからの返事はない。
 けれど女は返事を得たように確かに頷く。
 直後、ブチ模様の野良猫が路地から姿をあらわした。
「あら」
 小さく驚いた声をあげた女は猫を軽くなで、やがて誰に見咎められることもなく人の波へと消えた。

 ――非常灯の光が、闇の中に無数の顔を浮かび上がらせている。
 日本人形が並ぶ狭い室内、そこへ音もなく忍び込んだものがいた。
 黒く艶やかな長い髪に白い肌、螺旋が描かれた仮面をつけた少女の形は、彼女を取り囲むものを連想させるような動きで行動を開始した。

「螺旋忍軍の新たな動きが確認された」
 すでに聞いたことがあるかもしれないが、と前置きして島原・しらせ(サキュバスのヘリオライダー・en0083)は説明を続ける。
「今回の螺旋忍軍は皆一様に少女の姿をした『月華衆』という一派だ。彼女らは隠密行動を得意とし、金品を狙って商店や個人宅に忍び込もうとしている」
 狙われているのは日本人形を扱う店だ、と告げたしらせは怪訝そうなケルベロスたちの視線に頷いた。
「私も詳しくは知らなかったが、職人の手によるものは結構な値がつくそうだ――とは言え金銭目的での盗みであることにかわりはない」
 目当てが人形だということに深い意味は無いだろう、と説明を続ける。
 事件が起きるのは深夜の2時ごろ、問題の店はとある地方の古い建物が並ぶ商店街の一角にある。
 2階建ての小さな建物で、1階が店舗、2階は居住スペースになっているが、今の店主は別に住居を持っており夜は無人になる。
 また幸いにも、というべきか近くの建物は空き店舗が多く人的被害の心配はない。
 通常の出入りは道路に面した店舗用入り口と、勝手口が一つだが、防犯に関してはカギ以上の備えはないという。
「まして隠密行動を得意とする相手だ。侵入を防ぐのは現実的ではない」
 大掛かりに警備を行えば月華衆が狙いを変えてしまう可能性もある、盗みに入ったあとに現場に踏み込む、という形が良いだろう。
「それから戦闘についてだが、今回の敵は少々変わった攻撃をしてくる」
 螺旋掌や分身の術といったグラビティは一切使わず、直前にケルベロスが使用したグラビティを模倣した忍術だけで戦うのだという。
「また、理由は不明だが候補となるグラビティの中でもまだ自分が使っていないものを優先して使用するらしい。つまり、少しの工夫でこちらは相手の攻撃をコントロールできるというわけだ」
 そう言ってしらせは眉根を寄せた。
「にも関わらず月華衆は好戦的とまでは言わないが、対決を避けようとはしない。逃げられる心配がないのも好都合だが……少々不可解だな」
 しばし考え込むように口元に手を当てていたヘリオライダーの少女は、そうしていても新たな発見はない、と顔をあげた。
「少女の姿をしていても相手は螺旋忍軍だ、本人から直接情報を得るのは不可能だろう。まずはこの事件の解決に全力で挑んで欲しい」


参加者
天壌院・カノン(オントロギア・e00009)
ゼロアリエ・ハート(晨星楽々・e00186)
絶花・頼犬(心殺し・e00301)
七奈・七海(旅団管理猫にゃにゃみ・e00308)
ロストーク・ヴィスナー(春酔い・e02023)
葛葉・影二(暗闇之忍銀狐・e02830)
ビーツー・タイト(火を灯す黒瑪瑙・e04339)
大原・大地(飛空オークの参加者にご武運を・e12427)

■リプレイ

 風もない五月の夜。
 世界を照らすのは天上の月と星、そしていささか広い間隔で転々と並ぶ街灯。
 古い家屋が並ぶ通りの姿は、普段見慣れた町の風景とそう変わりはしない、だというのにどこか別の世界に紛れ込んでしまったかのような感覚を抱かせる。
 その夜に沈み込むように、息を潜め時を待つものたちがいた。
(「ドロボー目的とは言え、いい趣味してるね」)
 デウスエクスの狙いをそう評して、通りを確認していた赤毛の青年、ゼロアリエ・ハート(晨星楽々・e00186)は格子戸から身を離した。
 時刻は間もなく二時。
 予知に聞かされた螺旋忍軍の時刻を迎えようとしている。
 彼らが身を潜めているのは、螺旋忍軍の標的とされた人形店の斜向かいに位置する、同じような古いつくりの空き屋だった。
 元は何かの店だったのだろう、がらんと片付けられた土間はしかし8人が隠れるには少々手狭だった。
 さらに夜の暗さが静けさが圧迫感としてのしかかる時間を、けれどケルベロスたちは辛抱強く耐えている。
 奥には咄嗟の邪魔にならぬよう、体格に難を抱える2人。
 オラトリオの青年ロストーク・ヴィスナー(春酔い・e02023)は建物の造りに不似合いな長身から、竜派ドラゴニアンの大原・大地(飛空オークの参加者にご武運を・e12427)はその余りある横幅から、光の届かない店の奥へと追いやられていた。
 ただし、緊張気味の大地が生真面目に身を縮めているのに対して、ロストークには少々不自由さを楽しむような対照的な雰囲気があった。
 彼らの前には少女が2人、そして彼女らに道を空けるよう戸を避けて壁際に男が4人。
「――動いた」
 その内の1人、銀髪の忍び姿の男――葛葉・影二(暗闇之忍銀狐・e02830)が閉じていた目を開けて小さく呟いた。
 覆面越しながらも良く通る声のあと、笛のような音が静寂を切り裂いた。
 あらかじめ人形店に偽装した封印箱に居れ、潜ませていたロストークのボクスドラゴン、プラーミァからの合図だ。
 ゼロアリエが引き開けた戸から、滑るように走った影二を先頭に仲間たちが次々と通りへ駆け出していく。
 6人目のロストークのあと、入り口そばで控えていた勝色の竜人ビーツー・タイト(火を灯す黒瑪瑙・e04339)が格子戸を持ち上げて枠から外した。
 先を促がされた大地は小さく頭を下げ、十二分な広さになった入り口を抜けて通りへ出る。
「では大地殿、こちらを」
「了解です」
 二人は、念には念をで手分けして付近の封鎖に向かう。
 その主人のかわりに小さな竜が2体、仲間たちのあとを追いかけていった。

 わずかに十数歩、人形店へと駆けつけたケルベロスたちはためらいなく施錠されたその戸をこじ開けた。
 通りよりなお暗いその中から直後、小さな影が通りへと飛び出してくる。
 相棒――プラーミァの無事を確認し、視線を店内へと向けたロストークはその雰囲気にわずかに身を硬くした。
 誰もがその先へ踏み込まない。
 それは奇襲を喰らうことを避ける、人形たちを戦いに巻き込みたくないといった理由が主ではあったが、同時にある種のおそれを感じたのも事実だ。
「ドロボーなんかよりコッチで遊ぼう、相手してあげるよ!」
 沈黙を破ったのは陽性の青年の声だった。
「ほらほら、こっちだよー」
 笑顔で言ったゼロアリエに続いて、知己を呼ぶかのような気安さで絶花・頼犬(心殺し・e00301)が闇の中に声をかける。
 2人の場違いな明るさがかえって警戒を呼んだのか、あたりに再び夜の静けさが降りる。
 段々と目も慣れ、意を決した影二が一歩を踏み出そうとしたとき、闇が大きく揺らいだ。
 暗い水面に花が浮き上がるように、螺旋が描かれた赤い仮面の少女が現れたのだ。
「人形には作った方の想いが込められているもの――それを踏みにじるような真似は許せません」
 そこへ胡蝶蘭の少女、天壌院・カノン(オントロギア・e00009)が凛と告げる。
 そうしながらその目は相手が無手であることを――人形たちへの被害を未然に防げたことを確認していた。 
「貴女で4人目です」
 すでに数度、月華衆の動きを追い、阻止してきた七奈・七海(旅団管理猫にゃにゃみ・e00308)はそんな言葉を投げた。
 けれど七海やカノンよりも小柄な少女の形は反応を返さない。
 知っているがゆえの無反応か、あるいは何も知らないのか――確かに言えるのは、それを簡単に見抜かせるような相手ではないということ。
 そしてもう一つ大事なことはそんな相手が逃走の意思を見せていない、ということだ。
 取り囲む動きをとるケルベルスたちに反応し、位置を変えながらも包囲を抜けようとはしない。
(「つまりこれは『困った事態』ではないということでしょうね」)
 頭に引っ掛けた敵と同じ面の位置をこれ見よがしに調整して、七海は笑みを浮かべる。
 一度になにもかもを得られると期待しているわけではなかった、ただ少しずつでも何かをつかめればそれでいい。
「仕掛けなければ動けない、かな? じゃあ少し待ってもらうよ」
 相手の技を模倣するという性質からか、動かぬ相手に頼犬は柔らかく語りかける。
 逃げぬ獲物に、仕掛けぬ番犬。
 なんとも不思議な間は、程なくビーツーと大地が合流したことで終わりを告げた。
 
「それが狙いなんだろうけど、女の子が相手ってやりにくいねえ」
 本心からそう言いつつも、頼犬の放つ気の弾丸は鋭く敵にその牙を立てる。
 自ら述べたとおり小柄な少女を8人で取り囲む戦いは、はたから見ればとても真っ当なものには見えなかったろう。
「渡せるものなど何もない、早急にお引き取り願おう」
 ビーツーが頼犬に続いて気咬弾を飛ばし、他の仲間もそれに習う。
 禍々しい刃、黒い鎖、ケルベロスたちの手にした武器は様々だったが、振るう技には一つの共通点があった。
 それはダメージの質を同じくするということだ。
 そうと知れていればかわし切る事はできなくとも、耐えることは難しくない。
「刃の下に心を隠す……それが忍びだ」
 黒の鎖を飛ばし月華衆を絡めとりながら、影二は静かに言葉をつむぐ。
 相手には技があり、努めを果たさんとする意識がある。
 自然と得られるものではない、鍛錬によってこそ身につくものだ。
 それは認めるところではあったが、同時に決定的に欠けているものがある、と影二は感じていた。
 この戦いの行き着くところはすでに明白だ。
 使い捨てられる道具、それをよしとするのならばそれは自分とは違うものだ。
「心無き刃など、忍びに非ず」
 断じた言葉に否定も肯定もかえってはこない。
 構いはしなかった、どちらの在り方が正しいのか、直ぐに明らかになるからだ。
 この戦いの、そしておそらくその先の結果を持って。
「目的は、物だけではないみたいだけど――」
 言いながらロストークが月華衆の脚を刈った。
 崩れた姿勢を立て直そうとしたところを、仮面に掌を添え地面に叩きつけるようにハウリングフィストの一撃で打ち抜く。
 大柄とは言え、穏やかな印象を抱かせる青年だが動きには少しの容赦もなかった。
 あるいは相手にしているのが真実見た目どおりの存在であったならば、もう少しは違ったかもしれない。
 けれど、そうではない。ゆえに凍える風は、命の熱を奪っていく。
「意地張ってるって感じでもないけど、逃げないんだね」
 煽るでもなくゼロアリエは率直な疑問を口にする。
 まさか人形を盗む為に命を賭けているわけではあるまいが、かといって何かの策があるようにも見えない。
 犬死に、無駄死にの類にしか思えないのは自然なところだろう。
(「命の価値が違うのでしょうか」)
 ケルベロスに、不死の存在であるデウスエクスの死生観など知る由もない。
 敵を案ずる理由もない、けれど、どこかひっかかるものがカノンの胸中にある。
 それは一体誰が決めた価値なのか、と。

 衆寡敵せず、ヒールグラビティを模倣され永らえられたものの、ケルベロスたちの作戦は無傷の勝利とは行かずともさしたる労なく勝利を得るには十分だった。
 大勢はすでに決し、それでも仮面の少女の動きに迷いは感じられない。
「これで守る!」
 叫び、文字通り仲間の盾となった大地は月華衆の少女が、虚空より自分のそれにまけずおとらず巨大な盾を呼び出すのを見る。
 けれどそれは、傷ついた自身を癒す為であるようには思えない。
(「まるで、真似する為に真似をしてるみたいな……」)
 それもまた推測の域を出ない、けれど一方で確かなこともある。
「――そろそろ限界のようだな」
 ハウリングフィストで盾を打ち抜いたビーツーの指摘どおり、少女の動きはにわかに精彩を欠いていた。
 その状態でもなお変わらずケルベロスたちの動きを待って模倣するさまは、非生物めいた印象を与える。
 あるいは、趣味の悪い主が動かす操り人形のような。
「――それじゃあそろそろ終わりにしようか!」
 叫んだゼロアリエのエアシューズが炎をまとう。
 グラインドファイアとは違う、シューズ全体が燃え上がるような紅蓮の蹴撃が炎の渦を描き、敵を飲み込む。
「三刀奥義・重雪」
 小さく呟き、頼犬の右腕が空を切る。
 まるで、見えない刃がそこにあるような鋭い風切り音のあと、深々とした傷が月華衆の体に刻まれていた。
「――伏せなさい」
 そこへ、七海が続いた。
 螺旋の面を砕かんばかりにアッパーカットで打ち抜いたあと、爪を立てるようにその面を引っつかむ。
 七海は上へ、月華衆は下へ。
 飛び上がったウェアライダーの少女は、獣のそれへと姿を変えた両腕で無理やり自らの命を実行させた。
 けれど、それで終わらない。
 よろよろとたちあがろうとするその体を黒い鎖が縛りあげる。
 見えない滑車で引き上げるように宙吊りにした相手へ、影二は稲妻の螺旋を送り込む。
「儚く散れ……!」
 我知らずカノンが手を伸ばした先、動きを止めた月華衆は闇夜に溶け消えるようにその体を塵と変えていった。

「騒がしくしてしまい、申し訳ないな」
 念のために被害の状況を確かめようと店内へ脚を踏み入れたビーツーは、居並ぶ人形たちに向かい小さく頭を下げた。
 照明代わりをつとめるボクスとプラーミァの火が照らす光景に、戦闘中も揺らぐことのなかったロストークの表情がわずかに陰った。
「本格的に動く前だったみたいだね」
 肩をこわばらせた青年は、広げられた風呂敷から人形の箱を棚へと戻し静かに息を吐いた。
「――何か手がかりは?」
 と、通りで痕跡から情報を得ようと苦心していた七海が声をかけてきた。
 首を横に振る2人に、そう、とさして残念そうでもなかったのは、ある程度予想されていたからだろう。
 店内を簡単に片付けたあと、入り口の戸をヒールで癒し3人は通りへと戻る。
 思い思いに撤収の準備を進める中、月華衆の最後の場所ではカノンが祈るように頭を垂れ、影二が空を見上げていた。
 こうしてひとつの企みは散った。
 けれどその根は、まだ絶たれていない。
 

作者:天草千々 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年5月30日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。