真夜中の来訪者

作者:りん


 腰まである黒髪に同色の瞳、同じように黒いスーツを身に纏った夕霧さやかは、目の前の部下に視線を送ることなく言葉を発した。
「命令は地球での活動資金の強奪。もしくはケルベロスの戦闘能力の解析です」
 コツコツとボールペンで資料を叩く音が室内に響くが、頭を下げている部下はその音を気にする様子もただ首を垂れている。
「狙う場所は任せます。あとケルベロスが現れたらしっかりと戦ってきてください。その方が情報収集できますからね」
 じゃあいってらっしゃい、というさやかの声に、一人の少女は静かに部屋を後にしたのだった。

 暗い闇の中を一人の少女が静かに走る。
 向かっているのはとある商店街にある小さな宝石店だ。
 人気のないアーケードを駆け抜け、宝石店の裏口にあるドアのカギを開けて侵入すれば後は盗むだけ。
 少女は静かな店内を歩き、これぞと思ったショーケースの中に遠慮なく手を突っ込んだ。
 


「依頼を一つ、お願いします」
 そうケルベロスたちに言ったのは千々和・尚樹(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0132)だ。
 彼はある商店街の地図を広げるとそのアーケードの中ほどにある店に赤いペンで印をつける。
「ここは宝石店なのですが、明日の夜にここに螺旋忍軍の少女が忍び込み、盗みを働きます」
 強奪するものはもちろんのこと宝石類。
 特殊な効果を持っている宝石ではないので、後々換金するなりなんなりして彼らの活動資金とするつもりなのだろう。
「事件を起こしているのは螺旋忍軍の『月華衆』という一派です」
 この一派は小柄で素早く隠密行動が得意なものが多いらしい。
「時間帯は深夜です。少女は正面からこの店を確認し、それから裏口に回るようです」
 アーケードは屋根が付いているものの横幅は広く、派手に戦闘をしても動きを阻害されることはないだろう。
 裏口がある路地はとても狭く、3人が横並びになればいっぱいいっぱいだという。
「アーケード内は明かりがありますが、それゆえすぐに見つかってしまいます。裏口は横道に隠れていれば見つかりづらいでしょうが、明かりもありません」
 どちらで戦闘するかはみなさんに任せますと伝え、尚樹は少女の戦闘方法を説明していく。
「月華衆は特殊な忍術を使用するようで……皆さんのアビリティをコピーして使用してきます」
 自ら攻撃する術は持たないが、自分が攻撃をされた直後に使用したゲルべロスのグラビティを一つコピーし、それをケルベロスたちに向けてくるのだという。
「そしてもう一つの特徴なのですが、月華衆は『その戦闘で自分がまだ使用していないグラビティ』の使用を優先しているように見受けられます」
 それを踏まえて作戦を立てれば、ケルベロスたちは有利に戦えるだろう。
「事件としては、派手な事件ではありませんが……」
 今回は一般人に被害が出るようなことではないが、かと言ってこれを見逃して彼らの懐を温めてやる義理もない。
 よろしくお願いしますという尚樹の言葉に頷き、ケルベロスたちはヘリオンに乗り込んだのだった。


参加者
シヴィル・カジャス(太陽の騎士・e00374)
秋草・零斗(螺旋執事・e00439)
エルボレアス・ベアルカーティス(メディック・e01268)
ジルベルタ・トゥーリオ(紫銀の騰蛇・e03599)
華空・壱乃(星ノ歐・e05448)
東雲・凛(角なしの龍忍者・e10112)
キャロライン・ハンクブロンプトン(エターナルスペクター・e20624)
山蘭・辛夷(凛と咲く白き花・e23513)

■リプレイ


 ケルベロスたちが訪れた商店街は静まり返っていた。
 それもそのはず、今は深夜。
 店舗も開いていなければ大抵の者はすでに夢の中にいるはずの時間帯だ。
「一般人はいないようだな」
 襲われる店舗を中心に一通り商店街を見て回ったエルボレアス・ベアルカーティス(メディック・e01268)が仲間にそう告げる。
 それを受けたシヴィル・カジャス(太陽の騎士・e00374)が気合いを入れるように拳を叩いた。
「あとは来るのを待つだけだな」
 ケルベロスたちが待っているのは一人の少女。しかしただの少女ではない。
 月華衆と呼ばれる螺旋忍者の集団の一人だ。
「月華衆ですか……いい加減あの仮面も見飽きて来ました」
 秋草・零斗(螺旋執事・e00439)が月華衆と戦うのは今回で3回目。
 戦った者たちは一様に小柄で同じ仮面をつけており見た目はほぼ一緒。
 並べれば多少の差異はあるだろうが、どうにも同じものを相手にしている感覚は拭えない。
 彼の言葉に頷きながら、ジルベルタ・トゥーリオ(紫銀の騰蛇・e03599)は形の良い眉を顰めていた。
「使い捨ての駒を使っての情報収集は確かに効率はいいわよね……でも見習いたくはないわ」
 言葉とともに辺りに広がるのは特殊なバイオガス。
 敵がどうやって情報収集をしているのかはわからないが、多少でもこれで情報を渡さないようにできればと考えてのことだ。
 過去の報告をみればあまり意味はないようだったがやらないよりはマシだろう。
「月華衆はシヴィルさんの宿敵なのですね」
 華空・壱乃(星ノ歐・e05448)の声にシヴィルは頷く。
「少しでもお手伝いできるように頑張ります」
「何かあれば私も助力するわ」
 壱乃の言葉にキャロライン・ハンクブロンプトン(エターナルスペクター・e20624)も微笑が微笑めば、シヴィルは彼女たちに礼を言い笑みを返した。
 その様子を横目で見ながら東雲・凛(角なしの龍忍者・e10112)はぐっと拳を握りしめ、深く息を吐いた。
 幾度も繰り返されるこの情報収集。
 敵がどこまでケルベロスたちの情報を得ているのかはわからないが、あまり情報が渡らないうちに早く決着をつけてしまいたい。
(「前回は躱されてばかりだったけど……」)
 今回はあの時とは違う。あれから自分自身も経験を積んだのだ。
 たったった、という足音が山蘭・辛夷(凛と咲く白き花・e23513)の耳に届き、彼女はぴくりと顔を上げた。
「来たみたいだねぇ」
 彼女の言葉に耳を済ませれば足音は徐々に近づき、迷うことなくバイオガスの中に入り込む。
 現れたのが事前情報通りの月華衆の姿。
 月華衆の少女は瞬時に目の前の者たちがケルベロスだと判断したのだろう。
 臨戦体勢を整えてこちらに向かって構えを取った。
「太陽の騎士シヴィル・カジャス、ここに見参!」
 そうして彼らは相対する。


「月下美人の花を象徴とする月華衆め。ヒマワリの花をトレードマークとする太陽の騎士団のこの私が相手だ! 覚悟するが良い!」
 愛用のサン・ブレードを構え、シヴィルは迷わず月華衆の少女に切りかかっていた。
 アーケードの石畳にぱたぱたと血が落ちる。
 悪い子はオシオキよ、というキャロラインの言葉は彼女が手にしたチェーンソー剣の騒音によって掻き消える。
 ビハインドの花姫と共に振るわれた刃は的確に少女の両足に傷をつけるのと同時にエルボレアスがグラビティを展開していく。
「ライトニングウォール!」
 言葉と共にばちばちという雷の壁が前衛全員を包み込み、彼らの体に耐性をつけた。
「……参ります」
「幾らでも阻止させていただきますよ、貴方の主に届くまで、ね」
 壱乃と零斗は言葉と共に少女に向かって走り出す。
 摩擦によって炎を纏った2人の脚はよろけた体の腹部を的確に蹴り上げると、ライドキャリバーのカタナがガトリングを掃射する。
 衝撃で少女の足が宙に浮き、辛夷がそれを追いかけるように前に出た。
「女の子がこんな夜中に出歩いちゃダメだぞぉ」
 辛夷の口と彼女の持つ日本刀が弧を描く。
 ゆっくりとした動作とは裏腹に激しい斬撃が少女の身体を斬りつけた。
「いざ、参ります!」
 傾く体に向かって駆けだしたのは凛。
 流星の煌きを宿した蹴りはしかしギリギリのところでかわされて。
 しかし避けた先にはジルベルタの放った螺旋手裏剣。
「逃がさないわ」
 手裏剣は少女の体に毒を残し、ウイングキャットのネロの爪が少女の忍者服を引き裂いた。
 ケルベロスたちの攻撃を一気に受けた少女はしかしまだ倒れる様子はない。
 仮面を被ったその顔はどこに視線を向けているのかすらわからないが、こちらの様子をつぶさに観察しているのだけは理解できた。
「さて……ここからですね」
 ケルベロスコートをはためかせ、零斗はそう呟いた。

 あれから再度のケルベロスたちの攻撃が終わり、月華衆の少女が選んだグラビティは血襖斬りであった。
 小柄な少女がシヴィルに向かって駆けていく。
 それを遮ったのはキャロライン。
「させないわ」
 シヴィルの宿敵であるということを考慮していつでも動けるようにしていた彼女は迷うことなくその身を盾にする。
 体力を吸われる感覚に視界がかすむがそれも一瞬。
 次の瞬間には目の前をシヴィルのゾディアックソード……黒天が通り過ぎた。
「外したか。だが私たちケルベロス相手に、いつまでもその猿真似戦法が有効だとは思わないことだな!」
「毎回同じことに繰り返し……そう簡単にいくほど甘くはないぞ」
 その言葉に同意するようにエルボレアスがウイルスカプセルを投射すればキャロラインもそれに続く。
 体内に入ったであろうウイルスにも無言を貫く少女に壱乃が放ったブラックスライムが覆いかぶされば、その上から零斗の持つ簒奪者の鎌が振り下ろされた。
 どろりと溶けて見えてきた少女の身体目がけて、辛夷は迷うことなくその腕を突き出した。
 ドリルのように回転をはじめた腕は少女の体内に衝撃を与え、凛のブラックスライム再度捕らえられた少女の籠手をジルベルタの投げた手裏剣が破壊する。
 砕け散った籠手に構うことなく少女は再びケルベロスたちに向かって走り出す。
 その様子を見ながらジルベルタは報告書の内容を思い出していた。
 情報収集のための捨て駒にされているというのに少女たちには戸惑いがない。
 感情がないのか、それとも洗脳をされいるのか。
「……だめね、今ある情報だけじゃ足りないわ……これだから尻尾切りの戦闘は好きじゃないのよ」
 ぽそりと呟いたジルベルタの言葉は斬撃の音に掻き消えた。


 エルボレアスのヒールグラビティを真似した少女だがその効果は半分以下しか発揮されなかった。
 理由は事前に付与していたアンチヒール。
 そしてキュアの効果があるグラビティを使わなかったことで状態異常はどんどんと蓄積されていた。
 衣装や髪をぼろぼろにしながらも逃げるそぶりは少しも見られない。
「地球人になれば楽しい事沢山なのに残念ね」
 至極残念だという表情を浮かべるキャロラインはしかし、手加減をするつもりなどない。
 第一優先は仲間たちの安全。
 仮面に隠れていて少女の表情は窺えないが、彼女の体にある傷や足元に落ちた血の量から言ってもそろそろ限界だろう。
「この奥義を実戦で使用するのは久しぶりだな。勘所が鈍っていないと良いのだが……」
 そろそろ決着をつけようと、シヴィルはグラビティを解放していく。
 上段から黒天が振り下ろされ、それは少女の体を深く切り裂く。
「カジャス流奥義、サン・ブレイク!」
 体内で弾けた太陽の光はしかし少女の命を奪うには若干足りていない。
 踏みとどまっている少女を楽にしようと、彼らは一気に攻撃を仕掛けていた。
「手加減はせんぞ」
 エルボレアスの作り出したウイルスカプセルが少女に再び投射されればそれを追いかけるようにキャロラインが駆ける。
 花姫が少女に金縛りをかければチェーンソーの刃が少女の肩から腰を袈裟懸けに切り裂いた。
 踏みとどまる少女の周りをカタナが飛び回り攪乱している隙に、左右から炎を纏った壱乃と零斗の蹴りが繰り出された。
「そろそろあなたの主人とやらにご登場願いたいのですが、ね」
 ぼう、と再び少女の体に炎が灯った。
「参ったくらいは言ってほしいもんだが……まぁ、無理か」
 その様子に辛夷は言葉を零すが忍びとして厳しく訓練されたであろう少女にはそれも望めない。
 辛夷はチェーンソー剣を構えると、それを遠慮なく先ほどできた傷口に突っ込んだ。
 痛みに細かく震える頭目がけて凛は流星の煌きを纏った蹴りをお見舞いすれば、少女の身体は地面に叩きつけられた。
 それでもまだ立ち上がろうとしている少女に向け、ジルベルタは地を蹴った。
 地面との摩擦でエアシューズに炎が灯る。
「終わりにしましょう」
 立ち上がろうとしている少女の腹部に炎を宿した蹴りが突き刺さる。
 骨が折れるような鈍い音がしたかと思うと、少女は一度だけびくりと跳ね……そしてぴくりとも動かなくなったのだった。


 バイオガスが消えた周囲を見回して敵がいないことを確認した壱乃はぺこりと一つ頭を下げた。
「お疲れ様でした」
 その言葉に仲間たちはそれぞれねぎらいの言葉を口にする。
 今回の敵はこちらのグラビティを真似するという特殊な敵ではあったが、作戦立てグラビティ選択、防具選択からいって安定して戦えていた。
 前衛に多少の怪我はあるものの適時回復が行われていたため軽傷で済んでいる。
「じゃあ、ヒールをして帰りましょうか」
「ああ。警戒を怠らずにな」
 仲間の回復をするものと商店街のヒールをするものとに分かれたところで辛夷は着ていたケルベロスコートをばさりと脱いだ。
 そのコートの行きつく先は、先ほど倒した月華衆の少女の上。
 ぱさりとそれをかけて少しの間だけ冥福を祈る。
 正確な年齢はわからないが、背格好からすればまだ学校へ行き、友達と共に勉強をしたりおしゃれをして楽しんでいる年頃だろう。
「……次生まれ変わる時は優しい親が居るところにしておきな」
 商店街をびゅう、と風が吹き抜けた。

作者:りん 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年5月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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