簒奪の古兵

作者:刑部

 その蛾の如き羽を動かし、そこに観客がいるかの様にシルクハットを手に一礼する。
「さあさあ、我ら『マサクゥルサーカス団』のオンステージだ!」
 その死神……『団長』がパチンと指を鳴らすと、その背後に2体の怪魚型下級死神が現れる。
「それでは君達、後は頼んだよ。君達が新入達を連れて来たら、楽しいパーティを始めるとしよう」
 『団長』の口の端がニイィと上がり歯を見せて笑うと、怪魚型の死神達は光の軌跡を描いて宙を泳ぎ出し、その姿を見送った『団長』は、見えない観客に一礼してシルクハットを被り直すと、闇に溶け込む様に姿を消す。

 埼玉県日高市。
 埼玉県の南西部、ヒガンバナの名所として知られるこの市の一角、夜の帳の降り切った真夜中にその死神達は現れた。
 宙を泳ぐその軌跡が魔法陣を描くと、その魔法陣の中央に地中から引っ張り上げられる異形。
「ゴ……ア……」
 涎を垂らしながら呻くその姿は、禍々しくねじくれた柄をした大鎌を手にし、星霊甲冑で身を固めたエインヘリアル。
「グルルル……」
 獣じみた唸り声を発し、その大鎌を一閃したエインヘアルの周りの宙を、2体の怪魚型死神が踊る様に泳ぐのだった。

「蛾の羽根を持った死神が、いらんことしとるのが続いとるみたいやな」
 杠・千尋(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0044)が、見た予知について説明を始める。
「なんやこのちんちくりんな蛾みたいな死神が、前からちょいちょい確認されとった、第二次侵略期以前に死亡したデウスエクスの骸を、サルベージする作戦の指揮を執っとるみたいで、配下である怪魚型の死神を放って、死んだデウスエクスを変異強化してサルベージして、死神の勢力に取り込もうとしとるみたいや。
 そうやって戦力を増やそうとしとるんやけど、見逃すことは出来へんわな。このしょーもない計画を防ぐため、このサルベージされるデウスエクスと怪魚型の死神を倒して欲しいんや」
 と、千尋は集うケルベロス達を前に説明を続ける。

「場所は埼玉県日高市のこのへんや」
 千尋が地図の一点を指す。どうやら日高市の中心部に近い交差点の様だ。
「まー町中やけど繁華街でもないので、到着する真夜中辺りでは人通りもない筈や。一応警察には連絡して、繋がってる道路は通行止めにしてもろてる」
 と千尋が笑う。
「サルベージしようとする怪魚型の死神は2体。暗黒弾を放ったり噛み付いてきたりしよる。ほんで死神がサルベージしたんは、ねじくれた柄を持つ大鎌を持ったエインヘリアルや。
 ただ、変異強化された影響で攻撃的になっとる反面、知性は獣並みになっとるみたいで、会話は成立せぇへんと思う」
 千尋は、サルベージされたエインヘリアルが、攻撃的でかなり手強そうな事を付け加える。

「指揮官が出張って来たって事は、やっこさんらも上手くいってないって事や。もっと妨害したらこの指揮官を引っ張り出せるかもしれへんから、みんな頼んだで」
 千尋はそう言い、八重歯を見せて笑う。
 その間にもヘリオンは、日高市に向って夜空を駆けるのだった。


参加者
リーナ・エスタ(シェルブリット・e00649)
アイヴォリー・ロム(ミケ・e07918)
鷺坂・相模(逆しまの青・e10094)
コール・タール(多色夢幻のマホウ使い・e10649)
マユ・エンラ(継ぎし祈り・e11555)
ウェスピア・カルマン(サキュバスのウィッチドクター・e19647)
ヴェルトゥ・エマイユ(星綴・e21569)
ヴィオレッタ・スノーベル(不眠症の冬菫・e24276)

■リプレイ


「死神を名乗るのであれば死者は死者のまま、とこしえに眠らせてやればいいものを」
「しにがみは、やっぱり、すきになれそうもない……です」
 鷺坂・相模(逆しまの青・e10094)がまだこちらに気付いてないのか、立ち尽くすエインヘリアルとその上を泳ぐ死神達を見て呟くと、眠そうに目を擦ったヴィオレッタ・スノーベル(不眠症の冬菫・e24276)が居ずまいを正し、
(「あしでまといにならないよう、がんばりませんと」)
 心の中で呟いて頬を両手で軽く叩き気合いを入れ、真剣な眼差しを死神からエインヘリアルへと移す。
「甲冑のエインヘリアルか……かつての敵ではあるが、安らかに眠る死者を無理やり呼び起こすのを黙って見ている訳にはいかないな」
 そのヴィオレッタの紫瞳に映る巨躯を、同じ様に青銀の瞳で見つめたヴェルトゥ・エマイユ(星綴・e21569)が、その瞳に憐憫の色彩を湛え、トリガーガードに指を引っ掻けくるくると回した銃を構えると、彼のボクスドラゴンの『モリオン』が、箱から星空の様な黒い体を滑り出させる。
「おのれ、死神! 死んだデウスエクスをサルベージし自分の勢力に取り込むなど、たとえ天が許しても、このリーナたんが断じてゆ、る、さ、ん!」
 長い青髪を揺らしたリーナ・エスタ(シェルブリット・e00649)がズビシィ! と人差し指を突き付けると、顔をこちらに向けたエインヘリアルが、禍々しくねじくれた柄をした大鎌を振り上げ、
「ガアアァァァアァ!」
 威嚇する様に上げた咆哮が木霊する。
(「……怖くなどありません。わたくしの前に立ち塞がる敵は、すべて……全て喰らい尽くすだけ」)
 その咆哮に震えそうになる指先をぎゅっと握ったアイヴォリー・ロム(ミケ・e07918)が、毅然と顔を上げエインヘリアルを睨み返す。
「好きなだけ吼えるがいい。……だが、生憎と獣にくれてやる慈悲はねぇ。その血、その肉、その想い、その命。全て、全て、全て! この血濡れの王鬼に捧げろ」
 ニイィと歯を見せて笑ったコール・タール(多色夢幻のマホウ使い・e10649)が、上に向けた掌の指を折って手招きすると、2体の死神がその身を躍らせガチガチと牙を鳴らす。
「死んだやつを引っ張り出してきて、何がしてぇんだよテメエらは! って、話をしてくれれば世話もねえか……まぁいい、全部纏めて冥府に送り返してやんよ!」
「かわいそうに……また苦痛を味わいながら死ぬまで戦わされるなんて……ここを君達の墓場にしてあげよう」
 啖呵を切ったマユ・エンラ(継ぎし祈り・e11555)が、ルーンアクスを突き付け、コートを翻したウェスピア・カルマン(サキュバスのウィッチドクター・e19647)の手に鎖が鳴る。
「声を張り上げな! てめえらの往く道に敵はねえ!」
 マユが祈りと共に解き放った癒しの魔力の号令を合図に、双方得物を振り上げ地面を蹴る!


「傷ついた人々に愛を捧げよう。これから傷つく人々にはその傷から遠ざけよう」
 大鎌を投げつけ突っ込んで来るエインヘリアルを前に、ウェスピアがケルベロスチェインを動かし、味方を守護する魔法円を形成する後ろで、ヴィオレッタの起こしたカラフルな爆煙が舞い上がる。
「このリーナたんの髪を……許さん! もっと! もっと輝けぇ!」
 飛来する大鎌をぎりぎりのところで躱し、一房の青髪を宙に舞したリーナが、その髪を一瞥して声を上げ、その拳をエインヘリアルに叩き込む。
 その勢いに足が止まり、むしろ僅かに押し返されたエインヘリアルが、回転しながら戻って来た大鎌をキャッチしたところに、絡みつく鎖。
「嘗ては勇猛な戦士だったのだろう……操られる為に呼び起こされたその姿には同情するが、生憎と好き勝手させる訳にはいかないんだ」
 夜空の様な紺の髪を揺らしその鎖を引っ張るヴェルトゥ。
 その鎖を解こうとするエインヘリアルの向こう、アイヴォリーの禁縄禁縛呪に絡め取られた死神に、相模の飛ばした気咬弾は爆ぜるのが見える。
 モリオンの吐くブレスにより、絡まるヴェルトゥの持つ鎖の締め付けがキツくなるが、
「グゴアァァ!」
「くっ……この……」
 その鎖を引き摺りながらも、前衛陣に簒奪の波動を飛ばすエインヘリアル。
 解かれまいと鎖を持つ手に力を込めるヴェルトゥの視線の先、
「頑張ってヴェルトゥさん。リーナたん怒りの拳を喰らえ!」
 そう声を掛けたリーナがエインヘリアルに拳を叩き込むと、
「いくら人が傷つこうが、私が居る限り全て無駄だと思い知るといいんだよ」
 マントを翻したウェスピアが回復を飛ばし、簒奪の波動に晒された仲間達の傷を癒す。

「さあ……いっておいで、わたしのかわいいひつじさんたち!」
 淡い幻想的なラベンダー色を宿すブレスレットを嵌めた手で、ヴィオレッタが紐解いた魔導書から現れたぬいぐるみの様な羊達が、その声にエインヘリアルを押さえるヴェルトゥとリーナの横を抜け、わらわらと跳び掛り死神達の動きを阻害する。
「―――『串刺し公』」
 その羊達に牙を突き立て、逃れようとする死神の片方の体を、体を飾る四大精霊の結晶を踊らせたコールの手から放たれた杭槍が貫いた。地面に縫い付ける様に刺さるその槍から必死に逃れようとする死神に、ヴィオレッタと相模が攻撃を集中する。
「あちらがさき、ですね。アイヴォリーさんがひいたたいみんぐで……いまです」
 ヴィオレッタが向けた掌から現れたドラゴンの幻影が、縫い付けられた死神を焼くと、死神はその身を焦がしながら、体の一部が千切れるのも構わず激しく暴れ体液を撒き散らしながら再び宙へと舞おうとする。
「甘い、これ以上お前らに好き勝手やられるのも癪なんでな。さぁ―捧げて貰うぞ」
 エアシューズで一気に加速したコールが、槍状に伸ばしたブラックスライムを突き入れると、体を回転させ死神の一部を貫いて地面に突き刺さった自身の槍を引き抜き、その穂先も叩き込む。
 どぷっ、と溢れる黒い体液がコールの体を濡らし牙を剥いた死神が、コールの左肩に喰らい付く。
「往生際が悪い……ぜ!」
 肩口に走る痛みなど知らぬかの様に、至近距離にある死神の顔に笑顔を見せるコール。
 その死神の額に穴が開くと、傷口が凍り力を失った死神が牙を離して地面に落ち痙攣する。
 振り返りその一撃……時空凍結弾を放ったヴィオレッタに親指を立てたコールは、後ろからマユの叱咤する声を聞きながら、足元で痙攣している死神を踏みつけ、もう1体の死神へと踊り掛る。

「まあ残念、焼けても余り美味しくなさそうな魚だこと! っと、わたくしを食べても美味しくないですよ」
 自身が放った蹴りに焦げる死神にそう嘯いたアイヴォリーが、喰らい付こうとしてきた死神をいなして跳び退くと、
「1匹倒れたぞ、てめぇら余勢を駆って押せ押せー!」
 コールの足下で痙攣する死神を見て、シスタードレス風の戦衣装の裾を翻し、ルーンアックスを高々と掲げて、獅子心を湧き立たせる様に仲間を鼓舞するマユ。
 千日紅の花彩る髪や大きく広げた白翼など、黙っていれば清らかな乙女なのだが、そうでないのもまたマユらしいところであろう。
 だが、リーナを中心に狙っていたエインヘリアルが、突如向きを変えそのマユに向って大鎌を投じた。……がその大鎌が電光石火の蹴りに弾き返される。
「残念、ハズレだ。狙いはなかなか良かったけどね」
 蹴り上げて着地した相模が、死神と仲間達の動きに視線を走らせ、エインヘリアルに向き直ると、小馬鹿にした口調で嘆息して肩をすくめたが、
「あー、別に庇ってくれなくてもOKだぜ、力一杯やり返すから」
 後ろからのマユの言葉に、相模は苦笑してもう一度肩をすくめる。 
「なにを思い出すのでしょうか? 出来れば精一杯踊って下さい」
 にっこり笑うアイヴォリーのクリーム色の巻毛が揺れる。
 話し掛けた相手は死神。見せつけたのは手にしたナイフの刀身。
 煌めくその刀身を見た死神は、突如体の向きを変え虚空に牙を突き立てた。
 隙だらけで晒し出された側面を、ウェスピア放ったドラゴンの幻影が焼き、コールが強烈な一撃を叩き込む。
「避けないでくれると嬉しいね。もっとも、逃がすつもりは毛頭もないけれど」
 それらの攻撃に悶える死神に相模。
 天頂方向と正面、そして側背の死角から迸った雷撃が死神の身を撃つと、焦げた煙を上げた死神はそのまま頭から地面に突っ込み、尻尾を3度振ったが、そのまま動かなくなった。
 これで残るはエインヘリアルのみ。


「くう……よくも乙女のやわ肌を!」
「ほんと、無粋だよね。でも、何度でも治してあげるからね」
 エインヘリアルの振るう大鎌に裂かれ鮮血を滲ませたリーナが、その大きな青い瞳でキッと睨み付けると、その後ろからウェスピアがウィッチオペレーションを施し、直ぐにその傷を癒す。
「ググググ……」
 その様を見て姿勢を低く保ったまま唸るエインヘリアル。
「おまたせです」
「待たせたな」
 そのエインヘリアルの背後からアイヴォリーとコール。エアシューズで滑って距離を詰めた2人は、左右両背後から炎を纏った蹴りを叩き込み、丁度エインヘリアルを中心に『X』の字を描く様に駆け抜けた。
「グガ……」
 背後からの攻撃にエインヘリアルが振り返ると、
「もういちど、いけいけわたしのかわいいひつじさんたち」
「さぁ、後は君だけだ。さっさと眠らせてやろう」
 ヴィオレッタの羊達と共にグラビティ・チェインを刃に乗せ突っ込んで来る相模。
 その一撃をねじくれた大鎌の柄で受け止めたエインヘリアルだったが、相模の頭上を飛び越える形で、箱に入ったモリオンが羊塗れのエインヘリアルに突っ込んだ。
「グゥ……」
「掛ったな、よくやったモリオン」
 それにつられ一瞬視線の上がったエインヘリアルの足元から、ヴェルトゥの放った鎖が伸びてエインヘリアルの足を絡め取る。
「カッ!」
 謀られた事を悟ったエインヘリアルが、羊に纏わりつかれながらも鍔迫り合いを演じる相模を押したまま目を見開き、短く気合を発し仕寄る者達に簒奪の波動を叩き付ける。
「そんな気合に負けるなよ、てめぇらも声を張り上げな!」
 その波動に羊達の姿が掻き消えるが、ドン! とルーンアックスの石突を地面に突き立てたマユが、その波動に対応して声を張り上げた。
「マユさんのいうとおり、どんどんおせおせです」
 ヴィオレッタがスイッチを押すと、カラフルな爆発が起こり味方を後押しする。
「させない!」
 それらに顔を顰めながらも大鎌を振るおうとするエインヘリアル。ヴェルトゥが左手でケルベロスチェインを引き、右手に構えた銃を撃ち放つと、大鎌を持つエインヘリアルの腕が跳ね上げられる。
「彼岸花は再会や転生も意味しているんだ。同じ赤い炎で送ってあげるよ」
「ま、再会はせんでもゆっくり眠ってくれていいんだぜ」
 ウェスピアの放つドラゴンの幻影と、マユの熾炎業炎砲により赤く染まるエインヘリアル。
「そう、全て忘れて眠って下さい。忘却は蜜の味、どうぞ心ゆくまで……」
 更に畳み掛けたアイヴォリーの蜜繞により、跳ね上げられた大鎌を持つ腕がだらりと落ちる。
「―――飾る供物は天高く、栄えるように―――極上の贄は血濡れの王鬼へと捧げる―――』
「楽しかったよエインヘリアル。私とまた縁が合えば、来世でまた遊ぼう」
 思いっきり振り被ったコールの投じた一槍が、エインヘリアルの右肩から左臀部を貫いて地面を穿ち、相模の放った雷撃が、その槍を避雷針の様にしてエインヘリアルの体内へと流れ込む。
「神であろうと、悪魔だろうとこのリーナたんが全部力でねじ伏せるんだよ!」
 虫の息のエインヘリアルは、リーナに叩き込まれた拳を最後にその仮初の命を終え、膝から地面に崩れ落ちた。

 こうして2体の怪魚型死神に踊らされ、哀れなピエロと化したエインヘリアルは、サーカスでのデビューを迎える事なく、ケルベロス達の手により葬り去られたのだった。

作者:刑部 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年5月25日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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