絵図の一節

作者:雨屋鳥


 スーツに身を包む女性が、佇んでいる。その姿は、街中を歩いていようと誰も気に留めることはないだろう。
 対し、彼女の前にいる複数の人影は異様であった。其々が似せて作られたように似通った体型、容姿で揃いの渦面で顔を覆っている。
「こちらの情報収集は順調。もう戦闘のデータを集める段階に移ることにします」
 彼女は、分かっていますね、と彼女達を一瞥する。
「地球での資金の調達、そして、呼び寄せたケルベロスの戦闘能力の調査です。あなた方の命は捨ててきなさい」
 ケルベロスを返り討って資金を強奪出来たのであれば、それはそれで構わない。と一方的に命令をした後、彼女は何も言わず、ただ背を向けた。
 
 噴水を庭園の真ん中に置き、その三方を囲むように館が立っている。
 絵に書いたような豪邸。
 最新技術を投入した防犯装置をいとも容易く潜り抜けた仮面の少女は背負った風呂敷に値の張る宝石類を詰め込んで、再び防犯装置をかわしながらその場を去っていく。
 それは月のよく見える静かな夜であった。
 

 ダンド・エリオン(オラトリオのヘリオライダー・en0145)はとある豪邸の写真を提示する。
「月華衆による強盗事件が起こります」
 何者かの指示を受けたらしい月華衆の一人が、彼が示した家屋に浸入し、財宝を盗み出すという。
「誰かが襲われる訳ではありません。しかし、螺旋忍軍が地球で活動するための資金を蓄えていると考えると、それを阻止する事はその企みを遅らせる事が出来る。
 つまり、そうなるのではないかと予想されます」
 ダンドは、そう言ってこの作戦の意義を説く。
「月華衆の現れる場所は特定できています。待ち伏せも容易でしょう」
 庭園で待ち伏せを行えば、接触は簡単に出来る、と彼は言う。
「皆様に主に行っていただくのは、月華衆忍者の撃破です」
 しかし、と彼は続ける。
「この月華衆という螺旋忍者ですが、変わった戦闘を行うようです。
 こちらの行動を模倣し、再現するという忍法を使用してきます」
 何の対策も行わずに相対すれば苦戦を強いられるだろうが、対策を練って事に当たるのであれば、上手く戦法に嵌める事も出来る。
「模倣は、その戦闘の中で月華衆忍者が使用していないグラビティを優先的に使用するようですね」
 真意は未だ分からないが、利用できるのであれば使わない手は無い。とダンドは言い、ケルベロス達に向き直る。
「暗躍する螺旋忍軍、その動きを阻めるのであればこのチャンスを逃すわけにはいきません。彼らに自由を与えては何か危うい事が起きるはずです」
 彼は確信めいた言葉を言い切ると、頭を深く下げた。


参加者
フラッタリー・フラッタラー(絶対平常フラフラさん・e00172)
グーウィ・デュール(黄金の照らす運命・e01159)
空波羅・満願(優雄たる満月は幸いへの導・e01769)
ジルベルタ・トゥーリオ(紫銀の騰蛇・e03599)
月神・鎌夜(悦楽と享楽に殉ずる者・e11464)
淡島・死狼(シニガミヘッズ・e16447)
三廻部・螢(掃除屋・e24245)
卜部・サナ(仔兎剣士・e25183)

■リプレイ


 風が微かに木の葉を揺らす。
 ともすれば、微かに吹く風の方が不気味さを感じさせるほどに自然な様子で渦巻く仮面の少女が現れた。
 屋敷に光は灯っていない。その中に人の気配はない。何処かへ出かけたのだろうか。滔々と流れる噴水に月の光が溢れている。手入れの良くされた庭園へと、門を飛び越えた少女が降り立つ。
「はじめまして」
 そこに待ち受けていた女性が少女に言葉をかけた。いや、待っていたのは彼女だけでは無い数人の男女の姿がある。
 ジルベルタ・トゥーリオ(紫銀の騰蛇・e03599)はそれとも、と問いを続ける。
「お久しぶり?」
 その問いに答えず彼女が身を屈め、跳躍へと移ろうとしたその背後、月を背負う様に宙に躍り出た影が一つ。乱れ髪の男。
 音も無く完全な死角からその男が繰り出した手刀は、半身を逸らした少女の背を過ぎ空を切った。
「……っ」
 奇襲を避けられた淡島・死狼(シニガミヘッズ・e16447)は、しかし焦らずに鎖を巻き付けた腕を引き絞り、突きを少女目掛けて打つ。右の突拳に左の掌が添えられる。合わされたその掌に攻撃をいなされ、同時に懐に入り込んだ少女の右の掌底が死狼のみぞおちへと深く沈みこんだ。だが、一瞬の判断で体を折り曲げ攻撃を回避していた死狼は後ずさり、瞬時に自らの失策を悟る。
「……影」
 月華衆に影があるのか。それに注目していたフラッタリー・フラッタラー(絶対平常フラフラさん・e00172)にも奇襲の失敗、その原因がはっきりと分かった。単純なことだ、死狼の影が地面に浮かび上がっていたのだ。
「そうそう、負けてやれるか!」
 死狼は、意識を切り替え地面に守護の陣を描き出す。
「月華衆さんに影は……ありますわねぇ」
 それを確認したフラッタリーは、額に高まる熱を感じながら、狂気の手綱を手放す、踏み込んだ。
 数秒、奇襲の失敗で生じた隙に月華衆が次の動作を図る事を許さず、流星の軌跡が咄嗟に跳びずさった少女の腕を浅く裂く。
「ぁあ、そういや髪や顔は女にとって大事なモンだって話を良く聞くなぁ」
 蹴りを放った月神・鎌夜(悦楽と享楽に殉ずる者・e11464)が右手の地獄を揺らし、嗜虐的に笑む。直後、距離を詰めた鎌夜は少女の仮面の顔目掛け、鉄塊剣を振るっていた。それに対し、少女は大きく跳び回避する。
 だが、それは髪や顔を狙われたからではない。
「っガ、ァアッ!!」
 獣の如く豹変したフラッタリーの振るう白刃が少女が直前までいた場所を薙いだのだ。本能に従うように月華衆へと切りかかっていく先刻までの彼女と結びつかない狂乱に鎌夜は呆気にとられ、すぐに楽しげに口を歪めた。
 ケルベロス達は、既に戦闘態勢へと移っている。フラッタリーの剣を逃れた月華衆に獰猛な風切り音が迫る。
「この手入れ、大変なはずなんですがね」
 数秒の戦闘で既に整えられていた庭園は、その調和を崩してしまっていた。三廻部・螢(掃除屋・e24245)は自らの称号とも似通った誰かの仕事が無に帰す状況を見て、少し息を吐いた。
 体感時間を停滞させ、感覚を研ぎ澄ました彼は手に持った獲物を放った。円を描き飛来するに裂かれた月華衆は、回避が間に合わず宙へと弾かれ、重力を付加した蹴りが叩き込まれる。
 空波羅・満願(優雄たる満月は幸いへの導・e01769)の放ったスターゲイザーに対して、少女は直前に見た鎌夜の動作を足が浮いているにも関わらず、寸分違わずに模倣した。
 空中で流星の輝きが交差し、両者の攻撃は打ち消し合い、弾き合う。
「よぉ、また逢ったな阿婆擦れ」
 赤い瞳に憎悪を滾らせ、満願は互いの着地を待たずして銀のスライムをあぎとへと変え、銀の顎は月華衆に噛み付いた。


 体中にスライムの拘束を残して月華衆は銀の海を抜け出した。
 その彼女を出迎えたのは、強烈な炎を纏う一撃だった。
「無視なんて、ひどいわね」
 小さな頭蓋を砕かんばかりに側頭へと撃ち込まれた蹴りにも、月華衆は衝撃に吹き飛んだ先で未だ健常とばかりにゆらりと立っている。
 ジルベルタは、答えを返さぬ彼女に、言葉とは裏腹に露とも落胆を感じさせぬ声色でそう零し、ウィングキャット、ネロの翼が散らす光に包まれながら、螺旋手裏剣を投擲した。螺旋軌道を描く巨大な手裏剣に肩を裂かれた少女は、間髪入れず放たれた雷を纏う刺突に穿たれた。
「こんばんは、こそ泥さん。人の物をとったら犯罪なのよ?」
 白い髪をなびかせて、迅雷のような突きを放った卜部・サナ(仔兎剣士・e25183)は月華衆の体から両刃の直刀を引き抜いて追撃に備える。月華衆の少女は体を雷の枷に体の動きを阻まれながらも彼女から距離を離し、そこに激しく縦回転する大鎌が激突した。
 肉を削ぐ湿っぽい音が響き、少女が弾き返したその曲線がうねる装飾の多い鎌を空中で掴み取ったグーウィ・デュール(黄金の照らす運命・e01159)は、そのまま照準を合わせるように鎌を少女へと向ける。
「宝に技に、と……欲しければ傷も持っていきますか? 返却は結構ですよ」
 彼女が薄く笑むと同時に、月華衆忍者の足元から炎が吹き上る。いつか湧き出たであろう活力を炎として顕現させたその炎を間一髪で避けた少女にサナの剣戟が襲う。
「なんで、そんな命を使わせるような命令に従う!」
 心情を揺さぶる声。地面に鎖の陣を描き出した死狼が、身に纏うブラックスライムを無数の鞭へと変えて月華衆を捕えんとその姿を追わせる。
「忍者だって、自分の心がある! そんな命令をする奴に従わなくたって良いじゃないか!」
 迫る黒い指に少女は地面を低く駆けその隙間を潜り抜けていた。心を震わすその声に返答はおろか、微かな反応すら無い。
 無軌道に突き立つスライムの檻を抜けた少女に、鎌夜が地獄化した右腕で簒奪者の鎌を振り下ろした。
「ッラァ!!」
 それを回避した月華衆に、彼は手首を返して鎌を回転させ、攻撃を加える。照り返す光が円を描き、少女の首を狙った一撃は紙一重で回避される。だが、慣性に逃げ遅れた彼女の長い髪が、その半ば程を不格好に残して宙に舞い散った。
 それに意を介す事無く、髪を振り乱す少女は切りかかってきたフラッタリーの攻撃を身に受けながら螢へと螺旋手裏剣を放つ。が、それは着弾する手前、鎖帷子のようなスライムの網にその勢いを削がれ、螢を庇った満願に軽い傷をつけるだけだった。
「ありがとうございます」
「おうよっ」
 短く、謝礼に返した満願は、螺旋手裏剣で斬撃を放つ月華衆へと走り出す。
「いくぜ、……半身」
 彼は呟き、自らの腹へ手を当てた。地獄が彼の体を包み、分離する。
 並び立つ白黒の似姿は、それぞれに飛び掛かる。黒炎が拳を振り落し、満願は正拳を突き入れる。一発目を躱し、二発目を手刀でいなした少女に暇を与えず黒炎が放った裏拳が少女へと打ち込まれ、満願の鋭い蹴りが深く突き刺さった。
「……っ」
 だが、それ以上の追撃は適わなかった。地獄化した内臓を体外に顕現させた満願は、空洞となった腹から上る血の味にそれを諦めざるを得なかったのだ。
 攻撃後の隙、そこに螢の放った炎撃が間に入り、無防備だった満願への攻撃を防ぐ。と同時に苦痛から自由を与えるオーラが満願を包み込んだ。
 ジョブレスオーラを施すグーウィは言葉を零す。
「やってくることが分かるってのは、対処もしやすいっすね」
 相手の攻撃は、それに対し有効な防具によってその威力を半減させられている。治療役が一人、周囲に比べ、多少力量に劣るグーウィであっても時折攻撃に加われる程度には余裕が出来ていた。


 身を焼かれながら月華衆が投げ放った螺旋手裏剣。それと擦れあうようにすれ違った手裏剣が少女へと突き立った。ジルベルタが手裏剣に纏わせた螺旋の力が破壊毒となって月華衆の体を蝕む。
 と同時に、グーウィに飛来した手裏剣をネロが身を呈して軌道を逸らし、ネロは重なる攻防に消耗していた月光に溶けるように消えていった。
 疲弊はサーヴァントだけでは無く、ケルベロスにも、そして、月華衆の少女にも同様の事が言えるはずだった。
「武器も任務も全部捨てて、降参しちゃいなさい!」
 言い放つのはサナだ。だが、やはりこちらの問いに答える事は無い。聴覚が無いわけでは無いはずだ。実際、蛍の攻撃の際は音に反応し回避を試みた反応があった。
 つまりは、
「テメェの死すらも仕事の内、か。理解できねぇ」
 反吐が出る。と吐き捨てた鎌夜にサナは不気味な印象を拭いきれず、微かな同意を覚えた。
「目的が分からない、か」
 それは、対策を練ることが出来ないという事だ。
「……危険だな」
 それを再認識した死狼は、月華衆へと肉薄し、上段の回し蹴りを放つ。それを股倉の下へと屈んで回避した少女が追撃へと移る前に、彼の背後から溢れ出たブラックスライムが彼女の体を包み込んだ。
「……捕えたっ!」
 振りの大きな攻撃を囮にした奇襲は功を奏した。黒蛇の群れに四肢の動きを阻まれた少女へとサナが空の魔力を滾らせた刀を振るい、追撃。
 月華衆は、螺旋手裏剣を回転させると、ブラックスライムの蔓草を切り刻んで再び自由に踊り出でた。
「その仮面の奥のツラぁ、拝ませなァ!!」
 彼女が攻撃に移る前に更に鎌夜の研ぎ澄まされた一撃が少女の肩口を深く斬り裂いた瞬間、月華衆忍者の姿が掻き消えた。
「――灼ケヨ!」
 その光景の一瞬後、猛獣の咆哮にも似た声が届き、噴水が爆砕する音が響く。
 声の主は、投擲後の体勢で金色の瞳を輝かせるフラッタリーであった。彼女の膂力と地獄の力によって弩砲弾のように投じられた鉄塊剣は、少女の体を穿ったまま噴水を破壊し、少女の体を貫いて居邸の壁を大きく崩し、漸くその動きを止めていた。
 溢れる水と瓦礫に体の半分ほどを埋もれさせた仮面の少女は、動かない。
 残心の数秒の後、フラッタリーは理性で狂気を抑えつつ、サナと家主に戦闘の許可を得に行った時に言った言葉を思い出していた。
「なるべく壊さぬようー、精一杯努めますのでー」と、絶対とは決して言わなかった判断を正しかったと彼女は心中で断言した。


 冷えた水が体表を流れていく。
 月華衆の少女は、戦闘の緊迫が緩み始めた頃合いを見計らって、跳ね起き即攻撃を加えるために全身に力を込めた。
「申し訳ありません」
 声と共に鎖の刃が激しく耳障りな音を立て始める。
 瓦礫を跳ね飛ばし、立ち上がった少女が動き出す直前、螺旋の仮面の奥で少女が見たのは、上段に大きく獲物を振りかぶる螢だった。
「俺、掃除は徹底的にやらないと気が済まないタイプでして」
 直後、一直線に振り下ろされた無数の牙に少女の視界は乖離し、消えた。
「端末を壊せば情報は持ち帰られないのか、それとも端末が情報を得た時点で伝達されてしまっているのか……」
 螢は、上半身を別ち倒れ込んだ月華衆の体から周りの惨状へと目を移しながら思考する。
「おやや、死体が……」
 グーウィの声に、皆が噴水の残骸をもう一度見ると、そこには少女の亡骸は影も形も無くなっていた。
「持って帰って調べたかったんすけどね……まあ、アイツとは無関係みたいっすが」
 その言葉の後半は誰にも聞こえない程小さな声ではあったが、消えた死体に注目したのは彼女だけでは無かった。
「前に続き今回も宝石泥棒か……フラッタリーの姉ちゃんはなんか見つけたか?」
 満願は、何か痕跡が無いかと周りを見渡し、同様に周囲を探っていたフラッタリーへと視線を送る。
「いいえー、跡も残さず、ですねー」
 フラッタリーは破壊の後以外は何もない、と首を振る。鎌夜が散らした筈の髪の一本すら残っていないのだ。
「なんだか寒気がしたの」
 サナは、呟いてから、さてと、と気を取り直し周りを見渡す。それにジルベルタがそうねと同意を返す。
 仮面の奥を確認しようと思っていたジルベルタもその死体が消えた事から意識を切り替えていた。ただ、振る舞いや背格好に違いは感じられなかったと断じる事は出来る。
「ヒールを掛けて帰りましょう」
 彼女の言葉で、彼らは壊れた庭園と屋敷のヒールを始める。
 情報を集めているという螺旋忍軍の動きには依然、影を追うばかりだ。

作者:雨屋鳥 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年6月12日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。