ドロボーはわが影法師

作者:土師三良

●暗躍のビジョン
 冷たい月明かりの下、忍び装束に身を包んだ少女が地面に片膝をつき、頭を垂れていた。
 その傍に立っているのは、黒いスーツ姿の女。
「貴方が成すべきことは、地球での活動資金の強奪。あるいは――」
 少女に目も向けず、女は語りかける。月明かりよりも冷ややかな声で。
「――ケルベロスの戦闘能力の解析です。貴方が死んだとしても、情報は収集できますから、心置きなく死んできてください。もちろん、活動資金を強奪して戻ってきてもよろしくってよ」
「……」
 少女は頷いた。おそらく、無表情で。
『おそらく』がつくのは、彼女の顔が隠されているからだ。
 螺旋模様の仮面によって。
 
 四十畳ほどの座敷広間。
 縁側に面した障子が音もなく開いた。
 土足のままで入ってきたのは先程の少女だ。
 セキュリティのセの字もない部屋だが、少女は拍子抜けする様子も見せず(もとより仮面のせいで表情は見えないが)、猫を思わせる足取りで床の間に向かった。
 床の間に置かれているのは、一振りの刀を乗せた掛け台。
 少女はその刀を手に取った。
 
●音々子かく語りき
「螺旋忍軍のよからぬ動きを予知しましたよー。京都府京丹後市の旧家の邸宅に忍び込んで、古い日本刀を盗み出すみたいです。その日本刀の名前は――」
 ヘリオライダーの根占・音々子がケルベロスたちにタブレットを見せた。
『小乱』という字が(わざわざ毛筆系のフォントで)画面に大きく表示されている。
「――こう書いて、『さみだれ』と読むんですよ。ちょっと中二心をくすぐる名前ですけど、特別な力が秘められているわけでもなければ、切れ味が優れているわけでもありません。でも、古美術品としての価値は高いです。盗品だと知った上で大金を払う好事家もきっといるでしょうね」
 その刀を闇で売り、活動資金を得ることが螺旋忍軍の目的なのだろう。
「旧家の方々には事の次第を伝えて、安全な場所に避難してもらいました。『小乱』も別のところに保管して、元の場所には模造品が置いてあります。よって、皆さんと螺旋忍軍との戦闘の煽りで一般人が傷付くことはありませんし、高価な古美術品が壊れることもありません。思う存分、暴れても大丈夫です……と、言いたいところなんですけどぉ」
 音々子の声が不安と困惑を帯び、グルグル眼鏡の上の眉が八の字になる。
「暴れまくるような戦い方をすると、手こずるかもしれません。今回の螺旋忍軍は『月華衆』という一派に属する輩なんですが、ちょっと特殊な忍術を使うんですよ」
 特殊な忍術――それはグラビティのコピー。
 月華衆は、自分が行動をする直前に使用されたケルベロスのグラビティの一つを模倣して使用する。それがたとえ特定の種族しか使用できないグラビティであろうと、特定の武器でしか使用できないグラテビィであろうと、世界で一人しか使用できないオリジナル・グラビティであろうと。
 また、月華衆は可能な限り多種多様なグラビティを使用する。つまり、『その戦闘で自分がまだ使用していないグラビティ』を優先的に使用するということだ。
「どうして、そんな戦い方をするんでしょうね? まあ、でも――」
 声と表情から不安と困惑の色を拭い去り、音々子はケルベロスたちを励ますように微笑んだ。
「――その性質を上手く利用すれば、戦闘を有利に進めることができるかもしれませんよぉ」


参加者
天満・十夜(天秤宮の野干・e00151)
花凪・颯音(欺花の竜医・e00599)
ミツキ・キサラギ(神憑の渡り巫女・e02213)
新条・あかり(点灯夫・e04291)
サラ・エクレール(銀雷閃・e05901)
クレーエ・スクラーヴェ(白く穢れる宵闇の・e11631)
プロデュー・マス(サーシス・e13730)
ミハイル・アストルフォーン(えきぞちっくウェアルーラー・e17485)

■リプレイ

●迅の一字也
 座敷広間に差し込む月明かりの濃度が変わった。
 縁側に面した障子が開かれたのだ。
 障子紙のフィルターから解放された青白い月光とともに室内に入ってきたのは、螺旋の仮面で顔を隠した少女。
 螺旋忍軍の月華衆である。
 少女は物音一つ立てることなく床の間に近付くと、掛け台に置かれていた名刀『小乱(さみだれ)』を手に取った(事前に模造品と入れ替えられているが)。
 その瞬間――、
「とりゃあーっ!」
 ――天井を突き破り、ミハイル・アストルフォーン(えきぞちっくウェアルーラー・e17485)がスターゲイザーを放ってきた。
 エアシューズが唸りをあげ、抉り抜いた。
 月華衆の残像を。
 本体は瞬時に後退している。
 だが、そのまま逃げ去ることはなかった。もとより逃亡の意思はないだろうが、あったとしても不可能だ。
 彼女は既に取り囲まれていたのだから。隣室に面した襖を開け、あるいは蹴破って、部屋に踏み込んできた八人のケルベロスに。天井に穿たれた穴から飛び降りた新条・あかり(点灯夫・e04291)に。猫サイズの豹に変身して物陰に身を潜めていたウェアライダーの玉榮・陣内に。部屋の隅に置かれていた犬の像を内側から砕いて(空洞の像だった)飛び出した紅音・魅霧に。そして、床下から畳を跳ね上げて現れたミツキ・キサラギ(神憑の渡り巫女・e02213)に。
「それにしても――」
 隣室から踏み込んできた面々の一人である天満・十夜(天秤宮の野干・e00151)が苦笑を浮かべた。埃まみれのミツキや、変身を解く陣内や、体に像の破片が張り付いている魅霧を眺めて。
「――これじゃあ、どっちが忍者だか判らないぜ」
 かく言う十夜も隠形をおろそかにはしていなかった。本来は獣人型のウェアライダーなのだが、獣臭で察知されるのを防ぐために人型になっているのだ。しかも、全身に無香消臭剤を振り撒いていた。
(「でも、この格好はなんか恥ずかしくて落ち着かないなぁ」)
 慣れた獣人形態に戻り、最低限の覆いしかしてない体を自前の毛皮で隠す十夜であった。

●刃の一字也
 五体のサーヴァントを伴った十三人のケルベロスの登場によって、人口密度が一気に上がった座敷広間。
 その中央で月華衆は腰を落とし、身構えた。小乱はまだ手にしたままだ。模造品だということに気付いていないのかもしれない。
「飛んで火に入る……」
 あかりが呟きを漏らしたが、その言葉の後半はけたたましい唸り声のようなものにかき消された。
 彼女の得物であるチェーンソー剣の駆動音だ。
 夜の和室に似合わぬ不快な音が刃とともに疾走した。防具ごと敵を斬り裂くズタズタラッシュ。
 月華衆は軽くステップを踏むようにして、その凶悪な斬撃を躱した……かと思われたが、小さな体をよろめかせた。
 サラ・エクレール(銀雷閃・e05901)が死角から飛び、スターゲイザーを食らわせたのだ。
 だが、食らいっぱなしのままで終わる螺旋忍軍ではない。サラに続いて陣内がスターゲイザーで、魅霧が獣撃拳で攻撃したが、それらは紙一重で躱した。
「さすがは忍者だ。実に素早い。動きに迷いがないよね」
 感嘆の声(揶揄するような響きも混じっていたが)を発したのは花凪・颯音(欺花の竜医・e00599)。その手から流れ落ちたブラックスライムが捕食モードに変わり、レゾナンスグリードで月華衆に襲いかかる。
「迷いがないというよりも、迷うことを許されてないんじゃないかな」
 クレーエ・スクラーヴェ(白く穢れる宵闇の・e11631)が攻撃を仕掛けた。彼の武器もまたブラックスライムであり、グラビティもまたレゾナンスグリードだった。長期戦となることを避けるため、まずは相手の機動力を落とす――そう考えてのことだ。
「螺旋忍軍からすれば、この娘は自由意思のない捨て駒なんだろうね。なんだか、都合の良いお人形さんとして扱われていた誰かさんに重なるなぁ。まあ、だからといって、同情はしないけど……」
 鴉に似た形態から捕食モードに変じるスライムを見守りながら、クレーエは独白した。小さな声なので、聞こえているのは『誰かさん』であるクレーエ自身だけだが。
 そうしている間に三匹目のスライムが月華衆に食らいついた。今度のそれは比嘉・アガサの攻撃だ(敵の攻撃手段を制限するため、彼女は仲間と同じグラビティを使用していた)。
 スライムたちは月華衆に一定のダメージを与えると、波が引くように後退した。もちろん、ケルベロスたちの攻撃がそれで終わったわけではない。『波』に代わって、巨大な鋼が月華衆を打ち据えた。
 禍々しい形状の鉄塊剣『山姥ノ出刃包丁』である。
「貴様は与えられた命令をただ実行しているだけなのだろうが、その行為は――」
『山姥ノ出刃包丁』を手にしたプロデュー・マス(サーシス・e13730)が言った。
「――悪以下の低劣なものだ」
 彼の攻撃はデストロイブレイドだったので、月華衆の心に怒りを植え付けたはずだ。しかし、仮面の奥から憤怒の声が漏れ出ることはなかった。
「こんだけヤイヤイ言われた挙げ句にデストロイブレイドを食らっても反応なしかよ。まるで、機械だな。こいつ、螺旋忍軍じゃなくてダモクレスじゃねえのぉ?」
 ミツキが挑発の言葉とともに破鎧衝をぶつけた。
 避けきれずに体勢を崩す月華衆。
 そこに十夜がゾディアックソードの『Jackal of Libra』で破鎧衝を放ち、彼のサーヴァントであるボクスドラゴンのアグニがすかさずボクスブレスを浴びせた。
「きゅぴゃー!」
 鳴き声をあげて、颯音の相棒のロゼも鋭い葉のようなボクスブレスを吐いた。
 更に別のボクスドラゴンも攻撃に加わった。ミハイルのサーヴァントのニオーである。
 ボクスブレスのジグザグ効果で月華衆の状態異常が悪化していく。
 反対にケルベロス勢の防御力は上がっていた。琴宮・淡雪が『百花繚乱』を用いたからだ。
「これが終わったら、あかり様からご褒美は貰えるのかしら。ほっぺにチューとか」
「なにがチューだ! 真面目にやれ、真面目に!」
 と、淡雪を叱り飛ばしたのはヴァオ・ヴァーミスラックス(ドラゴニアンのミュージックファイター・en0123)。いつになく凛々しい顔付きをしている。
 彼と一緒に戦ったことのあるサラが首をかしげた。
「ヴァオさん……なんだか、この前とはちょっと感じが違いますね」
「あたぼうよ。俺ァ、日々成長してんだ。もう『駄メディック』だの『バツイチヘタレオヤジ』だの『実はイヌマルが本体』だのとは言わせないぜぇー!」
「いえ、誰も言ってませんけど……」
 困惑するサラに構うことなく、ヴァオは『紅瞳覚醒』の演奏を始めた。

●塵の一字也
 淡雪にチューを期待されていることも知らず、あかりが月華衆めがけて腕を突き出した。
 その小さな掌底から竜の幻影が姿を現し、炎を吐くと――、
「きゃーっ!」
 ――絹を裂くような悲鳴があがった。
 ドラゴニックミラージュの炎を浴びた月華衆ではなく、後方でギターを弾いていたヴァオの声である。
「遠距離系グラビティーは使っちゃダメェー! コピーされちゃったら、俺んところにまで攻撃が届くからー! とーどーくーかーらー!」
『日々成長』しているというヴァオは根拠もなく信じていたのだ。今回、味方は近距離攻撃しか使わない(よって、月華衆も近距離攻撃しか使えない)だろうから、後衛の自分が標的になることはない、と。
「今更なに言ってるの? ボクスドラゴンたちだって、遠距離のボクスブレスを使ってたでしょ」
 非情な事実を冷やかに伝えた後、あかりはオルトロスのイヌマルに指示を出した。
「イヌマルさんはなるべく地獄の瘴気以外で攻撃して。複数の標的を狙える技をコピーさせたくないから」
「がおー」
 迫力皆無の咆哮で答え、パイロキネシスで月華衆を攻撃するイヌマル。
 彼の主人であるヴァオが涙目になって、また情けない声をあげた。
「おまえまで遠距離攻撃を使うのか! この裏切り者ぉー!」
「ははは……」
 ヴァオと同じく後衛に陣取っていた颯音が苦笑をその場に残して跳躍した。
「うるさいよ、ヴァオ」
 と、バツイチヘタレオヤジを一睨みして黙らせ、アガサが颯音を追って飛んだ。
 二人は続け様にスターゲイザーを放った。
 しかし、月華衆は体を捻り、それらを躱した。
 隙を突くようにして、サラが愛刀『伯耆安綱』で斬りつけたが、その刃もまた相手には届かなかった。
 そして、仮面の少女は初めて反撃に転じた。
 コピーしてみせたのはスターゲイザー。
 標的となったのはプロデュー。
「……っ!?」
 エアシューズを履いていない足でのスターゲイザーというありえざるグラテビィの直撃を食らい、プロデューは小さく呻きを漏らした。
 それでも痛みを堪えて飛び上がり――、
「私を攻撃したということは、デストロイブレイドの怒りが効いているのか? 一応、感情はあるらしいな」
 ――空中で鉄塊剣からルーンアックスに持ち換えて、渾身のスカルブレイカ―を振り下ろす。
 月華衆は咄嗟に飛び退り、彼女の代わりに畳が打ち砕かれた。
 無数のイグサと藁が周囲に舞い散る。
 その中を一条の光が走った。クレーエのスターゲイザーが刻んだ残光。
 脇腹に蹴りを受けて、月華衆の動きが鈍った。
 そこに十夜が獣撃拳をぶつけ、それを見届けた上で陣内も獣撃拳を放った(アガサと同様、彼も他のメンバーとグラビティーを揃えるようにしていた)。更にミツキがスターゲイザーで、ボクスドラゴンたちがボクスブレスとボクスタックルで畳みかける。
 月華衆はそれらの幾つかを食らい、幾つかを回避したが、ダメージを受けた時に苦鳴を発することもなければ、華麗に躱した時に誇らしげな素振りを見せることもなかった。
「なにがあっても口を開かねえ、物真似ばっかのマネキン野郎め。やっぱ、本当にダモクレスなんじゃねえか?」
 ミツキがまた毒づいた。
「なんにせよ、やりにくい敵だよね。でも、例の技を試すにはもってこいの相手かも」
 謎めいたことを言いながら、ミハイルがルナティックヒールの光球を飛ばした。
 それを背中で受けたプロデューが得物をまた鉄塊剣に持ち替えて、デストロイブレイドで攻撃した。
 ほぼ同時にあかりが二度目のドラゴニックミラージュを放射する。
 しかし、月華衆は身を屈めて刃と炎の下を潜り抜けてプロデューに肉迫したかと思うと、瞬時に飛び退った。
 開口部がないはずの仮面からボクスブレスを吐きながら。
 その異様な攻撃をプロデューは避けることができなかった。
 もっとも、物理的なダメージは受けたものの、ボクスブレスが有するジグザグ効果の影響は受けていない。先程のスターゲイザーによって生じた状態異常はミハイルのルナティックヒールで消されているのだから(本来のルナティックヒールにキュアの効果はないが、プロデューはメディックのボジションを取っていた)。
「ジグザグというのは――」
 サラが再び『伯耆安綱』を振るう。今度は命中した。傷口を斬り広げる絶空斬。
「――こうするんだよ」
 クレーエが後を引き取り、ゾディアックソードを閃かせた。二つ目の絶空斬がジグザグ効果を上乗せする。
「テレビウムがいないのが残念だ。その螺旋の仮面に応援動画が流れる様が見たかったのに」
 軽口を叩きつつ、颯音も剣を振った。こちらは実剣ではなく、マインドソードである。
 続いて、月華衆に命中したのは二発の破鎧衝。十夜とミツキの攻撃だ。
「サーヴァントのグラビティまで真似るなんて、本当に器用だよな」
「……ん? そ、そうだな」
 十夜の言葉に生返事をするミツキ。つい先程まで月華衆に悪態をついていたはずだが、今は顔を少し赤らめて、相手から視線を逸らしている。防御力を削る破鎧衝を何度も食らったせいで、月華衆の忍び装束のそこかしこが破れ、白い肌が覗いているからだ。
 とはいえ、男子の本能に逆らうことはできず(もちろん、視線を逸らしたままでは戦えないという理由もあるが)、ついつい目が行ってしまう。
 彼の様子がおかしいことに気付き、十夜が訝しげに尋ねた。
「敵から顔を伏せたかと思ったら、チラ見したり……なにやってんだ、おまえ?」
「チ、チ、チラ見とかしてねーし! いや、見てることは見てるけど、それは攻撃が効いてるかどうかを確認してるだけであって、べつにやましい目的があるわけじゃねえから!」
「なにがやましいんだ?」
「だから、なんでもねえってば!」
 そんな青少年と違い、自分の欲望をストレートにさらけ出して行動している者もいた。
 ミハイルだ。
「覚悟しろ、月華衆。習熟の糧になってもらうぜ。ボクの必殺の――」
 片手に持ったチェーンソー剣で斬りかかりつつ、もう片方の手を電光石火の速度で伸ばす。
 忍び装束の裾に向かって。
「――スカートめくりのな!」
「……」
 例によって感情を表すことなく(あるいは呆れて言葉も出ないのか)、月華衆はチェーンソー剣とスカートめくりの両方を難なく回避した。
「くそっ! 惜しいーっ!」
 地団太を踏んで悔しがるミハイル。
「……最低」
 あかりがぽつりと呟き、サラが無言で頷く。
 二人の横では、ニオーが嘆かわしげな顔をしてかぶりを振っていた。

●仁の一字也
 その後も月華衆はコピー忍術を機械的に繰り返した。
 彼女がコピーするグラビティについて、クレーエは何度も予想を試みたが――、
「――やっぱり、無理か」
 皆の戦術やグラビティは完全に統一されているわけではないので(統一してしまうと、別の問題が生じる可能性もあるが)、幾つかに絞り込むはできても、特定することはできなかった。
 とはいえ、ケルベロス側が圧していることに変わりはなかった。月華衆にはダメージだけでなく、様々な状態異常が蓄積している。しかも、キュアの効果を持つグラビティをケルベロスが意図的に使用していないので、コピーして癒すこともできない。
「今までの手応えから察するところ、特定の攻撃に弱いというわけではなさそうだね」
 容赦なく攻撃を続けながら、颯音が言った。
「それに攻撃力も高い。コピー忍術に固執しなければ、もっと有利にことを運べたかもしれないのに」
 颯音の言葉は月華衆にも聞こえているはずだが、この状態になっても尚、彼女は愚直な戦法(それが戦法と呼べるかどうかはさておき)を変えなかった。クレーエが言ったように、変えることなど許されていないのだろう。
「あかりは『飛んで火に入る云々』と言ってたけど、こいつはきっと焼け死ぬことを承知の上で火に飛び込んできただろうな」
 スカートめくりをあきらめたミハイルがまたルナティックヒールの光球を投げた。相手は今回もプロデューだ。
「己を持たずに生きるのは楽だが――」
 静かに語りかけながら、プロデューは何度目かのスカルブレイカーを叩き込んだ。
「――同時に辛いことだぞ」
 月華衆はそれを躱すことができなかった。状態異常の蓄積で本来の回避力を失っているのだ。
 別のルーンアックスも唸りをあげた。手にしているのは、煩悩(と呼ぶには可愛すぎるもの)を振り払ったミツキ。ルーンディバイドが月華衆の顔面に叩き込まれ、螺旋に代わって無数の亀裂が仮面を飾る。
 満身創痍の月華衆。それでも逃亡を図ることもなければ、命乞いをすることもない。小乱もまだ掴んだままだ。『使命感』や『忠誠心』という言葉を使えば美化できなくもないが、その実態は『思考停止』という言葉で表すべきものだろう。
「あなたに命令を下した者の企みがどのようなものであれ――」
 サラが刀を鞘に納めたかと思うと、数瞬の間も置かずに抜き打ちを放った。『一閃改(イッセンカイ)』と呼ばれる奥義。
「――私たちの前で消え失せるのみです」
 その名の通りに白刃が一閃し、月華衆の体があっけなく頽れた。糸の切れたマリオネットのように。
 最後まで言葉を発することなく、哀れな捨て駒は逝った。

 螺旋忍軍の情報を得るべく、ミツキとクレーエは月華衆の死体を調べたが、収獲は得られなかった。
「なーんにもねえな」
「まあ、べつに期待はしていなかったけどね」
 ミツキが肩を落とし、クレーエは肩をすくめた。
 死ぬことを前提にした任務だったので、月華衆は手掛かりになる物をなに一つ持ってこなかったのだろう。あるいは、そんな物は普段から持っていないのかもしれない。
「使い捨ての雑兵か。なんか、モヤっとするよな。こういう敵は……」
 十夜が爆破スイッチを押した。あちこちでブレイブマインの爆発が起き、室内が修復されていく。
「そうだね。モヤっとするね」
 爆風を背に受けながら、あかりが二本のチェーンソー剣を交差させた。
 スカーレットシザースの炎で月華衆の死体が燃え上がる。
 一片の灰も残さずに死体が消え去った後、あかりはそこに小さな白い花束を置いた。
 生前の月華衆は予想していなかったはずだ。自分の命を奪った者たちに花を手向けられることなど。
 予想できたとしても、なにも変わらなかっただろうが。

作者:土師三良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年5月31日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 7
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。