人形の見た夢

作者:荒雲ニンザ

 体操着、お弁当箱、よし! 忘れ物はなし!
「行ってきまーす! っと……」
 そこでセーラー服の少女は小走りで自室に戻り、ベッドの上に座らせてある三つ編みの人形を手に取った。
「行ってくるね」
 大分古ぼけていたが、長年大事にしているのだろう。
 棚のミニチュア家具にそれを乗せようと振り返ると、すぐ背後に黒いコートの少女が立っているを見て驚いた。
「あんたの愛って、気持ち悪くて壊したくなるわ。でも、触るのも嫌だから、自分で壊してしまいなさい」
 そして手に持った鍵で被害者の心臓を一突き。
 愛を吸い取られたセーラー服の少女は意識を失い、そのすぐ隣に、彼女の大切にしていた人形そっくりのドリームイーターが現れた。

 今回の事件は、笹島・ねむ(ウェアライダーのヘリオライダー・en0003)からの予知だ。
「見返りの無い無償の愛を注いでいる人が、ドリームイーターに愛を奪われてしまう事件が起こっていますー!」
 愛を奪ったドリームイーターの名は『陽影』といい、正体は不明だ。
 陽影によって、奪われた愛を元にして現実化したドリームイーターが事件を起こそうとしている。
「愛を奪われる被害者をこれ以上増やさない為にも、ドリームイーターを撃破してほしいのです」
 このドリームイーターを倒す事ができれば、愛を奪われてしまった人も目を覚ましてくれるだろう。

 ドリームイーターが徘徊している地域は神奈川県小田原市周辺で、人形展の出品作品を壊して回っているという。
 ドリームイーターは「心を抉る鍵」を使ったり、「モザイク」を飛ばして敵の精神に影響を与えるようなグラビティを得意としているようだ。
「急いで事件が起きた場所に向かえば、ドリームイーターはまだその周辺をウロウロしています。ケルベロスは一般人に比べて愛の力も大きいので、みなさんがうまく囮になる事ができれば、ドリームイーターは、ケルベロスを狙って現れる可能性が高くなります!」
 おそらくこのドリームイーターは、自分以外の人形という存在を排除しようとしているのだろう。そこをうまく利用できれば姿を見せるはずだ。
「被害者の恵ちゃんは一人っ子で、小さな頃からあのお人形さんを妹のように思ってるんです。恵ちゃんの無償の愛を奪って化物を生み出すなんて許せません! 悪さをするドリームイーターはやっつけちゃって下さい!」


参加者
ミケ・ドール(黄金の薔薇と深灰魚・e00283)
眞月・戒李(ストレイダンス・e00383)
内阿・とてぷ(占いは気の向くまま・e00953)
早川・夏輝(お気楽トルーパー・e01092)
斎・時尾(レプリカマリオネット・e03931)
パンプティ・パンプキン(トリックントリート・e13571)
碓氷・影乃(黒猫忍者おねぇちゃん・e19174)
鵜松・千影(アンテナショップ店長・e21942)

■リプレイ

●糸をひく
 遠くでパトカーのサイレンの音が聞こえる。
 立ち話している主婦の会話を、碓氷・影乃(黒猫忍者おねぇちゃん・e19174)が拾った。
「この近辺で……それらしき事件が……あったみたいです……。今……そこで耳にしました……」
 急に隣から話しかけられ、内阿・とてぷ(占いは気の向くまま・e00953)は「ひゃあ!」と声をあげる。
「き、急に現れないで下さいですよ!」
「さっきから……隣にいたよ……?」
 影乃の影の薄さは隠密行動に向いていたが、今回はその逆、敵を誘い出さなくてはならない。
「ま、まあ……、ドリームイーターは近くにいるみたいですね……」
 鵜松・千影(アンテナショップ店長・e21942)が『ぶらり再発見』を試し、面白スポットの検索から、人の流れるだろう場所とそうでないだろう場所を割り出しながら言った。
「この辺りに公園があるみたいだぜ。誘き寄せるならちょうど良いんじゃねぇかな?」
 眞月・戒李(ストレイダンス・e00383)もそれに同意する。
「ボクもそれがいいと思う。公園なら戦えるだけのスペースがあるだろうし」
 一同、頷いてから公園に向かった。
 到着すると、一先ずサーヴァントと共に物陰に隠れる。
「あたしは話をしているのを聞きつつ、たまに周辺を見渡して警戒しておくわ」
 早川・夏輝(お気楽トルーパー・e01092)はそう言ったが、本心は別にある。
(「……子供の頃から研究と訓練漬けだったせいで話題についていけない……てのは、黙っておきましょ。ぬいぐるみが可愛いってのはわかるんだけどね~」)
 ゾンビ人形を抱いた無垢な表情のパンプティ・パンプキン(トリックントリート・e13571)と目が合い、夏輝はばつの悪さに軽く愛想笑い。
 予め立てておいた作戦通り行動に移ると、各々公園内をうろつきながら警戒を始める。
 整いすぎたビスクドールのような美少女はミケ・ドール(黄金の薔薇と深灰魚・e00283)で、長い睫に縁取られた黄金の瞳と華奢な体は、公園内でも大層人目をひいた。
 彼女がミルクティー色のクマを抱いた姿は、まるで人形が人形を抱いているようにも見えたほどだ。
 物陰に隠れたままの斎・時尾(レプリカマリオネット・e03931)がその光景を遠目からぼんやり眺め、傍らに潜むビハインドの一刀を視野の端に入れる。
 何を思っているのだろうその心情は、今はまだ、ここにいる誰も知らない。
 歩きながらミケの話を聞いているのは影乃だ。
「お人形、大切な大切な、テゾーロ」
「柔らかくて、いい色だね……」
「ミケさんがドール家に引き取られて、最初にもらったお友達。チョコラータという名前」
「かわいい……」
 ベンチの周辺に固まっているのは他の5名。
 パンプティがいつも愛用している、飛ばして遊ぶゾンビ人形を目の前に差し出してみせる。
「飛ばしてるけど、大事な大事な相棒なのよ!」
 飛ばしてる? と夏輝が内心首を傾げると、とてぷが笑った。
「分かります、相棒って感覚」
 彼女は、自分も大事にしているぬいぐるみを抱きかかえながら相槌をうつ。
「小さいころからずっと持ってるんですよ。物心ついたころからずっと一緒にいたもので、今は居ない両親から渡された唯一のものなんです。だんだんぼろぼろになっていくのを、自分で縫って直してるんですけどね……」
 その『相棒』は、かなり縫合激しい黒猫のぬいぐるみであったが、そこまでに至った課程を思うと微笑ましくなる容姿をしていた。
 彼女も、ふと何かを思い、言葉を止めた。
 そこで何かを察した戒李が話を始める。
「この人形は、ボクの親の代から大事にされていて、ボクよりもずっとお姉さんなんだ。生まれる前から傍にいてくれているから、ボクにとっては家族も同然なんだよ」
 経営する古物店から持ってきたという、長い銀髪と紫目の色白な赤いドレスの少女人形からも、大切にされた跡が窺える。それを思うと、つい演技を忘れて本心から口にしてしまう。
「この人形とこの話、ボクが経営してる古道具屋に実際に売りに出された物と、その時聞いた話なんだよね。その人も事情があって、他の大事にしてくれる人を探してボクの所に売りに来たんだ。人形を好きだって人は純粋な人が多いイメージあるね」
 だからこそ、彼はその思い出を踏みにじる輩を許せないのだろう。
 千影は男性だったが、彼女たちの話が分かるらしい。実家が人形屋だというだけあり、見る視点がやはりそちらに向くのだろう。
「人形は修理したり、綺麗に着飾らせたり、そうやって手をかけて愛情注いでいくだけ輝く。持ち主の愛を注がれるだけな。お前らの人形は幸せだな」
 耳に入ってくる彼らの話に、時尾が人知れず目を閉じた。
 誰かから愛される人形という存在に、胸の内が削られるようだ。
 嫉妬とも似た、それとは全く違う、同じような感情。
「無償の愛。私のような機械人形にも、解る時がくるのでしょうか……」
 ぽつ、と口に出した一言を消されるように、周囲がざわめいた。
「ここから離れて!」
 とてぷの忠告とともに、ラブフェロモンが一般人に効果を発揮すると、ワッと一斉に人が走って逃げていく姿が見えた。
 現れたのだ、ドリームイーターが。

●操り人形
 小さな小さな女の子。三つ編みをした人形。
 何を悪さしてきたのか、泥にまみれて。人相も変わっているのか、全く可愛さを感じない。
「うータん、うーたん、うみちャん、うミちゃんが、イれば、いい」
 人形が語る言葉は、人の言葉だ。
 赤ちゃんや、幼女、少女の声を、片言につなぎ合わせたそれは、おそらくこの人形が話しかけられた言葉の数だけあるのだろう。
 これは、被害者である恵が、うみという人形に、愛情を込めて重ね続けた声なのだ。
 時尾は、一気に胸中に満ちた怒りにも似たむなしさを自覚すると、その場に姿を現した。
「私はレプリカントの時尾。『斎一刀』に(愛)してほしいと願った機械人形。壊せるものなら壊してみなさい」
 音を立ててアームドフォートを構えると、彼女がケルベロスだと認識したドリームイーターは言った。
「いらナイ! ナイナイ!」
 時尾に攻撃を仕掛ける前、他のメンバーもケルベロスコートから武器を取り出すと、きっちり間合いをとって身構えた。
「はぁい、ごきげんよう。悪いけど、壊されるのはあなただけよ!」
 夏輝がやっと現れてくれたと胸をなで下ろし、逃がさないよう退路を塞ぐ。
 影乃が逃げ遅れた市民がいないか確認し、周囲の安全を確かめると千影に目配せをする。
「愛を求める哀れな人形。ちゃんと解放してやるよ」
 人形の目にケルベロスの陣形が映り込む。
 皮切りしたのは戒李だ。彼女がペトリフィケイションを放ち、次にミケが絶空斬で斬りつけると、その一撃は大きく敵の傷口を広げるのに成功した。
 気味の悪い声の響きが夏輝の神経を逆なでしたようだ。彼女はクイックドロウを命中させると、影乃のために隙を作ってやる。影乃は分身の術を使うと自身に耐性をつけた。
 続いて千影のクイックドロウがヒット。彼のミミックであるベンさんが敵に喰らいつくと、通常よりダメージを食らったドリームイーターは怒りを露わにする。
 そこにパンプティのスターゲイザーが食い込み、時尾はビハインドである一刀の攻撃にあわせる様に移動し、追い打ちをかけてフォートレスキャノン、とてぷの氷結の槍騎兵が敵を凍えさせた。
 ドリームイーターはとてぷの攻撃を食らった後、パタッと軽い音を立てて倒れたが、妙に素早く起き上がった瞬間に欲望喰らいを放つ。
 それはモザイクを巨大な口の形に変え、影乃を欲望ごと喰らいつくそうと襲ってきた。
 そのスピードに彼女は声も出せず攻撃を受け入れ、公園の地面に身体を叩きつけて倒れた。
「影乃!」
 戒李がスターゲイザーで仕掛け、ミケが殺神ウイルスを放つ。
 ゆっくり上体を起こす影乃を横目にしつつ、ミケは思い出とのギャップに憤りながらも、鈴を転がしたようなソプラノの声で言った。
「……たまにぬいぐるみの病院に入院と手術をすると、きれいに元の姿になる。ミケさん病気でお友達いなかったから、ベッドで寝てたから……お兄ちゃんたちはいたけど……だから、お人形が大事な気持ちわかる……」
 その隙に夏輝が影乃にヒールドローンをかけるが、回復量が足りず内心穏やかではない。
 ドリームイーターはミケに答える。
「キライ。嫌い。みんな嫌い。一人ぼっち。ワタシは、ヒトリ」
 影乃は起き上がり様走り込み、スカーレットシザースを敵に食らわせようとするが、ドリームイーターは素早くそれを交わした。
 彼女はその場に片膝を突くと、千影がサポートに入るようにガトリング連射をする。
 ベンさんの攻撃は交わされたが、千影が叫んだ。
「聞いてるか! 裏で操る馬鹿ちゃんよぉ! 人形を愛するのは、ただの独りよがりな愛かもしれねぇ。でもよ、この愛で人形は輝くんだ。愛に応えてるんだ。自己満足? 自己愛? 上等だ! おめーみたいに、そうやって全てを『気持ち悪い』で片付けたら何も愛せねえ。自分自身すら愛せねえ! 可愛そうな奴だぜ、お前は!」
 すると、恵の声ではない、別の少女の声が人形から聞こえ始めた。
「気持ち悪い、気持ち悪い、壊したくなる、触るのも嫌……」
 小刻みに震える人形にパンプティは両手を広げた。
「ビックリドッキリ人形はー……ドッペル人形!」
 資料で見た恵に似せた人形が飛び出し、事もあろうか彼女はそれを……敵に向かって投げたのだ。
 夏輝は人形遊びの認識そのものに対して混乱しかけたが、見事にその物理攻撃は敵にダメージを食らわせた。
 風前の灯火でよろよろと両手足を交互に出す人形。
 すでに可愛さの欠片も残っていない風貌、そして哀れな醜態。
 時尾は静かに『それ』を見つめながら、最期を稲妻突きで仕留めてやった。

●ひとの、うちがわの、かたち
 恵が目を覚ましたのは、その少し後だ。
 意識を失った時、狭い室内で膝と手首をぶつけたらしいが、傍らに落ちた友達が頭の位置にあり、頭部を守ってくれていたらしい。
 何が起きたのか恵には分からなかったが、どうやら学校に行ってないことだけは理解できた。
 呼び鈴が鳴り、先生が心配して来たのかもしれないと一瞬考え、慌てて玄関の扉を開ける。
 そこにはケルベロスが立っており、彼女が無意識に胸に抱いて出てきた人形を見て千影がふっと微笑んだ。
「幸せそーな顔してんな。こいつ」
 その言葉に戸惑いはしたが、パンプティが自分によく似た人形を差し出したので、そちらに注意が逸れた。
「これ、棚に並べて飾ってね♪」
「私たちはケルベロスですよ。詳しいことは中でお話させてもらいますので、とりあえずヒールの確認をしないといけませんですよ」
 それから、どこか怪我をしていないかと身体中を見て回るとてぷにつれられ、状況が把握し切れていない恵と人形は部屋に戻っていった。
「そういえば夏輝は?」
「ギャラリーに行くって……海の方へ歩いて行きましたよ……」
 迷ってどこかへ行ってしまった夏輝を見ていた影乃が答えると、千影から乾いた笑いがもれる。
 時尾は一通り無事を確かめたので、静かにその場を後にしようとしていた。
 その時、窓から見えた恵の部屋にいる、ドリームイーターとは全く違う人形の表情に、不思議な感覚を覚えて立ち止まる。
 その世界はどこまで続くのだろうと思いはしたが、自分は彼女の人形ではなく、その先を知る必要はないと視線を落とした。
 ただ、『心』を得て、『時尾』となった彼女である。恵と人形の絆に己を重ね合わせ、その心に見合った情を感じることはできただろう。

作者:荒雲ニンザ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年5月19日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
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