垂蜜を啜る獣

作者:雨屋鳥


「グスタフよ」
 ローブを纏った男が影になったフードの中から、それを見る。
「慈愛龍の名において命じる。お前とその軍団をもって人間に憎悪と拒絶を与えるのだ」
「ひひ……」
 命じられたそれは全身の触手を震わせ、叫んだ。
「ひゃっはー! 女……女だ! 敵がいなけりゃ俺達は絶倫だ、無敵だぜー!」
「……まあ、無闇に戦おうとしないだけ、マシかもしれん」
 出撃の命令に歓喜するグスタフにローブの男は、半ば呆れた視線を送っている。
「ひゃっはー! ああ、そうだ。戦より女だ!」
 何よりも自らの肉欲に従うと豪語し、虹色の髪を震わせるグスタフに、男は何も言わず中空に浮かぶ魔空回廊を指差した。

 雲の無い空が一瞬翳ったような気がした。
 女性は、明日の天気を測るように空を仰ぎ、そして、自らの目の前に降り立つ影を見た。
 それが、月の灯りに照らされる。醜い豚のような顔面、弛んだ胴体。何より目を引くのは、その背から伸びた無数の触手。
「……ぃっ」
 後ずさり、反射的に叫び声が上がる。その寸前で背後から何かに体を絡め取られ、体は地面に引きずり倒された。
 声すら出ない。弾力のある肉塊が口内を埋め尽くしていた。
「ひゃっはー! 捕まえたぜ!」
 下卑た笑いが複数上がる。四肢を粘り気を帯びた何かで押さえつけられた女性は、丸い月と醜い獣が自らを見下ろしていると言う事だけを認識できた。
 次の瞬間、滴に濡れた無数の芋虫のようなものが全身を這いずり、彼女は不快感の海に溺れていく。


 ダンド・エリオン(オラトリオのヘリオライダー・en0145)が集まった面々に向かい、収集の概要を説明する。
 その内容は、大阪市内の人気のない道路にてドラグナーの操るオークによる事件が起こる、という物だった。
「オークの群れを率いているのはグスタフというオークです。彼とその配下は臆病な性格で戦闘を回避しようとする傾向があるようです。
 つまり、戦闘に入ったとしても、隙があれば逃亡を図る。そういう相手です」
 だが、それ以上に、非常に女好きであるらしい。
「逃亡を阻止するために、その性質を上手く利用する事が必要かもしれません。
 女性ケルベロスの方々の行動によって、逃亡の足止めを行えるはずです。
 オーク個体についての情報ですが、触手を攻撃手段として使用してきます。武装は無いようです。
 数は八体。臆病な性格からか、力なき人間に対しても大人数で襲撃を行うのかもしれません」
 だが、その戦闘能力は決して低いものでは無いと予測される。
「今まで応戦したオークと同等の戦闘能力を有していると考えて先ず間違いないでしょう。
 油断は出来ない。数に対応できないのであれば逃がす事も視野に入れるべきかもしれません」
 彼は、付け加え、頭を下げた。
「欲望のままに暴れるオークを野放しにするわけにはいけません。皆さん宜しくお願いします」 


参加者
ヒスイ・エレスチャル(新月スコーピオン・e00604)
クリュティア・ドロウエント(シュヴァルツヴァルト・e02036)
シィ・ブラントネール(天使の二丁剣銃・e03575)
玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)
茶虎・陣(気侭な猫侍・e17508)
君乃・眸(ブリキノ心臓・e22801)
ロージー・フラッグ(ブリリアントミラージュ・e25051)
フィニス・トリスティティア(悲しみの終わり・e26374)

■リプレイ

 一歩。欲望に蠢く触手から身を引いた女性の背後から、彼女を捉えようとする無数のそれが飛来する。
 叫び声を上げようとした女性の口を塞ぎ、その体を蹂躙しようと、別の個体に伸ばされたそれは、その役目を果たす事無く唐突に千切れ跳んだ。
「っ、いやぁあああっ!」
 甲高い声が路上に響く。その声は、女性が無事である事の印でもあった。
 身の丈ほどもある大剣を振りおろし、女性をオークの凶行から守った薄い金髪の男性は周りを囲うオークに目を配る。
 数は、八。予知に違いは無い。君乃・眸(ブリキノ心臓・e22801)は人形めいた感情の無い顔に敵意だけを漲らせて鉄塊剣を構え直す。
「大丈夫か、お嬢ちゃん」
 金属が軽く触れあう軽い音。男性はキセルから煙草の滓を携帯灰皿に落し入れながら叫んだ女性に声をかけていた。
 茶虎・陣(気侭な猫侍・e17508)のその明朗とした軽々しい口調に、彼女は周囲を見る余裕を得た。
 怪物が八体。それは、あと数秒で彼女が迎えていたであろう悪夢を想像させるには難くない状況であった。だが、その悪夢は訪れない。
 十数人の人影。それに狼狽している怪物の姿。
「ドーモ、初めまして。クリュティア・ドロウエントでござる」
 鎖を手から垂らし、軽く会釈する女性にオークたちは、迷わず自らの退路を確認し、攻撃を準備を始める。
 勝つ為ではない、彼らにとって戦闘とは逃げる為の手段なのだ。
「ケルベロス……っくそ、もう少しだっタギァッ!」
 悪態をつくオークに、機関銃に放たれたかと見紛う勢いで黒い鉄が無数に突き立った。
「お主等のような下衆な害獣は」
 疾くあの世に送ってくれるでござる。クリュティア・ドロウエント(シュヴァルツヴァルト・e02036)が吐き捨てると同時。苦無の掃射を受けたオークに忍び寄る密やかな影が、惨殺ナイフを閃かせる。
 オークへと斬撃を放ったヒスイ・エレスチャル(新月スコーピオン・e00604)は柔和な笑みを浮かべながら、口を綻ばせ言葉を投げかけた。
「おやおや、逃げる算段ですか。――1匹たりとも逃がすつもりはございませんよ」
「……っ」
 穏やかな表情に似合わぬ台詞に、オークは底知れぬ恐怖を抱いてしまう。その恐れのままに、彼は触手を力任せに叩き付けた。その攻撃は誰にも的中する事は無かったが、初動の早かったオークがそれを合図にしたように、一斉に触手を激しく振り回した。


 三体から放たれた触手の束の一つがその場のケルベロスの中で一際幼い少女へと殺到し、ミニスカートにサイハイソックスで包んだその未だ青い実を呑み込まんと迫る。だが、その攻撃に身を躍らせる姿が一つ。
 彼は粘液に毛皮を汚されるのを厭わず、蒼霞む白の光剣を振るい、あかりに向いた肉を一つ残らず払い落とした。
 親しい相手に向けられた劣情。それに返すのは煮え滾る激情だった。
「……触るな」
 玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)は双眸に爛々と獣の色を滲ませ、低く唸る。彼から放たれたグラビティ・チェインがそのオークに彼の怒りを体現したような焼夷の幻影を見せつけた。
「グッァギャアア!」
 幻影に苦しみ転がったオークの頭上を、火炎の弾丸が過ぎて負傷していたオークへと着弾する。
 それを放ったのは、全身に粘液を光らせながらも恍惚に唇を濡らす女性だった。豊満と言う言葉も足りない体を持つロージー・フラッグ(ブリリアントミラージュ・e25051)はガトリングガンを下ろし、嫣然と息を吐く。全身の弾痕から火を噴きあげたオークの体が、倒れ焼け焦げていく。
「あんまり、苛めちゃ、ん……駄目ですよ」
 はちきれんばかりの双丘の隙間を伝わせ、溜まる欲液を流して荒い息を漏らした彼女と対照的に、心の底からオークに嫌悪の表情を見せる少女。
 フィニス・トリスティティア(悲しみの終わり・e26374)は新調した水着に身を包み、攻撃に飛び込み庇ってくれた、イヴにトーマと名付けられたボクスドラゴンへと謝意を伝えつつ、薬液を操り魔方陣を描き出す。彼女のウィングキャット、トゥードゥルスが光の翼を周囲へと振りまく。
 浮かぶ陣は、味方の脳内麻薬の分泌を促し集中を格段に高めていき、光の羽がオークから受ける悪影響を軽減させる。と同時に、覚悟を決めるように息を深く長く吐き出した。
 彼女の体に光が降る。細い体に白い肌。彼女はその肢体を倦んだ表情で光に晒す。
 ぐぎゅり、と巨大なナメクジがのたうつような音が響いた。その正体を悟ったフィニスは心底から軽蔑の視線をオークへと向ける。それは彼らが喉を鳴らす音だったのだ。
 逃亡を忘れ、口を醜く歪めたオークの触手が、彼女へと押し寄せる。
 だが、肢体の輪郭が分かる服装のアガサや露出の多い水着をきた淡雪によるタイミングを合わせた誘惑に攻撃は拡散していた。
「……上手く逃亡を阻止できてるわね」
 シィ・ブラントネール(天使の二丁剣銃・e03575)はオークたちの動きを目で追いながら、攻撃を放ってその行動の阻害を試みる。
 西洋剣として拵えた武器を構えシィは、来たる二度目に備えて心構えを整えた。
 

「こちラだ……っ」
 逃亡を阻止している女性たちから注意を引き剥がす為に、眸が力を振るい鉄塊剣を叩き付ける。
 蓄積していたダメージにオークはその体を大きく吹き飛ばし、その体を肉塊へと変えた。
「良い腕してんな、オジサンも負けてらんねえ……なっ」
 陣が言い切る台詞と共に、棒状に変化したファミリアロッドの両端に灯した炎弾を演舞のように周囲へと射出、オークの体を焼いていく。
 植えつけられる炎に、オークたちが逃げる隙を探すように彷徨わせた視線が一か所で固定される。
 胸元をはだけさせ、スカートを摘まんだシィが白い太ももを晒していた。
「逃げちゃったら、これ以上は見られないわよ?」
 局部を露出させずに、それ以上に色香を意識させる仕草で振る舞いながら、彼女は挑発を行う。
 消耗を強いられる誘惑者へと集まる攻撃を、眸と陣内、フィニスが庇い受けるが、漏らした触手が、彼女の体を蝕む粘液を吹きつけていく。
「……っ」
 皮膚を溶かすような痛みを走らせる粘液に塗れる彼女に、ヒスイが薬液の雨を降らせその不快な液体を洗い流す。
 鎖の重なる音が響いて、それを絡ませた電柱を支えにオークへ急接近したクリュティアが緋色の刀身を抜き放つ。突進の勢いと回転を寸分なく体全体に伝え、迎撃しようとした触手を一太刀で全て斬り飛ばすと、返す刀で大上段からオークの体を真二つに両断した。
 崩れ落ちた肉から跳ねる血潮を拭い、彼女は激しい運動に合わせて跳ねる乳房を強調するように体を反らした。
「エモノはここに居るでござるよ。……っ!」
 濃い肌柔らかな肌に跳んだ紅を艶やかに指で広げる彼女へとオークの触手が襲い掛かった。色気の為に無防備な服装の下へと潜り込む熱を持った無数の指は、肌が粟立つような不快と炭酸の弾けるような痺れを体の奥から湧き起こし、彼女は奥歯を噛みしめる。
「くっ、触手には負けぬでござる……っ」
 体の動きを封じるように纏わりつく触手に、意識を微かに朦朧とさせながらも仲間へと目配せを送る。
 チェーンソー剣が獰猛な歯鳴りを響かせて、彼女を捉えた触手を千切り飛ばした。
「ピギュィアア!!」
 色に酔っていたオークは、ロージーの攻撃で腕を数十本失った痛みに涎を撒き散らしながら、短い触手を縦横無尽に振り回す。その隙に、ヒスイが消耗している女性へとオーラによる回復を急ぐ。
 半径数mの結界とも言える猛攻を眸の操るケルベロスチェインが食い止めた。彼のビハインド、キリノが攻撃し、それに反応した触手群を網ですくう様に周りから束ねたのだ。
「今ダっ!」
「助かる……っ」
 返したのは陣内だ。無防備になったオークへと肉薄し、火炎を纏うエアシューズの蹴りを浴びせかける。強烈な炎に焼かれたオークの体は、蹴りの衝撃に粉々の灰燼となって吹き飛んだ。


 鎖の音を響かせてフィニスが残るオークの一体へと肉薄する。だが、彼女が攻撃を仕掛ける前に、オークの触手が先に動いた。
 チェーンソー剣を構える彼女が肉の海に沈む直前に、陣内のウィングキャットが、そのオークへと光の輪を撃ち放った。
 一瞬、怯んだオークの触手は、フィニスの動きを阻むまでには至らない。体を這う肉の袋に嫌悪を募らせながらも、彼女は力強く踏み込む。
 オークが体を庇う様に折重ねた触手に、突如現れた小さな虎がその鋭い爪を突き立てる。陣の放ったファミリアロッドが虎へと姿を変え、刻みつけられていた傷を的確に切り裂いたのだ。
 触手の防御を崩されたオークにはもはや為す術はなく、敵意、軽蔑、それに怒りの籠った鋭い刃の群れに切り裂かれて、その上半身は宙を舞って、地に落ちた。
「に、げ……っ」
「もっと……触っていいんです、よ?」
 我に返り、逃亡の道を探そうとしたオークにロージーがその服を弾き飛ばしそうな胸元を開いて、妖艶に微笑む。
「オァ……んナぁアアっ!!」
 残るは二体。
 ロージーへと突撃するオークの一体を、翠の雷が激しく打ち付ける。回復を行っていたヒスイだが、回復できる上限も落ち込み数の有利に立った今、攻撃に転じる余裕と必要が生まれてきていた。
 ヒスイの瞳から零れた光。そこから発せられた雷光に足を止めたオークへと、黒い影が降る。
「モンドムヨー、迷わずゴートゥヘル致すでござる」
 中空からオークの体へと着地したクリュティアは、足に敷いた蠢く肉塊へと苦無を投げ放った。その全身を覆い尽くさんばかりに突き立てられた鉄の嵐に、その体が起き上がる事は二度となかった。
 最後の仲間を失ったオークもまた、その触手をロージーへと伸ばす事は出来ないでいた。
 オークの前に立ったシィが乱れた服装で剣に手をかけた、その瞬間、オークの両足は膝から下が無くなっていた。数歩先にいるはずだったシィが、今は足を切り裂いた体勢でオークの背後にいた。
 神速の剣技、そんなものでは無い。限定的に時を遡り、現在を上書きしたのだ。だが、そのことをオークが理解する事は無い。
 誰の攻撃が止めとなったのかは分からない。オークが動きを止めた一瞬の後、女性達が示し合わせたように一気呵成に放ったグラビティの暴風雨が、その存在を塵一つも許さず消し去っていた。


 流石に八体を相手にするのは消耗が激しかった。作戦の協力に来ていたイヴ、淡雪、アガサ、あかりの助力も全員無事に全滅させられた要因だろう。
「嫌な相手だったわ……帰ってお風呂入らなきゃ」
 シィが、うんざりと言う言葉に、周囲にヒールを掛けるフィニスが強く頷いた。
「すまない、火を貸してくれないか?」
「ん、おお、構わねえぜ。終わりの一服はいいねえ」
 陣が煙管に火をつけたのを見た陣内が、懐から煙草を取り出して言う。彼の下に知り合いの協力者が集まり、その服装を語らい始めた。
 それらから少し離れた場所。
 ロージーは、悩ましげなため息をつく。
「……まだ、疼いちゃってますぅ」
 戦闘の中与えられた冷めやらぬ昂ぶりが未だ熱をもって、彼女に渇きをもたらしていた。
 彼女は満たされぬ熱い息を、空の月にもう一度吐き出した。

作者:雨屋鳥 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年5月16日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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