剛剣の古兵

■リプレイ

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　千葉県旭市飯岡漁港。
「ゴアアァァァ！」
　波の音だけが聞こえる夜の漁港に、獣の如き咆哮が響き渡る。
　次の瞬間、漁港の照明が一斉に点灯し、その異形の者達を光の中へとあぶり出した。
　それは顔の前に手をやり、まぶしそうに顔を背けたエインヘリアルと、突然の光から逃げる様に宙を泳ぎエインヘリアルの影に隠れ様とする怪魚型の死神２体。
「お前の過去も、そして未来にも興味はねぇ。せっかく出てきたところにアレだが、ここまでだ。お前に明日は来ねぇぜ」
　その光の中に闇からゆらりと現れる紅。
　言って人差し指を突き付けた天矢・恵（武装花屋・e01330）の隣に、
「嘗ての剛の者も死神の走狗か、こうなっては哀れなものだな」
　胸元に刃の如き黒曜を揺らし、恵の紅と相対する様な蒼き装束で現れた吉柳・泰明（青嵐・e01433）が、嘆息と共に言の葉を吐き、愛刀を何時でも抜ける様に鯉口を切って僅かに腰を落とす。
「ふふ、僕たちの息子は頼もしいね」
　その後ろ、恵の背に向けられていた視線を傍らに移し、花飾りで目元を覆い純白のウエディングドレスを纏うビハインド『愛し君』に微笑んだのは、恵の父である天矢・和（幸福蒐集家・e01780）。愛し君は和の言葉にドレスの裾を摘まんで頭を下げる。
「泰明様のお姿に、雪様のお力添えまであるとなれば、一層引けを取る訳には参りませんね、鈴」
「平時には和む事あれど、戦場にて肩を並べれるは大変頼もしく」
　一方、泰明の左右には瓜二つ、左に北郷・千鶴（刀花・e00564）が進み出、ウイングキャットの『鈴』に語り掛けると、右には王生・雪が進み出、千鶴と泰明から視線をウイングキャットの『絹』に向けて微笑む。
「グルルル……」
　光に目が慣れてきたのか、それとも得物を構える者達への敵意が勝ったのか、身の丈程もある剣を引き摺る様に構え、何時でも飛び掛れる体勢をとるエインヘリアル。
「ほぅ、脱力している様に見えつつも隙がない。眠りから醒めたばかりにしちゃ様になってるねぇ。流石は古強者ってところか。……楽しめる相手だと期待しよぅじゃぁねぇか」
「けど……死んだのに叩き起こされるのって、結構気分悪いんですよね」
　その様に目を細めた不知火・梓（不惑に足がかかったおっさん・e00528）が喋る度に、口元の長楊枝が踊り、エインヘリアルの後ろで宙を泳ぐ２体の死神を見て眉根を寄せたトエル・レッドシャトー（茨の器・e01524）が、梓の方を見ずに言葉を紡ぐ。
「ガァッ！」
　値踏みする様にケルベロス達を睨むエインヘリアルが、威嚇する様に剛剣を振るって風を唸らせ、そのまま剣を背に担ぐ。
「好きにさせておくわけにはまいりませんから……もう一度、眠っていただきましょう」
　妹の様に可愛がっているボクスドラゴン『花嵐』の、一角の伸びる頭を撫でた百鬼・澪（澪標・e03871）が、皆の決意を確認する様に口を開いた瞬間、ずいと進み出た人影に反応したエインヘリアルが、無言のまま地面を蹴る！
「さぁ、踊るとしましょうか。死の舞踏を。ヴァルキュリアが誘うは冥府。今一度付き合って貰うわよ？」
　進み出た人影……スマラグダ・ランヴォイア（竦然たる翠玉・e24334）が巧みなステップでその吶喊をいなすと、
「死神も来ます、皆様ご武運を……」
「殴り掛ってくるなら殴り返すまでじゃ」
　桐生・冬馬（レプリカントの刀剣士・en0019）が鞘走りの音を立て皆の武運を祈り、咥えた枝葉を嬉しそうに動かしたガナッシュ・ランカースと共に、視界の端をするすると動いて行く巨大な本を捉えつつ地面を蹴った。

●
「なかなか狡からい動きをしてくれるな」
　Gelegenheitの刀身に雷を纏わせ、死神を狙って踏み込んだ梓は、その背後に隠れる様な死神の動きによって、エインヘリアルに動線を阻まれ舌打ちする。
「疾く――奔れ」
　その梓の目の前で狼腕の一撃を叩き込んだ泰明が、振り下ろされる剛剣を前に身を翻しつつ、雷牙を剥く黒狼の如き一閃を見舞う。避けきれなかった斬撃に泰明の体から血が滲み、エインヘリアルも脇腹を強かに裂かれて血を流す。
「グガッ……」
　澪が回復を飛ばす中、ギロリと泰明を睨むエインヘリアルの頭上に水瓶座と魚座の輝き。
「全力を以っての闘い。それこそがヴァルキュリアそのものなのよ」
　碧い焔の残照を残し、エインヘリアルに十文字の斬撃を見舞って着地したスマラグダが、キッとエインヘリアルを睨んでそう告げる。
「カッ！」
　睨み返し裂帛の気合いで短く咆え右後ろに剣を振り被ったエリンヘリアルに、一瞬前衛陣の動きが止まる。
「戦慣れしてるな。まったく嬉しい限りだぜ」
　エインヘリアルの無駄のない動きに梓が目を細め、その剛剣を振るって起こされた烈風に耐える。己の揃えた技は近接攻撃が多く、エインヘリアルに追従する死神達に攻撃が届き難い梓は、双方を交互に攻撃しながら戦況の推移に目を配っている。
「盾となるのは本望――耐え抜いてみせる」
　その烈風に長い黒髪を躍らせ、死神に攻撃を飛ばす冬馬や千鶴らにちらりと視線を這わせた泰明と、
「くうぅ、私は死神の手先にする為に勇者を選んだんじゃないのよ！」
　顔の前で刃を交差させて耐えたスマラグダは、仲間達が死神を片付けるまでこのエインヘリアルを引き付けるべく、得物を振るうのだった。

　背に纏うニーレンベルギアの花を揺らし、花嵐の吐くブレス。
「剣と成りて、斬り祓い給へ」
　それとタイミングを合わせ千鶴が愛刀で地を穿つと、エインヘリアルの背後に隠れる死神の下より菖蒲の花が乱れ咲き、鋭いその菖蒲が死神を貫いた。そこに畳駆ける様に恵が動くが、次の瞬間エインヘリアルの裂帛の咆哮が響き、前衛陣の動作が一瞬遅れる。
「……やはりアレで前衛を狙われるのは厄介です」
　死神に時空凍結弾を放ったトエルは、振りかぶった剣で烈風を巻き起こすエインヘリアルに向けた紫色の瞳を細めると、白翼を羽ばたかせ、その巨大な刃を叩き付ける。その後ろでは、
「私は泰明さんを回復しますので後押し願います。誰も、手折らせなどしません―花車、賦活」
　澪が一番怪我の度合いの大きい泰明の背に掌底を叩き込むと、白い花びらの如き電流が舞い上がり、彼女の指示で雪が起こしたオラトリオヴェールのオーロラ光を、『鈴』と『絹』２体のウイングキャットが、尻尾の数珠の様なキャットリングを揺らして羽ばたき、前衛陣全体の回復を図る。
「左の個体、もう一押しです」
　双刃を薙いで起こした斬霊波を、和の弾丸が穿った傷をえぐる様に叩き込んだ千鶴が、死神に滴る体液と鈍る動きを見て声を上げるが、
「ガアアァァ！」
「そんな、目いっぱい私を狙わなくても、いいのですよ。穿つは円環、災禍の門。厄災よ……応え」
　短く切った髪を媒介に召喚した茨を放つトエルを狙うエインヘリアルが、中衛に割り込む形になり一時戦線が混乱するが、
「むしろ死神を守る壁がなくなったと思えば良いだけです。花嵐」
　澪は冷静に状況を判断し、花嵐が箱に入って突っ込むのに合わせ、死神を捕えるべく鎖を飛ばす。

「剣舞招来！」
「いくら漁港って言っても……ねぇ？　こんな真夜中に、君たちまるで泥棒みたいだよ？　あ、泥棒か、エインヘリアルの人生泥棒だね」
　冬馬が召喚した刃が降り注ぎ剥かれた牙を押し留めたところへ、和が銃弾をばら撒き死神達の動きを牽制すると、トエルに斬り掛り余勢を駆ってスマラグダを狙うエインヘリアルとの間に、間隙が生じる。
「ぶっそうな者呼び起こしてんじゃねぇ、夜なべして作る物は手袋だけで十分だぜ」
　その間隙を突き、恵の向けた２つのガトリングガンの銃口から、凄まじい勢いで弾丸が撃ち出される。その勢いに暗黒弾を吐きトンボを切って逃げようとする死神だったが、念が込められた魚網が降ってきて動きを妨げ、次々と銃弾を受け体液を撒き散らす死神。
「魚だけにって事かな？」
　傍らでその魚網にウエディンググローブを嵌めた白い手を向ける愛し君に、そう言葉に掛ける和に、愛し君も首を傾ける。
「こいつでトドメじゃ、ダブルディバイィィド！」
　その間にも網にもがく死神に一気に距離を詰めたガナッシュが得物を振り下ろし、少し遅れて梓もその刃を突き立てる。が、そこを狙ってもう一体の死神が、牙の並んだ口を開けて躍り掛かる。
「グギョ！」
　だが、あらぬ方向から飛んで来た魔法光線が、その死神の鰭を石と化す。
　目を向ければ巨大な本を担いだムソン・バンクス。ムソンはあえて攻撃を控え、ここぞの時の為に様子見に徹していたのだ。
「御礼は後程に。今は、歯を食いしばる時……！」
　幾人かの視線に気づいたムソンがそう促すと、和が杖から変じた白子猫を飛ばし、網に掛った方の死神を始末した仲間達の攻撃も集中し、
「その体その魂その全てを……斬る！」
　声と共に交錯する死神と恵。大きく息を吐いて踵を返した恵の瞳に真っ二つに裂け、自身の臓物と体液の中で痙攣する死神の姿、そしてその向うで暴れ回るエインヘリアルの姿が映った。

●
「しまっ……」
「ガアアァッ！」
　気合いと共に振り下ろされるエインヘリアルの剛剣が、肩で息をするスマラグダを庇おうとして、網に足をとられ目を見開いた泰明に振り下ろされ、鮮血が噴水の如く溢れ出す。
「『泰明様っ！』」
　千鶴と雪の悲鳴がハモり、２体のウイングキャットが清浄の風を送ろうと必死に羽ばたく。
「なんの……これしき……」
「四度舞い上がらん―花車、賦活」
　泰明が気力を練って命脈を繋ぎ、背に撃ち込まれた澪の掌底で持ち直す。
　エインヘリアルの方は、
「やってくれますね。でもあなたがいくら強くても戦うだけよ。この炎が、燃え尽きるまで」
　赤い薔薇の映える白い髪を躍らせ踊り掛るトエルに、ムソンの放った魔法光線に合わせたガナッシュが続き、
「さぁ、あなたを冥府から呼び戻した魚達は片付けられましたよ。あなたも覚悟しなさい」
　汗と返り血で貼り付く緑の髪を掻き上げ、スマラグダが氷結の螺旋を叩き付ける。
「グルルルゥゥゥ……」
　それらの攻撃を受けながらも剛剣を振り被ったエインヘリアルが、その剣を薙いで仕寄ったケルベロス達に烈風を叩き付ける。
「そう何度も同じ手を喰らうかよ。我が剣気の全て、その身で味わえ」
　梓の放った剣気がその風を裂いてエインヘリアルに迫る。ヘインヘリアルは剛剣の刀身を盾にその一撃を受け流そうとするが、その背後に不意に現れた花嫁が、胡蝶蘭のブーケの付いたキャンドル型レイピアでエインヘリアルの身を裂き、注意が逸れたところへ梓の剣気が穿たれた。
「流石……いい仕事するね。僕も負けてられないな。その瞬間、僕は恋に落ちた事を知った。そして、この気持ちから……もう、逃れられない事も」
　その花嫁に微笑を向けた和が放つ魔法の弾丸。
「漁師に迷惑かけられねぇ、お前の明けねぇ夜を俺が明けてやるぜ」
　その弾丸と一緒に踏み込んだ恵の一閃が、エインヘリアルの脇腹を大きく裂くと、逆側の脇を冬馬が裂いて斬り抜ける。更に花嵐が吐くブレスがエインヘリアルの顔を覆い、澪と鈴が回復を飛ばす中、
「……獣と成り下がり矜持すら失くした者には、再び引導を渡すのみ。仕舞いにしてやろうか――千鶴、雪」
「今宵の悪夢は、これにて仕舞に、さぁ再び、黄泉路へとお帰りなさい」
「お支え致します」
　刀を構える泰明に頷く千鶴。雪が援護する中、２人の刃がエインヘリアルに穿たれると、
「もう１つおまけだ。これも冥府に持って行きやがれ」
「もう帰って来なくていいからな」
　梓と恵の攻撃もエインヘリアルを穿つ。
　三方向からの攻撃に、流石に堪え切れず片膝をついたエインヘリアルに更に容赦なくケルベロス達の攻撃が飛び、
「今度こそ完全に、無に帰して……」
　トエルの振り下ろした一撃を最後に崩れ落ち、そのまま動かなくなったのだった。

「あんたなかなかのもんだったぜ」
　梓が歯を見せて笑い、口元に運んでいたスキットルを傾けると、溢れ出た酒がエインヘリアルの骸を濡らす。
（「どうか、安らかな眠りを」）
　その傍らで黙祷を捧げる千鶴の後ろで、
「そろそろ指揮官を引っ張り出してぇな」
（「もう守る必要はない。それでも僕はお父さんだからね」）
　と恵が腕を鳴らすのを頼もしそうに和が見つめ、
「漁師さんの道具というのはよく分からないのですが、これもヒールしていいのでしょうか？」
「私もよく分からないや」
　澪とスマラグダが、破れかけた魚網や浮きを見て何やら話し合っていた。
「では帰ろうか」
「……」
　穿たれた傷口をさすって泰明が腰を上げると、1人波止場の先で暗い海を眺めていたトエルが、伏し目がちのまま戻ってくる。
「折角だから岬で朝日でも見て行かない？　夜明けの珈琲なんてどうかな」
　和が放った缶珈琲をキャッチした恵が、んーっと伸びをする和の背中を見つめる。
（「たまには親父と夜明けを迎えるのも悪かねぇ」）
　恵はそんな事を思いつつ、仲間達と共に死闘を演じた漁港を後にしたのだった。

作者：刑部	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2016年5月19日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 5／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 0
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