レグルスの鼓動

作者:柚烏

 見上げる空には、うつくしき春の星々が瞬いていた。建物がひしめく地上はちょっぴり窮屈だけれど、そんなしがらみさえも一時、忘れさせてくれるような明るい星空だった。
 しかし――そんな或る夜の平穏は、酷く陽気な声によって唐突に引き裂かれる。
「さあさあ、我ら『マサクゥルサーカス団』のオンステージだ!」
 蛾の翅を得意気に揺らす死神――『団長』が深夜の交差点でステップを踏むと、其処へはゆらゆらと、浮遊する怪魚たちが現れて優雅な舞を披露し始めた。
「うん、うん……それでは君達、後は頼んだよ。君達が新入りを連れて来たら、パーティを始めるからね!」
 そうして彼は意味ありげに星空を見上げ、くつくつと笑いながら夜に溶けていく。残された死神怪魚は、その青白い鱗を輝かせながら――海の底に沈んだかのような市街地を泳ぎ回り、その軌跡は魔法陣を描いて仄かに浮かび上がっていった。
「ガ、アアア……!」
 ――やがてその中心に現れたのは、生前の面影すら失われた獅子の獣人。くすんだ金のたてがみを靡かせて、彼はどろりと濁った瞳でゆっくりと辺りを見渡す。
 もう、その心臓はかつてと同じ鼓動を刻むことはないだろうに――獣人は狂おしげに胸を掻きむしると、星空に向かって咆哮を響かせた。
 ――彼方に輝くのは、しし座の一等星。それはレグルスと呼ばれ、獅子の心臓ともされる眩い星だった。

「蛾のような姿をした死神……『団長』なる存在が、度々事件を起こしているんだけれど。今回もまた、彼の活動が予知されたよ」
 ふんわりした顔立ちに、若干の厳しさを滲ませて――エリオット・ワーズワース(オラトリオのヘリオライダー・en0051)は資料を纏めながら、自身の知り得た情報をケルベロスたちに伝える。
『マサクゥルサーカス団』を名乗る彼ら団長とその配下は、どうやら第二次侵略期以前に死亡したデウスエクスを、サルベージする作戦の指揮を執っているようだ。
 彼は配下である魚型の死神を放って変異強化とサルベージを行わせ、死んだデウスエクスを死神の勢力に取り込もうとしている――。
「こうすることで戦力を増やそうとしているんだろうけど、これを見逃すことは出来ないから。……どうか彼らの凶行を防いで欲しいんだ」
 場所は復興途中の市街地の交差点で、深夜の所為もあってひと気は無い。其処で怪魚型の死神が3体、変異強化されたウェアライダーを呼び出すと言う。
「彼は獅子の獣人だったみたいだけれど、その面影は殆どない、怪物じみた姿をしているよ。知性も、もう……失っているみたいなんだ」
 その獅子のウェアライダーは、種族が持つ力を――そして怪魚は噛み付いたり、怨念の弾丸を放って攻撃してくる。その話を無言で聞いていたヴェヒター・クリューガー(ウェアライダーの刀剣士・en0103)は、神妙な顔をして自分も連れて行って欲しいと頭を下げた。
「……出来たら、誇り高き獅子の姿を覚えていたいんだ。そして祈りたくて、な。その魂が深海に沈むんじゃなくて、空に輝く星座みたいに、高く高く昇っていけたらって」
 あ、とその言葉を聞いたエリオットは、市街地を少し行った先にある丘のことを思い出したらしい。其処は星の綺麗に見える丘で――丁度今は春の大三角が、そのひとつであるしし座も見ることが出来るだろうと。
「良かったら、戦いが無事に終われば少し寄っていっても良いかもしれないね。きっと草原一面には、タンポポも咲いているだろうから」
 タンポポはダンデライオンとも言い、それは『ライオンの歯』を意味する。そうして静かに獅子を追悼するも良し、辛い事件を幸せな思い出で塗り替えるのも良い。
「折角だし、他にも都合がつく奴が居たら。みんなで一緒に、最後に星を見るのもいいかなって思うんだ」
 そう言ってヴェヒターは、にかっと白い歯を見せて最後に笑ったのだった。


参加者
イェロ・カナン(赫・e00116)
キース・クレイノア(息吹・e01393)
クーリン・レンフォード(まんたん・e01408)
ネーロ・ベルカント(月影セレナータ・e01605)
スプーキー・ドリズル(雨傘・e01608)
チェレスタ・ロスヴァイセ(白花の歌姫・e06614)
滝・仁志(みそら・e11759)
咲宮・春乃(星芒・e22063)

■リプレイ

●真夜中の開演
 ――空に瞬くのは春の星々。そのひとつであるしし座は、心臓に一際輝く一等星――レグルスを戴き、その名に相応しく、まるで小さき王のように地上を見下ろしていた。
 其処では冥府の海からすくい上げられ、かつての面影も知性も無き怪物と化した獅子の獣人が、天に輝く鼓動を乞うかのように咆哮を響かせている。
(「死神の勢力を増やさないことも勿論だけど」)
 ふんわりとした滝・仁志(みそら・e11759)の双眸は、明滅する真夜中の信号機を捉え――そしてゆらゆらと、崩壊した建物の間を泳ぐ死神怪魚の姿を認めた瞬間、きりと細められた。
「本人が望まないような姿で無理やり起こすのも、許せないよね」
 その仁志の言葉にチェレスタ・ロスヴァイセ(白花の歌姫・e06614)は静かに頷き、伏せた睫毛をそっと、ゆるやかな金糸の髪が覆い隠していく。
「死して尚、魂を利用されるなんて。しかも理性を無くした狂戦士だなんて……なんてむごいことを……」
 蘇った彼を救うには、再び死を与えてやる他にない――ならばせめて、誇り高き戦士としての尊厳をと、チェレスタは祈るように指を絡ませた。
「髪も目も、もっと素敵な色だったのかな……。なんで眠ってる人を起こしちゃうのかな……」
 其々が持ち寄った灯りに照らされて、闇に浮かび上がる獅子――そのくすんだ色のたてがみと、濁った瞳を見つめるクーリン・レンフォード(まんたん・e01408)は微かに表情を曇らせる。一方でネーロ・ベルカント(月影セレナータ・e01605)はあくまでも優雅に、その精緻な美貌に微笑を浮かべて、うたうように告げた。
「……それでも。誇り高き獅子を、安らかに眠らせてあげたいね」
 地面にはぽつぽつと、仁志が持参してきた光源が置かれてちいさな灯となっている。その様子はまるで、地上に零れ落ちた星の欠片のようだと――咲宮・春乃(星芒・e22063)はベルトに引っ掛けた照明を揺らしながら、青藍の瞳を空へと向けて、一際輝く綺羅星を見つめた。
「しし座の一等星、レグルス。きらきら輝く、あの星みたいに……あなたも天に帰してあげるからね」
 春乃の声に、ウイングキャットのみーちゃんも愛らしい鳴き声で応えて。その尻尾を飾る星のリングが煌めくのを見て、春乃はだいじょうぶと相棒に頷いたのだった。
「戦いの果てに喪った鼓動だとしても。その輝きは、お前だけのもの」
 ぐる、ると――もう鼓動を刻むことのない胸を、狂おしげに掻きむしる獅子。その姿を焼き付けて、決して目を逸らすことをせずに、イェロ・カナン(赫・e00116)は静かに彼へと語りかける。
「……獅子は気高いままに、ゆっくりおやすみ」
 その相貌は、普段通りの甘さを湛えたもののように見えたけれど――キース・クレイノア(息吹・e01393)は其処に何処か、押し殺すような切なさを覚えたような気がした。
(「心配か、いや――」)
 ――もしそう思ったとしても、態度には出すまい。イェロにだけは天の邪鬼に振舞う彼は、眠たそうな顔でぼさぼさの髪を掻きつつ、ゆらりとした足取りで死神たちの宴に向かう。
「お前が深く沈んでしまわないように、ちゃんと掬うから、空へ帰ろう」
 王は上から皆を見守っているのが似合うと、空に焦がれる男は言った。ああ、出来るのならこの言葉のひとかけらでも、獅子の魂に届くといい――出鱈目に獣の咆哮を響かせる姿を目にしたキース達は、そう願わずにはいられなかった。
「老兵ですまないが……御相手願おうか」
 アスファルトを抉り、牙と爪を閃かせる獅子の獣人の前に、その時立ちはだかったのはスプーキー・ドリズル(雨傘・e01608)。銃を構えて進路を阻む彼の姿に、獅子は不快そうに唸り声を上げるが――硝煙のにおいを纏った男は、その痩身を微塵も震わせる事無く、静かに佇んでいる。
(「……しっかりしないとな」)
 その背に降りしきる雨の幻を見た気がして、ヴェヒター・クリューガー(ウェアライダーの刀剣士・en0103)は瞬きを繰り返したが、直ぐに戦いに集中するべく気合を入れた。
 ――さあ、真夜中のサーカスが幕を開ける。今宵の花形は、夜空の星に焦がれる孤独な獅子だ。

●星の下で魚は踊る
 戦いのはじまりを告げたのは、魔力をこめた獅子の咆哮だった。びりびりと大気を震わせ、足取りすらも鈍らせる重圧にも負けず――星辰の剣を振るう春乃は地面に守護星座を描き、守護の光で仲間たちを包み込む。
「加護を、どうか……」
 避雷針を手にチェレスタも雷の壁を張り巡らせて、皆を災いから守ろうと祈りを捧げた。彼女の髪を飾る梔子の花が揺れて、辺りに甘い香りを漂わせる中――お返しとばかりにクーリンが、契約を交わした動物たちを呼び出して一斉に遠吠えを響かせる。
「んじゃ、みんな一斉にサン・ハイ! わおーん! ってね!」
 開幕の合図代わりのとっておき、その聲はまるで鎮魂歌のようで。敵の動きを妨げた其処へ、盾となる怪魚から確実に倒していこうと、イェロと仁志が次々に重力を乗せた蹴りを見舞っていった。
「地に、墜ちて――」
 うつくしき流星の軌跡を描いて仁志の靴が振り下ろされ、哀れな怪魚は大地へと叩きつけられる。更にキースは死をもたらす大鎌を放り投げると、その回転する刃は鮮やかに獲物を斬り刻み、そのまま見事に彼の手元へと戻っていった。
(「ある程度の庇い合いは想定済……けれど」)
 怨念の弾丸を降り注がせつつ、時折他の怪魚が仲間を庇う――しかしそれすらも見越した上でネーロは冷静に、守りの穴をかいくぐるようにして狙いを定める。
「……容赦はしないよ」
 完璧な微笑みと共にその手が繰り出したのは、狂気を孕む禁断の魔術だ。竜の幻影は紅蓮の炎を伴い、その熱は瞬く間に怪魚の一体を塵へと変えた。その一方で衝動のままに破壊の力を振るうウェアライダーには、スプーキーが懸命に抑えに回っている。
「それでいい、その裡に抱えたもの全てを……僕が受け止めよう」
 知性無き獣は、目の前に立ちはだかるスプーキーへがむしゃらに襲い掛かるが――その剥き出しの本能を、言葉にならない叫びを、彼は真っ向から迎え撃とうとした。林檎飴の如き弾丸が獅子の身体を穿ち、破裂する紅がその金のたてがみを染めても、敵の勢いは止まらず――重力を纏った獣の腕は、その重量に見合わぬ俊敏さでスプーキーの身体を薙ぎ払う。
「だいじょうぶ! フォローするから、どどんと任せてね!」
 交差点に飛び散る紅――しかし、ふっと意識が途切れかけた彼の耳に、星の瞬きのような少女の声が響いて来た。それと同時、声の主である春乃の指先に煌めく光は、吐息と共に空へと昇り――きらりと再度瞬いてから、流星群のように地上へと降り注ぐ。
(「やさしい星の光で、すべてが治ればいいのに」)
 ――その星光の欠片が形作るのは、あたたかな光の道。後ろではみーちゃんも、懸命に清浄の羽ばたきで邪気を祓ってくれているようだ。更にヴェヒターも回復へと加わり、戦いに駆けつけた晟が無人機で守りを固める中、仁王は相乗鼓舞を纏いつつ獅子の抑えに加勢する。
「ありがとう、カポ」
 死神の牙から仲間を庇ったテレビウムを労いつつ、仁志は砕け散った硝子の欠片のような氷の粒を放ち、未だ牙を鳴らす死神怪魚を凍らせていった。煌めく氷粒が描く放物線は、まるで空にかける青の橋――そのうつくしさに魅入られた時は既に、怪魚の命は氷のように砕け散っている。
「……空の青、か」
 綺麗だなとぽつり呟いて、キースは刀身を翳して惨劇の記憶を具現化させる。最期に敵が見た、その心を抉る傷を知る術は無かったが――死神は陸で喘ぐ魚そのままに口を震わせながら、ゆっくりと夜の闇に溶けるように消滅していった。

●獅子送り
 苦しいのか、と刃を握るキースはひとり残った獅子へと問いかける。応えは無くとも、生き返った彼が空に咆哮を轟かせる様は酷く苦しそうに思えて――キースはそっと、己の痛む胸をぎゅっと押さえた。
「今度こそゆっくり眠らせてあげるね。ちょっと痛いかもだけど許してね」
 ――それでも立ち止まる訳にはいかないと、クーリンは地に着く程に長い髪を靡かせて、古代語の詠唱と共に石化の光で獅子の身体を戒めていく。これまでの戦いで少なからず傷ついていた獅子は、満月を思わせる光を受けて傷を塞いでいったが――同時に高めた凶暴性は、ネーロの繰り出す音速の拳によって、呆気なく散らされていった。
「ウ、ウウウ……」
 尚も獅子は爪を振りかざそうとするが、その血に塗れた腕が不意に硬直する。開幕からひたすらに、その動きを封じようとしていたクーリンの呪が効果を発揮したのだ。さらにその付与を蓄積させるべく、彼女はファミリアのキィに魔力をこめて――その間にチェレスタが、回復に奔走していた為に後回しになっていた賦活の雷鳴を、前線で戦い続けるイェロへと宿らせた。
(「兄さん……」)
 単火力を補うべく、目の前で斬り込んでいったのは彼女の従兄であるリューディガー。その背に頼もしさを覚えながら、チェレスタは自分が為すべきことをと、未だ予断を許さない戦線を維持するべく澄み渡る歌声を響かせる。
「もう、楽になっていいんだよ……!」
 獅子の眠りを願いながら攻撃に転じた春乃は、両の手に構えた剣に星座の重力を宿し、爆発的な破壊力をこめた十字の斬撃を叩きこんだ。けれど尚も、獅子は満月の輝きを纏い――スプーキーは歯を食いしばって、超硬化した竜の爪を振るい、その呪的防御を一息で斬り裂いていく。
(「生きたがりなのは、俺と一緒か」)
 ――飢えが、炎の渇きがキースを苛んで。枯れかけの炎に生命の灯をつぎ足すように、彼の腕から噴き上がる地獄の炎が、獅子の身体を包み込んだ。なあ――と其処へ静かに、剣を手に佇んでいたのはイェロだった。
「嘗てと同じ鼓動を刻むことが出来ないのは、何もお前だけじゃないよ」
 ほら――と、その左胸、心臓のある辺りから溢れるのは揺らめく炎。それは失われたものを地獄と化した為のもので、イェロはこれを送り火として贈ろうと、祈るように剣を掲げる。
「最期がどうか、安らかなものであるように」
 刀身を伝う焔は、まるで眩いばかりの輝くいのちを思わせて――鼓動のように明滅を繰り返すその切っ先を、彼は一気に獅子の胸へと突き刺した。
 ――ああ、瞼の裏に広がるのは、灰塵と消えた砂漠の大地。地平線に燃えるような夕陽が沈んだあと、その空へは、両手を広げてなお抱えきれないまでの星々がひしめくのだ。
(「音の鳴らない心臓同士、せめてもの手向けに」)
 砂と海を越えて空を翔け、いつか天上へ辿り着けるのなら。安息を願うイェロの目の前で、送り火に包まれ消滅していく獅子はひとこえ啼いて――爆ぜる火の粉がゆらゆらと、空に昇っては消えていく。
 けれど、きみの鼓動を決して忘れないと、彼は誇り高き獅子の最期を確りとその瞳に焼き付けた。

●星の見える丘にて
 こうして死神たちの宴は終わり、平穏を取り戻した街並みを確認した後、皆は連れ立って星の見える丘へと向かった。頭上に広がるのは、しし座を始めとした春の大三角で――足元の草原には、可愛らしいタンポポ達が夜風にそよいでいる。
「星のひかりは優しくて、すき。なんでも包み込んでくれる夜も、すき」
 共に戦いを乗り越えた仲間たちにふんわりと微笑みながら、星見をする春乃はそっと両手を広げた。だから、みんなと一緒にこうして星が見れてるこの時間も、大切な思い出の1ページなのだと――少女はそう囁き、夜空に輝く一等星を見上げる。
「獅子さんは眠れたかな。きっと、あの星に、なれるよね」
「おー、今頃はきっと、あそこらへんでのんびりしてるんだろうな」
 にいっと歯を見せて笑うヴェヒターも、力強い鼓動を放つ獅子の心臓――レグルスを指差して。一方でクーリンは友人たちと、しし座を探しながら流れ星も見付けられたらと思っているようだ。
「えっと、こことー、こことー、あとこれを繋いだら……」
「それで春の大三角、さらにりょうけん座の星を加えると春のダイヤモンドになる」
 丁寧にクーリンへ解説を行うのは晟で、彼は船に乗っていた時、暇があると良く星を見ていたらしい。気が付いたらそこそこ詳しくなっていたと語る晟へ、仁王が温かい飲み物を差し入れる。
「あ……」
 ――と、其処で、不意に三人の前へ過ぎったのは流れ星。仁王とクーリンの願いは、図らずとも同じだった。また違う星座を皆で見れますように、それはいつか叶う約束になることだろう。
「しし座は、人食いライオンの神話が元になってるんだってさ」
 そう言ってカポと星を見上げる仁志は、其処にかつてダモクレスとして戦い続けていた自分を重ね、それ以上何も言えなくなった。しかしカポにぺちぺちと叩かれて、はっと我に返る。
「過去は過去、そうだよな。今はひとつでも助けたい」
 ――獅子の名残を空に見ようと、イェロは人影の少ない場所を歩きながら、握りしめた刃に星の瞬きを宿していた。星の鼓動をこの胸にと、彼は瞳を閉じてそっと祈る。
(「……君の分とまでとは言わないから、少しだけ力を分けてくれない?」)
 そしてキースも、のんびり星を見ようと片手で望遠鏡を作って星空を覗き込んだ。そうしていると、眸は空に溺れていくようで――ああ、と知らずその唇からは吐息が零れる。
(「レグルスって確か、小さな王だっけ。あの獅子はきちんと空に帰れただろうか」)
 足許に咲くタンポポを摘み星に掲げ、キースは小さな王へ呼びかけた。――お疲れ様、ゆっくりおやすみ。
(「任務の成功も大切だけれど、僕にとってはネーロの無事が一番だから」)
 そう思いながら微笑を浮かべるルーチェは、大切な弟の無事を確認して、お疲れ様と言ってその頭を撫でた。そのぬくもりにネーロも何処か嬉しそうで、彼は獅子が空へ昇れたかと星座を探して空を見つめるが――然程詳しくない為に、ルーチェに聞こうかと首を巡らせる。
「……あ、さすがだね」
 こんなこともあろうかと、ルーチェが差し出したのは蓄光の星図盤だ。寝転がってみないかと、ルーチェはタンポポを潰さないように草原に転がって、そうして隣においでとネーロを促す。
「あれがレグルスかな? 綺麗だね」
 一緒のストールに包まったネーロは、ルーチェの袖を引いて空を指差すと、その先にはまるで鼓動のように瞬く綺羅星があった。
「向こうから俺たちも見えてるのかな」
 そんなネーロの可愛い発想にルーチェは静かに微笑んで、なら手を振ってみようかと――己の袖を引く手を繋いで促し、反対の手をそっと空に伸ばす。
「ああ、あちらも手を振り返してくれているのかもしれないね」
 よう、と待ち合わせの丘に現れたアンジェラは、スプーキーに向かって軽く手を上げた。ぶらついている風を装い、さりげなく街並みをヒールしてきた彼だったが――スプーキーが傷を庇うような仕草をしていることに直ぐに気付くと、やれやれと文句を言いつつ其処にもヒールをかけていく。
 ――ふう、とふたり屈んで綿毛を吹いて。星空の下ふわふわと飛び去っていく種はいずれ芽吹くときがくるのだろうかと、スプーキーはアンジェラと共に揃いの煙草に火を点けた。
「……あの獅子がお前の姿と重なって、苦しかった」
 ややあってからスプーキーが発した言葉を聞いて、アンジェラはああ、と口元から紫煙を靡かせる。ハナから表情の翳りは何となく分かっていたけれど――そう思った彼は、ひとつも名前を知らない星を見上げて、大仰に溜息を吐いた。
「お前まで連れていかれてしまったら、僕は――」
「オイオイ、このイケメンとどこが重なるってェ?」
 押し殺した恋人の声を遮って、アンジェラは湿っぽいのは苦手だとばかりに煙草を灰皿にねじ込む。
「折角二人で春も迎えたンじゃんか。雨も降んなきゃこんな綺麗に花も咲かねーし」
 まどろっこしい言い方だろうが、きっとスプーキーには伝わるだろう。死の記憶に連なる雨を、ふたり一緒に凌ぐことも覚えたのだから。だから――なァ、とアンジェラはスプーキーに声をかけた。
「またふたりで、この景色を見に来よう」
 空に浮かぶ星と、大地に咲くタンポポの花を眺めながら――チェレスタはリューディガーとふたり、静かな夜の丘で想いに浸る。
「あの獅子のウェアライダーも、生前はきっと誇り高き戦士だったのでしょう」
 今の兄さんのようにとチェレスタは囁き、愛する肉親の顔を見つめて其処に面影を重ね――リューディガーはああ、と真っ直ぐな青の瞳で、空に輝く星を見つめた。
「そうだな……戦士というものは、自分の手で道を切り開くために戦うものなのだろう。誰かの操り人形にされていいはずがない」
 ――お前達があの獣人の魂を解放したのだと、今度こそ彼は自由になったのだと信じよう。そう告げる従兄にチェレスタは、はいと微笑みながら頷いた。
 二度目の死をむかえたあの人が、天に輝く星座になるのか、それとも花咲く大地に還るのかは分からないけれど。今はただ祈ろうと彼女は思う。
(「どうか、来世では幸せに……」)

作者:柚烏 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年5月13日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 1
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