塞がれた道

作者:狩井テオ

●壱
 薄汚れたフードを目深に被った人影は、傍に立ったオークの姿を見下ろした。
 明りを背に鼻を鳴らしながら近づいてきたオークは、フードの人影の前に近づくとフードの下から覗き込むように顔を寄せた。
「ドン・ピッグ」
 フードの人影から発せられた声に、ドン・ピッグと呼ばれたオークは次の言葉を待つ。
「慈愛龍の名において命じる。お前とお前の軍団をもって、人間どもに憎悪と拒絶とを与えるのだ」
 ドン・ピッグは自信ありげに豚鼻を鳴らした。
「俺っちの隠れ家さえ用意してくれりゃ、あとは、ウチの若い奴が次々女を連れ込んできて、憎悪だろうか拒絶だろうが稼ぎ放題だぜ」
「やはり、自分では戦わぬか。だが、その用心深さが、お前の取り柄だろう。良かろう、魔空回廊で、お前を安全な隠れ家に導こう」
「おぅ、頼むぜ。旦那」
 フードの人影──ギルポーク・ジューシィはドン・ピッグに背を向けると、そのまま二度と顔を向けることなく、ギルポーク・ジューシィは闇の中へ消えていった。

●弐
 とある足立区周辺の路地裏に、一人の少女がうずくまっていた。
 高校生から大学生くらいに見える少女の髪は金色に染められている。ぼさぼさで、セーラー服と思しき服は薄汚れていた。
 髪を染めていることで少し大人びて見えるが、少女は紛れもなく学生。
 安心して寝泊りできる場所に帰ることも、探すこともできずに、冷たく薄暗い路地裏を彷徨い歩く、か弱き一人の少女だった。
 少女は手に持った財布の中身を見て溜息をつく。もう漫画喫茶に泊まる余裕はない。明日の食事が摂れるか否かの瀬戸際だった。
「帰ろうかな……」
 家──両親とは大喧嘩をしてきてしまった。絶縁とも取れる言葉を父親から投げつけられていた少女は、今更家に帰る選択をすることはできなかった。
 首を弱弱しく横に振り、顔を上げた。一筋、涙が零れる。
「生きなきゃ」
 一つ、そう強く決意した少女を、路地裏の奥から現れた6体のオークが取り囲む。
 突然のことに戸惑う少女に、オークたちは下卑た声をあげて嗤った。

 夜の路地裏に少女の悲鳴があがったのは直後のことだった。

●参
 いつになく真剣な顔で現れたヘリオライダーのマシェリス・モールアンジュ(シャドウエルフのヘリオライダー・en0157)は、集まったケルベロス達を見て、ほっとしたように少しだけ厳しい表情を緩めた。
「皆、集まってくれてありがとう」
 マシェリスは手に持った種類をめくると、ケルベロス達に説明を始める。
 今回事件を起こすのは、竜十字島のドラゴン勢力の配下、オークを操るドラグナーである、ギルポーク・ジューシィの配下のオークの群れ。
 オークの群れを率いるのは、ドン・ピッグというオークで、非常に用心深く配下を使って女性を攫わせている。女性が狙われるのは、東京の路地裏で、存在が消えても怪しまれないような弱者を巧妙に狙う。
 襲われる女性は、その場で配下達に暴行された後、秘密のアジトに連れ込まれる。
「注意して欲しいのは、オークたちが女の子に接触する前に、ケルベロスの皆が女の子に接触してしまうと、オークたちは別の子を対象にしちゃうんだ」
 だから、オークたちが女性と接触した直後に現場に突入することになるよ、とマシェリスは続けていく。
 路地裏に現れるオークの数は、全部で6体。
 少女が襲われる直前にオークたちの前にケルベロス達が現れ、そのまま戦闘となるため、戦場は薄暗い路地裏で行われることになる。
「ドン・ピッグのオークたちは、その辺にいるオークたちと戦闘能力は同じくらいだよ。知能もあんまり高くないから、撤退することはないみたい」
 マシェリスは再度、集まったケルベロス達の顔を一人一人みてから、頭を下げた。
「オークたちが女の子をどうにかしちゃう前に、どうか助けてあげて」
 お願い。強く、深く、マシェリスはケルベロス達に後を託す。


参加者
アルシェリーア・ヴィルフォーナ(シャドウエルフの音符術使・e00823)
シャルルーニ・シュヴァルツァー(ナイトメアリフレイン・e01166)
館花・詩月(咲杜の巫女・e03451)
深緋・ルティエ(紅月を継ぎし銀狼・e10812)
カナリア・ラインフォード(蒼星騎士団団長・e15203)
睦月・冬歌(やらしく治療したい・e15558)
森宮・侑李(星彩の菫青石・e18724)
萩野・神無(地球人の刀剣士・e26416)

■リプレイ

●壱
 夜も深まった頃。通りの灯りが届かない奥まった場所で、一人の少女が路地裏に座り込んでいた。
 財布を覗き込み、そっと溜息。これからの自分の身の振り方に悩んでいた。すでに帰る家は選択肢から外されている。もしも、でもない限り、少女の帰る家は存在しなかった。
 ──ジャリと砂を踏む音が複数。
 深夜に複数。路地裏。少女は嫌な予感を感じながら音がしたほうに顔をあげた。
「……!!」
 いたのは六体のオーク。明らかに少女へ向かってきていた。
 少女は腰をあげ、逃げようとしたが、足がもつれてうまく動かない。
 絶体絶命。オークたちの目的もわからない少女には、オークたちに囲まれた未来さえも見えない。ただ恐怖に怯えた。
 少女は気づかなかったが、オークたちの耳にさらに複数の足音が近づいてくるのが耳に入る。
 キョロキョロしだしたオークたちと少女の間に、人影が割り込んだ。
 数にして七人。月明りだけだった路地裏の灯りが、ぱっと明るくなる。
 カナリア・ラインフォード(蒼星騎士団団長・e15203)のつけたヘッドライト、アルシェリーア・ヴィルフォーナ(シャドウエルフの音符術使・e00823)が腰につけたライトが明るく路地裏を照らした。
「私と同じ悲劇は繰り返してはならない。断じて、だ」
「ノコノコと出て来た事を後悔させて差し上げましょう」
 さらに森宮・侑李(星彩の菫青石・e18724)も用意したランプを掲げる。
「そこまでっすよ? 騎兵隊……じゃない、ケルベロスの登場っす!」
 そこへ空から飛び降りてきたのは館花・詩月(咲杜の巫女・e03451)。丁度、少女とオークたちの間に入った仲間たちのところへ現れる。
「……弱者を狙う、か。目の付け所は悪くない。褒められるようなことではないけれどもね」
 詩月は赤い瞳に敵意を宿し、オークたちを睨み付ける。
 はっきりとオークの数六体と、現れた八人のケルベロス達が対峙するのが少女の目に映った。突然のことに、ケルベロス達も少女に害なす者では、という危機感も生まれるが、それはすぐに間違いであったと気づかされる。
「もう大丈夫です。私達に任せてください!」
 萩野・神無(地球人の刀剣士・e26416)が少女に顔をむけ、優しくしかし力強く語り掛けてくる。それだけで少女は八人が味方であると理解した。
 この絶望的な場面を助けにきてくれた救世主たちであると。
「ふふ♪ オークさんたち、私と遊ばないかしらぁ♪」
 オークに向け煽情的に服の間から胸の谷間を見せるシャルルーニ・シュヴァルツァー(ナイトメアリフレイン・e01166)。少女から自分、ケルベロス達に意識を向けるための行動。
「またオークが女の子襲ってる。どうせならイケメンとかかわいい娘に襲われたいよね! 寧ろ私が女の子襲いたい!」
 睦月・冬歌(やらしく治療したい・e15558)もオークたちに向かって微笑みかける。下着姿に近い女性がオークたちに語りかける、それだけでオークたちの標的は少女からケルベロス達に切り替わっていく。
「口ではなんと言おうと、貴女の家族も心配しているはず……」
 少女を安心させるために少女に語りかける深緋・ルティエ(紅月を継ぎし銀狼・e10812)も、優しく力強い。少女はどこかほっとした顔をルティエに向け、今にも泣きだしそうだ。
 ルティエの相棒の紅蓮は、小さな両手にランプを持ち、通りに近い場所へランプを設置する。味方側の光源となってケルベロス達を照らした。
 プリンセスモードを使用し華やかになった侑李は、少女の腕を優しく掴んで立たせる。路地裏に面した、すぐそこにある通りに少女を誘導すると、安心させるようにと笑いかけた。
「速攻で片付けるから、すこーしだけ待ってて欲しいっすよ?」
 少女がぎこちなく頷くのを確認して、オークたちと対面する仲間たちの元へ戻る。その間に誰も近づかないようにと、殺界形成を作動させた。静かな殺気が戦場を包んでいく。
 オークたちの新たな標的となったシャルルーニや冬歌の活躍によって、少女は安全な場所へ避難させることができた。
 あとは新たに現れた獲物を前にし、汚らしく涎を垂らし背中から触手を蠢かせるオークたちを倒すだけだ。
 カナリアはその様子を見、過去を思い出して身を震わせた。
「今は過去に浸っている場合ではないな、覚悟しろ……!」
 戦闘の火蓋は切って落とされた。

●弐
 先頭のオークに高く飛び上がり、持ったルーンアックスでオークの頭から叩き込む技を繰り出した詩月。攻撃手としての火力は十分。一個体の戦闘能力は高くないオークにとって、それは瀕死になる一撃だ。
 そこに続いて後ろに下がったシャルルーニが投げキッスをオークたちに投げた。
「ビリビリに痺れちゃうくらい刺激的にいきますよぉ♪」
 快楽エネルギーと魔法の力を込めた一撃は、詩月の一撃によって瀕死になったオークを沈めた。キッスにたっぷり愛情を込めたことで攻撃も外れにくくなる。
「もっと楽しませてくださいよぉ♪」
 シャルルは肩をすくめ、残念そうに残ったオークたちに目を向けた。
 両手に持つゾディアックソードで星座を描き、十字斬りをさらに向かってくるオークにたたきつけるカナリア。
「フッ……! あの頃の私とは違う!!」
 挑戦的に笑みを浮かべた、次の瞬間。十字斬りを食らわせたオークの背中の触手が蠢き、カナリアに襲い掛かる。
 腕に絡み付いた触手に、思わず過去を思い出し体を震わせた。攻撃の痛みとは別の何かを体の奥から感じた次の瞬間には、同じく前衛に立ったルティエが惨殺ナイフで触手を切り裂き、さらに左足を獣化させて重力とともに蹴りつけた。
「大丈夫ですか?!」
「あ、ああ」
 ルティエの呼びかけに、はっとして武器を構え直すカナリア。今は昔を思い出している余裕などない。
 ルティエは武器を構え、きっとオークたちを睨み付けながら向き直った。
「失せろ!」
 刃のような鋭い叫びに、一瞬オークたちが怯む。しかしすぐに目の前のケルベロス達にむかって襲い掛かってきた。
 ディフェンダーとして立ったアルシェリーアが攻撃を受ける。堅牢な盾として一人立つアルシェリーアにダメージは僅かだ。
「この星に貴方達の居るべき場所は無いのです。冥府への門を潜ると良いでしょう」
 収穫形態に変化した攻性植物の黄金の果実で、味方に不浄の耐性をかけていく。攻撃手が多い隊形にとって、ありがたいものだ。
 僅かなダメージといっても傷は傷。癒し手として立つ冬歌が、アルシェリーアに緊急手術を行う。痛みは癒しとなり、アルシェリーアを癒した。
「ありがとうございます」
「お安い御用! 体の傷は残しちゃだめなんだからね!」
 神無が斬霊刀でもって放つのは幻惑をもたらす桜吹雪。前衛一列に並んだオークたち全員に幻惑がもたらされた。その中の一体は蓄積したダメージで息絶える。
 あちらこちら、と幻を見ているのかケルベロス達とは関係ないほうへ攻撃を繰り出すオークたちの残りは四体。
 ケルベロス達に攻撃手が多いこともあり、状況は優勢だ。
 装備したブラックスライムを蠢かせ、捕食モードに変形させて一体のオークを食らわせる侑李。捕縛された一体のオークはさらに不浄を重ねられ、何が起こっているのか理解せず。
 そして詩月から放たれるとどめの一撃。
「玲瓏たる輝きとて照覧せよ我が氷刃。その魂散るが如くの閃きを」
 咲杜式巫術が一つ、剣舞の儀。歩法と祝詞による即興の舞。切っ先を弱ったオークに向け。舞うように切り裂く。声にならない断末魔を上げ、オークは散っていく。
 さらに残った敵に吹雪の精霊を召喚。絶対零度の氷でもってオークたちを凍らせていくシャルルーニ。
「がっちがちですよぉ♪」
 複数攻撃による攻勢に、オークたちは大きな攻撃をされればオークたちは倒れるところまで削られている。
 あと少し、あと一手。
 しかし幻を振り払ったオークの攻撃が前衛に牙を向く。前に出て庇うのはルティエの相棒の紅蓮。小さな体にしっかりと攻撃を受け止め、尻尾を揺らせば。そのまま傍に来たオークに力一杯の体当たりを決める。
「紅蓮、良い子」
 ルティエの傍に行き、頭を撫でられる紅蓮。どこか誇らしげに尻尾を揺らした。
 よろめくオークにとどめの一撃とばかりに侑李が詠唱を始める。
「無を有に、一つを二つに、二つを四つに、斯くして有限は無限となる! ――さぁさこの一撃、受けれるものなら受けてみるっすよ!!」
 周囲の魔力が侑李に集まり凝縮していく。かざした手に宿るのは雷の魔法。空気まで及ぶ雷は諸刃の刃。一撃はぎりぎりまで体力を削ったオークに襲いかかり、容赦なく弾けた。
 最後の一体。
 神無の卓越した技量での一撃を食らわせる。
「最後ですっ」
 神無の言葉を受けたカナリアが全力全身の力を体に込める。
「これで最後だ! くらえ!」
 最終決戦奥義全兵装全開放突貫捨身斬。全兵装をオークに向かって全弾発射後する。兵装は巨大で強力な弾となり、オークに襲いかかる。その後、カナリアはオークに襲いかかり、捨て身の一撃を放った。
 最後のオークもバタリと路地裏に倒れた。

●参
 少女を救ったケルベロス達は、思い思いに去っていく。
 中には家出した少女に声をかける者もいて。
 詩月は持っていたケルベロスカードを少女に渡す。
「まずはご飯。これで食べて。……あと相談に乗るから」
「あ、ありがとうございます」
 ルティエも汚れた姿の少女に声をかけた。戦闘時とは全く別人のような、優しい声で。傍らににる紅蓮も、少女を元気づけるように鳴いた。
「きっと勢いで言ってしまっただけなのだと思います。あなたの事、大切に想っているはずですから……帰ってみませんか?」
 最後の言葉を耳にした瞬間、少女の両目からとめどなく涙が零れる。うん、うん、と言葉なく、しかし力強く頷く少女。ルティエの優しい言葉は、確かに少女を救った。
「さ、そうと決まればこんなところにいる必要はないっすよ!」
 侑李は努めて明るく振舞い、少女の肩を持った。
 恐怖と寂しさで決壊した少女の涙腺は、静かに優しくケルベロス達に癒されていた。

作者:狩井テオ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年5月19日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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