汗水したたる少女を狙う影

作者:木乃

 マッドドラグナーと呼ばれるドラグナ―は首を傾げた。
「性能の向上を考えると、現状ではここまでが限界のようだなァ? ……となると」
 新しい因子を取り込む必要がある。
 ニタァと狡猾な笑みを浮かべながら、フゴフゴと鼻を鳴らす醜悪な翼を生やしたオーク達に向き直る。
「新しい因子を得る為には! 雌どもを! もぉぉっと狩らねばならないよなァ?!」
 その一言にオーク達の下品な歓声が沸き上がり、耳障りな合唱が響く。
 我が子達の犠牲などなんとも思っていない様子から、その『過程』こそ愉しめればあとはどうでもよいのだとよく解る。
「さぁ行け! お前達の子らが、飛空オークのさらなる進化をもたらすのだァァ!!」
 マッドドラグナー・ラグ博士の狂気に満ちた笑いが木霊する。
 ……数時間後、夕方のとある女子高では陸上競技の部活動の真っ最中だった。
 全身から滲む汗をものともせずトラックを駆けていく少女や、バーの上を華麗に飛び越えながら高跳びの練習に励んでいた。
「きゃああああああっ!?」
 一人の少女の悲鳴が響き、全員の視線が向いた直後に上空から滑空してきた飛行オークがのしかかった。
「ブキャキャキャ!!」
 汗にまみれる体操着ごと触手が絡みつき、地肌に気色悪い感触が伝わる。
 唾液まみれの悪臭が漂う舌先で頬を撫ぜられ背筋に悪寒が走る。
「いやっ、離してよぉ!?」
 不快な動きを見せるオークから逃れようと一人の少女が逃げ出そうとするが、脚をすくわれ転倒させられると無慈悲に引きずられていく。
 少女達の恐怖に染まった叫びとオーク達の欲望に満ちた嘲笑が、夕陽に照らされるグラウンドに響き渡る。
 

「外道の極み、ですわね」
 オリヴィア・シャゼル(サキュバスのヘリオライダー・en0098)は珍しく荒い言葉を吐き捨てると、小さく咳払いする。
「竜十字島のドラゴン勢力が新たな活動を始めましたの。今回はオークの品種改良を行っているマッドドラグナー・ラグ博士が関与していますわ」
 自身の生み出した飛行型のオークを襲撃させて、新たな実験の糧を生み出すべく女性達を襲撃しているらしい。
「高所から滑空して目的地に移動するだけの能力なので自由飛行は出来ませんが、その場に直接降下するという方法は非常に効率的と言わざるを得ませんわ。皆様には襲撃される女性達を、飛空オークの魔の手から守りながら撃破して頂きます」
 オーク達は全部で5体、飛空型である以外は通常のオークと差はなく背部から伸びる触手による攻撃がメインだという。
「滑空しながら襲撃場所を探しているため、事前に避難させていると予知と違う場所に降下してしまい事件の阻止が出来なくなりますわ。降下する直前に避難させてくださいませ」
 そこまで説明するとオリヴィアは言いにくそうに口ごもり始めた。
「その、女子高のグラウンドで陸上部が部活動中に襲撃されるようですが……汗にまみれた女性がお好みのようで」
 要は『汗のしたたる女性』が良いと、なんとも特殊な性癖である。
「汗を拭いてしまっても襲撃場所を変更してしまう恐れがあるため、堂々と接触せずに潜伏しておいた方がよいかと……いざとなったら女性ケルベロスの皆様、汗を流しているように見せかけてくださいませ」
 汗水が流れているように見せかければ、オークは食いついてくると言う。ただし、やり過ぎには要注意だ。
「オークの性癖も酷いですが、放っておけば女子高生達はもっと惨たらしい仕打ちを受けることになりますわよ。下劣な行為を絶対に容認してはなりません、なんとしても撃破してくださいませ」


参加者
テンペスタ・シェイクスピア(バニシングデウスエクス・e00991)
シェイ・ルゥ(虚空を彷徨う拳・e01447)
アップル・ウィナー(キューティーバニー・e04569)
フランシスカ・シャンジャルダン(レプリカントのブレイズキャリバー・e17926)
鯖寅・五六七(猫耳搭載型二足歩行兵器・e20270)
アーネスト・シートン(動物愛護家・e20710)
夜尺・テレジア(偽りの聖女・e21642)
マルレーネ・ユングフラオ(サキュバスの巫術士・e26685)

■リプレイ

●放課後
 すでに授業を終えて、校舎内に残る生徒達は所属する部の活動に従事するべく各々の活動場所へ。
 それ以外の生徒達は放課後を満喫しようと校舎を後にしており、ケルベロス達が潜り込む隙は充分だった。
 初夏の到来を感じさせる蒸し暑い西日を受けてグラウンドは茜色に染まり、陸上部の女生徒達は得意競技の練習に励んでいる。
「ほっぺた痛いデス、汗が沁みマース!」
 そんな中、生垣の中に身を潜めようとしたアップル・ウィナー(キューティーバニー・e04569)は密集する枝葉に頬を擦り切られていた。
 生垣の中に入ることを断念して陰から覗き込み、うっすらと血の滲む頬を摩りながら季節外れのコートに甘いホットドリンクを口にして、珠のような汗を流す。
 これもオークのせいだとやるせない怒りに震えるアップルの隣に、かき集められた枯草の塊に偽装して覗き込む姿が二つ。
 鯖寅・五六七(猫耳搭載型二足歩行兵器・e20270)とテンペスタ・シェイクスピア(バニシングデウスエクス・e00991)だ、生垣に寄り添うようにくっつく姿は見ているだけで汗が噴き出しそうだ。
「汗をガッツリ掻かなきゃっすハフハフ!」
「水分補給も忘れずにな」
 ウイングキャットのマネギは五六七の姿を不思議そうに見つめ、テンペスタもスポーツドリンクを飲むよう勧める。
「……ぅ」
 マルレーネ・ユングフラオ(サキュバスの巫術士・e26685)もグラウンドを覗き見ながら激辛スナックをパリポリ。
 辛い物は苦手とあって食べるペースはゆっくり、汗より先に涙がこぼれそうになる。
「む、無理して食べるのは体に良くないかと……!」
 シスター服姿の夜尺・テレジア(偽りの聖女・e21642)が心配そうにマルレーネに声をかけるが、本人は震えながら首を横に振り返すのみ。
「いやぁ中々良い趣味しているオークだね? 汗をかいた女性が好みだなんて」
 女性陣が過酷な下準備をする中、螺旋気流を纏うシェイ・ルゥ(虚空を彷徨う拳・e01447)はのぼせない様にと、手で仰ぎ僅かながら風を送る。
「オークと言う豚モドキは本物の豚さんに失礼だと思います」
 穏やかな口調で憤慨するアーネスト・シートン(動物愛護家・e20710)にテレジアは不思議そうに視線を向ける。
「豚モドキのせいで本物の豚さんに汚らわしいイメージがついてしまうのでは? と思うと、腹立たしくてしょうがないです」
「私もオークの行いは卑劣だと思います、人を攫って糧にするだなんて許せないです!」
 怒りの炎を燃やすアーネストにテレジアが共感を示す中、アップルの元に単独で屋上に向かっていたフランシスカ・シャンジャルダン(レプリカントのブレイズキャリバー・e17926)からアイズフォンの通信が入り、掌に映像を出す。
「索敵していましたら、不審な飛行物体の接近を確認しました」
 映し出される立体映像を覗き込んでいたシェイ達はフェンス越しに上空を注視する。
 ――夕焼けを背負った醜い姿は、次第に明確な輪郭を露わにする。

●落日に満ちる欲望
 フェンスを飛び越えて旋回する飛行オーク達を目撃した少女達の悲鳴が響き渡る、同時にマルレーネ達が生垣を越えてグラウンドに駆けだす。
 ギリ―スーツを脱ぎ捨てて汗まみれのフィルムスーツ姿を披露するテンペスタが猟犬の鎖を降下していくオークに絡みつける。
「天が呼ぶ風が呼ぶ嵐が呼ぶ、オークを倒せと私をよ……あ、ちょっとまって」
 力比べで負けたフリをしようとするテンペスタだったが、思わぬ誤算があった。
 ――オークはテンペスタを引き寄せると確実に捕縛しようと触手を伸ばしてきたのだ。
(「お、女なら誰でもいいということか!?」)
 彼らの目的は『新たな因子の確保』であり、この場での凌辱ではない。持ち帰れそうな女性ならば女生徒でもケルベロスでも関係はなかった。
「おさわりはノーデスヨー!」
 駆けつけたアップルが跳ね上がり、頭上から全体重を乗せた踏みつけでオークを制止する。
「翼をはやしたところでモテたりしないのにネ」
 殲剣の理をアップルが歌い始めると、触発されて怒りに火が付いた2体のオークが挟み込むように触手を伸ばす。
 フランシスカも屋上から飛び降りようと身構えると、あることに気付いた。
(「……4体?」)
 聞いている情報では『5体』、では最後の1体は? ――その答えは目の前に飛来した醜悪な翼が示した。
 飛空オークはフランシスカに激突していき屋上内に押し戻す。
「チッ、予定とは違うが……1匹引き受けた!」
 下階の様子が見えない以上、周囲に気を配らなければならない状況で二振りのルーンアックスを振るうと肥満な体躯に似合わぬ俊敏な動きと触手でオークは捌ききる。
「く、早い!?」
 舐めてかかった訳ではない、しかし救援を望めぬ状況にフランシスカは肝を冷やす。
「まずいですねぇ、校舎にもまだ生徒がいるでしょうし」
 避難誘導に当たっていたアーネストは屋上にオークが飛び込んでいく様子を目撃すると、校舎脇に視線を向ける。
「とりあえず、こちらに……回り道になりますが校舎の脇を通って正門の方へ逃げてください」
「私たちの仲間が囮になっているから大丈夫だよ。落ち着いて行動してね」
 先行するアーネストに続いてシェイが落ち着かせようと声を掛けていると、背後からオークの魔手が伸びようとしていたがマルレーネが飛び蹴りを横っつらにぶち込んで食い止める。
「やら、ひぇない……!」
 辛味で呂律が回らなくなっているマルレーネの援護で間一髪逃れると、腰を抜かす女生徒達をシェイが送り出す。
「こ、こっちにも女の子は居ますよ!?」
 グラウンド内で引き付けようと爆破スイッチを握り締めながらテレジアは奔走するが、普段着のシスター服では露出が少なく、汗をかいているか判別しにくいこともあってオーク達の注目はそれほど集まっていなかった。
 ボクスドラゴンのコマは困惑するテレジアを呆れて一瞥しながら、オークに突撃していく。
「汗フェチの豚さん達ー! ピッチピチでムレッムレのロリ一丁お待ちっすよー!」
 五六七はコートを脱ぎ捨て、競泳水着姿を露わにすると需要があるかどうか試みると、オーク達からは年齢的に『射程外』であるせいか、殺気のこもった触肢の乱れ打ちで返される。
「いたたた!? マネギ、ゴーっす!」
 ひとまず囮として機能はしていると感じ、マネギに指示を飛ばして穢れを落とす風を吹かせて治癒させる。

「欲望だけでそこまで動けるなんて大したもんだよ」
 シェイは皮肉交じりに呟きながらオークに踵を振り下ろし、星辰の輝く長剣で十字を刻む。マルレーネと共にその場の抑えに回っていたが、校舎の反対側に回っていたアーネストがロッドを構えながら戻ってくる。
「さて、一般人は避難誘導は終了したので、これから駆除に協力させていただきましょうか」
 穏やかに吐き捨てるアーネストのロッドから生成された対D-EX用連弾『狼』が、十字傷に身悶えるオークを食い千切るように前後左右から脂身たっぷりの肢体に風穴を空ける。
 勢いに負けて生垣を突き破って斜面からグラウンドに転がり落ちていくオークの死骸を追いかけるように、マルレーネ達もグラウンドに駆けこんでいく。
 残る3体のオーク達は仲間が死んでいるのも構わず、自身の欲望を満たす為だけに交戦を続けている。
「避難、終わった」
 マルレーネの瞳がギラリと妖しく光ると、テンペスタ達を捕らえようと気味悪く触手を蠢かせていたオークの挙動が不自然に波打つ。
「では、ショータイムネ!」
 アップルが迫り来る千切れかける触手を引きちぎりながら回し蹴りを叩きこむと、テンペスタが勢いよく跳躍してグルグルと華麗な横回転を見せながらグラビティを充填する。
「究極っ!! レプリカントキック!!」
 爆発的な推進力で滑空するテンペスタの飛び蹴りは容赦なくオークを貫き成敗してみせると、テレジアのブレイブマインで鼓舞する五六七も負けじと腱を斬り裂いて転倒させる。
「これで終わらせてください……!」
 テレジアが爆破スイッチを押すとシェイ達に向けて鮮やかな爆風が癒しと感情を鼓舞させて、残るオーク達の殲滅を後押しする。
 ――不意に、頭上から叫ぶ声が降りかかる。
「こ、の……離せっ!!」
 そこには負傷するフランシスカを触手で吊り下げて捕らえる飛空オークが拉致しようと、校舎屋上から滑空していく姿があった。
「豚モドキが、見境ないですね」
「あちきに任せるっすよー! 狙い撃ちっす!」
 毒づくアーネストを尻目に逃亡しようとするオークに向かってコマとマネギが接近し、五六七は懐から百円玉を取り出して高々と掲げる。
 ……何処からともなく伸びてきた線路は気ままな軌道を描き、お魚くわえたドラ猫列車が猛スピードで駆けていく。
 しかし、オークも『新たな因子』を逃す気などなく、五六七の攻撃を止めようと一斉に襲いかかる。
「豚には勿体ないけど、これはサービスデース!」
 アップルの刺激的過ぎる投げキッスはハート状の熱光線となりオークの心を惑わせ、シェイの接近を許してしまう。
「本当に欲望に忠実って感じだね。そういうスタンス嫌いじゃないよ」
 ただし周りに被害が無ければだけど――シェイの鋼の脚が生み出した衝撃波はオークの脳までも揺さぶり、内側から死をもたらす。
「さぁ、死滅するがいい!」
「普通の動物なら別に問題ないのですが、あなたたちは根絶させていただきます」
 内蔵ユニットを展開させたテンペスタのエネルギー光線がもう1体のオークを追尾すると、アーネストが背後からグラビティをたっぷり凝縮させたライトニングロッドを振り下ろし息の根を止めた。
 残る1体はフランシスカを捕らえたままコマ達を触手で牽制して近寄らせず、フェンスへ直進していく上方に新たなレールが生成される。
 線路上を豪快に突き進む列車の主砲は宙を滑るオークを捕捉し、気づいたフランシスカは驚きで目を剥く。
 南無三――!
 固く目を瞑った瞬間、ドーラ猫砲がオークの翼を轢き潰し、翼を失ったオークは肉片を撒き散らしながらフランシスカを道連れに自由落下していく。
「貴様だけは、私の手で……!」
 フランシスカが胸部装甲を変形させると、射出口から胸に宿す地獄の炎弾を撃ち放ち、地上にいる五六七達の元に同時に落着していく。
「大丈夫ですか!?」
 慌ててテレジアが駆け寄り手当てを施す傍らで、マルレーネが墜落したオークだったモノを見つめる……真っ黒い炭の塊と化したオークはもう起き上がることはないだろう。

●逢魔が時は過ぎていく
 テンペスタが壊された備品を戻ってきた女生徒達に確認してもらいながらテレジアとマルレーネに修復してもらっていると、治療を終えたフランシスカは声を掛けた。
「またデウスエクスが貴女達の前に現れるかもしれないけど、そのときは私達も必ず駆けつけるから」
(「今回のことでトラウマにならないといいんだけどねぇ……」)
 遠巻きに見つめるシェイと同じように、心の傷にならないかと心配していたアップルも修復を一通り終えてぺこりと頭を下げる。
「敵を逃がさないためとはいえ、巻き込んでしまいごめんなさいデスヨ」
 しかし、一人の少女は頭をあげるようにアップルに頼み込んだ。
「私達、デウスエクスが来たら、どうすることも出来ないですから……ケルベロスの皆さん、ありがとうございました!」
 少女達は体育会系らしいハツラツとした声を返して頭を下げると、アップルと互いにぺこぺこと頭を下げあう奇妙な状況が生まれ、シェイも口元に笑みを浮かべる。
(「しかし、オークを改良するだなんて……恐ろしい技術があったものですね」)
 沈みかける夕陽を見つめながら、アーネストは飛空オークが逃亡しようとした瞬間を思い出し、険しい表情を浮かべる。
 ――五六七達が校舎を後にする頃に、夜の帳は落ちようとしていた。

作者:木乃 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年5月18日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 1/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
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