月の窓より忍ぶ者

作者:そらばる

 夜風に長い黒髪をなびかせる女は、月光の下で街の喧騒を眺め下ろしながら言う。
「あなたが為すべきは、地球での活動資金の調達、またはケルベロスの戦闘能力の解析です」
 背後に控える小柄な少女は、ビルの落とす陰の中。片膝を折り、微動だにせず、黙然と女の言葉を待つばかり。
「ええ、何事もなければ、あなたのやり方で資金を持ち帰ってきてください。けれど、もし、ケルベロスの妨害にあった場合は、情報収集を怠りなきよう。心置きなく、あなたの命を使って頂戴」
 死の宣告にも等しい命令に、しかし少女が返したのは、恭順の首肯だった。

●月下の怪盗
 深夜の美術館は、静謐な闇に沈んでいた。
 二階中央、宝石を展示しているブースは、屋根にはめ込まれたガラスパネルから差し込む月光に、そこだけがひどく明るい。
 幾枚も並ぶガラスパネルの、隅の一枚が唐突に取り除かれ、小柄な人影が音もなく二階の床に着地する。
 仮面は螺旋模様、携える武器には月下美人の刻印。
 月華衆――そう呼ばれる螺旋忍軍の少女は、厳重な警備システムをあっけなく無効化すると、宝石達の眠るガラスケースに手を掛けるのだった。

●コピー忍術を攻略せよ
「こたびは、深夜の美術館に忍び込まんとする、螺旋忍軍の一件にございます」
 戸賀・鬼灯(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0096)が語るは、金品強奪を目論む螺旋忍軍の一派、『月華衆』。小柄で素早く、隠密行動を得意とする、少女の螺旋忍軍である。
「かくなる月華衆は、風呂敷ひと包み分の金品……こたびの場合は、美術館に展示されている宝石類を強奪する腹積もりの様子。盗まれる宝石は、とりわけ曰くのある品ではございませぬゆえ、売り払うなりして、地球での活動資金に充てる魂胆でございましょう」
「月華衆とは戦った事があります! とても奇妙な戦法の使い手でした」
 ジェニファー・キッド(銃撃の聖乙女・e24304)が前に出て補足する。
 月華衆の忍術は、『自分が行動する直前に使用されたケルベロスのグラビティの一つをコピーして使用する』という特殊なものである。
 コピーするグラビティは、種類を選ばない。また、理由は不明だが、『その戦闘で自分がまだ使用していないグラビティ』の使用を優先するようだ。
 これ以外の攻撃方法は無いようなので、ケルベロス達の立ち回りによっては、相手が次にコピーするグラビティを特定するなどして、戦いを有利に運ぶ事も可能だろう。
「美術館側にはあらかじめ話を通し、当日館内で勤務予定の警備や職員には避難を促します。皆様は、月華衆への対応にのみ、注力をお願い致します」
 美術館は中世ヨーロッパ風の城を思わす、立派な二階建てだ。
 月華衆は屋根を伝って、ガラスパネルから二階に侵入してくる。ケルベロスが接触すれば戦いに専念する上、逃亡の意志も示さないという。
「螺旋忍軍勢が果たして何を企んでいるのか、活動資金を得て何を為そうとしているのか……思惑はまだ読めませぬが、まずは、目の前の脅威を取り除く事が肝要でございましょう」


参加者
篁・悠(黄昏の騎士・e00141)
レクシア・クーン(ふわり舞う姫紫君子蘭・e00448)
シルフィディア・サザンクロス(この生命尽き果てるまで・e01257)
弘前・仁王(魂のざわめき・e02120)
矢野・優弥(闇を焼き尽くす昼行燈・e03116)
霧島・龍護(氷騎の先導者・e03314)
左野・かなめ(絶氷の鬼忍と呼ばれた娘・e08739)

■リプレイ

●闇夜に迎え撃つ
 煌々と輝く月明りの下、中世ヨーロッパの風情を感じさせる屋根の上を、小柄な人影が駆け抜けた。一つに括った長い髪と、蝶の形に結ばれた帯が、夜風にたなびく。
 月華衆の少女。その姿は、まさに忍者そのもの。
(「でも、やってることは、普通にこそ泥だよね」)
 そう言いたげな眼差しが見つめている事に、月華衆が気づいたのは、美術館二階に侵入を果たした時だった。
 闇に浮かぶ、二つの小さな目。
 なんという事はない。それは、暗がりに紛れて彼女を見つめる、ただの猫だ。
 彼女は張り詰めた緊張を、わずかにほどいた。――その瞬間。
「――っ!」
 横合いから強襲する、殺気。
 月華衆は息を呑んで反射的に飛び退くも、的確に狙いを絞った飛び蹴りの衝撃を、完全に殺す事はできなかった。ずしりと、重力が足元に絡みつく。
「ほ。いい反応じゃのぅ」
 初撃を叩き込んだ左野・かなめ(絶氷の鬼忍と呼ばれた娘・e08739)は、ニヤリと笑む。
 その傍らに、先ほどの猫が歩み出ると、瞬く間に人の姿に変貌。さらに身に纏う武装を最終決戦モードへと変形させていく。
「極東ケルベロス軍団、見参!」
 動物変身を解き、月明りに照らし出されたのは、ヒーローよろしく赤マフラーをたなびかせる篁・悠(黄昏の騎士・e00141)。同時に、暗がりに身を潜めていた仲間達も姿を現し、月華衆を包囲する形で居並んだ。
「闇に紛れ、他者の財を掠め取る……だが、その卑劣なる行為の因果は廻り、お前を破滅へと導くだろう……人それを、『盗人』と言う!」
 糾弾する悠の言葉に、月華衆は動揺を表さない。待ち伏せされている可能性も、卑しい行いと見られる事も、重々承知の上での犯行なのだろう。
 月華美人の武具を手に、隙のない構えを取りながら、微動だにしない。仮面越しに、ケルベロス達を注視する視線。あからさまにこちらの出方を伺っている。
 大した人形ぶりだと、かなめは肩をすくめた。
「賢く生きれば……儂の様に面白おかしくやれるものを……。脳みそがミジンコで無いことを願うぞ、それとも意思すら無い傀儡か? のぅ、忍者」
 挑発と、八人の殺気を差し向けられても、月華衆の反応はなかった。
「捨て駒も本意か……ならばこちらも、全力で迎え撃つしかあるまい!」
 一気呵成に飛び込んだダニエラ・ダールグリュン(孤影・e03661)の蹴りが、流星のきらめきを発しながら敵に直撃した。

●月光に舞う
 月明りの差し込む窓辺に、忍者の少女とケルベロス達の影が伸び、影絵芝居のように目まぐるしく舞い踊る。
「螺旋忍軍『月華衆』、貴女達には何も奪わせたりしません」
 弘前・仁王(魂のざわめき・e02120)は手早くチェーンソー剣を捌き、凶悪な斬撃を加えていく。入れ違いに相棒のボクスドラゴンが全身を使ってタックル。美術館への配慮を怠らない、スマートな連携だ。
「捨て石風情が、いい気になるんじゃないですよ……!」
 他方、穏やかでない気を吐くシルフィディア・サザンクロス(この生命尽き果てるまで・e01257)。頭から足まで、全身をフィルムスーツで覆い隠した風体から繰り出されるグラインドファイアは、デウスエクスへの憎しみを映し出したかのように燃え盛る。
 レクシア・クーン(ふわり舞う姫紫君子蘭・e00448)の真骨頂は、エアシューズによる高機動戦闘。
「私とあなた、どちらの方が素早いでしょうね?」
 小柄かつ機敏さを特長とする月華衆に対しては、微妙な対抗意識がちらり。背から噴き出す地獄を推進力に、繰り出されるスターゲイザーにも力がこもる。
「いくら螺旋忍軍とはいえ、こんな素敵な女性が命を散らせてまで戦うとは、なんというか悲しいものですね」
 戦いのさなかにも、矢野・優弥(闇を焼き尽くす昼行燈・e03116)は実に紳士である。とはいえ盗みを許すわけにもいかないので、攻撃に籠められた気合は本物だ。
 ケルベロス達の動向を観察していたのは、月華衆だけではない。霧島・龍護(氷騎の先導者・e03314)は、仲間達の攻撃手順を逐一記憶していた。
「んじゃ、ここはスターゲイザーで、っと!」
 すでに幾度目かの、きらめく飛び蹴り。仲間が使用済みの攻撃をあえて選択して、敵の出方を絞る戦術であった。
 ケルベロス達は美術品に気を払い、窓辺に広く設けられた通路での立ち回りを意識した。多勢に囲まれた状態で、月華衆も無理にはその意図に逆らわない。ケルベロス達の猛攻を、体捌きで最低限のダメージに抑えながら、螺旋の面は常に正面、攻撃を加えてくる相手を向いている。
 ケルベロスが一巡り手札を明かしたタイミングを見取り、月華衆は身を沈めて駆け出した。歩幅を小さく、両足を素早く動かす事で、エアシューズの機動性を再現してみせる。
「……私とあなた、どちらの方が素早いでしょうね?」
 瞬く間の肉薄、どこかで聞いたような呟きとともに、重力を乗せた飛び蹴りが流星のごとく宙を切り裂く。狙われたレクシアはしっかりと攻撃を受け止めつつ、柳眉を吊り上げた。
「言葉までものまねですか!」
「なかなかに徹底した模倣のようですが、それだけでは我々に勝てませんよ」
 仁王はすかさず相棒と息を合わせて接敵し、敵の防具を斬り刻んだ。
「凍てつく槍を持ちし我が精鋭よ。自慢の槍技を魅せつけよ!」
 優弥の【氷結の槍騎兵】が、凍えるような一撃で畳みかける。
 模倣を終えた月華衆は、またも無言に舞い戻っていた。その口からは、衝撃を耐える呻きや、体を捌く息遣いしか聞こえてこない。

●窓辺に散る
 月華衆の模倣は実に徹底していた。威力も、決して侮れるものではない。
 しかしケルベロス達の準備も、なかなかに怠りない。
「よくもきれいにぺろりと真似てみせるものだ」
 龍護に返されたゾディアックブレイクを、肩代わりしたのはダニエラ。敵を感心してみせる声音には余裕があった。
 コピー忍術には欠陥がありすぎる。何しろ自分たちの攻撃しかコピーされないのだから、味方が使用したグラビティを弁えておけば、次に来る攻撃を想定する事も難しくない。その上、攻撃の種類を絞ってしまえば、それに合わせた防具をあらかじめ用意しておくだけでも、戦いはぐっと楽になる。
 おかげで、敵からのダメージはほぼ半減、回復は手隙になることも多く、癒し手として参戦した悠も雷光の如く戦場を駆け回った。
「はあぁぁッ!! 砕けぇッ!!」
 斬霊斬の霊体汚染が月華衆を侵す。度重なる足止め効果に、敵の動きもずいぶんと鈍い。しかし模倣の攻勢は緩まない。
「……はあぁぁっ! 砕けぇっ!」
 直近にもらった技による反撃が牙を剥く。
「そんな劣化コピー如きが、効くとでも?」
 狙われたシルフィディアは、しかしスーツの助けを借りて、あっさりと素早い斬撃を躱してみせた。
 ケルベロス達は敵の回避を下げる事を主軸に、敵が治癒をコピーして強化を施そうものなら、即座に破壊しにいく。月華衆の守勢は、もはやボロボロだった。
 カードゲーマーを自任する龍護にとっては、少々味気ない立ち回りと言えるが、本人曰く、
(「縛りプレイとかタスクありプレイって結構燃えてこない? 違う?」)
 との事で、これもまた一興。遠慮なくゾディアックブレイクで敵の強化を打ち砕くのだった。
 激闘の末に、影絵芝居の中心で舞う少女の動きも徐々にぎこちなく、終演が間近に迫っていることを否応なく予感させた。
「素早いだけではないのですよ」
 レクシアは味方の守護をそつなくこなすと、青い光の尾を引きながら一気に敵との距離を詰め、炎を纏った蹴りで打ち据える。
「悪いのぅ? お主とは忍者歴が『だんち』なんじゃ。モノホンって奴を見せてやろう」
 かなめのチェーンソー剣が唸りを上げて敵に斬り込む。苛烈な攻撃に反して、同胞の為に死ねと唆された月華衆を見つめる眼差しは、慈悲に溢れてさえ見えた。
「これが私のこれまで歩んできた道筋の剣、乙女宮のゾディアックブレイクだ!」
 真似をされようが構わない。その覚悟をもって、ダニエラが豪胆に踏み込み斬り伏せる。
「いつもと違う戦いも、なかなか楽しかったぜ」
 龍護ははつらつとエアシューズを駆り、今日一番の火力を飛び蹴りに乗せて叩き込んだ。月華衆の小柄な体が、思うさま吹き飛ばされる。
 着地点を狙って、悠は召喚を発動。
「ではお見せしよう、混沌の片鱗を! 畳の力を思い知れ!」
 いずこかより飛び出した畳が、悠を乗せて飛び回り、月華衆を幾度も打ち据えていく。
「その守りを切り裂きます!」
 終わりが見えてなお、仁王のチェーンソー剣が徹底して敵の防御を打ち崩し、相棒がすかさずのタックルを見舞って、敵を窓辺に追い込んでいく。
 優弥は最後の一撃を、専売特許の召喚には頼らなかった。切り札は取っておくものだ。
「――我が妙技を味わえ」
 静かな声音と共に、達人の一撃が鋭く放たれ、敵に霜を下ろす。
 窓に浮かぶ月を背に、完全に追い込まれた月華衆は、なおも戦意を失わない。面の下から、荒々しい吐息に紛れて、途切れ途切れの呟きが漏れる。
「では……お見せ、し……ッくぅ……」
 詠唱を真似ようとでもいうのだろう。しかしコピー忍術が発動にこぎつけるより早く、地獄化された全身を包み隠したシルフィディアが、猛然と追撃を加える。
「デウスエクスに生まれたことを、後悔して、死ね……!」
 美しい流星のきらめきが、月華衆の体を抉りこむ。
 小さな少女の体はのけ反りながら宙を浮き――月光に溶けるように、一瞬にしてほどけて消えた。

●そして夜は更けていく
「これが畳の力だ! ……うーん、送り返すのが面倒くさい」
 勝利のポーズで決めてから、悠は頭をかきつつ、畳の撤去にとりかかった。
「さほど修復する所はなさそうですね。気をつけて戦った甲斐がありました」
「展示品に被害でてなきゃ良いんだけどなー」
 さっそくヒールに取り掛かる仁王と龍護。通路の一部が焦げたり抉れたりしつつも、美術館全体を見れば、取り立てて深刻な損害は見受けられない。
「よかった……宝石は無事みたいです!」
 いち早く展示ブースに向かったレクシアが、胸を撫で下ろしながら、仲間達に聞こえるように声を上げた。ガラスケースの中の宝石達も、展示ブース全体も、一切の棄損なく済んだようだ。
「き、綺麗な石ですね……盗まれなくて、よかったです……」
 フルフェイスを解いたシルフィディアも、一つ一つのガラスケースをおずおずと覗き込んで、小さくはにかんだ。……戦闘中とはまるで別人である。
 一方、ダニエラは物憂げに、窓辺に視線を留めている。
「……これが本当に、本意だったのだろうか」
「さて。なんとも言えぬのぅ」
 ヒールをかけて回りながら通りかかったかなめは、首を横に振った。本当に脳みそがミジンコだったのか、何か思う所があったのか……それは、本人にしかわからないだろう。
「敵味方で無ければ、解りあいたかったものです」
 とんでもない手間と時間をかけなければ、叶わない事なのかもしれないけれど、優弥はそれを願わずにはいられない。
 美術館を守り切ったケルベロス達の喜びと、憂いと、小さな願い。
 その全てを見つめながら、月は更け行く夜を引き連れて、西への夜行をのんびりと楽しんでいるようだった。

作者:そらばる 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年5月12日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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