鏡映し

作者:狩井テオ

●壱
 深夜。廃屋のビル。
 暗闇に二つの姿が、闇に浮かび上がる。
 一つは闇に溶けそうな全身を黒で包んだOL風の女性。
「あなたへの命令は、地球での活動資金の強奪、或いは、ケルベロスの戦闘能力の解析です」
 女性──螺旋忍軍の夕霧さやかは、─誰に話しかけているのか─窓枠が外れた窓から外を眺めて、大して興味がなさそうに誰かに語り掛けている。
「あなたが死んだとしても、情報は収集できますから、心置きなく死んできてください。勿論、活動資金を強奪して戻ってきてもよろしくってよ」
 頷いたのは、もう一つの影だった。
 小柄な猫背の少女の姿をした、配下の月華衆は最後までさやかに目線を受けることなく闇に溶けていった。

●弐
 深夜の宝石店。誰もいない店内に一つの影が舞い降りる。
 影──少女が立ったのは店内奥にある、厳重に厳重を重ねられた鍵付きの倉庫。
 月華衆の少女にとって、厳重に幾重にも重ねられた鍵はただの引手扉に変わる。重い扉を開ければ、中にはたくさんの金銀宝石。
 両手に溢れるほど手に持ち、少女は手荒に持ってきた風呂敷に包めるほどの量を入れていく。
 重くなった風呂敷を背中に抱えた少女は、入ってきたときと同じく軽やかに店内を後にした。
 まるでセキュリティシステムなど存在しないかのように。

●参
「螺旋忍軍が動き出したよ!」
 ばたばたと書類を持って現れたマシェリス・モールアンジュ(シャドウエルフのヘリオライダー・en0157)は、集まっていたケルベロス達の前にくると、乱れた服装をただしてから説明を始める。
「螺旋忍軍の一人が宝石店に強盗に入るみたい。特別なものじゃないから、地球での活動資金にしようとしてるみたいだね。この螺旋忍軍は『月華衆』という一派で、小柄で素早く隠密行動が得意なんだって」
 慌ただしく書類をめくり、きっちりと説明をしていくマシェリス。
 ぴたり、とある一頁でマシェリスの手は止まる。
 集まったケルベロス達を見回してから、再び説明をしていく。
「月華衆は特殊な忍術を使うよ。自分が行動をする直前に使用されたケルベロスのグラビティの一つをコピーして使用する忍術。これ以外の攻撃方法は無いみたいだから、戦い方によっては、相手の次の攻撃方法を特定するような戦い方もできるかも。あと、理由はわからないけど、月華衆は『その戦闘で自分がまだ使用していないグラビティ』の使用を優先するので、その点も踏まえて作戦を立てれば、有利に戦えるかも」
 マシェリスは説明を終えた後、ふう、と息を吐いた。
 螺旋忍軍が現れるのは深夜の宝石店。セキュリティシステムをかいくぐり店内に侵入するという。
「人がいなくて思い切り戦えるのはいいけど、ちょっとややこしい戦いになるかも」
 でも、とマシェリスは集まったケルベロス達を見回して笑顔を零す。
「皆ならなんとかできるって信じてるよ」


参加者
ゼロアリエ・ハート(晨星楽々・e00186)
夜桜・月華(まったりバトルモード・e00436)
ジョーイ・ガーシュイン(地球人の鎧装騎兵・e00706)
神門・柧魅(王風のかどみうむ缶・e00898)
レオナール・ヴェルヌ(軍艦鳥・e03280)
アバン・バナーブ(過去から繋ぐ絆・e04036)
霧崎・鴉(はぐれ忍・e05778)
フィオ・エリアルド(夜駆兎・e21930)

■リプレイ

●壱
 閉店時間も大きく過ぎた夜半。
 宝石店の奥に鎮座する商品を保管しておく厳重に鍵がかけられた倉庫前に、八人が立っている。
 この時間に宝石店に人がいることはまずない。いるとすれば泥棒かそれ以外だろう。人の気配がない宝石店に、夜半に現れた彼らは後者だった。
 泥棒を防ぐ者たち。ケルベロス。
 倉庫前に設置された防犯用の明りで、景色は昼間のように明るい。これなら泥棒と相対しても、問題なく泥棒を迎撃することができるだろう。
 霧崎・鴉(はぐれ忍・e05778)はフードの中から、明りが頼りなくなってくる通路の先、入り口付近に視線を送る。静かな視線は、いつでも敵の到着を待っているかのように。
 頭についた白い耳を動かし、僅かな物音も聞き漏らさないようにするのはフィオ・エリアルド(夜駆兎・e21930)。
(「状況は悪くない……あとは、ドジったりさえしなければ……!」)
 緊張した面持ちで鴉と同じほうへ視線を向けている。これから対する敵は油断ならない不気味さをはらんでいた。予知を聞いたときからそんな予感を感じていたフィオは、気持ちを引き締める。
「まったりしながらがんばるのですよ。あまり神経質になっても疲れちゃうのです。落ち着いて気楽にいきましょう」
 フィオに語り掛けるように、自分にもそれを言い聞かせるように、夜桜・月華(まったりバトルモード・e00436)は心の余裕は大事、と呟く。それを聞いたフィオは、強張った表情を少しだけ綻ばせて、月華に向けて笑みを浮かべた。束の間、笑い合う。
 ハンズフリーのヘッドライトを通路の先に向けるレオナール・ヴェルヌ(軍艦鳥・e03280)は、そこに立った一つの人影を見つけた。
「きたね。忍者と戦うのは初めてだけど……うん、敵わない相手ではないさ!」
 レオナールの言葉を合図にしてケルベロスたちは各々武器を手に取る。
 人影は光のほうへ走ってきた。現れたのは螺旋の面をかぶった、月華衆の少女。光に現れた少女を、レオナールと神門・柧魅(王風のかどみうむ缶・e00898)が後ろへ回り込む。
「宝石泥棒とは、忍者をやめて鼠小僧になったらどうだ?」
 かっこよく決める柧魅に、月華衆の少女は後ろの気配を様子見しただけで慌てる様子はない。
 しかし逃走経路はこれで断った。後は少女を倒し、盗みを阻むだけだ。

●弐
 ニヤリとどこか挑発ともとれる笑みを楽しそうに浮かべたゼロアリエ・ハート(晨星楽々・e00186)は、ゴーグル越しに月華衆の少女を油断なく観察する。その行動に隙はないか、相手が攻撃を放つときに何か規則性はないか。
「モノマネだけして勝てるほど俺たちは甘くないですよーっだ! 覚悟してよー!」
 場にそぐわない挑発的な言葉と共に放たれたのは、巨大な鉄塊剣での単純な振り下ろし攻撃。強力な一撃に少女は揺らぐ。
 次に月華衆に向かうのは、アバン・バナーブ(過去から繋ぐ絆・e04036)。隠しもしない憎悪を月華衆の少女に向けた。向ける言葉も刃のように鋭い。
「さーて、潰させてもらうか。悪いとは思わないぞ? 同情もしてやらない。だから、さっさと終わらせてやる……」
 氷結の螺旋を月華衆の少女に放ち、少女を凍らせる。
「コソドロとは随分みみっちいなァ……。目立つような行動して俺等を誘き寄せるってか? ンなクッソ面倒くせェことするくらいなら直に来いっての!」
 ジョーイ・ガーシュイン(地球人の鎧装騎兵・e00706)の言葉に、少女からの返答はない。代わりにジョーイから放たれた卓越した達人の一撃に、月華衆の少女は動きを封じられていく。
 地面にゾディアックソードを突き立て、星座の紋章を浮かび上がらせ前衛の味方に不浄の耐性をかけるフィオ。
「これを選んでくれればまだいいんだけど」
 少女へちらりと視線を向ける。フィオには少女の動きが、『リズム』として見えていた。少女の動きは規則性はあるが、攻撃が放たれる瞬間まではわからない。身を引き締める。
「さて、連中と殺し会うのは二度目か。二度目ともなれば何か情報を得たいものだが……」
 鴉は呟き、遠距離から氷の螺旋で攻撃を行う。攻撃を受けた少女は、さらなる氷での責めに、僅かだが動きは鈍っていく。
 レオナールが構えた武器から放つのも、また凍てつく弾丸だった。時間をゆがめるオラトリオ特有の攻撃。
「くっくっく、今日がお前の命日になるかもな」
 柧魅が放つのは、別名、神門式忍殺術・壱の型。忍一族の神門家に代々伝わる戦闘術、その基本型。柧魅のアレンジが加えられたそれは、連撃よりも氷結の螺旋を打ち込むことが重視された攻撃。
 誰よりもいつもよりかっこよく決めた柧魅は、攻撃を放った後の決め顔も忘れない。いつでもかっこいい自分。
 少女は身を少しかがめ、攻撃を放たんとする。
 ──が、凍える少女の体はうまく機能しなかった。氷を中心に攻めたケルベロス達の作戦は功を奏した。攻撃自体をコピーさせることを封じることはできないが、行動自体を不能にする作戦は効果をみせる。
「……っ」
 一攻撃分をケルベロス達の凍てつく攻撃によって封じられた月華衆の少女は、仮面の中で息を飲む。
「作戦、成功ですね」
 月華衆の少女に向かい、攻撃を放とうと刀を構える月華。同じ名の螺旋忍軍は月華にとって少しだけ気になる相手だった。
「同じ名前で悪いことをしないで欲しいのです」
 やんわりとした優しい言葉と共に放たれたのは、自身と同じ名を冠した技。月華魔神閃。
「未知の領域に踏み込む勇気を――今、魔神の一撃を放つのです」
 魔術回路を限界まで活性化して行う必殺技。強烈な斬撃。魔神と呼ぶ自身のもう一つの一面。
 強力な一撃に少女は疲弊していく。倒すまでケルベロス達の攻勢は止まらない。
 少女はなんとか体を動かし身をかがめる。今度こそ少女は初動を始めた。
 コピーされるのはどの攻撃か、構えるケルベロスたちの前衛、ゼロアリエに向かって放たれたのは、少女を静かに怒らせたシンプルで強力なデストロイドブレイド。得物はクナイとなるが、強力な一撃は変わらず。
 ゼロアリエは正面からそれを受け止める。
 ニヤっと笑い、防御をししっかり被弾を抑えるゼロアリエ。
「ほらほらっヨソ見しないで俺と遊んでよ!」
 少女は尚もクナイ構える。ケルベロス達の一挙一動を漏らさず観察せんとする姿勢。一対多勢だが、少女には逃げる気配もなかった。
 それに疑問を持つ者も。
「随分と器用な真似を……。だけど……君自身の技はないんだね……」
 簒奪者の鎌を構え、刃に「死」を宿す。
 レオナールは悲しそうに少女に同情を示す。少女の極めた技でありながら、そこに自己はない。
 少女の首元に狙って鎌を振り下ろすレオナールの攻撃を、少女は真っ向から受け止めた。
「哀れな……」
 鴉は手刀に螺旋を込め、振るうことで起こる斬撃でもって少女を攻撃。
 捨て駒であろう少女たちは、少女自身はそれを認識していないのか、または絶対の忠誠からなのか。あるいは。
(「……死んでも問題ないのか」)
 自らの命を投げ出す何かが少女にはあるのだろうか。鴉はその意思を持つ者としては最悪の機械的な意志を振り払う。
「……すごく、戦ってて気持ちが悪い。こっちに応じて、真似して。でも、能動的なものを感じない。そこに間違いなく存在してるはずなのに、なにも無い、空っぽな感じがする……」
 少女の攻撃を受け傷ついたゼロアリエをゾディアックソードの放つ魔法陣で癒すフィオ。もやもやと言いようのない不安と不快感を胸に抱いていた。少女から感じるリズムは、歌やリズムのないただの音を聴いているようだった。
 次の手はアバン。収めた刀に霊力を込めて、少女に向かって疾走する。瞬時に霊刀として生まれ変わった斬霊刀を抜き放ち、少女に斬りかかった。斬霊刀・絆絶ノ太刀。一撃必殺。
「蒼き燐光解き放ち、暗雲を斬り裂け、疾風の斬撃!」
 洗練された一撃の中に含まれるのは、やはり憎悪。アバンは込められた想いと視線を少女にぶつける。
「猿真似してんじゃあねェぞ!」
 ふらつく少女に、地面にチェーンソー剣の先を滑らせて走り近づくジョーイ。乱暴な言葉を表すようにジグザグに少女を切り裂いていく。傷口を抉られた少女は凍える体を震わせる。
 傷つきながらクナイを構える少女は、攻撃に転じた。撤退する様子も慌てる様子もない。ただケルベロス達と戦うことだけを目的とした戦い方。
 コピーしたのはアバンの斬霊刀・絆絶ノ太刀。疾走し、前衛に立ったアバンに斬りかかる。攻撃を受けたアバンは心の奥で暗い炎を燃やした。
「アンタの攻撃軽すぎるんだよ……何も籠ってないのが解っちまう。形だけいくら真似たってな、そんなもんで俺達が倒れるかよ!」
 その様子に少女は咄嗟に一歩後ろへ飛び去る。
 アバンの一撃が空を切った。
「逃がさないぜ!」
 そこへ飛び去った少女の背を狙い、柧魅が拳を叩きこむ。降魔を宿した一撃。少女はまともに背中に喰らい、覚束ない足取りで立つ。
「捨て駒にされているのをわかっているのか? なぜそこまで忠を尽くす」
 弱り切った少女に向かい、鴉が言葉をかけた。何か、少女自身を鹵獲できないか、と僅かな希望にかけた言葉。少女からは返答も反応もない。光の中でゆっくりと、確かにクナイを構える。
 鴉は諦めたように静かに首を横に振った。少女に意思はない。言葉も声も持ち合わせていなかった。
 それを撃破の合図と認めたゼロアリエが少女に斬りかかる。
「これでとどめ! っと!」
 ゼロアリエはふらつく少女に「虚」を宿した鎌の一撃を振り下ろした。
 攻撃を受けた少女は、膝をつきゆっくり倒れこんだ。

●四
 戦意は完全になくなったと見たケルベロス達は消えゆく少女の体を見ながら、その中でジョーイが一歩前に歩み出た。
 少女の傍らに膝をつくと、仮面を覗き込むようにジョーイは少女の肩を掴む。
「てめぇら、何が目的なんだ、おい!?」
 少女は何も答えない。
 何となくわかってはいたが、少女の予想通りの態度にジョーイはふうと息をつく。
 敵とはいえ、死にゆく者に乱暴に尋問するのは少々気がそがれる。
(「やっぱ無理かねェ?」)
 頭をがりがりとかいて、苛立ちを隠さない。
 同じく、少女の傍らに膝をつき、少女が何か手がかりを持っていないか調べるレオナール。密書や、月華衆の手がかりを調べるが、少女の体から出てきたのは何もなかった。
 少女の体を調べ終えると、レオナールは静かに両手を合わせる。
 それに合わせるかのように、月華衆の少女の体は光の粒となって消え去っていった。
 鴉は静まった倉庫付近を帰りながら調べたが、人影や残された足取りなどはなかった。少女の亡骸と同じく、情報などは得られなかった。
 しかし月華衆のひとつの暗躍は、ケルベロス達によって未然に防がれた。

作者:狩井テオ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年5月12日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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