アハト・シュヴァイン

作者:真鴨子規

●マッドドラグナー
「くくくくく……ふははははっ……あーっはっはっはー!!」
 暗い、どこかにある研究室で。1人の科学者風の男が、狂気を滲ませる高笑いを続けていた。
「量産された我が愛の結晶、飛行オーク……しかしながら、実験ではこれ以上の性能は出せない。更なる進化のために必要なのは、新たなる因子の取り込みすなわち!」
 科学者風の男――マッドドラグナー・ラグ博士の前には、夥しい数のオークたちが堵列していた。オークたちは例外なく醜悪な笑みを浮かべ、触手が変異したような翼をはためかせていた。
「人間の女を襲い、産ませた子孫を実験体にすることにより! 飛行オークは更なる進化を遂げるだろう!」
 ラグ博士は焦点の定まらない双眼をらんらんと輝かせた。
「さあ飛行オークたちよ! 良質なかわゆーいモルモットたちを採取してくるのだ!」
 オークたちの耳障りな雄叫びが鳴り響き、あまりの轟音に地響きを起こした。
 それはさながら、大地が悲鳴を上げているかのようだった。

●修道女の悲劇
 夕暮れのグラウンドには、早くも肌を露出し始めた女子高生たちの、健全な部活動が繰り広げられていた。教師まで女性だが、特に珍しい話ではない。ここは知る人ぞ知る(あまり知られても困ると思うのだが)全寮制お嬢様学校で、ワンピースタイプの制服には修道女のようにお淑やかな風情があり、周辺学生たちの憧れの的になっていた。
 入学試験の難易度は全国屈指と言われる中で、スポーツにおいても優秀な成績を残す、文武両道を地で行く校風。後々には政界に通じる才女をも多く輩出してきた伝統ある高校である。
 そこへ、獲物の匂いを嗅ぎ付けたオークたちが飛来したのは、或いは必然だったのかも知れない。

●鏡映しの群れ
「飛行オークたちが、今回は女子高生を狙ってやってくるようだ。飛行と言っても、高所からの滑空ができるだけらしいがね。マッドドラグナー・ラグ博士の実験による、忌むべき産物だよ」
 忌むべき、などという言葉を使いながらも、宵闇・きぃ(シャドウエルフのヘリオライダー・en0067)ははどこまでも楽しげに、微笑みを浮かべて語る。
「飛行オークは全部で8体。対処法としては通常のオークと同じでいいが、襲われる前に女性たちを逃がす手が使えないのも同じだ。だからまず諸君は、グラウンドにいる女性を全て守りきり、無事に逃がすことから始めなくてはならない」
 男に関しては避難の必要もないくらいだが、厳格な女子校である今回の標的は基本的に男子禁制、考慮にも値しない。
「オークは、君たちの布陣を見て、まったく同じポジションで戦うようだ。つまり、例えば、君たち8人が全てクラッシャーとなるならば、オークたちもまた8体全てがクラッシャーとなるわけだ。その点を踏まえて、ポジションを決定してくれ」
 オーク1体の力は、ケルベロス1人とほぼ等しいというのが通例だ。拮抗した戦い、鏡合わせの狂騒、もとい競争となるだろう。
「自分と同年代の女性がオークに狙われるというのはしかし、どうにも不愉快な話だね。だが私には、できてせいぜい、君たちを送り届けることくらいだ。その後のことは諸君に任せよう。未来ある少女たちを、悪の手先から守り抜いて欲しい。
 それでは発とうか。この事件の命運は、君たちに握られた!」


参加者
ユウ・イクシス(夜明けの楔・e00134)
ヴィンチェンツォ・ドール(ダブルファング・e01128)
フィルトリア・フィルトレーゼ(傷だらけの復讐者・e03002)
南條・夢姫(朱雀炎舞・e11831)
紅・マオー(コンビニ拳士・e12309)
天宮・燕雀(籠の鶏売りもすれば買いもする・e14796)
ツェツィーリア・リングヴィ(アイスメイデン・e23770)

■リプレイ

●飛来する厄災
 何でもないはずの日常風景に溶け込むには、その数はあまりにも多すぎた。
 グラウンドに集う生徒たちがそのことに気付いたのは、だから当然と言えば当然だった。
 何かが――肉眼で確認するにはまだ遠いが、確実に良くない何かが近づいてきている。
 それが、お世辞にも美しいとは言えないグロテスクな翼を生やしたオークであることに生徒たちが気付いた頃には、グラウンドは騒然となっていた。
 誰に言われるまでもなく、グラウンドの端の方に集まる生徒たち。
 それを品定めするかのように睥睨(へいげい)しながら、8体のオークはグラウンド中央に降り立った。
 最悪の未来を思い描き、後退る生徒たちの傍らで、逆にグラウンドの中心に向けて駆け出す影があった。
「また飛行豚ですか。こんな気持ち悪い生き物、いなくなればいいのに……。また全滅させて、これ以上進化しないようにしましょう」
 学校指定の制服を着た修道女のような格好の女生徒――南條・夢姫(朱雀炎舞・e11831)が嫌悪感を露わに、飛行オークたちの前に立ち塞がった。
「ここは私達に任せて皆さんは学校の外へ避難をお願いします! 大丈夫です、皆さんには指一本触れさせません。冷静に、まとまって移動してください!」
「招かざる不埒者は我らケルベロスがお相手致します。皆様は速やかにこの場を離れて下さいませ」
 夢姫に並び立ち、怯える生徒たちに避難を呼び掛けるのはフィルトリア・フィルトレーゼ(傷だらけの復讐者・e03002)、そしてツェツィーリア・リングヴィ(アイスメイデン・e23770)だった。彼女もまた制服を身に着けている。これまでは、生徒の振りをして紛れ込んでいたのだ。
「皆、落ち着いて校門から外へ! わんこさん、皆をしっかり守ってくれ!」
 バンダナ、花柄マスク、エプロンといった花屋の変装を解き放ち、紅・マオー(コンビニ拳士・e12309)もまたケルベロスとして相対する。そのオルトロス、黒毛の『わんこさん』も、押していた花満載の荷車と共に登場する。
 だが、生徒たちは一箇所にまとまっていた訳ではなかった。ケルベロスから見て、オークたちを挟んだ反対側、グラウンドの外縁に逃げていた生徒が数名、行き場を失い狼狽していた。
 それを目ざとく見付けたオークが2体、逃げ遅れた生徒たちに向かって走り出した。
「させるかっ!」
 無数の刀剣がオークたちに降り注ぎ、行く手を阻む。飛び込んで来たユウ・イクシス(夜明けの楔・e00134)の攻撃であった。
「不快な存在だな、オークと言うのは。うら若き乙女を犠牲にさせるものか。――災難だったな、シニョリータ。だが、もう安心だ。俺達が敵を片付ける、安心してここから離れるんだ」
 生徒たちをグラウンドの外へと促しながら、ヴィンチェンツォ・ドール(ダブルファング・e01128)も姿を現す。同時に、クノーヴレット・メーベルナッハ(知の病・e01052)と天宮・燕雀(籠の鶏売りもすれば買いもする・e14796)も、オーク8体を包囲するようにその行く手を阻んだ。
「今回は少し変わったオークのようですけれど――一般人の方々に手出しはさせません。私達が愉しませ……もとい、倒しきってみせます!」
 隠しきれない好奇心と興奮を溢れさせるように、クノーヴレットが叫ぶ。
 シナモンスティックを1本加え、燕雀は戦闘前とは思えない朗らかな笑みでオークたちを迎えた。
「さてさて、些か口寂しいところですが。それでは始めるとしましょうか、熱く滾る闘争を」
 飛来した厄災を前に、ケルベロスたちの戦いが始まった。

●猛攻
 なぜこのような場所を狙うのか?
 そんな問いに答えは要らない。
 興味はないし意味もない。
 語り部の要らぬ物語は、ここで幕を下ろそう。
 ただそれが、悪夢となり得るが故に――
 ユウは戦地を駆け巡った。
 右手に斬霊刀『結祈奏』、左手に戦闘槍『結明紡』を携えて。
 16の駒が絶え間なく動く戦場の、さらに最前線をひた走った。
「眠れ。永久の世界-ユメ-の中で」
 銀幕に終わりを告げる真白の世界。いつ終わるとも知れぬ夢へと誘う幕引きの『夢幻凍奏』が、オークの膨れあがった腹部を貫いた。
 オークは耳障りな断末魔を上げ消滅していく。
 その隙を狙ったか、別のオークの巨腕がユウを背後から狙った。
「お願いします、シュピール!」
 待ち構えていたかのように割って入ったのは、クノーヴレットのミミック『シュピール』である。シュピールはオークに掴まれ、晴天の空高く投げ飛ばされ――地面に激突。箱を閉じごろごろと転がっていく。
「ありがとう! クノーヴレット、シュピール」
「どういたしましてっ」
 ユウとクノーヴレットは背中を合わせ、次なる猛攻に備えた。まだ多数の敵がいる現状であっても、2人に死角はないようだった。
「不快な存在だな、オークと言うのは。うら若き乙女を犠牲にさせるものか――Numero.2 Tensione Dinamica」
 ヴィンチェンツォの銃に雷光が轟く。ごうごうと地鳴りを上げ煌めく銃口から、白銀に輝く弾丸が放たれる。弾丸はアーチを描き広く展開すると、中衛に位置した敵を纏めて雁字搦めに抑え込んだ。『電界征圧(ステイシス)』はその名の通り、残敵を哀れにも制圧した。
「飛行オークと言えど、こうなってしまってはただの豚だな」
 わんこさんの地獄の瘴気を味方に付け、マオーのドラゴンブレスが敵軍を襲った。瘴気に着火した炎は爆裂し、額面以上の威力を誇示した。
「わんこさん、終わったらローストポークだ」
 わん、とわんこさんが応える。
 オークたちは雁首揃えて嫌そうな声を出した。
「無限に続く幻想。邪まなる竜の力。凍える地にて眠りに付く者よ。不可視の爪にて敵を裂け」
 燕雀の『ヴォイドスクラッチ・偽(レプリカ)』。それは、あくまで力の一端に過ぎないモノだったが。巡り会った虚無渦巻く異世界より出でし不可視の一撃が、電界に捕らわれていたオークの1体を屠り去った。
 まだオークは6体もいる。うち攻撃的な色に瞳を濁らせる個体が、攻撃を終えた燕雀に向けて特攻をかけた。
 旋風巻く双爪の一撃を、フィルトリアが回し蹴りで弾いた。
「自分より弱い者を傷つけ踏みにじる――貴方達のその下衆な行い、断じて許せません」
 守りたい人々のために、守れなかった人のために――。フィルトリアの旋刃脚が敵の攻撃をも巻き込み、渦となって敵に迫った。
 それを、頑丈そうな鎧を身に纏う1体のオークが防いだ。
「――やはり、ディフェンダーが1体交じっていますか」
 攻撃を防がれたフィルトリアは冷静に辺りを見回す。先に倒された2体は、どうやら狙い通りジャマーだったようだ。まだ敵の陣形は崩れていない。気を引き締め直し、フィルトリアは役目を果たすべく防御を仕込む。
「自ら黄昏に染まりし氷華の園へと踏み込む心意気は見事。されど、その代償は如何程に?」
 守りを固めたオークを愉快そうに嘲笑い、ツェツィーリアは舞った。
「招くは白銀に染まりしアザミの庭園。其に供するは紅に染まりて狂い咲く氷結の葬送花――さぁ、舞い踊りましょう。此処は氷の花咲く天の銀嶺!」
 高らかに歌い上げる声がグラウンドに響き渡り、氷雪吹き荒れる幻想的な庭園が現出する。無数の氷柱が極太の針として屹立し、逃げ遅れたオークの1体を串刺しにした。
「殲滅します! 全てを――灼き払いなさい!」
 召喚せしは蒼き獄炎。形作るは不死の鳥。夢姫の『蒼き獄炎の不死鳥・朱雀』――オークとは対照的な、鮮烈にして優美な翼を翻し、炎は氷柱に貫かれた敵を氷ごと蒸発させた。これで、残る敵は――5体。
「今落ちたのは――クラッシャーか。これで敵は攻撃の要を失った。一気に畳み掛けよう!」
 ユウは号令を掛けると共に、結明紡による紫電一閃を奔らせる。ダメージの嵩んでいたディフェンダーのオークはその攻撃を受け止めきれず、脇腹に風穴を開ける羽目になった。
 オークの呻きが漏れる。憎々しげにケルベロスたちを睨むオークの視線を受けて、クノーヴレットは身悶えした。
「はぁ、はぁぁ……♪ そんな目で見られたら……疼いてきてしまいます♪」
 感極まった声を上げ、クノーヴレットは指先を踊らせ、前線に構えていた敵の元へ瞬時に肉薄した。
「うふふ、捕まえました……♪ さぁ、私のこの指で奏でて差し上げますから、素敵な声で歌ってくださいね……♪」
 敵の体力を吸い尽くす『淫蕩なる指先の舞踏(シャルフテンツェリン)』。傷だらけの肉体を指先が弄び、最後のジャマーオークは精根尽き果て、光となって消滅していった。
「あと半分! 残りは――ジャマー2体、メディック2体! さあて、スパートを掛けましょうか!」
 絶えず笑みを零す燕雀が掛け声を上げ、翼から眩い光を解き放つ。戦いは殲滅戦へと移行していた。

●殲滅戦
「醜いものだ、貴様らに渡すものなど何もない――消えろ、堕ちるだけの豚が」
 ヴィンチェンツォがリボルバーのトリガーを引く。撃ち出された弾丸はオークの眉間を捉え、その巨体を消滅させた。
「Addio」
 残る敵は3体――だが、それだけでも取り逃せば一般人の脅威となり得る。
 夢姫は簒奪者の鎌――『Kami-Tamisu:Igarima』に力を込めた。
「オークは全滅させる――必ず!」
 そこへ、オークの爪が迫る。
 夢姫は軽々と跳んで爪の上を行き、これを回避する。そのままぐるりと身体を回転させ、お返しとばかりに鎌を振るった。
 オークはすんでの所で一歩退き、致命傷を避けた。だが傷は深い。ごぼごぼと血が溢れかえる。自らの血を見て興奮したか、オークは雄叫びを上げて夢姫へと突進を仕掛けた。
「貴方の罪、私が断罪します……!」
 そのオークの背後をフィルトリアが取った。『罪を喰らう獣(シン・イーター)』。負の感情を喰らって漆黒の炎と変え、オークを焼き尽くした。
「残りは――2体」
 オークが吠える。その先に控えるのは、マオー。わんこさんの引いていた荷車からゾディアックソードを取り出し、振り下ろされた爪を受け止める。
 花びらが舞う。爪の起こす突風が長大な刃となり、マオーを襲う。
「この力……私にも使わせてもらう」
 風が、止まない。
 風はマオーの身体を覆うように渦を巻き、青い闘気を乗せてオークへと還っていった。
 敵の攻撃を利用して返す『能力採用コネクション』。自らの風に斬り割かれたオークはたたらを踏み、呆気なく膝を突き、崩れていった。
「これで最後だ――」
「攻撃を集中させましょう! 終わらせるんです!」
 クノーヴレットの一声と共に、シュピールがエクトプラズムの武器を顕現させる。
「眠れ――!」
「厄介な敵でしたが――これで!」
 シュピールの攻撃に、ユウと燕雀が併せる。三者の攻撃は残ったオークを三方向から襲い、後方へと弾き飛ばした。
「咲き誇るは凍て付く氷結の華。氷片と散りて零れ落ちるは汝が命の煌き」
 ツェツィーリアが、最後の詩を詠う。
 ぐらつくオークの巨体を回り込み、ブレードライフル『ハティ』をオークの首元へと突きつける。
「これにて終幕――役目を終えた役者は、拍手と共に退場願います」
 放たれる氷結の弾丸。
 オークは一瞬にして全身を凍り付かせた。
 ブレードユニット『スコル』による刺突がとどめとなり、氷塊は粉微塵に砕け散った。
「おや……?」
 最後のオークが消滅するのと同時に。本当に、拍手が巻き起こった。
 固唾を飲んで戦いを見守っていた生徒たちによるものだった。遠くに見える顔は安心と希望に満ちあふれ、平和が守りきられたのだという実感をケルベロスたちにもたらした。
 ツェツィーリアは恭しく一礼し、拍手と歓声に応えたのだった。

作者:真鴨子規 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年5月20日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。