紅散らす剣舞師

作者:雨屋鳥


 青白い光が不気味な紋様を宙に描き出している。
 その光をたなびかせる二尾の巨大な魚はその光に反して鮮やかな赤色で全身を染めている。
「さぁ、マサクゥルサーカス団、オンステージだっ!」
 青白い陣が瞬いてその中心に陰を滲ませる。その影から何かがまろび出た。
 朱銅の体。それを一言で表すならば剣であろう。人を模した胴に腕が四つ。その全ての下腕は剣と化し、脚も刃の潰れた剣の形状を取っていた。
「さあ、良いステージにしようじゃあないか」
 赤錆の浮く、ダモクレスの体を見つめる男の複眼が歪に笑む。
 蛾の翅を背に生やした男は、耳障りな金切り音を響かせるダモクレスに手を振ると夜の闇に溶けていく。
 残ったのは、殺戮だけをプログラムされた錆に侵された人形とそれを見守る怪魚だけ。
 それらは人々が寝静まった住宅街へとゆっくりと歩を進めていく。


「蛾の翅の死神が現れたのです!」
 笹島・ねむ(ウェアライダーのヘリオライダー・en0003)は、集まった面々に状況を端的に説明する。
 とは言っても、その死神を捉えられたわけではない。
 依然として、後手に回っている状態だが起きる事件を看過するわけにもいかない。
 ねむは、事件の概要を語る。
「場所は、小学校の校庭です。近くに住宅街があるので、やっつけるのは校庭が一番安全だと思うのです」
 蛾の死神がサルベージするのは、第二次侵略時以前に撃破されたとされるダモクレス。
 当の死神への接触は、ヘリオンであっても予知時刻には間に合わない。
「でも、ダモクレスが住宅街に行っちゃう前に止めることは出来るのです!」
 ダモクレスは、手足の刀剣を用いた攻撃を、赤い怪魚は、牙と怨念による攻撃、そして自己回復を行うという。
「腕が一杯、四本もあるから、きっと攻撃も一杯してくるのです」
 一振りよりも二振り、二振りよりも四振り。
 避けにくい攻撃を放ってくるだろう。防御も同様に逸らされる事も多いかもしれない。
「校庭は、十分広くて、深夜だから他の人もいないのです。だから戦闘に集中出来ますっ」
 死神によって無理矢理に強化されたダモクレスだ。油断は命取りになる。だが、勝てない相手では決してない。
「こんなサーカス、ねむは絶対に嫌なのです。皆、こんな酷いことは絶対止めてほしいのです!」
 ねむは、溌剌と声をあげた。


参加者
ヴェルナー・ブラウン(オラトリオの鹵獲術士・e00155)
フラッタリー・フラッタラー(絶対平常フラフラさん・e00172)
四之宮・柚木(無知故の幸福・e00389)
リコリス・ラジアータ(錆びた真鍮歯車・e02164)
レティシア・シェムナイル(百花繚乱・e07779)
逆井・鈴都(ドルチェの鈴音・e22382)
クオン・ライアート(緋の巨獣・e24469)
クレンセント・アルバトロス(ヴァルキュリアアーミー・e26594)

■リプレイ


 高いフェンスに囲まれた校庭の真ん中に錆が落ちる。
 青白い光に照らされ、尚も赤茶けて見えるその体を軋ませながら、ダモクレスは四本の剣を広げた。早速の戦闘態勢には理由があった。
 本来、暗闇であるはずの校庭に薄い明りが灯り、人影があった。濃いグラビティ・チェインを秘めた存在。
 地面に電灯式のカンテラを置いた黒髪の女性、四之宮・柚木(無知故の幸福・e00389)は赤い機人の周りを泳ぐ巨魚を見据える。
「またサーカスか……仕事熱心なんだな」
 これまで幾度もサルベージを繰り返してきているのだろう怪魚に彼女が呆れたように言い、戦神への舞を始めると同時に、叫び声が上がる。
「ッガっAAああっ!」
 獣の咆哮に似た雄たけびを上げて、額から地獄を吹き零すフラッタリー・フラッタラー(絶対平常フラフラさん・e00172)がダモクレスに猛然と突進した。
 脳を地獄に侵され、獰猛な光を瞳に爛々と輝かせながら、フラッタリーは体を包むバトルオーラに地獄を纏わせた。
 ダモクレスと死神はそれに素早く対応する。ダモクレスは四本の剣を交差させ受け流す体勢に、一体の死神はダモクレスの攻撃を補助するように退避し、そしてもう一体はダモクレスを庇うような立ち位置へと移動を始めた。
 その動きを見た一瞬、フラッタリーの体が爆音と共に掻き消えた。狂気の中で保っていた理性が狙うべき相手をその瞬間に判断していたのだ。強烈な踏込に進行方向を変えた彼女は拳に狂い獅子の顎を顕現させ、庇おうとした死神の胴を食い破った。
 腹に穴を空け鮮血を撒き散らす死神へと更に、攻撃が重なる。強烈な一撃に空中を旋転する赤い怪魚に炎を纏う竜の幻影が頭上から、地面へと叩きつける。
 ヴェルナー・ブラウン(オラトリオの鹵獲術士・e00155)の放ったドラゴニックミラージュに続いて、クオン・ライアート(緋の巨獣・e24469)がその身を光の矢へと変え、燃える巨魚の体を貫いた。
 鏃のような形状の光は、死神の胴を突き抜けた後、その身を捻った光が両の手に武器を構えた彼女の体を模り、光の翼が再生する。
 ヴァルキュリアと同様に死を司りながら、その存在を異とするもの。それに蔑視を向ける彼女の首を撥ねるように赤錆びた剣が振るわれた。
「……っ」
 その接近を剣閃の走る寸前で察知した彼女が振り向くも遅く、その剣撃は両者の間に突き刺さった鉄骨を両断した。
「私がお相手しましょう」
 廃棄された鉄骨、それを召喚し投じたリコリス・ラジアータ(錆びた真鍮歯車・e02164)が切断された鉄の杭に降り立ち、鉄塊剣を振り上げダモクレスを目掛け飛び降りた。
 二の剣を赤い花が逸らし、三の剣を地獄の炎を吹く鉄塊剣で弾き、四の剣を肩に受けながら、リコリスはダモクレスの敵愾心を煽る様に鉄塊剣の腹を強かに打ち据える。
「こんないかれたサーカスなんてごめんだな」
 吹き飛んだダモクレスへと加わるレティシア・シェムナイル(百花繚乱・e07779)の追撃へ視線を送り、一翼を失っている男性、逆井・鈴都(ドルチェの鈴音・e22382)が言葉を零す。意識を他方へと裂きながらも彼は、味方へと紙兵の守護を施していく。
 鈴都のテレビウム、琴が死神へと手に持ったト音記号型の凶器を振り下ろすのを見て言う。
「被害が出る前にぶっ潰してやろうぜ」
「そうでありますな。自分としても初任務しっかりとこなすとするでありますか」
 鈴都に返したのは褐色の肌に降魔の紋呪を浮かばせるヴァルキュリアの男性だ。クレンセント・アルバトロス(ヴァルキュリアアーミー・e26594)は、その身を光芒へと変え死神へと駆けた。


 レティシアは、死神から放たれた黒い弾丸に穿たれた怨念に激痛を覚えながらも宙を飛んだダモクレスへと肉薄した。
 周りに置かれ、そして、自分も体に装着した光源に微かな感謝を送っていた。学校の校庭、というのは想定していたよりも暗い。ナイター設備の無い場所ならばなおさらだ。
 光を持ち込んだ事で宙を舞う相手の距離感も掴みやすい。
 間合い、その中でも最適な距離に跳び込んだレティシアは、体を捻り強烈な蹴りを放ち赤銅の体を打ち上げた。
「まだ……だヨ」
 彼女は、地に足をつけぬままに剣を構えるダモクレスへと小さく呟くと、爆破スイッチに指をかけ、不可視の爆弾を放り投げた。
 着地と同時に反撃を行おうとしていたダモクレスは、爆風にその着地地点を変更させられる。
「……グァっ」
 死神がフラッタリーへとその鋭い牙を剥いた。彼女は血を啜る死神を振り払うとバトルオーラを立ち上らせて気の弾丸を撃ち放つと後ろへ跳んだ。
 鈴都が、死神の怨念の弾丸に撃たれた味方へと紙兵を飛ばし、その毒を白い人型を身代わりとして、回復させる。
 抉れた死神の胴体は、彼女から奪った力で少しばかりの回復を見せている。そのまま、再度回復を行おうと身を翻そうとした巨魚の体が半透明の縄で縛り付けられた。
「させないよっ」
 ヴェルナーが御業を操り、死神の行動を阻害している。地から伸びる淡く光を放つ縄に縛られる赤い巨魚に、更に柚木が地縛の御業を重ねる。
 その死神の胴体へと、地獄の炎を纏った槍が突き放たれた。クオンの放った槍に死神は中空でよろめき、ヴァルキュリアブラストと化し、突撃したクレンセントがその身を穿った。
 貫く程の威力では無かったが、死神は確実に消耗している。
 そこへ、爆風に吹き飛んだダモクレスが降り立った。レティシアの爆炎を剣の腹で受け流していたダモクレスは爆風の追撃をいなし、その本領を封じていた。
 刃の足で地面を斬り飛ばしながら、ダモクレスは駆けた。
 四肢の根元を裂く様にクレンセントを薙ぎ払い、柚木に刺突を放つと、その攻撃を追う様に死神がクオンに噛み付き生命力を奪っていった。
「あまり動かないデ」
 レティシアとリコリスが、弾き出されたにも拘らず攻撃を繰り出すダモクレスへと攻撃を放つ。
 剣閃とリコリスの鉄塊や召喚する砲弾が無数の火花を瞬かせ、その攻防にレティシアが炎と氷の遠隔攻撃で補助するが、作戦の為に自由にさせている後方の死神の行動も合わせ明らかに不利な状況だ。
 それを、二人の様子から感じ取ったヴェルナーは目の前の敵を可能な限り素早く打ち倒す方法を考えていた。
「……地を満たす光彩よ」
 ヴェルナーは、自らの魔力を解放させる。その瞬間、誰もが瞬きをしたのだと錯覚するほどの一瞬。地球上から光が消え失せた。
 直後、体を抉られた死神を襲ったのはビスマス鉱石を思わせる七色の光の無軌道な交差だった。文字通り地球中から集められた膨大な光は轟雷の鐘を伴ってその赤い体を千々に吹き飛ばした。


 虹の閃光に照らされて赤い錆が金色に光を跳ね返した。
「……っ」
 どこかの廃棄場から引きずり出した錆びた鉄腕ごと斬り飛ばされたリコリスは、螺旋の氷塊がダモクレスを閉じ込めたその隙に、間合いを取った。
「しつこイ……」
 レティシアの生み出した氷塊にひびが入る。ダモクレスには螺旋の力を秘めた氷礫であっても、数秒を稼ぐばかりだった。
「神kuダァっ!」
 ダモクレスが氷の中から転がり出る、その前に、咆哮。暴れる獣の顎が氷塊を中のダモクレスごと破砕した。
「……潰します」
 狂乱に歪むフラッタリーの口から芯だけが落ち着いた声が漏れる。
 無防備に吹き飛ばされたダモクレスを追い、クオンが走る。
 その進行を阻む様に黒球が降る。残る死神が放ったその怨念の弾丸にレティシアのテレビウムが飛び込んで、その被害を肩代わりした。
 攻撃を庇ってきた傷に体を薄れさせるミツタダさんのフードをすれ違いざま軽く撫でてクオンは、着地し踏み込んできたダモクレスに鉄塊剣を叩き付けた。だが、それは蹴り上げた刃に弾かれる。
「く……ッ流石、だな」
 四つの腕に、二本の脚。全てに刃を持つ攻撃をどうにか躱しながら賞賛を送り、右手の淡く光る三叉槍を握りしめる。
「だが……その魂、在るべき場所へっ」
 力ある魂を冥府へと還す道返の一閃。剣戟の隙間を縫う刺突にダモクレスは僅かに身を反らし急所を外して、刃を翻した。
 彼女は、振るわれる赤線に鉄塊剣を盾に、距離を取る。
「続くであります」
 クオンの攻撃を追って、クレンセントが身を低く弾丸のように飛び出した。剣閃の間を掻い潜ったクレンセントは両の手に握った斬霊刀をその体に刻まれた傷へと走らせる。
「威圧感がすごいな、まるで戦車みたいだ」
「すまない、回復の補助を」
 ダモクレスの圧力に苦い笑いを浮かべる柚木に鈴都が声をかける。鈴都がリコリスへとオーラによる回復を行い、柚木が鈴都に従い戦巫女として舞い、加護と共に治癒を施す。
「ありがとうございます」
「いや、こっちこそ」
 バトルオーラに包まれていたリコリスが謝辞を述べると、鈴都はぶっきらぼうに返す。だが、そこには盾としての役割を全うしている彼女への感謝が滲んでいた。
「流石にタフでありますな……」
 呟く言葉に、クレンセントは、ですが、と心中で否定した。
 消耗をしている、彼の眼にはそう見えたのだ。
 赤い花を咲かす蔦がその掌を広げて、ダモクレスへと襲い掛かった。リコリスの放った攻性植物がダモクレスの体を抑え込みにかかったのだ。
 同タイミングで、ヴェルナーが禁縄禁縛呪を放ちその拘束を強め、フラッタリーの放った気咬弾が死神へと食らいつく。
 体中に拘束を残しながらそれらを斬り飛ばしたダモクレスは、赤銅の体をひしゃげさせ、縄と蔦に腕を一つもぎ取られながらも残る手足を縦横無尽に振るい、鋼鉄でさえ散り散りにするような剣舞。
「……っ!」
 猛攻に近くにいたケルベロス達が薙ぎ払われる。
 だが、無理な駆動が仇になったのか、剣舞師の名足る要であった脚部の刃が唐突に折り砕かれた。
 体に纏う縛縄に、攻撃から身を逸らす事も出来ない。
「今、ここっ」
 レティシアがエアシューズから炎撃を撃ち放ち、クオンが地獄を滾らせた鉄塊剣を猛烈な勢いと共に叩き付ける。
 熱に焼かれ、衝撃に剣を折られたダモクレスは、急速に体の錆を深め地面に倒れる。全身を脆く酸化させたダモクレスは伏した衝撃に粉々に砕けて散った。


 ダモクレスの撃破。
 この作戦の主目的はここからと言ってもいい。
 残った死神。赤い怪魚の動きにケルベロス達は注視する。
 迎え入れる対象を失った蛾の男の手勢であるこの死神が、逃亡する先。それを追う事で大本である蛾の男へと繋がる糸口を掴めるのではないか。
 その考えの元、攻撃の手を緩めたケルベロス達が見たのは、死神がその身をどこかへと泳がせる姿ではなく、その場で悠然と宙返りをする怪魚の姿だった。
「……?」
 さてどこへ、とその動きを見ていたクレンセントは、僅かに空間のグラビティが揺らぐのを感じた。
 それに疑問を浮かべた次の瞬間、微かに赤い怪魚が燐光を放ち始め、泳いだ軌跡に青白い光が浮かび上がる。
 ヘリオライダーの予知で聞いた事が幾度とある。死神が死者を浮かび上がらせる時、青白い光が陣を描くと。
「……そういうことでありますかっ」
 ヘリオライダーは逃亡の可能性を示唆していたが、その方法までは知ることが出来ないでいた。
 どこからともなく現れる死神。目的を失い退避する方法が、現れる手順と同じである可能性は高かったのだ。
 クレンセントは駈け出した。身を屈め、納刀した斬霊刀に手をかけて、光を強める死神へと抜刀した。
 閃くは紅色の雷光。それに続いてケルベロス達が攻撃を放つが、それらで死神の体力を削り切る事は出来なかった。
 中空へと水面から跳ねる鯨のように踊りでた死神は、陣の光の中へと飛び込み、青白い波紋と光の飛沫を残して消え去ってしまった。
 口惜しさの残る静寂の中、それでも得た情報はあった。死神の巨魚が道を開く直前に感じたグラビティの波立ち。
 元々、少しの時間差により接触できなかった相手だ。その予知を少しでも早める情報があるのであれば、それは足掛かりとなるかもしれない。
 彼らは戦闘後の安堵の中、柚木の先導により掘り起こされた地面の整地を始めた。

作者:雨屋鳥 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年5月9日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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