陽を忘るるもの

作者:深水つぐら

●あかねさす
 夕闇に抗う空を背に、女は呆然と立ち尽くしていた。
 頬へ仄かに差した紅に心の高揚が見えるも、それが喜ばしい事ではないのは心臓に刺さる鍵が示している。
 それが、夢であればよかった。
 愛しいあの人の為に、自分は奔走していたというのに、どうしてこんな目に遭うのだろう。
 弛緩した手から落ちた大量の紙が、花の様に広がる。印字されたデザインには彼女の名ではなく、男の名前が記されている。
 私はただ愛する彼の役に立ちたかったのにーー。
 引き抜いた巨大な鍵を振り払い、陽影の名を持つ夢喰いは眉根を寄せる。
「あんたの愛って、気持ち悪くて壊したくなるわ。でも、触るのも嫌だから、自分で壊してしまいなさい」
 言葉は鍵だ。
 解き放たれた音の後で女の体が崩れ落ちると、傍らに現れたのは一人のドリームイーター――胸にモザイクを負った美しい髪の人影は、纏うドレスを翻す。
 それは魚の尾の様に長く長く。
「……愛シテイルワ、アナタ。ダカラ憎イ」
 ――あなたが私を愛していないとわかっているから。
 夜の帳が降り始めた街に、夢喰いの異形は溶け込んでいった。

●君が袖振る
 見返りの無い無償の愛。
 泡沫に似た感情を注ぐ人々が、ドリームイーターに愛を奪われる事件が起こって大分経つ。
 それ故に、ギュスターヴ・ドイズ(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0112)は見えた予知が、ドリームイーター『陽影』の仕業なのだと、すぐに判断が付いたという。
「かのドリームイーターの話は、君らも話を聞いた事があるだろう。彼女がまた、奪った愛を元にしてドリームイーターを生み出した」
 それは一人の女――このドリームイーターが事件を起こそうとしている。愛を奪われる被害者を、これ以上増やさない為にも倒してしまわなければならない。
「ドリームイーターを倒せば、愛を奪われてしまった者も目を覚ます。遠慮はいらん、全力でいってこい」
 物騒な物言いをしたギュスターヴは、にやりと笑うと手にした手帳に爪を掛ける。器用に捲った所で読み上げたのは、今戦の情報だ。
「ドリームイーターが狙うのは、夢の主となった女性が愛した人物だ。彼の帰宅を狙って襲撃するらしい」
 狙われる男性と夢の主はデザイナーで、上司と部下の関係であるという。彼は女性が好意を寄せているのをいい事に、彼女のデザインを自分のデザインとして発表していたらしい。もちろん、男性は女性に好意はなく、それを理解しながらも、彼女はずっと慕い続けて動いていたという。
 人の色恋は千差万別、口を挟むのは野暮ではあるが――。
 ギュスターヴはそう告げると、話を先へ進めていく。
 相手の武器は自身のモザイクから生み出す力であり、遠近の使い分けが付くようだ。襲撃場所とされるのは、夕闇の迫る路地だという。アパートの立ち並ぶそこは、未帰宅の家が多く明かりも灯っていない。だが、まだ日没前である事と、周囲に街灯が多いお陰で光源の心配はない。
 状況的に気にするならば、ドリームイーターがアパートの屋上から飛び降りて襲撃をしてくるという事だろうか。
「何もしなければ先手は向こうが打つだろう。だが、襲撃するアパートの屋上は判明している。どう使うかの判断は任せよう」
 戦場は屋上か、道か。
 いずれを選択して、その上で叩き潰すには何が必要か。
 選択するのはケルベロスである。そこまで告げたところで、ギュスターヴは自身の手帳を閉じると目を伏せた。
「……言い忘れていた。夢の主の名は緑。新緑が芽吹く時に無くすのは惜しい女性だ」
 春が穏やかに過ぎようとしている。そこから芽吹くには、陽の光が必要なのだ。
「君らは希望だ。よろしく頼む」
 黒龍が告げると、窓辺からの陽光が黒肌を撫でた。


参加者
鬼屋敷・ハクア(雪やこんこ・e00632)
春日・いぶき(遊具箱・e00678)
サルヴァトーレ・ドール(赤い月と嗤う夜・e01206)
アルルカン・ハーレクイン(道化騎士・e07000)
アニー・ヘイズフォッグ(動物擬き・e14507)
兎塚・月子(蜘蛛火・e19505)
ウェイン・デッカード(鋼鉄殲機・e22756)

■リプレイ

●帳の裾
 踏み締める影には小さな耳が付いていた。
 ずれ落ちるパーカーを余所に、アニー・ヘイズフォッグ(動物擬き・e14507)はポケットから飛び出たハンカチを入れ直してやる。その様に共に路地裏で身を潜めていた鬼屋敷・ハクア(雪やこんこ・e00632)が笑みを浮かべたが、不意に湧いた足元の違和感に振り返った。
 見れば、ハクアの相棒であるボクスドラゴンのドラゴンくんが心配そうに巻いた尻尾を寄せている。その耳に大丈夫だよ、と言葉を投げれば相手は安堵した様に喉を鳴らした。
 彼女達の位置からは件のアパートが見てる。屋上の詳しい様子はわからないが、襲撃者があればすぐにわかる位置取りだ。
 アパートの目下――路地に待機する春日・いぶき(遊具箱・e00678)は、辺りへ視線を投げながら、先程の記憶を手繰り寄せていた。
 被害者の避難誘導としてキープアウトテープの準備は万端だ。各々が適切な配置を心掛けたお陰で心配はないだろう。
 それなのに胸が騒ぐのは何故だろうか。
 そんな胸中を知らず、隣で佇むガイスト・リントヴルム(宵藍・e00822)は陣笠に触れると、現場をねめつけていた。傾き始めた陽の影に薄らと渦巻く者――今回のドリームイーターの奥に潜む者についてガイストは考えを馳せる。
(「早う元凶を見つけるなり、何か手掛かりを得られれば良いのだが」)
 そのガイストの想いは思わぬ形で縁となったが、それは別の話だ。
 ドラゴニアンが思考を巡らせる傍らで、サルヴァトーレ・ドール(赤い月と嗤う夜・e01206)もまた思案する。
(「シニョリーナの愛を、言うに事欠いて気持ち悪いとは悲しい話だな」)
 誰かに捧げる無償の愛。献身的な想いは尊いと思う。だが、自分以外の感情はどこまでも自由な故か、時として共感できない者もいるだろう。主張は自由だが、それが人を傷つけるのならば許す訳にはいかない。
 その源の感情に疑問を持っていたのはウェイン・デッカード(鋼鉄殲機・e22756)だった。
(「愛……」)
 彼の心中に浮かんだものに関心はあるが、その正体は掴めてはいなかった。今回の敵も以前対峙した敵と同じドリームイーターの手の者らしいが、その行動原理は理解しがたい。
「……相容れないかな、やっぱり」
 呟いたウェインは、季節外れのマフラーで首元を隠す。適温な布の温もりを鼻頭で愛でると、不思議と胸元が落ち着いた。
 そんな仲間の様をベランダから見ていた兎塚・月子(蜘蛛火・e19505)は、手にしたこども煙管を遊ばせると、かちりと口に咥えて甘噛みする。
 今だ路地には騒乱の兆しも見えない。それでも凶事の種を思えば眉根が寄る。夢喰いを生んだ女性の力を利用した『男』――今どき珍しい男女の話ではないと思うが、それ故に痛ましい。
「……ッたく、これじゃ『誰が誰の夢を喰らった』ンだか分かったもんじゃない」
 かちりと煙管の吸い口を啄むと、自身の甘い唾液が溶けた。
 その頬に落ちる陽が、桃色を帯びて路地に落ちる。
 そうして、アルルカン・ハーレクイン(道化騎士・e07000)の唇が小さく開いた。
「来た」
 対角線上に位置した彼の紫瞳が望むのは、被害者が来ると言う路地――その方向から足音がしたのだ。現れた男が荷物を抱えて進む様を確認すると、薄い緊張感が走る。
 それぞれが互いの様子を確認するその前に。
 影が飛んだ。
 ぱた、と風に布が鳴る。
 誰もがその正体を悟り、とっさに地面を蹴った瞬間、視界を美しい赤が埋めた。
 初手の狂撃を許したのは間違いであった。
 長く長く美しいドレスを従えた女は、一目散に男へと一閃を振うと、巨大なモザイクで彼の上半身を飲み込んだのだ。侵食する力に男が膝を付けば悲鳴が上がる。
「ヒィイイイイ! やめろ、緑ィいいい!」
 夢を、見ているのだろうか。深い深い、傷を彫る様な悲鳴。
 自身の体を這うモザイクを必死になって引き剥がそうする男の前へ、ケルベロス達は慌てて駆け付けると襲撃者との間に壁を作る。
「ちぃとばっかしミスったかね……」
 月子の言葉にドリームイーターは道化の様に小首を傾げた。

●閃光
 『何もしなければ先手を取られる』――それがヘリオライダーの伝えた言葉だった。
 事前の配慮で被害者の意図的な誘導と不要な迷い人の介入は免れた。しかし、庇う者がいなければ、先手の攻撃は当然、被害者へ命中する。何も知らぬ彼を囮ともいえる形で使うのならば、護衛を得意とする配置の者がフォローする責務を担うべきであったろう。それ以外の者が気を付けても、飛び出し場所の工夫がない限り先手を取れる敵へ対応するのは難しかったのだ。
「うがぁあああ!!!」
「僕に任せて、彼女の相手を!」
 いぶきは鋭く叫ぶと自身の指先を刃で浅く裂いた。もがく男の頬に手を添えて、血を与えてやれば見る間にモザイクが溶けていく。それでも虚ろに震える様を見て、サキュバスは内心舌打ちした。
(「男を見る目が無い彼女にも非はあるのでしょうが……」)
 それ故に、程々に怖い思いでもすればいい。貴方も人を使ったんです。使われても、文句は言えませんよね――もちろん、使うからには護るとも思っていた。けれども、被弾した相手を前にしては、ほんの少しの棘を悔やむ。
 同じ様に男へ避難を呼びかけようとしていたハクアだったが、男の容体を見て撤退は厳しそうだと悟った。喰らい付かれたモザイクはいぶきの癒しで消えているが問題は意識だろうか。一般人がグラビティを浴びたのだから、その負担が重い事は当然ではある。
 彼女もまた少なからず、男に良い感情は抱いていなかったものの、それでも救いの手を出すのは人の情と共に訳があった。
(「この人が死んでしまったら、緑さんが今まで抱いてきた好意も全て失ってしまうもの……」)
 だから、取りこぼす訳にはいかない。
 男に自分達がケルベロスである事を告げ、ドラゴンくんに護衛を任せた所で、視界の端に焔が見えた。
 それはひとつ、ふたつと増えながら、青白い炎を零していく。
 幻想の彼岸を渡る狐道化が焔をひたり。
「燃えつくばかり、枯れ尾花」
 言霊に業火が燃えた。
 アルルカンの放った火に煽られ、ドリームイーターが悲鳴を上げる。その様から視線を外し、後方へ一瞥を投げた彼は、見えた男の垂れ頭に唇を舐めた。
「悪人だからといって殺されて良い理由にはなりませんからねぇ……」
 男の犯したのは『偽り』の罪。それをどう生きて償うか過程はわからない。その為には夢喰いの凶行を許す訳にはいかないのだ。
 負けじと飛んだ敵のモザイクを避けると、アニーは地面を滑りながら着地する。
 その足がととんとリズムを刻むと、大地を駆けていく。
 刹那、ドリームイーターの脇をすり抜けた。
「ふふ、当たっちゃった」
 明るい声と共に閃いた銀線は、かの体を切り裂いていく。悲鳴と斬られた髪が舞う中で、不意にアニーの顔色が変わった。
「泣いてる?」
 それは怪我をした嘆きなのだと割り切るには、少し甘く切ない音。
 感情を解する事が苦手だという彼女が僅かに拾えた変化――その僅かな揺らぎを、ウェインもまた気が付いていた。
 違和感を抱いたまま、流星の煌めきと重力を宿した蹴りを放つと、すぐに乱れた自身の体勢を立て直す。振り返って見据えたその先には、みだれ髪の間から覗く一筋の光が見えた。
 事件を起す者がなぜ泣くのか。
 痛みに震えたか、被弾に憤ったか。通常ならば見て取れる色はなく、ただ異質な情が見えている。
 元より、ウェインは『何故件のドリームイーターが今回の事件を起こすのか』をいまいち理解していなかった。それは決して理解力不足という訳ではなく、根本となった『感情』を読み解けないだけだ。
 この事は他の心を得たばかりのレプリカントが抱く問題かもしれない。
 人々の根本にある感情――その欠片を拾い、咀嚼し、生まれた感情を宝石の様に眺めて想う。
 事に、物想うレプリカント達の心は幼い子供の様だった。
 ものを思う対象はものごとだけでは無い。その『者』を思うからこそ花開く感情である。多彩に広がる感情の波を渡る道標、それが己という心なのだろうか。
 その心の広がる先に愛があるというのならば、愛憎で生まれたかのドリームイーターは慈しむべきなのかもしれない。
 思考がそこまで踊るとウェインは一度瞬きをした。
「眩しいな」
 陽が傾き始めている。
 桃色が燃える様な赤へ変われば、緩い光が過熱に輝いていく。
 宝石の様な赤を持つドリームイーターのドレスへ、鋼鉄殲機はリボルバー銃を構えると引き金へと指を掛けた。
 己は攻撃に寄って止める事しかできないが、それが確かな一歩を誰かに進ませると信じるのだ。

●溺るる
 魚の様にドレスの尾が舞った。
 その切れ端から飛び立つモザイクの衝撃を、月子は一度甘んじて受けるも、すぐに振り払って得物を構える。
「さァ数撃って当ててみい!」
 一喝と共に彼女の手から解き放たれた無数の木の葉が、燕の如く舞い渡る。あれ、という間に前衛に似た姿へ変化した分身に、ドリームイーターのモザイクが飛んだ。
 それはガイスト――否、彼の姿をした分身を貫いて、本体の肩を掠めていく。
 痛みは軽い。鮮血が少々散ったが、龍の武人を討つには遠い。宵藍は金眼に光を走らせると、輝龍の産声を上げさせる。
「――推して参る」
 無龍『夜行』。朗々たる月の昇りを象る様に、解き放たれた翔龍が喉笛に喰らい付けば、女の体がくの字に折れた。
 乱れていく。髪も、服も、その肌も。
 指先に至る血の滴りに、サルヴァトーレの口元が自嘲気に緩んだ。
 ――ドリームイーターと分かっていても、シニョリーナを攻撃するのは心苦しいな。
 伊達男のフェミニズムは争う心を削るが、それ以上に『彼女』へ広がる痛みの方が彼を動かしていた。手にしたゾディアックソードの刃に陽の輝きを反射させ、サルヴァトーレは眩しげにドリームイーターを見つめた。
「シニョリーナ、君の想いは憎む程に大きな気持ちだったんだろうさ。しかし大切な気持ちだ。壊すもんじゃないぜ」
 壊す。その言葉にドリームイーターが振り向いた。
 途端、僅かに靡いた髪が女の口元を露わにする。赤く赤くつやめいた唇は、もの言いたげに戦慄いている。
 その揺らぎが、愛おしかった。
「そうだ。もっと温かくて大事なもんだろう、それは」
 その言葉に女のドレスが揺れる。赤く伸びる裾はシチリア島に住むと言う赤い人魚の尾鰭に似ていた。
 男と女の愛の裏に、ちらつく様な憎しみがあるのは知っている。だからこそ恋だ愛だと溺れる時は離れ、惑うのだ。しかし、いつかは決着をつけねばならない。そのひとつとしてサルヴァトーレは刃を握った。
「Addio.」
 その得物が導いたのは、冷気を纏う嘆きの川――裏切り者と罵る様な踊る水の暴虐は、ドリームイーターに片膝を付かせていく。そこへ追い打ちとばかりにアニーの紡ぐ『殲剣の理』が解き放たれるも、不意に叫び声が上がった。
 狂った様にあがる声の後に生み出されたのは、無数のモザイク達だった。今までとは比べ物にならない程に巨大な物が、レプリカントの身を飲み込んでいく。
「かっ……は……」
 貼り付き蝕む斑の激流に、アニーは一瞬意識を手放しそうになる。けれども、それを引き戻したのはサキュバスの手だ。いぶきの掌がレプリカントの肌を素早く踊ると、癒しの力が渡っていく。
「まだやる事がある筈です」
「……ありがとうっ……」
 そんな二人を守る様に、ハクアのボクスドラゴンが灰の焔を解き放っていた。その炎を割る様に、ハクアの惨殺ナイフが閃いていく。
「キミには何が見える? 哀れな恋の病を患ったお姫様の姿?」
 斬撃に伴われた白き娘の問いに、ドリームイーターの手が空を掻いた。それは無い物ねだりをする様な本の中に居た魔女の様――あれは人の『憎しみ』を体現した姿なのだろうか。
 愛憎の表裏の瞬間は誰にもわからない。ただ確実なのは愛したという事実。
 それを傷と言うにはあまりに悲しい。
「終わりです」
 最後の瞬間を見定めたアルルカンが、静かに歩を詰める。
 道化の身が穏やかに戦場を渡り、取るに足らないドリームイーターを一閃する。
 悲鳴は何も聞こえなかった。

●夕焼け
 足元に溶けた女の残影は妙に冷たい気がした。
 アルルカンが獲物を振り払った所で盛大に息を吐いたのは月子だ。
「は~、術ばっか遣うてくたびれたわ」
「月子は難儀であったな」
 とんとんと肩を叩く彼女に労いの言葉をかけたガイストは、自身の懐から愛用の煙管を取り出すと、唇を舐り吸い口を噛んだ。そんな彼らを余所に、サルヴァトーレは足元の埃を払うと、ふと被害者の男へ視線を向けた。
 ケルベロス達が自身の傷を確認する中、ひとり震えていた男は、何やらぶつぶつと呟いている。そんな姿にいぶきは手当てを施した後に溜息を吐く。
(「不運ですよね。こんな上司にも夢喰いにも利用されるなんて」)
 事件の元になったドリームイータの宿主――緑の不運を思えば、小言を零してやりたいところだが、この状態からするともう必要はないだろう。もはや、抜け殻の様になった男を尻目に、アニーは散らばった男の持ち物を拾っていく。
 様々なデザイン画の入った紙を拾い上げていく中に、ふと小さな『M&』というささやかな文字が目に入る。
 それはとても柔らかくて優しい手書きの文字だった。小首を傾げる彼女を、一緒に荷物を拾っていたハクアがひょっこりと覗き込んでくる。
「緑さんのイニシャル、かな」
 胸躍る様な愛らしい文字は、アニーの憧れる動物達の素直さの様に眩しく見えた。思わず指で撫でると、暖かな筆の導きが心地よくてふと笑顔が漏れる。これを生み出したのは緑――好きだと言う気持ちが生んだ文字達は、キャンディーの様に色鮮やかに思える。
 その像に、レプリカントは思わず言葉を零した。
「愛って良く分らないけど、とても大切な事なんだと思う」
 紙を爪で書けば、かりりと小さな音がした。
 欠片を取る様な仕草にウェインがそうか、と呟いていく。
 ふと、空を見上げれば、その顔が美しい夕焼けに彩られようとしていた。
 もう中天の方は濃い藍に変わり、色変りが賑やかになっている。傾き始めの桃から燃える様な赤へ――時間を追う毎に色を変える姿は愛への移り変わりに似ている。
「しられじな 夕べの雲を それとだに いわで思いの 下に消えなば……」
 歌を口にした月子の口元から、ひょろりと地獄の焔が漏れる。
 誰かを想う事、それにはエネルギーがいる。
 想いのままに走り、踊り、泣き、退いて、離れ、忘れ、また想う。繰り返される感情の煌めきは眩しく尊い。
 その輝きを忘れたならば、こうした憎しみへと変わるのだろうか。
 薄く靡いた夕焼け空に、夜の帳が落ちていく。もうすぐ陽が眠るのだ。

作者:深水つぐら 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年5月20日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 0
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