黒衣の戦士

作者:baron

 日が沈むにつれ、山の向こうから闇夜の領域が広がって行く。
 最初は人の行帰が残って居ても、時間が深夜にさしかかれば、もう誰も通らなくなる。
「今日も佳い夜だね。我ら『マサクゥルサーカス団』のステージに相応しいっ♪」
 街灯の向こうから、蛾の羽を生やし愉快そうな笑顔を張りつけたナニカが、タップダンスでも踊りそうな調子で歩いて来る。
 周囲には空を泳ぐ魚がおり、いかにもな怪しさを備えていた。
「それでは君達、後は頼んだよ。君達が新入りを連れて来たら、パーっと愉しい事を色々とを始めようね!」
 ポーン!
 軽く手拍子打つと、周囲に怪しく光る怪魚が群がり始める。
 最初は一匹だったのに、二匹、三匹と増えて行った。陰鬱な気配と青白い光を棚引かせる姿は、気味が悪いという他あるまい。
 まして2mものサイズがあり、空を浮かんでいるとあっては、まともな生物には見るはずもないではないか。
「あらら、あんまり原型が残ってないねぇ。んじゃ、キミたち、使えるようにしてくれたまえよ」
 怪魚たちは、群がる中から三体ほど進み出て、町の一角を目指し始める。
 そこはかつて、とあるデウスエクスが倒された場所であった。
『ワレ、黄泉、カ、エ、……オおぉ雄!』
 失われたナニカの肉体を、魂を元にグラビティが再構築し始める。
 怪魚が周囲を泳ぎ回り、青白い光がまるで魔法陣の様に機能し出すと、その勢いは加速度を増して行った。
 最初に突きあげた拳、そして暗黒の鎧と、徐々にかつての姿を取り戻して行った。
 だが、その目には狂気。理性など見えなかったのである。


「蛾のような姿をした死神の話を知っている方もおられるかもしれません。今回はその事件の1つなのですが、どうやら、この死神は第二次侵略期以前に死亡したデウスエクスをサルベージする作戦の指揮を執っているようです」
 セリカ・リュミエールが地図を片手に説明を始めた。
「彼は配下である魚型の死神を放って変異強化とサルベージを行わせ、死んだデウスエクスを死神の勢力に取り込もうとしています。こうすることで戦力を増やそうとしているのでしょうが、これを見逃すことは出来ません」
 敵の戦力が増えるのを見過ごす手は無いし、仮にいまは行わずともいつか虐殺をしかねないので放置などできないだろう。
 それを防ぐため、奴らの出現ポイントに急いで向かって欲しいとのことである。
「蘇らされた対象は、黒い鎧のエインヘリアルです。特に武器はおそらく、バトルオーラでしょうか。それと怪魚型死神が三体ほど周囲に浮遊し、一斉に襲いかかって来ます」
 戦力を説明したところで、セリカは一度、解説を中断した。
 そして全員が理解した段階で、改めて続きを話し始める。
「変異強化されていますが、知性は失われています。周囲にいる死神も頭は回らないようですね」
 噛みついてきたり怨霊を放ってくるが、基本的には目の前の敵のみを襲うらしい。
 さすがに挑発的に動けば別かもしれないが、治療役などに向けて回り込んだりするような知性はないらしい。
「既に人は居ない時間ですし、周囲には気を使う必要はありません。どうか死したデウスエクスを復活させ、更なる悪事を働かせようとする死神の計略を防いでください」
 セリカはそういうと地図や資料を参加の意思を見せたメンバーに渡し、出発の準備に向かったのである。


参加者
ベルカント・ロンド(リザレクター・e02171)
伊上・流(虚構・e03819)
ロウガ・ジェラフィード(戦天使・e04854)
イスクヴァ・ランドグリーズ(楯を壊すもの・e09599)
レオン・ヴァーミリオン(リッパーリーパー・e19411)
グレイシア・ヴァーミリオン(夜闇の音色・e24932)
セレネ・ヒューベリオン(月下に舞う銀焔の姫騎士・e25481)
エオス・ヒューベリオン(暁を讃える煌刃の舞刀家・e25535)

■リプレイ


「おっ、来た来た」
 腰にLEDランタンを下げていたグレイシア・ヴァーミリオン(夜闇の音色・e24932)は、敵の到来を確認した。
 遠目に怪魚……死神の放つ不気味な燐光が、ゆらりと空を泳いでいるのが見える。
「最近のサーカスって魚が空を飛んだりもするの? すっごいねぇ……」
「むしろイリュージョンと呼ばれる現代奇術の方がありえそうですけどね」
 妙な歓心を覚えるグレイシアに、のほほんとベルカント・ロンド(リザレクター・e02171)は応じた。
「えっ、本当にできるの?」
「大丈夫ですよ。そうですね……飛び魚の画像と本物を巧みに入れ替えれば似たような物が再現できるかと」
 きょうだい達に教えてあげなきゃと目を輝かせるグレイシアに、根拠も無くベルカントは頷いた。
 パパっと想像したけれど、検証してないので適当である。
 いずれにせよ戦いは間もなくであり、議論している時間などないのだから。
「そしてあちらがエインヘリアルですか。黒衣の戦士のかつての姿、気になりますが……今となっては分かることではありませんね」
 ベルカントは徐々に接近する敵の中、一体だけ、人の姿を持つ者に目を向けた。
 漆黒のオーラで覆い尽くす敵は、まるで黒衣の戦士だ。
 いや、鎧もまたそんな色合いなのだろう。ところどころ見え隠れする金属光も、鈍く照り返していた。
『響け、玲瓏たる月の囁き』
 一同に先駆けて、ベルカントは朗々たる戦慄で言葉を唄い上げる。
 夜の闇に月の光が差し込むように、仲間達の道をその歌が導き始めた。
「エインヘリアルに死神か……日常に害為す異端なる存在―特に、神の名を冠する存在は徹底的に滅する」
「例え神敵と言えど、死すれば安らかな眠りにつかせるべきだ」
 淡々と呟く伊上・流(虚構・e03819)に、ピクンと眉を跳ねあげながらロウガ・ジェラフィード(戦天使・e04854)は静かに頷いた。
 お互いの言葉に少しだけ含む所があるが、いまこの場で争うほどでもない。
 ほぼ同時に膝を落し、腰に手を掛けて疾走し始めた。

 二人は僅かな差の後で、共に抜刀し、左右に別れて進撃というべきペースに移行。
 一人は輝く数式を展開しながら奔り、一人は呼びだした六色の不死鳥で虹の如き模様を描きながら駆ける。
「煌めけ!! 覚悟を宿した略奪の光、奪い去る者<ザ・ロバー>!!」
 まずはロウガが足を止め、牽制とばかりに左手で抜いたライフルより凍結光線を放った。
「貴様の持つ情報は俺の渇望を……潤し、満たしてくれるだろうか? いずれにせよ『情報を啖い、潤す…この渇望を満たせて貰うぞ』戦いの果てに」
 流はそのまま飛び出し、鋭い斬撃を浴びせた後にクルリとターンを掛けつつ、周囲にある数式を腕に集約させた。
 数式は黒い液体に転じ、やがて刀身を黒く染め上げ紅いオーラを迸らせる。
 そこへ遅れて飛びこんで来たロウガが、不死鳥が放つ六色の輝きを剣に束ねながら斬りつけて行った。
『闘いの蒼、優雅なる紅―愛欲の紫…王者の黒、無垢なる純白……気高き黄金!! 受けよ!気高き生命の剣戟を!!』
「貴様達の持つ概念情報。その情報を全て啖らい、鹵獲し尽してやろう」
 二つの虹色が、ここに交錯する!
 ロウガの放った七つの斬撃は虹色に煌めき、流の突き刺した黒剣は敵から奪い去った情報で虹色の宝玉を輝かせた!
 ここに闘いの狼煙が盛大に上がったのである。


『カカカ、効かぬキカヌ! 理解シタラ死ネイ』
 黒衣の戦士は無造作に刃を抱え込み、強烈な鉄拳をケルベロス達にお見舞いする。
 その一撃は強烈であり、他のケルベロスの攻撃も効いていないかのごとく、圧倒的な強さを見せた。
 だがしかし……。猛烈な違和感が場を支配する。
「この反応は……。何度死者の魂を冒涜すれば気が済むのか。自我を失った復活など、戦士にとって屈辱でしかない。早急に片をつけよう」
 先ほど打ちこんだ衝撃波の威力を知るイスクヴァ・ランドグリーズ(楯を壊すもの・e09599)は、相手の強さの持つ危うさを理解した。
 猛烈な唐竹割りのスイングは、威力のあまり、四肢を突いて大地を抉り態勢を立て直すほどだ。あれで効いて無いはずが無い。
「意識もろくにない力だけの雑兵揃えてなにがしたいんだか、手間と成果がどうにも見合ってない気がするんだがねぇ」
 レオン・ヴァーミリオン(リッパーリーパー・e19411)も自らの切っ先を確認しつつ、敵の肉を切り割いた痕を見た。
 無効化されてる様子もないのだ。、ちゃんとダメージを与え、各所に影響が出ている。
 ならば、相手が喰らった攻撃を理解してないと言う方がただしいだろう。
「狂戦士……ってとこかな。出来るなら、アンタが生きてた頃にこうやって切った張ったしてみたかったよ」
「ああ、そうだ。眠りを妨げられ、操られ……。戦士としてさぞ屈辱だろう。早急に眠らせてやろう、皆、宜しく頼む」
 レオンは精神力を圧縮して叩き込み、イスクヴァは地にめり込んだ腕を振りあげて闘気を放った。
 異なる波動は相次いで直撃する。
 その後に気にした風が無いことは理解してるので、レオンは距離を詰めイスクヴァは弓を構えて次に備えた。

 同じように異様さを理解した仲間達も、次々に態勢と意識を立て直して攻撃を掛け始めた。
 初手の牽制を過ぎ去った後は、苛烈なる攻撃へのシフトである。
「流石に強い……。死せる古強者をわらわ達、ヴァルキュリアがエインヘリアルとして蘇らせ、更には死神により蘇らせられるとはのぅ……そろそろ休ませてやるのもわらわ達の務めじゃな」
「ですが無策無謀。わたくし達、ヴァルキュリアも死者を蘇らせる業が御座います……なればこそ知性無き蘇りを見過ごす訳には参りません」
 セレネ・ヒューベリオン(月下に舞う銀焔の姫騎士・e25481)とエオス・ヒューベリオン(暁を讃える煌刃の舞刀家・e25535)は息(意気)を合わせ、踊るように攻撃を再開。
 まずはセレネが輝く翼で後方を隠しながら突進し、そこへエオスが稲妻のような突きで侵入する。
「これならば十分に当たるっ」
「わたくし達を相手に、油断し過ぎですわよ」
 そして二人は軽く頷きあった後、セレネはバックダッシュを掛けながらスライムを低く投げつけた。
 エオスは同時に身体を回転させて、月光の如き剣舞に移行する。
 態勢すら崩す勢いであるが、そこを姉妹の連携で補い合って攻め立てるのだ。
「これでおわり? 後は向こうを先に倒すだけかなぁ」
「そのはずだ。総ての罪、重力の鎖へと回帰せよ!!」
 グレイシアは籠手の霊力を展開して、全力で死神たち全体を牽制していた。
 威力こそ伴わないものの、足を止めれれば十分! 追撃するロウガの閃光と共に、周囲を次々に薙ぎ払っていく。
「とはいえ攻撃力は流石ですね。ここで気を抜くわけにはいきません」
 ベルカントは黒衣の戦士や、仲間達に食らいつく死神たちを見据えた。
 いずれも弱いと言う個体はおらず、ディフェンス陣が次々と負傷しては治療にあたって居る。
 時に薬剤の雨を降らせ、時に重い傷自体を切除して周辺ごと強引な治療を掛けて行かねばならない。
 手間ではあるが自分はともかく、仲間の治療に手を抜く気は無い。面倒くさがりの彼としては、一刻も早く倒してしまいたい所であった。


『うっとおしい! 邪魔ダ』
「これでもまだ駄目? ウンダちゃんから教わった鉄拳なんだけどねえ。しぶといなあ」
 グレイシアは再び両手で挟みこみながらグラビティを集約したが、炸裂する力を意気に介さない敵にへきへきする。
「うちのスノーから直に教わった蹴りだから、ホントいったいよぉ」
 そして溜息つくと、一度離れて回転蹴りを浴びせかけた。
 強烈なインパクトと共に、衝撃を叩き込んだのである。
「(戦術の組み立てとかあんまり意識してないかもしれないですね。面倒というにも、行き過ぎな気もしますが)」
 何手目かの攻防が過ぎた事で、ベルカントは状況の推移に気が付いた。
 敵味方双方の動きは、ほぼ同じだ。
 それなのに、最初は何割かを避けていた敵は攻撃の殆どを喰らうようになり、逆に、全て喰らっていたこちらが避け始めている。

 それもはそうだろう。
 一同が格上に対して重力の枷で少しずつ動きを束縛しているのに対し、終始、無頓着であったからだ。
「そろそろ良いみたいですよ。決着を付けるとしましょうか」
「おーけー。そろそろ処分するとしようか。解体の時間だ!」
 ベルカントが耳打ちすると、敵を観察していたレオンは頷いて再び前に出た。
 右のナイフで切りつけたかと思うと、左に飛んでもう片方のナイフで刻んで行く。
 そして……。
『“夜”はお前を逃がさない』
『ニアニィ!?』
 レオンがそう宣言して、両のナイフで羽ばたくように斬りつける仕草を見せた。
 正面からでは届かず受け止めらてしまたっかに見えたが、何故か脇から背に抜けて切り裂かれている。
 そう、これは体術でも格闘技でも無い、ある種の呪術であった。
「終局か。それも良いだろう」
 流は斬り伏せた敵の血を変換し、白い数式に替えて吸収する。
 ふさがり切って無い傷をソレで癒しつつ、返す刀で再び精神力の刃を顕現させた。
 刃に映した姿なき刃が、閃いて敵の心をこそ切り刻んで行く。


「姉上、ヴァルキュリアとしてエインヘリアルを手駒とする行い見過ごせぬのじゃ……わらわ達の業で解き放とうぞ!」
 セレネは鉄塊のような剣を大地に突き立てると、すっと刃の部分に手を当て血を塗り込める。
 すると滴る血は銀焔に燃え盛り、開封された地獄は、驚くべき軽やかさを与えていた。
「ええ、セレネちゃん! 死せるエインヘリアルに安らぎを与えましょう!」
 そしてエオスは両手を祈るように組み合わせた後、ゆっくりと拡げて二振りのマインドソードを顕現させる。
 一度交錯させてクロスを描いた後で、ゆっくりと一歩を踏み出し宣言した。
『一指し、お付き合い願います。』
『月の焔よ/わらわに従い/武威を纏いて/咲き誇り/相対するモノへ/降り注ぐのじゃ』
 エオスが双剣で踊るようにステップを刻むと、セレネが追いかけるように巨大な剣で舞い踊る。
 二人の動きは渦の様で、あるいは冴え渡る星の光の如くであった。
 襲い来る闘気をモノともせずに、左右を通り抜けて血の十字を繰りあげたのである。
「くっ。邪魔はさせん。傷は大丈夫か?」
「問題ない。後少しだ、もう少しだけ頼む」
 ロウガが近寄る怪魚をはね飛ばしながら刺突を黒衣の戦士に食らわせていると、庇われた格好のイスクヴァは素直に礼を言った。
 元より一人で勝てる相手ではないし、ここには沢山の仲間が居るのだ。
 協力して倒すべく、拳に焔を纏わせながら突っ込んで行った。
「ゆけ、ここで勝負をかけるのじゃ」
「ソレで終わりだ。後は取り巻き共を片付けるぞ」
 セレネが光の翼を奮い、流が鋭い斬撃を浴びせていく。
 その脇を抜けて、走り続けた。もう少しもう少しだ。
「先導します。これで倒すつもりではありますが、倒せなければお願いしますね」
「任された……『貴様の罪が、枷となろう。』痛みはここで終わりにする」
 並び立ったエオスが先行し、一足早く突き抉る。
 そして息を吸い込んだイスクヴァは言葉と共に、横薙ぎに死の一撃を繰り出した。

 仲間の攻撃を追うように、凄まじい衝撃波が走り抜けたのである。
『オア!?』
 つんざく轟音と共に黒衣の戦士はゆっくりと動きを止めた。
 初めて周囲を探るような姿を見せた後、完全に動かなくなったのである。
「残りは大したことないし、油断だけ気を付けて焦らずゆっくり殺そうか」
 レオンはそういって怪魚に向き直るのだが、言葉とは裏腹に、時間を掛ける気は無かった。
 既に牽制攻撃を受けている身である、当然ながら死神は、ケルベロス達の敵ではなかったのである。
「古き神敵よ……今一度、安らかに眠るが良い……」
「安らかに。もう二度と、お前の眠りを邪魔させないと誓おう」
 ロウガが十字を切って冥福を祈ると、イスクヴァは軽く目を閉じ黙祷した後で、周囲の捜索を開始する。
「後で何か出て来るといいかもね」
「無駄になるかもしれんがな」
 レオン達も周囲を捜索し、一足先にデータを収集した流は、無駄になるとは思いつつも端末に記録。
「(生前どんな者であったか分からぬが……目指すべき頂きへ近づく一歩になる戦いであった。感謝)」
 そして仲間たちと入れ替わるように黙祷し、黒衣の戦士を葬ることにした。
「壊れた場所はヒールで修復してかえらないとねぇ……ちょっと面倒だけど治すまでがお仕事お仕事」
「そうですね。わたくし達も手伝いましょうかセレネちゃん」
「そうじゃのう姉上。人の営みを妨げるのも無粋」
 グレイシアがヒールを始めると、エオスとセレネたちも加わって周辺の修復を開始した。
「ようやく終わりですね。帰りますか」
 全てが終わった後でベルカントは息を突くと、煙草を吸いたい気分を抑え服の上からポケットの中身を確認する。
 出先で遠慮する必要もないのだろうが、未成年も居ることだし、隠れて吸おうと我が家に向けて歩き始めた。
 ケルベロス達は死神たちのデータを集め、修復を終えると、一人また一人と、帰還していったのである。

作者:baron 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年5月8日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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