無用心の代価

作者:大府安

 ドラグナー『ギルポーク・ジューシィ』はオーク達のリーダー『グスタフ』を視界の端でとらえながらこう告げた。
「グスタフよ、慈愛龍の名において命じる。お前とお前の軍団をもって、人間どもに憎悪と拒絶とを与えるのだ」
「ひゃっはー。敵がいれば逃げるが、敵がいなければ、俺達は無敵で絶倫だぜー」
 グスタフは丸い体で嬉しそうに飛び跳ねた。その姿は滑稽で見るもおぞましい。ギルポークは呆れて浅く息を吐いた。
「……やはり、期待は薄いか。だが、無闇にケルベロスと戦おうとしないだけ、マシかもしれん」
「ひゃっはー。その通り、色気に迷わなければ、俺達は滅多に戦わないぜー」
「……」
 ギルポークが指さす先には魔空回廊が開いている。グスタフ達オークは祭りにでも向かうかのような陽気さを纏いながら、次々と小走りで飛び込んでいった。


「練習が終わるのが遅いのはいつもの事だけど、こうも遅いと、住むとこ変えようかしら」 
 日を跨ごうとする時間帯、バイオリンケースを背負った若い女性が人通りのない道を歩く。大学の部活を終えて帰宅中、早くシャワーを浴びて明日の朝の講義に備えなければならない。
 駅から賃貸アパートまで歩いて15分。朝はいいが、夜に道沿いの家の明かりが消えている中を、毎度1人で歩くのはいかがなものだろうかと思ってしまう。
「ひゃっはー」
「!?」
 聞きなれない野太い声に振り向いてしまう。遠くの街灯下にうっすらと浮かび上がったのは、下卑た満面の笑みを浮かべたオーク5体。
「ひっ!? だっ、だれかっ! あぁ」
 恐怖で口を歪ませ、眼から涙を浮かべながら走ろうとする。だが細い体はすぐに無数の触手で埋め尽くされ、そして見えなくなった。

 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)の声色は微量暗い。だが、任務の説明に支障をきたすことは全くなかった。
「……竜十字島のドラゴン勢力の、新たな活動が確認されました。今回予知された事件は、オークを操るドラグナー、ギルポーク・ジューシィ配下のオーク達による、一般市民への襲撃です。オークの群れはグスタフという名のオークが率いていますが、今回の任務ではグスタフ配下のオークだけが出現します。オークたちは非常に女好きですが同時に臆病で、襲撃前にケルベロスを見ればすぐさま逃走してしまうでしょう。また戦闘中でも隙あらば逃走を試みます。オーク達を全滅させるには工夫が必要かもしれません」
 セリカは予知で見た女性の悲鳴を頭から振り払い、モニターにオークを表示させる。
「出現するオークは5体。触手を使った単体攻撃を駆使ししてくる他、雄たけびを上げることで、自己回復と強化を行う個体もいるようです。戦闘能力は一般的なオークと大差ありません」
 モニターは予知された現場を写す。
「場所は道沿いに家が立ち並ぶ住宅街、夜中なので人通りはほとんどなく、明かりも街灯だけです。先ほども申しましたが、オークが女性を襲撃する前にケルベロスと遭遇すると逃げてしまいます。危険ですが、女性が襲われるまでは身を隠し、オーク達をおびき寄せる必要があります」
 セリカは今一度表情を引き締め、ケルベロス達を見渡した。
「オークを確実に全滅させるには、一筋縄ではいかないかもしれません。ですがオークの好色さを利用すればあるいは……。女性のケルベロスの方ならば、オークの注意を惹くような色香を用いた戦い方等を……こっこほん、皆さま、ご武運をお祈りしております」


参加者
ミシェル・マールブランシュ(アンジェデマリ・e00865)
楡金・澄華(氷刃・e01056)
ニムバス・シェイド(アイムヒーロー・e01275)
百花・白雪(真白の竜騎を継ぎしもの・e01319)
カナメ・クリュウ(蒼き悪魔・e02196)
マリアローザ・ストラボニウス(サキュバスのミュージックファイター・e11193)
相川・愛(すきゃたーぶれいん・e23799)
フィニス・トリスティティア(悲しみの終わり・e26374)

■リプレイ

 深夜、女性が背後の物音を確認しようとしたそのとき、周囲には8人のケルベロスが潜伏していた。
 百花・白雪(真白の竜騎を継ぎしもの・e01319)は臭いで探知されぬよう風下に待機し、他のケルベロス達もそのようにしている。
(一般の方を囮にというのはあまり気分のいいものではありませんが……予知が変わり逃がしてしまっては、オークは別な所で他の方を襲い続けるでしょうし、仕方ありませんね)
 白雪と同様に、ミシェル・マールブランシュ(アンジェデマリ・e00865)も心苦しい。しかし妻と娘がいる身としても、オークのような存在は確実に倒さなくてはならない。
(無論、あの女性の方もお救いします)
「ひっ!? だっだれか!」
 女性にオーク5体の触手がまとわりつこうとしたその時、一斉にケルベロス達が飛び出した。
 白雪、ミシェルに加え、カナメ・クリュウ(蒼き悪魔・e02196)と楡金・澄華(氷刃・e01056)も女性を守るようにオークとの間に入ると、オークたちは途端気勢をなくしてうろたえた。
「ひゃっは……!? こいつらケルベロス……!」
 オークたちにとって無闇にケルベロスと戦う理由はない。彼らが求めるものはただ一つ。
「……」
 フィニス・トリスティティア(悲しみの終わり・e26374)はオークへ不快そうな顔を隠そうともしなかったが、発動したパーフェクトボディはオークの視線を集めるには十分だった。
「お、おお……!」
 輝いて美しさを増すフィニスにオークが息を漏らす。相川・愛(すきゃたーぶれいん・e23799)もエイティーンで自身を18歳へと一時的に成長させて輝く。
「ど、どうでしょう……?」
 オークの視線が一般人の女性から離れていく。マリアローザ・ストラボニウス(サキュバスのミュージックファイター・e11193)も胸元から露骨にドリンクを取り出すと、
「いらっしゃいませ、何に致します? えーと誰が好み?」
 と誘うように微笑んだ。オーク達から歓声があがる。マリアローザは夜視界が悪くなる中、街灯の度合いを確認していたが、輝くフィニスと愛を見る限り大丈夫のようだ。澄華も背後の一般人女性を気にしながら、街灯の中心に陣取りポージングする。
 オークの興味は4人のケルベロスに集中した。
「えと、あの」
 状況が未だ呑み込めていない女性へ、ミシェルとカナメが穏やかに声をかける。
「ここはわたくしたちにお任せください。なるべく遠くへお逃げくださるよう」
「自力で逃げてもらうことになるけど、ここは危ないからね」
「はあーーはっはっはっ!」
 あたりに高笑いがこだまする。ニムバス・シェイド(アイムヒーロー・e01275)はブロック塀の上に立つと、オーク達へ指をさして高らかに宣言した。
「うら若き女性に手を出す不埒者どもめ、このキャプテン・エヌが来たからには貴様らの悪事もここまでだ! われらケルベロスの刃が成敗してくれる! とう!」
 その宣言で女性もやっと事態を把握し、幾分落ち着きを取り戻した。フィニスのウイングキャット、トゥードゥルスが女性の前で滞空する。
「その子について行って。遠くまで誘導するから」
「は、はい! ありがとうございます!」
 フィニスの言葉で女性はケルベロスとオーク達から離れていく。ミシェルがしばし女性を見守っていたが、問題なしと判断するとオークへ向き直る。
 一般人は避難し、オーク5体は目の前、状況は整った。

 オーク5体を8人で包囲するように配置し、戦闘は開始された。
 ミシェルは冷静に状況を見ている。
(逃げ出そうとするオークはまだいないようですね。ここは)
 ミシェルはインフェルノファクターを発動し、全身を地獄の炎で覆いつくして戦闘能力を大幅に強化する。
 その横で、澄華の露出の多い服装に見入られたオークが触手を伸ばしながら澄華に突撃してきていた。
「貴様にはこれ以上肌を見せる必要はなさそうだな……」
 澄華は黒夜叉姫にグラビティチェインを込め、斬撃と共に一気にオークへ叩きつける。グラビティブレイクの衝撃で向ってきたオークは弾き飛ばされる。
 オークの一体がそれを見て澄華へ向かおうとするが、カナメが立ちふさがる。
「おっと、お前の相手はオレ♪ 少し大人しくしててくれる?」
 オークの触手攻撃をカナメは気に止めず、前方へ飛びオークとすれ違いざまにスターゲイザーでオークを転がした。
 白雪は目を閉じて納刀の構え。刀に刀気が収束すると薄く目を開き、呟く。
「―――舞い踊れ、百花白雪」
 居合切りと共に横一線に放たれた妖刀の一閃、刀気解放”百花白雪”(トウキカイホウヒャッカシラユキ)。
 飛び出してきた前列のオーク3体に狂いなく命中し、一部のオークは体が石になったように動きが鈍くなっている。行動を阻害するにはうってつけのグラビティだろう。ボクスドラゴンの吹雪は、最初に攻撃を受けたカナメの援護に向かった。
 愛も同様の考えを持っていた。いつ逃げ出すかわからないオーク、氷雪の暴風、アイスエイジを後列の2体に放つ。
「んと、えと……まずは動きを封じて、こっちに来られないようにして……あ、あれ!? 動けるの!?」
 ダメージは与えたものの、氷は相手の動きを阻害するには至らなかった。後列のオークは真っすぐに愛、そしてマリアローザに触手を伸ばす。
「ふーん。熱烈ですね……じゃあこういうのはどうでしょう?」
 マリアローザは自身と愛に触手を伸ばしてきたオーク2体に流し目を送る。その瞳は妖しく光るサキュバスの催眠魔眼。
 オークの触手は方向が変わり、
「てめ! 俺のおなごに手をだそうとしたな!」
「ざっけんなっ! いつてめえの物になった!」
 とでも言っているのか、隣同士のオークが取っ組み合いになって互いを攻撃しだす。
 フィニスはゴミを見るような目でそれを一瞥した後、オーク一体の触手乱れ撃ちを防御したのち、C8H11NO2(トキヨトマレアナタハコオッテイル)を発動する。
「Administer a dose of dopamine」
 魔術的な薬液によって描き出された魔法陣は、前衛のケルベロス達のドーパミン分泌を促進、ヒールと共に攻撃の命中率を上げる。
「ありがたい! まずは確実に倒していくぞ! 月光斬っ!」
 援護を受けたニムバスが、フィニスを攻撃したオークの片足の腱を確実に斬り裂く。オークは触手を器用に使ってその場を離れたが、攻撃と回避に制限がついたのは確実だ。

「む」
 澄華は相対していたオークの触手刺しでダメージと共に服の胸元を裂かれた。露出度があがるのはオークも狙っているようだ。
「あっだめっ」
「!! ぶひひひっ」
 澄華の演技にオークの足が止まった。
「いい気なものだ……。この技、避けきれるかな」
 澄華は即座に凛々しさを戻し、刀剣黒夜叉姫を目にも止まらぬ速さで振るう。足が止まったオークを囲むように魔法陣が出現する。次の瞬間魔法陣が無数の閃光が放たれ、オークを散々に打ちのめした。
「ぷぎぃ!?」
 オークは不利を悟るが、ミシェルが間髪入れず追撃する。
「ご注文は焼豚で宜しいでしょうか?」
 優雅な構えでオークへ刺突された警棒は地獄の炎で燃え上がり、オーク一体を絶命させる。
「一体終わったみたいだね。おっと、ありがとう白雪」
 カナメが相手をしていたオークの触手乱れ打ちを白雪がガードする。
「構いませんよ。さて、こちらも終わらせましょう」
 白雪は返す刀で横一線に薙ぎながら霊力を開放する。斬撃と共に幻惑の桜吹雪が舞い散り、前列のオーク2体が膝をついた。
 しかし膝をついた白雪の目の前のオークが、飛び出すように走り出す。走り出した先には誰もおらず、逃走する気だろう。ミシェルと澄華が気付いたが、間に合わない。
「あっんっ胸がっ……!」
 澄華の艶めかしい声に逃げ出そうとしたオークが振り向き、その状況に目を奪われた。澄華は頬を赤くし恥ずかし気に声を漏らしながら、破れたミニチューブトップを何とか手で支えている。こぼれ落ちそうな胸に、オークは鼻息を荒くしながら急カーブした。
「叶わないってわかってるのに、どうして手を伸ばすんだろうね? 下衆豚には這いつくばって死ぬのがお似合いだよ」
 カナメのグラビティ『舞姫(カナワヌコイ)』は、生よりも欲望を優先させたオークに無数の魔法の糸を絡みつかせる。鋭い音と鈍い悲鳴が上がったのち、オークは澄華に手を伸ばしながら倒れ、二度と動かなくなった。
 愛の目の前には後列の2体のオークがいる。しかし、一体は未だ混乱の中にいるのか味方のオークを攻撃し、攻撃されたオークは振り払いながら愛へ触手を叩きつけた。
「くうっ!?」
「大丈夫ですか!?」
「だ、大丈夫です! えと、相手の数を減らしましょう!」
 マリアローザの心配の声に愛は震え声で返答した。
「それなら、お返しです、縛られなさい!」
 マリアローザはぱちんと指を鳴らすと、精神操作の鎖を飛ばす。後列の正気のオークは身構えたが、鎖はフィニスとニムバスが相手をしている前列最後のオークに直撃した。
 愛もブラックスライムを前列のオークへ向ける。
「まずはこいつね。了解、支援するわ」
 フィニスはマリアローザと愛の意図を把握し、目の前のオークの触手を払いのけ、ライトニングロッドからエレキブーストを愛へ飛ばす。
「えと、ブラックスライム、を、ほしょっ、捕食形態っ! 捕縛すれば……!」
 エレキブーストの支援を受けた愛はレゾナンスクリードを放ち、捕食されたオークは傷だらけになりながらブラックスライムから脱出する。
「うぉおおっやればできるっ!!」
 攻撃のチャンスを伺っていたニムバスが大器晩成撃でオークを殴り飛ばし、オークは吹き飛びながら絶命、遺骸はブロック塀に激突した。

 最後のオーク2体は立て続けの仲間の絶命に戦意をなくし、なんとか退路を確保しようと走り回っている。
「あらあら、行ってしまいますか? 御一ついかがかしら?」
 だがマリアローザは慌てず、2体のオークの前で胸元からドリンクを2本取り出しウインクする。澄華も隣で胸元を見せながら恥じらった表情を見せる。
 オークの辞書に学習という文字はなかったらしく、2体のオークは涎と笑い声を漏らしつつドスドスと突撃してきた。
 しかし、フィニスと白雪がそれぞれ触手攻撃を受け取める。
「うっ、汚らわしい」
「こほこほっ、まあもう少しの辛抱ですよ」
 不愉快そうなフィニスに白雪がほほ笑む。というのも、受け止めた後すぐに愛がアイスエイジで2体に悲鳴を上げさせ、白雪は斬霊斬、フィニスもジュデッカの刃でオークを切り刻む。
 オーク2体は衝撃で数歩下がり、正気に戻ったのか踵を返す。だが、
「そろそろおさらばで御座います。素直に、逃げずに、倒されてくださいませ?」
「うぉおおおっ!!! 畜生ぉおおおおお!」
 ミシェルは気品に満ち溢れながら、ニムバスは苛烈に叫びながらグラビティチェインを自身に収束させた。
「『Nine(ホシゾラノウタ)』。ワタシはその【因子】を【否定】する」
「とどめだああああっ!! タイフーン・ラッシュッウ!」
 点滅する光に包まれたオークは膝から崩れ落ち、無数の拳を当てられたオークは吹き飛んで地面を滑り動かなくなる。
 ミシェルはぽんぽんと服をはたくと優雅にお辞儀し、ニムバスは天へ拳を掲げた。

「なにか情報がつかめたらと思いましたが……末端のオークには中々難しいようですね」
 ミシュルは自身にキュアを与えながら呟いた。
「みなさんお疲れ様でした。吹雪も回復を」
 白雪や他のケルベロスも自身や仲間をヒールしていく。専門のメディックがいなかった分、皆消耗が激しかったようだ。オークがもう少し多ければ厳しい戦いになっただろう。
「愛さん、お疲れさま。私も周りのヒール手伝うわ」
「フィニス様っ。こちらこそお疲れさまでした。フィニス様のお召し物、あ、澄華様のお召し物もヒールいたしますね」
「あら、ありがとう」
「すまない。保護対象は……」
 あらかたケルベロスと町のヒールが終わり、澄華が人の気配に振りむくと、道の向こうに警察車両が見える。襲われた女性が警察官に伴われながらお礼に来ていた。あのあとすぐ警察に通報したのだろう。
「あの、みなさん。今回は本当にありがとうございました。あなた方がこなければどうなっていたか……」
 フィニスとカナメも気付き、女性に言葉をかける。
「まったく、とんだ災難だったわね」
「もう大丈夫だよ。怖かったね……怪我はない?」
「はい!」
 女性の元気な声で、フィニスとカナメに加え、澄華も本心からほほ笑んだ。カナメが女性の手を取る。
「もし、怖いなら家まで送ろうか?」
「え!? そっその」
「この後また悪党に狙われたら大変だ。このキャプテン・エヌが家まで責任をもってお送りしよう!」
「あっはいっ。あ」
「!?」
「えっ本当に!?」
 言った本人が一番驚いていた。助けに入ったとき、ニムバスの存在は女性にとって中々印象的だったようだ。カナメに火が付いたのか、漏れだすフェロモンに女性が見とれ始めている。
「ねえねえ、あなたバイオリン引くんですよね? 私も楽器好きなんですよっ」
「え、えと」
「突然ですが、ビュッフェレストラン黄鮫亭というものが御座いまして……」
 マリアローザが女性にすり寄り、ミシェルが女性に名詞か何かを渡そうとする横で、愛が何もないところで転びが咄嗟に白雪が手を貸す。白雪がごほごほと咳をこぼして愛が謝り倒している。
 騒がしい夜だったが、今は平和を取り戻した姿だった。

作者:大府安 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年5月6日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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