深夜。裏路地にて

作者:さわま


 薄闇に微かに光が灯り、ローブを纏った男と豚鼻の怪物の姿がぼんやりと浮かび上がる。
「ドン・ピッグよ、慈愛龍の名において命じる。お前とお前の軍団をもって、人間どもに憎悪と拒絶とを与えるのだ」
 フードから僅かに覗く男のひび割れた唇が小さく動く。
 そしてしがれた声が薄闇の中に消えていく。
「俺っちの隠れ家さえ用意してくれりゃ、あとは、ウチの若い奴が次々女を連れ込んできて、憎悪だろうか拒絶だろうが稼ぎ放題だぜ」
 怪物の濁った紅い目玉がギョロリと男の方を向く。
 横に大きく裂けた口の端が歪み、涎に濡れた大きな牙が顔を見せる。
「やはり、自分では戦わぬか。だが、その用心深さが、お前の取り柄だろう。良かろう、魔空回廊で、お前を安全な隠れ家に導こう」
 男が小さく含み笑いを漏らす。怪物の顔が喜びに醜く歪む。
「おぅ、頼むぜ、旦那」
 そして男と怪物は闇の中へと消えていった。
 
●東京都内某所 深夜
 某繁華街の一角にある裏路地。日付も変わり、時折近くの大通りを通り過ぎる車のエンジン音以外は静まり返ったその場所でくぐもった物音がする。
 豚鼻の怪物に馬乗りにされアスファルトに押し付けられた女。そしてそれを取り囲む怪物たち。
 女の半ば破けた衣服の隙間から無数のグロテスクな触手が入り込み、全身を冷たくヌチョっとした不快な感触が襲う。口を塞ぐように入り込んだ肉の塊の隙間から苦しげな吐息が漏れる。

 この路地を訪れた女が初めに異変に気付いたのは鼻を刺す獣のすえた臭いだった。
 あの時、不審がって足を止めたりせず逆に走り抜けていれば……。
 いや、この路地に足を踏み入れた時点で女はこうなる運命だったのかもしれない。
 物陰から姿を現した豚鼻の怪物たちにあっという間に取り囲まれ、蹂躙された。

 朦朧とする意識の中。女の耳に興奮した怪物たちの下卑た鳴き声と、大通りを通過する車のエンジン音が聞こえた。
 

 集ったケルベロスたちを前にヘリオライダーの山田・ゴロウ(ドワーフのヘリオライダー・en0072)が説明を始める。
「東京都内の人気の無い裏路地でオークが女性を襲う事件が続出している。女性はその場でオークに暴行を受け、その後に何処かへと連れ去られてしまう」
 ゴロウ表情に変わりは無い。しかし手に持った資料を強く握り締めたのを何人かのケルベロスは見逃さなかった。
「この事件はギルポーク・ジューシィというドラグナーの配下のオークによるものだ。ドン・ピッグという非常に用心深いオークが自らは直接手を下さず手下を使って女性を襲わせている。今回、事件を起こす前にオークの出現を予知をする事ができた」
 ゴロウの青い瞳が真っ直ぐケルベロスの方を向く。
「下劣なオークの殲滅をお願いしたい」
 
「オークはとある繁華街の裏路地に偶然入り込んだ女性の前に出現する。事前に女性に接触等を図ったり、こちらが先に路地裏で待ち伏せなどを行った場合、オークが別の対象を狙ったり、警戒して別の場所で事件を起こす可能性が出てきてしまう」
 裏路地の近くで待機しておき、オークが女性の前に姿を現したタイミングで駆けつけるのが良いだろうとゴロウはいう。
「オークは全部で5体、平均的な個体で強敵とは言い難い。油断さえしなければさほど苦戦する相手では無いだろう。外道に相応しい死を与えてやってくれ!」
 
 説明を終えたゴロウが最後に頭を下げていう。
「都市の闇に潜むオークどもを裁く事が出来るのは貴殿らの刃のみだ。よろしく頼む」


参加者
鉋原・ヒノト(駆炎陣・e00023)
アゴネリウス・ゴールドマリア(ヒゲ愛のアゴネリウス・e01735)
月浪・光太郎(孤高の路地裏マスター・e02318)
クラム・クロウチ(幻想は響かない・e03458)
花守・すみれ(菫舞・e15052)
長弩弓・爆子(ハーレム女帝・e15239)
エルピス・メリィメロウ(がうがう・e16084)
マイア・イクリプス(蝕の乙女・e25169)

■リプレイ


 深夜2時過ぎ。とある繁華街の一角にある雑居ビル……の屋上。
 ビルのコンクリートが月明かりを浴びて青白く光る、どこか幻想的な光景。
 その場で何かを待つ2人の少女。エルピス・メリィメロウ(がうがう・e16084)と花守・すみれ(菫舞・e15052)もまた幻想的な美しさを見せていた。
 右袖口を取っ払っているのが特徴的なすみれの和装。青白い光に照らされた肩の透き通る白さが普段は感じさせない艶やかさを少女に与える。
「そろそろ、かな?」
 すみれがもらした声にエルピスが小さく頷く。
 エルピスの目はビルの下に広がる闇にじっと注がれたままだ。
 かれこれ30分以上そうしている。
 ひょっとするとまばたきさえもしていないのではないか?
 まるで野生の獣……息を潜めて獲物を待つ同い年の自称『オオカミ』少女にすみれは的外れともいい切れない印象を持ってしまう。
 チリン。
 遠くを行き交う自動車のエンジン音に交じり、かすかな鈴の音が耳に入る。
 音がした方……空を見上げる。
 すると空の闇から溶け出すようにマイア・イクリプス(蝕の乙女・e25169)が現れ無機質なコンクリートの上に降り立つ。
 チリン。
 まるで夜の闇そのものを身に纏ったような黒い戦乙女。
 その金色の瞳とその身に付けた無数の鈴だけが夜空の星のように煌めく。
「きたわよ♪」
 何がおかしいのかクスクスと含み笑いを浮かべたマイアが闇を指さす。
 チリン。
 マイアの示した先、ビルの下に広がる闇。
 すみれが目をこらす。
 あれは……人影!
 次の瞬間。屋上から飛び降りその闇の中に消えていくエルピスの姿が見えた。


 物陰から唐突に這い出た豚鼻の怪物たち。
 恐怖で腰を抜かした女が尻もちをつく。
 ゆっくりとにじみ寄る怪物から逃げるように女が後ずさる……その時だった。
 突然、怪物との間に少女が現れた。
 それはビルの壁を蹴り、怪物と女の間に割って入るように地面に着地したエルピスだ。
 着地時の四つ足の姿勢のままのエルピスが低い唸り声をあげ怪物たちを睨みつける。
 ゾクリと冷たい気配を目の前の少女から感じ取り、怪物たちの足が止まる。 
 その間に何とか立ち上がろうと女が足元に目を落とす。
 カツーン。
 黒いハイヒールが足元のアスファルトを叩く。自分のものでは無い。
 ヒールから覗くキュっと細い足首、なめらかなふくらはぎ。
 女がその視線を上へ上へとあげていく。
 黒いロングドレスの上からでもはっきりとわかる魅惑的なお尻とくびれ、大きく開いた胸元から見える白い肌、蠱惑的な唇とホクロ。
 そして、こちらを心配そうに見る瑠璃色の柔らかな眼差し。
「もう大丈夫ですわよ」
 アゴネリウス・ゴールドマリア(ヒゲ愛のアゴネリウス・e01735)がポカンとした表情でこちらを見上げる女に優しく声をかけ、周囲の怪物へと注意を向ける。
 ガチャン。
 重厚なガトリングガンが女のすぐ横の地面に降ろされる。
 驚いた女に差し出される手。
「私達はケルベロスよ。安心してねぇ」
 長弩弓・爆子(ハーレム女帝・e15239)が明るく笑う。
 女がおずおずと爆子の手を握る。
 女を立ち上がらせようと爆子がそっと腕に力をかける。
「あらぁ?」
「あのっ……すいません」
 どうにも女は足腰に力が入らない。爆子に抱きかかえられる姿勢で何とか立ち上がる。
 慌てて一斉に動き始める怪物たち。
 無数の触手が風切り音をあげて女に迫る。
「おらッ、少しの間大人しくしてろよォ!」
 横合いからクラム・クロウチ(幻想は響かない・e03458)が女を乱暴に抱きかかえ、一目散に怪物たちとは反対側へと駈け出す。
「任せたわよぉ」
 クラムの背中にかけられる爆子の少し残念そうな声。
 その場を離れる女の耳に、ガトリングガンの砲撃音が響いた。


 クラムが女を連れて狭い裏路地をかける。
 道は狭く、入り組んではいるが地図は頭に叩き込んである。
 表通りを目指し角を右に曲がった所でチッと小さく舌打ちをする。
 前方の路地を塞ぐように怪物がいた。
 別の道を……と考えた所で今度は背中越しにも別の怪物の気配が。
 獲物を逃さない為に物陰にでも潜んでいたのだろう。足を止めれば挟み撃ちだ。
 罠にかかった獲物を前に怪物の顔が喜びに歪む。
 と、怪物の背後からすみれの声が。
「させないよ、下衆な豚共……顕現!」
 怪物のでっぷりと突き出た腹に半透明の『御業』が食い込む。
「飛ぶぜ。しッかり掴まッてろ!」
 クラムが背中の翼を広げ、慌てて女がしがみつく。
 そして怪物に向かい勢いよく滑空。
 驚きに動きを止めた怪物の頭の上を通りすぎる。
 しかし、即座に我に返った怪物の触手が追いすがる。
 人ひとりを抱えて飛んでいる分クラムの動きは鈍い。
 迫る触手がクラムの背中に手をかける。
「クエレ、頼んだぜェ!」
 主人の声に応え、ボクスドラゴンのクエレが飛び出す。
 クエレの体当たりに弾かれた触手が悪戯に空を掴む。
 空の闇に消えていくクラム。
 獲物を取り逃がした怪物が呆然と立ち尽くす。
 チリン。
 頭の上から聞こえた場違いな鈴の音に怪物が首を上げる。
「あっちむいて、ホイ♪」
 こちらを向いた怪物にマイアがクスクス笑いをあげる。
 トシン。
 怪物の首に背後から突き立てられた刃。
 怪物の目玉が自らの首に突き刺さったそれを捉え、驚きに瞳が大きく見開く。
 刃がスッとバターでも切るように怪物の首筋を滑る。
 絶叫。
 遅れて噴水のように噴き上がる血飛沫。
「貴様らの悪行、許し難し。たとえ太陽が落ちようと、月は見ているぞ」
 怪物から距離を取った月浪・光太郎(孤高の路地裏マスター・e02318)が怪物の血のついた刃を軽く振りその血を拭い落とす。
 ガム跡の残るアスファルトに赤いシミが飛び散る。
 血の溢れ出る首元を抑えた怪物が怒りに満ちた唸り声をあげる。
 その怪物の前に暗い脇道から姿を現す小柄な人影。
 フードを目深に被り、その表情を伺う事は出来ない。
「闇を覆え、猛き炎陣!」
 声からすると少年か?
 少年の手に持った杖の先が赤い光を放つ。
 周囲に炎が発生し、左右のビルの壁を明るく照らし出す。
「燃やし尽くせ、灼灼たる朱き炎!」
 杖から風がまき起こり、杖を中心に周囲の炎が渦巻く。
 吹き出した風が路地を抜け、道端に放置されたコンビニ袋が勢いよく吹き飛ぶ。
 その風でフードが外れ、鉋原・ヒノト(駆炎陣・e00023)の勇ましい顔が姿を現す。
 敵を捉えるオレンジ色の瞳が炎の光で一際眩しく輝く。
「『フェルカエンテクス!』」
 膨れ上がった光にヒノトの姿が一瞬白く包まれる。
 杖から放たれた巨大な炎弾が大きく弧を描くように怪物に接近。
 途中で2つに分かれたそれが左右から怪物の身体を呑み込む。
 怪物を中心に弾ける炎。
 飛び散った火が表面がうっすらと溶けたアスファルトの上でゆらゆらと燻る。
 驚愕の表情のまま身体の芯まで炭化した怪物がボロボロとその場に崩れ落ちる。
 血液の生臭さと肉の焼き尽くされた匂いが周囲に立ち込め、ツンと鼻を刺す。
「まずは1匹。禍上流殺法十四代伝承者、月浪光太郎……推して参る」
 光太郎が冷たい目で足元に転がってきた怪物の残骸を踏み抜いた。


 チリン。
 火球が地面に炸裂し狭い路地を炎が覆う。堪らず別々の小道に入り込む怪物たち。
 マイアの唇がニマァと吊りあがる。
 敵を分断する事ができた。あとはこちらが追い詰める番だ。
「パーティはお楽しみ頂けてますかしら♪」
 怪物が逃げ込んだ細い道の先。アゴネリウスが突進してくる怪物を前に悠然と構える。
「真っ直ぐな殿方は嫌いじゃありませんが……罠には気をつけませんといけませんわ♪」
「あんたたちは生理的にも許せないっ、顕現!」
 不意に爆発が起こり怪物を呑み込む。
 新たな符を手にしたすみれが鋭く叫ぶ。
「今よ、ヒノトくん、エルピスさん!」
 動きの止まった怪物の正面からヒノトが接近。
 すると怪物の頭上にサッと影がさす。
 獣さながらの動きでビルの合間を縫い、怪物の上をとったエルピスの影だ。
 宙を舞うエルピスの背後から差す月の光が逆光となり、狼のようなシルエットが浮かぶ。
 至近距離に入ったヒノトの拳が怪物の腹に撃ち込まれる。
 怪物がグホォと息を吐き背中を屈める。
 続けてエルピスの撃ち下ろしの光剣が狙いを外さず怪物の背中を貫く。
 そしてその勢いのまま腹から突き出る切っ先。そして地面に突き刺さる。
 アスファルトに串刺しになった怪物の身体がビクンと1回大きく震え、動きを止める。
「やったか……」
 少し息の上がったヒノトが地面にしゃがみ込む。
「ヒノトくん、大丈夫?」
 駆けつけたすみれが手を差し述べる。
「3人とも息の合った見事なコンビネーションでしたわ♪」
 敵に攻撃の間を与えない集中攻撃。
 アゴネリウスがヒノトをヒールで回復しつつ賞賛を贈る。
「敵はまだいるの。いこうなの」
 立ち上がったヒノトとすみれがエルピスの言葉に頷いた。


「ここまで来れば大丈夫だ」
 明かりのある大通り。
 通り過ぎる自動車のライトがクラムとしゃがみ込んだままの女を照らし出す。
「ありがとうございました! あのっ、あなたのお名前は!」
 翼を広げ、名前も告げずに立ち去ろうとする恩人の背中に女が声をかける。
「……名乗る程のモンじャねェよ」
 小さな掠れた声が女の耳に入る。
 空に消えていく名も知らぬ恩人に女は「ありがとう」と感謝の言葉を贈り続けた。
(「名乗るようなタマじャねェ、俺は……」)
 仲間の元に急ぐクラム。
 女から感謝の言葉を述べられた時、クラムの胸に生じた小さなしこり。
 普段は虚勢を張っているが、クラムは直接的に戦う事にトラウマがある。
 今回、女を避難させる役目をクラムは自ら申し出た。
 それは当然自分の飛行能力が避難に適しているからであるのだが、無意識のうちにこう思ったのでは、という事は否定できなかった。
 ――これで俺は戦わなくて済む、と。
(「だけどよ……アイツらには伝えねェとな」)
 女の感謝の言葉を。本当に受け取るべき仲間たちに。
 仲間の元にクラムは急ぐ。


 逃げる爆子の背中に触手が迫る。
 間一髪、曲がり角に飛び込む。
 狙いを見失った触手が道端に設置された自販機を粉砕する。
「こんなのに襲われたら別の意味で昇天しちゃうわねぇ」
 気を取り直し物陰から飛び出す爆子。
 怪物がその姿を捉えた瞬間。
 ガトリングガンのマズルファイアが闇に赤く光り、爆音と共に鉛玉が飛来する。
「集中攻撃でイクわよぉ♪」
 爆子の前方には怪物が2体。弱った方にありったけの弾丸を叩き込む。
 撃ち込まれた弾丸に半死半生の怪物が咆哮を上げる。
 地面に大量の血を流しながらも爆子に迫る怪物の死角から光太郎が飛び出す。
「確実に殺す。禍上流殺法奥義――」
 怪物に接近する光太郎の全身が次第に青白い光を放つオーラに包まれる。
 否、これは……。
 その時、別の怪物の触手が横合いから光太郎を撃ち抜く。
 しかし、手応えなく突き抜け空を切る触手。
 その隙に光太郎が怪物に接敵。強く光を放つ右拳でその背中を撃ち抜く。
 光太郎の拳が怪物の体内にめり込む。その掌が律動する肉塊を掴む。
「その邪欲と共に……砕けろ! この一撃で」
 力を込め怪物の心臓を砕く。
「上だ、あぶねェぞ!」
 突然聞こえたクラムの声に光太郎が上を見る。
 蠢く大量の触手から雨のように溶解液が光太郎に浴びせられる。
 ジュワァと肉が溶ける音。
 さらに触手が撃ち込まれ、千切れた四肢が宙に飛び交かい、地面に転がる。
「危機一髪といった所か」
 とっさに絶命した怪物の死体を盾に横道に逃げ込んだ光太郎が息をつく。
 路地では入れ替わるようにクラムやエルピスたちが怪物と大太刀まわりを演じていた。
「消耗が大きいようですわね。先ほどの技……あんな無茶をなされば当然ですわよ」
 後ろから現れたアゴネリウスがやれやれと肩をすくめる。
 ――禍上流殺法奥義『月光撃』。
 自らの肉体を月光に似たオーラへと変換し敵を砕くその技は、一歩間違えれば肉体がオーラと化したまま霧散しかねない狂気の技だ。
「街の夜を汚す畜生どもを許しておけんからな」
「仕方ありませんわね。私も精一杯フォローいたしますから早く終わらせましょう」
 まるで聞かん坊の弟に接するかのようにアゴネリウスが光太郎を優しく癒す。
「助かる。後でコーヒーでも奢るよ」
「楽しみにしてますわね♪」


「粉々になりやがれ……!」
 クラムの放った轟音が路地を駆け抜け、直撃を受けた怪物の身体が地面に倒れる。
 その頭に突きつけられる銃口。
「貴方達の黄泉路に添える愛は私も持ち合わせてないわねぇ」
 爆子が引き金を引くと、爆音と共に怪物の頭が弾け飛ぶ。
 残りは1体。
「ひ、ふ、み、よ……」
 すみれが右手に4枚の符を握りしめ、怪物の蠢く触手を睨む。
「いつ、む、なな、や……全部吹き飛ばすよ!」
 さらに左手に4枚。一斉に合計8枚の符を弾く。
「顕現!」
 連鎖的に発生する爆発。
 怪物の触手がひとつ残らず吹き飛ばされ、ボトボトと地面に落ちる。
 さらに怪物の足を地面から生えた手が掴む。
 目を細めたアゴネリウスが口元に邪悪な笑みを浮かべる。
「黄泉の世界の者共よ……。美しく残酷な幻想を聞かせてあげなさい……!」
 周囲を飛び交う黄泉の亡者の群れに怪物が苦しみを露わにし地面に横たわる。
 チリン。
 怪物の前にマイアが降り立つ。
「Aequat omnes cinis(灰は全てを等しくする)」
 その口元からはいつものクスクス笑いが消えていた。
「Pulvis et umbra sumus(我らは塵でありまた影に過ぎない)」
 チリン。
 目の前の息絶えた怪物を看取る戦乙女の口元に優しい笑みが浮かんだ。


「終わったな」
 クラムが静まり返った周囲を見渡すとマイアと目が合った。
 何がおもしろいのか再びクスクス笑いを漏らすマイア。
 先程の優しい表情が夢のようだとクラムが肩をすくめる。

「あら、すみれちゃん。怪我をしてるわぁ」
 爆子がすみれの膝下が擦り切れている事に気付き心配そうに声をかける。
「あっ、本当だ?」
 すみれは1度も触手の餌食にならなかった。だから擦り傷に気付かなかったのだ。
「大丈夫? 痛いの痛いの飛んでいけ、ですわ♪」
 アゴネリウスがすみれの膝に手を触れヒールをするとすぐに傷は消える。
 それを羨ましそうに見つめる爆子だった。

「ヒノト? どうしたの?」
 考え込むヒノトにエルピスが声をかける。
「これって、いたちゴッコだよな……」
 今回は未然に防げたが大元を絶たない限り同じような事件は繰り返される。
「なんとかして元凶を叩かないと」
 しかし、何処に居るのか?
 それが分からない限り手の出しようが無いのだ。

 光太郎が空を見上げる。
 そこには地上の喧騒など無関係という風体で月があった。

作者:さわま 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年5月5日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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