そして、蝶になる為の……

作者:黒織肖

「やったァ!」
 ナオは手にした段ボール箱を抱えて叫んだ。
「来た来た来たあ♪ ずーっと、待ってたんだよね」
 そーっとそーっとガムテープを剥して、夢見るように箱を開ける幸福。
 ずっと待ってたそれが、自分の手元にあるのだと思うとワクワクする。
 ドキドキしながら箱を開けると、可愛らしいカードに「お買い上げありがとうございました」の丁寧な手書き文字。
 プレス担当の社員さんが毎回書いてくれるカードだ。
 捨てるのが惜しくて、ナオは何枚もとってある。それだけじゃない。
 クレジットカードの伝票を入れる小さな封筒だって、紙袋だって……。
「もう、このお店最高! はぁ~~…このバニティーバッグ欲しかったんだ。クッションも、ハンカチも素敵」
 そして、もう一点買ったものがある。キャミソールだ。
 ブスでちんちくりん。眼鏡の中におどおどした目がちょんとあるのが自分。この店のどの服だって似合いはしない。
 洋服じゃないクッションやハンカチは大丈夫。そして、キャミソールぐらいなら、きっと――平気。
 ナオは裏路地からはじまった小さな店の時代からのファンで、今でもこうして購入している。
 どうせ、自分のことなんか覚えてくれていないだろうけど、ファンの一人として、買えるものは買うのが嗜みというもの。
「再来月はボーナスだから、ショップ限定のソファー買っちゃおうかな」
 お店に置いてあるのと同じソファー。それがあれば、いつでも店にいる気分になれるかもしれない。そうだ、部屋の模様替えをして、ショップっぽくアレンジしてみようか。趣味も何もない、孵化できない青虫みたいな自分の部屋が素敵に見えるように。
「あら? 随分と楽しそうね」
「きゃっ!」
 叫んでナオは振り返った。
 独り暮らしの部屋に誰もいないはずなのに、黒いコートを着た少女がいた。手には大きな鍵。
「…な……なに…あぁッ!」
 くるりと巨大な鍵を回して、ナオの左胸に少女は突き刺した。
「!」
 確実に心臓に刺さっているのに、血さえ出ない。ナオの目は零れ落ちそうなほどに見開かれていた。
「あんたの愛って、気持ち悪くて壊したくなるわ。でも、触るのも嫌だから、自分で壊してしまいなさい」
 少女がそう言うと、ナオはその場に崩れ落ち気を失う。そして、ナオによく似た地味めの女性の姿をし、手が異様に大きなドリームイーターが立ちあがった。

「大変っす! 見返りの無い無償の愛を注いでいる人が、ドリームイーターに愛を奪われてしまう事件が起こっってるみたいっす」
 黒瀬・ダンテ(オラトリオのヘリオライダー・en0004)は一同に言った。
 愛を奪ったドリームイーターは『陽影』という名らしく、彼女の正体は不明。奪われた愛を元にして現実化したドリームイーターが、事件を起こそうとしているようだった。
「愛を奪われるなんて悲しいことっす。そんな被害者を、これ以上増やさない為にも、ドリームイーターを撃破して欲しいっす」
 被害に遭った女性の事を思い、ダンテは「このドリームイーターを倒す事ができれば、愛を奪われてしまった人も、目を覚ましてくれるはずっす!」」と悲しそうに言った。
「このドリームイーターはちょっと地味めの女性の姿をしてるっす。愛を奪われた人に似てるっすね。あ、でも、ちゃんとお洒落はするタイプだったみたいで、服とかそこら辺は綺麗なんっすけど。イマイチ、こう……栄えない感じで髪の色は焦げ茶っすね」
 カラーリングしているのに、形容しがたいイマイチさがあるとダンテは呟いた。
「小さなお洒落な服を売ってる店が好きみたいで、店が大きくなった今でもファンだったんっすねぇ。まあ、そう言うショップで働いてたり、お洒落な感じの人を狙って殺すっす。場所は吉祥寺。小さな店が好きっすから、駅の方には近付かないっす」
 現れる時間は、夜11時から終電ギリギリ頃。愛を奪われた人の帰り時間だったのだろう、通販物を開ける楽しみから、その時間に帰る人を狙うようだ。
 狙う場所も暗い道と、愛を奪われた人の遅い帰りしかできない仕事の辛さを、なかなかに想像させるような場所だ。ただ、戦うなら十分やりやすいかもしれない。
 近距離では『心を抉る鍵』を使い、他の攻撃は遠距離で『平静喰らい』と『夢喰らい』を使うらしい。
「トラウマやら怒り、催眠でケルベロスの皆さんを翻弄してくるっすね」
 そして、被害者はまだ出ていないとダンテは告げた。
「終電頃を狙うっすから、まだ時間はあるっす。だから、被害が出る前に助けて欲しいっす……」
 そうじゃないと、ナオさんも目が覚めた時に可哀想だとダンテは真剣な目を向けて言ってきた。すべてが終わった後なんて、夢見が悪すぎだと言いたいのだろう。
「愛って、難しいっすよね。誰かのために何かしたい、そう言う自分でいたい。でも自分に自信がなくて、ちょっとだけ前に進めない人を捕まえて気持ち悪いって…そんなのひどいっす! 夢を叶えた人も、叶えてないこれからの人も、是非助けて欲しいっす」
 ダンテはそう言って頭を下げた。


参加者
寒島・水月(吾輩は偽善者である・e00367)
四之宮・柚木(無知故の幸福・e00389)
椏古鵺・笙月(黄昏ト蒼ノ銀晶麗烏・e00768)
バーヴェン・ルース(復讐者の残滓・e00819)
リーア・マルデル(純白のダリア・e03247)
サクラ・チェリーフィールド(四季天の春・e04412)
ディーン・ブラフォード(バッドムーン・e04866)
千歳緑・豊(喜懼高揚・e09097)

■リプレイ

●キープアウト
 東京都武蔵野市吉祥寺。
 今宵、この町の一角にキープアウトテープが張られた。
「黒瀬君に聞く限り、殊勝で可愛らしい女の子じゃないか」
 千歳緑・豊(喜懼高揚・e09097)は言った。
 その紳士的な口調からは優しさを地獄化したなど想像もできないだろう穏やかな声だ。
「せっかく誰も死なないうちに対処できるんだ、彼女のためにも、このまま死者0で終わらせてしまおう」
 それを聞いて、寒島・水月(吾輩は偽善者である・e00367)はキープアウトテープを貼りながら頷いた。
 駅から善福寺方面へと歩いてしばらくした場所に、被害に遭った女性の家がある。
 彼女を襲ったドリームイーターは駅の方には近付かないと聞き、このあたりだろうと見当をつけた。
「ドリームイーターに襲われたナオという女性のためにも。まず何より、一般人への被害を防ぐのが肝要だ」
「愛がどうこうとか……よく言う。私には連中が人間をおもちゃにして遊んでいるようにしか見えぬのだがな」
 眉をしかめて言う四之宮・柚木(無知故の幸福・e00389)に、リーア・マルデル(純白のダリア・e03247)も頷いて言った。
「自分以外にも愛情を向けるって、とっても素敵な事よ~。尊い心を罵倒して、しかも本人に壊させるなんて絶対にしちゃ駄目~!」
「まったくだ……本人の手で壊させるとは、根性が悪い」
「無償の愛……ざんしか。はてさて、どうした ものでありんしか」
 静かに言ったのは椏古鵺・笙月(黄昏ト蒼ノ銀晶麗烏・e00768)。
「彼女の場合は、物欲愛ざんしか...?」
「愛の注ぎ方は人それぞれ。自分らしくあるためによいことだと思うのですけれどね」
 サクラ・チェリーフィールド(四季天の春・e04412)は溜息を吐く。
「あいつら、好きなものは好きと堂々と言えるというのは数少ない美点だったなぁ……理解できないからめちゃくちゃにする、か。子供の理屈だな」
 ふと昔を思い出してディーン・ブラフォード(バッドムーン・e04866)は呟く。納得がいかないと鼻を鳴らした。
「-ム。ドリームイーター…か」
 恋や愛、物欲愛など自分には関係のない話だと思うものの、被害者にとってはそうではない。
(「失敗は許されない……な」)
 バーヴェン・ルース(復讐者の残滓・e00819)は独りごちた。
 そして、ケルベロス達は終電近くの時間になるのを待つ。すると、遠くから歩いてくる人影が見えた。
「来たか?!」
 誰が発したか、声に反応し、一同に緊張が走る。
 しかし、見えた人影は一般人のようだった。
「あ、あれ?」
 テープが貼られた場所を一般人が乗り越えて進まなくなるキープアウトテープの前に、一人の女性が行ったり来たりとウロウロしている。
 気の良いリーアが近付いて説明した。
「すみませんね~、今立ち入り禁止で」
「えぇッ? 私の家、この先なんだけど……」
「え?!」
 彼女が言うには、他の道は無いとのこと。この周辺に居ても危険ゆえ、駅の方にでも避難していてもらうにしてもすでに終電も無く。さてどうしようと彼女がが考えている間に事件は起こった。

●歪な、さなぎの時間
「す~てきィ~なヒト。だぁアああィすきー♪」
「来たぞ!」
「迎撃だ!」
 バーヴェンとディーンは叫んだ。
「こっちへ!」
 リーアは現れたドリームイーターから彼女を更に遠ざけるように庇い、ケルベロス達が来襲に備える。
 皆はランタンやランプを周囲に置き、水月はランプをベルトに装着した。笙月は幽焔蘭華を灯し、分身の術を自分にかける。
 それを機に、一同は戦闘を開始した。目の前には敵、後には一般人。ここで仕留めるしかない。
 ドリームイーターはダンテに聞いたとおり、地味めの紺のスカートに焦げ茶の髪。カラーリングしているのに、形容しがたいイマイチさ……これがナオと言う女性の印象なのだろう。
「ちょ、ちょっと?!」
 ディフェンダーゆえ必ず守ると、サクラは身を乗り出す女性を背で圧し返す。
「ダメです!」
「この人は……ドリームイーターなんですっ」
「さぁ、少し下がっていただきたい。ケルベロスたちの人生という物語の観客に、貴女という方が加わるのなら」
 水月は静かに言った。
 それを聞いて、女性は黙って下がった。
(「最初の被害者になる女性が通らねば条件は成立しない……当然か」)
 水月は唇を噛みしめた。
 ただ、やられる前に保護できたのは上々。後は倒すだけだ。
「おっと、こっちはこっちで対策しておこう」
 ディーンはゾディアックソードで地面に守護星座を描く。それが光って前衛にBS耐性を付与した。
「全力で行くぞ!!」
 バーヴェンは叫んだ。
 全身を地獄の炎が覆い尽くす。己の戦闘能力を大幅に増幅して備える。気迫もさながらに猛者に相応しい姿だ。
 流星の煌めきを重力に乗せ、想いを宿した飛び蹴りを炸裂させる。その瞬間を狙って、水月も同じように蹴りを放つ。
「うおおッ!」
 二つのスターゲイザーが炸裂した。見事な連係プレイだ。
「ぎゃああ! イタイぁい!」
 ナオを模したドリームイーターは叫び声を上げた。
「……きゃっ」
 女性はぐっと堪えて戦いを見守っていた。
 サクラはそれを横目で見、絶対に勝たねばと心に誓う。
「夢を奪うために生まれてきたのだろうが、それの仕事は完遂できないよ」
 豊は静か且つ人当たりの良い声で言った。だが、動きは一級品。デウスエクスとて逃れられない。
『ターゲット』
 放つ初手は『走狗』。
 地獄の炎が産みし獣が彼の現れ、掛け声と共に夜の街を駆けた。大柄な獣は牙をむいた犬の如き姿。光る五つの目と、長くしなる尾が敵に恐怖を呼び起こさせた。
「いやあ! 燃えるゥ!」
「それは消滅するまで君の周りを走り続けるよ」
 子供に諭すかのような声が闇に響く。
『愉しみは、命がかかってこそだろう? さぁ、楽しませてくれるんだろうね』
「ひやぁああ!!」 
 ドリームイーターは力の限り叫んだ。
 水月とサクラのスターゲイザーを受け、ドリームイーターは更に攻撃を避けることが困難になってきている。その上、走狗によって阻まれれば当てにくくもなるもの。逡巡している間に次なる攻撃が重なる。
『今、ここに武士(もののふ)集いて戦に挑む。――照覧あれ!』
 柚木は声高く戦の神を称え、舞を捧げた。味方への加護は大きな力を与えるか、修練一筋だった柚木の心意気に応じるかのように、最前列の仲間の力が増していく。
 リーアは物質の時間を凍結する弾丸を精製て発射した。
「ごめんね……ナオさん。ううん、似てるだけで違うわね~。私は助けるのよ~、負けないわ!」
「ぎゃぁ!」
 ドリームイーターはまた叫んだ。
 時間を凍結するとは運動を凍結すると言うこと。たちまちダメージが広がり、ドリームイーターは恐怖に震えた。
「こわいよこわいよ~、こわいヒトタチィ……嫌いィ!」
 ドリームイーターは中途半端に伸びた髪を振り乱し、リーアに狙いを定めてモザイクを飛ばす。
「きゃぁ!」
「ヤッタヤッタ! きゃはは!」
 大げさな手振り身振りでドリームイーターは喜ぶ。無邪気で狂った踊りに皆は眉をしかめた。
「ううッ……」
 モザイクに包まれ、リーアは精神を悪夢で侵食されている。
「本当に……ドリームイーターが何を考えているのかも分からんざんしがねぇ」
 そう言いつつも、笙月は攻撃の手は止めない。ブラックスライムを捕食モードに変形し、ドリームイーターを丸呑みにした。
「ぎゃあ! 暗ぃ!」
「デウスエクスとて、一人では造作無い!」
 空の霊力を帯びた武器で、バーヴェンはドリームイーターの傷跡を正確に斬り広げる。こちらの味方の攻撃を何度も食らい、回避することもままならなくなってきたのであろうか。
 勝機は近いだろうとバーヴェンは見た。
「リーア殿!」
 柚木はマインドリングから浮遊する光の盾を具現化し、状態以上に見舞われているリーアを守る。
 サクラは地獄の炎を武器に纏わせ、敵に叩きつけた。地獄の炎に焼かれたドリームイーターは苦悶の声を上げる。
「へっ……笑わせるぜ。愛に上等も下等もあるか。好きなものは好き、シンプルでいいんだよ。愛ってのはとびっきりの激情なんだからな!」
「ぎゃひぃ!」
 ディーンはゾディアックソードから一転、ゲシュタルトグレイブに持ち替える。稲妻突きを食らわせれば、稲妻を帯びた超高速の突きがドリームイーターの神経回路をも麻痺させた。
「まだ、終わっちゃいないよ……お嬢ちゃん?」
 豊は素早い射撃で相手の異常に大きな手を撃った。ここまで回避が下げられると、ドリームイータとて避けることも叶わない。しかも、デウスエクスとしては実にきわどい攻撃であったと認めざる得ない攻撃力だったようだ。
「もう、許さないんだかラ! アタシは生まれ変わるンダ!」
「ーム?!」
「じゃまするるるるぅなぁななああ!」
「ぁあああ!」
 突如、悪夢に侵されていたリーアが仲間を攻撃し始め、近くにいたサクラに時空凍結弾を放った。しかし、リーアのウィングキャットであるダールが割って入り、サクラへの攻撃を受け止めた。まるでそれは、自分の主人にこんなことはいけないとでも言うかのようで、リーアへの愛情が見えるかのようだ。
「ダール!」
 ドリームイーター劣勢の戦いは続き、途中、ボクスドラゴンのエクレールがダメージを肩代わりしては攻撃していた。
 水月の前に立ち、サクラが羽を広げ死角を作る。
「余所見は危ないですよ、敵は一人ではないのですから……ねぇ」
「桜の木の下には……と言うよね。君も埋まりたまえ」
「……って、行く先々が死体ばかりみたいじゃぁないですか」
「少なくともデウスエクスに限っては、違いないだろう?」
「言ってる場合じゃないですよ!」
『だな、――――とっておきだッ!!』
 轟雷咆。グラビティブレイクの要領でグラビティチェインを腕に凝縮し、武器を介することなく純粋な破壊力を持ったエネルギー弾として放出する技。シンプル且つよく練られた技は、まるで伸びのある直球のようで、ドリームイーターは避けることができなかった。
「ぎゃあ!!」
 ダメージは甚大。先程、豊が放った走狗が周りを飛び回っていたせいで、狙いを定めるのが難しく、積み重ねられた攻撃が回避を下げていた。
「イタイよォ! イタイぃの治ラナイよォ!」
「今だ!」
 ディーンはヒールもキュアもないドリームイーターを追い詰め弱ってきたのを確認すると、稲妻突きから必殺の一撃に攻撃をスイッチして確実なダメージを狙う算段をする。
『花よ散れ、鳥よ堕ちろ。我は風の如く切り裂き、そして遂には月をも穿たん!』
 ディーンの攻撃のタイミングに笙月は自分の攻撃を乗せる。この間なら避けれまい。
『昏く螺威来(らいらい)深淵に唯一咲誇る華の謳……我が呼び声に応え給え』
 大地を裂き地より咲吹雪くのは無常の櫻華の華刃(はなやいば)。心優しき笙月に相応しく美しい技だ。
『せめて祈ろう。汝の魂に…救いアレ!!』
 ディーンのグラビティで自らと武器を強化した連続攻撃、笙月の攻撃を乗せ、バーヴェンの水龍天翔斬が追い打ちをかける。
 バーヴェンの霊斬刀にグラビティを集結させ、抜刀するは高速の術。今までに鍛え上げた全ての修練を集結させ、想い乗せた一撃はドリームイーターを両断した。
「せめて祈ろう。汝の魂に幸いあれ……と」
 通りがかった先程の女性を背に、バーヴェンとディーンは武器を収めた。
 走狗が勝鬨の遠吠えを上げて消える。
 ケルベロス達は勝ったのだった。

●さなぎが孵化する時
「ナオさん!」
「しっかりしてください!」
 皆は2DKの部屋の奥にナオの姿を発見すると近付いていって彼女を揺り起こす。
 先程通りがかった、最初の犠牲者になるはずだった女性は、無事帰宅したと連絡が入った。
 サクラも因縁ある相手の生み出した敵ということで、出来るだけナオと店長さんを気づかう。
 笙月はホッと溜息を吐いた。
「何も無かったわけではなかったざんしか……助かるとは、これも縁ざんしね。綺麗な縁でようござんしな」
 たおやかな声と姿に、目を覚ましたナオがぼーっと見つめた。
 状態以上に陥っていたリーアも、先程ヒールで癒され、サクラにの手で小さな傷は治療された。心配だったナオの様子が元気そうなので少し涙ぐんでいる。自分の心の盾になってくれたダールを撫でていた。
「私……一体……」
「ふむ、想う分には誰にも迷惑は掛からないざんしが、それでは駄目ざんしな?  貴女様自身が可哀想なのでありんしな」
「わ、私……」
 彼らがケルベロスなのだと知って、ナオは自分が何か事件を起こしたのだと知った。と、同時に恥ずかしさが込み上げる。
「き、消えてしまいたい……です」
「それはダメざんしヨ。知っているざんしか?  女性は魔物らしいざんしヨ?  お化粧の仕方によっては化けるのでありんしな♪」
「え? わ、私綺麗じゃないし。皆さんたちみたいに……カッコ良くもないですし」
「貴女様に合ったメイクアップで望む貴女になるざんし。だから、その手は壊すざんしヨ」
「手?」
「何でも掴みたがる手だ」
 水月は言った。
「届く範囲しか、普通は自分の手には掴めない……ナオくんの偽者はとても大きな手をしていたのだ」
「確実に届く方法を、今度は手の中に作っていくざんし。もう……」
 大きな手はいらないと、笙月は微笑んだ。
 ナオの目から涙が零れる。
 ずっと聞きたかった言葉。
 誰でもいい、声をかけて欲しかった。寂しくて、そんな自分が恥ずかしくて、素敵な自分になれたらと物に隠れて飾ろうとした。
 痩せたって無理。笑ったって可愛くもない。並の私は並の服を着て、ひっそりと賑やかな街を横目で見て生きていく。ずっとそう思っていた。
 でも、ケルベロス達から見れば、上も下も無い。並も無い。ただ、人。ナオはナオなのだ。
 今度は本当の意味で『さなぎ』から『蝶』になってもらう努力を促していこうと、ケルベロス達は彼女が目覚めるのをずっと見守っていた。
「たとえ、化粧が仮初めのものであろうとも、綺麗になる魔法を掛けるざんしヨ♪」
 そう笑った笙月の傍で、水月やサクラ、柚木、ディーン、バーヴェン、リーア、豊たちが笑っている。
「も、もう……かかっちゃってますよ、魔法」
 そう言って、ナオは笑った。
 こうして、夢喰いの悪夢は真夜中の猟犬に狩られたのだった。

作者:黒織肖 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年4月27日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 1
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