好き、好き、剣道小町

作者:久遠ユウ

 彼女はその人が大好きだった。愛している。
 見返りなんか、なくてもいいのだ。ただ、剣を交えるだけで。
 自分が強ければ、稽古の役に立てる。喜んでくれる。
 稽古の後、彼女は戸締りを任され、誰もいなくなった体育館で、『センパイ』のことを思い出していた。美しい所作の礼法。面金の奥の鋭い眼光。迅雷のごとき胸突き一閃。そして、面を外し、面下の被り布を脱いだとき、艶めく黒髪が流れ落ちる瞬間。
 でも、この想いは、伝えられない。
「伝えたらなんて言われるかな。女同士で妙じゃないか、とか……」
 やっぱり無理無理。好きなだけでいいのだ。愛していれば幸せなのだ。
 交えるのは、剣だけでいい。
 彼女は防具と竹刀と共に、自分の想いもしまい込む。
 ああ、いけない。先輩のことを考えてボウッとしていたら、かなりの時間が経ってしまって、みんなもう帰ってしまった。
 体育館の外に出て、しっかり施錠。校門前の守衛小屋に鍵を渡しに……。
 突然、背中から刺された。胸から大きな鍵状のなにかが貫通する。
 奇妙なことに、血は出ない。
 意識を失う直前、声を聴いた。
「やだやだ、女の子同士なんて……、それで見返りがなくていいなんて、気持ち悪くて壊したくなるわ。でも、触るのも嫌だから、自分で殺してしまいなさい」
 崩れ落ちる彼女の隣に、剣道着を纏い、細身の剣のような、大きな鍵を携えた小柄な少女が現れた。
 その胸元に、モザイク。
 
 ヘリポートにて、セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002) は話し出す。
「まりるさんの調査によって、ドリームイーター『陽影』の起こした事件が発覚しました。彼女の正体は未だ不明ですが、例によって、奪われた愛を元にして生まれたドリームイーターが、事件を起こそうとしています」
 熊谷・まりる(地獄の墓守・e04843)が後を継ぐ。
「えっと、自分、こないだ剣に関して悟っちゃったビルシャナと戦ったんで、今度はそれ的な夢を狙うドリームイーターが現れるんじゃないかと思ったんだけど、や、こんなふうに的中しちゃうとは……」
「被害者の女性は、女子高校の、二年生。剣道部員です。今回奪われた『無償の愛』の内容なんですが……」
「部の先輩のことが、その……、恋愛対象として、好きだったみたいで。その先輩の稽古の役に立ちたくて、あんまり好きでもない剣道に打ち込んでたみたいなんだよね。このままだと……」
「件の先輩が殺害されます。現在、夜稽古に励んでいるはずの彼女を護衛し、敵を撃破することが今回の依頼です。護衛対象にどこまで状況を説明し、どう立ち回ってもらうかは皆さんの裁量にお任せしますが、かなり勘の鋭い方のようなので、適当な誤魔化しは通じないと思われます。また責任感が強く、ある程度まで状況を把握したなら、自ら囮になると言い出すかもしれません。最悪、『手加減攻撃』で眠ってもらった上で、敵の目に付かないところに隠すことも考えてください」
「先輩は剣道の道場の、一人娘で……、その道場で、敵を待ち受けることになるよ。それで、敵の戦い方なんだけど」
「ドリームイーターらしい攻撃はしてこないようです。鍵状の武器を竹刀のように扱って戦い、使用グラビティは、『雷刃突』、『月光斬』、『流水斬』に相当します。『よく斬れる』ようなので、装備にも、気を遣っていただければと。かなり執拗に護衛対象を狙うので、注意してください。その場に護衛対象が見当たらないときは、『刀に類する武器を装備した女性』を狙います。状況の説明は以上です。では……」
「うん。どんな気持ちも、その人のもの。ドリームイーターなんかに奪わせちゃダメだよね。スパッとやっつけて、被害者の子に目を覚ましてもらおう! みんな、力を貸して!」


参加者
熊谷・まりる(地獄の墓守・e04843)
磨弓・一音(韋駄天・e09675)
剣崎・蛍子(刀剣女士・e15271)
ルナ・カグラ(トリガーハッピーエンド・e15411)
除・神月(猛拳・e16846)
天目・宗玄(一目連・e18326)
イリュジオン・フリュイデファンデ(堕落へ誘う蛇・e19541)
雨咲・時雨(白猫の刀剣士・e21688)

■リプレイ


 熊谷・まりる(地獄の墓守・e04843)は思案していた。事前の話し合いが功を成し、護衛対象、直葉とのやり取りはスムーズに済んだ。被害者の心中のみを伏せ、全て包み隠さず伝え、自分が囮に、という彼女の提案をあえて受けた。丁寧に自己紹介を済ませ、信頼を勝ち取った。
 後、直葉の守りは仲間に任せ、自分は隠れて奇襲をと考えた。だが道場は広く見通しが利く。倉庫はあったが位置が悪く、恐らく玄関から来る敵の死角を取れない。磨弓・一音(韋駄天・e09675)に相談してみた。
 結果、やたら高い天井、金属製の細い梁に足先を引っ掛け、逆さ吊りでまりるは思う。どうしてこうなった。どうやって連れてこられた。覚えてない。
「あの、これ怖い……」
「大丈夫、まりる様。私はクールなアサシンです。下に姉様も居ます。ご安心を」
 隣にぶら下がる一音が言った。姉様というのは、一音に向けて実に楽しげに手を振る除・神月(猛拳・e16846)だ。一音が嬉しそうにブンブン振り返すと、梁が揺れた。

 地上。一音と神月を見比べて、にこにこしたイリュジオン・フリュイデファンデ(堕落へ誘う蛇・e19541)と、肩をすくめるルナ・カグラ(トリガーハッピーエンド・e15411)が話す。
「相変わらず仲がよろしいですわね、お二人とも。……あら、まりる様が落ちそう」
「ええ、いつもどーりね。……一音、気をつけて!」
 ルナは後ろの直葉を意識し、あの二人みたいだったら、被害者……、小町も悩まなかったでしょうに、との言葉を呑む。
「ルナさん」
 と、その直葉から声。木刀を携え凛と立ち、見た限り冷静だ。
「なにかしら」
「小町は私を憎んではいないと、さっきは言ってくれたが……」
「間違いないわ。それは貴女の知る小町という女の子を信じてあげて」
「俺達の口から、彼女の心については言えない」
 天目・宗玄(一目連・e18326)が継いだ。
「気になるなら、全て終わった後で直接、本人に聞け。それと……」
 直葉の木刀を見て。
「くれぐれも無茶はするな。お前が傷つきでもしたら、ことが終わった後、他ならぬ後輩が悲しむだろう」
 雨咲・時雨(白猫の刀剣士・e21688)も続けて話す。
「大切なひとを失うのは、とても辛いから。小町さんも、直葉さんも、絶対守るです、ので、えっと」
 上手く言葉を継げずにいると、直葉に頭を撫でられた。
「……にゃ」
「……ありがとう、時雨ちゃん、皆さん。無理はしないと確かに誓うよ」
「ところで直葉ちゃん」
 ふと、直葉に頼もしげな背を向ける剣崎・蛍子(刀剣女士・e15271)が鋭く言った。
「変なこと聞くけど……、イケメンのお兄さんとかいたりしない? 二刀流と、黒い色が好きとか、いや、深い意味はないんだけどね?」
「確かに兄は美丈夫で、黒色と二刀を好んだが」
「ほんま?」
 関西弁が出た。
「ゲイなんだ。少年が好きと豪語して譲らん」
「ほんまか……」
「いや、蛍子さんの男装ならあるいは、少しは、相手をするかも」
「ホンマ?! う~ん……!」
 悩み始める刀剣女子。
「っト、お出ましだゼ……、さテ、剣士と拳士でどっちがツエーか力比べでもしてやんヨ」
 神月の声に、皆の視線が戸口に向いた。


「センパーイっ。来ちゃいました、へへ……」
 はにかんで笑う少女が不気味な歩みで近づいてくる。恐ろしいことにケルベロス達を気に留めていない。
 まだ遠い、まだ……。
「構えてセンパイ。いっぱい斬り結んで……」
「今だ一音ェ!」
 神月が叫び、気咬弾を放つ。応じて、一音が懐の小刀を投擲、印を結んで操り……、正面と真上から、直撃。続けてまりるが跳ぶ。
「頭のお固い陽影が悪い……!」
 直下。やけくそ気味の獣撃拳でぶち抜いた。会心の手応え。だが叩き伏せられてバウンドした敵は、直葉の方だけを見て突っ込む。蛍子が立ち塞がり、敵の踏み込みに合わせた破鎧衝で一点突破を狙う!
「君の相手は僕だよ! ……って!?」
 真芯を衝かれ、一瞬ひるんだ敵は、だが足を継いで更に加速。
 時雨の脇を抜け、イリュジオンのトラウマボールを避け、狙い澄ました月光斬で直葉を狙う。
「いけませんわ……!」
 イリュジオンに応じて、危ういところでビハインド、イヴが防いだ。しかし続けて、雷刃突!
「剣を取って一年と聞いたが、これは、こちらの立つ瀬が無いな……!」
 言いつつ、宗玄が受けた。信じ難い鋭さだった。想い故か。
 イヴが金縛りを放つ。効いた。敵が止まる隙を突き、時雨が居合い抜く。
「殺させません…!」
 突き放した。跳び退る敵の着地の隙を、ルナが狙う。
「……剣がお得意?」
 抜き撃ち。
「私は銃が得意なの」
 直撃。ここで初めて敵が完全に動きを止めた。直葉に向けてピタリと構え、こちらの動きを伺っている。
 一音と神月が、間に割って、並び立った。
「……私も昔はああでしたかね。あるいは今も」
「……言っときてェことはあるガ、まずあの剣道娘、どうにかしねーとナ」
「では、姉様の背中は任されました」
「おうヨ、一音の背中はサイキョーの私に任せロ」
 そして蛍子が、再び直葉と敵の間に立ち、剣気と剣先のフェイントをかけるも、向こうがまるで応じないことを確かめ、言う。
「妬けちゃうな、僕は見えてないんだ? これ使う気はなかったんだけど……」
 右手で愛刀、蛍ノ光を下ろす。次いで、左手からマインドソードを伸ばした。
 二刀流、解禁。
 そして蛍子は、敵が自分を見ていないと知りつつ、告げる。
「君があんまり直葉ちゃんに真剣だから、しょうがないね。僕も本気だ。彼女には傷一つ付けさせない。さあ、同じ刀剣女子として、真剣勝負の本気の勝負といこうじゃないか……!」
 ここで敵が口を開く。泣きそうな声で。
「センパイ、そんなに後ろに隠れて、どうしちゃったの……?」
「……本当に私だけを見てくれているのか。すまない皆さん。これは『私達』の戦いなのに」
「違う」
 と、宗玄が断じた。刀から霊力を放ち、自身とイヴを癒すと共に、敵を撃滅するための力を前衛全体に授けつつ。
「『俺達』の、だ。責任感は立派だが、間違えるな」
「うん」
 前に立つまりるも頷いた。愛器のスマホ二丁を構え、言う。
「ハッピーエンドを勝ち取ろう。みんなで」
「ありがとう。……無理せず退きながら、巧く攻撃を誘ってみる」
 直葉が木刀を構え直し、蛍子の背中越しに敵へ向けた。
「おいで、小町」
「いま、いきます……!」
 再び敵が踊りかかってきた。


 人が変わったように無言の蛍子と敵の雷刃突が相殺、バリバリと火花を散らして鍔競り合った。
 二刀の手数を全開にした彼女を中心に、ケルベロス達は敵を直葉に届かせまいと食い下がっていた。抜けられることもあったが、その度、宗玄が、イリュジオンとイヴが、時雨が確実に防いだ。狙われた直葉自身が跳び退いて巧く庇われていたのも大きい。敵の盲目的な動きは、番犬達へ有利に働いた。
 決着が近い。
「センパイ、いま、そっちに……!」
 既に敵は満身創痍。が、未だに本気で直葉しか見えていない。こちらの攻撃にある程度反応するのは、どうやら無意識だ。彼女は最後の力を振り絞り、蛍子を強引に……。
「く……っ! ごめん、抜かれる! みんな、直葉ちゃんの前に!」
 抜いて、突撃してきた。
「並ベ、息合わせッゾ!」
「はい姉様!」
「思ったより撃たされる戦いね……! おかあさん、一緒に!」
「ええ、ルナ……!」
 四人並んで一斉射撃。神月の気咬弾、一音が炎を蹴り放ち、ルナが抜き撃ち、イリュジオンのファミリアシュート。全て直撃の上、ダメ押しにイヴが背後から一撃。が、敵は前につんのめって転がる勢いでさらに向かってくる。もう、近い。宗玄が絶空斬!
「まだ倒れないのか……!」
 深々と斬り抉り、そのまま鍔競りに持ち込もうとするが、抜けられた。かつてない勢いで迫る敵を、直葉の影から時雨の影分身が飛び出して斬った。それでも止まらない。かわせない直葉が無茶を承知で、木刀で受けようと。
「絶対守るって言いました……!」
「時雨ちゃんっ?!」
 時雨本人が直葉を抱えて跳び、その背に敵の斬撃を受けた。
「もッ発いけンだろ一音ェ!」
「一生ついていきます!」
 技後の隙を突いて、神月と一音が両脇から、上下、互い違いの旋刃脚を放つ。直撃を受けた敵が縦に回転しながら空に浮く。が、宙で踊りながら直葉から視線を外さない。まだ斬る気だ。
 まりるが溶岩を噴き上げた。
「小町さんのとこに……、還ろう?」
 豪と焼かれた敵が、モザイクとなって、ほどけて消えた。
 が、偶然か、想い故か。虚空に取り残された敵の武器……、鍵剣が、倒れた時雨と直葉を貫く軌道で落下して。
「貰っとくゼ……、おっト、サンキュ」
 パシン、と掴み取った神月が軽くよろけ、一音に抱きとめられた。
「直葉さん? ……直葉さん!」
 ふと、時雨の声。
 緊張の糸が切れたのか、直葉は気絶していた。


 道場のヒールは手分けして済ませた。まりるに毛布を被せられ、その膝で眠る直葉の目覚めを待つばかりだ。脇に救急箱も用意してある。
「おかあさんは剣道娘達の関係、どう思う?」
 ルナに問われてイリュジオンは、少しの間をおいて、答える。
「……私は、たとえ想いを告げたとしても、それで壊れる関係の二人ではないと思うわ」
「そうよね。でも、確かめないと……」
 神月と一音を思う。誰もが彼女達のようになれる訳では……。
 ふと、ゆっくり目を開ける直葉に、まりるが声をかける。
「あ、起きた? どこも痛くない? なにか欲しいものある?」
 問いつつ、スポーツドリンクを差し出してみる。お菓子もあるけど、と。
「……小町に会いたい。他には、なにも。小町は」
 まだ上手く起き上がれないらしい彼女に宗玄が寄って応じる。
「磨弓と除が見に行った。無理をするな、寝ていろ」
「あのお二人か……。ん、そっちに居るのはリュジーさんか? ちょっと目が霞んで……」
 ええ、とイリュジオンが応じた。
「私が、どうかしましたの?」
「貴女には特にお礼を。私が無茶をしないよう、戦いの間も気にしてくれたろう。宗玄さんも。御二方が居なければ正直、小町に打ちかかって死んでいたかも。ありがとう」
 瞬間、言葉に詰まってしまった当の二人の代わりに、ルナが問う。
「ねぇ、どうしてそこまで……、命まで賭けて囮に? それ程に彼女が大切なの?」
「……剣が。苛烈だったろう、彼女は」
 これには蛍子が答える。
「うん、凄かった……」
「あれが私はとても好きでな。打ち合ってる間、私だけを見てくれて。だがそのうち、私は小町の剣しか、本当は、彼女のなにも知らないことに、気づいて、けど、知りたくて、確かめる勇気も、なくて……」
 彼女の告白に、まりるが気持ちを寄せ、言う。
「交える剣から想いが通じれば素敵だけど、実際、言葉にしないと伝わらないのが辛いよね……」
「まったくだ。それで今日、この事件だ。私の見ていないところで、小町がどうにかなるのが、嫌で。ああ、先の戦いは、嬉しかったな。あんなに、私だけ。ひどいエゴさ……」
 ルナとイリュジオンが横目に頷き合う。
「いいえ、直葉様」
 イリュジオンが呼びかけた。
「それは、恋というものですわ……」
 それで直葉は泣き出してしまった。
「これが、恋? これがそうなのか……?」
 ルナも言う。
「気持ち、彼女に伝えてあげて。剣も想いも、相手にぶつけて初めて深まる絆がある。そうでしょう?」
「けど、こんなの小町に見せられない。こんな不謹慎で醜悪な……」
「よせ」
 と、宗玄が咎めた。
「その心、俺には分かってやれない。だがきっと尊いものだ。そんな風に言うんじゃない。それを守るために『お前』は戦い抜き、生きている」
 言って彼は背を向けた。
「……すまん、出過ぎた口を利いた。後は好きにしろ。『お前達』の仲が壊れぬよう、切に祈っている」
 去りゆく背中に直葉は、ありがとうございます、と涙声をかけて。
「そうか、そうだな……。皆さん、何から何まで世話になって、ああ、道場もいつの間にか直って、なんとお礼を」
「いいよ」
 と、まりるが制した。
「自分、剣の道とも恋の道とも縁遠いだけど、人の心と平和を守るのは、譲れない道なワケで。行こう、小町ちゃんのとこ。ついてって、いいかな」
 直葉がゆっくり身体を起こし、立った。自分の足で。
「小町が許すなら、是非に、皆さんに見届けて欲しい」
 皆が頷く。時雨がおずおずと。
「あの、お見送りだけ。お付き合いするのです……」
 蛍子は。
「僕は、遠慮しとく。……元気でね、しっかりね」
「ありがとう、蛍子さん。二刀が見れて嬉しかった。兄を思い出して。実はどこでなにしてるのかよく分からないんだが、見かけたら蛍子さんに……」
「うん、それちょっと検討させてね……」
 悩ましげに笑み、去った彼女が男装に目覚めたかどうか。知る者はない。

 一音と神月は、既に閉じた校門前でぼんやり立つ人影を見た。先の敵より大人びて見えるが、恐らく。
「小町様、ですね」
 一音が呼ぶ。
「あれ、忍者とパンダのお姉さん、夢で会った、ような……」
「夢の続きと思って聞いてください。叶わぬ恋と、きっと嫌われてしまうと、ならば片思いでと、秘める。その気持ち、痛いほどわかります。私も同じような女でした……。けれどお伝えしたい。性別など、恋の壁に足り得えません。想い貫けば必ず伝わり、堅く絆へ繋がる。手を伸ばせば届くから……」
「だかラ、勇気だしてみるのも良いと思うゼ。こいつみてーにサ」
「はい、私達も、そうして繋がれたからこそ」
 神月が、一音の肩を抱いた。
「お姉さん達、みたいに……?」
 ふと、小町、と呼び声がある。
「センパイ……?」
 番犬達に付き添われ、こちらに歩み寄る直葉の姿。
 イリュジオンが向き合う二人に、告げる。
「小町様、そして直葉様。いずれ必ず、離別の時は来るものですわ……。その時に後悔せぬよう、伝えたい言葉や、想いは……、在るのであれば、伝えるのもまた一つの道ですわ」
 言葉を受けて、二人の距離が詰まる。
「えっと、すごくセンパイに会いたくて、そしたら会えちゃって……」
「私も逢いたかった」
「夢ですか?」
「かもな。小町、大好きだ」
「わたし、わたしも、好き……」
 直葉が小町を抱き寄せて、二人の影が重なった。
 神月と一音が、ぽん、と静かにハイタッチ、そのまま手を取り合って去った。他の者も続けてそっとならい、誰もが居なくなって。
 やがて二人がそっと離れ、直葉が。
「いけない。小町に紹介したい人達が居たんだが、お前に夢中になってる間に……おっと」
「センパイ?」
 ふと、足元。塀の陰に白猫。引っ込む。
「『時雨くん』!」
 直葉は飛び出して、駆け去る彼に手を振った。
「今日のこと、忘れない! 君のこと、忘れない! 君のおかげで生きている! ありがとう! ……ありがとう!!」
 いつまでも、手を振った。

作者:久遠ユウ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年5月8日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 1
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