蒼の翼の娘に救いを……

作者:陸野蛍

●求めるのは光る翼の花形スター
 夜のオフィス街に響く、軽快で不快な声。
「我ら『マサクゥルサーカス団』の興業を始めよう! その前に、君達の役目は我がサーカス団に相応しい花形スターを連れて来ることだよ。きっと、光輝く翼は見る者を虜にするからね♪」
 蛾の羽を生やした死神『団長』が楽しそうに言うと、周りを浮遊していた魚達が、ある一点を目指して宙を泳ぐ。
 目的地に着いた、魚達は泳ぐ軌跡で青白く光る魔法陣をゆっくり描くと、何回も辿り魔法陣を完全に浮かび上がらせる。
 すると魔法陣から青い柱が立ち昇り、蒼く輝く翼を持った戦乙女が意思の無い瞳で立っていた。
 ほんの少しだけ唇を笑みの形にして。

●光る翼に終焉を
「みんなー! 死神『団長』の動きが確認されたー! 依頼の説明を始めるぞー!」
 資料片手の大淀・雄大(オラトリオのヘリオライダー・en0056)の声が、ヘリポートに響く。
「皆も知っている通り『団長』がサルベージするのは、第二次侵略期以前に死亡したデウスエクスなんだけど、今回サルベージされるのは……」
 そこで、雄大は渋顔で頭を掻く。
「ヴァルキュリアだ」
 つい最近、地球側の仲間になったヴァルキュリア。
 第二次侵略期以前は、確かに敵だったとはいえ、あまり戦いたい相手では無いのは確かだ。
「……相手が何であれ、変異強化を施され永遠の眠りを邪魔されてしまった魂だ。死神の戦力として取り込まれる前に、みんなの力でもう一度眠りにつかせてやって欲しい」
 蘇ったのがヴァルキュリアの意思では無いのが確かなのだから、放っておいていいことも一切無い。
 であれば、もう一度死を与えるのがケルベロスの役目だ。
「サルベージされたヴァルキュリアとそれを仕組んだ死神が現れるのは、あるオフィス街だ。接触は深夜だから、一般人の心配はしなくていいよ」
 サルベージされたヴァルキュリアの傍らには、怪魚型の死神が3体付き従っているらしいが、戦力的には大したことは無いらしく、ヴァルキュリアとの戦闘に集中できるように、手早く片付けて欲しいとのことだ。
「サルベージされたヴァルキュリアは、武器としてゲシュタルトグレイブを持っている。使用してくるグラビティは、稲妻突き、ゲイボルグ投擲法、ジュデッカの刃、『寂寞の調べ』の4つ。知性は失っているけど、戦闘の動きは生前通りだし、死神に変異強化されているから、攻撃力事態は生前より強くなっている。油断しないようにしてくれ」
 デウスエクスとしてのヴァルキュリアの力を知っている者なら当然力量は分かるだろうし、それが強化されているとなれば、強敵になるだろう。
「ヴァルキュリア達が俺達の仲間になって日が浅いって言うのに、敵がヴァルキュリアって言うのは、正直嫌な気分だけどさ。それでも、死神の駒になってしまった以上倒さなくちゃいけない。だから……もう戦わなくてもいい様に、このヴァルキュリアにもう一度死を与えてあげて欲しい。……頼むな」
 そう言って、雄大は悲しそうに笑った。


参加者
月海・汐音(欠心デスペレイション・e01276)
小早川・里桜(死合中毒の散華・e02138)
麻野間・野良黒(実は内気・e14604)
エレノア・エリュトゥラー(船幽霊おことわり・e15414)
翡翠・風音(森と水を謳う者・e15525)
虎之眼・白炎(白銀の猛虎・e18873)
ザフィリア・ランヴォイア(慄然たる蒼玉・e24400)
ゲリン・ユルドゥス(橙色星の天人・e25246)

■リプレイ

●笑うヴァルキュリア
「……死神」
 黒い外套を靡かせながらヘリオンから降下すると、月海・汐音(欠心デスペレイション・e01276)が前方数百メートル先を見据え、ほのかに見える蒼い光を見て呟く。
「……この距離だと、まだ補助グラビティは使えねえか。接触したら、すぐに戦線を整えないとな」
 その大柄な体に似合わず、獣の様な軽い動きで、アスファルトに着地すると、虎之眼・白炎(白銀の猛虎・e18873)が言う。
「そうですね、すぐに接敵出来る距離ですから。死神もすぐ動きだすでしょうね」
 錨の付いた特別製のケルベロスチェインを手に、エレノア・エリュトゥラー(船幽霊おことわり・e15414)が答える。
 ケルベロス達が次々と降下する中、死神達がケルベロス達に気付いたのか速度を上げて近づいてくる。
 それと共に、蒼く悲しく輝くヴァルキュリアの翼の色もはっきり見えて来る。
「……よもや私と同じ蒼き光の翼を持つヴァルキュリアが居ようとは」
 美しく光る蒼い翼を広げ、ザフィリア・ランヴォイア(慄然たる蒼玉・e24400)が苦々しく口にする。
 ザフィリアの瞳に、サルベージされたヴァルキュリアが映れば、ザフィリアはその姿に鏡を見る想いだった。
 彼女が自分に似ている訳ではない。
 ……ただ。
(「ああ、これはもう1人の私なのですね。此方側へ辿り着くことが叶わず、さりとて死して安息を得ることすらも叶わなかった、もう一つの有り得たかも知れない未来の、私」)
 彼女の蒼く輝く翼を見ると、どうしてもそう思わずに居られなかった。
「敵は死神とヴァルキュリア……。ヴァルキュリアを殺したくなんてないわ。私の友達にもヴァルキュリアの子がいるし、彼女達とは、もう同じ仲間の筈なのに」
 汐音の言葉に仲間達の顔色も曇る。
 定命化を選び地球側の仲間となったヴァルキュリア。彼女達はすでに同胞なのだ。
 過去の戦士だとて、そのヴァルキュリアと対峙しなければならないのは、どうしても躊躇われる部分があった。
「……だけど。だけど、この事件の先に、こんな事件を引き起こす『団長』や『ホワイトメロウ』がいるのなら……例え現在の同胞であっても。殺して、砕いてでも、私は『その先」』行かせてもらう……!」
 覚悟を決めた瞳で汐音は、二本の剣を鞘から抜く。
「確かに、ヴァルキュリアがサルベージされるとは、皮肉な話でござるな……。まぁ、相手が誰であろうと、死んだモノに生きているモノ達の領分を侵させぬでござるよ」
 麻野間・野良黒(実は内気・e14604)が闇にも溶ける青い布の下から、ハッキリとした意志を覗かせる。
「寝た子は起こすな、と云うのが一番正直な気分でござるかなぁ」
 死と言う眠りについていたヴァルキュリア。……それを、戦闘の駒とする為に、無理矢理目覚めさせるのが死神のやり口なのだ。
「……ヴァルキュリアと戦うのは抵抗を感じますが……もっと辛いのは、今こうして仲間になった同じヴァルキュリアの皆さん……そして、永遠の眠りを無理矢理、邪魔された彼女なのかもしれませんね……」
 爆破スイッチを握りしめ、翡翠・風音(森と水を謳う者・e15525)が悲しみを帯びた瞳で言いつつ、ザフィリアと純白の翼を輝かせるゲリン・ユルドゥス(橙色星の天人・e25246)を見やる。
 風音も妖精8種族と言う意味では、近い存在だが、同じ種族の彼等の想いはもっと複雑だろう。
 風音の憂いた瞳を心配して、相棒のボクスドラゴンのシャティレが風音に寄り添う。
「救いとかなんとか、そんなの知ったコトじゃないケド……クソ死神の思い通りってのはムカつくよね」
 ぶっきらぼうに、だがはっきりと、小早川・里桜(死合中毒の散華・e02138)が死神への嫌悪と敵意を示す。
「なら、俺達の力であいつらを否定するしかねぇな。さて、今回は……ガキか。と言っても戦乙女……全力でお前らのサポートさせてもらうぜ」
 言葉と共に白炎が白き炎にも見える覇気を身に纏う。
「――――癒せ、白き炎よ……災厄を焼き払え―――オペレーションフレア・ウォール!」
 白炎の叫びと共に、その覇気は壁の様に展開しケルベロス達を覆う。
 同時に橙色の雷が降り注ぎ雷の壁となる。
「あの子は、どうして笑ってるのかな?」
 ゲリンが相対するヴァルキュリアを見て、そんな疑問を口にした時、ヴァルキュリアはその手に持つゲシュタルトグレイブを振り被った。

●悲しそうなヴァルキュリア
「問答無用で御座るな。なれば、戦場の忍、それ即ち災いと知れ!」
 言って、野良黒は、軽い身のこなしで跳躍すると、仲間達に紙兵の護りを付ける。
「分身の術! ……ん、ちょっと違う? 誤差でござるよ誤差」
 軽い調子で言いながらも、野良黒は着地すると次の攻撃の為にグラビティを高めていく。
 ヴァルキュリアは、死神に指示するようにその手をケルベロス達へと向けるが、その時ヴァルキュリアの足元で爆発が起こる。
「あなたのお相手は、まず私達。と言っても足止めですけどね」
 風音が言うと、続く様にザフィリアの声が響く。
「さぁ、踊りましょう。死の舞踏を。ヴァルキュリアが誘うは冥府。お付き合い頂きますよ?」
 ザフィリアの自然な足捌きは、ヴァルキュリアとして生まれた彼女の秘儀。……よもや、同族相手に使うとは思っていなかったけれど。
「さーて、お前等。まずは死神からだ。攻撃は任せたぜ?」
 白炎がニヤリと笑って言うと、四人のケルベロスが一気に動く。
 ゲリンの御業が炎を吐き出す砲弾となれば、汐音のブラックスライムが黒い槍となって、一体の死神に突き刺さる。
「虎之眼、援護任せたからね! 私はこいつらを叩き潰す!」
 植えた獣の様に修羅の目つきになった里桜は、グラビティに焔の力を加え、炎を纏いし鬼を呼ぶ。
「地獄の焔を引き連れし鬼、我が怨敵を灰燼と化せ」
 リオの口上により呼び出された、紅蓮の焔を纏う鬼は、自らをも燃やし尽くす炎に絶叫を上げると、その強大な拳で、怪魚の形をとった死神を灰燼にせんと殴りつける。
「私達の仲間のヴァルキュリアを駒にしようとしたこと後悔させてあげます!」
 叫んでエレノアは、錨付きケルベロスチェインを宙へと投げる。
「一匹たりとも、逃がしません!」
 空に放たれた、黒鎖は10本に分裂すると烏賊を彷彿とさせる吸盤をもった触手となり、全ての死神を絡め取る。
「攻撃しやすい様に、止まってろおおらあぁあ!」
 白炎のグラビティのこもった叫びが更に死神の動きを制限する。
「機械仕掛けのニンジャの手裏剣は特別製で御座るよ」
 野良黒が、両手足を開くと身体のあちこちからミサイルポッドが現れ、死神達をミサイルの弾幕が襲う。
 それを見た、ヴァルキュリアは失われた面影を悼む歌の調べにグラビティを込める。歌は、死神達の傷を僅かずつ癒して行く。
 そこへ、意思のこもった槍が投げつけられる。
「おやめなさい! 貴女が死神を救う必要は無いわ。同じ青い翼を持つヴァルキュリアとして私が貴女を止める」
 ザフィリアは、強く言うと戻って来たゲシュタルトグレイブを受け止める。
「皆さんが、死神を葬るまで私達が相手です」
 風音は、黒鎖を猟犬の牙としてヴァルキュリアを捕えると、シャティレに目で合図を送る。
 すると、シャティレは、『了解した』とばかりに死神に向かってタックルで身体をぶつける。
 ケルベロス達の怒涛の攻めは続く。
 里桜の惨殺ナイフが奔れば、次の瞬間、影に紛れた汐音の刃が深く刺さり、エレノアの黒鎖が捕縛した所を野良黒の御業が作り出した炎が、死神を燃やし尽くす。
 死神の攻撃をかわすことは容易では無かったが、それも白炎のヒールグラビティがすぐに癒した。
 死神の数が一体になると、ゲリンもヴァルキュリアの足止めに加わり、雷の一撃をヴァルキュリアに浴びせていた。
 そんな時、ゲリンはヴァルキュリアの瞳に何かを感じたのか、彼女に語りかける様に言葉を発する。
「どうして笑ってるの? 無理やり起こされたのに、つらくないの? 遊びたいの?」
 その問いかけに、ヴァルキュリアがニヤリと笑う。
「じゃあ、ボクたちとあそぼ! でも、本当は良い子はねむる時間なんだって。だから今のうちに思いっきりあそぼ!」
 そう声をかける、ゲリンにヴァルキュリアは稲妻の如き槍の突きで返した。
 傷を受けながらも、ゲリンはヴァルキュリアの表情がとても悲しく見えた。

●色を失うヴァルキュリア
「これで終いだあ!」
 叫ぶ里桜の、グラビティの一撃が決まると死神の最後の一体も地に落ち、溶ける様に消えた。
「残るはヴァルキュリアで御座るよ」
 野良黒が言い、皆がヴァルキュリアを見ると、彼女は笑っていた。
 死神が死んだ今も、その背中の翼は美しい程蒼く輝き、少女は笑顔を湛え槍を握っている。
「数多なる生命よ、どうか我等に力を……」
 歌うように風音がグラビティを発動させれば、ヴァルキュリアを抑えていた三人の傷が癒されていく。
 塞がっていく傷を見るに、ヴァルキュリアの槍は一撃が重いのだろう。
「まだ完全に傷が塞がってねえな……」
 白炎は呟くと白き炎を迸らせる。
 その炎は、三人がヴァルキュリアから受けた、行動阻害の力も消し去って行く。
「同じ槍でも、仲間のヴァルキュリアが授けてくれた槍です! 負けません!」
 叫び、エレノアが雷を宿した槍をヴァルキュリアに突き刺す。
(「ヴァルキュリアと仲間になれて嬉しかった。喜んでたんだよ。だから本当は嫌。だけど今は、背中には守るべきヴァルキュリアだって居るんです……!」)
 槍にに雷のグラビティを送り込みながら、エレノアは心の中で強い思いを抱いていた。
「ニンジャと言えばこれで御座るな。いきなりドロン!で御座るよ!」
 野良黒が懐から出した煙玉を地面に叩きつければ毒性のグラビティが、ヴァルキュリアを襲う。
「……死神のサーカス団の花形スターなんて貴女も望んでいないでしょう?」
 悲しみを込めた言葉を紡ぎながら、炎を纏った強烈な蹴りをヴァルキュリアに決める、風音。
「……キミ、楽しそうじゃないよ。笑ってるのに。前、戦ったヴァルキュリアもそうだったんだよ。だから、もう終わろ?」
 辛そうな顔で雷を放つ、ゲリン。
「私の炎で眠らせてやるよ。次は死神に邪魔させねえから!」
 里桜の誓いのこもった炎が轟音をたててヴァルキュリアを包む。
 それでも彼女は笑い、炎に包まれながら、その手の槍を投げようとする。
「……恨みは無い。……それでも……先へ往く……私は、その為に…!」
 汐音の魔力が高まると、その手に緋色の刃が現れる。
 その刃を、心を殺し、死神への怒りと共に振り下ろす。
「暴虐の……緋ッ!」
 汐音が振り下ろした刃は、ヴァルキュリアの鎧ごと彼女を切り裂くが、それでもヴァルキュリアは笑顔を湛えていた。
 微笑むヴァルキュリアを哀れに思いながら蒼い光を放つ翼を輝かせながら、ザフィリアは、ルーンの刻まれた斧を振りかざす。
「あなたの魂は、私と共に――今度こそ、お眠りなさい」
 言葉と共に振り下ろされた、斧がヴァルキュリアを二度目の眠りへと導いた。
 倒れ伏した、ヴァルキュリアの灯が消える様に、その背の蒼い光の翼も輝きを失い消えていった。

●眠るヴァルキュリア
「スーパーニンジャタイム、これにて終了!」
 ゲームキャラの勝利宣言の様に、ポーズをとりながら高らかに宣言する、野良黒。
「小早川、おつかれさん」
 労いの言葉をかけつつ、白炎が里桜の頭を父親の様な大きな掌で撫でる。
「虎之眼もお疲れ♪」
 撫でられたのがとても嬉しく、戦闘中とはうって変わった笑顔で、里桜は白炎に抱きついた。
 そんな無邪気さに、白炎は苦笑いしつつも里桜の背中をぽんぽんと叩く。
 ヴァルキュリアは、翼こそ消えていたが未だ現世にその身を残していた。
 今は、ゲリンの膝の上で横たわっているが、あと少し時間が経てば、グラビティが流れ、その姿も消えるだろう。
「痛かったね、ごめんね……おやすみなさい」
 ゲリンが子守唄を歌いながら呟く。
「死神……。私は、お前達を許さない。友達も人々も誰も犠牲にしない為に……。こんな悲劇も二度と起こさせない」
 汐音は、眠るヴァルキュリアを見下ろしながら強く誓う。
「……綺麗な蒼い翼のヴァルキュリアさん。……また、どうか安らかに」
 歌に想いを込めて、風音がヴァルキュリアの二度目の眠りを祈る。
 シャティレは、その歌を瞳を閉じ静かに聞いていた。
「ヴァルキュリアは、私達の仲間ですから。次、生まれた時は一緒に……」
 エレノアは祈りを込めて言葉を紡ぐ。
 やがて、ヴァルキュリアの身体を構成していたグラビティは全て消え、蒼い翼のヴァルキュリアも夢の様に消えた……一本のゲシュタルトグレイブを残して。
「……この様なことは、もういい加減に終わらせねばなりませんね」
 残されたゲシュタルトグレイブを拾い上げながらザフィリアは、誰にでも無く呟いて誓うのだった。

作者:陸野蛍 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年5月2日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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