上臈の禍津姫～黒鎧の従者

■リプレイ

●黒鎧の従者
　『上臈の禍津姫』ネフィリアがついにその姿を現す。
　今回は最も協力なお気に入りの一体を伴い、人々を虐殺しグラビティ・チェインを得ようとしているようだ。麓には配下が、山頂付近にはネフィリアが。配下と対峙する班は麓へ集まり、撃破後にネフィリアと戦う班に合流することになった。
「今こそ餓鬼堂にご飯のご恩を返す時だー！　てややー！」
　食事の恩を返そうと平・和（平和を愛する脳筋哲学徒・e00547）は気合い十分だ。常に財布の軽い和にとって食事の恩はとても重い。早く助太刀しなければと思う。その前にはまず配下を倒さなくては。
　別チームとの連絡役を担う篠・佐久弥（塵塚怪王・e19558）の様子を雪村・達也（漆黒に秘めし緋色の炎剣・e15316）が窺う。
「どうだ、そっちの方は」
「戦いが終わり次第、連絡を入れるつもりです。それくらいなら」
　機器を調整するが山中ということもあって雑音が混じるが、短い連絡をするくらいなら何とかなりそうだ。
「そうか。ようやく捕捉した友人の宿敵だ。逃がすわけにはいかない」
「餓鬼堂さんも中村さんも無理しなけりゃ良いんだけど」
「……宿敵と対峙するって、どんな思いでしょうね」
　今回は癒し手として参加する筐・恭志郎（白鞘・e19690）がぽつりと言葉を落とす。いつもと違う役割に少し不安な部分もある。しかし担うからには力を尽くすと決めた。誰一人欠ける事のないようにと、形見の護身刀を手に恭志郎は願う。
　移動方法についても話し合いが行われた。戦いから離れ待機させたヘリオンを呼んで全員が乗り込み飛ばすのは時間がかかる。直線距離を走って移動する方が良さそうだ。幸い、役立つ力を持ち合わせている仲間もいる。
「今回は２戦行うから、早めにこの……カナブンを潰して駆けつけよう。カナブン、カナブン……」
「ほう、ゴキブリでござるか」
　天尊・日仙丸（通販忍者・e00955）の邪気のない一言に、鳴神・命（気弱な特服娘・e07144）が短い悲鳴をあげて身体を縮こませる。
「今の時代は素晴らしき術がござる。その名も、――通販。一日では成らぬ道ではあるが、必ずや命殿の力になるはず」
「G撃退グッズも？」
　ふっと日仙丸が悟りを開いたかのように口元へ酷く穏やかな笑みを浮かべ、無論、と答える。
「アンゼリカさんは虫、大丈夫なの？　今回の敵、結構好き嫌い分かれる感じだけど。や、好きな人とはあんまりいないか」
　アトリ・セトリ（ソバットガンナー・e21602）の身を包むのは、物静かな夜を思わせる黒の色。
「問題ない」
　さらりと長い髪を風に任せ、アンゼリカ・アーベントロート（黄金天使・e09974）は凛とした声で返す。すっと伸びた背筋に堂々とした立ち振舞いは恐れとは程遠い。
「虫は平気だ。此度の戦いも、悔いが残らないよう全力を尽くす。それだけだ」
「そっか。頼もしい。……見えたね。それじゃ、始めようか」
　約束を宿した重みは手の内に。あるべき場所へ還る日まで、果たされるその日まで、生きてみせる。
「あっちも待ってるだろうから」
　ちらとアトリは山頂の方へ視線を上げ、小さく言った。

●名前を言ってはいけないあの虫
　黒鎧。
　ケルベロスたちと対峙した配下はそう呼ぶに相応しい体躯を持っていた。黒々と艶のある身体に細く長い触覚、手足を動かす度にカサカサと虫唾の走る音をさせる。背中側から見れば大したことはないが、正面から見据えるとなかなかにグロテスクなものがある。人々は恐れをもってその虫の真の名前を口にするのを避け、数々の忌み名を作り出してきた。
　麓付近に留まっていた配下は神経質そうに触覚と前足とを擦り合わせていたが、ケルベロスたちを見るとぴたり、と動きを止める。はっきりと敵だと認識し、襲いかかってきた。
　倒すべき敵は一体のみ。対してケルベロスたちは各ポジションに偏りなくメンバーを配置し、バランスの良い編成で挑む。
「悪いでござるが、従者などに構ってる時間はないのでござるよ！」
　ゲシュタルトグレイブによる日仙丸の稲妻突きが戦いの始まりを告げる。得物の購入は勿論通販だ。抜かりはない。
「迅速に片付ける。羽虫に悲鳴を上げて等いられないさ――！」
　ゆらり、とアンゼリカの日本刀が宙に美しい弧を描く。節くれた関節部分へ切り込み、ふと友のことを思う。こんな姿をした配下を彼女が目にしたら、怖がるだろうかと。想像してみる。それもまた可愛らしい。
　知性の無いローカストである配下は特に言葉を発することはないが、淡々とケルベロスたちに攻撃を仕掛けてくる様はある意味不気味でもある。背中の羽をすり合わせ破壊音波を前衛へ。
　佐久弥にとってもネフィリアは縁のある相手だ。タイミングを合わせ覚悟を決めて迎え撃ち、己に届く前に攻撃を相殺させることに成功した。
（「あ、れ……」）
　列攻撃が放たれたのを見て恭志郎は考えていた回復グラビティを放とうとするも、はっとする。事前の準備を間違えたのか、予定していたグラビティが今は使えない。一瞬思考が白くなるも、呆然としている暇はなかった。深呼吸してできるだけ意識を切り替え、護身刀を横薙ぎに胸の前に構え煉華で前衛の傷を癒す。地獄の炎が応え共鳴し、花弁のような儚い光となりひらひらと山の戦場に舞う。
「天より降り来る天ツ狗――万物喰らい万象呑まん」
　練り上げた力を静かに攻撃へ変える。大きく跳躍し、宙を蹴り次なるは加速、加速。そして突撃。一振りの大剣からは吠え猛るよう炎血が吹き出し、霧状になって空気を赤く侵食する。詠唱の後、ごく短い間を経て佐久弥の天意火槌落撃（メテオフォール）が発動した。
　それを目にした配下もまた大きくその細く頑丈な足で跳躍し、勢いを生かして達也へ蹴りを叩き込む。背中の羽がその手応えに悦ぶようカサカサと揺れた。
「……ぐっ、……」
　足が腹に食い込み、その強い衝撃に達也の顔が歪む。
「悪いがお前に拘ってはいられないんでな。早々に退場して貰うぞ！」
　腹の埃を払って達也が声を荒げる。反撃の、時間だ。
「焼き尽くせ、カグツチ！」
　地獄化した右腕にグラビティ・チェインを集中させ、宣戦布告の如く指先を配下へ向ける。まさに炎神の御業。薙ぎ払う。ただそれだけで、業火が黒い体躯の表面を舐め焼き焦がす。嫌な匂いがした。
「こいつは蜂よりも獰猛だよ、それじゃ行け！」
　攻撃機能を持ったドローンが配下へ飛び、機銃や爆弾によって攻撃を行う。広範囲に渡る制圧力を犠牲に、単体攻撃に特化させたドローンだ。爆風をまともに食らって一瞬配下はよろめくが、まだまだ耐久力は残っている。
（「やっぱり嫌いかも」）
　黒光りする体躯を目の前に、アトリは嫌悪感を露わにする。急所を狙ったつもりだったが、紙一重のところで避けられてしまう。……が。
「首級おいてけー！」
　間髪入れずに和が飛び出し、惨殺ナイフで焼け焦げた部分を斬りつけて傷を広げた。

●黒き悪魔
　ネフィリアの持つ一番の従者というだけあって、大きな回復手段こそ持ってはいないが、一撃に重みがある。ケルベロスたちはバッドステータスを受けると早くに回復に移るメンバーの割合が高く、その分攻撃の手数がそちらへ取られてしまっているようだ。
　配下の腕からカマキリのような刃が現れる。生きるモノの命を刈り取る大鎌のよう。一撃を受けた日仙丸は防御体勢を取ってダメージを減らすも、身を深く抉る刃はかなり大きなダメージだ。
「っは、……これはまた。厄介な攻撃でござるな。カマキリを見る目が変わりそうでござる」
　おまけに生命力を吸い取って、自らの傷を僅かながら回復させている。
「きゃー！　でっかいゴキブリ―！　やだー！　ゴキブリやだー！」
　半分以上、否、完全に涙目になりながら和は熾炎業炎砲を放つも、僅かに速いタイミングで回避行動に移られたせいで、御業は触覚を掠めるに留まる。
「山頂の戦いも皆で行きましょう。誰も倒れさせはしません」
　恭志郎は煉華の後に気力溜めを佐久弥へ使い傷を癒す。肉体の持つ力を連続使用した為に回復量に伸びはないようだ。
　ケルベロスの攻撃によって受けた炎は消えずじわじわと黒鎧を焼きダメージを与える。配下の破壊音波攻撃が後衛を襲った。
　来る。そう思った恭志郎は唇を閉じ無意識の内に声を殺すよう構える。『あの日』とは違う。そう思うだけで痛みは防護壁一つ隔てた向こうにあるような、何処か他人事のように感じられる。そうしようとしていたのかもしれない。
「無事だな」
「……達也さん」
「なに呆けた顔してる。まだ終わってないんだ。宜しく頼むぜ、ワイルドカード」
　鉄塊剣を携えた達也の背中が、盾としてそこにあった。深い意味もなく芝居がかった台詞で茶化すと、他の仲間にも気を配り再び攻撃に参加する。
（「あぁ、そうだったんだ。俺は今まで、知らなかった。……わかろうとしなかった？」）
　庇う側でなく庇われる側。その場所に立って気付く事もある。代わりに負う痛みや苦痛は、決して贖罪にも免罪符にもなりはしない。
「保証はない。だが。……試す価値はある。行動あるのみ」
　注意深く敵の挙動を確認していたアンゼリカは配下の持つ羽を凝視し狙いを定める。通常の命中では意味がない。部位を狙ってみるのならば、それ以上の手応えでなければ。
「……！！」
「やったか。次に生やすなら、もっと頑丈にするんだな。……その機会も与えてはやらないが」
　放たれたアンゼリカの時空凍結弾が配下の羽を見事に破壊する。動きを止めることはできないが、正確な狙いと度胸ゆえかもしれない。
　催眠を重く見た日仙丸は力強い声をあげて解き、続いて命も同じくシャウトで自らを回復させる。
「その羽、引き千切る！」
　壊れた羽の根本まで引き千切ってしまえば、見るも無残な傷跡が残るだろう。容赦はしない。
「裂けろ幻影、塵も残さず朽ちて逝け！」
　音もなく忍ばせたのは赤黒い影、生き物のように舞い踊り配下を翻弄し幾度となくアトリの蹴りがダメージを叩き出す。大鎌の如き顕現化した影は一層に留まらず、三層にまで至り蹴りの軌道を正確になぞり配下を二重三重に引き裂いていく。赤い液体は袖裏に。中身はアトリくらいしか知らないが、細長い器の中で赤が揺れた。キヌサヤはアトリを最後にして、後衛から前衛へと清浄の翼で癒しの力と共に、異常状態に対する守護の力を授けていく。
「強力とは聞いているが、不死身の化け物じゃないんだ。勝てない相手ではない」
　炎に焼かれケルベロスの攻撃に重ねて氷のダメージを負い弱っていく配下の姿に、アンゼリカは傷の痛みを抱えながらも、攻め続けようと仲間を鼓舞する。
「終わりのない恐ろしさはネットに繋いでいる時だけで充分でござる」
「う、……絶対嫌。こんなのとずっと戦い続けるなんて」
　日仙丸と命が言うと、他にもこんな声があがる。
「平和を壊す奴はぶちのめす！……たとえGでも！」
「これ以上は構っていられない」
　和とアトリだ。仲間たちは目配せして、頷き合う。血が流れ身体は痛むけれど、ここで奴を止めて、一刻も早く上に向かわなければ。
「終わらせましょう。もう、……行かなくちゃ」
　乱れた息の下、佐久弥が苦しげに咳をして言葉を紡ぐ。
　地獄の炎が生き物のように佐久弥の持つ鉄塊剣、餓者髑髏と以津真天に宿る。全てを焼き尽くす業火を刀身に纏わせ、力の抜けそうな指に意思を通し佐久弥は力任せに両刀を叩き付ける。
「ぐ、……あぁ……！」
　初めて、配下が声をあげた。
　淡々と、敵の殲滅に動いていた従者が、苦痛に呻きぐらついた身体を必死で支え立っている。
　今だと判断した達也が飛び出した。空の霊力がじわりと高まって光り、主の意思に応えて得物がその光を増す。
　仲間がつけた傷跡が、勝利への突破口だ。
「これで、終わりにしてやるッ――！」
　大きく薙いだ一撃が振り切られ、そして数秒。
　ネフィリアの配下はゆっくりとその場に崩れ落ち、そうして二度と動かなかった。

●Gの屍踏み越え、仲間の元へ
　ケルベロスたちの傷は決して浅くはなかったが、どうやら動けない程怪我を負った者はいないようだ。隠された森の小路の力により、ヘリオンを使わずに直線距離を走って目的地に向かうことにした。植物園のイベント参加者には一人の被害者も出ていない。今頃は呑気に、青いケシの特別展示を楽しんでいるだろう。
　向こうの班も戦いの最中。長話は難しいと必要事項だけを完結に佐久弥はもう一つの班へ連絡する。どうやらきちんと伝わったようだ。二戦目に入る際、何人かのケルベロスはポジションを変更した。
「ゴキブリは倒した……餓鬼堂！いま行くぞー！」
　山の木々や草が、ケルベロスたちを避けて道を作ってくれている。八人が通った後は元通り、何の痕跡も残りはしない。山はただ、見守るだけ。戦いの行末を、ケルベロスが切り開く未来を。
　到着したケルベロスたちは仲間と、事件の黒幕――ネフィリアを肉眼で確認する。ジャマー二人は動けないようだが、見たところ死んではいない。
（「出来る事は沢山ある筈だから」）
　護身刀を携えた恭志郎は白き炎で深手を負った仲間を癒す。
「お待たせしました」
　ふわりと笑みを浮かべ、癒し手として戦いの輪に加わった。
　もう一つのチームの行動に、配下班メンバーも攻撃を挟んでいく。
「主役は遅れて登場する？　いやいや、主役はお前の目の前にいるその男だぜ？」
　業火の乗った右腕を振るいながら、挑発的な台詞をネフィリアへ向けたのは達也だ。
「知恵を崇めよ。知識を崇めよ。知恵なきは敗れ、知識なきは排される。知を鍛えよ。知に勝るものなど何もない。我が知の全てをここに示す」
　分厚い書物を出現させ和は痛恨の一撃を物理的に与える。分厚い辞典とは、もはや凶器。次いで佐久弥が大跳躍で空中より降下し、二本一対の鉄塊剣を一つにして上から叩き潰す。
「襲われた人々の苦しみに比べれば、こんなの全っ然何ともないね！」
　痛みなど邪魔だとばかりに、アトリは苦痛を誤魔化し笑って声をあげる。
　無事合流を果たしたケルベロスたちは一斉にネフィリア一体へ攻撃を仕掛ける。二チーム合わせても特に攻撃力の近いクラッシャーは二名、押し切るにはまだ少しかかるかもしれない。
「行きな、そして蜂のような一刺しを食らわせてやれ！」
　命の攻撃型ドローンが一斉に放たれる。
「螺旋の極地、存分に味わい、そして逝け！」
　ぐっと握り締めた掌に生まれるは螺旋の力。日仙丸は駆けて距離を詰め、けれど触れた瞬間は優しく。次の瞬間、敵の内部から爆発が巻き起こる。
「さぁ、今こそ君の宿縁に決着をつける時だ！」
　時を凍らせる弾丸を生み出し、アンゼリカは撃つ。敵はただ一体のみ。
　配下を倒し合流を果たしたケルベロスたち。そしてネフィリア戦いの行方は――。

作者：成瀬	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2016年5月3日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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