ブラック・バラック

作者:朱乃天

 光が殆ど差し込まない、薄闇に包まれた世界。
 その中で襤褸布を纏った異貌の男が、一体のオークと並び立っていた。
「――ドン・ピッグよ、慈愛龍の名において命じる」
 男に名前を呼ばれたオークは、葉巻を咥えながら不遜な態度で男の話に耳を傾ける。
「お前とお前の軍団をもって、人間どもに憎悪と拒絶とを与えるのだ」
 男の命令に、ドン・ピッグは不敵に笑って言葉を返した。
「ああ、俺っちの隠れ家さえちゃんと用意してくれりゃあな」
 男はドン・ピッグの台詞にも全く動じず、答えがわかっていたかのように苦笑する。
「後はウチの若い奴等に女を連れ込んで来させるさ。そうすりゃ憎悪だろうか拒絶だろうが稼ぎ放題だぜ」
「……やはり自分では戦わぬか。だが、その用心深さがお前の取り柄だろう」
 この狡猾なオークに話を持ってきたことも、全てを推測して見通した上だ。
「良かろう。ならば魔空回廊で、お前を安全な隠れ家に導こう」 
「おぅ、頼むぜ、旦那」
 男の口元が歪んだのを見て、ドン・ピッグは満足そうに下卑た笑いを浮かべるのだった。

 東京都足立区にある街の一画。
 そこは古めかしい家屋が建ち並び、味わい深く趣のある下町情緒溢れる街並みだ。
 昔ながらの人の営みが繰り返されるこの街も、横道へ一本逸れると人気のない寂れた路地裏に入り込んでしまう。
 近代化の波に取り残されて、錆びつき朽ちた人の住まないバラック小屋が密集している裏道の空間は、怪しくも危険な魅力に満ちた独特の雰囲気を醸し出している。
 その中に迷い込んだかのように、覚束ない足取りでふらつく一人の女性の姿があった。
「はぁ……捨てられちゃったなあ、私……」
 女性の顔は真っ赤に色付いて、瞳は焦点が定まっていない。どうやら酒の飲み過ぎでかなり泥酔しているようだ。
 彼女には恋人がいたのだが別れ話を切り出されてしまい、やけ酒を呷って失恋の傷心を紛らわせていた。
「もう好きにすればいいじゃない……あんなヤツ、知らないんだからっ……!」
「グッヘッヘ。それじゃ好きにさせてもらうぜ、お嬢さんよう」
 彼女の愚痴に答えるようにどこからともなく声が聞こえた。酔いが回って踞み込んでいる女性を複数の影が取り囲む。
 突然現れた影――醜悪な異形の豚の姿をしたオーク達が、舌舐めずりしながら背中に生えた触手を伸ばして女性に襲いかかった。
「い、嫌ぁ……何よこれ……」
 朦朧とした意識の中でも、身体に絡みつく触手の気色悪い感触が伝わってくる。しかし酔い潰れている彼女は抵抗する気力すらもない。
 賤しく笑うオーク達に衣服を強引に剥ぎ取られ、女性は連中の欲望の捌け口として成す術もなく陵辱されてしまう――。

「竜十字島のドラゴン勢力が、新たな活動を始めたみたいだよ」
 ヘリポートに集まったケルベロス達を前にして、玖堂・シュリ(レプリカントのヘリオライダー・en0079)が予知の内容を語り始める。
 ギルポーク・ジューシィというドラグナーが配下のオークに命令し、都内で事件を起こすらしい。オークを率いているのはドン・ピッグというオークで、非常に用心深く立ち回って配下に女性を攫わせている。
「今回狙われるのは二十歳そこそこの女性で、酒に酔って前後不覚なところを襲われてしまうんだ」
 オーク達は存在が消えても怪しまれないような弱者に狙いを付けて、人気のない路地裏で誰にも気付かれることなく犯行に及ぶ。
「そして女性はオーク達に暴行された後、秘密のアジトに連れ込まれてしまうみたいだね」
 もしオークが女性に接触する前にこちらが行動を起こしてしまうと、オーク達は別の対象に狙いを変えてしまう。だから現場に突入するのは、オークが女性と接触した直後にしなければならない。
 続けてシュリは敵の戦闘能力について説明する。
「オークの数は全部で六体。触手を使って締め付けてきたり、溶解液で徐々に痛めつけたり装甲を刺し貫こうとしてくるよ」
 また、戦場となる路地裏は少々狭いが戦闘に支障をきたすことはない。それに人気のない場所なので、人払いの心配はない。ただし被害女性については対処方法を考える必要があるだろう。
「オーク達の横暴を許すわけにはいかないからね。どうかキミ達の手で、女性が被害に遭う前に救ってほしいんだ」
 シュリは表情を変えずに淡々とした口調で伝えるものの、ケルベロス達を見つめる瞳には怒りにも似た感情が宿っているように思えた。
「連中は用心深く作戦を遂行しているから、もう連れ去られてしまった被害者もいるかもしれないけど……」
 想像したくないことを口から発して、シュリは一瞬言葉を詰まらせてしまう。だが、気を取り直して続く言葉を紡ぎ出す。
「でも……今はとにかく目の前の事件を解決することだけを考えて。これ以上、可哀想な犠牲者を増やさない為にもね」
 シュリは期待を込めた眼差しをケルベロス達に向け、戦場に赴く彼等の武運を祈った。


参加者
ビスマス・テルマール(なめろう鎧装騎兵・e01893)
此野町・要(サキュバスの降魔拳士・e02767)
伊上・流(虚構・e03819)
空鳴・無月(憧憬の空・e04245)
鏑木・郁(傷だらけのヒーロー・e15512)
ウィリアム・シャーウッド(君の青い鳥・e17596)
ヴァルカン・ソル(龍侠・e22558)
ゼラニウム・シュミット(決意の華・e24975)

■リプレイ


 春とはいえ、路地裏を吹き抜ける風はどこか湿気を帯びて生温く、全身を舐め回すように賎しく纏わりついてくる。
 人の気配はない、しかしかつての人の営みが感じられる寂れたバラック小屋の密集地。半ば廃墟じみた裏通りに、運悪く迷い込んだ一人の女性に危険が迫る。
 不気味に静まり返った暗闇の中から現れた、醜悪で薄気味悪いオーク達。女性は酒を飲んで泥酔しており意識も覚束ない、あらゆる認識力が欠如した状況だ。
 オーク達は酔いが回ってその場に踞み込む女性を取り囲み、舌舐めずりをして伸ばした触手を女性の身体に這わせていく。
 このままでは女性がオークの慰み者にされてしまう。その時――路地裏の入り口から二つの影が駆けてくる。
 雲の隙間から差し込む月光に照らされる影、伊上・流(虚構・e03819)と此野町・要(サキュバスの降魔拳士・e02767)が、女性を救出しようとオークに向かって飛びかかる。
「な、何だテメエら! 俺達の楽しみを邪魔するつもりか!?」
 敢然と攻め込んでくる二人を触手で絡め取ろうとするオーク達。要は刃のように鋭い蹴りで触手を斬り払い、流が高々と跳躍して速度を加えた重い飛び蹴りをオークに叩き込む。
 着地と同時に流はオークと女性の間に割り込んで、要が手近にいるオークを無言で蹴り飛ばして彼を援護する。彼女は何故か上機嫌な笑顔だが、それは怒りが限度を超えたことの表れでもあった。
「俺達はケルベロスだ。いきなりで驚いたかもしれないが、貴女を助けに来た」
 流が女性に呼び掛ける。しかし女性は意識が朦朧としていて、突然の出来事に訳がわからずキョトンとしていた。
「ケ、ケルベロスだあ!? 冗談じゃねえ、ここはとっととズラかるぜ」
 むしろ反応があったのはオーク達の方である。保身の為なら仲間達をも見捨てて逃走を図ろうとするオーク達。だがその逃げ道を塞ぐ複数の影が新たに躍り出る。
「婦女子を狙い、あまつさえ辱めようとは。ドラゴニアンの誇りに懸けて、お前等を許す訳にはいかぬ」
 オーク達の前にヴァルカン・ソル(龍侠・e22558)が立ち塞がった。静かに語る言葉の中に、激しい憤怒を秘めてオーク達をひと睨みする。
「お前達の卑劣なやり方は許せないからな。これ以上被害者が増えないよう、ここで確実に倒させてもらう」
 人一倍正義感の強い鏑木・郁(傷だらけのヒーロー・e15512)は、女性が危険に晒されるのを見過ごせず、卑劣なオークへの憤りを込めて武器を構える。
 郁が横目で見つめる視線の先には、旅団の同僚であり、憧れを抱く存在がそこにいる。紅の龍人たるその彼と、肩を並べて戦うことに縁を感じつつ、武器を持つ手に力が篭る。
「ここから先は、逃がさない……。好き勝手な真似は、させない、から……」
 物静かなドラゴニアンの少女、空鳴・無月(憧憬の空・e04245)が無表情でオーク達を見つめながら淡々と語る。しかし心の内では女性の身を案じ、一瞬とはいえオーク達に襲わせることが心苦しくて。それ故に、女性を助けたいという思いを強く抱いていた。
 憎悪と拒絶――このような事件が頻繁に起きれば、それを手に入れるのは容易いだろう。
「ですが、いえ……だからこそ、こちらも抵抗しない訳にはいきません」
 ゼラニウム・シュミット(決意の華・e24975)は強固な意思を言葉に乗せて、真剣な眼差しでオーク達を凝視する。
「へっ。野郎ばっかと思いきや、可愛い女もいるじゃねえか。そこまで言うなら、代わりにテメエらが俺達の相手をしてもらおうか」
 オーク達は女性の姿を認識した途端、下卑た笑いを浮かべながらにわかに活気付いて触手をくねらせる。
「オーク達って……つくづく最低ですね。己の快楽の為に……女性なら誰であっても構わないのですか」
 そうでなくても論外ではあるが。ビスマス・テルマール(なめろう鎧装騎兵・e01893)は本能剥き出しのオーク達に呆れつつ、問答無用とばかりに魔法の矢を弾雨の如く乱れ撃つ。
「やれやれ、オークって奴等はホントどこのエロゲですかってーの」
 ウィリアム・シャーウッド(君の青い鳥・e17596)もまた、あるがままに欲望を貪ろうとするオークの下劣さにただ苦笑するのみだ。
「女に寄って集ってとはクソみてえにイイ趣味だ。誰が手ェ出させるかよ」
 軽い調子で不敵に笑い、腰に差した打刀を抜いて飄々と斬りかかるウィリアム。刃に空の霊力を纏わせて、ビスマスの射撃で怯んだ隙を狙って追い討ちをかける。
 ケルベロス達は両端の通路を塞いでオーク達を包囲する。後発組が注意を引き付けている間に要と流が女性を引き離し、二人は女性を安全圏まで避難させる為に移動を開始した。


 女性を物にできず逃走することも阻まれたオーク達は、なりふり構わずケルベロス達に襲いかかった。まずは女性陣に狙いをつけて、彼女達に攻撃を集中させる。
 伸ばした触手を無月の肢体に巻きつけて、じっくりと弄るように締め上げていく。ぬるりとした触手の感触はあまりに不快で、無月の心の中に嫌厭の情が沸き上がる。
「その下劣な所業、目に余る……今宵の私は些か残酷だ、一匹たりとて逃がす気はない」
 無月に纏わりつくオークを払い除けようと、ヴァルカンが巨大な鉄塊剣を威嚇するように叩きつけ、注意の目を自身の方に向けさせる。
 オークの敵意がヴァルカンに移って束縛が緩んだその瞬間、無月は槍を高く掲げてオーク目掛けて全力で振り下ろす。
「……叩き、潰す」
 夜色の槍が月明かりに煌めいて、刃は真っ直ぐにオークの頭部に命中し、グシャリと鈍い音がして脳天を真っ二つに斬り裂いた。
 早々に一体のオークを葬って攻勢をかけるケルベロス達。救出役の二人が戦線を離れている為、戦力的には若干不利だがその点は織り込み済みだ。
「覚悟はいいですか。食らいなさい、殺神ウイル……って! あれ違う! 私のお酒!」
 ゼラニウムがオークに撃ち込んだカプセルウイルスは、誤って高濃度数の酒が圧縮された物だった。しかしそれが功を奏したのか、酒を注入されて酔いが回ったオークはすっかり千鳥足状態だ。
「こいつぁ酒臭くってたまんねえ。てめえら豚共は一匹たりとも逃さねえから、覚悟しな」
 ウィリアムは酔いどれオークを煩わしく思いながら言葉を吐き捨てる。目障りなオークをすぐに始末しようと、打刀と脇差、愛用する二本の刀を両手に携え刃を走らせた。
「――igneous, ignis,」
 剣の軌道が見えないほどの速度で繰り出される斬撃が、幾度もオークの身体を斬り刻んでいく。やがて刃は紫紺の炎を燃え上がらせて、オークの全身を包み込む。絶命して冷たくなった屍を、激情の業火で灼き尽くすかのように――。
「お嬢ちゃんよう。そんなイカつい鎧なんざ、さっさと脱いじまおうぜ!」
 オークの触手が鋭利な槍と化してビスマスの装甲を削いでいく。一刺しで終わらせようとせず、じっくり剥いでいこうとするところがオークの嫌らしい性格だ。
「くっ……その程度でわたしが屈すると思ったら、大間違いです!」
 ビスマスは鎧が剥がれた部分を手で覆い隠して、仮面の下から下衆な態度のオークを忌々しく見やる。
「おっとそこまでだ。あまり動き回られると厄介だからな……ここで足止めさせてもらう」
 乙女の窮地を救うべく、郁が一体のオークに照準を絞って内包する力を解き放つ。彼の手には、グラビティで錬成したライフル銃が握られていた。トリガーを引いて射出された弾丸は、紫電を帯びて撃ち抜くと同時にオークの神経を麻痺させる。
「ガイアグラビティ生成……ローカルシェルシールド・全周囲展開っ!」
 ビスマスが気を集中させて、無数の貝型小型兵器を周囲に展開させる。自身も海扇の鎧を全身に装着し、攻撃態勢を整える。
「攻撃に転じたご当地の貝の強固な護り……その身で味わって貰いますっ!」
 感応波によって貝型兵器を自在に操作して、動きが鈍くなったオークへ一斉に撃ち当てる。障壁を纏って強度を増した貝型兵器の破壊力は凄まじく、直撃を受けたオークはその場に崩れ落ちてピクリとも動かなくなった。
「チッ、こんな奴等まともに相手してられっかよ!」
 まだ生存しているオーク達は、仲間がケルベロスを相手取っている隙を見計らって逃げ出した。片側の通路はケルベロス達に抑えられていたが、もう片側は混戦模様で封鎖態勢が薄らいでいた。そこに乗じて脱出しようとしたのだが、進んだ先に待ち構えている者達がいることを、オーク達は失念していた。
「みんなお待たせ! ここから先へは一歩も行かせないよ」
「彼女は無事に避難させた。遅くなったが、俺達もこれから加勢する」
 女性を安全圏まで移動させる為、場を離れていた要と流が合流を果たす。もはやオーク達に逃げ場はなくなった。
 ボクスドラゴンの『ナメビス』が体当たりを仕掛けてバランスを崩し、そこへゼラニウムが背後を取って漆黒の槍を振り翳す。
「一体どこへ逃げようというのです? あなた達が逝くべき場所は、一つだけですよ」
 そう言ってにっこり微笑んで、ゼラニウムは影の槍を容赦なくオークへ捻じ込んだ。突き刺さった槍は液状化してオークの体内に浸食し、瘴気が肉体を蝕んでいく。
「アクセス・終焔――終りを齎す白き浄化の焔よ、此処に顕現せよ」
 流の口から紡がれるのは、彼が独自に編み出した魔術言語だ。『理』が世界に溢れる膨大な情報から『根源』を探索し、魔力の奔流が白き焔の片翼となって流の背中に顕れる。
「日常に害為す異端なる存在は狩り屠る……貴様の概念情報、全て浄め祓い滅する!」
 全ての穢れを浄化させる純白の『終焔』がオークを飲み込んでいく。煉獄の中でオークは悶え苦しみながら身も魂も焦がされて、やがて灰燼と帰して消滅していった。
「豚野郎にゃ、ブタ箱なんかじゃ生温い。もっと相応しい、地獄にでも送りつけてやるぜ」
 ウィリアムが身を乗り出して刃をオークに突き立てる。雷を帯びた刃は腹部を抉るように穿ち貫いて、深手を負ったオークはよろめきながらも死に物狂いで抵抗を見せる。
 オークは膨らませた触手から溶解液を分泌させて、前方に立ちはだかる要に発射する。ドロドロした液体は要の防具を溶かしていくが、負傷自体は軽度に留まった。
「発現……纏、練気から、形成……っ! 行くよっ!」
 要はオークの攻撃にも動じることなく、ただ魂のみを喰らおうと気を練り上げる。螺旋状の闘気が腕に渦巻いて、渾身の力を込めて正拳突きを打ち込んだ。
「君達の宝玉は……1ミリたりとも残さない……!」
 拳の衝撃が激しい爆発を生み出して、オークはその威力に耐え切れず、爆風に巻き込まれるように跡形残らず消し飛んだ。


 これで残ったオークは一体だけだ。抵抗しても無駄だと悟ったオークは、跪いて両手を地面に付けて土下座する。 
「ゆ、許してくれ! 俺は命令で仕方なくやってただけなんだ! だから命だけは……!」
 いきなり命乞いをするオーク。しかし、ケルベロス達にこの浅ましい連中を許そうという慈悲の気持ちは、一片たりともない。
「どうせ同情で油断した隙に逃げようとでも考えてたんだろ」
 郁が冷たく言い放ち、逃走されないよう霊気の網でオークを捕縛する。完全に見透かされていたオークは、憤懣やるせない思いで郁に恨みの目を向ける。
 身動きが取れないオークに対し、ヴァルカンが斬霊刀をちらつかせながら歩み寄る。そして月光を浴びて輝く刃を、躊躇うことなく振り下ろす。
「……貴様が手にかけた人々も、同じ様に生を願っていたのだ。せめてその罪、悔いながら地獄へ堕ちろ」
 斬――刃は鮮やかな軌跡を描いて閃いて、オークの首を見事に斬り落とす。ヴァルカンはオークの息がなくなったのを確認すると、刀に付着した血を拭って鞘に納めた。
「……余り見せたくはなかったな、こういう姿は」
 郁とふと目が合ってしまい、ヴァルカンは思わず顔を背けてしまう。自分を慕ってくれる若者はどう思っただろう。彼を失望させてしまったか、そんな懸念すらも抱いてしまう。
 深く思案するヴァルカンの背を、郁は目を逸らさずじっと見続けた。彼はその姿に何を感じ取ったのか、答えは郁自身にしかわからない。

 こうして戦いを終えたケルベロス達は、救出した女性の元に向かって彼女を介抱する。
「……ん。気が付いた、かな?」
 女性が目を覚ましたのを見て、無月が顔を覗き込む。表情は相変わらず変わらないのだが、女性が無事であることに無月は心の中で安堵した。
「酔い止めの薬が効いたみたいですね。お酒も負の感情も、溜め過ぎは毒ですよ」
 どうやらこれ以上酷くなることはなさそうだ。ゼラニウムは優しく微笑んで、愚痴や文句なら聞いてあげるからと女性を慰める。
「ええ、溜まっているものを吐き出せば、少しは楽になると思いますよ」
 ビスマスもゼラニウムの話に合わせて、女性の心を受け止めようとする。
 方向性は違えども……大切な人を失った時の喪失感は痛いほどによくわかる。ビスマスは一瞬空を見上げて、在りし日の光景に想いを巡らせた。
「そうそ、自棄酒は身体に良くねェぜ。次はもっちょい健全な憂さ晴らしをしましょうや」
 普段通りの軽い調子で、ウィリアムが女性に声掛けをする。一見軽薄そうだが、根は真面目な彼である。後は俺らが送っていくからと、思いやりのある一面を覗かせる。
「これ以上の長居は無用のようだな。そろそろ引き上げようか」
 オークを倒した後も調査と警戒に当たっていた流だったが、この辺りが潮時だと判断して仲間達に帰還を促す。
「嫌な目に遭ったなら、次は楽しいことの番じゃないと駄目だよね! 遊びに行きたい所はあるかな? 今度一緒に付き合うよっ!」
 要は戦闘時とは違って本心からの満面の笑顔を振り撒いて、少しでも女性を元気付けようと明るい声で励ましたのだった。

作者:朱乃天 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年4月30日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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