ボーン・デッド・ボーン

作者:緒石イナ

 深夜も二時をまわり、もっとも闇の深くなるころ。幹線道路の高架下で、月光を避けるようにひそむ影がひとつ。
「静かな夜だね。まるで我ら『マサクゥルサーカス団』の到来を待ちわびているようじゃないか――君たちも、そう思うだろ?」
 身を包むまだら模様のマントが風もないのに激しくはためく。いや、これはマントではない。巨大でまがまがしい、彼自身の翅だ。そう、彼は地球の住民ではない。この星に仇なすデウスエクス、謎多き死神の一人であった。その証拠に、彼の周囲にはどこからともなく現れた怪魚型の下級死神が3体、主人の指示を待つ忠犬のようにぴたりと寄り添っている。
「みんな仕事熱心で嬉しいよ。でもダメなんだ、君たちだけじゃ始まらない。さあ、とびきり素敵なニューカマーを呼んでおいで。楽しいパレードはそれからだ!」
 彼の命令に促され、3体の死神は青白い光を放ちながら虚空で幻惑的な遊泳を始める。手下たちの働きぶりを『団長』は大げさな首肯で激励すると、夜闇にまぎれて消えた。
 忠実な死神たちはなおも踊る。二重にも三重にも描かれた光の軌跡が複雑怪奇な魔法陣を完成させたとき、サルベージされた過去の魂は変異した新しい肉体を得て大地に降り立つ。それは、さながら『団長』の背中で笑うしゃれこうべのように、重たい大顎をカチカチと鳴らす竜牙兵の姿だった。
 
「夜分にお集まりいただき、ありがとうございます。さっそくですが、説明を始めましょう。こんな夜中でも、デウスエクスの蛮行はお構いなしですから」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)はヘリポートの誘導灯に資料の束を透かして見ながら、ケルベロスたちに事態を話し始めた。
「蛾の翅をもつ死神、通称『団長』の暗躍が続いているようです。彼の指揮による第二次侵略期以前に死亡したデウスエクスのサルベージが、こんどは静岡県沼津市で発生しようとしています。死神勢力の戦力増強が目的なのでしょうけれど、これをみすみす見逃すわけにはいきません。いますぐ出現地点に急行しましょう」
 死神たちは、沼津市郊外を走る幹線道路の高架下に空いた更地でサルベージをはじめたという。現場に到着するころには竜牙兵のサルベージは完遂されてしまっているものの、予知された出現地点からの逃走を許すことはない。住宅地からは遠く障害もないこの地点で怪魚型死神も竜牙兵も討伐してしまえば、一般人への被害を防ぎつつ、姿を消した『団長』の思惑を潰してしまえるはずだ。
 サルベージされた竜牙兵はすべての歯を長大な刃物に置き換えられた大きな顎を持ち、立ち上がれば3メートルにもなる巨体に強化されている。ただし、知性はことごとく失われ、地面を両手両脚で踏みしめてさながら獣じみた暴力をふるってくるという。
 三体の怪魚型死神もまた、比較的非力とはいえ、ケルベロスへの攻撃性は高いと知られている。敵とみなした者へ積極的に食らいついてくる、あなどれない敵だ。
「それでは、出発します。どんな悪略も私たち地球の住民は許さないと、行動をもって死神に知らしめてやりましょう」
 セリカそうしめくくると、ヘリオンの内部へとケルベロスたちをうながした。


参加者
水無月・鬼人(重力の鬼・e00414)
天雲・戒(ブレイブハート・e00766)
アクセル・グリーンウィンド(緑旋風の強奪者・e02049)
ウィリアム・バーグマン(地球人のガンマン・e05709)
黄檗・瓔珞(斬鬼の幻影・e13568)
工藤・千寛(御旗のもとに・e24608)
クルーフ・リンクス(なんちゃっての塊・e24890)
フェルレット・フェルジュ(玉虫色の竜・e26037)

■リプレイ

●生まれたての死者
 青白くぼんやりと輝く怪魚が見上げる中、異形の姿でよみがえったばかりの竜牙兵は重たげな頭を持ち上げ、剣と化した牙の奥からうめき声をもらす。月光は高架にさえぎられ、街灯もわずかに見えるばかり。閑静な郊外の夜にはふさわしくない、異常な空間――そこへ一直線に迫る、8人の姿があった
「あれが、死神……!」
 フェルレット・フェルジュ(玉虫色の竜・e26037)は、思わず息をのんだ。初陣の彼女には、目の前の敵の姿がヘリオライダーから伝え聞いたものよりも心なしか強大で、不気味に見える。主人の不安を察してか、アイヴィは自身のゆたかな毛皮を玉虫色のうろこにそっとすりよせた。
「緊張するか? なに、俺たちはデウスエクスの天敵・ケルベロスだ。怖がりすぎることはない」
 天雲・戒(ブレイブハート・e00766)が前を見すえながら力強く声をかけた。隣では、彼の相棒・ダルタニアンが背中を丸める。いつでも攻撃を繰り出せる戦闘姿勢だ。
「でも、一戦一戦はいつも真剣勝負。だから……その大事な気持ち、忘れんなよ!」
「――はい!」
 余計な恐れを大きな翼のはばたきで振り払い、フェルレットは深呼吸をひとつ。戒はスイッチを持つ拳をぐっと握りしめた。それを合図に、鮮やかな煙幕と稲妻が、ケルベロスたちの行く先を彩る!
「おとなしく三枚おろしにされなよ、死神」
 先陣を切って水無月・鬼人(重力の鬼・e00414)が振りあげた無名の刀が、賦活の雷を受けて電光の一閃を闇に描く。突然の襲撃に胸びれを断ち切られた死神が、空で身をひるがえした。鬼人のベルトに吊るされたランタンが激しく揺れ、高架の柱に移る敵の影がぐらぐらとゆがむ。まさに眼下にあたるその光源は、異貌の竜牙兵にとって絶好の餌食――ところが、大顎を開けて狙ったはずの光は、波打つ影にいきなりさえぎられたのだった。
「無音の空。深淵の谷。汝に許されしは一つの道。進むも戻るもまた地獄。襲え黒影、いざや参れ―――」
 影が広がりきるころに、黄檗・瓔珞(斬鬼の幻影・e13568)の呪文は結ばれた。いまや竜牙兵は、闇に沈む峡谷にのびる一本橋の幻の中にいる。幻の闇をかき消さんと、ケルベロスでなければ粉砕されていたであろう一噛みが、詠唱を終えた直後の隙をぬって瓔珞を襲った。
「そうだ、渡りにきなよ! 対岸は黄泉路だ。恨みはないけど、もう一度送り返してあげるよ」
 仲間たちが怪魚型の死神を狩りつくすまで、竜牙兵を足止めするのが彼の役目である。ただしそれは、この大物との真っ向勝負をしばらく耐えぬく必要があることを意味する。敵を挑発し、仲間へ不安をもたらすまいと――痛くもかゆくもないかのように不敵な笑みを絶やさないのも、作戦のうちだ。遂行できると確信する理由を、いま空いたばかりの裂傷を癒しふさぐ清浄な魂たちが体現している。
「我々に加護を、敵対者には安らかな眠りを!」
 魂たちは、工藤・千寛(御旗のもとに・e24608)が口ずさむ凛々しい歌声に呼び寄せられたものだ。集った魂はゲシュタルトグレイブに結わえられた旗をゆらし、竜牙兵を食い止める助けになる。さらにダルタニアンの突撃が竜牙兵の頬を叩き、追撃に加わった。そう、ケルベロスたちは敵にはない連携の力をもってこの戦いに挑んでいるのだ。
 
●生死の暴食者
「三枚おろしとは良い考えじゃのう。あっしとしては……そうじゃな、燻製じゃ」
 クルーフ・リンクス(なんちゃっての塊・e24890)のブレイブマインが盛大に吹きあがる。鬼人の啖呵に合わせた陽気な冗談とは裏腹に、彼の面持ちはいつになく固い。いつもは調子に乗りがちな主人をいさめるはずのウイングキャットが粛々と死神の目玉に爪を突き立てていることも、彼の本心を表していた。ヴァルキュリアが地球の一員として迎えられる以前。死者の尊い魂を戦士の頭数として扱ってきたかつての自分たちの行いと、いま対処しているこの悪事は、いったいなにが違うというのだろうか――死神と対峙するとき、クルーフはそんなことばかり思わされてしまう。
「浮かない顔してんな、あんさんよ」
 ウィリアム・バーグマン(地球人のガンマン・e05709)は、タバコの代わりにリボルバーの銃口から出る煙を吹き消す。深いひっかき傷へダメ押しとばかりにヘッドショットをねじこんで、胸びれの切れた死神をしとめたばかりだ。
「そうさな、面白おかしい戦場のほうが珍しいというもんじゃのう」
「ハッ、違いねえや」
 歴戦のガンマンらしく落ち着いた態度を貫いてはいるものの、彼もまた死神を前にして、かつての死神との戦いを思い出していた。死神がサルベージしたのは、何百年も前のヴァルキュリアだった。くしくも、クルーフや千寛と同じ種族である。地球に組する仲間と同じ姿をした敵を殺さねばならなかったあのときと比べ、引き金を引く指のなんと軽いことか。命に貴賤はない、それは大前提なのだが……。
 ガチン――鉱物のぶつかり合う甲高い音が、二人を浅い思考の淵から呼び戻した。ミミックのラバーラと死神、互いの牙がぶつかりあっている。本物の棺桶と変わらぬ重量が死神の動きを封じ込める代わりに、死神の噛み傷が赤いエクトプラズムのエネルギーをじわじわと吸い上げていた。戦いは、生死のやりとりは、まだ続いているのだ。
 おのれの肩に牙をむいて生命力をすする死神を、アクセル・グリーンウィンド(緑旋風の強奪者・e02049)はあくまで鹵獲術士としての好奇心をもって見ていた。魂を喰らい魔法を奪うすべを持つ彼は、食物連鎖にたとえるならまぎれもなく捕食者にあたる。捕らえた獲物をあえて生かして遊ぶ黒猫のまなざしは、そう長くは続かなかった。巨大な竜牙兵を抑える人数はわずか、早く合流せねばならない。
「みんな、食べていいよ……」
 暴食特化暴走形態。攻性植物が、ブラックスライムが、持主が喰われたぶんを倍にして返さんばかりに殺到する。骨肉を食い破られる苦痛に耐えかね、死神は飢えた得物たちを振り切って距離を置く。緊張感を絶やさずに注意深く戦場を観察し続けていたフェルレットは、この瞬間を見逃さなかった。
「これで――最後です」
 狙いすました猟犬縛鎖が、敵の体を地面に絞め落とす。死神は、彼女にとってはじめての首級となったのだった。
 
●歯折れ刃尽き
 ラバーラから離れた死神は次の餌を求め、鬼人の左腕にかじりついていた。……いや、正確に言えば、向かってくる死神の口内へ左腕があえて突き込まれた形になる。面食らったように一瞬動きが止まる敵の体内で、賽の目状の模様が地獄の炎を吹きあげた。最後の死神がブレイズクラッシュで体内から焼き滅ぼされたいま、やっとケルベロス全員の力を竜牙兵に注ぐことが可能になった。瓔珞たち3人の尽力、さらにサーヴァントたちによる身を投げ打った防護もあいまって、死神の排除にむかった主戦力は竜牙兵の妨害を受けずに済んでいる。
「お待たせ。……無茶、させちゃったね」
「なんてこたあないよ。さて、もうひとふんばりといこうか」
 アクセルのねぎらいの言葉に、瓔珞は相変わらずの笑顔で返す。心眼を呼び覚まして体勢を立て直しながらも、彼は一分の隙もなく敵の力量を見定めていた。両手足で這う獣じみた挙動は巨体に似合わず俊敏で、己の重量をも力に変えた一撃は強力無比。それでも、前線を守り抜く過程でいくぶんか暴威を削ることはできた。
「この果敢なる魂がついています。ともに参りましょう!」
 千寛が御旗を一振りすれば、呼び寄せられた魂たちが最前線へと走る仲間を支える力に変わる。
「死神に教えてやろうぜ――仮初の魂なんて、俺たちの敵じゃないってな!」
 清い魂の力、強く結ばれた絆の力、そして溢れんばかりに凝縮されたオーラが戒の拳に宿り、気の弾丸として撃ち放たれた。
「仮初の魂ね。そりゃあいい、負ける筋合いはないってもんだ」
 目にも止まらないウィリアムの早撃ちも加わり、竜牙兵の右肩が音を立てて砕け落ちる。ケルベロスたちの勝機が、たしかに見てとれた。
「さて、あんたにとっちゃ二度目の死だ。地球式になるがお前にも祈りは必要か?」
 体勢を大きく崩しながらも、竜牙兵はおびただしい数の剣の牙をガシャガシャと威嚇的に打ち鳴らしている。もはや、言葉を理解する知能さえ失われているのだろう――ウィリアムが肩をすくめた矢先、その異様な顎が裂けんばかりに大きく開いた。喉の奥に鋭い金属光沢が走ったかと思えば、光の矢よろしく発射されたのは一本の武骨な大剣!
「なっ――」
 剣の切っ先は、フェルレットの目と鼻の先で停止していた。アイヴィがとっさに広げた翼を貫き、勢いが殺がれたのだ。
「……驚いた。まだそんな元気があったんだ」
「手負いの獣ほど、恐ろしいものはない……いま、この身をもって理解しました」
 小柄な体躯を活かした俊敏さで竜牙兵の足元に滑り込むと、アクセルは露出した大腿骨を「ちょんっと」突いた。勇気ある小さな友を腕に抱えたフェルレットも、その打点を狙い竜の炎を吹きかける。気脈を断たれたうえに焦げ付いた脚は耐久性を失い、もろい木くずのように崩れていく。
 竜牙兵の機動力は、もはや無きに等しい。拳が、刃が、弾丸が、眠りを妨げられた死者の魂をもういちど眠らせるべく殺到していく。異常に巨大化された骨格はみるみるうちに砕かれ、最後には半ば鋼鉄と化した頭蓋だけが残った。
「おやすみ。もう、こっちに帰ってくるんじゃないよ」
 ヒュン――チィン。
 瓔珞の刀は、空を裂く音と『切った』という結果だけを残し、ふたたび鞘に収まった。神速の居合が、二度目の黄泉路へと竜牙兵の魂を送り出したのだった。
 
●還る牙
「ありがとうございます、アイヴィさん。あなたがいてくれて、ほんとうによかった……」
 フェルレットの腕の中で、アイヴィは満足げに目を細めた。彼女の初陣は同時に、相棒にとっても誇りある勝利となった。そんなほほえましい光景をうらやんでか、ダルタニアンも主人の腕を親愛たっぷりに甘噛みした。
「ああ、もちろん。今回もよくやったな!」
 戒もまた、自慢の相棒の頭をくしゃくしゃとなで、勝利をたたえあう。
 いっぽう、高架の柱の根元では、一本の木切れが立てかけられていた。
「餞別だ、これで勘弁してくれや」
 ウィリアムは懐から取り出した一本のタバコに火をつけ、木切れのそばに立てた。独特な香りのする一条の煙が、つつましやかに昇っていく。ケルベロスとは、地球に仇なす不死の命に死の宿命を与える存在である。だからこそ、命の尊厳を知る者でもある。ならば、たとえ敵であったとしても、死を迎えた魂を冒涜することがどうしてできようか。このささやかな墓標が、地獄の番人たる矜持を静かに物語っていた。千寛も天へ昇る煙の前に立ち、御旗とともに祈る。
「安心して眠ってください、もう貴方の眠りを妨げさせはしませんから」
 看取りを司る妖精族として、旅立つ命への敬意は欠かさない。もうひとりのヴァルキュリア・クルーフは、墓標へ捧げる鎮魂歌を口ずさんでいた。思案に沈む心は歌声にさえ浸透し、戦いの傷跡をも癒していく。ふだんの元気がありあまった歌ではなく、命を深く慈しむ玲瓏な音楽だった。
「――さて、と」
 小さな墓標に黙祷を捧げ終えると、鬼人は帽子をかぶり直し、皆に柔和な笑みを向けた。
「ずいぶん動いたし、腹も減ったろ。夜食でも食べに行かないか」
 彼の誘いに応じ、ケルベロス達は一人、また一人と夜道の向こうへ歩き出した。彼らの生きる日常の中へと、帰っていくのだった。

作者:緒石イナ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年5月4日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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