春の咆哮

作者:麻香水娜

 おぼろげな月が浮かぶ静かな深夜の商店街。
 吹き抜ける風は春の気配を纏う。
 昼間は人々の活気が溢れているが、信号機が定期的に点灯する色を変えるだけの静かな交差点。
「さあさあ、我ら『マサクゥルサーカス団』のオンステージだ!」
 交差点の中心で、蛾の羽を生やした男の声が静けさの中に響き渡った。
 すると、その声に応じて、体長2mくらいの浮遊する怪魚がゆらゆらと空を舞う。
「それでは君達、後は頼んだよ。君達が新入りを連れて来たら、パーティを始めよう!」
 パシンッと鞭を鳴らしたその男は何処かへ消えてしまった。
 残された怪魚達は、青白く発光して空中を泳ぎ、その軌跡が魔方陣のように浮かび上がる。
『ガァァアアア!!』
 その中心には、体長3mはありそうな巨大な熊が現れた。
 
「熊の冬眠明けというのは、オスの方が早く、メスはそろそろ、という時期でしょうか……」
 祠崎・蒼梧(シャドウエルフのヘリオライダー・en0061)が口を開く。
「さて、冬眠ではなく永眠明けの熊はどのくらい危険なのでしょう……?」
 第二次侵略期以前に死亡したデウスエクスをサルベージする作戦の指揮を執っている死神が動きを見せているようだ。
「彼は配下である魚型の死神を放って変異強化とサルベージを行わせ、死んだデウスエクスを死神の勢力に取り込もうとしているようなのです」
 変異強化を同時に行うことで、理性の無い状態になったデウスエクスは、死神の操り人形のようになっている。
「今回は、神造デウスエクスである熊のウェアライダーに白羽の矢が立ちました」
 つまり、それが『永眠明けの熊』というわけだ。
「場所は商店街の交差点。深夜3時すぎなので、周囲に人は皆無です」
 避難誘導等は気にしなくても良いとの事。
「この熊のウェアライダーは、ウェアライダーと同等のグラビティを使います」
 理性がなく、強化された3mはある巨体で動きは速く、重い攻撃を仕掛けてくるようだ。
「それと、この指揮官は何処かへ行ってしまいましたが、怪魚型の死神3体もその場にいます」
 怪魚型死神は、噛み付いてきたり、怨念をかき集めた黒い弾丸を放ってきたりする。
「死神の戦力拡充も脅威ですが、どうか、安らかに眠っていたウェアライダーに、再び安らぎを……」
 蒼梧は、辛そうに瞳を閉じて願った。


参加者
ロゼ・アウランジェ(時空詩う黎明の薔薇姫・e00275)
レイ・フロム(白の魔法使い・e00680)
梅林寺・マロン(インフィニティポッシビリティ・e01890)
丹羽・秀久(水が如し・e04266)
香坂・雪斗(スノードロップ・e04791)
先行量産型・六号(陰ト陽ノ二重奏・e13290)
クロード・リガルディ(行雲流水・e13438)
夜殻・睡(低血圧系刀剣士・e14891)

■リプレイ

●春の目覚め
「熊に魚か……北海道でよく見る組み合わせだな……」
 物陰に潜むクロード・リガルディ(行雲流水・e13438)が、小さく呟いた。
「しっかし、可愛げのねぇ魚と熊だが……遊園地には断られるレベルの駄目さだ」
 クロードの呟きに先行量産型・六号(陰ト陽ノ二重奏・e13290)が眉を顰める。
「目覚めてはいけないのに、目覚めてしまった魂を今度こそ眠らせる……子守歌を奏でましょう! 」
 2人の後ろから、ロゼ・アウランジェ(時空詩う黎明の薔薇姫・e00275)が飛び出した。
「命は、死神の玩具でも見世物でもないのです……!」
 真剣な怒りを含んだ瞳で、他の死神より若干体が長い死神に時空凍結弾を放つ。
『グェ!?』
 闇夜を引き裂くように進む弾丸は、予想以上の威力で細長い死神の胴に大きな穴を開け、その周辺を凍りつかせた。
「……ねむい」
 不機嫌そうに呟いた夜殻・睡(低血圧系刀剣士・e14891)が、ロゼの攻撃を受けた死神に氷結の螺旋を放ち、更に凍りつく面積を広げる。
「お前らの武器……ちょっと細工するぞ……」
 神楽笛を口元に当てた六号が静かに奏でだした。音と共に発せられる黒い霧は、前衛の仲間達の武器を包みこみ、禍々しい形状と錯覚する程の威圧感を発せさせる。
『ガアアア!!』
 熊が、ケルベロス達に気付いて、手足に重力を集中。高速かつ重量のある一撃で睡に殴りかかった。
「させるか!」
 すかさず香坂・雪斗(スノードロップ・e04791)が、睡の前に飛び出し、顔の前で両腕を交差させて重い一撃を受け止める。
「……ほんまキツい攻撃やなぁ……」
 眉を顰める雪斗は、痺れの走る腕を軽く振りながら呟いた。
「少し静かにしてもらおうか」
 死神のやり方に嫌悪感を露にするレイ・フロム(白の魔法使い・e00680)が、蜘蛛の巣状の雷を広域に発生させ、死神3体の動きを制限する。
『グア!?』
『……ッ!?』
『!?!?』
 3体の死神は、どことなく動きがぎこちなくなる。
「ふむ……まだ大丈夫だろう……」
 後方から仲間達の様子を観察していたクロードは、雪斗の怪我の状態を見つつ、そこまで致命的ではないと判断する。そして、前衛の仲間の背後にカラフルな爆発を起こして士気を高めた。
「おおきに」
 士気を高められると共に、体力を多少回復し、メディック効果で痺れも取り払われた雪斗が柔らかく微笑む。
「死んだ者を蘇らせて、無理やり従わせる……やはり死神のやり方は特に許せないですね」
 静かに呟いた丹羽・秀久(水が如し・e04266)は、ヒールドローンを操り、前衛の味方を守護させた。
「流石に人型のままじゃ厳しいね」
 雪斗のダメージを見て、この小さな体のままでは厳しいと考えた梅林寺・マロン(インフィニティポッシビリティ・e01890)は、ルナティックヒールで己の凶暴性を高める。凶暴化した事により、人型から兎のような垂れた長い耳のホッキョクグマの獣人型になった。
『グゥゥゥ……』
 集中攻撃を受けていた瀕死の死神は、空中を泳ぎまわる事で、その傷を癒す。
『ガァアア!』
 他の2体より少し体が小さい死神が、周囲の怨念をかき集め、後衛に向けて黒い弾丸を放った。
「きゃっ」
「……ッ!」
「くっ……」
 ロゼ、六号、クロードの3人がダメージに顔を歪める。
『キシャーーー!』
 残る死神が、レイに噛み付こうと突進した。
「……っ」
 顔の前に翳した腕に噛み付かれ、生命力を吸われるレイの眉間に皺が刻まれる。腕を振り払うと、死神は口を放し、後退して体勢を立て直した。

●死を冒涜した報いを
「回復したとはいえ、あの死神がもう一息といったところだな……」
 あまりの眠さで睨んでるような目つきになりながらも、死神の様子を確認していた睡が、一番ダメージの多い死神を見据え、サイコフォースを放つ。
『グギャ……!』
 クロードのブレイブマインで士気を上げられていた睡の一撃は重く、爆破の勢いで地上に叩き付けられた死神は、そのまま動かなくなった。
「あと2体だな」
 小柄な死神に狙いをつけた六号は、アームドフォートの主砲を一斉発射する。
『……グゥゥ……』
 予想以上の衝撃を受けて地面すれすれまで高度を落とした死神は、よろよろと浮上した。
「くっ……」
 六号は、着地した瞬間に体内を巡る毒に蝕まれる。
「命は、死神の玩具でも見世物でもないのです……!」
 死神が体勢を立て直す前に、ロゼが惨殺ナイフの刀身に何かを映した。
『……!!』
 すると、その小柄な死神は、恐怖に怯えたような表情のまま地に落ちて霧散する。
「……っ」
 ロゼも、六号と同じように、毒に眉を顰めた。
『グオオオオオオオオ!!!!』
 熊が後衛の3人に向けて魔力を込めた咆哮を発する。 
「危ない!」
「させんで!」
「さがって下さい!」
 マロンが凶暴化して大きくなった獣人型の体でロゼの前に、雪斗はすかさずクロードの前に飛び出し、秀久は六号を後ろへ押しながらその背に衝撃を受けた。
「やられた分は倍返しだ」
 レイは、最後に残った、自分に噛み付いてきた死神に、黒い魔弾を撃ち出し、悪夢に包む。
「……まずいな」
 自分を含めた後衛に毒が付与されており、断続的にダメージを受ける状態を重く見たクロードは、後衛にブレイブマインで回復させながら毒を消し去った。
「ありがとうございます!」
「悪いな」
 回復され、更に士気も高められた事に、ロゼと六号がクロードに笑いかける。
「あぁ……」
 クロードの表情は変わらないままだが、回復した仲間の状態に、安堵したように空気は柔らかくなっていた。
『ギャ……!』
 残る1体の死神が、何かに攻撃を受けているようで、ふらふらと低空飛行になる。
『……ウゥゥゥ……』
 呻き声を漏らした死神は、ふらふらしながらも泳ぎ回って、体力を回復させながら、攻撃を加えてくる何かを消し去った。

●再び眠れ
「もう回復などさせんっ」
 六号は、バスターライフルを構え、一直線に凄まじい量の凍結光線を浴びせる。
『ギギャーー!!!』
 その会心の一撃に最後に残った死神も、断末魔の悲鳴と共に霧散した。
『ガァ!!』
 熊は高速でレイに殴りかかる。
「キミの相手はボクだよっ」
 大きな体を兎のように軽々と跳躍させてレイの前に立ちはだかったマロンが、その重い拳を両腕を体の前で交差してしっかり受け止めた。
「春だけど……貴方は目覚めてはいけなかった」
 沈痛な面持ちで呟いたロゼは、顔を上げてキッ、と熊を見つめる。狙いを定め、白薔薇の攻性植物を仕掛けた。
『ガアッ!』
 ハエトリグサのようになった部分が噛み付き、毒を注入する。
「………まぁ、寝てたところを起こされたら機嫌悪くもなるよな」
 理性を失って力任せに襲ってくる熊を、安眠を妨害されて気が立っている状態と重ねた睡が、思い切りグラビティブレイクを叩き込むべく走り出した。しかし、熊はその攻撃を後ろへ跳躍してかわしてしまう。
『……グゥ』
 攻撃を避けた筈の熊は、動いた反動で注入された毒が体内を巡り、呻き声を上げた。
「ふむ……」
 味方の傷の状態を確認し、負傷者の数を考えて、再度前衛にブレイブマインでカラフルな爆発を起こして、ダメージを回復させながら不調を取り除いた。
「折角目を覚ましてもらったところ悪いが、再び眠ってもらうよ」
 すまないね、と小さく呟いたレイが、ガトリングガンを連射して熊の広い胴体に細かい弾丸を大量に撃ち込む。
「……あかんな……」
 マロンの傷の具合に小さく呟いた雪斗は、ルーンアックスを振りかざし、マロンにブレイクルーンを施した。
「ありがとねっ」
 随分体が楽になったマロンが雪斗に笑いかけ、雪斗も穏やかに微笑み返す。
「その太刀筋、水の如し……」
 静かに呟いた秀久が、右手で持った刀の刀身を、左手の人差し指と中指で挟んだ。精神を集中し、溜めによる斬撃を放つ。
『グルルルルルル……』
 熊は忌々しそうに首を振り、ケルベロス達を睨みながら唸った。
「どうか……どうか、再び安らかな眠りの中へ……」
 ロゼは、祈るように時空凍結弾を放つ。
「ちょこまか……ではないな、あの体だし……なんでもいい、避けるなっ」
 六号は、睡の攻撃を回避した事から、動きを封じる方が確実だろうと、高く飛び上がってスターゲイザーで重力という錘をつけた。
「時長らくにして伝えず。五家伝を以て曰く、一刀にてまことに断ち切るべしは身に非ず。刀とは魂魄切り伏すもの也。しからば一刀、馳走し候」
 睡が、六号の攻撃で体勢を崩した瞬間をつき、手に冷気と重力を圧縮して突撃する。その懐に飛び込んだ瞬間に、透明で薄い氷の刃を具現化。すれ違い様に胸元を大きく一閃した。熊を傷付ける際に生じた衝撃で、氷の刃は崩れ去り、月の光を受けてキラキラと輝いて消えていく。
『オオオオオオオオオオオ!!』
 雄叫びをあげた熊は、満月に似たエネルギー光球を自らにぶつけ、傷を修復しながら凶暴性を高めた。
「もう一度眠りにつく前に、悪夢を見てもらおうか」
 レイが風に白い装束をたなびかせ、黒い魔力弾を撃ち出す。その魔力弾は最初に六号に細工をされた効果で、凶暴性を打ち消した。
『ガァァァアア!!』
 修復したダメージ以上のダメージを受けた熊は、戸惑いの色を瞳に映して叫ぶ。
「……もう、ゆっくり寝てもええんやで?」
 暴れる熊に哀れみとも取れる眼差しを向けた雪斗は、ブラックスライムを狼の形に変形させて放った。狼は熊の喉元に喰らいつき――、
『グガァァァアアアアアアアア!!!!』
 静かな夜を切り裂くような悲鳴が響き渡る。
『……………』
 どさり、と土煙を巻き上げながら倒れた熊は、二度と動くことはなかった。

●祈り
「……今度こそ、ぐっすり眠れるとええな……」
 アスファルトをヒールで直している雪斗が穏やかに呟く。
「あぁ……」
 すると、近くで傷ついた街路樹にヒールをかけるクロードも短い同意の中に祈りを込めた。
「死しても使われるなんて……」
「ふん、今度死神共にはチェスのルールを教えてやろう、失った駒は二度と使えぬということをな」
 飛び散ったアスファルトの破片を片付けている秀久が眉を顰め、六号が吐き捨てる。
「……ねむい。こんな夜中に何を考えているんだか……」
 睡は相当眠いようで、ぶつぶつ文句を言いながら、それでも瓦礫の片付けの為にしっかりと手を動かした。

「どうか安らかに……今度こそ永久の眠りを」
 周辺のヒールや片付けがほぼ終わり、横たわる熊に近付いたロゼが黙祷を捧げる。
「……」
 ロゼの背後ではレイが哀悼の意を捧げ、白い花を一輪手向けた。
「ゆっくりとオヤスミ」
 凶暴性をおさえて人型に戻ったマロンが、熊をそっと抱きしめる。
 埋葬しようと優しく抱きかかえると、一番の年下で体の小さなマロンを気にかけていた秀久が、何も言わずに手を貸した。

作者:麻香水娜 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年4月29日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 6
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