「不甲斐ない事甚だしいですわね……」
不機嫌の色を隠しもせず、艶かしい声音が静寂に響く。
「本当に、忌々しい……まさか、あなたを使う事になるとは思いませんでしたわ」
上臈の禍津姫――数多の災厄を撒いてきた、まろやかなる異形の美は目の前に蹲るローカストを見下ろす。
ネフィリアにとって、自慢の手駒だ。艶やかに黒光りする体躯、長い触角は美しい曲線を描く。お気に入りの1番の理由、その強さは今まで遣わしてきた数々と比べるべくも無い。
「あなたには、もっともっと強く生まれ変わって貰う予定だったのに」
本来なら『より強いローカストを産む為の素体』とする秘蔵っ子だったのに――それもこれも、満足に使えぬ手駒と、ケルベロスという邪魔者の所為だ。
「……けれども。これ以上、しくじる訳には参りませんもの」
仮にも災厄の姫と称される身。無様な侭で在るのは赦されぬ。
「このグラビティ・チェイン集まる地では、斯様な理があるそうではないですか……終わり良ければ、全て良し」
そう、自らの手でグラビティ・チェインを奪えば良い。潰えた手駒の数だけ、人を殺せば帳尻が合う。
「さあ、私とあなた、共に参りましょう」
応じるように額づくローカストを見やり、ふとネフィリアは熱い吐息を零す。
「……嗚呼、何故かしら?」
こんなにも、愉しいなんて――女郎蜘蛛はうっそりと嗤う。
この手で縊り殺し、斬り飛ばし、燃やし尽くして引きずり出したグラビティ・チェインは、きっと格別の味わいに違いない。
「……定刻となりました。依頼の説明を始めましょう」
「OK、創。アタシも準備できてるわ」
仕立ての良いスーツに身を包みタブレットを手にした都築・創(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0054)が姿を現すと、ミケ・レイフィールド(サキュバスのヘリオライダー・en0165)もいつになく真面目な表情で低く応える。ワインレッドの髪先をくるりと指に絡ませ、目が合ったケルベロスに悪戯っぽくウィンクしてみせる。危険な依頼に行く彼らに、少しでも不安を与えないように。
アイオーニオン・クリュスタッロス(凍傷ソーダライト・e10107)の調査により、餓鬼堂・ラギッド(探求の奇食調理師・e15298)の宿敵、女郎蜘蛛型のローカスト『上臈の禍津姫』ネフィリアの動向を察知することができたと、二人のヘリオライダーは話す。
「ついにネフィリア自身が配下を連れて殺戮に向かおうとしてるわ」
「視点を変えれば、放たれて来た配下をことごとくケルベロスが撃破してきた成果、そして撃破する絶好のチャンスともいえます。彼女が現れるだろうルートは判明していますので、現地に向かえば――」
「そう、直接対決が叶うってワケよ。殺戮を阻止し、彼女を倒して欲しいの」
事件についてですが、と創が指先でタブレットを慣れた様子で操作し資料を呼び出すと、滑らかな口調で説明を始める。
「襲撃が予想されるのは、兵庫県神戸市にある六甲高山植物園です。調べたところによると、現在は青いケシの特別展示がイベントとして開催されています。彼女自身は山頂付近、配下は植物園手前に現れるようです。よって今回は山頂のネフィリア戦と麓の配下戦、二班に分かれての作戦行動を展開しましょう。ネフィリアは、彼女が使える中で最も戦闘能力の高い個体を持ち出して来るようですね」
「時間帯としては夜じゃなくて明るいうち。雨も特に無し。配下の方は……そうね、黒光りして触角が長くてカサカサ動き回る、そんな感じのアレなんだけど」
「所謂、クロゴキ――」
「い、言っちゃうの。待って待って。その恐ろしい真の名前は置いといて! そ、そうね。各班の具体的な作戦や周囲の状況について話しましょう」
慌てて遮ったミケの様子に小首を傾げるも、創は静かに頷いた。
「皆さんには、最初からネフィリアと対峙して戴きます」
二手に分かれたケルベロス達の一方に、創はタブレットで六甲山の地図を見せた。六甲高山植物園近くに黒、山頂に近い方に白いマークがある。
「ネフィリアは、六甲高山植物園より山頂方面に少し登った山中にいます。ヘリオンからの直截降下となりますが、精密に降下地点は定められませんので、奇襲は成立しません。その点は御了承下さい」
敵は狡猾なネフィリアだ。幾ら配下が秘蔵っ子でも、ケルベロスの戦力がそちらに集中すれば、あっさり見捨てかねない。かと言って、配下を放置すれば、植物園を訪れた一般人に被害が出る。
「これが、二面作戦を採用した理由です」
流石に、配下のローカストはネフィリアに比べて戦闘力が低い。速攻で配下を撃破して二班がネフィリア戦に合流すれば、より優位に戦えるだろう。
「ですから、皆さんは配下班が駆け付けるまで、何としても戦線を維持して下さい」
ネフィリアの武器は、体内に飼うアルミニウム生命体が作った所謂「蜘蛛の糸」だ。編み上げた銀の網で絡め取り、或いはズタズタに斬り払う。
「又、己のグラビティ・チェインを火を吹く子蜘蛛の群れに変え、操るようです」
周辺に一般人はおらず、戦いに専念出来るのは幸いだ。雪はないが標高が高い為、肌寒い。生い茂る木々の間を縫って戦う事になるが、ケルベロス・ネフィリア双方にとって、然したる障害とならない筈だ。
「ネフィリアは指揮官クラスのローカスト、強敵です。長期戦を意識した戦術を」
ローカストの襲撃に上臈の禍津姫の影が見えるようになって、そろそろ3ヶ月。
「漸く引き寄せた好機です。これ以上、ネフィリアが災厄を放てぬよう、確実に撃破を……皆さんの武運をお祈り致します」
参加者 | |
---|---|
ミツキ・キサラギ(神憑の渡り巫女・e02213) |
シェスティン・オーストレーム(小さなアスクレピオス・e02527) |
アイオーニオン・クリュスタッロス(凍傷ソーダライト・e10107) |
黒鉄・鋼(黒鉄の要塞・e13471) |
餓鬼堂・ラギッド(探求の奇食調理師・e15298) |
アニマリア・スノーフレーク(赤翼の影巫・e16108) |
中村・一縷(旅の終わりを見つけた仕事人・e16702) |
軋峰・双吉(悪人面の黒天使・e21069) |
●決戦に臨む
兵庫県神戸市、六甲山中――頂き近くの気温は、春となっても肌寒い。
だが、アイオーニオン・クリュスタッロス(凍傷ソーダライト・e10107)の横顔は、クール通り越してアイスドールの如く。
「面倒事増やされるのが嫌だから調べてはみたけど、その甲斐はあるのかしらね」
この先に『彼女』がいる。グラビティ・チェインを奪取せんと、数多の手駒を使い潰してきた女郎蜘蛛が。
その名は『上臈の禍津姫』ネフィリア――餓鬼堂・ラギッド(探求の奇食調理師・e15298)の全てを奪った、宿敵。
(「配下とはいえ同族を駒のように扱い、殺戮と暴虐の限りを尽くすとは……最早、神ではなく悪魔だな」)
ヒトとして、この邪悪の権化を許す訳にはいかない。
今回は巫女として戦う気概のミツキ・キサラギ(神憑の渡り巫女・e02213)。いつもの巫女装束に千早を羽織り、簪を挿す。右手に神楽鈴、左手には扇、その表情は神降しの儀式の影響で茫としている。
「皆さん、宜しくお願いします」
「ま、後で十倍返しにしてもらうさ」
頭を下げるラギッドに、あっさり言ってのける黒鉄・鋼(黒鉄の要塞・e13471)。常からブラックジョークも少なからずだが、今回ばかりは本気も本気。
「お手柔らかに」
軽口で応じる青年の眼差しがふと昏く翳るも、すぐ柔らかく融けた。胸に在るのは熱き沈着。憎い宿敵を目前に冷静な怒りで臨めるのは心強き仲間と、今も静かに寄り添う中村・一縷(旅の終わりを見つけた仕事人・e16702)のお陰だろう。
(「ラギッドがどう行動し、何を得て失うのか……そのすべてを見届ける。この目で、確かに」)
いざとなれば、この身を賭しても――一縷も又、決意を胸に秘めて。
「誰かが危ない目に遭いそうになるのはもう、おしまいにしましょう、です」
ラギッドに本懐を遂げさせるべく集まったケルベロス達。シェスティン・オーストレーム(小さなアスクレピオス・e02527)の訥々とした言葉に否やは無い。
「ま、私達の腕次第ね。努力が水泡に帰すのも嫌だし、冷静に処理しましょ」
「……配下班、そろそろ始めるようだな」
クールに呟くアイオーニオン。インカムで別働の動きを確認する軋峰・双吉(悪人面の黒天使・e21069)が、仲間に報せる。
戦闘中に実況し合うのは現実的でない。次に動向が知れるのは――何れかの決着が付いた時。
「私達も参りましょう」
ラギッドとは師団の誼。決着の手助けを約束していたから、今日ばかりはアニマリア・スノーフレーク(赤翼の影巫・e16108)も真剣モードだ。
(「大丈夫。師団の仲間も、他の参加者も頼りになる。頑張ろう」)
ルーンアックス握る逆手に、マインドリングが木漏れ日に煌いた。
●煽り弄ぶ
先制のグラビティシェイキングは、あっさりとかわされた。応酬は湧き出る子蜘蛛の群れ。吐き散らす炎が、前衛を灼く。
鎧に傷1つ無くとも、灼熱が苛む。装甲の内で顔を顰める鋼。ラギッド、一縷も合せて3名共ディフェンダーだ。それでも、重ねて被れば侮れぬ威力と、実感する。
「……あら、何方かと思えば。その素敵な眼差し、覚えていましてよ。腹の傷は良くなりまして?」
「抜け抜けと!」
ネフィリアを睨むラギッドのバトルオーラは燃え上がるよう。
「テメェは殺す! 必ずだ! 両親と弟の仇! 忘れたとは言わせねぇ!」
「ラギッド、お兄さん……こわい……」
ライトニングウォールを編もうとして、血を吐くような怒声に身を竦めるシェスティン。
「戒驕戒躁、怒りを抑えよ、ラギッド」
「冷静にならないと駄目よ。ネフィリアにいいように遊ばれるだけ」
「ああ、それくらいで頭冷やせ」
眉根を寄せて制止するミツキ。アイオーニオンは冷ややかに忠告、双吉が溜息混じりに窘める。
「ラギッドさん! 抑えて下さい。思う壺ですっ!」
「うるさい! コイツはっ、俺がっ!!」
「私怨に燃える前に周りを見やがれぇ!」
アニマリアと一縷を押しのけ吼えるラギッドを、ネフィリアの複眼が幾重にも映す。
――全て、演技だ。優美な挙措と裏腹に、女郎蜘蛛が殺戮に快楽を覚える性質なのは、身を以て知っている。思慮浅い復讐鬼を返り討ちにする愉悦を、配下との合流より優先すれば重畳、ラギッドが標的となるなら尚良しという目論見もあった。
下手に喋ってボロを出さぬよう、鋼は黙々と腕のエネルギー兵器『ムーンライト』を起動、メディックのヒール効果を高めている。
「素敵ですわね」
だが、次の瞬間、ラギッドを掠めて蜘蛛糸が貫いたのは、ミツキ。中衛の限りに下がろうとかわす事許さず、血風が舞う。
嫣然と唇を歪め、ネフィリアはラギッドに囁き掛ける。
「どうぞ、今度こそ守ってみて下さいませ」
或いは、ラギッドが防御無視で突貫していれば、ネフィリアも浅慮と侮ったかもしれない。しかし、ラギッドのポジションはディフェンダー。最初の挙動で看破されたか。
あの時も、そうだ。腹を貫かれ動けぬラギッドの前で、これ見よがしに弟を手に掛けた。
絡新婦の斬糸は、傷心を探り当て抉り裂く。
それでも、ネフィリアは復讐を叫ぶラギッドに好奇を持って足を止めた。掴んだ好機は逃さず叩くのみ――苦闘の幕開けであったとしても。
●銀閃の主
「時の氷に閉ざされよ! 其は汝の棺! 廻らず巡らず堕ちよ、終の世界へ!」
マインドリングの光刃を以て、刺突を放つアニマリア。
「蜘蛛は益虫って言うけど、貴女は害虫。大人しく駆除されてくれないかしら?」
口調は淡々としているが、スターゲイザーを繰り出したアイオーニオンの眼差しは心なしか険しい。
技の命中率は眼力で知れる。後方より狙い付けるスナイパーはまだしも、予想以上の厳しい状況に、ケルベロス達は内心で愕然となった。
「ほぉら、もっと踊って下さいませ」
対して、ネフィリアは執拗にミツキを狙う。その攻撃も的確ならば、女郎蜘蛛のポジションは自ずと知れた。攻防共に優位となるのは1つしかない。
(「キャスターだねぇ」)
一縷とて足止め技の用意はあるが、そも当たらなければ厄を撒く事も叶わない。反撃の狼煙はスナイパー達の尽力次第だが、見切りも考慮すれば即効も厳しい。
(「しつこい!」)
ミツキの役目は仲間の強化。自身にヒールを回していては果たせない。時にディフェンダーに庇われ、シェスティンが回復を注ぎ、鋼の強化光波もその援けとなるが、ヒール不能のダメージは着実に積み上がる。
「きよめはらいの かみわざをもってなしたまえ――」
限界は、唐突に訪れる。封魔針で張った陣内で淨祓神事祝詞を唱え、神楽鈴を振り鳴らす――幾度目かの巫女神楽が終わった次の瞬間、子蜘蛛の吐く炎に包まれるミツキ。シェスティンのヒールの余地も挟ませず、蜘蛛糸が小柄を切り裂いた。
「すまぬ……」
詫びの囁きを忸怩たる思いで聞く。
「カンダタは蜘蛛を殺さないで御釈迦さんの慈悲を貰ったそうだが、お前はキッチリ潰した方が『徳』に繋がりそうだぜ」
憤り帯びた双吉の螺旋掌を、女妖は薄笑みさえ浮かべてかわした。
「ムーンライト終了。攻撃に移る」
回復の一角が潰えた事で、予定より早く回復支援が完了する。皮肉を苦く思いながら、鋼も攻撃に加わる。
山閑に剣戟が木霊し、ケルベロスの息遣いが充ちる。戦況は芳しくなかったが、誰1人として、倦まずネフィリアに挑み続けた。何時終わるとも知れぬ、だが着実な積み上げの成果を、信じて。
――――。
降魔真拳を繰り出そうとしたその時、インカム越しに響く呼び出し音――思わず金瞳を瞠るラギッド。
「貴方に、大切なお報せがあります」
復讐鬼の演技から一転、怜悧な笑みを浮かべる。
「貴方の配下は死にましたよ? 仕事を忘れ愉悦に走った無能な上司の所為で」
「お前程度が偉ぶってられるたぁ、ローカストは戦力が乏しいのかよ? 歯ごたえねぇのな、虫星人どもッ!?」
待ちに待った報せ――冷静に嘲るラギッドに続き、双吉も煽る。気になっていたのは『より強いローカストを産む為の素体』の存在。怒りに任せて情報を漏らさないか期待したが。
「小賢しい囀りは、雑音でしかありませんわね」
応えも又冷え冷えとして。
「そろそろ、任務は同胞にお任せして良い頃合。今ここに在る愉悦は、何物にも勝りますもの。久々に私も滾っておりますのよ」
お付合い下さいませ、最期まで――嘯いたネフィリアの次なる標的は、双吉。奇怪なる指先から奔る銀糸を一縷が弾くも、ディフェンダーとて全てを庇える訳ではない。
「ぐぅっ!」
投網の如く広がった銀閃が、一気にその包囲を収束するや双吉の全身を朱に染める。
「……お前の糸が連れてってくれるのは、極楽じゃなくて地獄みてぇだな。そんじゃあ、こっちは――」
翼に纏わせたブラックスライムを右腕を走らせようとして――だが、銀の縛めはそれ以上を許さない。悔しげに唇を歪め、痩身が崩れ落ちる。
「そちらは? 何かしら?」
悠然と笑む女郎蜘蛛。8人のケルベロスを相手に、けして無傷ではない。だが、慇懃纏う無機質は、内に秘める筈の情感を窺わせない。
ちらと肩越しに見やる。ジャマー2人は命に別状はなさそうだ。効率的に戦闘不能にする手腕は、指揮官の実力か、ローカストの合理性か。何より肩を並べる戦友在る限り、まだ早い。ラギッドの本能は、理性を手放す事を許さない。
(「配下班はまだか……?」)
敵の眼前でアイズフォンの起動は躊躇われた。2人戦闘不能の時点で鋼が勝率を測る一方、日本刀握る一縷の手に力が入る。
(「宿敵は、伊達で無いって事かねぇ」)
アイオーニオンとアニマリア、スナイパー達の足止め・捕縛技の積み重ねで、漸く一縷の刃も届きつつあった。それでも、渾身の一撃をくれてやるにはまだ足りない。
思考の間隙を突くように、ネフィリアの蜘蛛糸が一縷を襲う。
「が……はっ!」
咄嗟に一縷を庇ったラギッドを、銀の奔流が抉り貫く。堪え切れず口から血潮が溢れ出る。
「ラギッドお兄さん!?」
悲鳴を上げたシェスティンのヒールより早く――ラギッドを包む白き炎。
「お待たせしました」
清廉な輝き宿す護身刀を構え、黒髪の青年が温厚な笑みを浮かべていた。
●決着
足音も荒く、次々と現れる援軍も8人。誰もが肩で息をしていた。ネフィリアの退路を断ち包囲網を敷くべく迂回した分、到着に時間が掛かったのはやむを得ない。
「あら、今更、主役の登場かしら?」
「いやいや、主役はお前の目の前にいるその男だぜ?」
揶揄を呟くネフィリアを右腕の地獄の業火で薙ぎ払い、黒髪のブレイズキャリバーは鉄塊剣でラギッドを指す。
「知恵を崇めよ。知識を崇めよ――今こそ餓鬼堂にご飯のご恩を返す時だー! てややー!」
「天より降り来る天ツ狗――万物喰らい万象呑まん!」
地球人の自宅警備員の分厚い事典がネフィリアを頭上から痛撃し、レプリカントのブレイズキャリバーが大跳躍から宙を蹴り一気に加速、突撃する。
「襲われた人々の苦しみに比べれば、こんなの全っ然何ともないね!」
それぞれが一撃食らわせる間に、シャドウエルフのガンスリンガーは相棒と肩を並べてラギッドと一縷の前に立つ。
「オペを、開始します。速度強化結界、展開!」
素早く後衛に下がる2人。まだダメージ少なからずのラギッドの周囲に、シェスティンは医療結界を展開する。
長期戦を耐え切った末、合流を果たしたケルベロス達は、一斉にネフィリアへ牙を剥く。
「余り動かないでね。余計なところまで斬っちゃうわよ」
アイオーニオンの掌中に顕れる氷のメス。蜘蛛の急所を断ち切らんと一閃する。
「生憎だけど殺虫スプレーは無いわ。代わりに神経を断っておくわね」
無言でチェーンソー剣を構えた鋼の一撃がメスの軌跡に追随、唸りを上げて傷口を広げる。
「一縷さんも」
「俺は大丈夫……庇って貰ったからさぁ」
心配そうなメディック達に笑みを浮かべ、一縷は力強く大地を蹴る。
(「盾が庇われるってのも、締まらないけどねぇ」)
その代わり、今度こそ穿つ――流星の軌跡を描き、重々しい蹴打が女郎蜘蛛の足を刈る。
「行きな、そして蜂のような一刺しを食らわせてやれ!」
「螺旋の極地、存分に味わい、そして逝け!」
すかさず、茶髪の鎧装騎兵よりドローンが一斉射出され、螺旋忍者の青年が繰り出す螺旋掌が幾重にも女郎蜘蛛に爆ぜた。
「どうです? こっちの思惑通りになった感想は?」
弄んで来た者達の万分の一でいい。不快な思いで朽ちて逝け――冬の力纏うマチェットを振るうアニマリアを見返す複眼は、半ば濁った無情。
「……そうですわね、しくじったかしら」
他人事のように呟き、咲かせた子蜘蛛の群れが一斉に後衛へ炎を吐き散らす。
「去り難きは私の慢心でしょう。けれど、こんなにも愉しいのですもの……罪な方ね、ケルベロスも」
10倍を越えるケルベロスを相手取り、ネフィリアは尚もほくそ笑む。幾重にも縛され、装甲を剥ぎ取られ、その身を氷炎が盛ってまだ、振るわれる銀閃は淀みない。
クラッシャーは2人、回復を重視する戦い方は合流しても変わらず。一気に押し切るには火力不足で、思いの外長引いた感がある。
それでも、それでも――終焉は迫り来る。
「行けぇ! ラギッド!」
確信を持って、日本刀を構えた。一縷のグラビティブレイクが、女郎蜘蛛を捉える――ぐにり、とあらぬ方へ曲がった腕より銀網が一縷を絡め取るも、すかさずシェスティンがウィッチオペレーションを施す。
(「ラギッドお兄さんと一縷お姉さん、は……絶対に護る、です!」)
長い長い耐戦の末、漸く機は熟す。これでもかと重ね続けた厄が、女郎蜘蛛を重力の底に堕とす。
オノレ、番犬風情ガ――。
ギチリと顎を鳴らし、首を巡らせるネフィリア。遂に悠然の仮面を剥ぐ至り、ケルベロス達の猛攻が殺到する。
「飛んで火に入る夏のネフィリア……ってね。季節違うけど」
執念の銀閃を遮る鋼のブレイジングバーストに、たたらを踏んだネフィリアの足下から、アイオーニオンのドラゴニックミラージュが燃え上がる。
「さぁ、今こそ君の宿縁に決着をつける時だ!」
時空凍結弾を叩き込む金髪の鹵獲術士の叫びに、アニマリアの声が重なる。
「終いにしましょう。ラギッドさん、今ですっ!!」
「っ!」
アニマリア渾身のオラトリオの力を乗せた一撃が、ネフィリアの刹那を縛る――捻じ込んだ一瞬こそ重畳。ラギッドより、堅牢にして不気味極まる異形が滲み出る。
「貴様の墓標は俺の胃袋だ。ネフィリア!」
乱杭歯を剥き出すラギッドの『地獄』は獰猛なる食欲のまま女妖に喰らいつく。幾度も幾度も幾度も幾度も――。
断末魔の声さえ上がらなかった。
無惨に食い潰された骸は、音もなく霧散する。最期に地に落ちたのは、ネックレス1つ。
「……お帰り、セセラギ」
万感込めた囁きが零れ――勝鬨が山閑に響き渡った。
作者:柊透胡 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2016年5月3日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 29/感動した 1/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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