夜道を走るひゃっはーの群れ

作者:椎名遥

 どことも知れぬ闇の中。渦巻く魔空回廊を背にして、ドラグナーは控える部下に命を下す。
「グスタフよ、慈愛龍の名においてギルポーク・ジューシィが命じる。お前とお前の軍団をもって、人間どもに憎悪と拒絶を与えるのだ」
「ひゃっはー、任せな! 敵がいれば逃げるが、敵がいなければ俺達は無敵で絶倫だぜー!」
「……」
 力強く答える部下――七色のモヒカンを持つオーク『グスタフ』からそっと視線を逸らして、ギルポークは遠い目をして沈黙する。
 やる気があるのは良いことだし、敵がいなければ無敵なのも……まあ、間違いではないけれど。
「……やはり、期待は薄いか。だが、無闇にケルベロスと戦おうとしないだけ、マシかもしれん」
「ひゃっはー、その通り。色気に迷わなければ、俺達は滅多に戦わないぜ! 色気に迷わなければな!!」
「……」
 深々とため息をついて魔空回廊を指差すギルポークに、無駄に力強くサムズアップを返しつつグスタフは部下を連れて回廊へと飛び込んでいく。
 グスタフ達の作戦への熱意は、間違いなく高い。
 実力も、決して低いわけではない。
 ……だからといって、胸に渦巻くいろんな不安が消えるわけでもない。
「……はぁ……」
 グスタフが飛び込んでいった魔空回廊を眺めて、ギルポークは再度ため息をつくのだった。


 ……はぁ、はぁ、はぁ……。
 夜の海岸通り。人通りの途絶えたその道を、息を切らせて女性が走る。
 その後ろをつかず離れずの距離を保って追いかけるのは、触手を生やした豚人間というべき異形の存在、オーク。
 触手を振るい、嬲るようにして女性を追いかける影は実に6体。
 その全てがぼろぼろになった革ジャケットにトゲ付きの肩パットを装着していて、先頭を走る一体が声をあげればそれに合わせて他のオークも奇声を上げる。
「ひゃっはー」
「「ひゃっはー」」
「「「「ひゃっはー」」」」
(「……いや、なんか別方向でも怖いから!」)
 命とか貞操とかそれ以外の何かの危険に頭の片隅でつっこみを入れつつも、女性には余裕はあまりない。
 まだ捕まっていないと言っても、それは相手が手を抜いているからでしかなく、逃げ切ることなどまず不可能だろう。
 どれだけ全力で走っても、息を切らせて足が鈍っても、影との距離が変わらないのがその証拠。
 必死で逃げようとする女性の姿を、オーク達は楽しんでいるのだろう。
 そして、ほどなくして逃走劇は終わりを迎える。
「きゃっ!」
 何かに足を取られて女性が転倒し、立ち上がろうとするも……限界を超えた足には力は入らず、ただ小刻みに震えを返すのみ。
 これ以上女性が逃げることができなくなったことを見て取ると、オーク達は満足げな笑みを浮かべて一斉に彼女に触手を伸ばす。
「「「「「「ひゃっはー」」」」」」
(「だから怖いってば!」)


「竜十字島のドラゴン勢力が、新たに活動を始めたようです」
 集まったケルベロス達に一礼すると、セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は予知した事件の説明を始める。
「先日の8竜襲撃は皆さんが頑張ったおかげで被害を抑えることができましたが、今度は別のやり方で憎悪や拒絶を集めようとしているようです」
 今回の事件を主導しているのはオークを操るドラグナーであるギルポーク・ジューシィであり、その中でもグスタフと呼ばれるオークとその配下が起こす事件が今回の予知に引っかかったものである。
「事件が起こるのは秋田県の海沿いの道で、通りかかった女の人がオーク達に追いかけられて捕まることになるようです。ですので、皆さんには女性の救出とオークの撃破をお願いします」
 そこまで説明して顔を上げるセリカに、ケルベロス達は頷きを返す。
 デウスエクスに襲われる人がいるので、襲われた人を助けて、デウスエクスを撃破する。
 やるべきこととしては、そう特殊なことでもない。
 ただし、
「このグスタフと配下のオーク達は非常に臆病で、戦闘になる前にケルベロスの姿を見つけてしまうとそのまま逃げ出してしまいます。ですので……女性には申し訳ありませんが、彼女が襲われるまでは介入を避けてください」
 オーク達は、しばらくの間は女性を追いかけて逃げ惑う姿を見て楽しんでいるので、即座に女性の命が危険にさらされることはないものの……その間に女性が受ける恐怖を思って、セリカは少し表情を曇らせて、
「……それで、ですね。襲われた女の人は海沿いの道を……こちらの方向から走ってきますので、先回りは難しくないと思われます」
 小さく首を振って頭を切り換えると、周辺の地図を指さして、セリカは周囲の状況を説明する。
 真夜中だけあって人通りも無いために、人払いの必要はない。
 また、道幅は広く、まばらであっても街灯があるために、戦闘を行う際に特別な準備をしておく必要もないだろう。
「戦闘になるとオーク達は触手による叩き付け、締め付け、溶解液で反撃をしてきます」
 攻撃手段においては、他のオークと大きな違いは見られない。
 だが、
「オーク達の強さは皆さんと同じかやや強い程度で、普通に戦えば勝てると思われますが……このオーク達は、戦闘になっても隙を見ては逃げだそうとします」
「……」
 困ったように首を傾げるセリカに、ケルベロス達も同じような表情を浮かべる。
 隙を見てはバラバラに逃げ出そうとする6体のオーク。
 女性を助けるだけであればそう難しいことではないが、相手を逃がさず倒すとなれば何か工夫が必要になるかもしれない。
 考え込むケルベロス達に、少し顔を赤くしてセリカが手を挙げて声をかける。
「ええと、オーク達を逃がさない方法ですが……その……オーク達は、臆病さ以上に女性が好きなようでして……」
「あー、なるほど……」
 その言葉と様子に、なんとなくケルベロス達は『その方法』を察する。
 つまり、
「……はい。女の人がえっちなことを言ったりすれば、逃げるのを忘れさせることができると思われます」
 ためらいながら作戦を口にするセリカの気持ちは痛いほどにわかるものの、オークを逃がさず殲滅するには有効な作戦であることもまた確か。
「ともあれ……皆さん、頑張ってください。ええ、いろいろと!」


参加者
岬守・響(シトゥンペカムイ・e00012)
美城・冥(約束・e01216)
エリース・シナピロス(少女の嚆矢は尽きること無く・e02649)
紅狼・蓮牙(紅茶の人・e04431)
真神・忠史(非天・e09847)
睦月・冬歌(やらしく治療したい・e15558)
フィアルリィン・ウィーデーウダート(フォールンリーブス・e25594)
小柳・玲央(剣扇・e26293)

■リプレイ

 昼間の温かさを残した夜風が美城・冥(約束・e01216)の髪を揺らして通り抜ける。
 夜の海岸通りは人気もなく、時折波の音が聞こえてくるだけの静けさに、
「ひゃっはー」
「「ひゃっはー!」」
 ……包まれて、いない。
「……ひゃっはー?」
「どういう意味ですかね?」
 夜の静寂を破壊しつつ近づいてくるひゃっはーの声にエリース・シナピロス(少女の嚆矢は尽きること無く・e02649)とフィアルリィン・ウィーデーウダート(フォールンリーブス・e25594)は首を傾げる。
「ミミちゃん、あの意味……わかる?」
 傍にいるミミックの『ミミちゃん』にエリースが声をかけて。
「わからない? そう……」
 首を傾げるミミちゃんの頭をそっと撫でて、エリースは再び夜道の向こうへと目を向ける。
 意味があるのか、ただのその場のノリなのか。走りながら叫んで疲れないのか。
 浅めの謎はあるけれど。
「片づけようか、迅速に、ね」
「確実に退治しないとね」
 岬守・響(シトゥンペカムイ・e00012)と小柳・玲央(剣扇・e26293)は頷きあい……若干視線を泳がせて、玲央はそっと着物のあわせを緩める。
 確かなことは、オーク達を逃がしてしまえば誰かが被害にあうということ。
 ――そして、逃げ出す足を止めるには色仕掛けが有効であるということ。
「こういうのは初めてなんだけど……」
 踊りで視線を集めることには慣れているけれど、色香を使って集めるのは初体験。
 恥ずかしさと高揚を感じながら、玲央は緩めた着物で動きを確かめて、
「こんな感じ、ですかね?」
 玲央と見比べながらフィアルリィンも着ているアルバイト制服の胸元のボタンを一つ外してみる。
 恥ずかしさはあるけれど、そこはプロ意識で我慢。我慢。
「……どう、かな?」
「うん、大丈夫」
 そんなフィアルリィンの後ろでは、ドレスを着たエリースとスーツ姿の響がお互いの衣装を確認しあっている。
 自身もボタンを外して脱ぎ捨てやすくしつつ、睦月・冬歌(やらしく治療したい・e15558)は女性陣の様子を楽し気に眺めて、
「来たぞ。準備はいいか」
「うん、バッチリだよ!」
 真神・忠史(非天・e09847)の言葉に、冬歌は笑って応えて身構える。
 夜道の先には息を切らせて走ってくる女性の姿と、その後を追いかける無数の影。
「ひゃっはあ!」
「なんとも、品の無い方々ですね……」
 下卑た笑い声を混じらせながら触手を振るう姿に、紅狼・蓮牙(紅茶の人・e04431)は眉をひそめて首を振る。
 準備ができた以上、これ以上女性に怖い思いをさせる理由もオーク達の好きにさせておく理由もない。
 ケルベロス達の前を女性が通り過ぎた直後、銃を両手に蓮牙と忠史が大地を蹴る。
「……さ、被害が出ないうちに片付けてしまいましょうか」
「ああ、いくぞ!」


「ひゃっ――」
 幾度目かになる掛け声とともに振り上げられる触手。
 それが振り下ろされるよりも早く、
「そこまでです!」
「――はぁっ!?」
 冥が駆け抜けざまに両手の刀を振るう。
 閃く刃が幻惑をもたらす桜花と共にオークの群れを切り裂いて――その花が地に落ちるよりも早く、群れの中央へと走り込んだ蓮牙が両手の銃を撃ち放つ。
「この身は鉄風雷火にして、死をもたらすものである」
 続けざまの銃弾に動きを止められたオークを銃撃の反動を利用した蹴りで打ち倒し、同時に別のオークへ射撃を放つ。
 颶風と化した蓮牙が放つ銃と蹴りのコンビネーション。
 そして、
「今です!」
「任せろ!」
 蹴り倒されたオークを飛び越えて、忠史が混乱している女性を抱き上げる。
 離脱しようとする忠史にオークが触手を叩き付けようとするが、
「……邪魔は、駄目」
 一瞬早くエリースが唱えた古代語魔法に動きを止められ、その隙に忠史は触手の射程外へと離脱を果たす。
 その間にオークの逃げ道をふさぐように回り込み、響は周囲の樹木の精霊に呼びかける。
(「……力を貸して」)
 呼びかけに応えて精霊の力が彼女の手に集い、作り出すのは一本の矢。
 それは神を狩るために形成された、精霊の毒矢。
「ウェンカムイも畏れる一矢……受けてみる勇気は在りや、否や?」
 矢を突きつけ、凛とした声で告げる響にオークは不敵な笑みを浮かべ――。
「無いぜ!」
「在るべき場所へ還れ!」
 躊躇無く身を翻したオークの背中に矢が突き刺さり、麻痺毒を送り込む。
 だが、それを気にする素振りも見せずオークは走り出し、
「「「ひゃっはー! 逃げろー!」」」
 同時に、他のオーク達もそれぞれが適当な方向へと逃げ出した。
 作戦も連携も全くない勢い任せの逃走。
 それだけに全てを抑え込むのは難しいが――だからこそ策がある。
「逃げちゃうような子より……ほら、私と遊んでくれないかな?」
「ひゃ?」
 逃げ去ろうとするオークの前に進み出て、玲央はにこりと笑いかける。
 その笑みにオークの思考にできた空白を逃さず、
「ほら、よく見てて」
 ゆらりと、剣を扇のように舞わせて魅せるように玲央は体を回す。
 舞うような動きから生み出される旋風が、着物からのぞかせた胸元や足をガン見しているオークを切り裂いて。
 その痛みと色香がオークの意識を揺さぶり、
「ひゃっはー!」
「そうそう、いい感じだよ♪」
 逃走を忘れて飛びかかってくるオークに玲央は笑いかける。
 魅せても触らせないのが理想の舞。
 どれだけ至れるかはわからないけれど、
「さあ、一緒に楽しく踊ろうか♪」
 そうやって玲央が逃走を抑え込む一方で、
「あれ? 冷やかしですか?」
 戦場の喧騒の中でもよく通るフィアルリィンの声とともに、オークを抑える仲間たちを雷の壁が2重に覆う。
 振り返ったオークたちの目に飛び込んでくるのは、ナース服の冬歌とアルバイト制服を着たフィアルリィン。
「あたしのストリップショーにようこそ! あんた達の数が減ったら脱いであげるよ!」
「サービスするですよ?」
 どちらもボタンを外した胸元をアピールするように腕を組んで、ウィンクしつつ笑顔を向ける2人。
 その言葉と姿にオークたちは顔を見合わせて……、
「「ひゃっはぁ!」」
 直後、2体のオークが全力で同士討ちを始める。
 無論、色仕掛けされたからと言って仲間割れするほどオークの頭が色で満たされているわけもなく、冥が奇襲で仕掛けた桜花剣舞の催眠の効果なのだが。
 ……たぶん、きっと、おそらく。
「「げはぁ!?」」
(「……本当に催眠の効果ですよね?」)
 本気の目でクロスカウンターを決めるオークに若干引きつつ、フィアルリィンはそっとため息をつく。
 仕事とはいえ、セクシーポーズで相手を誘うのは恥ずかしいものがある。
(「しかも、相手オークだし……」)
 気付かれないようにもう一度ため息をついて、フィアルリィンは崩れかけた業務用の笑顔を作り直す。
 この姿とポーズが記録されていないのがせめてもの救いである。
「がぁ!」
「おしい、もうちょっと♪」
 胸元を狙って伸びてくる触手を剣を盾にしてぎりぎりで回避して、流れるような動きで振るわれる玲央の剣が触手を切り払う。
 痛みか、もうちょっとで触れたことへの悔しさか。
 咆哮を上げるオークに笑いかけつつ、玲央はそっと汗を拭う。
 オークの実力は自分と同じか、やや上。
「流石に……1人じゃちょっと大変かな」
「ひゃっはー。お持ち帰りー!」
 零した弱音に勢いを増すオークの触手。
 だが、
「まあ、踊るのは私だけじゃないんだけどね♪」
「ひゃ?」
 にこりと笑った玲央が、一瞬身を沈めて大きく後ろへと跳躍する。
 その動きと露わになった足にオークの視線がひきつけられ、
「我が息は神の御息也、神の御息は我が息也。御息をもって吹けば穢れは在らじ、残らじ、阿那清々し――」
「ひゃ――」
 直後、オークの懐に踏み込んだ冥の二振りの刃が乱舞し、いくつもの触手を切り飛ばす。
 オークに慈悲は不要。全力全開……でも、怪我をしては本末転倒。守り第一いのちだいじに。
「――おっと」
 だから、力任せに振るわれるオークの腕は無理に受け止めず、冥は自分から飛んで勢いを殺して。
 入れ替わりに、フィアルリィンの呼び出す氷河期の精霊の息吹がオークを氷像へとつくりかえ、続く冬歌の生み出した氷の音符が続けざまにぶつかり打ち砕く。
「まず1体、です」
 ぐっと拳を握るフィアルリィン。
 同時に、仲間が倒されたことで色に満たされていたオークの頭がわずかに冷める。
「「逃げるぞ、ひゃっはー!」」
 口々に叫びながら、再び逃げ出そうとするオーク達。
 しかし、
「逃げるの?」
 柔らかく、熱を込めた響の声がオーク達の脚を縫いとめる。
「ほら、ここにこんなに柔らかい体があるのに」
 振り返れば、整った体をぴっちりとしたスーツで強調し、腕を寄せて胸を強調するように笑いかける響の姿と、
「響。ここ……ちょっと、暑くない?」
「そうだね……脱いでしまおうか?」
 背中と胸元が開いた緑のドレスのエリースが、服に指をかけて風を肌に送りつつ息を漏らせば、響もスーツの胸元を開いて軽く扇ぎ……、
「本当に、逃げるの?」
「「罠でも構わねえ、ひゃっはー!」」
 ちらり、と送った流し目に理性を消し飛ばされて、オークは再び飛びかかってくる。
 本能と煩悩に任せて振るわれる触手がエリースに迫り――飛び込んだミミちゃんが受け止め、弾かれる。
 そして、
「その隙……逃さ、ない……!」
 弾き飛ばされる直前に受け取ったエクトプラズム製の矢を番え、エリースの放つ精密狙撃がオークの心臓を射抜いた。
 倒れた仲間を踏み越えてなおも進むオークの足を蓮牙の銃弾が阻み……その隙を逃さず、戦線に復帰した忠史が渾身の拳を叩き付けてオークを吹き飛ばす。
「その生命を砕く!」
「げひゃっはー!」
 悲鳴を上げて吹き飛んだオークが動かないことを確認すると、忠史は残ったオークへと視線を向ける。
 世紀末モヒカン臭のする相手なら、世紀末救世主のように爆発四散させるのが正しい作法なのかもしれないが……。
 女性陣から色仕掛けをされているオークは羨ましい。
 とても羨ましい。
「よし、羨ましいからぶっ殺そう。皆殺しにしてやろう。――ヒャッハァ! 虐殺だァ!」
 響の作り出したカラフルな爆発を背にさわやかな笑顔で宣言すると、忠史もまた声を上げてオークへと殴り掛かってゆく。
「ひゃっはー!」
「ヒャッハァ!」
 似たような声を上げながらぶつかり合うオークの触手と忠史の拳。
 両者の実力は近いものの、拳に込める思い……妬心の差か、繰り出された忠史の拳は触手を掻い潜ってオークの顔面を捉える。
 その勢いに押されたのか、殴り倒されたオークはそのまま逃げ出そうとして……。
 ひらり、と、その視界を布が覆う。
「ひゃ? ――はぁ!?」
 それは、まだ温もりの残るピンクのナース服。
 つまり……、
「最初の1枚だよー♪ もっと見たい?」
 振り向けば、下着姿でスカートに手をかけた冬歌がオーク達に笑顔を向けている。
 焦らすように誘うように肌を見せる冬歌に、オーク達の脳みそにわずかに残っていた理性も消し飛んで。
「ひゃっはー! もっと見せろ!」
「1枚や2枚じゃない。全部見せろー!!」
 興奮した目つきで触手を振り回すオーク達に、それまでのノリノリの演技をやめて冬歌は慌てて逃げ出す。
 オークの反応は予想通り。だからといって痛いのが平気というわけではない。
 振り下ろされる3対の触手。1本目は身をすくめて飛んで回避して。
「痛いのやだーあたしを狙わないでー!」
 続く2本を、玲央が剣で絡めとり、響がナイフで受け止める。
「――くっ!」
 受け止めてなお体に通る触手の力に、響は小さく苦悶の声を漏らす。
 だが、オークの抵抗もそこまでだった。
 庇われた間に十分に距離を取った冬歌がメディカルレインを降らせて傷を癒せば、響も大きく息をついて再び武器を構えて。
 フィアルリィンが降らせる槍を縫ってエリースの放った矢がオークの肩を射抜き、体勢が崩れたオークの急所を蓮牙の蹴りが撃ち抜き、止めを刺す。
「あ、待って!」
 そして、1体のオークがなりふり構わず逃げ出そうと背を向けて――刹那、十字の衝撃波がオークの体を通り抜ける。
 衝撃波は、オークの体を傷ひとつつけることなく通り抜け、
「――終わりです」
 冥の言葉とともに、霊体を十字に切り裂かれたオークが地面に倒れる。
 これで、残ったオークは1体のみ。
 仲間の声が聞こえてこないことに今更ながら危機感を抱いたのか、オークは右を見て、
「ここがあなた方の終焉でございます」
「通しません」
 銃を突きつける蓮牙と刀を構える冥に、慌てて左を見て、
「1匹だって生かして帰さないよ」
「……諦めて」
 ナイフを手にした響とボウガンを構えるエリースにミミちゃんも。
 後ろを振り返れば、
「逃がさないですよ」
「最後まで踊ろうか♪」
 槍で突いてくるフィアルリィンとライトニングロッドを手元で回転させる玲央。
 無論、前も、
「帰さないよー」
「仲間のところに送ってやろう」
 ウインクする冬歌と拳を構える忠史に塞がれている。
 完全に詰んだことを自覚したオークは、空を見上げて目を閉じて、
「ひゃっはー! せめて触る!」
「すまんが、今日の俺は機嫌が悪い」
 さっぱりした表情で冬歌に抱き着こうとするオークに忠史の拳が突き刺さり、
「後悔にまみれながら死ね」
 撮影禁止になった恨みを込めた一撃が止めとなって、オークの野望を打ち砕くのだった。


 静けさが戻った海岸通りで、両手の得物に青き炎を宿して玲央は舞を踊る。
 腰使いを意識して、でも体の軸は保ったままで。
(「ダンサーとしてもケルベロスとしても、今回はいい経験になった、かな」)
 戦いを思い出しながら踊る炎は、道の各所へと飛んで戦闘の傷跡を癒してゆく。
 その舞を背に、蓮牙は仲間たちに恭しく一礼する。
「皆さま、お疲れ様でした。戻りましたら、ささやかながら茶会を開かせていただきますので、疲れを癒してくださいませ」
「それでは、あの女の人も呼んできましょう。こんなことがあったらいろいろトラウマになりそうですし」
 女性を呼びに行く冥を見送りつつ、ふとフィアルリインは首を傾げる。
「ところで? ひゃっはーってどういう意味だったんですか?」
 オーク達が何かにつけて口にしていた言葉。ひゃっはー。
 何か意味はあったのだろうか?
「そういえば……響、わかる?」
「いや、わからないけど」
 作戦前にも気になっていたエリースに聞かれて、響も首を傾げるが、
「あれ? でも……」
 指を頬にあてた冬歌の視線の先には、ヒャッハァ言いながらオークと殴り合っていた忠史の姿。
「そういえば忠史さんも言っていましたよね。教えてくださいますか?」
「ああ、あれはだな……」
 興味深げなフィアルリィンにどう答えようかと考えながら、忠史は夜空を見上げるのだった。

作者:椎名遥 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年5月1日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 3
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