チキンで助兵衛な豚の群れ

作者:由川けい

 ドラグナー『ギルポーク・ジューシィ』は、オーク『グスタフ』に命じた。
「グスタフよ、慈愛龍の名において命じる。お前とお前の軍団をもって、人間どもに憎悪と拒絶とを与えるのだ」
「ひゃっはーまかせろー。敵さえいなければ、俺達は無敵で絶倫だぜー。敵がいたら逃げるがなー!」
 上腕二頭筋を盛り上げる元気ポーズで腰を振るグスタフ。滑稽なその仕草に、ギルポークは深い息を吐いた。
「……やはり、期待は薄いか。だが、無闇にケルベロスと戦おうとしないだけ、マシかもしれん」
「ひゃっはー。その通り、色気に迷わなければ、俺達は滅多に戦わないぜー!」
 腰の振りが速度を増す。あまり長く見ていたい眺めではなかった。
「……」
 ギルポーク・ジューシィは無言で、魔空回廊を指差した。
「ひゃっはー!」
 グスタフを先頭にして、魔空回廊がオークの集団を飲み込んでいった。

 大阪府。午前1時。柚子奈は酔っていた。
「あははー! あたしんちどこやー!?」
 現在地、見知らぬ公園。家に向かっていたはずなのに。
 しかしそんなことはわりとどうでも良かった。気分は最高にハイであった。
「わあい! ブランコあるやんかー!」
 20歳程若返った気持ちで、全力でブランコを漕ぐ。周囲に人はいない。誰の目も気にすることなく童心に帰りきった。
 しかしその孤独は、グスタフ配下の臆病なオーク達にとってチャンスだった。
 夜に紛れ公園の入口から迫るオークに、柚子奈は気付きもしなかった。
「「ひゃっはーァ!」」
「わーっ!?」
 オーク達は触手を巻きつけ柚子奈を捕獲し、あっという間に着衣を引き裂いた。

「竜十字島のドラゴン勢力が、新たな活動を始めたようです」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)がケルベロス達を集め、告げた。
「今回皆さんに退治をお願いしたいのは、ドラグナー『ギルポーク・ジューシィ』の配下『グスタフ』の、そのまた配下のオークたちです」
 ギルポークのグスタフも、現場にはいない。退治するのは配下のみだ。
「グスタフ配下のオーク達は、臆病、そして非常に女好きという特徴を持っています」
 戦闘開始前にケルベロス達を見つけると、そこでは事件を起こさず行方がわからなくなってしまうだろう。女性が襲われるまでは周囲に隠れておびき寄せる必要がある。
「戦闘開始後もすきあらば逃げ出そうとすると思います。それでもなんとか、逃さずに倒してきて欲しいと思っています」
 危険を野放しにするわけにはいかないのだ。
「敵のオークは5体です」
 どの個体も触手を使った攻撃が得意だ。
「現場は公園です。水遊び用に周囲を人工の浅い川で囲んだ島状の作りになっており、2つの出入口のみに橋がかかっています。中心にはブランコと滑り台のついた大きめのアスレチックがあります」
 人工川の外周部、出入り口の橋以外の部分には、柵と植木による囲いがある。乗り越えるのは少し手こずるかもしれないが無理ではないだろう。また、深夜ということもあり、現場に柚子奈以外の人はいない。
「好色で臆病なオーク達、なんとか工夫して、逃さずに撃破できることを期待しています」


参加者
ガド・モデスティア(隻角の金牛・e01142)
磐境・かなめ(山巫女・e01801)
ヴィットリオ・ファルコニエーリ(残り火の戦場進行・e02033)
ヤクト・ヴィント(邪神料理研究家・e02449)
樒・レン(夜鳴鶯・e05621)
九六九六・七七式(フレンドリーレプリカント・e05886)
トゥレス・ピサロ(コンキスタドール・e09885)
アーニャ・シュネールイーツ(時の理を壊す者・e16895)

■リプレイ

●三者三様
 ブランコを漕ぎ続ける柚子奈。スキップ気味に公園に侵入してくるオーク達。人工川の崖でできた死角から、オーク達を囲うように飛び出していくケルベロス達。真夜中の公園で、人知れぬ騒乱の幕が上がった。
「んー!? なんやなんや!? いっぱい人と豚みたいの集まって来よるー!?」
「そこまでーっ! そういうのは同意が得られんうちはノー・グッドよ! おいたが過ぎるならウチらが相手に……うわぁ気持ち悪い!」
「ブオオオオ!?」
 対面した三者。のんきに目を見張るのは柚子奈で、オークを間近に目の当たりにして素直すぎる感想を漏らしたのはケルベロスの一員、ガド・モデスティア(隻角の金牛・e01142)だ。
 一方で、一番焦った様子なのはオーク達。短めな脚をせわしなく動かして内へ内へ追い込まれていく。
 先にオーク達が公園に入った都合上、柚子奈をオーク達が囲み、その更に外側をケルベロス達が囲む格好になった。
 オーク達の隙間から、ちらちらと見える柚子奈に、ヴィットリオ・ファルコニエーリ(残り火の戦場進行・e02033)は、気が気でない。
「ケルベロスだよ! 危ないから逃げて! 柚子奈さん!」
「そんなんゆうてもなー。あ、わかったこれ夢ちゃう? なんかふわふわしよるし豚が立ってるやん」
「それはオークだからだよ! ふわふわは酔いすぎなだけだよ!」
「ブオー! やべえよぉー! やだよぉー!」
 真剣なケルベロス達、泥酔の柚子奈、嘆くオーク。場は混沌としていた。
 ともかく柚子奈をなんとかしなければ、戦いに巻き込まれる可能性があった。
「全く、臆病すぎて豚ではなく鳥ですね」
 女装したヤクト・ヴィント(邪神料理研究家・e02449)が、嘲笑するように鼻で笑い、柚子奈に注意が向かないよう図る。
「ああもう! 今助けるから暴れないでね!」
「致し方なし」
 その隙に、酔っぱらいとの会話に見切りをつけ、樒・レン(夜鳴鶯・e05621)とヴィットリオがオークの群れに飛び込んだ。
「キャー!」
 女々しい悲鳴を上げたのはオーク達だ。反射的に放たれた無数の触手がレンとヴィットリオを汚す。
 二人はそれでも身を挺して柚子奈を守り、連れ出す。なんとかオークの群れから這い出た。
「ち、血が出とるで!?」
「問題ない」
 そのままレンは柚子奈を背負い、安全圏を目指す。
「レン様! これを!」
 背後からのヤクトの声。振り向くと、投げられたミネラルウォーターと酒酔いの薬が放物線を描いて届いた。
「確かに」
 レンはそれを受け取り、公園の外へ駆けていった。

●包囲網
「くっ、これくらい……!」
 ヴィットリオは気力溜めで自分の回復を始める。
 その傍らで、柚子奈を脱出させたケルベロス達は、思う存分戦い始める。
「ぜったいに逃がしません……貴方達みたいな変態はここで滅ぼしてあげますから覚悟してくださいね♪」
 手作りのクッキーを振る舞うようなにっこり顔でマルチプルミサイルを振る舞うアーニャ・シュネールイーツ(時の理を壊す者・e16895)が恐ろしげだ。
「指名手配書ノ作成、完了デス」
 九六九六・七七式(フレンドリーレプリカント・e05886)はウォンテッドを発動していた。物理的包囲に加え情報的包囲網が周到に築かれる。
「やめてぇ! やめよぉよぉ!」
 もはやヒャッハーの片鱗もなく臆病全開なオーク達。しかしその一方で危機に際し子孫を残そうとする本能が働いたのか、もう一つの性格的主柱である劣情がもたげる。オークたちの視線は自覚すらなく、ケルベロス女性陣の胸部を巡回していた。
「……」
 この時、ガドは目聡かった。アーニャの胸部山脈に集まる視線と、ガドの胸部平野に集まる視線の数の歴然たる差に気づいてしまった。圧倒的に少ないのは後者だ。
「そうかそうか」
 直後ひとつの視線が移ってきたかと思えば、急行列車のごとくガドを通過して七七式山脈に向かっていった。
「うんうんそうかそうか」
 ガドの目元に影が落ちた。
「屋上」
 ドスの利いた声。顔を上げた。キレちまった目だった。周囲に螺旋の風が巻き起こる。前衛に力がみなぎった。
 オークの群れを挟んだ対岸では、磐境・かなめ(山巫女・e01801)が狩人の目で精を出す。
「マタギ流早撃ち術なのであります! しゅーとぉ!」
 スナイパーオークを狙撃すると、他ケルベロス達の銃口がそのオークへ向いた。
「ひいいっ!?」
「情けないですね。男は度胸と言いますよ?」
 ガドの風に力をもらいながら、ヤクトが続く。畜生道は敵スナイパーに届かない事を悟り、地面の礫を浮かし回し蹴りで飛ばした。
「お前らのようなたちの悪い輩は、殺れる時に処分せねばな」
 さらには伸びていったトゥレス・ピサロ(コンキスタドール・e09885)の御業が、同じオークを捕縛する。
「いやあ!」
 対するオーク達は必死で触手をぶん回す。その先端からおびただしい溶解液が振りまかれた。
「……っ!」
 険しい表情を浮かべたのは、柚子奈の救出で負った傷が癒えきっていないヴィットリオだ。溶解液に耐性があるディフェンダーとして、それでも耐え切ろうと歯を食いしばったその時、トゥレスが立ちはだかり溶解液を弾く。
「助かるよ」
「なに。役目を果たしているだけだ」
 直後、二人は静かな怒りを湛えた声を聞く。
「竜の傀儡よ」
 声の方角を見やれば、戻ってきたレンがいた。
「人の命を奪うことの意味も、定命の魂がグラビティチェインを秘める意味も知らず、只々己の本能のまま非道下劣な振る舞いとは全く因業なことだ。人を殺めそれ以上の業を重ねる事はない」
 九字をきり紙兵を放つレン。ヴィットリオやトゥレスを癒やす。回復量の大きい森螺呼吸法は届かず断念したが、メディックの回復が加わったことは大きかった。
「揃ったね。さぁ、本領発揮といこうか!」
 幾分持ち直したヴィットリオは火の玉を放つ。その火炎も冷めぬ内に、七七式が氷の檻にオークを閉じ込めた。それを起点に続く連撃は、一匹のオークが失命するまで続いた。
 氷螺旋の波動を纏ったヤクトの飛び蹴りが、オークの顔面に突き刺さる。冷たい豚頭が地面に落ちた。
「起き上がりませんか。まずは一匹、ですね」
「キィア―!!」
 ついに発生した死者を見て、他のオーク達に戦慄が走る。パニックに陥った。もはや多少の傷も厭わず、本能のままに思い思いの方向に駆け出す。
「うわっ!?」
 太った全体重の乗ったダッシュはそう簡単に止まるものはなく、包囲網の外輪郭を歪ませた。
(「あああーっ! 逃げないでください!」)
 アーニャの頬がぽっと朱を帯びる。ここで逃げられたら色香で惹きつけようという否応無しの決意を持っていたからだ。
「逃がすか! ディート!」
 ヴィットリオの命に応じ、ヴィートが二匹のキャスターオークの脚を踏み潰して立ちふさがる。
「通シマセンヨ!」
 七七式の惨殺ナイフが公園の街灯にキラリ光れば、惨劇が姿を覗かせオークの脚を止める。
「火神弾装填! 火の神様よ、於いでませ! 焼豚になっちゃいますなのでありますよ!」
 かなめの放った業炎が残り一匹の顔面を覆い視界を塞ぐ。
「敵前逃亡は死あるのみ、だ」
 そこへ掴みかかったトゥレスが謎のブジツをもって包囲の内側へ投げ飛ばした。
「おおっ……! みなさんっ」
 アーニャの瞳が潤みを帯びて輝いた。晴れやかなフォートレスキャノンがオークを襲う。
「いいかー! 逃げるオークはベーコンだ! 逃げないオークはよく燻製されたベーコンだ!」
 脱走兵を指導する鬼教官と化したかなめが勢い任せに声を荒げる。
「けっきょくベーコン!」
 オークたちの顔色は青みを増した。

●決壊
 多対多の戦いにおいて、人数の欠落は重大だ。今宵の戦も例に漏れず、オーク達はいっそう苦境に立たされた。
「大山祇大神を奉請て 禊祓へ給ひし時に成り座せる天嶽の大神等 諸々の禍事穢有らむをば祓へ給ひ清め給へと白す事を聞食せと恐みも白す!」
 かなめ鬼教官が今度は山巫女として荘厳な神秘を纏っている。空気がシンと張り詰めたかと思えば、ムッキムキのおっさんが召喚された。
「ふぁーははー! 撃滅であります!」
 木霊するおっさんの咆哮。神々しい踏みつけが、オークを潰した。
「キャァ―!」
 また一つの死をもって、再パニック。工夫を凝らす脳はないのか、押し寄せるオークの群れは前と変わらない。それを前より楽に御す。
 そしてまた、連続攻撃がオークたちを襲う。
 その果て、空間を跳躍するように肉薄したアーニャは、手にした全火器の銃口を一匹のオークに向けていた。
「どこ見てるんですか! テロス・クロノス!!」
 光る弾幕が、不潔な視線をシャットアウトする。弾光花火の中で蜂の巣になり、また一つ命が消えた。
「キャァアーーーーー!」
 再々現される単純なダッシュ。臆病な性根に恐怖を叩きこまれたせいか、行動は感情的で単純化されきっていた。
 対すケルベロス達は、順境にして油断はなく、遂行に躊躇はない。
「逃がさんっ! 今ここで、世界の貧乳に謝罪しながら、豚串になれェ!!」
 ガドの正義と、若干の私怨を込めて。螺旋を描いたブラックスライムが鋭く聳え、オークの胸を貫いた。いかなる食欲もたちどころに霧散する不気味な豚串と成り果てる。
 残るオークはただ一匹。孤独と防衛本能に駆り立てられ、すがるように触手を伸ばして他オークの死体を引っ掴むと、盾のように掲げた。
「ウ、ウオオオアアー!」
 その体制で、最後のダッシュに全てを賭ける。
 しかし一方向しか守れない盾が、包囲網の前にどれだけ対抗できるものか。
「……」
 七七式の古代語の詠唱が仄かに響く。光線がオークの背後を突いた。つんのめるオーク。石のように固くなる触手から、盾とされた死体がこぼれ落ちた。
「おしまいにしよう! 喰らえッ!」
 晒された無防備を逃さず、ヴィットリオが火の玉を放つ。周囲がわっと照らされ、半球状の爆炎がオークを飲んだ。
 後は静かに、煙だけが立った。

●叫び
 包囲殲滅作戦により戦闘領域が広がらなかったおかげで、周囲は少しのヒールでほぼ元通りになった。
「悍ましき輩とはいえ、竜の使い捨ての駒とは哀れ。南無」
 レンは死体に片合掌し、その魂の救いと重力の祝福を願った。
「さて、柚子奈を送っていくか。一人で帰れるか心配だ」
 トゥレスがパイプを咥えつつ言う。どうせなら酒もほどほどにするよう忠言しておこうと思った。
「そうだね。まだ一仕事あった。行こうみんな……ってあれ? ガドさんは?」
 ヴィットリオが辺りを見回す。
「ガドさんを目視で確認! あそこであります!」
 一際夜目のきくかなめが指差した先は、アスレチックのてっぺんだ。
「――」
 そこでガドは、胸いっぱいに空気を吸い込んでいた。そして――
「貧乳で、悪いかーーー!!!」
 乙女の憤りが、大阪平野に響いていった。

作者:由川けい 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年4月23日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 7
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